超速料理人、求む!
マスター名:雪端為成
シナリオ形態: イベント
危険
難易度: 普通
参加人数: 6人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2014/04/25 19:16



■オープニング本文

 武天の芳野という街は祭り好き。そこで新たな催し物が執り行われるという。
 始まりは、この春の花見客を見込んで酒を大量に買い込んり仕込んだ酒屋たちの提案だ。
 聞けば、酒を大量に用意して、予想通り花見で大量に売れたのだが、余りが出たとか。
 どうしたもんかというわけで、盛大に酒を振る舞って宣伝をしようとのこと。
 そこで考えられた催しは、いつものように酒の無料振る舞いだ。
 芳野の街にある大きな広場で、毎度のように酒を無料で配布する。
 そして、酒の名を売り、ついでに料理なんぞを買って貰おうというわけだ。

 だが、ここで今年は新たな目玉をひとつ。
 毎回、屋台事に金を払うのもまどろっこしいので、入場料を取ろうという話に。
 つまり、一度広場に入れば、酒は飲み放題、料理も食べ放題というわけだ。
 しかし、ここで運営は気が付いた。
 天儀の外では、バイキングだとかビュッフェ形式と呼ばれるこの形式。
 問題なのは料理の提供速度だ。
 食べ放題なので屋台よりも素早くお客に料理を提供しなければならない。
 氷で冷やす冷蔵庫なんかもあるにはあるのだが、作り置きはなかなか難しい。
 なにより、やはり出来たての料理を食べたいのが屋台の常というわけで。
 今回はなによりも料理の速さが求められるというわけだ。

 というわけで、開拓者に依頼が出た。
 優れた技能を持つ開拓者ならば、料理の速度を誇れる者もいるはず、とのことで。
 求められているのはただひとつ。手早い料理人だ!

 ……もちろん、食べる側として遊びに来ても構わない。
 開拓者は入場無料、とのこと。飲み放題、食べ放題の春の宴。
 参加してはどうだろうか?

 さて、何食べる?


■参加者一覧
/ からす(ia6525) / 浅葱 恋華(ib3116) / 綺咲・桜狐(ib3118) / リィムナ・ピサレット(ib5201) / 神室 巳夜子(ib9980) / 徒紫野 獅琅(ic0392


■リプレイ本文


 大勢の人が幸せそうな顔で集う芳野の広場。
 彼らを呼び寄せているのは、美味しそうな料理の香りだ。
 醤油の焼ける香ばしい香り。肉や魚が煮られ焼かれ揚げられる食欲直撃の香り。
 酒好きにとってはたまらない酒の香気に、子供達が大好きな砂糖の甘い匂い。
 どの匂いも違って、どの匂いも美味しそうだ。

 そんな人混みの中にすこし小柄な少年少女の姿が。
 先導する少年は徒紫野 獅琅(ic0392)。
 人混みの中から屋台や振る舞い酒を物珍しそうにきょろきょろと見回しながら、
「色んな物がありますね。……あ、あれ食べてみませんか?」
 お酒を手にいろんな屋台を覗き込んでは、どれもこれもを獅琅は美味しそうに食べ尽くす。
 お酒を飲める年になってからまだそれほど立っていないだろう少年と青年の間ぐらいの獅琅。
 だが、かなりの速度で杯を空にしているところをみると、なかなかの酒豪っぷりである。
 そんな獅琅に先導されて、すたすたと歩く少女は神室 巳夜子(ib9980)。
 一目で分かる仕立ての良い服に整えられた髪や髪飾り。
 巳夜子と獅琅は、深窓のお嬢様を祭りに誘った元気な少年といった取り合わせであった。
 そんな二人がやってきたのは祭の中心の屋台広場。
 多くの屋台が、今年は速さを活かして大量の料理を振る舞い中のようだ。
 食べ放題ということで、大勢のお客が我先にと料理を持っていく。
 作り置きが出来る屋台ならば対処出来るだろうが、その場で作って提供するとなれば手の早さが命綱だ。
 一度料理が尽きてしまえばお客は流れ、いざ提供しようと言う時には閑古鳥となってしまう。
 そんなわけで、必死に料理を作り続ける屋台の数々。
 酒の肴によしと、焼き鳥をひたすら焼く屋台や子供に人気の飴細工。
 焼き鳥は焼き上がり次第に捌けていくし、飴細工は職人総出で作り置き。
 料理工程が多い蒲焼きなんかはてんてこ舞いで、隣の焼きそば屋台にお客を取られたり……。
 そんな中で、獅琅と巳夜子が手にしたのは祭らしく大きな鉄板で焼かれたヤキソバの皿だ。
 熱々で、特製の黒ソースで香ばしく焼き上げられた美味しそうなヤキソバだ。
 もちろん、少々焦げがあったり焼き加減が均一じゃないのは祭のご愛敬。
 そんなB級の味わいのヤキソバを手渡され巳夜子は、一口食べて。
(……こう、矢張り短時間で大量の物を作ると大味になりがちですね)
 こんなことを思っていたり。確かに祭では、多少どれも大味になってしまうのは仕方ないだろう。
 だが、ちらりと横目で獅琅を見れば、、
「これ、すごく美味しいですね!」
(……徒紫野さんは喜んでいるようですが)
 大いに喜んでいる獅琅をまえに、言いたいことを抑えて大人しく頷いておく巳夜子であった。
 彼女はなかなかの料理達者なようで、料理には一家言があるようだ。
 しかし喜んでいる獅琅の手前、それを言わずに置くところがなかなか大人な巳夜子嬢。
 そんな彼女がふと興味を引かれたのは、大いに繁盛してるひとつの屋台だった。
 そこで働いているのは、なんと巳夜子より一回りは小柄な少女だった。
 たった一人で鉄鍋を手に、炎と格闘しているのはリィムナ・ピサレット(ib5201)。
 だが、彼女が動いて料理を作れば歓声が巻き起こる。
 一体どんな屋台なのだろうと、ヤキソバ片手に巳夜子が近寄って、それに気付いて獅琅も後を追って。
 すると2人の目に驚くべき料理風景が飛び込んできたのだった。


 泰国の料理、炒飯。それは基本にして、料理人の技量を示すのに相応しい奥深い料理だという。
 大国の料理は炎の料理。炎を完全に御さねば、完璧な炒飯を作ることは難しい。
 だが、炎を支配する域に至るには長い年月と修練が必要だと言われるのだが……。
 炎を前に鉄鍋を構える幼き少女リィムナ・ピサレット。
 彼女は、その炎を開拓者の技能と才覚で、完璧に御していた!

「さあ、沢山作るよ−!」
 すでに出来てる人だかり。それはリィムナの妙技を見るために集まっている観客だ。
 それを前に、リィムナは真っ赤に熱された鉄鍋を片手に、もう片手には大きなお玉をもって万全の構え。
 ごうごうと火を上げる強力なかまどの前で、観客の歓声とともにリィムナの料理が始まった。
 お品書きは一品勝負、炒飯だけだ。
 だが、彼女はその単純で奥深い料理を、恐るべき速度で調理していく。
 お米は水分が少なめに、たっぷりと用意。常に釜で追加の御飯を炊き続け、準備は万端。
 そして具材は卵と季節の野菜のみ。小細工は無しの実力勝負だ。
 まず、熱々に熱した鉄鍋にお玉で油を掬ってざっと注ぎ込む。
 ジュッと激しい音とともに鉄鍋が油で覆われて、さらに鍋を熱してから卵を投入。
 油を吸ってふくれあがる卵はすぐに香ばしい香りを放ち、そこに御飯が投入される。
 お玉を縦横に振るって鉄鍋に御飯を押しつけて、卵とご飯を混ぜていく。
 その動きは、まるで神業のような速度だった。
 彼女の神速の動き、それは動きながらの戦闘を可能とするシノビの奔刃術の応用だ。
 両手に鉄鍋とお玉を持ちながら、調味料やお米の釜の間を移動して廻るリィムナ。
 その動きは素早く無駄がなく、まるで何人にも分身しているかのような働きである。
 さらに調理は続く、強火の中で鍋をあおり、ご飯と卵を馴染ませて火を通す。
 そこに季節の野菜を投入し、さらに鍋を振って振って振りまくる。
 だが、そこで一際高く歓声が上がった。
 大きく振った鍋から、大量の具材が飛び出してしまったのだ!
 さすがに小柄なリィムナでは大きな鉄鍋を振るうのに無理があったのか?
 いや、これも全てリィムナの演出だったのだ。
 火の上で、鍋から零れるほどに飛び出した具材は、大きく散らばったように見えた。
 だがそれは全て、ご飯一粒一粒に至るまで火をくぐらせて、ぱらりとした舌触りにするためだ。
 そして彼女はシノビの妙技、時を止める夜を発動。跳び散りかける具材を全てお玉と鉄鍋で捕まえる!
 この早業には観客達も大きな歓声で応えて、そしてあっというまに炒飯は出来上がりだ。
「さあ、できあがり! にゃんこ炒飯だよ♪」
 大量に作った炒飯を、可愛らしい猫の顔の形に盛りつけるリィムナ。
 あらかじめ用意した猫の顔型の物相で、皿の上にぽんぽんと炒飯を盛りつけて。
 香ばしい炒飯の匂いに食欲を刺激され、派手な調理の妙技に目を釘付けにされ、そしてこの猫の盛りつけ。
 見た目までもが可愛らしく美味しそうな炒飯が出来上がり、リィムナの屋台は当然大人気になるのだった。
 目の回るような忙しさで、さらにひたすら炒飯を作り続けるリィムナ。
 それでも彼女は、開拓者の技を駆使して、まるで踊るように料理を作り続けるのであった。

 そんな出来たての炒飯を手に入れた獅琅と巳夜子。
 これは他よりも随分と出来が良いかも、と心中で頷く巳夜子と美味しそうにぱくつく獅琅。
 2人は、さらに祭の雑沓の中を、他のお店を目指して進んでいくのだった。


 あまーく煮られて美味しそうな香りを放つ油揚げ。
 そこに御飯を包めばそれはもう幸せの予感しかしない。そんな稲荷寿司。
 中に包む具材で味は千変万化。ぴりりと辛い野菜を入れれば大人向け。
 甘く煮染めて、中のご飯も工夫すれば子供向け。
 ご飯に良し、酒の肴に良しとなんでもありで、まさしく屋台向けの一品であった。
 そんな稲荷寿司をじーっと見つめるのは、綺咲・桜狐(ib3118)だ。
「稲荷寿司…………油揚げ、稲荷、美味しそうです……」
 彼女は、お客ではない。作る側だ。だが銀狐なせいか、彼女はこの稲荷寿司が好物のよう。
 そんな好物が、しかも出来たてで美味しそうなものが目の前にあれば……
「大丈夫。摘み食いはしないです。……多分、きっと……」
 銀狐の獣人の桜狐は、獲物を狙う目でじっと油揚げを見つめていた。
 甘辛く煮付けられた美味しそうなお揚げ。それはさぞかし美味しいだろう。
 しかも、炊き込みご飯や酢飯を包めばそのおいしさは何倍も。ああ、よだれが止まらない……。
 そんな相方の様子に苦笑しつつ、手早く小ぶりな稲荷寿司を作る浅葱 恋華(ib3116)。
「もう、仕方ないわね……ほら桜狐。あーんっ」
「え? ……はむ♪」
 恋華が、出来たての稲荷寿司をぽんと桜狐の口に入れてあげると、むぐむぐと桜狐は幸せそうに味わって。
 さて、味の方はどうだろう?
 それは桜狐の尻尾を見れば一目瞭然だ。
 銀狐の綺麗な尻尾がぶんぶんと全力で揺れている。
 そして幸せそうな顔でもぐもぐごくんと呑み込んだ桜狐は、
「……凄く美味しいです、恋華ありがとうございます♪」
「それはよかった♪ ふふふ、終わったら貴女専用の物を作ってあげるからね。頑張って頂戴♪」
「ん、料理頑張ります!」
 こうして2人は料理を始めるのだった。

「さぁ〜気合を入れてつくるわよ♪ 私にまっかせなさーい♪」
 気合いを入れる恋華の声で2人の稲荷寿司作りは始まった。
 用意されたのは2種類、子供向けの甘めの稲荷寿司に、酒飲み用のつまみ稲荷。
 桜狐も稲荷寿司で元気百倍のようで、2人はせっせせっせとひたすら稲荷寿司を作るのだった。
 銀狐の耳と尻尾をふりふりとゆらし、のんびりながらもしっかりと手伝う桜狐。
 そんな彼女に時折油揚げをあーんと食べさせてあげつつ、元気にテキパキ稲荷寿司を作る恋歌。
 美人2人が作る稲荷寿司、しかも2種類の味ともなればなかなかの評判を呼ぶようであった。

 そんな屋台の前に通りかかった獅琅と巳夜子。
 獅琅はおつまみ用の稲荷寿司を口にして、お酒がどんどん進むようだ。
 一方の巳夜子は、二つの稲荷寿司を食べ比べて、なかなかしっかり味が染みてるなと感心していた。
 そこでふと、酒盃を空にした獅琅は、もぐもぐと黙々稲荷寿司を食べている巳夜子に、
「巳夜子さんはお酒は好きですか?」
 と尋ねた。
「酒は好みませんが、食には興味があります」
 もぐもぐごくんと稲荷寿司を呑み込んで、首を傾げつつ応える巳夜子。
 そんな淡々とした様子に、獅琅は空になった酒盃を見下ろして、
「あっ、それじゃあお酒の催しはつまらなかったですか? たまには楽しいかも、と思ったんですけど……」
「………嫌なら今此処に私はいません」
 謝りかける獅琅をぴしりと制して巳夜子が言って、そして今度は巳夜子から質問が一つ。
「そういう徒紫野さんは、好き嫌いはないのですか?」
「俺、ですか? 嫌いな物はないけど好きな物はありますよ」
 そういって獅琅は、今日の料理も好きだけどと言いつつ、
「魚と野菜の寒天寄せ。お嬢さん夏に出してくれたでしょう?」
 そんな獅琅の褒め言葉、だがこれは少々巳夜子を悶々とさせた。
 彼女はかなりの料理上手なので、
(……私の料理と酒の肴は同等ですか)
 とおつまみ稲荷を一口。これは特に出来が良いけど、お祭り料理といった料理が多かったのも事実で。
(……いえ、この肴が決して不味いという訳ではありませんけれど)
 どうやら、料理の腕に自信があるからこそ、一緒にはされたくなかったようで。
 そんな彼女はふと悪戯を思いついた。
 それは丁度通りかかった人気の無い屋台の料理に気付いたからだ。
 屋台で作っているのは、人によっては苦手な……というか一部ではゲテモノ料理と呼ばれる代物だった。
 イナゴの佃煮やカエルの唐揚げ、ジルベリア伝来のヤモリの黒焼き……。
 その中からイナゴの佃煮をひょいと取ると、それをぽんと獅琅のさらに乗せる巳夜子。
 だが、それをひょいとつまんで美味しそうにぱくぱく食べる獅琅。さらには、
「あ、こっちの唐揚げも美味しそうですね。これも食べたいです」
 どうやらこの少年。こういう料理も全然平気なたちのようだ。
 そんな獅琅をみて、はぁとため息気分の巳夜子だったが、獅琅は美味しそうにもぐもぐ唐揚げを食べつつ。
「あれ、どうかしましたか、巳夜子さん?」
「……徒紫野さんは好き嫌いがないんですね」
 ちくりと皮肉を言いつつ、てくてくと先に行ってしまう巳夜子。
 それを慌てて追いかける獅琅であった。


 揚げ物料理が苦手、という人も多いだろう。
 なぜなら、揚げ物は簡単に見えて結構難しいからだ。
 その難易度の原因は、油の温度と、調理そのものが怖いと言うことに起因する。
 火が付いたらどうしよう、油が跳ねたらどうしよう……。
 つまり、思い切りと度胸が揚げ物料理では重要で、それをこなすには場数を踏まねばならないと言うわけだ。
 だが、その屋台でぐつぐつと煮える油を前に待ち構える料理人は少女であった。

 リィムナと同じぐらいの幼さ加減のこの少女はからす(ia6525)。
 だが天真爛漫と元気さを絵に描いたようなリィムナとは対象的に、彼女が纏うのは落ち着いた空気だ。
 老成した雰囲気とその口調のからす。
 彼女の屋台は、彼女と同じく落ち着いた雰囲気を纏いつつ……。
 だが、調理が始まれば、そこは一転。揚げ物が揚がる景気の良い音と香ばしい香り。
 食欲を刺激する音と匂いの波状攻撃に、あっというまに客が集まってくるのだった。
 思わず巳夜子と獅琅が足を止めたからすの屋台。
 そこでは、次々に揚げ物が料理されていった。
 種類はなんと三つ。
 まずは子供が大好きな鶏の唐揚げだ。子供から大人まで大好きな唐揚げ。
 酒のつまみに良し、お腹のすいた若者によし、肉の旨みがたっぷり唐揚げは女性にとっても大好物だ。
 そして二品目はエビフライ。
 ジルベリアのパンで作った粉を使ってからりと揚がった海老。
 天麩羅とも違った軽さと食感。そしてジルベリアの黒ソースで食べても良し、醤油でも良しのその旨さ。
 子供から大人まで魅了する絶品の揚げ物だ。
 そして三品目はポテトコロッケだ。
 たっぷり用意された潰したジャガイモ、それを衣で包んでほっくり揚げて。
 優しい味と、素材の旨さ。そして揚げ物だからこそのその熱さ。
 熱々を食べれば、何も付けなくても満足感でいっぱいになるそのコロッケは、天儀では余り見ない料理だ。
 だが、その香りと熱々の旨さはあっという間に評判になって。
 普通に食べても旨いこれらの揚げ物を、揚げたてで提供するからすの屋台。
 すでに材料はたっぷり準備してあり、揚げれば即座に食べられる。
 この三品を選んだからすは、その叡智でもってこの品々が屋台で相応しいことを見抜いたのであった。
 暖かさを増したと言っても、まだまだ時折寒いこの春先。
 そこであっつあつの揚げ物が食べられるとなれば、あとはもう明白だ。
 からすの屋台もあっという間に大人気となって、彼女もまた大忙しで働き続けるのであった。

 そんなからすの屋台の前で、からあげでも貰おうかなと待っていた獅琅と巳夜子。
 だが、唐揚げは酒のつまみにもよくて、売れる売れる。
 のんびりと待っていた2人だが、そんな2人を見て、ちょっとお酒を飲み過ぎた男が声を荒げた。
「おうおう、その年で女連れかぁー? 酒も飲めそうにねぇツラしやがってよー!」
 実際の所、獅琅は結構な酒豪なのだが、突然にそんなことを言われて面食らう獅琅。
 だが、それを勘違いしたのか、酔っ払いは手を伸ばして因縁を付けようとしたのだが……
「……まあ、お遊びが過ぎるお手ですこと」
 その手を捉えて、軽々と捻りあげたのは巳夜子であった。
「なっ! あぃででででで!!!」
 楚々とした深窓の令嬢に見えて、腕利きの志士である巳夜子は、その紅の瞳をすっと細めて男を一睨み。
 刃の鋭さのその一瞥で、酔っ払いはひぃぃと声を上げて逃げていくのだった。

 後の残されたのは、ざわつく屋台のお客達に見つめられる獅琅と巳夜子だ。
「ごめんなさい、俺がこんな所に誘ったから……」
「……徒紫野さん、参りましょう」
 謝る獅琅の手を、ぱっと掴んでその場を歩み去る巳夜子。
 そんな2人に、ひょこっと横から顔を出した屋台店主のからすは、ぽんと竹の皮で包んだ揚げ物を手渡した。
 酔っ払い退治のお礼だよ、といった顔のからすに見送られて、2人はずんずんとその場を去るのだった。


 祭は夜まで続くようだ。
 炒飯をひたすら作るリィムナの屋台の周りは賑やかで。
 忙しさに目が回りそうなリィムナだが、彼女の動きはますます速くなっていた。
 ジプシーの妙技、ナディエまで活用してまさしく飛び回りつつ炒飯を作るリィムナ。
 屋台で炒飯を買いにきたお客までもが目を回しそうなその屋台は、いつまでも客が絶えないのだった。
 そして、稲荷寿司の屋台も繁盛しつづけていた。
 2人で仲良くお寿司を作る可愛らしい桜狐と恋華。
 ときおり、桜狐の口に恋華がぽんと稲荷寿司を食べさせてあげるのを含めて、なにやら人気のようだ。
 一方からすの揚げ物屋台も大人気。
 お客が切れれば、店主自らお茶を淹れてくれるという野点のオマケもあって。
 油で胃が重くなったところに濃いめの抹茶がすっと収まるのもまた格別で。

 そんな賑わいの中、獅琅の手を引いてずんずんと歩いて行く巳夜子。
「巳夜子さん、手。いつまで握ってるんです?」
 ずっと手を引かれっぱなしの獅琅。からかいに彼が繋がれた手を指でくすぐってみれば、
「っ!?」
 ずっと握っていた手をぱっと離して、じっと獅琅を見上げる巳夜子。
 じっと見つめ合う2人で会ったが、ふと感じたのは香ばしい香りだった。
 それは、さっき屋台から離れ際にからすがくれた揚げ物詰め合わせの香り。
「……冷めないうちに頂きましょうか」
 ふっと笑いながら言う巳夜子と並んで獅琅も腰をおろして。
 まだ熱々のコロッケを頬張りながら、のんびりと2人は祭の賑わいを眺めるのであった。