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■オープニング本文 ※このシナリオは初夢シナリオです。 オープニングは架空のものであり、ゲームの世界観に一切影響を与えません。 世界の滅亡は、初日の出とともにやってきた。 天儀でも、初日の出を拝もうと様々な人が考えるらしい。 ある者は高い山に登り、ある者はより早く初日の出を見ようと天儀の東へ。 そして、良い景色を求めて様々な人が集う場所のひとつ、それは天儀東端にあるとある岬だった。 見渡す限り水平線、そんな岬に人々は集い、新年の日の出を町の望む。 空を見上げれば、夜明け前の満点の星空。 足下でぱちぱちと小さく音を立てる焚き火だけが唯一の灯りで、日の出を前にその日も消えかけ。 そして、水平線の向こうがゆっくりと曙色に染まり、日の出の光がさっと当たりを切り裂いた。 歓声やため息、手を合せて今年一年の息災を願う者も居れば、獣のように吼える声まで。 だが、だれかがふと気付いた。 日の出の光の中に、なにかがいる? ああ、海をざぶざぶとかき分けて、こちらに歩む巨大な影が見えないか。 なにをばかな、そんな影なんて……。 だが、その影はたしかに居た。 影だけでは無い、その巨大な姿の足下を埋めるようにうごめくのは波では無かった。 有象無象の怪しくそしておぞましき姿が、こちらにゆっくりとやってくるのだ! 見よ、魚のようなぬめった鱗を持った人型の群れを! 見よ、蟹のような長い手足を生やした異形の群れを! 見よ、水面を跳ねるように蠢く触手だらけの怪物を! そして見よ! 清明な日の出の光の中、おぞましい触手を生やした巨大な異形のその姿を! 清らかな日の光の下ですら、おぞましく輝く不気味な肌の色。 ぬたくる触手が顔中で動き廻り、こんなに距離があるのにも関わらず異臭がするかのようなおぞましさ。 冗談のように巨大な人型のその姿は、不気味な七色に輝く鱗と、ぬめった肌で覆われている。 そして、その頭部はまるで巨大なタコのような触手とふくれあがった頭だ。 だが、ああ、最も恐ろしいのはその眼だ! 蛸のような頭に二つある瞳、そこには人への悪しき感情が渦巻いている。 怒り、恨み、妬み、嫉み……だが、それ以上に恐ろしいのはそこに見える知性の輝きだ。 巨大な邪神は、単なる獣じみた暴力の権化では無いのだ。 闇で濁ったその瞳には、冷徹に人々を見据えるおぞましい知性の輝きが見て取れるのだ。 巨大な邪神と、その眷属がやって来る。 日の出とともに、海の向こうから、この地に向かって。 やつらを止められるのは、開拓者だけだ。 飛んだ新年の初詣になってしまったようだが……ここはやるしか無いだろう。 さて、どうする? |
■参加者一覧 / 羅喉丸(ia0347) / 小伝良 虎太郎(ia0375) / 柚乃(ia0638) / 九竜・鋼介(ia2192) / 无(ib1198) / リンスガルト・ギーベリ(ib5184) / リィムナ・ピサレット(ib5201) / 霧雁(ib6739) / 雁久良 霧依(ib9706) / 八塚 小萩(ib9778) / サドクア(ib9804) / アリエル・プレスコット(ib9825) |
■リプレイ本文 ● 天儀に降りかかる巨大な災難、久しく倒されぬ竜と呼ばれる邪神の到来。 それを前に開拓者達は諦めなかった。 敵は強く絶望的かも知れないが、未だ出来ることは沢山あるはずだ。 各地で戦う者たちが立ち上がる。王たちに働きかけ、軍団を興し武器を取る。 秘匿されていた秘密兵器や伝説に名を残す秘術を復活させる者も現れた。 そして、ついに絶望的な戦いが始まったのである。 「精霊よ、戦う者たちに、どうか御加護を……」 祈りを捧げるのは柚乃(ia0638)だ。精霊とともにある彼女はただ静かに祈り、舞を捧げていた。 本来で有れば、新春を言祝ぐはずだった彼女の祈り。 だが、一転して邪神の出現で新年から開拓者は大忙し。彼女はただただ彼らの無事を祈るのであった。 そしてついに邪神は天儀に上陸するに至った。 大勢の眷属が地を覆い尽くし、その中央におぞましき邪神が鎮座していた。 地上に上がり、邪神とその眷属の歩みはゆっくりになったのだが、彼らが通った後には何も残らない。 全てを踏みつぶし、滅ぼし、食らいつくしていくからなのだが……。 「……おーあれが実物ですかぁ」 邪神を見て、暢気に声を上げる青年が一人。 邪神とその軍勢を遠くに望む小高い山から、望遠鏡を覗いているのは无(ib1198)だ。 彼は、図書館の奥に秘された書でその姿をみたことがあったのだ。 だが実物は資料で見るより何倍もおぞましく。 「流石の迫力ですねぇ……よし、逃げよう」 くるっと踵を返そうとする无、そんな彼を相棒の宝狐禅ナイが止めた。 がぶっと噛み付いて。 「痛っ! しょうがないですね」 苦笑して、ナイを宥めると无は黒い宝珠を備えた手袋をぎゅっとはめ直す。 鋼線「墨風」、墨色の鋼線でひゅんと風を切り、じわじわと迫りつつある眷属達をじっと見つめて。 「神様にお祈りは? 隅でがたがたする準備はよいですかね? って痛い、噛まないでくださいよ」 気を抜くな、と噛み付いたナイを宥める无。彼は気を取り直して鋼線を展開し。 「では気を取り直して……ナマモノはすっこんでてください」 名前の通り、墨色の風となった鋼線で眷属を切り刻みながら敵陣へと踏み出していくのだった。 敵の大軍勢を前に、どうしようと首を捻る一人の少年。 「何これオバケ? それともアヤカシ?」 小伝良 虎太郎(ia0375)は、見渡す限り視界を埋め尽くす敵の眷属を見ながらそう言った。 敵に圧倒されないだけでも、彼の精神力と胆力が人並み外れていることの証明だろう。 だがそれでも敵の数は多くその対処も未だ謎につつまれているのだが……。 『こぶしです……こぶしで殴り殺すのです……』 「はっ、どこからか謎の声が!」 突如虎太郎の脳裏に響く謎の声。それは天儀の危機を憂う精霊の声か、はたまたお節介な天の声か。 ……ちなみに、その天の声はきーぱーと呼ばれているとか居ないとか。 ともかく、虎太郎はその声を信じて愛用の武器、神甲「風神雷神」をがちんとぶつけ合う。 正体不明の強敵といえど殴れるならば怖くない。 なぜなら彼は、恐れ知らずの探索……開拓者なのだから! 「やるっきゃないよね!」 両拳が、風を巻き雷を迸らせて呻りを上げる。鱗だらけの魚人に拳一発、吹き飛ばす。 泰拳士の身軽さを最大限発揮させて、迫り来る触手の群れをひらりと回避、雷の拳を叩きつける! 風と雷を纏った虎太郎は、遠くに見える巨大な邪神に一撃入れるため、敵の大群に飛び込んでいく。 羅喉丸(ia0347)は師父の言葉を思いだしていた。 泰国では、時に英雄を龍と呼ぶ。そんな英雄は奇跡としか思えないことを起こし、天すら味方に付けるのだ。 「……あれが久倒竜。……くとりゅう、九頭竜……伝承にて語られる善の竜王と対になる悪神か」 ただ静かに、最強の泰拳士である羅喉丸はその邪神をみつめる。 たかが一人の開拓者の力であの邪神が倒せるだろうか。おそらく、それは否だ。 だが彼は、自分が何のために武を志したのかを静かに思い返していた。 それは『武をもって侠を為す』ためにだ。 ならば、ここで退くわけには行かない。勝機がなかろうが、戦い抜かなければならない。 「日々の鍛錬の成果、今こそ発揮するときだな」 そして彼もまた、悠々と敵軍の前に進み出るのだった。 開拓者の中で、誰が最も強いのかと問われれば、幾人もの開拓者の名が上がるだろう。 だが、最も功夫を積んでいるのが誰なのかと問われれば、それはこの羅喉丸が答えだ。 泰拳士の奥義、天呼鳳凰拳。拳を紅蓮の炎が包み込み、怪鳥音とともに炎の拳が魚人を粉砕。 極地虎狼閣、武器を白い気で満たし、強固な鱗で覆われた巨大な怪物をただ一撃で貫通。 絶破昇竜脚、空から襲いかかってきた化け物を、龍の閃光とともに凄まじい蹴りで迎撃。 そして、峻裏武玄江。無数に襲いかかってきた触手の群れをかいくぐり、黒い気とともに怪物に反撃。 ひとつ修めるだけでも達人と呼ばれるであろう奥義を四つも駆使して、羅喉丸は戦っていた。 だがまだ邪神には届かない。ならば戦の最中でも、ただひたすらに戦いながらその牙を磨くだけだ。 より強く、さらなる高みに至るために。 四つの奥義のその先をおぼろげに感じながら、羅喉丸は敵をなぎ倒し続けていった。 「目標は久倒竜だ! 一気に攻め込むぞっ!」 恐れ知らずの船員と、恐れ知らずの船団を率いて空を征く一人の勇士あり。 各国の大型戦闘用飛行船を借り受けて、大勢の命知らずな開拓者と船員を乗せて。 そして、飛行船団の先頭に位置する大型船の舳先に九竜・鋼介(ia2192)が立っていた。 邪神にとって、飛行船団は例えるならば、飛び回る羽虫のようだ。 命に関わるほどでは無いが、ただただ煩わしい。そこで邪神は飛行する眷属の群れを解き放った。 羽の生えた触手の群れ、蝙蝠と犬の混ざり合ったような化け物、ふわふわと浮く醜悪な肉塊。 その群れが鋼介の船へと襲いかかる。 「眷属か……総員戦闘配置! 宝珠砲撃ち方用意!」 号令一下、船は砲門を開いてぐるりと横っ腹を敵軍へと向ける。そして、じりじりと引きつけて……。 「撃てぇっ!!!」 轟く轟音。満載された宝珠砲が火を吹いて、眷属の群れを打ち落とした。 だが、全部打ち落とすには至らなかったようだ。何匹かが船に飛びつき、白兵戦も始まった。 鋼介は相棒の甲龍・鋼とともに白兵戦に参加。 二刀流の刀を縦横に振るって、眷属達を切り捨てて、そこで再度の砲撃に船が震えた。 船団はなんども砲撃を敢行し、じりじりと邪神へと近付いていく。だが抵抗が激しく近づけない。 そこで、鋼介は心を決めた。 「船団は待機! この距離を保ちひたすら対地、対空で砲撃を継続!!」 応、の声を聞いて鋼介は甲龍の鞍に飛び乗って。 鋼介は船を飛び出して、単身邪神の元へと飛んでいくのだった。 ● 邪神が現れる前に、恐ろしい夢を見た一人の少女がいた。 大砂蟲の群れが故郷を蹂躙する夢、赤い三眼が哄笑する夢、そしてまた新たな悪夢が。 水平線の向こうより、龍の名を持つ邪神がやって来るおぞましい夢だ。 「これは……久倒竜……くとぅるう……」 熱病に浮かされるように、呟いたアリエル・プレスコット(ib9825)。 彼女はその幻視、ヴィジョンに恐れおののいた。 だが、なにかの手を打たねば……。 もし彼女が孤独だったならば、ただの戯言として扱われてしまっただろう。 だが、彼女には信頼出来る友がいた。 「我に任せるのじゃ! 必ずや伝承にある黄の衣を纏いし精霊の王の助力を得ようぞ!」 アリエルの言葉を聞いて、小さな胸を張って請け負う八塚 小萩(ib9778)。 彼女は霊山に籠もって修行により対抗する手段を見付けようとしていた。 手には金の象眼細工が施された古の祭具が一つ。 「各国への折衝と根回しは任せて頂戴。それと、幾つか魔道書が手に入ったわ」 世界各地を廻り、魔道書を集め各地につなぎをつけるのは雁久良 霧依(ib9706)。 開拓者としての伝手、名誉や信頼、果ては女の武器を駆使しても彼女はアリエルのために働いた。 そしてずらりと揃ったのは、伝説に名を残す魔道書、古書の数々だ。 失われた儀に伝わる象牙の書、砂漠で狂い死んだ詩人が残した断章。 失われた神と失われた民族について描かれた黒の書、そして鉄で出来た怪しげな禁書。 どれもが、喪われた知識と秘すべき奥義について描かれた超一級の危険な魔道書だ。 「アリエル、準備はいい? どの書も精神を削る危険な書よ……」 「ええ、でも対抗するためにはこれを読み解かなければ……がんばりますよっ」 にこりとアリエルは笑って、そして二人はこの危険な書の解読にとりかかるのだった。 邪神を退ける古き神の印、古き支配者を呼び起こすための青銅で作られた儀式用偃月刀。 そして、知覚を拡大させその意識に次元すら飛び越す力をあたえる黄金の蜂蜜酒。 数々の秘奥を究め、解き明かしたアリエルは、すでにその精神を摩耗させていた。 だが、こうして準備は整った。 霧依やその他仲間たちが東奔西走した結果、飛行船団や多くの助力が世界各国から得られた。 船団は鋼介が率い、すでに飛び立った後である。 その後に、残されたのは2つの巨大な影だ。これもまた、世界各国の協力を得た結果。 「久倒竜など恐るるに足らず! 妾は地上最強の竜! ゆくぞ!」 勇ましく鬨の声を上げる少女は、帝国にて宝冠銀鷹賞を受けたリンスガルト・ギーベリ(ib5184)だ。 彼女の前には、帝国に隠匿されていた複座式大型オリジナルアーマー「トーデスリッター」。 黄金の蜂蜜酒で感覚を鋭くした彼女は一足先に巨大なアーマーに乗り込んだ。 そして複座のアーマーのもう一席に収まる予定なのは霧雁(ib6739)だ。 邪神を前に、さすがに震えが来たのか、 「……拙者がおりじなるあーまーに? そういうのは苦手で……」 といったところで、げしっと相棒の猫又、ジミーに蹴っ飛ばされて覚悟を決めて。 「わ、分かったでござる! 世界の終りとなれば惰眠を貪っている訳にはいかぬでござるよ!」 こうして二人が乗り込んで、ついにオリジナルアーマーが動き出した。 そしてもう一体は、アーマーではなかった。意思を持つ鎧の巨人、ギガだ。 「とうとう来たね……行くよ、ギガ!」 リィムナ・ピサレット(ib5201)の言葉にギガは頷くと、リィムナを肩に乗せてゆっくりと立ち上がった。 見上げるほど巨大なギガとオリジナルアーマー。 その二体は、邪神に対抗する最終兵器として船上に向かうのだった。 「今征くぞ、アリエル!」 はるかな霊山にて、ついに力を得た小萩は風の精霊……と思われる黄の衣の王と契約を結んだ。 契約に基づき、何処か不気味な騎乗生物、びやーきー・ばいあくへーと呼ばれる眷属に跨がる小萩。 彼女は、一路アリエルを助けるため決戦の地へと向かっていた。 だがそのころ、アリエルと霧依は最後の儀式を執り行おうとしていた。 「邪神には邪神をぶつける! ……本当にこれでいいの、アリエルちゃん?」 魔術の粋を尽くして、アーマーとギガに魔術的強化を施した霧依。 彼女は疲労困憊した様子のアリエルに心配そうに尋ねた。だが、アリエルはただ静かに頷くのみ。 世界の危機とあれば、危険な手を取るしか無い、そんなアリエルの言葉に促されて、霧依も覚悟を決める。 丁度、アーマーとギガは、偃月刀と古き神々の護符が刻まれた盾を手に戦場へ向かったようだ。 ならばと二人は儀式を開始したのだが……、 「……儀式は、無垢なる生け贄の魂をもって完遂する……」 ふらふらと、夢遊病者のように呟いたアリエルの言葉に霧依はさっと顔色を変え、写本を確認する。 「生贄は……処女? そんな……誰かを犠牲になんて……アリエルちゃん!?」 だが、視線を戻したときには遅かった。アリエルは魔法陣の内に踏み込んでいて。 「手伝ってくれてありがとう、雁久良さん……さよなら、小萩ちゃん……」 そして彼女は儀式用の短刀を、微笑を浮べながら自らの胸に突き立てた。 その瞬間、魔法陣から瘴気が……否。それよりもおぞましい何かが真っ黒な霧としてわき出てきた。 血のような赤黒い霧、それがアリエルの姿を覆い尽くし、それが晴れたときにはそこに一人の女性が。 その姿は、開拓者であったサドクア(ib9804)のものだ。 だが、霧依の顔をじっと見て、サドクアはにたりと笑う。 「ほう……久倒竜が目覚めたか。余には関係ないが久々に余を呼ぶ声を聞いた……ふむ、暇潰しにはなるか」 そしてサドクアは哄笑した。 すると口は耳までがぱりと笑みの形で刻まれて、美貌が一瞬でいびつな怪物の笑顔に変じたのだ。 「なっ……」 「我が名は○○○○……ふむ、人の言葉では音に表せぬか。まあ良い、生け贄が足りぬ……」 次の瞬間サドクアの体がぐにゃりと変じる。胴体はふくれあがり、顔はまるで醜悪なコウモリのよう。 そして長い手足と短い毛で覆われた体はまるでナマケモノのようだ。 だが、凶悪で不気味なその姿はたしかに邪神であった。 その新たな邪神はずるりと手を伸ばすと霧依を掴み、ぱくりと一口で呑み込んで。 「これにて、契約は成った……さあ、余興を始めよう……」 げらげらと笑いながら、邪神としての本性を現したサドクアは、のしのしと久倒竜のもとへむかうのだった。 ● 最後の戦いにて、大きな働きをしたのは二体の巨人だ。 オリジナルアーマーを操るリンスガルトと霧雁。戦闘をリンスガルドが担当し、感覚は霧雁が補佐。 二心一体となって、二人が操るアーマーは、押し寄せる軍勢をなぎ倒し邪神の元へと突き進んでいた。 そしてもう一体は、鎧姿の巨人ギガとリィムナだ。 「パンチだ! ギガ!!」 ま゛っ! と気合いの声を上げてギガが拳を見舞えば眷属達が蹴散らされる。 そして肩の上のリィムナはひたすら仲間たちを守るために演奏を続けていた。 演目は天使の影絵踏み。抵抗力を上げて、魂と心を邪神に殺されないために、彼女の力が必要なのだ。 一方、援軍として仲間の元に休講した小萩は、がっくりと倒れて泣きじゃくっていた。 「間に合わなかったか……」 小萩は儀式の魔法陣を見て、友アリエルの身に起きたことを知ったのだ。 遠くには召喚された新たな邪神、サドクアの変じた存在が見える。 ならばアリエルは自分の運命を受け入れたのだろう。 だが、それでも小萩の怒りは収まらなかった。 契約した精霊の王、実はそれもまた邪神の一柱だ。 彼女は、魂と精神の全てを差し出して、黄の衣の王に請うた。 力を、アリエルが命を賭してまで倒そうとした邪神久倒竜を倒すほどの力をくれと! その結果、彼女が手にしていた金細工、黄の印が輝いて応え、小萩は王と同じ力を手にしたのだ。 唸る力が幻影となって小萩の小さな体を包み込む。 黄衣の王の姿が重なるように小萩と実体化したのだ。 そしてこの新たな一柱は荒れ狂う風を纏って邪神に立ち向かうのだった。 ずんぐりとした巨体を振るわせてのしのしすすむ、サドクアだった邪神。 彼女? は周囲を汚染し、地獄のような地形を造りながらただひたすら突き進んでいた。 ぼこぼこと沸き立つ重金属の川、命の滅ぶ荒野が広がっていく。 そして久倒竜の眷属達を呑み込み叩きつぶしてすすんでいくのだった。 同じく凄まじい速度ですすむのがギガとオリジナルアーマー。 彼らが作った道を追いかけて突き進んでくるのが小萩融合した黄衣の王だ。 だが、近付けば近付くほど、その久倒竜は巨大だった。 見上げるほど巨大なギガとアーマー。彼らよりも久倒竜は巨大だ。二倍ほどの大きさがある。 恐ろしい力を備えたギガとアーマーだが、それでも太刀打ちするのは厳しいだろう。 まず、久倒竜の力を削らなければ、そのためには動きを止めなければ……。 だが、戦っているのは彼らだけでは無い。 真荒鷹陣から荒鷹天嵐波へ。流れるように技を繋いだのは虎太郎だ。 その一撃が邪神の顔面に突き刺さる! 「……やったかっ!?」 だが、不安な予想は的中。邪神はかすり傷すら受けずに健在だ。 「ちくしょー、どうすれば……」 その時、虎太郎の脳裏に再び声が響き渡った。 『道具です……探索者たるもの、道具を使うのです……』 探索者ではなく、開拓者だが、その言葉に虎太郎は懐を漁る。するとそこには小瓶が一つ。 一見するとそれは、オリーブオイルか何かの小瓶だろう。 コレを使って巨大な邪神を転ばせようと、虎太郎は思い立って、それをとっさにばらまいた。 だが、どうやら小瓶の中身は油では無かったようだ。 古き神々の護符が刻まれた小瓶、その中には黄金の蜂蜜酒が封じられていたのだ。 感覚を鋭くするその蜂蜜酒の香気を吸いこんだ虎太郎は、邪神の足下に影をみた。 それは、あらゆる物質が備える崩壊点だった。 邪神といえど、物質世界に顕現すれば生じざるを得ない破壊の一点に虎太郎は気付いたのである。 「ここだっ! 荒鷹天嵐波ォ!!!」 渾身の一撃が叩き込まれ、邪神の足が微かに崩壊する。微かな一撃だが……それが反撃の契機となった。 ● 「動きが止まりましたねぇ。今なら、出来るかも知れません」 滑空艇に鋼線を絡ませて、ひらりと邪神の頭部に向かう无。 彼は、動きを止めた邪神の頭に飛降りた。 同時に、彼の近くに急降下した影があった。甲龍の鋼と鋼介だ。 「敵は久倒竜、くとうりゅう……さすがにそのために九刀流はムリだな。二刀流を喰らえ!」 焙烙玉での目くらましから、強烈な二刀流の連撃。それが分厚い邪神の肌を切り裂いた。 だが出来た傷はあまりにも小さく、すぐにうごめき修復が始まったのだが……。 「丁度良い、その傷。活用させもらうよ!」 无の鋼線が迸り、その傷から久倒竜の内部へと潜り込んだ! 鋼線に瘴気を通し爆式拳、瘴気を流し込んで破壊しつつ内部から操ろうという魂胆だ。 しかし邪神は抵抗し瘴気とはまた別の力で鋼線を阻む。 「さすがは邪神ですね……また逃げたくなってきました。ですが……これで十分です」 无は不敵にそう呟くと、最大出力で爆式拳を発動。邪神の内部の神経節を焼き尽くした。 破壊したのは小さな一部だけだろう。だが、流石に内部を破壊されて、ぐらりと邪神は倒れた。 それだけでもう十分だろう。鋼介は无とともに甲龍の鋼に飛び乗って離脱。 そこに総攻撃が叩き込まれていった。 苦し紛れに、そのおぞましい触手を振り回し吼える久倒竜。 邪神は竜の名の通り、ばくりと触手の下に隠れていた大きな口を開けるとそこから破壊の吐息を吐き出した! 触れるもの全てを腐食し破壊する滅びの息だ。 だが、その前に立ちはだかったのはギガとリィムナだった。 「させない! ギガ、すこしだけ耐えて!!」 リィムナはギガの肩の上に立って、全身から力をまとめ上げて眼前の破壊の吐息に向けた。 黄泉より這い出る者、それも全身全霊の力で何度も繰り返し放つ! あまりの力の余波に、式神の力が逆流しリィムナの体を傷つける。 ……いや、それどころか、彼女の体は指先から塵になって消えていこうとしていた。 だが、リィムナは術を止めない。破壊の吐息を押し戻し、そのまま邪神へと叩きつけて……。 「ギガ……あとはよろしくね」 その言葉を最後に、リィムナは塵になってしまった。 「リィムナ! おのれ……許さぬ! 霧雁、頼むっ!!」 その光景を見て、慟哭するリンスガルト。彼女は、アーマーを操り、苦しみでのたうつ邪神へと肉薄した。 偃月刀を振りかざし、それを叩きつける。 眷属との戦いで疲弊していた偃月刀はそれで粉々に砕け散った。 だが、そのままアーマーの両手でがっちりと邪神を掴み、拳を叩きつけながら、 「今じゃ、霧雁!!!」 「了解にござる、リンス殿!」 応えた霧雁は、黄金の蜂蜜酒によって体得した忍術の奥義を解き放った。 時を止める秘術・夜。それがオリジナルアーマーと数多の呪術的強化の力によって凄まじい力を発揮した! ばきん、時が邪神ごと全てを凍り付かせた。動けるのは、このアーマーのみだ。 「霧雁! 用意はよいな? リミッター解除じゃ!!」 「最終奥義でござるな……心得た、リィムナ殿!」 時間が止まったその中でも、邪神は動き出そうとしていた。 そこで、アーマーと二人は最終奥義を繰り出したのだ。声を合せて高らかに叫ぶ! 「真・リッタービィィイム!」 そして時は動き出した。 閃光とともに、アーマーはその力を迸らせた。バラバラに崩壊していく機体。 「リンス殿、脱出をっ!!」 「よい……霧雁は早く脱出するのじゃ……」 崩壊していくアーマーの中で、二人は静かに会話を交わした。 逡巡する霧雁、だが彼は何も言えずに脱出して、のこされたリンスガルトは……。 「……リィムナ。妾も今……そなたのもとへ……」 だがしかし、邪神はその一撃を喰らっても滅びていなかった。 眷属達を吸収し、八割以上粉砕された体を再構成しようとしていた。 人類になすすべは無いのか? ……大丈夫、まだ戦力は残っている。 「散っていく多くの命……いい余興、いい暇つぶし……」 くすくすとサドクアの妖艶な声で笑い、ぐふぐふと醜悪な鳴き声を上げる邪神。 ずんぐりしたサドクアの邪神は、滅びかけの久倒竜にたどり着くと、ぐしゃりと体当たりをした。 すぐさまサドクアの姿は、不定形の粘泥へと化して久倒竜へと絡みついていく。 両者の体は溶け合い、お互いに対消滅しながらぐずぐずと崩れつつあった。 「さあ、一緒に行きましょう……悪くない余興であった」 そしてサドクアの声は沈黙し、邪神久倒竜はサドクアの邪神によってその存在を縛り付けられたのだ。 そこにもう一柱の邪神が到着した。 「我のこの手が荒びて唸る! 汝を狩れと逆巻き哮る! 征嵐………カルコサハリケェエエン!」 黄衣の王が支配する遠い異世界、そこに吹く嵐の名を持った必殺の一撃が邪神久倒竜に叩きつけられたのだ。 黄衣の王となり、腕組みした姿勢のままで、莫大な力を帯びた風を渦巻くように纏った小萩。 彼女は、自らを一つの弾丸として、久倒竜に致命的な一撃をあたえたのだった! そして数多の攻撃を受けて久倒竜は滅びかけていた。 だが、無限の力を備えた邪神だ。完全に滅ぼすか、封じなければ安心は出来ない……。 そこに、この地に充ち満ちた力を吸収し、高位の存在と化したリィムナの声が響き渡った。 瘴気、気、邪神達の力の余波を吸収し、神々しい気を纏った精霊へと変化したリィムナ。 彼女の傍らには、黄衣の王と融合し滅ぼされた小萩に、生け贄となった霧依とアリエル。 さらにはアーマーと運命を共にしたリンスガルトの姿もあった。 『邪神を永遠に封じる異空間を作りました……皆、邪神達をここに叩き込んで! ギガもお願い!!』 リィムナの声とともに、滅びた彼女たちが手をかざすと、空間に穴が開いた。 そこにじりじりと邪神や眷属達が吸い寄せられていくのだが……邪神は抵抗する。 ギガは、壊れかけの体を奮い立たせて拳を放った。だが未だ足りない! ……最後の一手を決めたのは、人の力だった。 「四つの奥義には……さらなる奥義に繋がる極意が含まれていたのか」 満身創痍の羅喉丸。眷属の軍勢を蹴散らしてついに邪神の元へ。 彼には核心があった。四つの奥義に含まれる極意、それはさらなる奥義への入り口だったのだと。 黄金の蜂蜜酒の香気のせいか、彼には地を奔る竜脈が感じられた。地の底に眠る莫大な力だ。 それに同調した羅喉丸は、全身を輝く竜脈の気で満たし、ただの一撃を放った。 音も無く放たれた一撃、それは莫大な竜脈そのものをぶつけたような一撃だ。 邪神は打ち砕かれ、じりじりと異空間へと押し込まれていく。 そこに空から宝珠砲の爆撃が降り注いだ。 「消えて無くなれ! この世界から!」 「これで終わりです。悪あがきはここまでです」 鋼介と无は、甲龍にのって飛行船団まで撤退し、そこから宝珠砲の指揮を執ったのだ。 全世界の協力によって、ついに邪神はその抵抗力を失った。 久倒竜、倒されるはずの無かった竜は倒されて、終に異次元へと放逐。 『これで……久倒竜は永劫に封じられました……そして、私たちの役目も終わりました』 そしてリィムナたちは、命を落とした数多の仲間たちと共に、さよならと言い残し消えていった。 残ったのは、ボロボロになった世界。だが、やっとそこに朝焼けの光が差した。 邪神ではなく、本来あるべき清浄な日の出。それを前に、やっと戦士達は勝ち鬨を上げたのだった。 |