鯨飲するべし梅祭
マスター名:雪端為成
シナリオ形態: イベント
相棒
難易度: 普通
参加人数: 17人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2013/04/06 21:40



■オープニング本文

 武天にある芳野という町は商業の街、そしてお祭の多い街である。
 冬の雪深い時期には、雪の祭り「氷花祭」。
 春の桜の季節には、満開の桜のために盛大に花見の宴。
 そんな冬と春の間のこの時期には、梅の祭が催されるのだ。

 去年より始まったこの梅祭。
 今年も梅酒の試飲が行われるらしく、各地の酒屋がお手製の逸品を持ち寄るとか。
 開拓者の諸君は、酒を片手に春を待ちわびる芳野でのんびりと羽を伸ばすのも良いだろう。
 そして商業の街には、一攫千金の種も転がっているようだ。
 毎度おなじみの開拓者の屋台。今年は屋台村形式で準備中とか。
 いつも通り、屋台の準備と材料の仕入れは街がしてくれるらしい。
 もし、多くのお客を満足させることが出来れば、儲けを出せるかも知れない。
 そして今年は別の目玉がある。
 折角酒が大量に振る舞われる祭なのだから、飲み比べだけではつまらない。
 というわけで「大酒飲み大会」が開かれることとなったのだ。
 酒ならば任せろという開拓者も多いだろう。
 自信があるなら、浴びるように酒を飲んでみるのも良いだろう。

 さて、どうする?


■参加者一覧
/ 音有・兵真(ia0221) / 礼野 真夢紀(ia1144) / 御樹青嵐(ia1669) / 弖志峰 直羽(ia1884) / 黎乃壬弥(ia3249) / ユリア・ソル(ia9996) / ヘスティア・V・D(ib0161) / 蓮 神音(ib2662) / 葛籠・遊生(ib5458) / 蓮 蒼馬(ib5707) / 扶桑 鈴(ib5920) / 何 静花(ib9584) / アーディル(ib9697) / リーフ(ib9712) / オリヴィエ・フェイユ(ib9978) / 十朱 宗一朗(ic0166) / ティナ・柊(ic0478


■リプレイ本文


 まだ桜が咲くちょっとまえの春先。
 寒さと暖かさが入り交じるそんな季節、芳野では梅が咲き乱れていた。
 花と言えば桜だろうが、香りと言えば梅の花。
 馥郁たる香り、という表現はまさしく梅の花のためにあるようだ。
 そんな芳野、そこかしこから梅の香気が漂ってくるが、今日ばかりは別の香りが優勢のようだ。
 一つは、酒の香り。
 ふんわりと漂う酒の香りは、子供にはすこし早い匂いだ。
 だが、酒を知る者……それも飲んべえにとっては酒の匂いは梅の香に勝るとも劣らない。
 そしてもう一つ。それは屋台から漂う様々な香りだ。
 桜の花見を先取りするかのように香りを漂わせる様々な料理の数々。
 商業の街、芳野らしく様々に漂う香りは天儀だけでは無くいろいろな国の料理のものだ。
 酒に肴は付きものだ。香ばしく焦げる醤油、甘辛いタレ、そして肉の芳しい焼ける匂い!
 もちろん酒の肴だけが主役では無い。
 祭好きの芳野、祭と言えば屋台の甘味もまた勢揃い。
 巫女が作るかき氷、団子に焼き菓子、甘い香りだけでもお腹いっぱいだ。
 
 ずらりと並んで良い匂いを漂わせるそんな屋台の中。
 そんな中で、今日もやっぱり大繁盛しているのは、もうこの芳野でも見慣れた少女によるものだ。
「梅の実は、芳池酒店のご隠居様に気前よく頂けましたし、梅の花も沢山手に入りましたね」
「ウメのおはな、きれいだね」
 礼野 真夢紀(ia1144)の言葉に、にっこりと笑うからくりのしらさぎ。
 祭の度に、手を尽くし知恵を尽くした屋台料理を提供するこの少女。
 いまでは、彼女の屋台を心待ちにしている人もいるとかで、今回も彼女はその期待に応えるつもりで。
「さあ、準備を始めましょうか。まずは、すぐに準備出来るこのクッキーを並べてくれる?」
「うん、まかせて」
 彼女たちの屋台は、今回梅祭の端の方に立てて貰ったようだ。
 その理由は、香りを邪魔しないためとのこと。
 まず店先に並んだのは可愛らしいクッキーだ。しらさぎがうきうきと並べている。
 梅の形のクッキーは、子供から大人まで大人気間違い無しである。
「このおだんごは?」
「紅白梅団子、ってところでしょうか? それも目立つところに並べて頂戴ね」
 続いて赤梅白梅を思わせる串団子。
 どうやら今年は甘みが中心のようだ。たしかにこの祭は酒の肴の屋台が多い。
 必然的にそれ以外の屋台は少なくなると言うわけで、彼女の狙いは当を得ているようだ。
 かすかに香ばしく甘い香りを立てるのは、鉄板で焼かれた焼き餅だ。
 梅の紋を押された薄い焼き餅は梅ヶ枝餅と言うらしい。これは白餡と黒餡の二種類。
 まだまだ品揃えは尽きないようだ。
 米粉を用いたもちもちした蒸しパンには梅酒の実を使ったジャム入りで、腹ごしらえにも十分で。
 さらには薄焼きの一口煎餅もある。これはつまみにも良し、梅ジャムと一緒でも美味しいだろう。
 飲み物だって用意されている。
 酒ばかりのこの祭。ときおり吹く風が冷たいのも春先の風物詩だが、そんな時は梅の花湯。
 梅肉と一緒に塩で漬けた梅の花をお茶に浮べた梅の花湯は梅の香りがたっぷりで。
 さらに梅干しを潰し、種を取り除いた梅肉にお湯を注いだ梅湯まで揃っているようだ。
 こちらは梅の花湯より酸味が強く、二日酔い防止にもぴったりだ。
 さらには、甘みの数々に引き立てる馨しい芳香は珈琲。まだまだ珍しい味と香りだが愛好者は密かに多い。
 そんな希望に応えるために、泰国南部の珈琲豆をつかう自家製の道具を持ち込んだ真夢紀嬢。
 幸い芳野で同じ商品が沢山手に入ったようで、こちらもたっぷりと用意が出来たよう。
 そしてなんと言っても目を引くのは花弁入りの薄紅色をした寒天寄せ。
 目を引く美しさに、優しい甘さ。しっかり香る梅の香りに、嬉しい舌触り。
 ずらりと品を並べてさあ営業開始というところになったのだが……。
「……まゆき、もうおきゃくさんが、ならんでるよ?」
「わ、本当だ……お待たせしました!」
 割烹着を真夢紀はやっとお客さんに気付いて店を開いた。
 お客の中には、梅を用意して貰った芳池酒店のご隠居、住倉月孤のお孫さん、嶺騎少年らもいるようで。
 ずらりと並んだお客達は、色とりどり、選取り見取りの品を楽しそうに選んでいくのだった。


「ん、あっちから良い匂いが」
 くるりと周囲を見回して、耳をぴこぴこと動かせるリーフ(ib9712)。
 彼女は風に香る甘くて美味しそうな匂いに気付いて、同行者をちらりと振り向いた。
 尻尾をぱたぱた。少し迷った末に、アーディル(ib9697)の袖をくいくいと引いて。
「……」
 無言でくいくい。尻尾をぱたぱたと動かせて待ってみるリーフ。
「それじゃそっちに行ってみるか。今日はリーフの好きな所から回ろう」
 それを聞いて、リーフはアーディルの裾を引きつつ、匂いの出所に向かうのだった。
 顔には出てないが、アーディルからみればリーフの耳はぴこぴこと楽しげで。
 さらには尻尾も全力でぱたぱた嬉しそうだ。
 そして2人がたどり着いたのは真夢紀のやっている屋台だ。
 ずらりと並ぶ美味しそうな甘味の数々。
「何か、食べたいものはあるかい? ここは俺が奢るよ」
 普段小隊の隊長を務めるリーフを労う意味もあるのあろう、アーディルはそういって。
 リーフは、同じ開拓者のよしみということで格安でたっぷりとお菓子を買い込むのだった。
 そして2人は、梅が咲き誇る庭園へ。クッキーや寒天寄せに餅やお団子を山盛り抱えてやって来る。
 途中でちょっとばかり梅酒も貰って、そのお菓子の山とともに2人は梅の木の下に座り込んで。
「梅の花か……すっかり春だな」
「ん、桜の前では目立たない感じがあるけど……」
 もぐもぐとリーフは梅ヶ枝餅や団子をかじりつつ、梅の花を見上げた。
 寒天寄せの中には、梅の花。時間をかけて作られた花漬けは香りも味も、まさに良い塩梅。
 それをつるんと口に入れればふわりと梅の良い香りに、甘みと酸味がほどよく調和して。
 おもわずリーフは耳をピンと立てて、尻尾を楽しげにぱたぱた振るのだった。
 そこでふと会話の途中だと思い出す。
「……ん。えっと、梅の話だっけ?」
 ごくりと寒天寄せを飲み込みそういえば、アーディルは楽しんで居るようで何よりといった表情で頷いた。
「……梅は、暦の上でも、天儀の文化でも興味深い植物なんだよ」
「なるほど。確かに見た目でも香りでも、そして味でも楽しめるのは興味深いな」
 そして、趣味の植物画を描こうと筆を走らせるアーディル。
 2人は、のんびりと梅の下で、梅酒を舐め、美味しいお菓子を満喫するのだった。
 もぐもぐと紅白のお団子を食べ尽くしたリーフ。
「……楽しい」
「それは良かった。ここの所忙しかったし、偶にはのんびり息抜きもいいな」
 微笑するアーディル。そんな彼を見上げて、リーフは彼の袖をくいくいと引いて。
「私だけじゃなくて、アーデイルも楽しめてる?」
 尋ねれば、彼はもちろんと頷いて、梅酒をちびちびと舐めつつ目を細める。
 リーフは、彼とすこし距離が近付いた気がして、尻尾をぱたぱた。
 春先の心地よい風の中、2人はのんびりとした時間をゆったり楽しむのであった。


 元はといえばこの梅祭、梅酒の試飲なんかが祭の中心だ。
 今年は大酒飲み大会が盛り上がっているようだが、街の各所では梅酒が無料で振る舞われていて。
「梅酒、凄く美味しいよ。鈴ちゃんもどーぞ!」
「梅……の、お酒……?」
 葛籠・遊生(ib5458)が、はい! と元気よく差し出した小さい杯には香りの良い梅酒がちょっぴり。
 それを受け取って、かくりと首を傾げる扶桑 鈴(ib5920)は、
「ん、と……ちょ、と……だけ……な……ら」
 杯を顔に近づけて、その香りをかげば馥郁たる梅の香りに甘やかな酒の薫香。
 鈴はその尻尾をゆらゆらと揺らしながら、一口こくりと飲み下す。
 酒は余り強くなく、香りと甘さを活かした梅酒なのだろう。
 ふわりと強く香りが漂い、後味はするりと消える。
 酒もそれほど強くなく、飲み下した喉が微かにぽっと温もりを感じる程度で。
「そういえば……お酒、初めて……」
「そうなの? 私は最近少しずつ量が飲めるようになってきたんだ」
 だから心ゆくまで呑もうと思って、そういって笑う遊生。
 2人は、連れ立って梅酒を満喫するために街を散策し始めるのであった。

 街を行けば、いくらでも梅酒の試飲を頼まれる。
 酒は飲む者も楽しいが、飲みっぷりだって見ていて楽しいものだ。
 可愛らしい女性が、美味しそうに梅酒を飲む様子。それは作り手や他の客にとっても眼福だろう。
 そういうわけで、2人はいろんな梅酒を試飲してまわることになって。
「初めてのお酒なわけだし、大丈夫? はいこれ、おつまみにって礼野さんがくれたよ」
 遊生は鈴に、はいっと途中で貰った小皿を手渡した。
 そこには薄焼きの煎餅が。塩味が甘い梅酒の箸休めに丁度良くて。
 それを受け取りつつ、鈴はまた別の梅酒をちょっとずつ飲んでいた。
「ん、お煎餅も……美味しい……梅の、お酒も……思ってたより飲みやすいし……」
 こっちの方が香りが良い、なんて言いながら尻尾をぱたぱた。
 先だけが黒い茶の尻尾は、彼女の気持ちを代弁するかのように嬉しそうにゆらゆら揺れて。
 しかし、2人ともまだまだお酒の初心者だ。
 春の陽気に美味しいつまみ、そして梅酒がいよいよしっかりと効いてきたようで。
「鈴ちゃん、一休みしようか! ……結構沢山飲んだけど、平気?」
「んー……なんだか、フワフワ……します」
 尻尾のゆらゆらに合せてふわふわ歩く鈴を心配した遊生。
 2人は、梅の木の下に置かれた長椅子に腰を下ろして一休みすることにしたようだ。
「膝枕ぐらいならお安い御用だよ! ……膝、貸そうか?」
「んー……ちょ、っと……だけ……」
 鈴はくたっと倒れ込むと、遊生の膝を枕にすやすや寝てしまうのだった。
 人見知りの鈴、心を許す遊生相手だからこそこうして膝枕でも大丈夫なようで。
 時折尻尾をゆらゆらゆらしつつ、寝入ってしまう鈴。
 その髪を撫でながら、思えば2人とも結構飲んだなぁと小さく笑いながら。
 のんびりぬるい春の午後。大事な友達に膝を貸しつつ、遊生も小さくあくびをするのだった。


 不意に、梅見に行かないかと誘われたときも本の虫なオリヴィエ・フェイユ(ib9978)は読書中だった。
「梅見、ですか?」
「せや。何となく、梅見な気分でな」
 にかっと笑う十朱 宗一朗(ic0166)。その顔を見ながらぱたりとオリヴィエは本を閉じて。
「梅見とは趣がありますね。誘って下さり有難うございます」
 というわけで2人は梅を見に、芳野に赴くことに。だが、オリヴィエは内心小さく首を傾げていた。
 2人は別に無二の親友だというわけでは無いらしい。
 それほど親しいわけでも無いのに、なんでだろう? と不思議に思うオリヴィエ。
 ちなみに、誘った宗一朗曰く、騒ぎたい気分でも無かったから、物静かなオリヴィエを誘ったとか。
 気分屋の宗一朗らしい話である。というわけで、2人は芳野にやってきた。
 膝枕をしている仲睦まじい2人や、山盛りの甘味をもくもくと食べる楽しそうな女の子と絵を描く青年。
 そんな中をてくてく歩いて場所を決めたら茣蓙を敷いて。
 まずは試飲に貰った梅酒を杯の注いで小さく乾杯。
 そこで、宗一朗が取り出したのは大きな包みだった。
「せや、肴作ってきたんやった」
 自由奔放なこの宗一朗がわざわざ手製の肴を用意してきたことに、オリヴィエは内心驚きつつ。
「わあ、宗一朗さんってお料理出来るんですね」
「ははは、意外やろ。これでも結構料理するんやで」
 お重をぱかりと開けると、漬け物や手羽先といったつまみにぴったりな料理がずらり。
 だが、どれも微妙に赤かった。
「ま、食べて食べて」
「それじゃ、一つ……ごほっ!! か、辛い……!」
 慌てて、途中にあった礼野の屋台で貰ってきていた梅の花湯を飲むオリヴィエ。
 真っ赤な料理はの正体は、辛党の宗一朗の大好物、トウガラシたっぷり料理だったのだ。
「そこまで辛くしたつもりないんやけどな〜……うん、我ながら結構いけるで?」
 辛くて悶絶したオリヴィエに首を傾げつつもぐもぐ、真っ赤な手羽先を囓る宗一朗。
 そんな様子に毒気を抜かれたようにオリヴィエは苦笑して。
 これもまた彼なりの歓待なんでしょうか、と梅酒でなんとか辛さを追い出しにかかるのだった。
 注意して食べてみれば、辛みの強い料理も梅酒にはなかなかに合うようだ。
 これでもかと真っ赤な部分は宗一朗に任せて、それほどでも無いところを肴に酒を飲むオリヴィエ。
「梅はな、百花に先駆けて咲くんやで。こないな可憐な花が風雪によく耐えるわー」
「へえ、思ったより丈夫な木なんですね」
「うむ、桜切るバカ、梅切らぬバカ、なんて言うしな。しっかり剪定した方が良いらしいんや
 そういって2人は梅の木々を見上げた。
 桜ほどの豪華さや儚さは梅には無いだろう。だが香り味、そしてその佇まいは梅独特の良さがあって。
「……見掛けによらんなあ」
 まるで君みたいやね、なんて言葉は梅酒と一緒に飲み下して。
 からからと笑う宗一朗を見て、ふとオリヴィエは立ち上がると、お誘いのお礼に一曲と提案。
「おお、そりゃええな! 音楽が無くて寂しいとおもってたんや」
 宗一朗に言われ、オリヴィエはバイオリンを奏で始めるのだった。
 落ち着いた優しい音色が響く。
 オリヴィエのバイオリンは姉の影響で始めたとのことだが、その腕前はなかなかだ。
 意外と賑やかな梅の祭にこの優しい音色は合うようで。
 膝枕で寝入っていた少女も音に合わせてしっぽをゆらゆら。
 甘味の山を片付けた娘も耳をぴこぴこと動かして、同行者の袖を引きその音に耳を傾けているよう。
 そして当の宗一朗は、オリヴィエのバイオリンを肴に梅酒を一口。
「たまにはきみとのんびりするのも、悪くないな」
 舞い散る梅の花弁と梅酒の香り、そして優しいバイオリンの音色をのんびりと楽しむのだった。

 そして音楽は一段落。方々からの拍手に迎えられつつも、改めてオリヴィエは梅酒を味わって。
 すると梅の花弁がひらりと一枚、宗一朗の髪に。
「ん? どこに紛れ込んだ?」
 取り出そうとしても、何処に行ったか分からない用で赤い髪をばさばさかき回す宗一朗。
 そんな様子を見て、小さく笑うオリヴィエは。
「ああ、髪の色と梅の色が一緒なんですね」
 そういって小さく微笑めば、
「そんなん悠長なこと言っとらんで、取るの手伝ってくれ」
 と苦労していれば、ざっと春の強い風が梅の花を散らして、ますます宗一朗が梅の花塗れになったり。
 それを2人で笑いながら、オリヴィエは、
「……また来年も来ましょう」
「ああ、たまにはこういうのも良いな」
 はらはらと舞う梅の花の雨の中、改めて梅酒の杯を干す2人であった。


「よし、やるぞ星風!」
 何 静花(ib9584)が泰国の鉄鍋を手に吼えれば、相棒の龍、星風も轟と吼える!
 その派手な飾り付けが施された屋台の中からは、食欲を刺激する香りががんがんあふれ出ていた。
 お品書きは潔く一つ。泰国風の炒飯だ。
 ぱらりと香ばしく炒められた米、香辛料の香りに、炙られて香りを上げる卵と具材。
 梅の祭の中にがつんと漂うその香りは、昼下がりのお客達の心をがっつり掴んだようだ。
 だが、お客達は店の前で悩んでいた。
 その理由は、炒飯に二種類在るからだ。
「……娘さん、こっちの真っ赤な炒飯は、いったい何なんだ?」
「ああ、そっちは激辛仕立てだ。名付けて『修羅の炒飯』!」
 誇らしげに静花は胸を張って答えた。聞けば常軌を逸した辛さの特別性だとか。
 たしかに香りだけでも刺激的、ともすれば咳き込んでしまいそうな香りである。
 だが、お祭り好きの芳野の人々。
「修羅の炒飯、食べる勇気はあるか?!」
「おう、それなら一つ貰おうじゃ無いか!」
「こっちにも二つだ!」
 というわけで大いに繁盛しているようであった。

 ちなみに、食べた人間はほとんどが討ち死にしたようである。
「か、辛い! 旨いが、すごい辛さだ!」
「辛い? 旨い? そんな事は、当たり前当たり前当たり前! 食ったらとっとと飲んでこい!」
「店主のお嬢ちゃん、お前さんはこれ食べられるのか!?」
「私は甘党だが?」
 しれっと言われて返す言葉も無いお客達。
 だが、辛いだけでは無くかなり旨いようで、梅酒との相性も中々良いようだ。
「飲んだら食え、食ったら飲め、それが修羅の味だ!」
 そう宣う静花。そこにふらりとやってきたのは赤い髪の男だった。
「おお、旨そうな匂いやな! 一つ貰おうか」
 真っ赤な炒飯を貰ったのはもちろん、先程までお手製の激辛手羽先を囓っていた宗一朗だったり。
 彼は山盛りの修羅炒飯をお土産にオリヴィエのもとへ。
「なあ、一口食うか?」
「……いや、遠慮しておくよ」
「そうか。旨いのになぁ〜」
 ぱくぱくと激辛炒飯を平らげる宗一朗に、まわりの梅見客達は改めて開拓者すげぇと思ったとか。


 そしてそんな静花の屋台に新たにお客が。
「この炒飯も旨そうだな。激辛の方はどうする?」
「激辛か、それも買っていく……って、すごい色だな」
 音有・兵真(ia0221)は炒飯を皿で山盛りに貰いつつ、修羅炒飯をどうしようと悩んで。
 言われて真っ赤な修羅炒飯を見つめる黎乃壬弥(ia3249)。
 彼は思わず、後ろに続く仲間の御樹青嵐(ia1669)と弖志峰 直羽(ia1884)を振り向けば。
 2人とも無理無理と首を振って。
 というわけでこの4人、普通の炒飯だけ買っていくことに。
 それぞれの手には梅酒の器と屋台で仕入れたつまみの数々。
 そして4人は目的地に向かうのだった。
 その目的地とは、今回の祭の熱気が集まっている場所、大酒飲み大会の会場であった。

 大会と言っても個人で競い合う者ではないらしい。
 一団高くなった会場で、酒を五升飲めたら賞金贈呈。
 そんなのを、酒の肴や祭の盛り上がりにと周りで客達が見ているという感じである。
 もちろん五升の酒に挑む男や女達を見る周りでも酒盛りが行われているようで、会場は大賑わい。
 そんなところにこの4人がやってきたのである。
「さて、それじゃ底の抜けた筒、と呼ばれた実力をお見せしましょうか」
 にっこり笑う青嵐。彼はつまみですと、菜の花のおひたしや季節を感じるつまみを席に置いて。
「ふむ、梅酒もいいが、天儀酒もいいな。良い香りだ」
 兵真は酒杯「金鱗緑晶」に天儀酒を注いで、その香りに笑みを浮べた。
「酒の肴、これで足りるかな?」
 胡瓜の塩麹漬け、梅風味のつくね、野菜のかきあげとつまみを並べる直羽。
「よーし、これで準備万端だな! じゃ、呑もうか」
 にやりと笑みを浮べる壬弥。
 4人は、銘々の杯を取ると乾杯の声を上げて。

 そして怒濤の宴が始まった。

「直羽、もうちょっといけますよね?」
「うん? まだまだだいじょーぶ!」
 直羽にはいっと大杯を渡す青嵐。
 大きな杯には枡で樽から救った天儀酒がなみなみと注がれていた。
 量はきっちり一升の半分の五合だ。
 じっとそれを見る直羽。じつは彼、ここに来るまでに少々梅酒を舐めてきたようで。
 真っ赤な大杯をがっしり抱えて、ゆっくり傾ける。
 ごくごくと喉を鳴らして直羽は天儀酒を呑んでいく。
 一合二合、のこり半分、四合五合……杯は綺麗に空になって。
「よっし、これでごごう……………ぐー」
 直羽はそれっきり。ばったり倒れて高いびき。
 それを他の3人がゲラゲラ笑いながら、さらに酒盛りは続く。
 壬弥は、五合の大杯は面倒とばかりに、直接樽から丼で酒を掬ってがばがばと飲み干し始めた。
 春の陽気は心地よく、酒は甘露、そしてつまみも旨いのだが……ぽつり。
「花見酒、風流だねぇ。これで美人の酌でもありゃあなぁ」
「まあまあ、そう言わずに。はい、この胡瓜の塩麹漬け、梅肉が利いてて美味しいですよ?」
 壬弥の呟きに、苦笑しつつ青嵐がつまみを手渡した。
 ちなみにこのつまみ、幸せそうな顔で寝ている直羽が持ってきた物だが、それはそれ。
 そんな2人の横で、一升入る大杯になみなみと注いだ酒を、抱え上げると、ごくごく飲み下す兵真。
 わぁっと客が盛り上がる。一口目から一息も付かずに一気に飲み下した兵真は、大杯をだん、と置いて。
「……ふうっ! さすがに一気に飲むと効くな」
 にっと笑って歓声に応えるのだった。
「おいおい、兵真。大丈夫か? 結構飲んでるし、酔ってるんじゃ無いか?」
 からから笑いながら壬弥が兵真に声をかける。だが壬弥もすでに樽を空にする勢いで。
 そんな壬弥の皿からひょいっと煮付けを奪うと、兵真はもぐもぐと噛みしめて。
「おお! それは俺が楽しみにしてた……」
「っくう、酔ってないなんて言わないぞ。あえて言おう酔ってると! ……この煮付け、旨いな」
「……ああ、旨いだろうな……並んで買ったんだけどなぁ」
 とほほと呟く壬弥を、これもまた底抜けに呑んでる青嵐がくすくすと笑ったり。

 そして、樽は空になった。樽は菰樽、天儀酒4斗入りだ。
 一斗は十升、つまり四斗は四十升だ。
 1人当たり五升呑めば賞金贈呈のこの大酒飲み大会。
 早々に寝てしまった直羽以外の3人で、彼らはなんと樽を空にしてしまったのである。

 そんな時にやっとこむくりと起き出した直羽。
「皆がんばれー☆ 酒豪の星を目指すのだっ♪」
 ふにゃふにゃと神楽舞で仲間を応援する直羽。
「酒豪の星、か……だったら改めて飲み直すか? なあ皆!」
 賞金を受け取った3人。壬弥は青嵐と兵真、そして直羽にそういえば、酒豪の2人は賛同して。
 観客達が信じられないと見送るままに、さらに酒を飲もうと会場を去る3人。
 3人を見送るように梅の花が散って、万雷の拍手と歓声が彼らを見送るが、
「……美しく咲いた後、実を結ぶって難しいのでしょうか」
 その中で、小さく青嵐はそう呟いた。すると、壬弥の肩を借りつつ、その言葉を聞いた直羽。
「花も実も、楽しみでも急かすもんじゃあない」
 彼はそうとだけ告げた。ふらふらと仲間の肩を借りながら、直羽は楽しそうに、
「季節の変化を気配で感じる事ができるように目に見えるものだけが全てじゃないさ」
 そう、青嵐の呟きに応えた直羽。
「今度はもっと花が見えるところで呑もう。梅だが花見は花見だものな」
「ああ、それも良いな。梅は綺麗な花も香りも、そして実も全部良いもんだ! 後は美人の酌が……」
 ぶちぶちと壬弥が言えば、また4人は笑い合って。
 親しく心を許しあう4人は、改めて梅林での酒盛りを続けるのだった。


 大酒飲み大会で大いに酒杯を干すのは彼らだけでは無い。
「全部、呑みきっても良いんだよな?」
 ヘスティア・ヴォルフ(ib0161)はそう言いながら樽を一つ抱えてどんと置いて。
「一樽くらいは余裕よね! ……んー、美味しいおつまみもあれば最高なのだけど」
 そして。屋台で少し買ってこようかしら、とユリア・ヴァル(ia9996)が宣った。
 そして樽を開いてふわりと漂う酒の香りの中、2人は差しつ差されつ宴を開始。
「……あいつを連れてくれば良かったわ」
「ん? ああ、あいつか。確かになー」
 黒髪の彼氏の事を思い出すヘスティア。大杯で酒をぱかぱか開けつつ、2人の話は恋人のことに。
「そういえば、スーちゃん。恋人の何処が好き?」
「何処が、かー……そうだなぁ」
 異国風の言葉でいうならば、いわゆる一つの「がーるず・とーく」だ。
 だが、2人は樽をみるみるうちに空にしていくし、
「気がついたら欲しいと思ったんだ、それが始まり……で、ユリアはあいつの何処が好きなんだ?」
「そうね……大馬鹿な所と、ぬくぬくな所ね」
 ふんふんと頷くヘスティア。じゃあ次は駄目なところはと効けば、
「駄目なところは……女心に鈍い所とへたれな所、ね。だから時々、わざと拗ねて見せるのよ」
 くすりと笑うユリアに、そりゃあいいとヘスティアも笑って。
「いい加減へたれはいやだね〜」
「そうそう、へたれてばっかりじゃ嫌よね」
「蹴飛ばさないと動かないのもな〜」
 というわけで、ひたすらにお互いの恋人話に花が咲く2人。
 だが、そんな中で樽が空になってしまって。
「あら、もう空ね。でもなんだか飲み足りないわね?」
「確かにな……ん、賞金? ああ、そんなに呑んだ気がしないんだけどな〜」
 2人は軽く五升以上軽々と飲み干しているようで、見事賞金獲得。
 だが、あれだけ呑んだ二人は、
「露店の美味しそうな食べ物も気になるしね」
「たしかに……そうだ。あれだったら二人にも土産買っていかないか?」
「良いわねそれ、じゃ。スーちゃん。露店巡りをしながら、美味しい地酒でも飲みに行きましょ♪」
「おう、強い酒が苦手な男性陣への土産、何がいいかな〜」
「梅を使ったお菓子なんかでも良いじゃ無い?」
 くすくすと笑い合う二人は、唖然とする観客達を放っておいて、飲み直しに行くのだった。


「酒ですか……思えば呑んだ事が無かったんですが……お祭りですし、良い機会ではありますね」
 ティナ・柊(ic0478)は左右で違う色の瞳をぱちぱちと瞬いて、酒飲み大会に参加した。
 そんな彼女とたまたま一緒になったのは、芳野の領主代行、伊住穂澄嬢であった。
 それなりに酒に強い穂澄嬢だが、街を見回った際にすでに結構な量を飲んでるようで。
「あら? 開拓者の方ですね。よろしくお願いしますね」
 お互いにぺこりと頭を下げて、まずは湯飲みに酒を注いで貰って、二人は並んで席に着くのだった。
 ティナはおそるおそる湯飲みの酒に唇を付ける。
 ふわりと薫のは甘い酒の香り、米から作られた良い酒独特の薫香だ。
 ゆっくり飲み下せば、熱さと旨み、そして香りが鼻に抜けて。
「……ん、美味しい、かな」
「それは良かった。この芳野では酒造りも盛んですからね」
 にっこりわらう隣席の穂澄。彼女は顔を上気させながら酒を飲んでいて。
 二人並んで酒をのんびりと楽しむ。
 他では、それこそ蟒蛇やざるな酒飲みが沢山居るようだが此処は平和だ。
 そして、そろそろ限界だと領主代行、伊住穂澄が席を立とうとするのだが、
「……ティナさん、大丈夫ですか?」
「ふぁあい……? 私はまだのへますよ〜?」
 どうやらティナは大分飲んだようでふらふらゆらゆらとできあがっていた。
「あなたものめー!」
「えっと、もう限界なんですけど……」
「むー、まだまだのへますよー………すー……」
 とここでティナも限界だったようで、ぱったりたおれてすやすや寝入ってしまったようで。
 よく頑張ったと、観客達が盛り上がり、残念ながらティナは賞金は得られなかったよう。
 しかし、美味しいお酒をたっぷり楽しんで、楽しそうにすやすや休む彼女は幸せそうだった。

 そして最後はほほえましい二人組だ。
「センセー、絶対勝てるよ、頑張って!」
「俺がこれくらいで酔ったりせんのは知ってるだろう? 任せろ」
 応援するのは娘の蓮 神音(ib2662)。
 蓮 蒼馬(ib5707)の前には、一升入る巨大な酒杯がどんとおかれて。
 だが、さわやかな笑顔を娘に向けて父親の蒼馬はしっかりと酒杯を手に持った。
 にっこりと笑顔を向けられて、赤くなる娘の神音。
 この二人、実の親子では無く師匠と弟子の関係らしい。
 いろいろとあって、神音は娘となったらしいが、最終目標は彼のお嫁さんらしいという不思議な親子だ。
 まずは一升杯の1杯目。
 なみなみと注がれた酒をこぼさないように慎重に持つと、それを飲みくだす蒼馬。
 一滴もこぼさず十数秒で飲み干せば、観客からも娘からも応援の声が飛んで。
 そして2杯目。
 神音もここまでは応援していた。
 だが三杯四杯と続くと、神音はさすがにあきれ顔だ。
「いつまで飲むんだろー……」
 だが観客の声に背を押されるように、蒼馬はなみなみと注がれた杯でついに5杯目。
 さすがにゆっくりとなったが、それを飲み干した蒼馬。
 割れんばかりの観客の声の中、空になった杯を掲げて蒼馬は無事五升を呑みきるのだった。

 そして無事に賞金を受け取った蒼馬。
 ふらふらと娘の元に戻るのだが、
「センセー大丈夫?! 結構ふらふらしてるけど……」
「ああ、もちろんさ。俺はこれくらいで酔ったりせんと……」
 蒼馬はそういうのだが、久々の酒だったせいか、視界がゆらゆらと揺らいで。
 そして気が付いたときは娘の神音の膝枕だった。
「もー、酔っ払いは神音は嫌いだよ!」
「ははは、すまんすまん」
 心配して涙目の神音に、応える蒼馬。
 父親の威彦も台無しだなと思う蒼馬だったが、これも悪くないなと苦笑するのだった。

 こうして、大酒飲み大会は大いに盛り上がったようだ。
 飲みきった者、ダメだった者。色々居るだろうが、皆楽しめたようだ。
 もうすぐ春真っ盛り、桜の祭ももうじきだろう。すぐに、開拓者にお呼びがかかるに違いない。