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■オープニング本文 大きな戦いが近付いているらしい。 それを聞いて、開拓者のために協力をしたいと申し出た小さな領地があった。 その領地の名は、葉山領。 理穴の山間にあるまだ新しい領地だ。 少年領主、葉山雪之丞が収めるその領主は開拓者に恩義があるのだ。 アヤカシの手から領地を取り戻し、さらには発展の為に開拓者が幾度も手を貸しているのである。 そのため、今回は開拓者のためと、様々な物を提供することにしたのであった。 まず一つは湯治場だ。 葉山領にはアルマ温泉という名の温泉とそこに付随する宿がある。 疲れを癒し、傷を癒して戦いに備えるためにと開拓者に向けて温泉宿を無料開放するようだ。 続いて、その温泉付近には治療院の使用だ。 様々な薬草を産出する理穴の自然。 それを活かして現在葉山領では、薬草の栽培と研究が進んでいるのらしい。 体調の管理や維持、調整などに役立てて欲しいと、今回はこちらも使用可能だ。 数人の薬師がいるので、相談をするのも良いかも知れない。 そして、三つ目は戦いに向けての調整だ。 小隊規模での戦闘訓練や武具の調整などは、開拓者にとって欠かせない準備だろう。 葉山には規模は小さいが、一応軍備がある。 それを相手に、手合わせや簡単な訓練などで調整を行って貰いたいとのことだ。 小隊規模での戦闘訓練もなるべくは対応するとのこと。 戦いを前に体を休めるも良し、癒すも良し、訓練や調整に汗を流すのも良いだろう。 大きな戦いは近い。 だが、気をピンと張り詰める前に少し休むのも良いのでは? さて、どうする? |
■参加者一覧 / 羅喉丸(ia0347) / 柚乃(ia0638) / 礼野 真夢紀(ia1144) / 瀬崎 静乃(ia4468) / リエット・ネーヴ(ia8814) / 霧咲 水奏(ia9145) / アルーシュ・リトナ(ib0119) / 真名(ib1222) / リア・コーンウォール(ib2667) / レビィ・JS(ib2821) / 浅葱 恋華(ib3116) / 綺咲・桜狐(ib3118) / イゥラ・ヴナ=ハルム(ib3138) / ローゼリア(ib5674) / ウルグ・シュバルツ(ib5700) / 玖雀(ib6816) / サミラ=マクトゥーム(ib6837) / 藤田 千歳(ib8121) / 一之瀬 戦(ib8291) / 一之瀬 白露丸(ib9477) / アーディル(ib9697) / ルース・エリコット(ic0005) / 狗神 覚羅(ic0043) / 鶫 梓(ic0379) / ジャミール・ライル(ic0451) |
■リプレイ本文 ● まだ空気はひやりと寒い冬と春の間、そんな葉山領。そこにあるアルマ温泉は、その日も盛況だった。 賑わう温泉に一人黙々と入る女性がいた。女性脱衣所で、知った顔に挨拶するのもほどほどに、温泉に向かった瀬崎 静乃(ia4468)。 彼女は、賑わう温泉の喧噪を遠くからのんびりと眺め、しっかりと体を流すと温泉に。独特の香りと優しい温もり、そこにとっぷりと浸かれば、知らず知らずにほっとため息を一つ。普段はあまり表情を見せない彼女だが、目を微かに細めて気持ちよさそうに温泉を満喫しているのだが……ふと彼女の脳裏に浮かんだのは思い人の顔だ。金の髪と紅い瞳の恋人の顔を思い出しながら、 「……今回は都合が悪かったし今度で、いいかな」 少しばかりの後悔は、疲れと共に温泉に溶かしてしまえと、彼女はお湯に肩まで浸かるのだった。 「久しぶりだじぇ! 湯ーっ湯っ湯っ♪」 奇っ怪な歌(?)が脱衣所の方から聞こえてきた。歌っているのはリエット・ネーヴ(ia8814)。放っておけばそのまま飛び込みそうなリエットだが今日はお目付役がいた。 「いいか。余りはしゃがない様にしてく……れ?」 従姉のリア・コーンウォール(ib2667)は、暴走気味のリエットにお小言を言いかけたのだが、すでにそこにリエットは居なかった。慌てて視線を廻らせば、目にもとまらぬ早業で服を脱いだ、もとい脱ぎ散らかしたリエットは、小脇に桶を抱えて温泉に続く戸口に仁王立ち。 「早っ!! いや、ちょっと待て! 人の話を聞いていたか?」 リアは慌てて従妹の脱ぎ散らかした服を片付け、自分も追いかけるが、 「うっうー♪ お風呂は戦場ー! リエット三等兵、いきまーす!」 時すでに遅し、タオルを体に巻いたリエットは、リアの小言を置き去りにして温泉へと突撃。 だが、このちびっ子は作法を心得ていたようだ。温泉に入る前にちゃんと髪と体を洗っていれば、リアも追いついて、彼女の長い髪を流すのを手伝ってから温泉に。 「ふぅ、疲れが取れるな。芯まで温まる……」 しみじみ呟くリア。疲れの何割が、元気すぎる従妹由来なのか気になるところだが、そんな彼女が湯気の向こうの従妹に視線をやると、リエットはまたしてもなぜか温泉の縁に仁王立ち。 「うほほーいぃ♪ 良いお風呂っ♪ 大自然の〜えなぢ〜」 「……えなじーはいいから、こっちに来なさい」 「うっうー♪ いま行くじぇ〜」 リエットはすいすいと泳ぐようにリアのそばへ。二人は並んでのんびりと温泉を満喫するのだった。 リエットとリアが、ほーとため息と共に蕩けているその露天の女湯に、新たなお客が4人ほどやってきた。 「こうして気軽に湯浴みできるというのは……やはり水が豊富だからこそ、だね」 湯気と香りに目を細めているのは、サミラ=マクトゥーム(ib6837)。頬に入れられた美しい入墨が目を引くアル=カマルの女戦士だ。 彼女は遠くから微かに響く鬨の声に耳を傾けていた。どうやら遠くではこの葉山領の兵達による訓練が行われているようだ。そんなサミラをくるりと振り返って、 「確かに、こちらの温泉にはあまり馴染みがありませんので、いろいろと教えて貰いませんと……どうしたのですか?」 金色の瞳で振り返りながら、首を傾げて尋ねるローゼリア(ib5674)。彼女の耳はぴこぴこと揺れてサミラの様子を窺って。そんな2人を見て、優しく微笑むアルーシュ・リトナ(ib0119)。 「ええと、サミラさんは温泉は初めてですか?」 こくりとサミラは頷く。 「なら、私たちが温泉の入り方を教えてあげるわ。ね、姉さん♪」 真名(ib1222)がそういって姉と呼ぶアルーシュを見上げ、4人は仲良く背中を流しあうことに。 「姉さん♪ 背中流してあげるわね」 「あら、それじゃあお願いするわね……サミラさんたちもお互いに背中を流しあいっこしてみたら?」 真名がアルーシュの背中を流してあげるのを見て、サミラもローゼリアの背中を流してみる。しかし、サミラはローゼリアの背中や髪を見つめ、小さくため息をつくのだった。 ふわふわと柔らかそうなローゼリアの髪、それに比べてサミラは自分の髪が砂塵で傷んでいることが気になるようで、思わずサミラはローゼリアの髪を一房つまんで眺めて。 「ん? サミラ、どうかしましたの?」 「……ふふ、ローザの髪は綺麗だな、と思ってね」 そう言われてローザはくすぐったそうに笑い、サミラは優しく彼女の髪を梳る。 次は相手を入れ替えて、ローゼリアは真名の背中を流し、アルーシャがサミラの背中を流せば。 「さあ、真名お姉さま、今度は私がお背中を流して差し上げますわ♪」 「それじゃあお願いね……わ、わわ、ちょっと力を入れすぎよローゼリア!」 気合いの入ったローゼリアがごしごし背中を擦るのがくすぐったいのか、笑いあう2人。そんな2人をサミラはちらりと眩しそうな表情で眺める。実はサミラ、女性らしさにかける自分の体や、戦士の入墨の入った頬も気にしているようで、女性らしい仲間たちの様子がすこし切なかったようだ。 だが、アルーシャはそんなサミラの髪の毛を優しく洗ってあげながら、その背中の肌に触れて。 「……サミラさん、ここの温泉の薬湯はお肌にも良いみたいですよ?」 「肌に、良い……」 「それに、私も最近髪の傷みが気になりますし、折角ですからいろいろ試してみましょうか。近くには薬草園もあるそうで、髪油なんかも手に入るかも知れませんね」 そして一同は温泉へ。アルーシャは温泉の中で楽しむ飲み物やシャーベットを用意して貰っていた。 「通な方はお酒一式を用意するらしいんですけどね」 宿の従業員から大きなお盆を幾つも受け取るアルーシャ。その上には、雪の詰まった桶や冷やした果実水なんかがずらりと並んでいて。 「うっうー!! あれ、リエットもほしいのだじぇ〜♪」 「はいはい、そういうと思って今頼んでおいたよ、大人しく待ってなさい?」 「わかったじぇ〜♪ しゃーべっと! しゃーべっとぉ〜♪」 隣で見てたリエットとリアも同じ物を頼んだようで、女性用の露天風呂は大賑わい。リエットの不思議な歌に、笑い声を上げながらも4人組は一足先に味見と言うことで、銘々果実水やシャーベットを手にとってまずは一口。しっかりと体は暖まっているため、冷たい飲み物やシャーベットがとても心地よくて。 「これは……林檎かしらね……っ!」 「こっちは蜜柑ね、ああとっても美味し……くっ!!」 ローゼリアと真名の二人はきーんと冷たさに痺れたようで、またしても楽しそうに笑う4人。 「喜んで貰えて良かったわ。でも、果物もお肌に良いって言いますし、どうです? お肌の調子は……」 「ちょ、ちょっとアルーシャ、そんなにずっと触らなくても……」 困惑するサミラの声、どうやら頬や肩をさわさわと触るアルーシュの指がくすぐったかったようで、またまた笑いが弾ける4人であった。 ● 「お、んせん……温泉♪ ふわふわ、ふぅふぅ……♪」 思わず歌いながら、温泉へと心底楽しそうにやって来る小さな女の子の姿が。 がらりと戸を開けて、賑わう露天の女湯に踏み出せば、湯気の向こうには理穴の山々が。時刻はちょうどお昼に近付いたころだ。からりと晴れ渡った綺麗な青空、白い雪が残る稜線に、春の兆しを見せる緑の山々。 「ふっ……わわぁ……!!」 ルース・エリコット(ic0005)は、そんな光景に圧倒されたのか思わず声を上げた。そんな彼女に先客達は、どうしたの? と視線を向ければ、ルースは思わず真っ赤になって縮こまって。 縮こまったままルースは、真っ赤な顔でいそいそと髪と体を洗うと、温泉の端っこの方に。肩までしっかりと熱めの温泉につかれば、再び先程目を奪われた景色に視線を向ける。 この葉山領。まだ開拓は始まったばかりの領地だ。それはすなわち、ど田舎だということである。樹木が多いのも相まって、周囲には多くの鳥たちが生息しているようだ。 その中でも、あまり人におびえない鳥たちは、温泉の近くまでちよちよと鳴き交わしながらやってくると、なにやら心地よい音色が聞こえてきた。ぴよ? と鳥たちが視線を向けると、それはルースの鼻歌だった。温泉につかったルースは、小さく無意識のうちに、小鳥の囀りを奏でていたのだ。 ぴよぴよ、いつの間にか小鳥たちが集まってルースの歌に聴き惚れていた。さらに鳥以外にもがさがさと、いつの間にかやってきた子狐や瓜坊たちも興味津々。そんな様子に、他の開拓者達も気付いたようで、鼻歌の出所に視線を向けて。そこでやっと、ルースはまた自分が注目されていることに気付くのだった。 「わはー! ご、ごめん……なさい……です……」 慌ててぶくぶくと鼻の先まで温泉につかって謝罪するルース。その可愛らしい様子に、優しい笑い声で応える他の女性客達。そんな笑い声に鳥や動物たちは慌てて逃げていこうとするのだが、アルーシュをはじめ、他にも女性客に吟遊詩人らが居たようで、彼女たちはルースと同じように、小鳥の囀りの小さな歌を奏で始めれば、ますます集まってくる鳥たち。それを見て、ルースもまた可愛らしく歌声を披露するのであった。 そんな賑やかな温泉の様子を眺めながら、一人酒杯を傾ける鶫 梓(ic0379)。 「やっぱり湯につかりながらのお酒は最高ね。これであの子たちがいればいいんだけど……」 ルースや他の小さい女性開拓者を見て、鶫は溺愛する弟や妹の姿を思い浮べていた。そんな彼女の楽しみは、傾けている酒だ。この温泉宿は、舌の肥えた開拓者も多く訪れる場所故に、酒も逸品揃い。鶫にとっても満足がいくものばかりだった。 「でも、本当に温泉なんて久しぶりね………もうすこし、羽休めさせてもらおうかしら」 小鳥と一緒に歌う仲間や、楽しげに笑い会う声を肴に、のんびり鶫は温泉を楽しむのだった。 ●戦いの備え 「まずはこの配置図の検討から参りましょう。より効率を高めるために何か良い考えは御座いますかな?」 葉山領領主館の一室にて。葉山領の弓使い部隊、水霧隊と共に戦術論を語り合うのは霧咲 水奏(ia9145)だ。卓の上に広げられたのは地形図、そこに弓部隊を配置するとなるとどういった戦術が取れるか。そんな事に関しての議論を戦わせていて。 「我らの領には鉄砲隊がありません故に、遠弓で機先を制す方が……」 「いやいや、こういうときこそ釣瓶打ちで、一気に攻めることこそ……」 「弓の種類による運用の違いは? バロン文庫によれば長弓と短弓の差別化なども……」 わいのわいのと盛り上がる戦術論。霧咲が領主に挨拶したついでに、先程までは領主の雪之丞少年もこの輪に加わっていたのだが、さっぱりわからんのじゃ、と知恵熱を出しかけて退散したようで。 「バロン文庫の助けもありますし、そろそろ新たな練習計画や新たな運用を取り入れては如何でしょう?」 霧咲は、幾つか手書きの写本を開きつつ、提案した。戦術論についての資料がそろうバロン文庫も彼女と同じように葉山領に関わったある開拓者の助けによって作られたものなのだ。今では、他の資料も加えてなかなかに充実してきたようで、理穴らしい弓術士部隊も練度が上がっていた。 「では、新兵も増えたようですし、幾つか基本技術の手ほどきと参りましょう」 霧咲は彼女の名から名付けられた葉山領の弓部隊、水霧隊とともに裏山の射場へと向かえば、そんな折に練兵場から鬨の声が。大勢が合戦に挑むかのような気合いの入った声が聞こえてきた。 「霧咲殿、あれは歩兵部隊の……」 「うむ、どうやら向こうも訓練をやっているようだ。模擬戦だとか」 兵士の問いに答える霧咲。 「ははぁ、そうなると開拓者の小隊などが相手なのでしょうか?」 「いや……相手はたった一人だ」 「へ? ひ、ひとりですか?」 吃驚する兵士たちを見て、くすりと笑う霧咲であった。 驚くべき光景が練兵場では繰り広げられていた。 「良いか! 相手をたったひとりだと思うな!!」 ずらりと居並ぶ葉山領の歩兵たち相手に声を張り上げる指揮官。指揮官と言ってもまだ若く、経験豊富とは言えないのだが、それはまだ復興して日の浅い葉山領ならば仕方ない。 だが、開拓者達によって幾度も訓練を重ね、常日頃からの鍛錬も十分。まだまだ未熟で人数も少ないが、歴とした正規の兵士たちである。その一軍、およそ30名ほどの部隊を前にして、悠々と準備運動をしているのは羅喉丸(ia0347)だった。 「折角だし、好意に甘えて葉山の正規兵との訓練をさせて貰おうか」 羅喉丸の目的は訓練だ。だが彼は開拓者の中でも指折りの実力者だ。そこで彼の相手として用意されたのは、正規兵の一部隊だった。 「では、羅喉丸殿、宜しいか?」 「ああ、戦場より過酷な修練を積めば、死地であろうと生き残れるからな」 こともなげに言う羅喉丸に、息を呑む兵士たち。だが兵士たちにも今まで鍛えられてきた自負がある。それをこの歴戦の開拓者相手に試すいい機会だと勢い込んで武器を構えて。 そして、鬨の声と共に兵士たちは連携して羅喉丸に戦いを挑むのであった。 殺到する大勢の兵士たち。構えているのは刃を潰してあるものの、鉄の刃を持った刀や槍だ。まずは槍、左右から時間をずらして伸びてくる槍を、羅喉丸は左右の手でぴたりと掴み止めてしまった。 「なっ!?」 「……遅い、な」 一瞬驚きで動きが止まる一同。だが、すぐに好機と他の槍兵たちが突きかかる。それを羅喉丸はどんと地面を蹴って飛び上がって回避。空中ならばと薙刀や槍が羅喉丸を狙う。だが羅喉丸は空中で突き出された槍を足場にして蹴りを次々に放つ。弾かれる槍や薙刀、そのまま着地した先は槍衾のど真ん中、羅喉丸がするする動きながら腕や足を振るえば、それだけで兵士たちがぽんぽんと鞠のように吹っ飛ばされていく。 ならばと次々に刀を抜いて、斬りかかる兵士たち。羅喉丸はそれぞれの動きに目を配る。見るのは兵士の腕の差、脅威度の見極めだ。足運び、重心、動きから相手の強さを瞬時に見抜いて、対処する順番を即座に決める。戦場での状況判断力を鍛えながら、羅喉丸は刃の群れを次々に躱し反撃。背拳で奇襲すら感知して回避、そして鍛え抜かれた技と力を縦横に振るえば…… 「……し、信じられない……」 兵士たちは吹っ飛ばされたり武器を弾かれて全滅。もちろんさすがの羅喉丸も激しい動きと猛攻で息を切らし、所々にかすり傷を負っているようだが、歩兵30人を相手に羅喉丸は勝利してしまったのだ。 「強く在らねばな。己の身すら守れぬ者が、仲間を守るなどできないからな」 そう語る羅喉丸に、兵士たちも自分たちの本分を思いだしたかのように立ち上がり。 「ふむ……まだまだやる気があるようだな。もう一戦、やってみるか?」 構えを取り直して言う羅喉丸に対して兵士たちは別の布陣を組み直し、 「望むところで在ります! ……羅喉丸殿、参ったと言わせるまで、付き合って貰いましょうぞ!」 気合いの入り直した兵士たちの猛攻が始まり、訓練は熱を増していくのだった。 「最近、弓が必要になる事も多いから、きちんと学び直そうかと思ってさ」 弓の訓練を始めるレビィ・JS(ib2821)だ。領地の弓術士たちから、手ほどきを受けているのだが、弓は意外と運用の難しい得物だ。独特の体使いや力の使い方があるもので、間違えば弓弦で自分の体を弾いてしまうことも。 そんな様子を見かねたのはウルグ・シュバルツ(ib5700)だった。 「さっきから見ていたんだが、少し手伝おう……そのままじゃ、ちょっと危なっかしすぎるな」 「おお、手伝ってくれるのか。助かるよ、ウルズ」 「……俺は、ウルグだぞ」 ぶっきらぼうに訂正するウルグに、そうだっけと首を捻るレビィ。 「……で、結局この訓練の具体的な目的はなんなんだ?」 「具体的な目的? …………そこまで考えてなかった、かな」 あっけらかんというレビィにウルグも困り顔、結局は基礎からと言うことに。 「いいか、まず弓を使うには視野を広く持つことだ。それこそが後衛の役目だな」 お手本を見せながらウルグの指導が始まって。 「視野を確保しなければ、確実に当てることも出来ないからな」 そしてレビィへの指導が一段落すれば、今度はウルグの番。彼が此処にやってきた目的の彼個人の訓練だったようで内容は、機械弓と近接武器を一緒に扱うための訓練だ。 歩兵部隊から借りた兵に加え、レビィも訓練の礼とウルグの前に。槍兵と剣を二刀流で構えるレビィが待ち構えれば、ウルグは一気に動き出す。兵士の槍をかいくぐり間合いを詰めては刃の牽制、それを受けられたらすぐに離れて矢で狙い撃ち。ウルグは視野を広く保ったまま、間合いを操作して立ち回り、レビィや兵士を相手に一歩も譲らず戦い続けるのだった。 そして訓練が終わって。 「ウルグはこれからどうするんだ?」 「俺はこれから、シャリアと一緒に温泉に行くつもりだが……」 葉山領には朋友達でも使える温泉があるのだという。ウルグはそこに向かう予定だと応えれば、 「じゃあ、折角だからそこで皆で入ろう。わたしもヒダマリ連れて行くから」 「混浴かどうかわからないんだが……」 「湯着借りれば大丈夫!」 「……いや、そういう問題では」 ぐいぐいと、レビィがウルグの背を押していけば、結局彼も言い返せないのであった。 ●夕暮れの葉山領 夕暮れ、訓練も終わり羅喉丸は歩兵部隊と、霧咲は弓兵部隊とともに温泉に向かった。 そんな温泉を見下ろす山の中腹に、ひっそりと新しい社があった。名前は柚乃の森、この土地の精霊を奉る社が建つ静かな森だ。そこで祈りを捧げる少女が1人、この場所を見付け、名の由来ともなった柚乃(ia0638)である。 彼女は1人で静かに精霊語の歌を奏で、祈りを捧げていた。最近、依頼で心に大きな傷を負った彼女は、酷く意気消沈していたのだ。祈りを終えた柚乃を待っていたのは、管狐の伊邪那ともふらの八曜丸だ。 「お待たせしました。さあ、行きましょうか」 にっこりと笑う柚乃、だが伊邪那と八曜丸はその笑顔が寂しそうに見えて。そこで2人は提案することにした。 「ねえ柚乃! 温泉に行かない?」 「えっ……温泉?」 くるりと襟巻のように巻き付いてくる伊邪那の言葉に首を傾げる柚乃。 「うん、柚乃は温泉が好きだし、丁度良いじゃ無い♪」 「もふっ、名物料理楽しみもふ〜」 「……あんたは、それしか頭に無いのっ?!」 相棒達のやり取りに、小さく笑う柚乃は、ふともう一人の相棒が居ないことに気が付いた。 「そういえば、天澪はどこでしょうか?」 カラクリの天澪はその頃、温泉の隣の治療院を訪れていた。天澪は彼女なりに柚乃を想って、薬師の一人を捕まえると、 「心の傷……治すお薬、ない……?」 そう尋ねたとか。親切な薬師は知恵を絞ってくれたようで、結果心を落ち着けるのに良いと、薬草茶やお香などを貰った天澪は、意気揚々と温泉にやってきた柚乃達に合流するのであった。 「理穴は薬草が豊富だと来ていたけど……」 その治療院にある薬草園にて。肩を並べて薬草を並べる青年が二人。 「ここは薬草の産地で薬学の研究も進んでいるらしい……なかなかに興味深いじゃないか、なあディル」 銀の耳をピンと立てた青年、狗神 覚羅(ic0043)はそういって隣の友人の肩をぽんと叩いた。 語りかけられた当の本人、アーディル(ib9697)はそんな友人の言葉に、 「ほう……これが栽培されている薬草か。効能はどんなものなのだろうか?」 手隙の職員に質問をしつつ、アーディルは筆記用具でスケッチをしていた。彼の書き上げる絵は正確で緻密、まるで写本や図鑑に載せるための精密な模写だ。狗神はスケッチに集中する友人の後ろ姿を眺めながら、このあとは温泉にでも行くかとぼんやりと考えつつ、待つことにした。 そして、温泉宿は夕刻を迎えそろそろ料理の準備が始まっていた。 「……今だったら蕗の薹やユキノシタ、蓬の新芽の天麩羅が良いかな?」 「そうですね。山菜は準備してありますし、いろいろと用意させましょうか」 礼野 真夢紀(ia1144)の言葉に頷いているのは宿の女将だ。何度もこの地を訪れて的確な助言をしているこの少女はすでに重要な助言役と思われているようで、板前や女将と卓を囲んで相談中。 「鴨南蛮はそろそろ終わりですか?」 「ええ、蓄えておいた肉もそろそろ尽きますし終わりですね。これからはお魚をお出ししようかと」 「お肉やお魚の料理も重要なんだけど……山の恵みを取り入れたお土産なんかはどうかなぁ?」 「お土産、ですか?」 「ええ。薬草園も近いし、春の薬効……蕗の薹味噌なんかが手軽なお土産に良いかしら?」 「あら! 確かに、そのあたりなら用意できそうね。早速、相談してみることにするわ」 懇意の女将と共に、早速蕗の薹味噌や山菜の天麩羅なんかを用意して、味見をする真夢紀。 早めの春の幸は、苦みも新鮮でまるで体の中を洗われるよう。そんな味に満足すると、真夢紀はさらに新たな提案をしに、隣の治療院へと向かった。 途中で、アーディルと狗神や、柚乃たちの一段とすれ違いつつ礼野は治療院へ。 「……というわけで、普通のお風呂でも使える薬湯用の薬草の詰め合わせって販売できないかな?」 首を傾げる薬師達に、頷いて真夢紀は続けた。 「すぐにでは無理かも知れないけど、薬草栽培が軌道に乗ったら家庭用にも売り出すとか」 「なるほど。そういうのも一つの売り物にはなりそうですね」 そう応えるのは治療院の薬師達だ。あれこれと、どんな薬草を揃えるのかとか、袋はどうするのかとかを相談して、試しに一つ作って見た一同。 「それじゃ、また温泉にもどって試してみようかしら」 真夢紀は、薬草風呂の素を手に、再び温泉へと戻りつつ、ふと思う。 「……温泉湯治に来たはずだったのに、なんか今回も葉山の産業振興に頭を悩ませていたような……」 と、小さく苦笑しながら真夢紀は温泉に。 丁度時刻は夕御飯頃、開拓者のためにずらりと用意された心づくしの料理の数々が用意され、中には先程礼野が提案して用意された山菜の天麩羅や蕗の薹味噌などもあるようだ。 卓についた瀬崎などは、旬の料理を前にして無表情ながらも心なしか嬉しそう。 そんな春の味覚は酒によく合う。それを満喫しているのは先程温泉でも酒をたしなんでいた鶫だ。気持ちよく酒を傾けていれば、なにやら賑やかな音楽と踊りが始まった。 「……湯上り美人とか、超眼福だよねー」 聞こえないようにちらりと呟いて、食堂を見回すのはジャミール・ライル(ic0451)。彼は居並ぶ女性客達を眺めてご満悦だ。だが、湯上がりの女性陣の期待に応えねばと、彼は踊りを始める。 広間で休憩や食事をしていたお客達は突然始まった踊りに興味津々。ひとしきり踊ると、ぱちぱちと拍手の雨あられ。そんな中には、酒杯片手に鶫もいたようでぱちぱちと、彼女もまた拍手をしていると、 「ありがとー! 俺の踊り、どーだったー?」 踊るように近付いてくるジャミール、彼は鶫に満面の笑みとともに抱きついた。 「うん、いい踊りだっ……ちょっとなにしてるのよあっち行きなさいよ」 「いたたた! 鶫ちゃん、そんなに嫌がらなくても」 びしばしと叩かれてしょんぼりするジャミール、彼を置いて鶫は部屋に戻ってしまう。しばらく肩を落としているジャミールだったが、すぐさま他の女性客に目尻を下げて。 「ま、いいか! ねー、おねーさん達、俺の踊りみたくない〜?」 気を取り直し、ふらふらと女性を追いか何処かに行くのであった。 客は開拓者達だけでは無かった。訓練を終えた兵士たちも今日は温泉宿で休暇ということらしく、大勢が揃っているのだが、 「如何ですか? 戦前だからこそ、このような主演に興じるのも良いでしょうからなぁ」 くすりと笑う霧咲は、なんと自ら作った料理を、一緒に訓練をした兵士たちに振る舞っていた。 羅喉丸と歩兵部隊達も同席しているようで、大人数に振る舞った料理は理穴らしい、大根の唐辛子煮だ。これには、故郷の味と多くの兵士が喜ぶようで。 「喜んで貰えたようで良かった。拙者の故郷の料理ですが、そう美味しそうに食べて貰えると、嬉しいモノデ御座いますな」 にっこりと笑う霧咲。 「……うう、俺たちもあんなお嫁さん、欲しいよなぁ」 すでに結婚している霧咲を相手に、叶わぬ願いとしりつつも、兵士たちは皆一致団結したとか。そんな兵士たちを横目に、羅喉丸も黙々と料理に舌鼓を打つのであった。 「はい、サミラさん。これで良い感じですよ」 「う……し、しかし、変ではないかな?」 満足そうなアルーシャとサミラ、そして真名とローゼリアは食事を部屋に運んで貰っていた。 だが料理はひとまず置いておいて、 「とてもよくお似合いですわ、サミラ!」 「うん、良く似合ってるよー! ほら、みんなおそろいだね!」 どうやらアルーシャや真名が全員同じ綺麗な揃いの浴衣を用意して貰っていたようだ。本来はもっと暖かい時期に着る浴衣だが、この温泉宿は温泉の熱を使って暖房完備。湯上がりには浴衣で十分というわけで。 「それでは、そろそろ食事を頂きましょうか」 アルーシャのそんな言葉に、賑やかな四人はやっと料理に取りかかるのだった。 「恋華が薬膳料理を作ってくれるって話だけど……どんな出来になるのかしら?」 「油揚げ、あるかな……」 心配そうなイゥラ・ヴナ=ハルム(ib3138)と油揚げが気になる綺咲・桜狐(ib3118)。二人は、仲間の浅葱 恋華(ib3116)が料理を持ってくるのを待っていた。恋華は、二人のためにとわざわざ治療院の薬草園に協力して貰って、手作りの薬膳料理を用意したのだ。そしてとうとうそれが完成したようで、 「さ−、二人のための薬膳料理ができあがったわ! 何をするにしても建康が一番だからね♪」 部屋に料理を持ってきた恋華は胸を張って、二人に豪華な薬膳料理を披露した。 「さあ、どうぞ召し上がれ!」 どーんと立派な胸を張る恋華、だがしかし。 「……なかなか、独特な匂いがするわね……」 「ん、美味しそうですけど……油揚げがないです。恋華、あーぶーらーあーげー……」 怪訝な顔のイゥラに、油揚げが無くてぷぅと頬を膨らませる桜狐。 そんな二人の反応に、なんと気丈な恋華はみるみるうちに涙を浮べた。 「イゥラぁ、私が作った物が食べられないの〜? うぅっ……」 「あ、いや、ちょっと独特の香りが気になっただけで……」 「桜狐〜、油揚げいつも食べてるのに……私の料理より油揚げの方が良かったの〜? うぅっ……」 「はっ!? た。食べますっ! 恋華の作ってくれた物ですしっ!」 大慌てするイゥラと桜狐。二人は慌てて料理に箸を付けようとすると、恋華はころりと泣き止んで。 「そう♪ それじゃ私が食べさせてあげる!」 大胆に、二人に飛びかかる恋華。 「はい、あーん……桜狐、どうかな? 美味しかった?」 「ん、あーん。美味しいです……あ、うー、普通に取ってくれていいんですけど」 真っ赤に頬を染めながら、尻尾を嬉しそうにぱたぱたと揺らす桜狐に、 「はい、イゥラにはこれを口移し〜♪」 「ちゃんと自分の箸で食べるから……って、ちょ、止め……む、むぐぅ……!」 続いてイゥラにはがばっと覆い被さって熱烈に口移し。 目を白黒するイゥラ。そんな彼女を見て、恋華は楽しそうに尋ねる。 「どうだったイゥラ。美味しかった?」 「……こんな食べさせ方されちゃ味なんて分からないわよ、恋華の味が強すぎて!」 真っ赤になったイゥラが思わず口走れば、隣の桜狐がぱたぱたっと尻尾を振りながら、 「恋華の、味……?」 「……ふ、深い意味は無いわよっ!」 イゥラはますます真っ赤になるのだった。 ● そして夜。 「いやぁ、こうやって相棒といっしょに温泉ってのも楽しいねぇ」 「……そういう問題じゃ、無いんだけどなぁ……」 相棒と一緒に入れる露天温泉の一角にて。忍犬のヒダマリと一緒に楽しそうなレビィと苦笑気味のウルグ。だがそんなウルグを心配したのか、首を伸ばしてくるのは駿龍のシャリアだった。 その頭をなでなでと撫でる湯着姿のウルグ。 「……無理、させてしまったしな」 休養を取るのには変わらないか、と彼は苦笑を浮べた。 同じく、相棒と一緒に入れる別の温泉では賑やかな一団が。 「温泉温泉、極楽もふ〜」 「晩ご飯、美味しかったわね」 「心の傷……平気?」 もふらの八曜丸に、管狐の伊邪那、そしてからくりの天澪に囲まれて、やっと柚乃はほほえみを浮べる。彼女は、彼女のことを心配して心を砕いてくれる相棒達に感謝をしつつ、心を鎮めて温泉で疲れを癒すのだった。 「次の戦でお互いどうなるかわかったもんじゃないからね再会を祈願しての杯を交わすとしよう」 夜の温泉で、杯を掲げる狗神に、怪訝な視線を向けるアーディル。 「……酒は戒律で禁じられている」 抵抗があるのか、困った顔で彼は告げるのだが、狗神は杯に酒を注ぎ手渡して、 「戒律? 掟に縛られていては見えるものも見えなくなるよ」 苦笑とともにそう言い放った。 しばしアーディルは狗神の顔と自分の手の酒杯を見比べてから、 「……今回限り、だぞ」 これが天儀の流儀なら、と納得したようで杯を掲げると、ほんの少し舐めるように酒を口にするのだった。 「ふふふ、呑んだな? だが今回は破戒僧狗神がその戒律破り許そう。友の願いならば精霊も見てみぬ振りをしてくれるさ」 からからと笑ってそういう狗神に、困ったようにアーディルは言葉を探すが、 「……まぁ、再会を祈願するのは悪くない」 そう言って、月の下でのんびりと酒杯を舐めるのであった。 夜は、最も信頼する相手と共に静かに過ごす時でもある。 「今日はこれを千歳と飲みたいと思ってたんだ」 とっておきの酒を手に笑う玖雀(ib6816)、それを見て藤田 千歳(ib8121)は驚く。 「その酒は……」 「ああ、去年千歳が俺の誕生日にくれた酒だ。良い記念だし、飲もうと思ってな」 二人は向き合って杯を交わした。そろそろ夜も更けて、静かになった温泉宿の部屋で、二人はのんびりと語り始める。 「小隊結成、おめでとうな」 「まだ慣れないが……それでも何とかこなしている、かな」 「いや、千歳はきっとよくやっているさ。俺の手が要る時は遠慮せずに呼べよ」 年若い藤田に対して、年上の玖雀はそう請け負った。二人の関係はまるで兄と弟のようでそんな二人が語るのは近況についてだ。一線で働く開拓者同士、毎日忙しく危険な日々を過ごしているようで。 そして夜更けまで話した二人は、 「さて、と。そろそろ向こうも空いただろうし、温泉行くか」 玖雀の言葉で、がらんとすいた温泉に連れ立って向かうのだった。 夜が更けて、広々とした露天の男湯。二人は、思い出の酒を飲み交わしながら温泉でも尽きずに話し続けた。玖雀がいろいろと話し、藤田は主に聞き役になって。 だが、そんな中でふと話が途切れた。思うのは、始まろうとしている新たな合戦についてだ。危険な戦場では何が起こるか分からない。だが、それを思いつつも藤田は杯を掲げて、 「……玖雀殿、此度の合戦の後、またこうして酒を飲み交わすためにも、お互い無事に」 「ああ、お互い無事に、な。だったらこの酒の残りはその時のために取っておこう」 玖雀はそういって、まだ残る酒瓶を掲げて無事に帰ることを約束するのだった。 そしてもう一組。こちらは最も親しく愛しい想いを抱きあう二人だ。 時刻は夜更け、天野 白露丸(ib9477)は浴衣姿で寛いでいた。そして彼女の膝を枕に、だらりと浴衣姿で寝転がっているのは一之瀬 戦(ib8291)。お互い、相手を最も大切だと思う二人。だからこそこうして一緒にいるのだが、二人は夫婦でも無ければ、未だ恋人でも無いらしい。 天野は緊張していた。それは恋人未満の思い人に膝枕をしているからでもあるが、一番の理由は普段は鉢巻で隠している額の傷跡を晒しているからだった。そこは角があった場所。彼女は左の角を失っているのだ。 一方、膝枕を満喫して寛いでいる一之瀬は、そんな緊張気味の彼女の額に視線を向ける。見られていることを意識してか、ますます天野は身を固くするのだが、一之瀬はそんな彼女の前髪に手を伸ばすと、髪を掻き上げマジマジと折れた角を眺めながら、くすりと笑った。 「……良いね、お揃い」 笑う一之瀬の顔、彼の右目周辺には普段は包帯で覆われているのだが、今日は違った。包帯の下、そこには大きな爪痕、過去に刻まれた大きな傷跡がそこにはあった。 自分の傷と相手の折れた角をお揃いだと言った一之瀬。彼は体を起こすと、思い人の折れた角痕に口づけを一つ。天野は、唐突な口づけに息を呑んで、そして嬉しさから涙を浮べる。 そして、言葉も無く二人はまた膝枕に。言葉を交わさずに時間は過ぎていくが、やはり戦いに生きる修羅の二人、気になるのは迫る合戦についてだ。 彼女は、思い人の頭を膝に乗せ、優しく撫でながら語りかける。 「戦殿……無茶をするなとは、言わない。けれど……お願いがある」 「……ん、なぁに?」 頭を撫でられて心地よさそうに一之瀬は応え、その手をしっかりと握り、引き寄せた。引き寄せられた天野は、それに逆らわず、そして自分がされたように一之瀬の傷跡にそっと触れるとそこに口づけて。 「……私の、愛しい貴方を守って欲しい……無事に、帰ってきて」 ただ、小さくそう告げるのだった。そんな彼女の願いを聞いて、一之瀬は自分の右目に触れて。そこは今し方、天野が口づけた場所だ。その温もりを確かめるように、右目に触れて。 「あぁ、分かってる。……此れが終わったら、きっと……お前ぇの下へ行けるから。俺はもう、独りじゃねぇから……生きるよ。何があっても、絶対に」 そう応える一之瀬に、改めて天野は涙を浮べながらも頷くのだった。 こうして、合戦を前にした開拓者達の休みは終わった。 「世話になりました。良いお湯ありがとう♪」 「う! またくるじぇ♪ ありがとーねぃ」 リアとリエットは、葉山を離れる際に、そんな言葉とともに郷を振り返り声をかけた。 幾人の開拓者が戦いの後、またここを訪れるのだろうか。 出来れば、誰ひとりかけること無く、またこうして再会できれば……。 そんな願いとともに、開拓者は新たな戦いに出発していくのであった。 |