悪党一味を演じろ?!
マスター名:雪端為成
シナリオ形態: イベント
相棒
難易度: 普通
参加人数: 15人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2013/01/25 23:29



■オープニング本文

 天儀は広い。
 そんな広い天儀の街道沿い。ちょっと大きめの宿場街にて。
 そこは武天の此隅から地方へと伸びる街道の一つだ。
 そんな宿場街に、ある日そいつらがやってきた。
 姿も年齢もバラバラの30人ほど、男ばかりの集団だ。
 彼らはいわゆる渡世人という輩たちだった。
 渡世人……といえば聞こえは良いが、要はごろつき崩れのばくち打ち。
 この集団、名前を寄田森(ヨタモリ)一家というらしい。
 親分の名は寄田森善造(ヨタモリゼンゾウ)。ひょろりと細い壮年の男だ。
 志体持ちで、乱暴狼藉で故郷を追われそれ以来、ずっと暴力で世間を渡り歩いてきた男らしい。
 一家の者たちは大半が志体持ちだ。
 誰もが人を暴力で虐げ、無理を通して世を歩いてきた者たちばかり。
 そんな彼らが狙いを定めたのが、その宿場街なのだ。
 武力……否、単なる暴力を振りかざし我を通す寄田森一家。それを静かに見据える者たちがいた。

「……世には悪も必要だがのぅ、要らん悪もある……」
 煙管をぷかり。報告を受けて、眉根を曇らせているのは芳野という街の顔役、住倉月孤であった。
 表の顔は大店のご隠居、実の姿は裏社会の顔役だ。
 そんな彼が悩んでいるのはこの寄田森一家への対処である。
 こそこそと、対した勢力でも無いのに、宿場街に寄生してやりたい放題のこいつらは迷惑千万。
 さて、どうやって潰そうかという算段中らしい。
 こっそり秘密裏に対峙するのも良いかもしれない。だがそれはそれでつまらない。
 そこで月孤老人は思いついた。
「ふむ、悪を制する悪、ってぇのも良いかもしれないねえ……」
 というわけで月孤老人は手を回して、とある依頼をこっそりと開拓者の元へ。
 禁制御法度に触れるかも知れないこの依頼、内容はというと。

 寄田森一家を倒すため、同じような一家を演じて真っ向から叩きつぶして欲しい。
 つまり、同じような渡世人一家を演じ、抗争を起こせという話なのだ。

 さて、どうする?


■参加者一覧
/ 明王院 浄炎(ib0347) / セシリア=L=モルゲン(ib5665) / 椿鬼 蜜鈴(ib6311) / カルマ=V=ノア(ib9924) / カルマ=E=ノア(ib9925) / カルマ=L=ノア(ib9926) / 山茶花 久兵衛(ib9946) / カルマ=G=ノア(ib9947) / カルマ=S=ノア(ib9958) / カルマ=A=ノア(ib9961) / カルマ=B=ノア(ic0001) / カルマ=C=ノア(ic0002) / 伊波 楓真(ic0010) / 伊波 蘇乃(ic0101) / 紫ノ眼 恋(ic0281


■リプレイ本文


「ああ? 怪しい奴らが居る? ……は、そろそろそんな頃だと思ってたぜ」
 ひょろりとした壮年の男、寄田森善造はそういってにやりと顔を歪めた。
 笑顔は凶相であった。醜く、鼻筋から唇の端へと走る傷口が彼の笑みを歪めている。
 だが、部下達はその顔を頼もしく思うのだ、『この親分なら、なにも心配はいらねぇ』と。
「そんな頃、ってぇのはどういうことです、親分!」
 馬鹿そうな子分の一人が聞けば、善造は得々と応える。
「ああ、俺等がこの街に居座ってから結構たつからな、話を聞きつけた奴らが来る頃ってわけさ」
「……話を聞きつけた奴ら?」
「はっ! これだから考えねぇ奴はだめだな!」
 そういってゲラゲラ笑う善造。
「いいか? 奴らってぇのは俺らの仲間に加わりたいとか、おこぼれに頂戴したいってぇ奴らのことだよ!」
「あぁ、なるほど! ……でも、そんな奴らをどうするつもりですかぃ親分?」
「そうさなぁ……ま、とりあえずどんな奴らか様子を見てきな。どうせしょぼい奴らだろうけどな!」
 そう言われて、部下たちは怪しい奴らへと向かうのだった。

 一人目は、朱金の着物を来た女性であった。
 この寂れた街道筋では、まず見ないであろう豪奢な着物を着崩して、足にはぽっくり下駄。
 それでぽくぽくとゆったり歩いていたのは椿鬼 蜜鈴(ib6311)だ。
 その眼前に、寄田森一家の下っ端が3名ほど、ずらりと立ちはだかった。
「……なんか用かの?」
 煙管を咥えて、つまらなさそうに下っ端を一瞥する椿鬼に、部下達は鼻白むのだが、
「そ、それはこっちの台詞だ! ここが寄田森一家の縄張りだとしって、無礼を……」
 云々と言い募ろうとする下っ端。だが、やいのやいの言っている奴以外の一人が気付いた。
 豪奢な着物や下駄の表の竹皮にそっと印されている紋、それに見覚えがあるのだ。
「おい、あの紋って確か……」
「ああ、確か何処ぞの大親分として有名な、す……すみ、すみくらだったかな……」
「ふむ、住倉の月孤殿には世話になっておるのう。それがどうかしたか?」
 にやり、椿鬼が笑えば、流石に馬鹿な下っ端達でも気付いた。
 違う組織の人間がわざわざやってくると言うことは、其れすなわち宣戦布告のようなモノだ。
 礼節を尽くして、わらじを脱いだりといった作法もあるのだが、そもそも彼ら自体が作法を守っていない。
 そこに、名のある組織の人間が来たとあれば、敵以外の何物でも無いわけで。
「てぇことは、このアマぁ余所のモンか! へっ、運が悪かったなぁ」
 急ににたにたと笑いながら言い出す下っ端共。それもそのはずだ。
 敵とはいえ相手は一人でこっちは3人だ。さらに相手は女、完全に油断どころか鼻の下を伸ばしてる。
「へっへっへ、ねーちゃん運がねぇな。しかもよく見りゃべっぴんじゃねぇか!」
「………ふむ、良く見なきゃ分からんとは、六つも目玉を並べて、全部節穴のようじゃのう」
 ほう、っと煙を一つ浮べて、椿鬼が言えばさすがに馬鹿にされたことに気付いたようで。
「てめぇ……なにいってるのか分かってるのか……」
 頭に血を上らせて懐の刃物に手をかけるのだが、彼らが調子に乗っていられたのはそこまでだった。
「ふむ、雑魚が偉そうな口を利くものじゃのう」
 そしてまずは吹雪を一発。ブリザーストームを真っ向から喰らってあっという間に凍える雑魚たち。
 だが、一応彼らも志体持ち。頑張って反撃しようとしても、蔦が地面から伸びてきて絡みつく。
 椿鬼のアイヴィーバインドでがんじがらめにされて、身動きが取れない下っ端。
「て、てめぇ! 卑怯だぞ!! 離しやがれ!!」
 なにが卑怯なのかさっぱり分からないが、わめき立てる雑魚に、椿鬼もやれやれとため息をついて。
 なんと彼女は魔法を解除した。途端に調子に乗って詰め寄る下っ端だったが、
「……まったく、かしましゅう喚き立てるで無いわ」
 一人の横っ面を懐から出した扇で一撃。もう一人は鼻っ柱を煙管でびしりと一撃。
 一見すると何でも無い攻撃だ。だが、二人は絶妙な場所を殴られたのだろう、ばったり昏倒。
「ほれ、そこの。邪魔だからこの二人持って帰れ……早うせんか」
 じろっと睨まれて這々の体で、三名の下っ端は逃げ帰るのだった。

 二人目は酒場の片隅に居る男だ。
 着崩した質の良い着物に笠、大徳利と杖。一見すると旅人あたりに見えないこともない。
 だが、全身から発される剣呑な雰囲気がその全てを否定していた。
「……おい、そこのでかぶつ。お前、どこのモンだ」
 いつの間にか彼は囲まれていた。酒場で飲んでいた下っ端たちが酒に酔って絡み始めたのである。
 一家の下っ端が5人。どれも武闘派といった面持ちの奴らばかりだ。
「そんなナリで堅気だとでも言うつもりじゃねぇだろうな? ぁあ!」
 どんと、机を乱暴に叩き声を上げる下っ端。
 そんな雰囲気に、ただでさえ少ない酒場の客はこそこそと逃げるように席を立ち。
 困ったように酒場の主人も遠巻きに見守っているのだった。
 すると、その男がぬうっと立ち上がる。
 明王院 浄炎(ib0347)の背は、周りの男共より頭一つは大きかった。
 下っ端達が小さいのではない。明王院がでかいのだ。思わず一歩下がる下っ端達を彼は静かに見据えて。
「堅気衆に迷惑をかけて如何する……酒は静かに飲むものだ」
「て、てめぇお高くとまりやがって……俺らは寄田森一家の……」
 気圧されたのかそういって懐から刃物を取り出す男。鞘には確かに寄田森一家の紋が刻まれていた。
 小悪党なら、これを出せばそれなりにびびるのだろう。
 だが明王院は、鞘から抜かれた刃物をなんとひょいとつまんで、取り上げてしまった。
 あっと言うも間の早業だ。彼はその刃物を地面に放ると、その上に杖代わりの棍を乗せて。
「……!」
 無言の気合いで放たれたのは爆砕拳だ。その一撃でなんとドスがパキンと真っ二つ。
「な、何しやがるテメェ!! こんなことをして許されると思ってん」
 そういって襲いかかってくる下っ端たちの顔にばしゃっと熱いお茶をかける明王院。
 そしてそのまま彼は全員を表に引き摺り出して。
「……どうやらまだまだ迷惑をかけるつもりのようだな。ならば相手になろう」
 そして数分後。手も足も出ずにけちょんけちょんに伸された下っ端達。
「い、一体なにもんだお前!」
「おれか? 月孤老のところで世話になっている者だ。……この紋、見覚えがないわけではなかろう?」
 逃げ去る下っ端達に明王院は大徳利に印された紋を示すのだった。

 3人目は、街道の宿の一室に居る男だ。
 その男の外見は、いかにも大物然とした様子であった。
 老境でありながらも大柄で、脇には若い衆を控えさせたヒゲの男は、山茶花 久兵衛(ib9946)。
 そんな男が宿に居ると知って、一家の中でも目端の利く数人がこっそり様子を窺っていたのだが……。
「……うぉい、この前の破落戸はどう始末した?」
「へぇ。それでしたら、重しをつけて沼に沈めました」
 山茶花の言葉に応える若衆。そんなやり取りに、思わず一味の下っ端達は顔を見合わせた。
「ふむ、じゃあ土に生き埋めにした奴らは誰だったか……」
「へぇ、あれはうちのシマを荒らした奴らですね」
 再び応える若衆。やはりどうやらこの老人は余所の組織のお偉いさんのようだ。
 そう思って、おそるおそる寄田森一味の下っ端達は様子を窺い続けるのだが、
「そういえば、この当たりには寄田森とかいうのが幅を利かせているんだって?」
「へぇ、確かにそういう話で……ですが、志体があるってぇだけの不作法者です」
「ふん、分相応ってのを弁えん奴を、大きな顔でのさばらしとくわけには、いかねぇな」
「へぃ……そのつもりでしたら、二度とお天道様を拝めなくしてやりまさぁ」
 そんなやり取りを聞いて、下っ端達は慌ててドタバタと頭の元に報告するため走るのであった。
 それを見届けた山茶花。ちなみに若い衆たちは、月孤老の部下をかりたらしい。
 その数名の若い衆たちは、苦笑しつつ。
「……山茶花殿。演技とは言え、周りに他に人が居ないから、こんな物騒なことを申したのですぞ?」
「はっはっは、悪かったな付き合わせて」
「まったく、余人が聞いて居たら、我々とてお縄になってしまいますからね」
「うむ、だが効果はあったと思うだろう?」
「そりゃまそうですがねぇ……」
 からからと笑う好好爺を前に、借り物の若衆達はやれやれと苦笑を浮べるのだった。


 こうした報告を受けて、頭の善造は頭を捻っていた。
 どうやら大きな所に目を付けられてしまったようだ。
 この状況を打開する手段。それは単純だ。
 相手になめられなけりゃ良い。
 どうやらまだ相手は少数だ。それを一気に数でたたみ込んで倒してしまえば良い。
 殺しまではしなくて良いだろう、逃げ帰ってこっちがそこそこ強敵だと伝われば良いのだ。
 一度面子を潰されてしまえば、あとはこっちが有利になる。
 正面からぶつかれば潰されちまうだろうが、巧く立ち回れば……。
「ようし、野郎共、心配するこたぁねえ! 良いからとりあえず腕利き共を呼んできな!」
 作戦は出来た、そう思って善造は部下に指示を出そうとしたのだが。
「……ああ、お頭……その……」
 言いよどむ部下たち。どうやらまだまだ騒動は終わって無かったようだ。

 荒事慣れしているごろつきたちといえど、その戦闘力は様々だ。
 で、そんなごろつきたちに付きものなのが、身を持ち崩した剣客。
 いわゆる「先生」と呼ばれるような用心棒達のことである。
 例に漏れず、この寄田森一家にもそういった腕利きが多少は居たのだが……。
「うまく演じることが出来ると良いのですが……」
「大丈夫大丈夫! でも、悪になりきるのか……ククッ、楽しいことになりそうだ」
 心配そうに眉根を寄せているのは伊波 楓真(ic0010)。
 そして、ぼそっと剣呑な事を呟いているのは伊波 蘇乃(ic0101)。
 二人は兄弟であった。
 彼ら2人は、とある道の真ん中で待っていた。向こうから来るのはどうやら寄田森一家の面々だ。
 その中に、懐手の剣客が一人。どうやら一味の用心棒のようだ。
 伊波兄弟はその一団を待ち構えていたのである。
「……てめぇらも奴らの仲間だな! 先生ぇ、やっちまってください!!」
 もう話は伝わっているのだろう。だが二人を前に、寄田森一味の下っ端たちは余裕の表情だ。
 何せ、用事棒が付いているのだ。若者2人ぐらいなら何のことは無いと思っているのである。
 下っ端の言葉で、ずいと前に出る用心棒の先生。一触即発の空気だ。
 だが、実はその時、弟の楓真は、
 (あー失敗した……依頼前に一杯飲んでくればよかった……)
 なんて考えて上の空で。妙にのほほんとした笑顔だ。
 一方の蘇乃はといえば、にっと笑いながら、
「……和服って動きづらくないですか?」
 なんてことを言う始末。完全になめられていると下っ端どもや先生は思ったのだろう。
 用心棒は、問答無用で居合の一閃。蘇乃を切りつけた!
 だが、その一撃はがっきと止められた。
 横に居た楓真の刀がその居合を受け止めていたのだ。
「な、なにッ……」
 そして、切りつけた蘇乃は、すでにその場所に居なかった。
 彼はなんと、シノビならではの身のこなしで用心棒の頭上を飛び越えたのだ。
 そしてそのまま両手から武器を投擲。鑽針釘はどれも下っ端達の手や肩を浅く切り裂き貫いた。
「て、てめぇら刃向かう気かっ!!」
「刃向かうも何も、そっちが武器を向けてきたんでしょうが……言うことまで、面白くない人達ですねぇ」
 ぼそっと呟く蘇乃は、刀を抜いた下っ端の一人の手を火遁で焼いて、ますます接近して。
「せ、先生!! 早くそいつをやっつけてこっちに加勢を……」
 慌てて叫ぶ下っ端。
 だが、楓真と切り結んでいた用心棒の先生が、ぐらりと傾くとそのままばったり倒れて。
「せ、先生!! 先生っ!!」
「……これが力の差ですよ」
 峰打ちの一撃で用心棒を昏倒させた楓真はそう言って不適な笑みで下っ端達を見つめるのだった。
 じりじりと腰のひける下っ端達。彼らに向かって蘇乃は、しっしと手を振って追い払う仕草をすると、
「ほらほら、逃げるなら今のうちですよ。そのために足だけは怪我させてないんですから、ね♪」
 にこやかに笑顔でそう言われた下っ端たちは、あっという間に逃げ去るのだった。

 だが、用心棒も一人ではなかった。
 30人を越える大所帯の寄田森一家だ。用心棒の数もそれなりに備えている。
 その一人が下っ端らと共に、遭遇したのは一人の女剣士だった。
「……君たちが寄田森一家とやらか」
 ずいと現れたのは気品すら備えた眼帯の女剣士、紫ノ眼 恋(ic0281)。
 そんな物言いや仕草を鼻で笑う、一家の若い用心棒。
「はっ、だったらどうだっていうんだ? お友達にでもなってくれるのかぁ?」
 げらげらと笑って紫ノ眼をからかう用心棒や下っ端達。だがそれにも動じず彼女は胸を張って、
「……主らも悪を名乗るならば、相応の覚悟も出来ているのだろうね」
「ははぁ、ってぇことは嬢ちゃんは俺等を倒そうってことか! ならお座敷剣術でも見せてくれよぉ!!」
 用心棒と下っ端達は暴力に酔ったようにずらりと刀やドスを抜いた。
 それに応じて、紫ノ眼も剣を抜くのだが……下っ端と用心棒達は度肝を抜かれることとなる。
「……アハハハッ! そのとおりだ、面白ェ! ぶっ潰した方がより強ェ悪ッ! 単純でイイぜ!」
「はぁ? てめぇ急に……」
「うるせぇ能書きは引っ込めやがれ! さあ、吼えるからには多少骨があるだろ! さっさとやろうぜ!!」
 高らかに笑いながら、紫ノ眼は豹変。一気に襲いかかってくるのだった。
 ……それからの戦闘は一方的だった。
 数で勝る下っ端と用心棒。だが紫ノ眼の変貌にびびったのだろう。
 最初の一撃で、なんと一番腕利きの用心棒が刀をへし折られたのだ。
 紫ノ眼の強打がブンブンと振るわれる。そのたびに下っ端たちが峰打ちで昏倒しぶっ飛ばされていく。
 慌てて脇差しを抜こうとする用心棒。だがそれを見逃す紫ノ眼じゃない。
「そらそらどうしたっ! これで終わりかぁっ!」
 豪奢な長剣を振り回し、用心棒の横っ面を思いっきり剣の腹でぶっ飛ばす。
 鼻血を吹きながらきりきり回って吹っ飛ぶ用心棒。慌てて下っ端達は、彼らを連れて逃げ去るのだった。
「け、もう終わりかよ。悪ってのは、退かぬ媚びぬ省みぬが基本じゃねェのかァッエエ!?」
「う、うわぁぁぁぁあああ! 追いかけてくるぅぅ!!」
 命からがら逃げ出した用心棒と下っ端達は、息も絶え絶えでアジトにたどり着くのだった。


 というわけで、用心棒や武闘派の部下達はことごとく昏倒してたり、ぼろぼろだったり。
 頭の善造が作戦を考えて居る間にすでに状況はそんなことになっているのであった。
 すでに動ける手下の数は半減している。この状況を何とかしなければ。
 そこで善造は考えた。
 減ったとはいえ、まだ数は十分に居る。
 とりあえず部下達には一丸となって反撃をさせて……旗色が悪ければ、自分だけは逃げてしまおう。
 卑怯な親分は、こうして部下達を捨て石に使おうとするのだが。
 時すでに遅し。

「んっふふ。小物ばっかりな悪党ねェ。もっと本物を見るがいいわよォ。んふふ」
「う、うわぁぁ! なんだあの変な女はっ!!」
 屋根の上で高笑いする女。セシリア=L=モルゲン(ib5665)は下着同然の姿で鞭を構えていた。
 下から見ると、胸で顔が見えないのでますます不気味なその女。
 セシリアの登場で右往左往しているときに、すでに屋敷は敵の手の内にあった。

 集まっていたのはある名を持つ組織だ。
 同じ名を持ち、互いに兄弟と呼び合う組織。
 彼らも悪を自認する一党なのだが………役者が違った。
 寄田森一味の根城は古びた屋敷だ。おそらくは街道を使う要人用のお屋敷だったのだろう。
 今は荒れ放題のその屋敷の正門から、堂々と現れたのは、五つの人影だった。
「てめぇらも余所モンだな! ここを何処だと思ってやが……」
 門番役の一味の男が、仲間と共に詰め寄ろうとする。だがその鼻先に突きつけられたのは、銃だった。
「ぐだぐだ言うな。テメェの命と頭目の場所、どっちが大事だ?」
 底冷えする声で告げるカルマ=V=ノア(ib9924)。
 彼は煙管を手にしたまま、ぴたりと額に短銃を押し当てて、門番の男に聞いた。
 慌てて門番を助けようとする他の下っ端達。
 だが、それをVは冷静に見据えながら、煙管を口にくわえて、空いた手に別の短銃を。
 そのまま動いた男の足をズドン。
「……三下は三下らしく、脇にどいてな。てめぇは、俺の前に立つ器じゃねぇよ」
 煙管を咥えたまま、火薬の煙たなびく短銃をぐるりと周りに向けて、静かに告げるのだった。
 圧倒される一味の男たち。
 門番の男は為す術も無く、5人のカルマ=ノアを頭の元へ案内するのだった。

「……なんだテメェら……」
 善造は、自分の手下に銃を突きつける女を筆頭にしてやってきた集団をぎろりと睨んだ。
 銃を突きつけているカルマ=V=ノア。
 その後ろは明らかに危険な雰囲気の男、カルマ=A=ノア(ib9961)。
 A……アリスの傍らで、楽しそうに周りを見回している少年は、カルマ=S=ノア(ib9958)。
 S……サシャの後ろで、これまたニコニコと笑顔を浮べている妖艶な女性はカルマ=E=ノア(ib9925)。
 そしてE……ユーニスの後ろ、一団の最後尾に居るのはカルマ=C=ノア(ic0002)だ。
 たった五人。確かに危険そうな一団ではあるが、半数は女だ。
 善造は必死で考える。
 こいつ等を何とかたたき出せば、まだ勝ちの目はある。
 最低限逃げ出す余裕は出来るだろう。なら部下には悪いが一気に襲いかからせて……。
「おい、そこの小せぇ奴……せこい事をしてんじゃねぇ。なぁ……てめぇの美学ってのは、どんなだ?」
「美学だぁ? へっ、そんなもんは飯の種にもならねぇよ!」
 吼える善造。だが、それを聞いて、やれやれと苦笑を浮べる紅の髪の男、アリス。
「美学もねぇのに粋がってるのか……まったく、くだらねぇな」
「くだらねぇだと? はっ、おまえらだって単なる悪党だろうがよぉ!」
 そう吼えながら、善造は打算的に動いていた。
 少しでも時間を稼げば、動ける手下は全員集まり一網打尽にできるだろう。
 だが、今度はそんな善造に言葉に、妖艶な黒兎の獣人、ユーニスが応える。
「あら、たしかに同じ悪党かも知れないけど……悪にもいろいろ種類があるのよ?」
 首を傾げてにっこりと笑うユーニス。
「はっ、おまえらの方が上等だとでも言うのか?」
「まぁ、そんなことないわ……アタシ達、底の方なの」
 柔らに笑うユーニスのその視線は嘘を言っていなかった。
 眼前の五人は危険だ。善造の勘がそう告げた。故に彼は手を上げて、手下達に合図をしながら、
「もういい! てめぇら、こいつらやっちまえっ!!」
 と吼えたのだが……。

「やれやれ、もうちょっと遊ぼうと思ってたのにな……猫、『よし』だ。遊んでやれ」
「本当!? やったぁ!!」
 アリスがぽんぽんと桃色の髪の少年、サシャの頭を撫でながら告げれば、少年は飛び出した。
 手にはほのかに光る刀身を持つ魔剣。
 彼は一陣の風のように動き回った。手や肩を切り裂かれて、襲いかかってきた手下たちは蹴散らされた。
 弓を構えたり銃を持ち出した手下達は次の瞬間武器がへし折られ、奪い去られていた。
 音よりも早く、翻ったのはユーニスの鞭だ。それが武器をはじき飛ばしたのだ。
 同時に轟音が轟く。Vの放った弾丸がさらに多くの血の華を咲かせた。両手の短銃が次々に吼える。
 だがそこで数少ない生き残りの腕利きが、後ろから襲いかかった。
 その前に立ちはだかったのはC。
「あら、これが貴方のご自慢は暴力ですか?」
 ふわりと用心棒の眼前に身をさらした彼女は籠手払いで一撃を凌ぐと巻き打ちで峰打ちの一撃。
 手下の数は20人近く居たはずだ。だが、一瞬で全員が地を這っていた。
「あら? もう終わりかしら?」
 黒兎のユーニスがにっこりと笑ってそういえば。
「てめぇの身の程も知らずに、良い気なるんじゃねぇぞ。雑魚の群れなぞ、取るに足らねぇんだよ」
 硝煙たなびく短銃を手に、その狙いをぴたりと善蔵に向けて、Vが静かに告げた。
「……おやおや、顔色が悪いね。どうかしたの?」
 血の滴るシャムシールを手に、けらけらと笑いながらサシャがだめ押しをすれば。
「弱っちい悪ですね。その悪、私が摘み取って差し上げます」
 峰打ちをうけて苦しむ用心棒の喉にぴたりと刃先を向けたCがそう宣言した。

「う、うわぁぁぁこいつらばけもんだ! かなわねぇ!!!」
 圧倒的な力の差を示されて、下っ端達は叫びながら逃げ出した。
 恐ろしいことに、全員死なない程度の傷どころか、逃げ出せるようにか足には傷を受けていなかった。
 どうやら全てこいつらの考えの通りのようだ。
 手下達は裏口に殺到する。
 だが、扉はがっちりと閉じられていた。
「な、なんだこれ!! 凍ってやがる!! べ、別の出口を……」
 窓や扉のほとんどがかっちりと凍らされていた。
 これはカルマ=L=ノア(ib9926)の仕業だ。フローズで出入り口を凍らせておいたのである。
 扉を壊して逃げようとする者や、窓から逃げようとする者も居たのだが、
「どこへ行くんですか? お兄さん達?」
 にっこりと笑ってそれを妨害する少女、Lはその鼻っ面にサンダーを放ちそれを妨害した。
「駄目ですよ、尻尾巻いて逃げたりなんかしたら……悪人さんなんですから……ね?」
 修羅場の怒号の中、小首を傾げてにっこり笑う少女にそう諭されて、一味はますますおびえて逃げ惑って。
 そして、残された逃走口は1カ所だけ、解放されている正面しか無かった。
 そのまえには、カルマ=ノアの五人が待ち構えているのだが……なんと彼らは何もしなかった。
 下っ端達は雪崩を打って正面から外へ。それに交じって善造も外へ。
 そんな彼らの背中に投げかけられたのは、
「はいはーい、急いで逃げないとねー。じゃないとおいちゃん、次は当てちゃうよ?」
 そんな言葉と共に、矢が雨あられと降り注いだ。
 放ったのはカルマ=B=ノア(ic0001)。
 彼もまたカルマ=ノアの名を持つ一味の一人だ。
 彼の矢は逃走する寄田森一味の者たちの足をかすめて追い立てるように次々放たれた。
「ほらほら、次は君たちのお粗末な脳みそにあたっちゃうよー」
 耳をかすめて矢が後ろから飛んでくる。その恐怖たるや、大の男が泣き出すほどだ。
 善造すらも、部下を突き飛ばして一目散に逃げ出して。
 それを見送って、B……バーリグは満足そうに弓をしまうのだった。

 バーリグとLの二人が屋敷の中を覗いてみると、丁度アリスが善造の椅子に腰掛けるところであった。
「……あーぁ……全部、一夜の夢ってか。儚いもんだね……」
 くつくつ笑いながらそういうアリス。
 誰も居なくなって急にがらんと静かになった屋敷に、ただただ彼の笑い声だけが響いていた。

 善造は必死で逃げた。冬の畑で寂しげに佇んでいた案山子から服を奪って変装し、部下を捨ててまで逃げた。
 彼は実は一つも攻撃を受けていなかった。見逃されたのだ。
 だが、素足のまま逃走したため、もうこれ以上一歩も歩けそうにない。
 そんな彼の前に、ふらりと一人の紳士が現れた。
 ジルベリア人だろう。その優雅な物腰の紳士は、善造が足を怪我をしているのを見て、
「おや、大丈夫ですか? 怪我をしているようですね……手当てしてあげましょう」
 なんと、この老紳士はそういって善造の足に包帯を巻きはじめた。
 平和ボケしたカモだ。コイツの金を奪って……そう善造が老紳士を見ながら考えて居ると。
「……さ、もうお逃げなさい。道中お気をつけて」
 にっこりと笑って彼は治療を終えた。
 ……お逃げなさい?
 なぜ彼は自分が逃げていることを知っているのだろうか。
 そんな疑問が表情に出たのだろう。すると老紳士……カルマ=G=ノア(ib9947)は優しく微笑んで。
「……私達は貴殿方を見守っておりますよ……いつでも、いつまでも」
「ッッ!!」
 その後のことは、ほとんど記憶になかった。ただ彼はひたすらに逃げた。

 こうして、寄田森一味は完全に瓦解。
 カルマ=ノアたちに恐怖を植え付けられ、他の開拓者には良いように翻弄された彼ら。
 二度と彼らの話が人の噂に上ったことはないという。
 街道の宿場街には久しぶりの平和が戻り。
 そして、ただただまことしやかな噂だけが残るのだった。
 絶対に怒らせてはいけない者たちが居る。
 それは果たして、開拓者のことか、カルマ=ノアのことなのか、月孤老の一味のことなのか……。