怪我の治療に薬草温泉!
マスター名:雪端為成
シナリオ形態: イベント
危険
難易度: 普通
参加人数: 40人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2012/12/23 16:43



■オープニング本文

 理穴の小さな領、葉山領。
 ここはかつて魔の森だったところを、開拓者たちが取り戻し、最近復興中の領地である。
 領主は、かつて両親をこの地で喪った少年領主、葉山雪之丞。
 領地奪還以後も、復興めざましいこの領地は、それ以降も開拓者の助けを借りて再建中。
 兵士の訓練や、さまざまな産業の振興、料理や商品の開発に始まり、最近では温泉が出来たという。
 その温泉は、薬草園を併設したもので、まだ新しい施設だ。
 近くには、医学校を建てるという予定なのだが、まだ先生が集まらないらしくそこは建築中。
 薬草園と温泉はとりあえず完成したのだが……
「……というわけで、開拓者の方々はこの一月ほど、希儀という地で活躍成されていたようで」
「あらたな世界か! すごいのう、かっこいいのう……」
「希儀の地では、不死の九頭蛇ヒュドラを撃ち、巨樹ヘカトンケイレスを制覇し……」
「むぅ、その場にいれば私も剣をとり、ばったばったとアヤカシを倒したものをっ!」
「お坊ちゃま、弓はそこそこですけど、剣術の方は勉強不足では?」
「………巨樹を踏破し、仲間と共に敵を……」
「お坊ちゃま、それには方向音痴を直さないといけませんな」
「…………えーと、開拓者さんたちは、皆怪我をしたそうじゃの? 温泉の無料開放とかどうじゃろう……」
「それは良い計らいだと思いますよ、坊ちゃま」
「………うむ……孫市、坊ちゃまはそろそろ止めてくれぃ……」
「ええ、一人前になりましたら、止めさせていただきますね、坊ちゃま」

 というわけで、老僕の孫市と領主の雪之丞少年が相談した結果、怪我に良く効く温泉を無料開放とのこと。
 温泉には宿が併設。まだ新しいだけあってそれほどお客は居ないので、こちらも自由に使って良いらしい。
 怪我を癒やすも良し、共に闘った仲間と共に遊びに来るも良し。
 一人薬草風呂に浸かって心と体を休めるのも良いだろうし、仲間と酒盛りで騒ぐのも良いだろう!

 さて、どうする?


■参加者一覧
/ 柊沢 霞澄(ia0067) / 川那辺 由愛(ia0068) / 柚乃(ia0638) / 鳳・陽媛(ia0920) / 斑鳩(ia1002) / 礼野 真夢紀(ia1144) / 周太郎(ia2935) / 荒屋敷(ia3801) / 若獅(ia5248) / 黎阿(ia5303) / 由他郎(ia5334) / 野乃原・那美(ia5377) / 紗々良(ia5542) / からす(ia6525) / リューリャ・ドラッケン(ia8037) / ネオン・L・メサイア(ia8051) / リエット・ネーヴ(ia8814) / 霧咲 水奏(ia9145) / 尾花 紫乃(ia9951) / ヘスティア・V・D(ib0161) / 十野間 月与(ib0343) / 真名(ib1222) / 尾花 朔(ib1268) / 華表(ib3045) / 鉄龍(ib3794) / シータル・ラートリー(ib4533) / ノース・ブラスト(ib6640) / ソレイユ・クラルテ(ib6793) / 御凪 縁(ib7863) / 霧咲 ネム(ib7870) / 刃兼(ib7876) / 華魄 熾火(ib7959) / アルゴラブ(ib8279) / ゼス=R=御凪(ib8732) / 緋乃宮 白月(ib9855) / 宮坂義乃(ib9942) / ルース・エリコット(ic0005) / イライザ・ウルフスタン(ic0025) / 佐藤 仁八(ic0168) / 宮坂 陽次郎(ic0197


■リプレイ本文


 葉山の領地を一望できる山の中腹に、小さなお社があった。
 そこは古くから祀られている水の精霊のための鎮守の森と社だ。
 その社を訪れ、祈りを捧げていたのは柚乃(ia0638)である。
 しばし手を合せて、それから振り向けば視界に広がる葉山の景色。
 最近はますます活気が増して、人も多くなったようだ。
 それを見ながら柚乃は山道を下る。この山の麓に、目的地の温泉宿があるのだ。
 季節はもう冬……ひゅうと冷たい風が吹いて、柚乃が小さく震えると、
「ふふん、あたしの季節到来ね♪」
 くるりと彼女の首元を被っていた襟巻が自慢げに声を上げた。
 この襟巻、実は柚乃の相棒である管狐の伊邪那だ。柚乃はその背中を優しげに撫でて。
 そしてもふらの八曜丸と共に温泉宿への道を歩いて行くと、向かう先には人だかりが。
「なんでしょう?」
 かくりと首を傾げる柚乃につられて、八曜丸と伊邪那もかくりと首を傾げ……。
「……温泉どうでえ、温泉。身体休めねえとよ。優しく言ってる内に入ってった方がいいぜ!」
 宿の屋号が入った幟を翳し、声高らかに宣う佐藤 仁八(ic0168)が人だかりの中心にいた。
 業物の長巻に括られた幟が風にたなびき、彼の声も良く風に乗って広がって。
「そこの男前、お泊まりさんじゃあねえかい! 中で開拓者が新しい儀の大活躍を聞かせてくれるぜ」
 どうやら、彼は宿の呼び込み係のようだ。
 彼の声に背中を押されるように、開拓者や湯治の客が続々と宿に向かい柚乃もそれに混じるのだった。

 そして宿までやってくれば、どうやら温泉宿は大繁盛中のようだ。
 続々とやってくる開拓者たちとそれを案内する従業員たち。
 その最中、店頭の番台にちょこんと座っている少年が1人、誰あろう領主の葉山雪之丞のようだ。
 それを見てかくりと首を傾げる柚乃。
「……番頭さんに、転職されたのですか?」
「へ?! い、いや、お手伝いをしようと思ったのじゃが、皆忙しそうで……」
 どうやら雪之丞少年、手伝いを申し出たものの、仕事が見つからずぽつんと1人置き去り気味のよう。
「なかなか似合ってるものですから……てっきり転職されたのかと」
「う、うむ。折角じゃし、番頭の役目はしっかりと務めようぞ! ようこそじゃ! ゆっくり寛ぐが良いぞ!」
 そういって歓迎する雪之丞に、柚乃と八曜丸と伊邪那は笑顔で応えるのだった。

 さて、そんな間もどんどんと宿には客が。
「さあこっちだよ! 御頭や刃兼の兄ぃも、傷癒して元気になってもらわなきゃ!」
 若獅(ia5248)の元気な声と共に、ぞろぞろとやってきたのは5人の開拓者たちだ。
「怪我したばかりなんですから無理はしないでくださいね? なんでもお手伝いしますからっ!」
 若獅と声を揃えてソレイユ・クラルテ(ib6793)もそういって。
 彼女らが気遣っているのは鉄龍(ib3794)と刃兼(ib7876)だ。この2人、先の戦闘で怪我を負ったらしい。
 そして怪我人2人の後ろを飄々とついてくるのはノース・ブラスト(ib6640)。
 この五名、同じ小隊に所属する仲間らしく、皆で怪我の療養と打ち上げに来たようだ。
 ともあれ、まずは温泉へむかう一行であった。


 温泉はすでに千客万来。湯治の開拓者たちで大いに賑わっていた。
「いいですか、ルースさん。私も天儀のお友達に教えて貰ったのですけど、温泉には作法があるのですよ」
「さ、ほう、ですか? ……がんばり、ます!」
 まるで姉妹のようなこの2人は、シータル・ラートリー(ib4533)とルース・エリコット(ic0005)。
「すぐに湯船に入ってはいけないそうですよ、ルースさん。最初はまず体を洗って……」
 そんなシータルの言葉に、こくこくと可愛らしく頷くルース。
 真面目な妹分のそんな様子に思わずくすりとシータルは笑みをこぼすのだった。
 開拓者たちは様々な国からやってくる。そのため温泉どころか風呂の形式もばらばらだ。
 そのため、この宿には様々な種類の作法に対応出来るように作られていた。
 彼女らがやってきたのは女性用の露天風呂だ。そこに2人が踏み込めば、つんと鼻を差す塩気。
 タオルを体に巻いて、シータルはルースの手を引いて進む。向かう先は、作法通り流し場だ。
 宿自体まだ新しい。流し場の椅子も桶も新品同様で、それにお湯を汲んで体を流す2人。
「さ、まずはルースさんの背中を流してさしあげますね。こちらへどうぞ」
「ふぁ……お、おねがい、します。シタール、お姉さん……」
 そういって、仲睦まじく髪を梳り背中を流し合う2人であった。
 と、そんなほのぼのした空気の中、疾駆する少女が1人現れた。
「温泉、一番のりだじぇ〜!!」
 ぴょこんと伸びたアホ毛を風になびかせて、駆け抜けるリエット・ネーヴ(ia8814)。
 力一杯、元気よく……全裸で。ほっぷ、すてっぷ、そして飛び込み!
「お客様、走ると危ないですよ」
 だが、リエットの眼前に立ちはだかったのは同じぐらい小さな影。
 手にしているのは濡れた長いタオル、ひゅんと振るえば鞭の如くリエットへ伸びて。
 タオルはそのつるぺたーんな体にぱしーん! いい音と共に巻き付いた。
「もぎゃー!」
 珍妙な悲鳴を上げてリエットの飛び込みは阻止。この従業員は、お仕事中のからす(ia6525)だった。
 何が起きたのかさっぱりなリエット、大きなハテナを浮べていれば。
「連れが、迷惑掛けたな」
 現れたのはヘスティア・ヴォルフ(ib0161)。拳をグーにして。
「あ、ヘスティアねー……」
 見上げるリエット、その頭にげんこつ一閃!
「ふぎゃ!」
「……さ、行くぞリエット」
 リエットはずるずると連行されていくのだった。

 何事も無かったかのように、従業員のからすは女湯の温度調節を再開。
 同じくルースとシータルの2人も、のほほんと背中を流し合って。
「……いま、リエットさんが居たような‥…」
 首を傾げるシータル。だがとりあえず目の前のルースに向き直って。
「痒い所はないかしら? 気軽に言ってくださいましね? ……どうかなさいました?」
 気付くと、ルースはぽーっとシータルを見上げていた。
 見返されてることに気付いたルースははっと赤くなって、
「ふあゎ! ……とて、も……綺麗、でした……ので」
 と慌てたように言うのだった。


 仲良し姉妹のようなシータルとルースが体を流して湯船に入る頃。
 女湯にはますますお客が増えて、活気を増すのだった。
 どうやら、今回は女性客がとても多いようで、広い女湯も狭く感じられるほどだ。
「体動かしてなきゃ〜、落ち着かないの〜っ!」
「もう! ……髪を梳いてあげるから、こっちに座って、ね?」
 お風呂場の中で泳ぎ回りそうなネム(ib7870)、どうやらなにか憤慨中のようだ。
 そんなネムを優しく諭すのは鳳・陽媛(ia0920)。
「むぅ、ひめママがそういうなら……でも、でーもー!!」
 普段はのんびりしたネムは、なにやら合戦でいろいろと思う所があったのだろう。
「ゼッタイ、も〜っと、強くなってやる……イヤな思いなんて、ぜ〜んぶ、ふっとんじゃえ〜っ!」
 そう叫ぶネムの赤い髪をそっと優しく梳かしながら、凰は何度もネムの言葉に頷いて。
「ネムは、家族がいれば、みんながいれば、それでいい……っ!」
「私はネムちゃんの傍にいるよ。……はい、できた。それじゃもう一度お風呂入りましょう?」
「……うん」
 きゅっとネムは鳳の手を握って、また一緒に温泉に浸かる2人であった。
 すると湯煙の向こうに先客が二組。一組は褐色の肌の姉妹のようなシータルとルースだ。
 そしてもう一組は、女性ばかりだからか、開放的に温泉のふちに腰掛けた二人組だった。
「ん〜、温泉も気持ちいいしお酒も美味しいのだ♪ まま、由愛さんぐぐっと」
「はぁ〜やっぱり温泉っと言えば、酒よね酒! ……ん〜! 此れよ此れ、最高だわ」
 早速、酒を持ち込んで良い気持ちで差しつ差されつ酒盛り中のようだ。
 この2人は野乃原・那美(ia5377)と川那辺 由愛(ia0068)、ちなみに2人とも裸で。
 体を湯船で温めては、ときおり縁に腰掛けて涼しい風に身をゆだね。
 上気した肌は、酒を一口呷ればますます桜色に艶めいて……。
 すると、那美がふと手を伸ばした。その先には由愛の上気した……胸だった。
「と・こ・ろ・で♪ 少しは大きくなったー? ……なってなさそう?」
 ぐにぐにもにもにと遠慮無く確かめる那美。
「はぅ!? な、那美……って、誰が『少しは』ですってぇ〜!?」
 だが那美の一言に、ちょぴりかちんときた由愛。お仕置きよと反撃して、鋭い攻防が始まった。
 思わず、そんな2人を見つめる他の4人。
「くっ……むだな抵抗は止めなさい! これはお仕置きよ!」
「いいじゃない! 減るもんじゃ無し……それとも減ったのかしら?」
「なっ!! ……減ってないわよ!」
 びしびしと酒杯片手に攻防は激化。だが足場がわるかった。
「あら?」「しまっ……!」
 しっかりお互いに手を掴んだまま足を滑らせた2人は温泉にどぼん!
 派手に広がるしょっぱい温泉の雨、シータルとルースも、鳳もネムも頭からそれを被ってしまって。
 そこにぷかりと浮き上がってきた那美と由愛。申し訳なさそうに一同を見れば。
 目を白黒させてる他の女の子たちと目があって、思わずみんなでぷっと噴き出すのだった。

 そして賑やかな笑い声が響く女湯に、ひょっこり声を出したのは若獅とソレイユだ。
 若獅は女湯に入ってきて、まず笑い会っている6人の先客をぐるりと見渡して……
「……はぁ……」
 小さくため息を一つ。
 個人差はあれど、なかなか立派な胸をお持ちの先客を見て、すこししょんぼりしたらしい。
 隣で首を傾げ居ているソレイユを見る。さらにもうちょっとしょんぼり。
 そこに後から入ってきたのは柚乃だ。
 こちらもなかなかに大人びた肢体の持ち主で、若獅はさらにしょんぼりなのだが。
「……? オリーブオイルを使用したマッサージ、しませんか? お肌スベスベになりますよ♪」
 柚乃は希儀産の油を使って、女性向けのサービスするつもりのようだ。
 しょんぼり気味の若獅とソレイユはとりあえず試してみようかと応え、さらに他の女性陣も乗り気で。
「えーっと、それじゃ順番にしましょうか?」
 そう柚乃が言えば、女性陣は行儀良く順番待ちをするのだった。
 そんな中で、シータルとルースはのんびりお湯に浸かっていた。
「……るぅ〜る♪ る〜♪」
 じんわりとしみこむ温度がここちよく、思わずルースは鼻歌を。
 だが吟遊詩人の彼女の歌には力があった。ぴよぴよと小鳥やリスなんかがいつのまにか集まって来ていて。
 はっと気付いたときには、いつのまにか周囲には彼女の歌に聴き惚れる動物たちが沢山だ。
 微笑ましそうに見守る女湯の女性陣にはっと気付いたルース。
 慌てて真っ赤になった顔で鼻までお湯に沈めば、再び皆の間で笑いが弾けるのだった。


 そんな女湯の更衣室前で。
「……自分で、歩ける、から……っ」
 怪我のためか、足下がふらついた紗々良(ia5542)。それを両側から2人の人物がしっかりと支えた。
「無茶はするなと、何時も言ってるだろう」
「そうよ、さらちゃん……あんまり言う事聞かないと赤い方にしちゃうわよ?」
 支えたのは由他郎(ia5334)と黎阿(ia5303)の夫婦で、紗々良は由他郎の妹だとか。
 どうやら依頼で怪我をした妹を兄夫婦が湯治に連れてきたというところのようだ。
「そうだな。あんまり嫌がるようなら、いっそ唐辛子風呂に放り込んだらいい」
 と由他郎が言えば、とうとう紗々良も観念したようで。
「……後は頼む、黎阿」
「はい、それじゃ後はまかせて……さあ、さらちゃん行きましょうね」
 そういって女性2人は温泉へ向かうのだった。
 女湯に入ると、まず目に入るのは、なにやらマッサージ中の柚乃と、つやつやの女性陣だ。
 だが、まずは紗々良の湯治が先決、と温泉をぐるりと見回せば。
 からすがぐーるぐーるとかき混ぜている風呂桶、そこにぷかりと浮かぶ唐辛子の山。
「……さらちゃん、あれにする?」
 黎阿のそんな言葉に、紗々良はぶんぶんと首を振って、普通の温泉へ。
 やっと一息ついた2人は、紗々良がのぼせるまでしっかりと体を休めるのだった。

 オリーブオイルでマッサージを受ける女性陣。
 傷にちょっとだけ染みる塩気を我慢しつつ、逃げだそうとする紗々良を引き戻す黎阿。
 そんな中で、からすは黙々と働いていた。
 温泉では温度管理も大事な仕事だ。温度を確かめたり、唐辛子風呂の具合を確かめたり。
「……ふむ、使わないのは勿体ないな」
 だが、女湯ではだれも唐辛子風呂を使わないようなので、唐辛子の束をざばっと引き上げて。
 そのまま、彼女は裏手に回ると、女湯の裏口から外へ。
 そこには、ぱっかんぱっかんと薪を割る荒屋敷(ia3801)がいた。
 そこへひょいと顔を出すからす。
「……荒屋敷殿、薬草の準備はできたかな?」
「おわっ! ……ああ、ヨモギの薬湯の準備は出来たぞ、これでいいか?」
 急に話しかけられて吃驚した荒屋敷だったが、気を取り直して取りだしたのは薬草の束。
 どうやら、薬湯用の薬草を準備していたようだ。それを受け取るからす。
 その中身を確かめて、
「成程、では男湯のほうの準備をしてくるとしよう」
 そういっててくてく去って行くからす。
「……? 男湯には俺が行った方が……まあいいか」
 そういって、またしても薪割りに戻る荒屋敷だった。

 男湯の裏口からてこてこ踏み込むからす。従業員用着物姿で片手に薬草、片手に唐辛子の束。
 踏み込んだ先の男湯は女湯に比べて大分客の数が少なかった。
 先程妹と妻や妹と別れて男湯にやってきていた由他郎。
 それに、若獅の仲間たちの鉄龍や刃兼、ノースの姿がそこにあった。
 思わぬ闖入者に、固まるかと思われた男性陣だったが……、
「……でだな、隊の方針上これからはより強敵と闘うことが多くなる」
 鉄龍は、仲間たちに話を再開し、由他郎は何事もなかったかのように温泉へ。
 それを横目にからすはてくてくと男湯の準備をこなしていくのだった。
 というわけで、闖入者の存在はともかく、男湯はひろびろとしているようだ。
「俺はこの隊の盾となる、だから刃兼………お前は矛となってくれ」
 仲間たちに語りかけていたのは鉄龍だ。傷だらけの体を湯船に沈めて、呟く鉄龍に刃兼は頷いて。
 しかし、ふと目をやると、鉄龍の体にもノースの体にも、そして自分の体にも多くの傷跡が。
「ああ、もちろんだ。……でも、怪我には気をつけないと。ほら、開拓者になってから大分増えたよな」
 そういって苦笑する刃兼は、これとか、と傷跡の幾つかを指さして。
 思わず同小隊の2人どころか、他の開拓者たちもなんとなく傷跡を数えはじめるのだった。
 さて、そんな男湯の片隅でちょこんと腰掛けて、きょろきょろと廻りを見回している姿が一つ。
 それは、先程まで一般客相手に三助をしていた華表(ib3045)だ。
 背中を流したりあかすりをしていたのだが、どうやら今はお客が居ないよう。
 となれば、他のお仕事へ。彼は立ち上がって着替えて、男湯を出た。
 すると忙しげに働く従業員たちが。どうやらそろそろ時刻は夕刻。晩ご飯の準備が進んでいるようだ。
「料理のお手伝いに行きましょう……」
 てくてくと華表が向かう先は、厨房だ。漂ってくるのは美味しそうな料理の香り。
 すこし減ってきたお腹をさすさすと撫でながら、華表は厨房に踏み込むのだった。


 厨房で、忙しく働く料理人たちに混じって開拓者が1人。
 それはもちろん料理上手で評判の礼野 真夢紀(ia1144)であった。
「みぞれ鍋とかどうでしょう? 大根は消化に良いらしいですよ」
「おい、おまえら! 急いで大根洗ってきて用意しろ! おろすのは食べる直前だぞ!」
「焼き肉とかもやりますよね? タレはこんな感じでどうでしょうか」
「……にんにくに果物を幾つか、あとはコレとコレと……おい! 急いで用意するぞ!!」
 真夢紀の言葉に、大勢の調理人が応えてテキパキと準備が進む。
 なにやらまるで真夢紀がこの調理場の主であるかのようだ。
 もちろん、普段通りのいろいろな料理は沢山用意されてるが、この宿は開拓者に恩義がある。
 それもあってか、彼女ら開拓者に好意的な料理人たちは、その恩を返そうと一生懸命なのであった。
 そんな中、ひょっこり顔をだした華表。なにか手伝うことは、と真夢紀に尋ねる。
 真夢紀は暫く悩んで、そして思いつく。
「これの味見をしてもらえますか? 希儀の甘藍のお料理なんですけど」
 それは希儀産のキャベツを蒸して、肉団子を包んで干瓢で縛り、スープで似た料理だ。
 一つもらって、華表はあつあつのところを囓ってみる。
 滋味に溢れたスープ、甘く柔らかく煮られた甘藍、そして旨みたっぷりの肉団子……。
 思わず頬が緩むような味だ。美味しいですか、という真夢紀の言葉に華表はこっくりうなずくのだった。

 というわけで料理の種類は益々増えて、てんこ盛りの料理が完成。
 いまかと待ち構える開拓者たちに、いよいよ料理が提供されるのだが……。
 だが、この宿で忙しく働いているのは温泉と料理担当の面々だけでは無かった。
 その他にも大勢の開拓者が、じつは仲間のためにと手伝いを名乗り出ていたのだ。
 まずは入り口だ。番頭代わりに入り口で迎えてくれるのは領主の雪之丞だけでは無かった。
「では、ごゆるりと」
 深々と頭を下げて案内業務中なのはなんとからくり。からすの相棒、笑喝だ。
 赤目の狐面をそのままに、丁寧にお辞儀して新たにやってきたお客をご案内。
 そんな様子をみつつ、雪之丞もおっかなびっくり接客中のようだ。
 だが、そろそろ夕刻だ。新しいお客は一段落したようで。
「さて、では先程のお話の続きを……どこまで話したんやっけ?」
「む、えーっと灯台が見つかった話じゃ!」
「さよか。ほなそこから続きを話しましょか」
 なんでかこのお面のからくりは雪之丞の話し相手になっているようであった。

 一方、そろそろ賑わいはじめた食堂でも忙しく働く開拓者たちが。
「おーい、そこのメイドさん! お酒持ってきてくれー!」
「は、はーい、ただいま、お、お持ちします……はう、緊張します……」
 こちらもおっかなびっくり、なぜかメイド服で宴会のお手伝い中なのは柊沢 霞澄(ia0067)だ。
 楚々とした白い肌の美人さんがメイド服で接客とあれば、なかなかの人気のようで。
 あっちこっちからの呼びかけにてんてこ舞いの様子であった。
 だがこれ、実は霞澄の相棒のからくり、麗霞の発案らしい。
「霞澄さまは内気で人とのつきあいも少ないですからね。引きこもってばかりではいけません!」
 ということらしく、からくりの麗霞も一緒に手伝いながらくるくる働いているのだが。
 このからくりの霞澄、何故か麗霞とうり二つの外見なのだ。
 ちなみに人間の霞澄は黒いメイド服で、からくりの麗霞は赤いメイド服、顔は同じ。
 それが2人揃って働いていれば。
「あれ? さっきは赤い服を着てたような……酔ったかな?」
 と勘違いする客も多発したとか。
 おかげで酔漢も出過ぎず、彼女らへのセクハラも無かったようで、密かな活躍をする2人であった。
 そんな中を先程の華表や真夢紀が忙しげに働いていた。
 冷え込む寒さのせいか、鍋が大人気のようでその準備に奔走する2人。
 そんな一同を眺めながら満足げに頷くのは十野間 月与(ib0343)だ。
 彼女は客の1人なのだが、以前この宿で女将を務めた開拓者だ。
 いろいろと気になることや心残りもあったのだろう、それを気にして参加したのだが。
「お布団もふかふかで、添えられていた香り袋も落ち着くいい香りだったし……問題はなさそうね」
 気になっていたことは全部大丈夫だったようでほっと一息。
 丁度料理を運んできた友人の真夢紀を側に呼んで、2人はのんびりと鍋を突きはじめるのだった。


 そして夜。いよいよ宴会の盛り上がりは高まっていた。
 大勢の仲間と。もしくは1人で黙々と、広間で仲間と食べるも良し、部屋で恋人と食べるも良し。
 だが、とにかくどこもかしこも大いに賑やかであった。
 その一つは女性陣の集団、お風呂場で親しくなった一団だ。
 シータルにルース、由愛と那美、さらには柚乃や凰にネムまでが勢揃いだ。
 だがしかし彼女らは、ある1人の女性客を見て箸が止まっていた。
「いやぁ、先の合戦は疲れましたねー。色々無茶をしたせいで大怪我もしてしまいましたし!」
 湯治客の1人、斑鳩(ia1002)だ。
「でも、さすがは肉料理が自慢だというだけありますねー。どれもこれも美味しいですよ」
 ぺろりと平らげたのは、みぞれ鍋だ。1人で、鍋一つ。
 他の女性客のように、心ゆくまで料理を堪能しているのは自分へのご褒美らしいが……。
「今回は一切気にせず心行くままに堪能していきますよ!」
 続いて、華表が運んできたのは真夢紀特製のタレと焼き肉だ。
 近くで取れた鴨や猪の肉を暫く熟成したものらしく、体力の回復には最適だろう。
 それをまたぺろりと平らげて。
「限界………」
 ああ、もう限界なのか、そうまわりが思ったのだが。
「……限界ギリギリまで食べますよーっ」
 まだ食べるのか! と思いつつ、あの量が何処に入るんだろう、と首傾げる一同であった。

 もう一つ、大いに賑わっているのは小隊仲間で囲む卓だ。
 ぐるりと一つの鍋や肉を囲んで集う仲間たち。それが小隊長の鉄龍を見上げていた。
「えー……まあ負傷者も出たが皆の協力もあり無事乗りきれた。これからもよろしく頼む。乾杯!」
「乾杯っ」「乾杯っ」「乾杯っ」「乾杯っ」
 ノース、ソレイユ、刃兼、若獅。四つの声とともに仲間は皆、杯を掲げるのだった。
「皆さん、お肉とか足りてますか? あ、これ丁度良く煮えてますよ!」
 忙しく働くのはソレイユだ。ノースの隣であれこれと皆に世話を焼いている。
 そんなソレイユが煮えた鍋の具を取り分けてノースに渡す。ノースは良く煮えた鴨肉を一口かじり。
「ふむ……美味いな」
 そうぽつりと呟けば、ソレイユもにっこりと笑って。
「小隊長、ほら一献、酌仕る」
「ん? わるいな」
 がつがつと肉を食べている鉄龍に少し戯けて刃兼が酌をしたり。
 と、そこでなにかを黙々と準備していた若獅がにやりと笑いながら一同の前に杯を置いた。
「どうした若獅」
「ちょっとした余興さ。この料理飾りが入っている杯を当てた人は……」
 そういって若獅が取り出したのは苦そうな薬草汁の入った湯飲みだ。
 これは、先程まで広間の隅で孫市にお灸をしてあげていた荒屋敷から貰った物らしい。
「これを飲んで貰おうとおもってね! じゃ、杯を伏せるぞ」
 結果、当たったのは……。
「わ、ハズレですね!」
「……ふむ、外れだな」
「よっし、俺も外れだ!」
「……外れだ(もぐもぐ)」
 ソレイユも、ノースも外れ。
 ガッツポーズで喜ぶ若獅でも、肉をもりもり食べている鉄龍でも無かった。
「……俺か」
 がっくりと肩を落としたのは刃兼だ。彼はすこし尻込みしつつも湯飲みをがっと抱えて。
「ささ、一気にどうぞ! よっ、男前!」
「わかったよ、一気に飲んでやる!」
 若獅にはやし立てられつつ、薬草汁を一気に飲み下すのであった。
 鉄龍が、もぐもぐと肉を咀嚼しつつ見守っていれば、刃兼は何とも言えない顔で一言。
「……まさに良薬は口に苦し、だな」
 その言葉に、笑いが起きるのだった。
 そんな中、笑い会う仲間たちを見て、ノースはかすかに目を細めて隣の友に小さく呟いた。
「ソレイユ……いつもありがとう。これからも、一緒に戦ってくれ」
 賑やかな宴席の中だ、その言葉は届いたのか定かでは無い。
 だがソレイユはノースを振り向いて、優しく笑い返したのだけは確かであった。


 仲間たちと過ごす夜も楽しいが、特別な相手と過ごす夜もまた格別だ。
「確かに良い湯だったなぁ、ちっと逆上せちまった。すまねぇが水奏、包帯巻くの手伝ってくれないか」
「少し傷に染みましたかな? ……では軟膏を塗り包帯を巻き直しましょうか」
 この葉山領にも縁のある霧咲 水奏(ia9145)は夫の霧咲 周太郎(ia2935)とともにこの宿へ。
 2人は連れ立って領主に挨拶をした後、温泉へ入ってから部屋に戻って来たところのよう。
 そろそろ料理も運ばれてくるだろう。その前に妻の水奏は夫の周太郎の包帯をまき直して。
「……あの義父だ、これ見たらなんかまた言い出しそうだな」
「鍛え方が足りんとまた修練の日々を送ることになりそうですなぁ」
 傷を前に苦笑する周太郎にくすりと笑いかける水奏。
 話は彼らの家族の事に及ぶのだが……
「口煩いのも、慣れりゃ面白いモンだがあの義母の手薬煉は、まだ慣れんなぁ」
「母上は、また孫が見たいとあれこれ手を尽くしてきそうですね」
「……孫ねぇ、子供、か……」
 包帯を巻き終えて、ぽつりと周太郎は呟いた。すると丁度そこに料理が運び込まれてきて。
「お、丁度飯の頃だったか、そう言や。腹も空いた頃合いだ、楽しみだなぁ」
「ええ、久しぶりの理穴の料理。舌鼓を打つとしましょうか」
 そういって向き合って座る夫婦、だが、妻の水奏はぽつりと呟いた。
「今暫く。理穴の地も落ち着いたら……」
「ん?」
「ふふっ、いえ、何でもありませぬよ」
「そうか。ま、まずは食べようか……話も弾むさ、その方が、な」
 笑いを浮かべあう2人。どうやら言葉にはせずとも通じている物があるようであった。

 時間は少し前、ちょうどヘスティアがリエットを引きずっていった頃。
「まったくリエットは……でも、たつにーも無理すんなよ?
 ヘスティアがやってきたのは湯着を来て混浴可能な家族風呂だ。そこには竜哉(ia8037)と仲間たちが。
「ったく、毎度毎度重傷に……ちったぁ体を労れ体を!」
「わかったよ……だが唐辛子風呂は入らんぞ、余りにいやな予感がするから!」
 竜哉とヘスティアは酒を酌み交わしつつ温泉へ。だが彼女には目的があった。
 貸し切り中の家族風呂にも唐辛子のお湯は準備されていた。
 そこにひとりで使っているのは、竜哉たちの友人、真名(ib1222)だ。
 そんな彼女を見て、竜哉はよくそんなところに入れるなぁと、そばに寄ったのが運の尽きだった。
 竜哉に飛びつくヘスティア。がっしり抱きついて唐辛子温泉へドボン!
 逃げないようにえいえいと真名も押し戻して、
「さて、たつにー、我慢比べだ!」
「う、辛いっ! 身体中が辛いぞコレ!!」
 じたばたする竜哉、男がいて恥ずかしがっていた泉宮 紫乃(ia9951)はそれを見ておろおろ。
「痛そう! でも、合戦での重傷を心配しておしおきしているんだから……でもやっぱり痛そう」
「大丈夫ですよ。さいしょはちょっと染みるかも知れませんけど、ね」
 そっと尾花朔(ib1268)が安心させたり。
 だがともかく、女性陣の努力の甲斐あってたっぷり赤く漬けられた竜哉。
「……また一人の、とーとい犠牲者が出たじぇ」
 唐辛子風呂の前で、仁王立ちのリエットがそう宣言するが、なんとかざばりと這い出した竜哉は、
「つかあれだ、無茶させんな。怪我治ったばっかりなんだから」
「毎回無茶してるのはたつにーなのにねぇ?」
 しれっとヘスティアに言い換えされ、うぐっと言葉につまるのであった。
 そして一行は風呂を上がって一同の部屋へ。
 そこにはすでに料理が準備されていた。
 料理を一番楽しみにしていたのは尾花朔だ。
「知らない料理がありますね〜! 見てください、これなんて珍しいですよ、希儀の甘藍を使ってるなんて〜」
 嬉々として仲間に語りかける尾花朔。
 だが、そんな彼の後ろに泉宮と真名の2人が忍び寄っているのに彼は気付いていなかった。
 泉宮が主犯で真名が共犯、2人はなんと食事に夢中の尾花の髪を三つ編みに。
 水で濡れた髪はしっかり跡がついてしまって。
「……ごめんなさいっ」
 ちょっと嬉しそうに、聞こえないほどの小さい声で泉宮は呟いて、輪の中に戻っていくのだった。
 ちなみにこの悪戯、あとでばっちり見つかって。
「お二人とも……全く、悪戯するなら、もう少し手の混んだ物にしないとダメですよ?」
 とにこにこしたまま、変な怒られ方をしたうえに、2人とも尾花の手によって豪華な髪型にされるのだった。


 夜は更けて。
「師匠、愚痴もいいけど折角の料理が冷めるから食べましょう。酒もあるし」
「人が心配しているのに。大体、貴方は……」
 2人並んで料理と酒を楽しんで居るのは宮坂 玄人(ib9942)と宮坂 陽次郎(ic0197)だ。
 弟子の玄人を励ますためにやってきた師匠の陽次郎だったのだが、愚痴から始まってしまったようで。
「まあまあ、そう言わずに……ほら、これを開けましょう。良い天儀酒を持ってきたんですよ」
「またそうやって話をそらそうと。まったく、相変わらず男勝りな事で……」
 くどくどと宣う陽次郎、だがそれに慣れているのだろう。玄人は酒を注いで差し出して。
 そしてすこし立てば。
「……私って、何故……不器用なのでしょう……?」
「そんなことないですよ、師匠」
 いつのまにか、立場の逆転した2人であった。
 師匠と弟子の距離感もまた様々なようである。

 そして親しい仲だからこその距離感がある。夜も更ければ距離も近くなろうというわけで。
「あの娘は都合がわるくてこられなかったのは残念だが……まぁ今は我らで楽しもうか、なあイライザ?」
「ん、そうだ、ね……」
 ネオン・L・メサイア(ia8051)の膝に抱かれてはにかむイライザ・ウルフスタン(ic0025)。
 2人は客室に運ばれた料理に食べているのだが、その様は本当に仲良しであった。
「ほら、気兼ねはいらん。存分に甘えると良い」
「うん、そうする……ね♪」
 しっかりと体を預けてうっとり応えるイライザ。
 人間不信のイライザだが、ネオンだけは別のようで、それはもうべったりである。
「ふふふ、可愛い奴だな、イライザは。ほら、美味いか?」
「ん、美味しい……今度はボクが食べさせてあげる、ね?」
 仲が良いどころでは無いというか……、ネオンがふっとイライザの耳に息を吹きかければ……
「やん……っ、ネオンったらぁ……♪」
 こんな有様である。2人はこれから先をどう過ごすのか、興味は尽きないのだが……それは野暮だろう。
 というわけで、寒い夜でも一緒に居れば暖かいという2人の夜は、まだまだ続くようであった。

(ゼスの奴、ちっと雰囲気変わった気がするな……まぁ言っても否定されそうだがな)
 苦笑とともに夜空を見上げる御凪 縁(ib7863)。
 彼が思うのはゼス=M=ヘロージオ(ib8732)のことであった。
 のんびりと手足を伸ばして、思うその相手。
 恋愛感情には疎いのも承知なのだが、御凪はそのゼスの生真面目で不器用な性格を愛しているのだ。
 一方、とうのゼスはというと。
「癖でさっさと出てきてしまったが……あいつはまだかかるだろうか」
 どうやら女湯とは言え、他人と一緒に風呂に入ることに驚いて飛び出してきたようだ。
 ひとけのない風呂入り口前の広間でぶらりと御凪を待ちながら、ふとゼスは考える。
(俺にこんな感情があることを気づかせてくれた……感謝している、それだけで十分だ)
 着慣れない浴衣を持てあましながら、ふとゼスは視線を落として、
(だからこのまま……友人のままで)
 と思って居ればそこに影が。見上げれば、風呂上がりの御凪が立っていた。
「待たせちまったかな? ……お前、どういう着方してんだよ」
 苦笑とともに御凪が言って手を伸ばす。どうやらゼスの浴衣の乱れを直そうとしているようだ。
 ゼスの鼓動が跳ねあがった。だがそれを気付かれないように隠して身を固くした。
 だが、御凪は帯を直してさらに体を寄せて来る。顔が近付いて、ゼスは眼をそらすのだが、
 ゼスの頬に何かが触れた。
「さ、出来たぜ」
 体を離して御凪は言った。ゼスの頬に軽く口づけたその唇はにっと笑顔を浮べていて。
 だが、そんな御凪をゼスはまともに見れなかった。
 ただ小さく絞り出したのは、
「……少しだけ……考えさせてくれ」
 それだけだった。しかしゼスの手は固まったように御凪の腕を掴んでいて。
 それを見て御凪は小さく笑みを浮べたまま、彼女の手を引いて遅めの夕食に向かうのだった。
 これもまた2人の距離感だ。

 そして友達としての距離感も大事だ。
「ふむ、沐浴……という訳でもないのだね。そのままで入るのか?」
「そのまま? そんなわけなかろう。湯帷子を着るんじゃぞ?」
 首を傾げるアルゴラブ(ib8279)に応える華魄 熾火(ib7959)。
 2人は夜半の温泉の前で、天儀の文化を説明していた。
 湯帷子を着て、混浴可能な家族風呂の一つに2人は向かう。
 今回は、怪我を癒すために華魄がアルゴラブを誘った形のようだ。
 温泉に浸かる2人。するとやはり目につくのは怪我をした華魄の傷跡だ。
「ほとんど傷は癒えたしこの調子であれば、さても傷は残るまい」
「……でも友としては、やはりその傷ついた姿は喜ばしくないね」
「そうか。ならば……次からはそなたに心配をかけぬようには留意しておくとしよう」
 すこししょげた様子の華魄であった。
 そして2人は温泉を切り上げて、料理を食べ部屋へ。
 しんしんと静かな夜。そこでアルゴラブは書物を広げた。
 それを興味深そうに眺める華魄。
「興味、あるのかな?」
「うむ、私も、知りたいのう……好奇心は……私をも殺してしまう」
「ふむ、死んで貰っては困る。その好奇心は解消してあげよう」
 そういうわけで、2人は壁を背に腰掛け、本をアルゴラブが読み聞かせるのだった。
 そして時間が過ぎて、ふと気付くと華魄は寝ていた。
 そんな友の姿に小さく笑ったアルゴラブは、
「やれやれ、本当に困った子だね」
 そう笑いながら彼女を布団に運んでやるのだった。
 アルゴラブにとって、華魄はどうやらまだ大きな子供扱いのようだ。
 そんな距離感もまた心地良いからこそ、華魄は友の肩で寝てしまったのかも知れない。

 そしてまたちょっと違う距離感もあった。
「紗々良は、もう休んだのか?」
「ええ、しっかりのぼせてたみたいだし、先に寝かせたわ……ゆた、ちょっと付き合ってよ」
 由他郎に笑いかける黎阿に由他郎は頷いて。
 この2人の距離感は夫婦の距離だ。そっと寄り添い酒を飲む2人。
 由他郎はあまり飲まず、美味しそうに飲む妻の酌をするのだが、
「それにしても、君は……本当に、いつも美味そうに飲む」
「そうかしら?」
 そういって笑いあう2人。
 そして、その幸せそうな2人の背中をこっそり薄めで見つめるのは妹の紗々良だった。
「……ごめんね。ありが、とう……」
 幸せそうな空気の中、そこに自分が含まれていることをしっかりと紗々良は感じて。
 そしてそのまま彼女はそっと眠りに落ちて。夫婦はその長閑な時間を楽しむのだった。
 これもまた幸せな距離感である。


 そして日は変わる。長く逗留する物も居れば去る者も。
「……朝ご飯ですか?」
「うん、お蕎麦やうどんも美味しいって聞いたし、鴨蕎麦ひとつ」
 華表は斑鳩の注文に目を白黒させたり。
 そして温泉では。
「やっと一息つけるね……はう」
「……霞澄様、お疲れ様でした」
「あれ? 霞澄も来てたの?」
 霞澄と麗霞は、知り合いの真名にあって吃驚してみたり。
 そして外はもう賑わっていた。
「さあさ! 怪我には温泉が一番だよ!」
 今日もまた仁八の呼び込みの声が響いて。
 そして、温泉一つでは。
「本当に、言いお湯ですね。気持ちいいです」
『えへへ〜、ぽかぽかです〜』
 そういって温泉に浸かっているのは緋乃宮 白月(ib9855)だ。
 隣で一緒に温泉に入っているのは羽妖精の姫翠。
「希儀は大変でしたけど、大勢の方と共に行動出来たりと貴重な経験が出来ましたね」
『むぅ、マスターはもっと自分を大切にしてくださいっ』
「うん、心配書けてごめんね」
 くしゃくしゃと羽妖精の髪を撫でてあげる緋乃宮。そして二人は宿を後にするようで。
「む? えっと緋乃宮殿と姫翠殿だったな! もうお帰りか?」
 入り口で二人を見送るのは領主の雪之丞。その後ろには受付のからくり、笑喝も。
「ええ、葉山さん、ありがとうございました。おかげでゆっくり休めました」
『ありがとうございましたっ! 温泉、とっても気持ちよかったですっ』
 そう褒められて、雪之丞も嬉しそうに笑顔を浮べ。
「うむ、気に入って貰えたのなら重畳! ……またのお越しをお待ちしておるぞ!」
 そんな雪之丞に見送られ、開拓者たちはまた日常へと戻っていくのだった。