芸達者求む!
マスター名:雪端為成
シナリオ形態: イベント
相棒
難易度: 普通
参加人数: 19人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2012/11/29 19:22



■オープニング本文

 武天にある芳野という街はお祭り好きな街である。
 だが、賑やかな祭には、それを金の稼ぎどころとみて寄ってくる悪い輩も居るものだ。
 この秋の行楽日和、芳野の街に興業を出している旅芸人一座が居た。
 軽業に怪力自慢、手妻(手品)や大道芸、曲芸に歌や踊りに楽器の演奏。
 だが、この芸人一座はちょっとタチが悪かった。

「さあさあ、お代は見てからで結構だよ!」
 とはいうものの、道行く人を強引につかまえては、見たら金を払えと脅してみたり。
 他の芸人を力尽くで排除したり、とかくもめ事が多いらしい。
 そして、悪評を聞いた芳野の廻り方がやってきても、旅芸人らしく行方をくらますようだ。
 つまり、どこからどう見ても悪い手段で銭を稼ぐタチの悪い芸人一座なのである。

 これを排除しようと動いたのは芳野の顔役、住倉月孤という名の老人であった。
「粋じゃ無いねえ……芸で身を立てるなら、仁義ぐらいきっちり守って貰いたいもんだがね」
 やれやれと肩をすくめる月孤老人。
 そんな彼が提案したのは、こんな作戦だ。
 開拓者が芸達者に扮して、この迷惑芸人一座のすぐ隣で興行を打つのだ。
 つまり、芸と芸で競い合う真っ向勝負でケンカを売ろうというわけで。
「聞けば開拓者の方々にゃ芸達者も多いってぇ話だ。ならば一つ助けて貰うじゃねえか」
 にやりと笑う月孤老人。そんなわけで、依頼がギルドへともたらされるのであった。

 さて、どうする?


■参加者一覧
/ 静雪 蒼(ia0219) / 羅喉丸(ia0347) / 静雪・奏(ia1042) / 倉城 紬(ia5229) / リエット・ネーヴ(ia8814) / シルフィリア・オーク(ib0350) / 門・銀姫(ib0465) / 燕 一華(ib0718) / アムルタート(ib6632) / 巌 技藝(ib8056) / 朱宇子(ib9060) / ラビ(ib9134) / 爻鬼(ib9319) / 音羽屋 烏水(ib9423) / ナシート(ib9534) / 香(ib9539) / フランベルジェ=カペラ(ib9601) / ファラリカ=カペラ(ib9602) / 松戸 暗(ic0068


■リプレイ本文


 芸を見るというのは、一種の非日常である。
 歌舞音曲に、様々な芸、摩訶不思議な技に口上や演技。
 普段は接する事の無い芸を見て、それに心を奪われる体験は、まさしく日常とは違う特殊な世界だ。
 そしてそうした芸を提供することで、客を惹きつけるのが芸人の使命なのである。
「相手にただ見せる奴は論外! 見たい人を夢中にさせて1人前!」
 矜持を語るのはアムルタート(ib6632)。
 彼女の居る場所は、すでに縄を張り場所を確保してある空き地だ。
 どうやら開拓者たちはその場所でまとまって興業をうつようで、準備はすでに出来ている。
 そして、その場所というのが、問題になっている迷惑な芸人一座の真っ正面であった。
 大きな通りを挟んだ空き地に、二つの芸人一座の舞台が向き合う形になったようだ。
「……そして、見るつもりがなかった人を夢中にさせて超一流! それが我が家のモットーよ」
 にっと大きく微笑んで、アムルタートは仲間たちの振り向くのだった。
 ずらりと居並ぶ開拓者たち。その誰もが皆、腕に覚えあり。
 開拓者は、戦闘だけが得意な武骨者ばかりなのか? いや、開拓者とは様々な異能に長けた集団である。
 その技を披露してやろうと、開拓者たちは皆意気揚々と、早朝から待ち構えているのだった。
 そして、唐突に現れたこの新たな開拓者たちの芸人一座に、道の向こうの芸人一行も不思議な顔だ。
 だが、すぐに彼らの顔は曇る事になるだろう。
 今回の依頼の目的は、眼前にいる性根の腐った芸人一座をたたきのめす事だ。
 しかも武力では無く、正々堂々と芸によって。
 相手の土俵に乗り込んで、真っ向勝負で鼻っ柱をへし折ろうというわけで。
 開拓者らには一切の油断も無く、あるのは我が身が修めた芸への自負と、その業への確かな自信だ。
「さぁ、夢中にさせちゃうからね♪」
 アムルタートの言葉にのせて、いよいよ開拓者による旅芸人一座が動き出すのだった。

 商業の街である芳野は同時に観光の街である。
 郊外には六色の谷という景勝地があり、交通の要衝。交通の便は良く店も発達しているわけで。
 そんな芳野には、この季節も大勢のお客が来ているようであった。
 観光旅行や商売がてらと様々な客がいるのだが、早朝からそんな客たちがこの大通りを往来して。
 そこに声を飛ばす二つの芸人一座。
 ここで興業を打ち始めてから数日目の悪徳一座はすでに慣れた物だ。
 人気の歌舞音曲に派手な口上ですでにここ数日、なんどか見に来たお客たちを惹きつけているようだ。
 では、開拓者たちはというと……、
「さあさあ、インヒ・ムンの語りが聞きたければ、ここに寄っておいでだよね〜♪」
 べべんと平家琵琶をかき鳴らす男装の麗人、門・銀姫(ib0465)の弾き語りがまず始まった。
 道行く人々は、その声にちょっと気を引かれる。
 だが、賑やかな悪徳一座に比べて、1人での弾き語りは地味だ。
 これでは客は集まらないのでは……しかしその心配はいらなかった。
「さぁ、これから語るのは開拓者の物語! 始まりさあ〜♪」
 芳野は開拓者に縁のある土地だ。祭や温泉宿では開拓者の姿も多く見られるらしい。
 だが、開拓者は単なる便利屋では無い。
 未知なる土地を開拓し、さらにはアヤカシと闘う戦士たちでもあるのだ。
 そして開拓者たちの最近の働きは、まるで絵巻物の物語のようである。
 理穴の大アヤカシ退治に始まり、アル=カマルや最近では希儀という新たな儀へと進出したという。
 そんな話が、開拓者の1人であるムンから語られるとあれば興味を示す人被いようで。
「では、お次はボクが希儀で体験した話をするんだね〜♪」
 どうやらつかみは上々。ならばお次は派手に行こう。
「よっし、ほなら、次はうちらやで! 奏兄ぃとご一緒やぇ〜」
 ぴょんと飛び出たのは静雪 蒼(ia0219)、動きに合せてその青い髪が風になびいて目を引いて。
 その後ろにすっと控えるのは彼女の兄、静雪・奏(ia1042)だ。
 ちらりと視線を向ける妹に小さく頷く兄の奏。
「蒼、大丈夫かい?」
 そんな問いににっこりと妹の蒼は微笑んで頷けば、奏は龍笛を口に当て高らかに奏で始めるのだった。
 舞と音楽、その要は呼吸だ。
 どこで動きどこで止まるか、その動きに音楽が合わさり、全身を使った舞は芸術へと昇華されるのだ。
 だが、音楽と舞の呼吸が合わねば、それは単なる音と動きでしかないのだが……。
 そんな心配はこの2人にはいらないようだ。
 生まれたときからずっと一緒だという奏、妹の呼吸からクセまで、その全てが手に取るように分かるわけで。
 素朴ながらも力強く響く龍笛の音。その調べに合せて、蒼は軽やかに舞うのだった。
 そこに飛び入りがすっと現れた。
 舞台代わりの広場の端でぺこりとお辞儀をしたのは倉城 紬(ia5229)。
 彼女は扇を手に、蒼と合せて神楽舞を披露するのだった。
 まるで示し合わせたかのように、時に揃い、ときに緩急を付ける2人の舞。
 ゆっくりと、しかし楽しげに舞う2人に、思わず観客はうっとりと見惚れるのだった。
 だが、そこにさらなる飛び入り参加が。
「蒼ねー、紬ねー! 私も混ぜさせて貰うじぇ!」
 くるくるととんぼをきりながらやってくる小さな影。
 しかもなんと、奏の上ををくるくる飛び越えてきたのはリエット・ネーヴ(ia8814)だ。
 彼女の口にはなぜか風車。どうやら薔薇を加えた異国の踊り子を模しているようだ。
 すたっと着地してだだんと地面を踏みしめるリエット。
 すると、蒼と紬の2人もだだんと地面を踏みしめて、緩やかな神楽舞から一転、激しい踊りだ。
 どうやらこれはアル=カマル風のステップ。緩急激しく舞われるその動きは美しくも妖艶で。
 いつのまにやら楽の音も増えていた。
 龍笛を奏でる奏の傍らには、楽士としてアルカマルの楽器を掲げた仲間たち。
 いよいよ音楽も盛り上がり踊りも最高潮、その瞬間リエットが力一杯地面を蹴れば。
 どん、と彼女らの後ろに大きな水柱が。
 これには客たちも大きな歓声を上げて、驚き笑い喝采する。
 きらきらと、秋の日差しの中できらめく水柱、これはリエットの忍術・水遁によるものだ。
 緩やかな神楽舞から激しい踊りと大きな驚きを産んだようで
 どうやら早々に開拓者たちは、客の心を掴む事に成功したようだった。

 見事な舞と音楽に、鳴り止まぬ拍手が続いている中で、舞台の上は交代。
 進み出たのは、奏の補佐をしてアルカマル風の音楽を奏でていた楽団役の数人であった。
「さあさあ、開拓衆『飛燕』が演舞、これより開幕じゃ!」
 高らかに宣言したのは黒い翼も凛々しい獣人の少年、音羽屋 烏水(ib9423)だ。
 開拓集『飛燕』といえば、先程ムンの物語にも出てきたなと、客の数人が気付いたようだ。
 たしか、危険な探索行の中で大いに活躍し、その名を希儀に刻みつけた一党だとかで。
「烏水、ラビ。ナシートっ。笑顔の華を満開にしちゃいましょうっ」
 烏水に続いて出てきたのは燕 一華(ib0718)。
 手には見事な薙刀を一振り、おお次は剣劇が見られるのかと大いに観客たちが湧いて。
 楽器を構える烏水、そのまえで武器を手にする燕に相対したのは鷲の翼の少年だ。
 魔槍砲を手に、進み出たナシート(ib9534)、かれはにっと笑うと燕と向き合って構えた。
 奇しくも、長柄の得物を手にした少年が二人。
 だが、長物と言えば古来より膂力の豪傑が使う武器だ。果たしてあんな少年に演舞ができるのだろうか?
 そんな思いで、場を見つめる多くの観衆たち。
 そこに進み出て、声を上げたのは開拓衆『飛燕』の最後の一人、ラビ(ib9134)だった。
「……燕一座の演舞、始まりますよっ!」
 その声と共に、べべんと響く元気な三味線は烏水だ。其れに合せて燕とナシートが動く!
 薙刀と魔槍砲、それが小柄な体躯全身を使って振り切られがちんとかみ合って、離れる。
 ナシートの鋭い薙ぎ払いをひらりと飛び越えれば、燕の返す一撃は唐竹割りの一撃だ。
「お、そうくるかっ。じゃあ、今度はこっちだ!」
 それをナシートは魔槍砲の柄で受け流し、そのままなんと燕の薙刀を足場にひらりと飛び上がる!
 ばっと鷲の翼が広がって、そのまま鋭い突き、しかしそれを笑いながらひらりと燕は躱して……。
 ここでやっと、観客は呼吸も忘れて見入っていた事に思い出したようで、どっと拍手が巻き起こった。
 小柄な体も何のその、大きな武器を縦横に古い見事に闘う少年二人。
 さすがは開拓者だと大いに盛り上がっていて……そこではっとラビが気が付いた!
 この盛り上がり、今こそさらにお客を呼ぶための好機だ。
「っ! さあ、燕一座の演舞、とくとご覧じろ! 遠からんものは音に聞け、近くば寄って目にも見よ!」
 まずは口上を一つ高らかに叫べば、べべんと烏水の三味線が響き。さらにラビは夜光虫で彩り追加!
 ラビの一世一代の演説を交えつつ、ますます派手な演舞が始まり、道行く人も足を止めて。
 こうして見事な剣舞が観客の心を捕らえ、いよいよその数はふくれあがっていくのだった。

 賑やかで華やかな歌と踊りを見て、ため息をついて。
 その次は、血湧き肉躍る剣劇に手に汗握り、大興奮。
 となれば、つぎはまた違う種類の物が見たくなると言うのが人情だ。
 ここは一つ、ちょっとどきどき、ひやりとするような鋭い芸が見たい。
 そんな客の気持ちに応えたのは、
「今更、緊張してきちゃった……ううん、し、しっかりしないと!」
 ぺしぺしと自分の頬を叩いて、なんとか緊張を解そうとしている朱宇子(ib9060)と、
「……大丈夫か? なに、場は十分暖まっているしな、心配はいらないさ」
 にっと微笑む修羅の青年、爻鬼(ib9319)だ。
 ずるずると二人が引き出してきたのは、おどろおどろしい絵が描かれた的だ。
 それだけで、会場はおおとどよめく。大道芸でこうした的当ての芸というのはいつの世も人気なのだ。
 だが、単なる芸では場を賑やかすだけで終わるだろう。
 ならば、と二人が考えたのは……。
「では、参ります……」
 ととんと踏み出した朱宇子、彼女がゆるゆると踊り出せば、其れに合せて爻鬼が飛び上がる。
 高く跳躍した爻鬼は、手裏剣を投擲。それが周囲の的を的確に射貫く。
 だが、それだけでは終わらない。朱宇子の舞が音楽に合わせて加速すれば、それに合せて爻鬼も加速。
 最初は同時に手裏剣二つ、それがいつの間にやら手裏剣三つ。
 矢継ぎ早に、的を射貫く手裏剣の数は増えて、とうとうその数同時に四つ。
 あまりの早業に、とうとう目がついていかなくなりそうになった次の的。
 ひときわ大きなアヤカシの柄、その眼前に朱宇子。
 まるでアヤカシに姫君が囚われてしまったかのような構図だ。それに相対する爻鬼。
 ふわりと朱宇子が舞うと、アヤカシの的が氷の花弁を纏った。おおと歓声が。
 だが、それに対して爻鬼は印を結んで手裏剣を構える。すると手裏剣の廻りに雷光が走り、さらに歓声。
 瞬間、気合いと共に爻鬼の手裏剣が放たれ、パキンと涼しげな音と共に氷の花弁を砕いて的の命中!
 緩急交えた、美しい手裏剣投げの妙技はこれにて終了。
 こんな芸は初めて見たと大いに賑わうのだった。
「……う、上手くできて良かった」
 そして舞台裏。朱宇子は緊張のあまりか、足が震えて思わずへたりこみそうになって。
 だが、そんな彼女の手を取ってそっと支えつつ、頭をくしゃりと撫でたのは相方だった爻鬼だ。
「思って居たよりもずっと盛り上がって良かった……よく頑張ったな」
「あ、あ、ありがとう、ございます……!」
 朱宇子は、舞台で見せていた笑顔よりもよりいっそう顔を輝かせて、礼を述べるのだった。


 さて、面白くないのは道の向かいの悪徳一座だ。
 歌舞音曲を奏でれば、開拓者の真新しい音楽と踊りが一枚上手。
 ならばと悪徳一座が考えたのは、少々派手な芸で客を取り戻そうと言うものだった。
 ただ派手なだけでは無い。少々刺激が強い方が良いだろう。
 で、こういう悪賢いあつらが何を考えるかというと、それは暴力と色気に訴えるというわけだ。
 人を的にして危険な手裏剣投げをしてみたり。
 もしくは肌もあらわな衣装で舞をしてみると行った所だろう。
 時刻は夕暮れ時だ。そろそろお客は大人が中心になってくるだろう。
 丁度良いと悪徳一座が準備をすれば、どうやら開拓者たちも演目を変えるようだ。
 それまでは、開拓者の演目は巫女たちの舞だったようだ。
 午前中は水を使った涼しげな舞を踊った3人の少女、蒼に紬にリエットが今度は火の舞をしているよう。
 中心には蒼だ。彼女が火種を使って、小さな炎を操って、夕暮れ時に舞えばそれもなかなかに美しく。
 開拓者の方が未だに盛り上がっているようだ。

 歯がみして悪徳一座の面々は、次の演目で取り返してやると勢い込んだ。
 それは危険と隣り合わせの危ない手裏剣投げ。
 だが、それもまた開拓者の予想の範囲内だった。
 夕日が沈み、暗くなってくる芳野の街で、灯りに照らされた舞台に進み出たのは松戸 暗(ic0068)。
 彼女の手には手裏剣が。それが灯りの中でぼんやりと浮かび上がる。
 無言の暗。その前には、頭上と両手にリンゴをのせた羅喉丸(ia0347)がいた。
 観客たちは息を呑む。あのリンゴは的なのだ。
 ならば、あのまだ若い女性開拓者はそれを狙って手裏剣を投げるのだろう。
 一つ間違えば、大惨事すら起こりうる。だが恐怖と緊張が興奮を生み出すのもまた事実だ。
 そして、観客が固唾を呑む中、暗は手裏剣を投擲。
 それは見事右手の上のリンゴを射貫く。次は左手の上、これもまた命中。
 最後は頭上、これは絶対に失敗は出来ない。
 だが、なんと暗は後ろを向いて、的の羅喉丸を見向きもせずに投擲! 思わず上がる悲鳴。
 しかし手裏剣は無事に頭上のりんごを射貫いて、一瞬の間の後、拍手喝采が巻き起こるのだった。

 これには道向かいの悪徳一座、あんぐりと口を開けて見守るしか無かった。
 やろうとしていた事がまるまる被ってしまった。しかも技術は開拓者が一段上。
 そんな状況では、同じ芸をやるわけにはいかないだろう。
 だが、そうしてやきもきしていれば、開拓者側はさらに凄い芸へと移っていくのだった。

 進み出たのは手裏剣の的を支えていた羅喉丸だ。
 その傍らにはお手伝いなのか人妖が一人。その珍しさで小さな歓声があがる。
 だが、人妖への歓声はすぐに消えた。
 なぜなら、観客たちは羅喉丸の見せた技に、誰しもが度肝を抜かれたからである。
 見るからに優れた武芸者然とした羅喉丸。見た目通り彼は演舞を見せるようだ。
 まずは簡単な試し割り。痛や瓦、果ては丸太や石が羅喉丸の拳で粉砕されていく。
 だがここまでは普通の芸人にも出来るだろう。
 次なる芸は、空中に投げ上げられた板を砕くという芸だった。
 一見すれば簡単だ。だが、実際空中に支えも無く放り投げられた板を貫くのは並大抵の技量では無理。
 十分な威力と鋭さが無ければ、板は打たれたままに弾かれてしまうだろう。
 それをさせない速度で、強烈な一撃を打ち込むことが出来る羅喉丸だからこそ出来る芸であった。
 しかし、それでは終わらない。
 羅喉丸の相棒、人妖の蓮華がまず二つ投げたのは遠く離れた二枚の板。
 だが、それを瞬脚で一瞬に移動して砕く羅喉丸。あまりの早業に大きな歓声が。
 さらに最後にはもっと凄い技が。すっと進み出た仲間の開拓者が6人、それぞれ手には板が。
 その合計12枚の板が一斉に空中に放り投げられた。
 羅喉丸が繰り出したのは泰拳士の妙技、泰練気法・弐だ。一瞬で三打。それを羅喉丸は一息で4回。
 つまり一呼吸の間になんと一二の打撃が繰り出されたのだ。
 打撃の音は一つだけにしか聞こえないほど速く、そして手は霞むほどに鋭かった。
 一瞬で砕かれた一二の板は、ばらばらと音を立てて周囲にふってきて。
 こうして、誰にも真似の出来ないような芸を披露した羅喉丸は大きな歓声に包まれて。
 これにはさすがに悪徳一座も度肝を抜かれるのだった。

 となれば最後は色気に訴えるのが残された起死回生の策だ。
 だが、そこでも開拓者の方が一枚上手だった。
 進み出たのはシルフィリア・オーク(ib0350)と巌 技藝(ib8056)だ。
 後ろには楽団。どうやら舞を踊るようなのだが、目を引くのはシルフィリアの衣装。
 それは、理穴のとある場所で伝統的な祈りの舞、樹理穴という踊りのための衣装らしい。
 つまり、体の線をぴったりと浮き上がらせるほど薄く、短い衣装というわけだ。
 相対する技藝もまた人目を惹く容姿の女性だ。
 女神の薄衣に異国の履き物ハイヒール姿。こちらも体の線が目立つ衣装に大人の色気。
 つまり、この二人の演目がまたしても、悪徳一座の演目をつぶしたというわけで。
 そして、二人はいよいよ本番。だが、踊りなのだろうかと期待した客たち。
 もちろん、ほとんどが男性客だが、彼らは度肝を抜かれる事となる。
「さ、行くわよ技藝」
「ええ、天上の舞姫たちの舞、とくと見せて上げようじゃない!」
 そして技藝が構えたのは棍、シルフィリアが構えたのは剣。
 なんと、肌もあらわな衣装で二人がはじめたのは演舞だった。舞は舞でも武の舞である。
 鮮やかに、そして艶やかに動き回る二人を楽の音が飾り立てた。
 その中で切り結び、跳びはね、紙一重で躱し、また受け止める。
 そして演舞の迫力のまま二人は、樹理穴踊りを披露して。
 妖艶な二人の舞は、夜の芳野の一角で大いに盛り上がったようで。
 こうして開拓者は圧倒的に差を付けて、悪徳一座の眼前で興業を続けるのだった。


 しびれを切らす悪徳一座。
 なにかいちゃもんを付けようとこっそりお客に混じってみるが、どうにもこうにも監視が厳しい。
 腕利きの開拓者たちが周囲を固めているわけで、さすがにそんな状況では悪事も出来ないようだ。
 もし、監視が居なければ、ちょっとした事件でも起こしていたに違いない。
 だがそれも出来ないとなれば、時折ヤジを飛ばすぐらいが関の山だ。
 しかしもう不動の人気を得た開拓者たちの一座。
 今日の一番最初の演目は、鞭を小道具に使ったアムルタートの舞のようで。
 神楽舞の本職が巫女ならば、アル=カマルの舞は彼女らジプシーが本職だ。
 アムルタートには見事な黄金の鎖鞭。彼女はそれを小道具に、躍動的な舞を舞うのだった。
 秋の空に響く異国の音楽と異郷の姫君が踊る華やかな舞。
 アムルタートの脇で、その舞を手伝うのは同じくアルカマル出身の3人だった。
「丁度よい客がおるようやで、折角や。うちらも手伝おうか」
 ひらりひらいと舞いはじめたのは、中性的な舞手は香(ib9539)。
 そして香の目配せに合せて踊り始めたのはフランベルジェ=カペラ(ib9601)だ。
 アムルタートの舞に合せて、ひらりひらりと魅力的な舞を踊る二人の舞手。
 その後ろで演奏をこなしているのはフランベルジュの弟、ファラリカ=カペラ(ib9602)だ。
 ひときわ高く音色が響き、舞は終了。
 そして次々飛んでくるおひねりを、なんとアムルタートはひょいっと鞭で受け止めて。
「わお♪ ありがとね!」
 大きく手を振って歓声に応え、そして舞台裏に去って行くのだった。
 だが舞台を離れる際に彼女はちらりと残る3人に目配せして、小さく頼んだわねとウィンク一つ。
 残ったのは香とフランベルジュ、そしてファラリカの3人で。
 さて、3人は何をするのか? それは、ちょっとした余興だ。
 見たところ、悪徳一座はもう限界でそろそろ強硬手段に及ぶだろう。
 それが起きてしまえば、こちらにとっても良い事は無い。
 となれば、用意周到に待ち構え、こちらから仕掛けてしまえば……というわけで。
「さ、それじゃはじめようかしら! ファラ、しっかりね」
「え、えと……頑張りますっ……」
 姉のフランベルジュに励まされて、弟のファラリカは、演目の音楽を奏で始めるのだった。

「ふふ、お兄さん。何だか不幸せって顔ね?」
 踊り始めたフランベルジュ、彼女が声をかけたのはなんと客席の中の一人。
 それは、顔を隠しては居るのだが、良く見れば向かいの悪徳一座の一員だ。
 それに周囲の客も気付いたのだろう。なんだなんだとどよめきが広がる。
 だが、それに構わずフランベルジュと香は次々にこっそり入り込んでいた商売敵をつかまえて。
 さすがのこれには商売敵の悪徳一座も大いに困っているようだ。
 中にはそそくさと逃げ出そうとする者も多いのだが、
「エェのん、此の侭負けっぱなしで」
 にぃと意地悪くも笑顔を香が言えば、フランベルジュも、
「そうよ、やられっぱなしなんて、勿体無い……折角だから、貴方の踊り、見せて?」
「目には目を、歯には歯を、芸には芸を、やで」
 そう二人が舞台に上げた商売敵の踊り子たちに対してしれっと言うのだった。

 こう挑発されてはかなわない。しかも香とフランベルジュはすでに舞い始めた。
 そうなれば、仕方無しと悪徳一座の舞手たちも舞をはじめるのだが、それだけでは終わらないようだ。
 観客たちは新たな趣向だ、なかなかに盛り上がっている。
 ならばこれを良い機会と、開拓者たちを妨害してやれば良いじゃないか。
 そんな悪巧みを胸に、じわじわと舞手らは動き始めた。
 足を引っかけるか、それとも体をぶつけるか、それとも服を剥いでやろうか。
 そんな悪意と一緒にじわりと動く悪徳一座。
 だが、それこそが開拓者たちの狙っていた事だった。
 音楽を奏でていたファラは、敵の動きに気付いて、狙いを定めた。
 演目は佳境だ、ここで邪魔されるわけにも行かないし、敵のすきにさせるわけにも行かない。
 そこで、ファラが放ったのはスプラッタノイズ!
 姉のフランに近付いて、衣装を破ってしまおうと踊りに交えて手を伸ばしかけた舞手の一つにその音が命中!
 もちろん、他の誰にもそれは気付かなかった。
 スプラッタノイズは指向性の雑音で心をかき乱す技だ。そしてその効き目はてきめん。
 悪徳一座の舞手は、ぐわんと頭を揺さぶられるような雑音で大いに混乱し、伸ばした手はなんと他の舞手。
 同じ悪徳一座の別の舞手の衣装をひっつかみ、二人まとめてすてんとひっくり返ってしまったのだ。
「だ、大丈夫ですかっ……!」
 思わず涙目でファラがそういうが、ばたばたと無様に転がってしまった舞手たちはさんざんな様子で。
 踊り比べの最中のこの失態、笑いと歓声が巻き起こり、悪徳一座の面目は丸つぶれだ。
「て、てめぇらなにかしやがったな!!」
 そこにやってきていたのは悪徳一座の座長たちのようだ。
 どうやら、ここ数日完全に負けっぱなしの上、こんな失態で蕩々と堪忍袋がぷっちんしたようで。
「どうせ、おかしな技でも使ったんだろう!」
「まあ! そんな剣呑な事は言わずに踊りましょう? 皆に、楽しんでもらわないとね?」
 だが、まったく取り合わない開拓者たち。艶然と微笑んだフランベルジュにそう言われては言い返せず。
「……ちくしょう、馬鹿にしやがって! やっちまえ!!」
 そういって悪徳一座は号令一下、部下たちを仕向けて舞台を台無しにしようとする!
 ……だが、これすらも全ては開拓者の予想の上だった。


 どよめきと歓声、ケンカか? いや内輪もめ? 商売敵が殴り込み? と話が錯綜大混乱。
 だが、そのなかで凛と響くのは開拓者たちの楽の音だった。
 演奏を続けるファラの竪琴の響き、勇壮な剣の舞の響きは終わっていなかった。
 そこにふわりと龍笛の音色を合せる静雪兄妹の兄、奏。
 彼が奏でれば、舞台の上にはいつの間にか妹の蒼とその友達の紬が。
「……えと。争うならば、己の芸を磨くことに向けた方が芸事を生業とする者らしい、と思います」
 紬はぽつりとそんなことをこぼして舞を続行。
 観客には、まだ舞が続いているところを見ると、これも予定のうちなのかと混乱が静まって。
 だが、それでも収まらない悪徳一座、もうどうにでもなれと暴力に訴えようとするのだが。
「僕の歌……違った、顔をみろぉ〜♪」
 ぴょんと飛び出たリエット。手にはなぜだか「笑顔は天儀を救う」の看板が。
 まるで挑発するようにぴょんぴょん跳ねながら、掴みかかってくる悪徳一座のごろつきをひらりと回避。
 にわかに始まった大捕物の大活劇。わぁっと歓声が広がって。
 だが相手も本気だ、演舞用とはいえ当たれば痛い武器すら持ちだして開拓者に迫る。
 そこで飛び出た新手は開拓衆『飛燕』だ。
「演舞では負けませんよ〜!」
 燕は薙刀、ナシートは魔槍砲を手に、丁々発止の活劇を披露。
 まるで示し合わせたかのように悠々と相手を翻弄しつづけ、それに烏水とラビが音楽と喝采で盛り上げる。
「はーい、危ないですから下がってくださいねっ」
「おう、がきんちょども、ちょっと離れてな」
 子供や客を避難誘導するのは朱宇子に爻鬼。どんどん増えていく悪徳一座に敢えて場所を与えて場を作る。
 みればいつの間にか舞台の上で舞が舞われ、その前では悪徳一座と開拓者の戦いの構図だ。
 ぐるりとそれを囲む観客たちは、これも新手の趣向だと盛り上がり、ますます敵は怒髪天。
 とうとう手裏剣投げのための刃物すら持ち出してそれを舞台の上の舞手に投擲。
 しかし、その手裏剣の雨あられは、全て空中でたたき落とされ大歓声!
「お、飛び入りだね? 望むところだよ!」
 舞台の上で、舞手に加わったのはアムルタートたちだ。
 彼女は鞭の妨害の飛び道具を弾き落として舞台を守り切る。
 さらに別の手裏剣が手裏剣を打ち落とす。投げたのは松戸だ。
 ひらりと飛び出たシノビの彼女は、軽業師顔負けの体術でひらりひらりと手裏剣を集めて軽業を披露。
 そこに加わる技芸とシルフィリア、二人は羽扇を手に舞に加わりながらも、ナイフを避けたり受け止めたり!
 まさに総出演の大舞台といった様子に、観客たちは最高潮だ。
「ち、直接舞台にあがって壊しちまえ!」
 敵の座長が叫べば、のしのしと舞台に迫る力自慢の芸人が1人。
 容貌魁偉な大男が舞台に迫る、だがその前に立ちはだかったのは羅喉丸だ。
 羅喉丸も消して小さくは無い、だが大男は優に頭二つは大きいだろう。
「……第二幕は行いたくなかったのだがな。まあ良い、では力自慢殿。力比べと行こうじゃ無いか」
 ちょいちょいと手招きして誘う羅喉丸にがっしと組み合う大男。
 手四つで組み合いぎりぎりと力比べをするのだが、なんと力負けしたのは大男だ。
「ふふん、他愛も無い……妾も手伝ってやろうぞ」
 力負けして膝をついた大男を見下して、ぴょんと飛び出たのは羅喉丸の相棒、人妖の蓮華だ。
 彼女がひらりと飛び上がると、綺麗な蹴りをアゴ先に一閃。かくんと崩れる大男。
 そしていつの間にやら周囲の妨害者たちも皆、開拓者たちが伸してしまっていたようで。
 全員昏倒させられ死屍累々。もちろん血なまぐさいことは怒らずに、目を回していたり気絶していたり。
 そして残りは座長ただ1人だ。
 逃げも出来ず、かといってなにもできない座長だが、そこにすっと香が歩み寄って。
「……なんや、もう終わりなん? 最後まで踊りんしゃい」
 そう声をかけて、くるくると座長を巻き込んでの踊りをはじめるのだった。
 どっとわき起こる笑いと大きな歓声。
「さあ! これにて大捕物も見事終了! またのごひいきを〜♪」
「ぁ、ありがとうございましたっ!!」
 ムンは言葉に吟遊詩人の妙技、口笛を添えて場を落ち着けて。
 そこにラビが応えて、最後に空に向かって氷龍を放ち、他の開拓者たちも大技で応え大団円!
 万雷の拍手と共に、開拓者たちの一座はその舞台を終えるのだった。

 ちなみに、完全に自信を喪失した悪徳一座はきっちりお縄についたようで、大人しいものだとか。
 だが無事に依頼は解決されたのだが、依頼主の住倉月孤翁は大いに困っていた。
 なんと、あれ以来また開拓者たちの一座の芸が見たいとの評判が多いというのだ。
「ふむぅ、ちとやり過ぎてしまったかのう? ま、いざとなればまた呼ぶとしようか……」
 苦笑しながら、月孤翁は呟くのだった。

 これにて、一座の芸は全て終了。秋の芳野に楽しい思い出を残し開拓者たちは去るのだった。
 おそらく、またお呼びがかかる日は近いだろう。