相棒と共に温泉へ
マスター名:雪端為成
シナリオ形態: イベント
相棒
難易度: 普通
参加人数: 12人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2012/11/20 20:01



■オープニング本文

 寒い昨今、恋しくなるのは秋の山の温泉だ。
 そんな開拓者諸氏に朗報。
 武天にある芳野という街、その近くに六色の谷という景勝地がある。
 今の季節は紅葉で賑わうその場所のはずれに、ちょっと変わった温泉がある。
 そこは、相棒と一緒に温泉に入って貰おうという趣向の宿なのだ。
 そのためか、ちょっと距離はあるのだが、だだっ広い敷地は工夫に満ちている。
 宿泊用の個室も相棒歓迎仕様なのだ。それもなんと竜や大型の相棒まで大丈夫。
 竜や大型の相棒用の個室は全体が土間だ。そこに大量の寝藁がしいてある。
 その同じ個室内部に、寝台を持ち込んだり、寝藁の中で一緒に眠ることも可能だ。
 小型の相棒と一緒の開拓者は、普通の個室へ。
 こちらはこぢんまりとした居心地の良い部屋から大部屋まで揃っているようだ。

 さて、こんな宿。実は今回開拓者にお願いがあるらしい。
 なかなかに流行っているようで、今度新館を建てるとか。
 そのために、土地を確保する必要があるとか。
 建築予定の場所は、現在の敷地のさらに後方。現在は雑木林が広がっている。
 そこの木を切り、地面をならして場所を確保して欲しいというのが今回の依頼だ。

 この宿、『竜泉楼』というなかなかに立派な名前があるのだが、実はいまいち有名では無い。
 開拓者中心のため、一般客があまり訪れないという理由もあるのだが、問題は別にあった。
 造りはまずくなく、相棒と共に来られる温泉という着眼点は良いのだが……。
 地味、なのだ。

 小型の相棒と泊まれる人間用の棟と、大型相棒の為の大きな別棟は両方とも飾り気が無い。
 それどころか、宿の看板自体が板に墨でぺらっと書いただけの素っ気ないものなのだ。
 これではまずいと宿の主人は考えて、今回のこの大増築。
 さらに、増築に伴い既存の建物にも装飾を追加して欲しいとのことである。
 看板を派手に、なにか飾りを作る、壁画を描いたり、温泉を飾っても良いだろう。
 それさえこなして貰えれば、期間中宿は泊まり放題、温泉は使い放題だという。
 運動の秋、宿の裏庭をさっぱり綺麗に掃除しよう。
 芸術の秋、今ひとつ地味な宿を思い思いに飾って派手にしよう。
 そして温泉の秋……相棒と一緒にのんびり温泉宿で寛ぐのもいいだろう。

 さて、どうする?


■参加者一覧
/ 羅喉丸(ia0347) / 柚乃(ia0638) / 礼野 真夢紀(ia1144) / からす(ia6525) / 和奏(ia8807) / レヴェリー・ルナクロス(ia9985) / 猫宮 京香(ib0927) / キャメル(ib9028) / 音羽屋 烏水(ib9423) / マストゥーレフ(ib9746) / 緋乃宮 白月(ib9855) / 信貴山 聡英(ib9983


■リプレイ本文

●まずはお仕事、お手伝い
「羅喉丸、せいが出るのお」
 切り株に、ちょこんと腰を下ろした人妖が1人。
 彼女の名前は蓮華、酒の入った小瓢箪を傍らに、足をぷらぷらさせながら、主の働きぶりを見ていた。
 いや、主では無く弟子だ、と蓮華なら言うだろう。
 視線の先には羅喉丸(ia0347)。蓮華は自称、彼の酔拳の師匠だとか。
 眼前には輪切りの丸太が、切り株の上にごろんと置かれている。
「……はっ!」
 気合い一閃、拳をその中央にたたき込む。すると丸太はぱっかり割れて、薪に最適な大きさに。
「おお、見事じゃ」
「修練に丁度良いな……技も重要だが、それを支える体が無ければ無意味だしな」
「うむ、その通りじゃ。強き体にこそ強き技が宿るのじゃ」
 と、蓮華はしみじみ言うのだった。
 そんな2人のところに、輪切りにした丸太を運んできたのは袈裟姿の2人。
 ……いや、1人と1匹だろうか?
「ご主人様もああやって丸太を割ったりしないのですかにゃ?」
「……あれは泰拳士だからこそ出来る妙技だ。それに縦割りにするのと、輪切りにするのではまた違うのだよ」
「そうなのですかにゃ、木を切るのも、なかなか難しい物ですにゃ」
 大きな丸太をいくつも抱えて持ってくる大柄な武僧は信貴山 聡英(ib9983)。
 そして、そのすこし前をてこてこ歩いてくるのは猫又の法林。
 なんとこの真っ白な猫又の法林は、主人お手製の黒い袈裟姿であった。
「羅喉丸殿、今日の分はこれでお終いだ」
「わかった。ではさっさと仕上げることにしよう」
 どっかりと丸太を下ろす聡英、頷いて汗をぬぐいつつ次の作業にかかる羅喉丸。
 その2人の背後で。
 こいこい、と手招きする人妖の蓮華。なんかようですかにゃ? と近付く法林。
 これこれ、と酒入り瓢箪を示す蓮華。それはまずいですにゃ! と笑顔の法林。
 ほれほれ、とお猪口を差し出す蓮華。しかたがないですにゃ♪ と法林が一歩踏み出そうとしたところで。
「……法林、行くぞ」
「にゃ! にゃぁぁぁぁ〜」
 首根っこをひょいと捕まれて連れて行かれ、悲しそうに泣き声……いや鳴き声を上げる法林だった。

 裏庭の整備と伐採は着々と進んでいた。
「はーい、つぎはこれをお願いね−!」
 端っこから順番に、次倒す木を決めて赤紐を結んでいるのは少女と人妖。
 キャメル(ib9028)とその相棒の暁月夜である。
 人妖の暁月夜はとても美しかった。白磁の肌に琥珀の瞳、薄桃から緋色に変化する色合いの綺麗な髪。
 だが、そんな美の結晶のような彼女は、こう呼ばれていた。
「よし、それじゃあぷーちゃん、次の準備をしよう♪」
「………はい、それでは参りましょう」
 ぷーちゃん、である。聞くところによると寝息がぷーだからぷーちゃんだとか。
 微妙に不本意そうなぷーちゃんであった。
 さて、ではこの2人は誰に声を合図をしたのだろう? その相手はこれまた可愛らしい人物だった。
 黒曜の髪、月夜のような青い瞳、小柄な体と相まって可愛さ全開のこの『少年』。
 彼の名はマストゥーレフ(ib9746)だ。
 キャメルが印を付け、その木を聡英や羅喉丸、そして他の仲間たちが切り倒す。
 その後、その木を運び切り株を引っこ抜くのがマストゥレーレフとヘキサの役目だ。
 器用にくるくると縄を巻けば甲龍がその力でよっこいしょと切り株を引っこ抜く。
 さすがは開拓者と行った働きぶりであった。

 そして、切り株が抜かれ荒れた地面をならすのは、1人? の土偶ゴーレムだ。
「頼んだぞ、地衝」
「任せるでござる」
 がっしゃがっしゃと歩く鎧武者型の大きな土偶ゴーレム、地衝。
 彼を指揮しているのはからす(ia6525)だ。
 からすの的確な指示で地面をならし、整えさらには木の運搬もこなす地衝。
 その一方で、からすは丁度良い木材を幾つか見繕ってそれを積み上げていた。
 すかすかでは無く、しっかり詰まった丸太を見繕う。
 それを力仕事に長けた開拓者たちが縦に割って、綺麗にかんながけ。
 しっかりと干して乾燥させて用意した木材がずらり。
「ふむ……これで準備は良いだろう」
 ご満悦気味なからすであった。
 そこにてくてくと歩いてきたのは礼野 真夢紀(ia1144)だ。
 傍らにはからくりのしらさぎを連れて、まずはぐるりと当たりを見回して。
「しらさぎ、まずはここのお手伝いをしますよ」
「オシゴト、なに?」
 真夢紀の言葉に、しらさぎはかくりと首を傾げて尋ねた。
 じつはこのしらさぎ、見た目は美しい年頃のお嬢さんといった様子なのだが、少々中身が子供っぽいとか。
 というか、見た目は18ほどで真夢紀のお姉さん風なのだが。
「……あ、ネコさん」
 にっこりわらって、小枝を拾っていた法林くんに手を振るしらさぎ。法林君もにゃんにゃんと手を振って。
 彼女の中身は8歳ほどで、真夢紀の妹分なのだという。なので真夢紀はしっかりと仕事を教えこんで。
「しらさぎは、そこの地衝さんと一緒にいろいろ細かいところをお手伝いして上げてね?」
「うん、ジショウさん……よろしく、ね?」
「委細承知でござる。それではまずはそこにある石を一緒に運ぶでござるよ」
 そういって働き始める地衝としらさぎであった。
 で、真夢紀はなにをしに来たのかというと、からすが作った材木を受け取りに来たのだ。
 ずらりとそろった大小様々な材木。これで何をするかというと……。
「……とりあえず、これだけあれば看板や衝立、飾りにも使えるはずだ」
「ええ、十分そうですね。あ、丁度良いところに……信貴山さん、準備が出来ましたよ」
 真夢紀が声をかけたのは、法林を連れた武僧の聡英だ。
 実は、奇しくもこの3人は看板作りにいろいろと案を練ってきたようで、一緒に作業することになって。
「む、承知した。こちらが終わったらすぐに参ろう」
 その言葉にからすと真夢紀は頷いて、2人は宿の中へと向かうのだった。

●宿の中でもお手伝い
 宿の中でも、開拓者はいろいろと作業を進めているようだった。
「マスター見て下さい、こんなに綺麗になりました!」
 ぱたぱたと舞い上がり、梁上からタンスの上まで、手の届きにくいところを掃除するのは羽妖精だ。
 緑が美しいこの羽妖精、名前は姫翠というらしい。
 そんな彼女がマスターと呼びかけた相手は緋乃宮 白月(ib9855)。
 こちらは白髪金眼の猫獣人だ。彼もまた、身軽さを活かして欄間の縁や壁の隅をテキパキと掃除中で。
「うん、ばっちりですね、姫翠! ほら、こっちも大分いろいろな場所を掃除できましたよ」
 そうやって笑い合う2人。
 そんな2人の掃除している部屋の外を丁度通りかかったのはからすと真夢紀だ。
 沢山の材木を運んでいる2人を見て、不思議そうに見つめてくる姫翠に思わず笑顔を浮べつつ。
 次に2人がさしかかったのは、小さな中庭だった。
「……こういう場所に、龍を象った枯山水とかも良いのでは……」
 通り過ぎながらふとそうからすは言うのだが、そこに響いてきたのは美しいの音色だった。
 華彩歌、吟遊詩人の奏でる楽しげな曲だ。それが宿の中に響き渡っていた。
 奏でているのは柚乃(ia0638)。
 連れてきた相棒の天澪、八曜丸と伊邪那の3人も大人しく聞き入っていて。
 だが、これは練達の吟遊詩人が奏でる音色だ。その力も並では無い。
 秋の冷え込みで枯れ果てた庭に、つぎつぎと草花が咲き誇り始めたのだ。
 あまり手入れはされて居なかったのだろう、咲く花は種類もばらばらで統一感は無い。
 だが、四季折々の花が全ていっぺんに咲き誇れば、それはそれで複雑な美しさがあった。
「いまは荒れていますけど……四季折々の草花が楽しめたらな」
 そんな柚乃の言葉に、それもありだなとからすや真夢紀も頷いて。
 庭を花で飾り整えてはどうかと、宿の主人に進言するのであった。

 そしてからすと真夢紀の2人が廊下を進めば、そこには草花の饗宴を見てなにごとか閃いた少年が1人。
「あ、良いところに会えたじゃ。おぬしら、これから看板をつくるのじゃろう?」
 老成した口調のこの少年は、音羽屋 烏水(ib9423)だ。
 ちなみに彼の相棒のもふら、いろは丸は柚乃へ挨拶しにいっているところとかで姿が見えず。
「なにか御用ですか?」
 首を傾げる真夢紀に、こっくり烏水は頷いて。
「うむ、先程の歌を聴いて思いついたのじゃ。部屋に花の名を付けるのは如何かのう?」
 華美すぎず、さりとて殺伐ともせず、というわけでそれぞれの部屋に名前と飾りを付けようというのだ。
 いろいろな花を庭に咲かせるならば、それと対応するように部屋の名を決めても良いかも。
 そんな話を3人はして、
「ふむ、信貴山殿も手伝ってくれる予定になっているし、それも良さそうだな」
「おお、ではわしは宿の主人に、なにか部屋を飾る小物を買い付けられないか尋ねるとしようぞ!」
 というわけで、からすと真夢紀は烏水と別れやっとのことで目的地、宿の玄関にやってくるのだった。

 材料を手に矯めつ眇めつ、とりあえずいろいろと材料を眺める2人。
 その中で大木から切り出した広くて大きな一枚板をからすは選んだ。彼女はこれを衝立にするそうだ。
 どんと宿の玄関に置く予定のその衝立に、からすはいろいろと腕を振るいたいようで。
 一方すらりと長く、斜めに削られた一枚板は宿の看板につかうことになった。
 ここでやってきた武僧の聡英と真夢紀は、その一枚を選び、まずは場所選びだ。
 宿の玄関に繋がる道の脇に、どんと大きく宿の名前を。これが宿の顔になるというわけだ。
「倒れないように、しっかり穴を掘って埋めて……」
「こんな感じかな?」
 真夢紀の言葉に応じて、聡英が仮に場所を決めてみる。
 派手に過ぎず、しかししっかりとした存在感を求めて、さらに2人は試行錯誤するのだった。

●お披露目と仕事の後は
 そして、時間が過ぎ、ひとまずいろいろと完成した模様だ。見て見よう。
 宿に向かう道の途中に、しっかりと建つ見事な看板がひとつ。
 水の波紋を表すような見事な木目に浮かび上がる宿の名は『竜泉楼』。
 しっかりと彫られた見事な字体には墨が入りその縁を慎ましく金が縁取っている。
 その縁を彩るのは、木目の流水模様に泳ぐ龍の浮き彫りだ。
 そのすぐ裏を見てみよう。ここには真夢紀が拵えた壁画が小さく飾られていた。
 そこには宿の来歴と、素朴な筆で描かれたこの宿の温泉にまつわる伝説が描かれている。
 龍が掘り当てた温泉、それをもって竜泉楼。それがわかりやすくまとまっているのだった。
 では宿に向けて歩いて行こう。
 細々と手が入り、素朴な外見はそのままに清潔感を増した宿の外観。
 だが大きく変わったのは宿の顔である玄関口だ。
 どんと大きく飾られているのは大きな一枚板の衝立。
 そこには抽象的に描かれた龍の絵が。そしてうねり躍動する龍の胴体には竜泉楼の名。
 からすが描き、地衝がしっかりと加工した見事な衝立は、改めてこの宿の名を知らしめて。

 そしてその玄関に踏み込んで宿の中を進んで見よう。
 綺麗に磨き上げられた宿は渋さすら醸し出して、客を迎え入れてくれるようだ。
 それぞれの部屋には美しい名札が。
 これもどうやら聡英や真夢紀、からすに烏水が作って見たもので。
 あるものは『菊の間』と怜悧な筆跡。あるものは『秋桜の間』と楽しげな筆跡で、と千差万別。
 部屋には、わざわざ買い付けたらしく、まだ新しい掛け軸や小物が名に統一されておいてあるらしい。

 では肝心の温泉は…………現在、開拓者たちが入浴中であった。

●温泉・温泉・温泉!!
「たまにはゆったりしないとですね〜♪」
 温泉の掃除と整備を終えた二人の女性は、一番風呂の最中だ。
 のびーっとしつつ、掃除道具を片付けて。綺麗になった露天風呂の一つにてくてくと踏み込んでくる女性が。
 猫宮 京香(ib0927)は、のほほんと笑顔を浮べて、秋の空気の中、暖かそうな温泉を見やるのだった。
 すると彼女のあとからもう一人。
 周囲をきょろきょろと窺いつつやってくる、レヴェリー・ルナクロス(ia9985)は
「……あぁ、今回は何があるのかしら。油断できないわ……盗賊とか、山賊とか……」
 なにやらえらく警戒中らしい。
 というのもこの二人。行楽に赴く度に賊に遭遇しつづけているという不運続きとかで。
「もう、レヴェリーさんそんな警戒することありませんよ〜。掃除中もずっと緊張してましたし〜」
 のほほんと京香が諭しても、レヴェリーは首を振って。
「でも、何があるか分かりませんよ。ほら温泉の湯気に隠れてるとか……」
「出てきたらその時はその時ですよ〜♪ ほら、リラックスリラックス〜」
 さきほどまでしっかり掃除をして確認したはずなのだが、レヴェリーの警戒は強いようだった。
 そんな様子をニコニコみていた京香、だが秋空の下はそろそろ肌寒い。
 ましてや今は温泉に入ろうと肌を晒しているわけで……と、ここで京香は気付いた。
「……ダメですよー。温泉でタオルはマナー違反なのです♪ なので没収〜♪」
「え、急になにを……って、きゃぁ!?」
 ジルベリア出身だからか、それとも騎士としての恥じらいか。
 くるりと全身をバスタオルで巻いていたレヴェリーを襲った魔の手、それは京香の早業だった。
 しゅぱーんとタオルは没収。くるんと一回転して、肌を晒すレヴェリー。
 ハズカシイやら急に寒く感じるやらで慌てて二人は温泉にとぷんと浸かって、おもわず笑い合うのだった。
「……まったく、今回警戒すべきは京香だったのね……」
「……うふふ〜、そうかしら〜?」
 アゴまでお湯に浸かってぶくぶく呟くレヴェリーに全く悪びれない京香。
 レヴェリーはやっと緊張を解すのだった。

 だが、ほっこりと暖まった二人は、掃除や片付けの時に荷運びを手伝ってくれた相棒を忘れていなかった。
 暖かく浴衣の上に眺めの半纏をすっぽり羽織って厩舎に行けば、そこには相棒の鷲獅鳥と霊騎が。
 レヴェリーの相棒は鷲獅鳥のクレア、京香の相棒が霊騎の千歳だ。
 彼女たちを相棒用の温泉に連れ立って行き、ごしごしと相棒の体を洗ってやるのだった。
「ふふふ。気持ち良いかしら、クレア? 何処を洗って欲しいの?」
 くるくると喉を鳴らして喜ぶ鷲獅鳥のクレア。
「千歳も日頃お世話になってますからね〜。今日は綺麗に洗ってあげますよ〜」
 霊騎の千歳も京香に体を磨かれて嬉しそうで。
「綺麗になって温泉でゆっくりしてくださいね〜」
「あら、相棒用の温泉の横に並んで入れる露天もあるみたいね? それじゃもう一度入ろうかしらね?」
「ええ、それもいいですね〜。でも、またマナー違反はダメですよ〜?」
「うぅぅ、分かってるわよ〜」
 と釘を刺されるレヴェリーであった。

 もちろん温泉を楽しんで居るのは彼女たちだけでは無かった。

 今回はたった3人で貸し切り状態の男湯では。
「ふむー口から湯を吐く龍の彫像とかも良いかもしれんのっ」
「某は、温泉卵がぽこぽこ出てくる龍の彫像がいいもふー」
 ぷっかりとお湯を漂うもふらのいろは丸と、温泉を満喫中の烏水。
 疲れた体に暖かい温泉が染み渡るようだ。
 その反対側で、大きな体を伸ばして寛いでいるのは信貴山聡英。
 力仕事と細工仕事の両方で凝った肩をぐりぐりと伸ばしつつ、こちらもくつろぎ中。
 その横を、ぬるめの温泉につかってほふーと溶けている猫又が。もちろん聡英の相棒、法林だ。
「温泉は熱すぎにゃければ極楽ですにゃ、猫肌なのですにゃ」
「……聞いたことがないぞ」
 溶け溶けの法林に思わず突っ込む聡英。それを見て烏水は、
「……のう、いろは丸。おぬしもあついの苦手なのかの?」
「もふらは水に沈まないもふ。このもふもふの毛があるのであまり熱くないもふ〜」
「……もふら肌、というかもふら毛じゃのう」
「もふー」
 となんとも暢気な会話が繰り広げられるのだった。

 そして、一転かしましいのは女湯だ。
『それはおいらのもふー』
『何言ってんの、早い者勝ちよー』
 やいのやいのと言い争うのは柚乃の相棒、八曜丸と伊邪那だ。
 露天にやってきた一同は、温泉饅頭を奪い合っているようで。
「もう、ケンカはだめですよ?」
 はらはらと見守る柚乃だったが、そっと微笑む天澪は、
『皆仲良し……だから大丈夫』
 と告げて。そしてその言葉の通り、すぐに争いは終わり、仲良く一緒に温泉饅頭をかじる四人。
 正確には、もふらと管狐と人間とからくりだ。
 のんびりと月を見上げながら、しばし憩いの一時を過ごすのだった。

 お風呂の数は沢山あるようで、他の女湯の露天風呂を楽しんで居るのはキャメルだ。
 こちらは大人数用の大浴場。そこでのんびりと寛ぐキャメル。
 ぷーちゃんと一緒に薔薇の石鹸を浸かって、ごしごしと体を洗って温泉にぽちゃん。
「疲れたの〜。いい湯なの〜♪ 安らぐの♪」
 最大限に寛ぐキャメルであった。
 だがそこでふと気付く。待っても待っても同行者のマトゥが来ない。
「どうしてマトゥ、来ないんだろうねー?」
「……どうしてでしょう?」
 並んで首を傾げるキャメルとぷーちゃんであった。

 一方その頃、そろそろ上がろうと男湯を出る烏水と聡英。
 入れ替わりで男湯にやってきたのはマトゥことマストゥーレフだ。
 そう、男湯に。
 少女と見まごう養子のマトゥだが、歴とした男性で。
「さ、ヘキサもよく頑張ってね。しっかり磨いて上げるよ」
 と甲龍のヘキサを隅から隅まで磨くマトゥに、ヘキサは嬉しそうに吼えるのだった。

 そしてのんびりと月を見上げる一組が。
「景色も良いし、温泉も気持ちいいね」
「えへへ〜、ますたーと一緒の温泉、楽しいですっ」
 羽妖精の姫翠は嬉しげに、主の緋乃宮とともに露天風呂を満喫中であった。
 月を見上げ、六色の谷の景色にも見とれ、露天風呂は最高の環境で。
 そんな時に、丁度宿からからんからんと軽やかな鈴の音が、夕御飯の知らせだ。
「それじゃ行こうか」
「はいっマスター!」
 温泉を上がる二人は、宿の広間へと向かうのだった。

 仕事が終わり、温泉に浸かりその後は小さな宴会だ。
 宿はきっちり綺麗に改善された。おそらくすぐにでも新館が着手されるのだろう。
 しかし今はきっちりと休むときだ。

「ほれ、どうだ羅喉丸」
「うむ……では、こちらも一献」
 そういって杯を差しつ差されつ酒を傾ける羅喉丸と相棒の蓮華。
 ふたりは差しつ差されつ飲んでいるようで。ふと羅喉丸は周囲を見回して。
「この改装を契機に繁盛するようにならんことを」
「うむ、天命をまつしかあるまいが……大丈夫じゃろう」
 と笑う蓮華に、そうだなと羅喉丸は頷いて。
 そして遅れてやってきた温泉組の面々に給仕をしているのはしらさぎとまゆきだ。
「しらさぎのお勉強にもなりますし」
 と真夢紀が率先して引き受けたようで。
「……こちらを、どうぞ。カラスさんがつくった、です」
 にっこりと微笑みながら、しらさぎが料理を渡して、温泉上がりの開拓者たちはみなそれを絶賛。
 そんななか、やっと一息ついた料理担当のからすは、温泉に居た。
 ゴーレムの地衝はどうやら外で待っているようで、ぽっかりと浮かんだ月を眺めてやっと一息ついて。
「静かで……良いところだな」
 しみじみと呟くからすは、なんとなくこの宿が繁盛する確信を抱くのだった。