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■オープニング本文 理穴には葉山という名の小さな領地がある。 一度は魔の森に飲まれた小さな領地だったのだが、開拓者の助けを借りて領地は奪還された。 今その領地では開拓が、領地の再建という形で進められていた。 人口は徐々に増え、ちょっと大きな農村風だった領地もだんだんと広がってきている。 それに伴い、商人が往来するようになり、村は小さな町へと成長していると言って良いだろう。 さて、そんな葉山領を治めて居るのは少年領主の、葉山雪之丞だ。 老僕の孫市と共に、日々勉強をしつつ成長するこの少年領主。 最近では招聘に応じてきてくれた老陰陽師を先生に、さらにいろいろと学んでいるようだ。 だが、少年領主の雪之丞はふと考えた。 最近は長閑な日々が続いている。それは良いことだと老僕の孫市は言う。 だけど、やっぱり何か新しいことが起きて欲しい。 厄介ごとは困るけど、なにかどきどきするようなことが。 というわけで、雪之丞は策を巡らせて。 「……孫市! 久々に開拓者の方々を招いて、自由に議論を交わす場を設けるというのはどうだろう?」 「議論、ですか?」 「うむ、これからの領内についての、意見交換……とかいうやつだ!」 つまり、雪之丞はこれから先の領地の発展の為に広く意見を求めたいというわけであった。 周辺はかつて魔の森だった地域だ。 アヤカシが居るかも知れないし、遺跡があるかもしれない。周辺の調査をするのも良いだろう。 新たな産業を奨励するのも良いかもしれない。 開拓者は、広く見識に長けた者が多いし、様々な技能を持つ者も少なくないという。 養蚕、養蜂や様々な植物を育てて産業にするのか、はたまた染め物や材木作りを商業にするのか。 特色ある町にするのも良いだろうし、発展の為広く農業を推奨するのもいいかもしれない。 周辺で観光資源を探すのもいいだろう。 理穴の緑茂という里には温泉があるという。ならばこの近くにも温泉があるかもしれない。 観光資源はそれだけでは無いだろう。 周囲は森に覆われているが、なにか良い場所や良い物がどこかに眠っているかも。 その他、町の発展の為には必要なものがあるかもしれない。 新たな人材を誘致するために、広告戦略を練ったりどこかに渡りを付けてもいいかもしれない。 人口は増えているようだが、それをさらに増やすため何か案をだすのもいいだろう。 少数ながら領主には私兵がいるらしい。それをさらに鍛えて領内の治安を整えるのも手だ。 やることは多い。だが開拓者の様々な案や行動でこの領地の行く先は定まっていくことだろう。 まだ歩き始めたばかりのこの新しい領地と少年領主。 その一歩に手を貸すことが、この依頼の目的なのだ。 さて、どうする? |
■参加者一覧 / ヘラルディア(ia0397) / 柚乃(ia0638) / 礼野 真夢紀(ia1144) / バロン(ia6062) / 和奏(ia8807) / 霧咲 水奏(ia9145) / レヴェリー・ルナクロス(ia9985) / エルレーン(ib7455) / ラグナ・グラウシード(ib8459) |
■リプレイ本文 ● 「葉山の地へは初めて訪れる事になるのかな……」 葉山への道を歩む柚乃(ia0638)、傍らには藤色のもふら。 彼女は、もふらとともにのんびりと葉山への街道を歩み、周囲を眺めていた。 どうしたもふ? といった様子のもふら、八曜丸に柚乃は 「まずは、この土地のことを知っておこうと思って」 首を傾げるもふらの八曜丸。その大きな背中をもふもふと撫でて。 「……土地を知るには一度、自分の足で歩くのが一番だから。八曜丸、一緒に来てくれる?」 尋ねる柚乃に、頷く八曜丸。 一人と一匹は、まずは秋の葉山領をのんびりと歩くことにするのだった。 季節は秋だ。理穴の秋はすでに肌寒い。だがこの季節の紅葉は見事だった。 起伏に富んだ山々を彩る赤や黄色の木々。 それをただ見るだけで、澄んだ空の下で心が洗われていくようだ。 そんな柚乃と八曜丸は、ぐるりと街道を廻って領主の館へ。 「領主様にもきちんと挨拶しないと。……八曜丸も挨拶する?」 もふっと頷く八曜丸。というわけで彼女は相棒とともに領主の館へ。 そこにはすでに到着し、いろいろな準備を進めている開拓者たちの姿があった。 「む、よくぞ来てくれた! 貴殿も開拓者の一員……も、もふらさまだ!」 きらきらと目を輝かせて応対するのは、なんと領主の葉山雪之丞。 御年、十と二つか三つのこの少年領主は、もっふもっふのもふらさまを前に大興奮であった。 だが、はっと気付いて居住まいを正す雪之丞。 後ろで睨んでいる老僕の孫市が怖かったのもあるかもしれないが、とりあえずこほんと咳払いして。 「……よ、よくぞ来てくれた! ちょうどこちらでいろいろと話を聞いていたところだ」 「お初にお目にかかります。柚乃、と申します」 丁寧に挨拶を返されて、ちょっと赤面する雪之丞。 そして柚乃がふとその後方を見れば、すでに二人の開拓者がそこに坐していた。 資料を手に、ぺこっと頭を下げたのは礼野 真夢紀(ia1144)。 地図を見ながら、なにか思案している様子なのはヘラルディア(ia0397)であった。 柚乃は二人に加わり、のんびりと相談を始めるのであった。 この領地には何があるのか、周辺にはどんな土地が広がっているのか。 住民は何を欲しているのか、そしてこの領地の未来はどこへ向かうべきなのか。 そんな会話の中で、ぽつりとヘラルディアはこぼす。 「……若いからこそ不慣れを乗り越えて、より良い未来へ導けるでしょうかね」 「ええ、その通りで御座いますよ。ですから、同じように若く活力に溢れるあなた方にぜひ助力を、と」 にっこりわらって其れに応える老僕の孫市。 再び会議は続くのだった。 ● 葉山領の弓兵隊には名がある。水霧隊というのがその名だ。 その名の由来となったのは、過去にこの弓兵隊を指導した一人の女弓術士、霧咲 水奏(ia9145)だ だがその本人は今、他の弓兵に混じって、弓の練習をしていた。 「……よいか、ここの技量も大切だが、それ以上に重要な野は弓兵の組織的な運用と練度の統一だ」 今回、教官として一同を指導しているのはバロン(ia6062)だ。 訓練の場所は領主の館の近く、いつもの弓用の的場ではなく開けた広場にて。 ここは時に閲兵場としても使われる場所で、大勢による移動訓練にも使えるようで。 「では行くぞ。統率の取れた動きをこなすためには、ひたすらに反復練習が必要だ」 台の上で30名ほどに増えた弓兵隊を見下ろしながら号令をかけるバロン。 其れに応じて前後左右に動きながら、弓を構える兵士たち。 「よいか、周囲の動きを見てから動くのでは反応が遅れる。全員が、号令に呼応して動くのだ」 びしびしと練達の弓使いはそう高らかに指示を飛ばし、厳しい訓練が続くのだった。 ちなみに、今回は訓練に混じっている霧咲。 バロンと共に実地指導をすることもあるが、時折一緒に訓練を受けていたり。 その理由を、兵士たちに尋ねられて、霧咲は、 「……戦術面に置いては、拙者も学ぶべき事の多い方に御座います」 「そうなのですか? 霧咲殿も弓使いとしては優れた腕前をお持ちだと思いますが……」 尋ねる兵士たち。彼らには、隊の名を貰った指導者としての自負もあるのだろう。 だが、そんな兵たちに霧咲は、 「ええ、バロン殿は戦術研究家でもあるのですよ。弓隊の運用が専門ですし、学ぶべき事は多いのです」 そういえば、兵士たちもそんなに凄い人なのかとバロンに改めて敬服するのだった。 一方、歩兵隊は二つに分かれて訓練を開始していた。 人員は前回のほぼ倍に増えたようだ。その数なんと60人。 全員が志体を持つ小集団としては、なかなかの規模だといえるだろう。 だが、まだまだ兵士たちは未熟。 この領地の防衛力が成長するかどうかは、指導にかかっているといえるだろう。 指揮官は2人。なんと両方ともが女性だった。 しかも両方ともかつてこの地で、兵の訓練を受け持ってくれた恩人たちだったのだ。 「……レヴェリー先生がまた来るのか!」「エルレーン先生もっ!?」 「訓練は何時だよ」「明日から?」「全員?」「全員なわけあるか、待機番のやつらが交代でだってさ」 「うっそ、明日俺見張りだ! ついてねー」「何日ぐらい居てくれるんだ?」 「せめて数ヶ月居て欲しい」「開拓者だからそれはむりだろー」 「……また投げ技とか絞め技とかしてくれないかな……」 「「「おいっ!」」」 とまぁ、侃々諤々、喧々囂々の大騒ぎがあったとかで。 歩兵たちは普段、それぞれがちゃんとした公務についているのだ。 領主館の警備、領内の治安維持、時には土木工事や測量、その他年貢の運搬などその仕事は多岐にわたる。 そして仕事は基本三交代。 公務、訓練や待機、そして休暇。そういう形がこの領地での基本のようだ。 というわけで、幸運にも初日から訓練してもらえることとなった歩兵たちは大喜びで。 やってきた2人の女戦士は喝采をもって迎えられるのだった。 「やあやあ、軍事教練したみんなはげんきかなあ? ……元気みたいだなぁ」 わーと盛り上がってる兵士たちを前に、ぷっと苦笑してしまうエルレーン(ib7455)。 すらりと背が高く、細身で剣や刀を自在に扱う志士の彼女は超一流の剣士だ。 「なんだか、いつも以上に盛り上がっていますわね……そんなに訓練が楽しみなのかしら?」 きょとんと首を傾げるレヴェリー・ルナクロス(ia9985)。 奇しくもエルレーンと同じ背丈のレヴェリー。こちらは軍学にも広く通じる歴戦の騎士だ。 ちなみに、今はしっかりと胸鎧に覆われているレヴェリーは…… 「………く、羨ましくなんて無い!」 「? どうしたのかしら?」 お隣のエルレーン嬢が血涙流さんばかりの、女性らしさに満ちていたり。主に胸とかいろいろが。 そんなわけで、歩兵たちは楽しくも厳しい訓練に身を投じることになるのだった。 ● 葉山領の兵士たちは、他の領地や武天などから流れてきた若者たちが多い。 家を継ぐことの出来ない次男坊三男坊、もしくは落ちぶれた家の復興に燃える青年などがその中身だ。 で、彼らは必然的にあるものに飢えていた。 それは、女性である。 弓兵隊にはそれなりに女性兵もいるがこの歩兵隊にはほとんど居ない。 さらに、開拓中の領内も既婚者が大半で独身女性は数えるしか居ないわけだ。 そんな場所にやってきた美貌の騎士レヴェリー……いや仮面のせいで美貌かどうかは分からないのだが。 その長い髪、豊かな胸、美しいまなざしに甘い声、あとたまに良い匂い! それが兵士たちを大いに悩ませることとなった。 「徹底的に、入念に教え込んで上げるわ」 「は、はいよろしくお願いしまふぅ!!」 ……ちなみになにかいかがわしいことではなく、これは剣術の指導中だとか。 しかしながら、後ろからぴったりと寄り添って、構えや重心の位置を教え込む熱心なレヴェリー。 実はこうした武具の構えの訓練というのはしんどいものなのだ。 重量のある武器を構えたまま何度も同じ動きをする、それは結構な重労働で。 ふらつく兵士、それを差させるレヴェリー。……うしろから、ぎゅっと支えるレヴェリー。 ちなみに、騎士として真面目なレヴェリーだ、いろいろむにゅってるのは分かってないようで。 「っ!! ……きょ教官……」 思わずへたり込む兵士たち。理由はお察しください……だが、そんな兵士に対して。 「……こんな所で挫けないの。大丈夫、貴方達は強いから」 にっこりと励ますレヴェリーに、なんだか悪いことをしている気分の兵士たち。 「す……すいません教官! ぼ、僕たちが間違ってました〜!!」 滂沱の涙と共に、あらためて訓練に打ち込む兵士たちであった。 それを見てレヴェリーはうんうんと満足げに頷いて。 天然で、男には特に効果大の飴と鞭を使い分けていたことに、最後まで気付かないレヴェリーだった。 一方エルレーンの訓練もちゃくちゃくと進んでいたのだが、そこに忍び寄る怪しい影があった。 「む、ここはここの領主の館か……あんなところに何の用が……」 こっそりとエルレーンの跡を追ってきたのはラグナ・グラウシード(ib8459)。 彼女と因縁深き兄弟弟子であり、いつもケンカをしている犬猿の仲の間柄である。 なお、エルレーンがラグナを『非モテ騎士』と言えば、ラグナは『ぺちゃぱい』と返すのがお約束で。 まこともって根深く、そして不毛なケンカ相手なのである。 そんなラグナは、好奇心に任せて塀をよじ登る。向こうではエイエイと威勢の良い声が。 それにまじってエルレーンの号令も聞こえる。兵士の指導をしているのか……。 大柄な騎士のラグナが、にょきっと塀から上半身を出してそれを見ていれば、 それにエルレーンが気付いた。 あそこにいるのは邪魔者、ラグナでは無いか。 「はうっ……! みんな、実戦訓練なのっ! あいつをやっつけちゃえ!!」 号令一下、指さす先は塀をよじ登っていたラグナだ。 「はっ!? わ、私はけっして怪しい者じゃ……」 「問答無用、見敵必殺、ですとろーい!」 風のように駆け抜けるエルレーン。訓練用の木刀を手にすかーんと塀からラグナをたたき落とす。 どさりと落ちた先、そこに目をらんらんと輝かせた兵士たちが殺到。 「きょ、教官に続け−!! エルレーン殿に良いところをみせるのだー!!」 「ちょ、え、ええっ!!」 いろいろと本音の透けた兵士たちの号令一下、全員が木刀や木製の槍を手に、ラグナを囲んだ。 あとは多勢に無勢、叩かれ突かれ、さすがのラグナも本気で反撃するわけにはいかない。 あっというまにけちょんけちょんにされるのだった。 「ふぅ……よしっ! そこまで!!」 エルレーンの声でぴたりとタコ殴りは収まって、彼女は良い笑顔で兵士を見回した。 「このように! 基本的に、勝負って言うのは数で押すものなの!!」 「……ぐ、うう……え、エルレーン、貴様……」 「教官、この御仁はお知り合いですか? わざわざ訓練のために招いたお方だとか……」 「いいえ? ただの腐れ縁よ」 きっぱりと行ってエルレーンがかこーんと木剣で頭を叩けば、ぱたりとラグナは昏倒。 「一人で無理しないで! みんなで力を合わせたら、きょうりょくな敵も倒せるんだからねッ!」 「は、はぁ……」 たんこぶだらけのラグナはとりあえず放置して。 今ひとつ釈然としない兵士たちだが、とりあえずエルレーンが笑顔なのでまあいいやと思うのだった。 ● 「雪之丞様、それではそろそろ周辺地域の探索を行いたいのですが、ご助力頂けますか?」 「うむ、よいぞ。だれぞ山歩きに長けた兵士を率いるのが良いじゃろう!」 ヘラルディアの提案で、雪之丞は兵士たちの元へとやってきた。 目指す先は、山歩きに長けた部隊、弓兵隊のところだ。 「……よいか、いまのが月涙だ。たゆまぬ努力で技を磨けば、皆もこれが使えるようになるだろう」 すると丁度そこではバロンが高等技術を皆に見せているところだった。 そこにやってきたヘラルディアと雪之丞。気付いたバロンは膝を折って、 「おお、これは領主殿。なにか御用ですかな?」 「すこし弓兵を借りようと思っての。今、手隙の者はあるかの?」 「ふむ……でしたら丁度良い。霧咲殿が一隊を率いて、訓練がてら探索行に出るとのこと、ご一緒しては?」 「それは重畳! では霧咲殿の元に参ろう」 そういって雪之丞はヘラルディアを伴い、霧咲の元へ。 丁度彼女は十名ほどの弓兵を伴い、軽装ながら山用の装備を身につけているところだった。 事情を説明するヘラルディア、快諾する霧咲。 そして、そんな2人を見て、うずうずとしている雪之丞。彼に霧咲は気付いて、 「……雪之丞殿、一緒に参られますか? 実戦訓練を兼ねますので、少々きつい行程になりますが」 「も、もちろん大丈夫だ! 私も行くぞ!」 というわけで、賑やかな周辺探索隊が結成されるのだった。 一方、領主は不在ながら、孫市や新たに加わった家臣の老陰陽師と共に、柚乃と礼野は相談を続けていた。 「周辺でなにか名産となっている作物はありますか? それを中心に育てるのも良いかとおもうのですが」 かきかきと、手にした帳面にいろいろな情報を記している礼野。 彼女は雪之丞よりも幼いように見えながら、なかなかの才媛だ。 植物の分布を今は特に注目しているようで、いろいろな情報をためつすがめつ。 「理穴は、魔の森だった区域から新たな作物が見つかることもあるが……このあたりは鷹の爪とかかのう?」 老陰陽師の言葉を記しつつ、ふと礼野は気付いた。 種々雑多に取れる作物のなかで、巫女として癒やしの技を修める彼女になじみ深いものがあった。 それは薬草の類いだ。 巫女は様々なものを癒やすことが出来る。だがそれでも万能では無い。 慢性的な病や、体調不良など薬によって治療が必要な場合も多いのだ。 「これによれば、結構な数の薬草が採れるそうですね?」 応えたのは孫市だ。 「うむ、ただ大々的に栽培しているというよりは、森に生えているのをとってくる、というのが多いな」 「でしたらお医者様を招き、栽培に着手してみるというのは?」 「ほう、となると薬草園のようなものか? この辺りは冷え込むから対処を考えねばならぬが……」 「ええ、私たち巫女は怪我は治せますが病気は治せません。薬草やお医者様は貴重ですが……」 そう切り出す礼野は、地図を指し示し。 「農業以外に、学問で領地を興すというのもありだとおもいますよ」 「なるほどのう。だが、薬草園で薬草を売れば良いのかの?」 「そうですね、今お医者様といえば、個人的に伝授する場合が多いですし、学問所を作ってみては?」 その考えに、陰陽師と孫市は、手を打って良い考えだと賛同するのだった。 そして、もう一人、柚乃は今度は領地の中の古老を訪ねていた。 孫市から話を聞いて、古老を尋ねた理由は一つ。 「この土地で、山神様や土地神様、精霊を祀っているお社とかないでしょうか……」 そう、一度は失ったこの土地で、かつて祀られていたものを再び興そうというのだ。 古老の数は少なく、得られた情報は少なかった。 だが、その果てで柚乃は一人から話を聞くことに成功する。 聞けば、かつて、領主の館のある山の近くに、小さな社が構えられていたのだという。 「その場所は、どういう場所だったのでしょうか?」 「うーむ、なにせ子供の頃じゃからのう……ちいさな泉があり、そこに坐す精霊様が祀られていたような……」 その言葉を聞いて柚乃は、山を目指すことにした。 幸い、助けになるといって孫市と雪之丞が、お供として数名のシノビを付けてくれていて。 数名のシノビと柚乃、そしてもふらの八曜丸が古い道を上ることしばし。 小さな小川の流れる山の中腹で、林に沈んだ小さな社を発見するのだった。 「ここに、むかしは精霊様が祀られていたんですね……」 そっと礼を尽くす柚乃。一同は、とりあえず綺麗にしよう、とその場を掃除するのだった。 ● 丁度その頃、偶然にもその社がある清涼な泉のすこし下。 山の裾野を流れる幅広い川の近くを、ヘラルディアと霧咲、それに雪之丞と弓兵たちが行軍していた。 ヘラルディアは時折瘴気を探る結界を張って安全確認。だがアヤカシは居ないようで。 「どうやらこのあたりも安全なようですね……あら、あそこに狐がいますね」 ヘラルディアが指し示した先には狐の親子が。向こうもこちらに気付いたのだろう。 そこで、霧咲がふとあるものを見付けた。 「……おや? 獣道ですね。では次はこちらに進んで見ましょうか」 「温泉とか、あるといいですね」 「ええ、もし見つかれば良い観光地になるかもしれませぬし、見つかると良いですな」 そういって先頭を進む霧咲と、後に続く一同。 すると暫くしてから、不思議な匂いが感じられるようになった。 山の中は様々な匂いに満ちている。土の匂い植物の匂い、清流にだって匂いがある。 だが、その匂いは少々特殊だった。 「………これは、塩の匂いかのう?」 「ええ、雪之丞様が仰るように、これは塩ですね。とすると、もしかすれば……」 応えたヘラルディアは、霧咲と一緒に先を急ぐ。するとそこには小さな湯だまりが。 匂いはそこから漂っていた。そして周囲には湯気が。 山の岩肌からしみ出すようにしてわき出るそれは、確かに温泉だった。 そっと近付いて、安全や汚れていないことを確認し、そっとそれを指で触れ嘗めてみる霧咲。 「ふむ、やはり塩気の強い温泉のようですね。みたところそれなりの湯量がありまする」 みれば、岩肌のそこかしこからお湯が溢れ、その塩分が白い流れを造っていた。 周囲には植物も少なく、おそらく塩分のせいで枯れているのだろう。 それならば周囲の開発も容易かもしれない。そんな時、たまたま、近くで人の気配が。 それは、社の掃除を終えた柚乃一行だった。 「雪之丞様も丁度良いところに……実は、我々この先で古いお社を見付けたのですが……温泉ですか?」 はやくももふらさまの八曜丸は温泉の近くでお湯をぺちぺち触ってしょっぱいもふと言っていたり。 そんなわけで、大きな二つの収穫を手に、一行は領主の館へと戻るのだった。 「温泉と、お社ですね……その近くには清浄な泉が。少し間に距離はありますけど……」 報告を纏める礼野。 情報が入ってすぐに、一同は動き出していた。 まずは温泉と社への道の整備だ。かり出されたのは兵士たち。 「汗水垂らして働いて、身体も鍛えられる。お誂え向きだわ」 そういって、兵士たちを率い、道の整備の土木工事を行うのはレヴェリーだ。 連日の訓練と、土木工事で兵士たちはさすがにへとへと、かと思いきや。 「でも、温泉が出来たら、一汗流したいわね。涼しくなってきたし、さぞかし気持ちが良いわよね?」 「そ、そうっすね教官! 我々もそう思うッス!!」 なぜか体育会系全開の教え子たちのあまりの熱気に、どうしたのかしらと首を傾げるレヴェリー。 しかし、そのおかげか一気に工事はすすんでいって。 さらにもう一組。 「な、なんで私も一緒に働かされているのだ……」 「ほらっ! 口を動かしてないで手を動かす!! きびきび一緒に働くのよっ!」 こき使われているラグナと、それをびしばししごいているエルレーン。 二人も兵士たちに混じって工事を進めるのだった。 「この温泉が整備されれば、よい観光資源になるでしょうね」 ヘラルディアの言葉に目を輝かせる雪之丞。 「あの塩分の強いお湯であれば、怪我の治療にも良いでしょうな」 霧咲の言葉に、さらに喜ぶ雪之丞。まだまだ調べなければならないことは多いが、これは大きな躍進だ。 「医術の学問所と、薬草園、それに傷に良い温泉……温泉の熱で薬草園も保温ができそうですね」 礼野はもうすでに先の展望とその計画すら作り上げているようだ。 こうして、今回の探索と訓練の日程は終了した。 かつて無いほど大きな薬疹となった今回の働き。 だが、これだけではなかったようだ。 バロンはその戦術論を教え子たちに口述筆記させ、小さいながらそれをほかんして貰った。 名をバロン文庫。彼の戦術論は末永くこの地に息づくことだろう。 そして温泉の名は、ヘラルディアの名の一部を取ってアルマ温泉と名付けられた。 まだ整備は成されていないが、将来有望な温泉で観光地としても保養地としても名を馳せるかもしれない。 そして見つかった社は、その周囲が再びもり立てられ小さな社が復興された。 かつて精霊が奉られていたその清浄な地。 その周囲には新たに学問所と薬草園が建てられることだろう。 社のある森には名がついた。その名の通り柚乃の森。 こうして、開拓者は今回またしても大きな発展をこの地にもたらしたようだ。 次に訪れる時はどうなっているだろう? そんな想いと共に、開拓者はこの地を離れるのであった。 |