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■オープニング本文 残暑だ。 じめっと暑さが続くし、微妙にはっきりしない天気に気が滅入る。 ……そんな中、最近親友の同僚に彼女が出来てつまらんとふて腐れる庄堂巌、34歳。 暑さのせいか、夏ばて気味でどうにもこうにも調子が出ない。 そこでふと彼は思い出した。 そういえば開拓者御用達の宿があったな、夏ばてに温泉は良いらしい。 ぬる湯にのんびり浸かって、その後はきりりと冷えた酒に鰻……我ながら良い考えだ。 しかし、ギルドの依頼調役の彼、あまりほいほい休暇を取るわけには行かない。 依頼調役というのは危険度が高かったり、調査が必要な依頼に関して情報収集をする武闘派の役職なのだ。 ……いや、ちゃんと働くためにも、休暇は重要だ。 というわけで、方々に連絡を取って、ちゃっかりと依頼の形を整えて。 武天の芳野という街には、開拓者御用達の温泉がある。 その名は『桂の湯』。開拓者に便宜を図ってくれる良い温泉宿だ。 頼んでみたら、鰻も用意して貰えるようだし、至れり尽くせりの状況は整った。 「……ま、偶にはこうしてのんびりするのも良いもんだ……別に寂しいわけじゃ無いし」 というわけで、独り身で無聊を慰めるも良し。 うらやましがられるかも知れないが、恋人と共に温泉宿での避暑を楽しむも良しだ。 たまにはこんな開拓者の休日は如何だろう? さてどうする? |
■参加者一覧 / 真亡・雫(ia0432) / 礼野 真夢紀(ia1144) / ペケ(ia5365) / 和奏(ia8807) / 猫宮 京香(ib0927) / 无(ib1198) / プレシア・ベルティーニ(ib3541) / エルレーン(ib7455) / 音羽屋 烏水(ib9423) |
■リプレイ本文 ●夏と秋の間で 芳野から、郊外へ向かう街道にて。 「まだ紅葉には少し早いですけど……ちらほら紅葉してますね。見えますか? 光華姫」 意外な健脚でてくてくと山道を登る和奏(ia8807)。 彼が語りかけたのは、肩の上に腰掛けて足をぶらぶらさせている人妖の光華だ。 軽い人妖とは言え、肩に乗せていれば結構大変なのだが、和奏は気にした様子も無く。 どうやら細い外見と違って、存外に体力もある質のようだ。 「さて……もうすぐ着くはずなんですけどね……ああ、見えた見えた。それじゃ、行きましょうか」 「うん」 そういって2人は宿の入り口に足を向けた。 目印は、宿の隣にどーんとそびえる大きな桂だ。この桂の巨木が宿の名の由来だとか。 2人が宿に到着すれば、どうやら中々に繁盛しているようで、そこかしこに開拓者の姿が。 すでに宿備え付けの浴衣姿で、店先の縁台で涼んでいる人に、お茶を啜る人。 端っこで団子をかじっているのは、依頼の発起人であるギルドの庄堂巌だろう。 そんな面々を横目に見つつ、ふらりと和奏と光華は宿ののれんをくぐるのだった。 温泉には独特の匂いがある。 それは温泉からかおる湯の匂いであり、宿の放つ木の香りなのだろう。 どこかわくわくとする日常には無い匂い。そしてなんだかほっと心が安まる匂いだ。 そして温泉地には独特の雰囲気がある。 誰しもが、無防備に肌を晒す温泉が中心にあるからだろうか。 不思議な静かさと賑やかさの同居。ゆったりと流れる時間。ぼーっとしても許される不思議な空気だ。 その中で、宿の客は皆一様に肩の力を抜いているようなのだが…… 「……さすがに、ここまで肩が重いのは……久々だ」 くきくきと首を回し、肩を上げ下げする无(ib1198)。 だがさっぱり肩は軽くならない。強ばり、鈍痛すら訴えてくる首と肩は、心底つらいものだ。 いつもならば、肩の辺りにいる管狐の尾無狐も遠慮して肩には触れないほどで。 周囲をふわふわと漂いながら、しきりに肩を自分でもんでいる无に対して心配顔である。 「………きゅ?」 「ああ、大丈夫……まぁ、折角館長に休みを貰ったんだ。しっかり湯治をしないと」 大丈夫? と見上げる尾無狐に、苦笑を浮べつつ頷いて。 そしてやっと宿についた无と尾無狐、個室に荷を降ろすとほうと一息。 いつもなら、ちょっと手帳を手にふらり、といったところだろうが、今日は違う。 まずは温泉だ。 「おや、温泉ですか? まだ昼日中ですけど、よろしければ1本おつけしましょうか?」 「いや、今日はまだ結構だ……のんびりと長湯をしようかと思っているし」 さいですか、と店の者が頭を下げて見送るのを通り過ぎ、无は温泉へ。 実は彼、かなりの蟒蛇。お酒が大好きなのだが、今回はそれを封印してまでの温泉だ。 よほど肩首がつらいのだろう。物書き稼業ならではの職業病。その辛さは、やはり並では無いようだ。 ほとんど誰も居ない男湯、ざっと体を流せば秋の風がひやりと心地よい。 そして、彼は尾無狐を連れ立って、まずは温めの温泉に顎までどっぷりと浸かった。 「………ふー……」 思わずため息を漏らす无。じわりと温かい湯が染み渡るようだ。 こわばった肩や首、腕や背筋に至るまでがじわりじわりと解されるよう。 思わず傍らの尾無狐も、主の无を見習っててろんと長く伸びてみたり。 ぐっと腕を伸ばせば、水の中なら肩も腕も軽く感じられる。 するとじわじわ解された肩に一気に血が通ったのだろう、しびれるほどにほぐれていく。 ぐっと手を握れば、じわっと滞っていた血が流れるのか、指先まで温かく感じられて。 そして首を伸ばし、岩にもたれかかるようにして目をつぶる。 今まで気付いていなかった目の奥の疲れまでもが解されていくようだ……。 そんな風に、ひたすらに体を弛緩させ、至福の一時を味わう无。 今日は、尾無狐も邪魔をせずにゆっくりと体を休める主に付き合うのだった。 そんな男湯と少々離れた場所に用意された女湯から、微かに響いてくる声があった。 无も尾無狐も気付かない。だが、切迫した声は確かに響いてくる。 「……じゅういち、じゅうに、……じゅうさん……」 それはまるで、かの有名な皿を数える怪談話のように悲痛で……。 だが、微かな希望と夢が込められた魂の叫びであった。 「……にじゅうご……にじゅうろく……」 他にあまり客の居ない女湯にて。数えながら謎の体操をしているのはエルレーン(ib7455)だった。 もう言わずとも分かるだろう。 母性の象徴であり、色気の塊。男たちの夢と希望をみっちり詰め込んだ二つのまるいもの。 そう、彼女は自分にちょっと足りない、それ……つまり胸を得るために体操をしていたのだ。 (おふろでこうしたらおっきくなるって、誰かが言ってた……) たしかに、血行だのなんだのが効果があると人は言う。 彼女の望みは切実だ。なにせ、人はそれに手が届かなければ届かないほど欲するモノである。 それに、何の因果か開拓者には、非常に豊かな胸を持つ者が少なくない。 周りの女性開拓者は、右を見ても左を見ても、ぷるんぷるーんというわけで……。 (……うう、きっと………きっといつの日か……) 湯気と熱気でもうろうとしつつ、ひたすらにエルレーンは苦行を続けるのだった。 だがしかし、そこに新たな女性客がやってきた。 「ふにぃ……いそがしかったのかな?」 首をかくんと傾げつつ、ちょっと耳をぺたんと寝かせる狐の獣人少女、プレシア・ベルティーニ(ib3541)。 待ち人来たらず、という状況だったようで。 「まあいいや〜お風呂入る〜♪ おっふろ、おっふろ、おっふ〜ろ〜♪」 「……ごじゅうはち……ごじゅうきゅう……」 「おんせん〜♪ たまご〜♪ おんたま〜♪」 ぴょんこぴょんことはねながら、脱衣所でぱぱっと着替えるプレシア。 「うんしょ、うんしょ……いっくぞぉ〜♪」 尻尾をフリフリ、元気少女のプレシアは、そのまま真っ裸で温泉へGO! もちろん、温泉に入る前はちゃんとかけ湯をしてから、お湯へざぶんと入って。 「ふに〜良い湯なの〜♪」 そういって、温泉を満喫するのだった。 混浴ではなく、女湯だからだろうか、開放的にでれーんとお湯の中で手足を広げるプレシア。 すると、お湯の片隅で、うんしょうんしょと体操中のエルレーンを発見。 「……にゅ? なにしてるんだろう??」 しばし観察。しかしさっぱり分からない。 だが、そこでプレシアは思い出す。そうだ、運動したらお腹が空くはず。 お腹が空いたらこれだ! 「おんせんたまごー! これ入れておかないと〜☆」 ざるや布袋に入れられた朝取りのタマゴを、宿の女将さんから入手してきていたのだ。 これを温泉の蒸気や熱々の源泉付近においておけばすぐ完成。温泉卵である。 「ふに、もう良いかな〜? わ、出来てる出来てる〜」 固茹でにできあがったのもあれば、半熟でばっちりなのもあるのはご愛敬。 丁度良いところに、宿の人が小鉢とダシ入りの器を用意してくれたようで、それに入れてつるんと一口。 「ほみ!ものすごく美味しいのぉ〜」 大満足のプレシア。他のお客さんにも勧めつつ、ひょいぱくひょいぱくと一山簡単に片付けて。 「ふにゃ〜満足なの〜♪ 次は広間で晩ご飯〜! ご飯ったらご飯〜!」 たったか歩きながら歌うプレシアに、増えて来たお客さんたちも皆笑ってしまったり。 だが、そんな中温泉卵をつるりと食べていた1人の少女。 彼女の心を千々に打ち砕く事件が発生した。 エルレーンは、そういえば卵は美容とかにも良かったはず、と温玉をつるつる食べていた。 その視界に飛び込んできたのは、プレシアの肢体。 年の頃は丁度同じぐらいだろう。花も恥じらう18頃だ。 プレシアは、普段は狩衣姿でその言動行動のせいか、子供っぽく見られがちである。 確かに背は低めだ。だが……年頃の女性相応に、なかなか出るとこ出てる体型で。 異国風に言うと、なかなかのないすばでーなのである。 そんなプレシア、お湯から上がって体をふるふると振る。 狐の獣人だからだろうか、尻尾や髪の毛からふるふると水を落とせば、もちろん他にもいろいろ揺れる。 具体的には、エルレーンの視界で揺れる、しろくてまるいもの、二つ。ぷるんぷるーん。 「……う、う、うわーーーーーーん!」 「ごはんごはーん……ふに?」 泣きながらダッシュのエルレーン。 そんな彼女の涙の意味に、プレシアはさっぱり気付かないまま、見送るのであった。 そんな喧噪にも、我関せずとペケ(ia5365)はのんびりと無言でお湯に浸かり。 そして、やっと日が暮れて夜がやってくる。 夜になれば、宿の広い座敷では客のための晩ご飯が用意され、これもまたなかなかの賑わい。 そして、同時に夜は恋人たちの時間でもある。 緩やかに暮れていく夜の温泉宿。そこにはまた別の雰囲気と賑わいがあるのだった。 ●甘い時間に、賑やかな空間 開拓者たちは、開拓者同士で親しくなる者も多い。 庄堂巌は、宿の前の縁台に腰掛けながら、ぷかりと煙管を吹かせそんなことを考えていた。 同じ時間を過ごすことも多いし、命を預ける仲間と添い遂げるのも一つの結論なのだろうな。 そんなことを考えつつ、忙しくて恋人すら居ない自分の人生をほろりとかみしめる庄堂だったり。 だが、現実は非情だ。彼の前を、仲睦まじく連れ立って開拓者2人、ゆっくりと通り過ぎた。 真亡・雫(ia0432)と猫宮 京香(ib0927)だ。 依頼かギルドで知った顔だったのだろう。庄堂は軽く頭を下げて、2人を見送って。 そして、秋の空をふと見上げてから、ぽつり。 「……ふむ、温泉に一緒に来てくれるような嫁さん、欲しいもんだなぁ……」 見上げた空には、ちらほらと飛ぶ秋茜が。 中にはつがいのトンボもいるようで、ますます寂寥感をかみしめる庄堂であった……。 さて、本人たちはというと、宿の者に案内されて2人で離れへと向かっていた。 どうやらまずは温泉から入るようで、二人は仲良く一緒に入れる家族風呂へ。 にこにこと陽気に目を細めている猫宮と、対象的に赤面しつつおろおろしている真亡。 「ここの処忙しかったですし、二人でまったりしましょうね〜♪」 「そうですね……この前の猫又の依頼なんかは特に疲れましたし」 と開拓者らしく依頼の話をしながら温泉へ。 この家族風呂。開拓者たちの案を取り入れて、いろいろと改装した結果のようで。 時間ごとにある程度貸し切りすることが可能なのだ。 今回、幸いにも家族連れや恋人同士で混浴のここを借りる人は居なかったようで。 のびのびと二人で羽を伸ばす真亡と猫宮であった。 そしてやはり二人っきりでの温泉となれば、仲睦まじい二人。自然と距離も近くなるというもので。 互いに肌を晒したままで、猫宮はすっぽりと真亡の膝の上に。 「こ、こぅ……ですか……?」 「たまには抱いて貰うのもいいですね〜。雫くんを感じますよ〜♪」 おそるおそるといった様子で、困惑気味に恋人を抱きしめる真亡。 二人は、そうしてのんびりと幸せな時間を過ごすようである。 もちろん、温泉や宿は恋人たちだけのものでは無い! 断じてない! というわけで、華やかに盛り上がっているのは宿の広間。 部屋で食事を取るものも居るだろうが、気心知れた開拓者同士だ。 酒も肴も完備された、息抜きの場で楽しまないでどうする! というわけで。 「此処で会ったのも何かの縁。身体心と存分に休め、楽しんでくれりゃ幸いじゃなっ♪」 ベベン、と三味線をかき鳴らす小柄な少年は音羽屋 烏水(ib9423)。 奏でる名器は三味線「古近江」、そして音羽屋の腕前もその名器に負けず劣らず名人顔負け。 「さて、まずは一曲! 皆々様は温泉につかって身も心もゆるりと伸びたところじゃろう♪」 べべん! なんだなんだと、顔を上げて広間を見回す他の客たち。 そこで、やっと同じ開拓者の音羽屋が三味線を奏でているのに気が付いて、やんややんやの大喝采だ。 「温泉で疲れと悩みを解した後は……気分良く酒杯を傾けながら、楽しみを一つ加えてみんかのっ?」 そして、賑々しく響く三味線の音色。 わいわいと投げ銭なんかも飛び交いつつ、大いに宴会場と化した広間は盛り上がるのだった。 そしてそんな中を忙しく働く店の人の中に、小さな姿が一つ。 「去年は閑古鳥が鳴いてましたけど……ことしは大丈夫だったんですか?」 「おうよ。だんだんとここを贔屓にしてくれるお客さんも増えてな! これも真夢紀ちゃんたちのおかげだよ!」 手伝っているのは礼野 真夢紀(ia1144)だ。 彼女は、この芳野でいくどとなく様々な依頼に顔を出し、屋台を出したり宿の改装に手を貸したり。 まだ幼いながらも、いっぱしの商売人。しかもその商売勘はなかなかに冴えているというわけで。 今日も今日とて、彼女はこの桂の湯にいろいろと良いものを持ってきているようであった。 「……きりりと冷えた酒は美味しいですし、好みに合わせた物各種取りそろえるのは如何でしょうか?」 「なるほどなぁ……確かに芳野にゃ良い酒屋もあるし、次は酒にも力を入れてみようか」 ずらりと礼野が取り出したのは、種々様々な酒瓶だ。 梅酒に純米酒のような一般的なものからちょっとした変わり種まで勢揃いで。 「で、今回もなんか一品良いネタがあるのかい?」 うきうきとした様子で礼野に問いかけるのは、宿の主の辰蔵だ。 そんな辰蔵の頭をぽこんとお盆で叩きつつ、主の奥方のおせんがやってきて。 「まったく駄目な宿六だねぇ……いつもありがとうねぇ真夢紀ちゃん」 といえば。 「いえ……で、今日は素麺をつかった一品を作ろうかと思ってるんですの」 というわけで、真夢紀嬢によるささっと一品。 夏に余った素麺をさっとひとゆで。合せるのはなすと油揚げだ。 暖かくすればにゅうめん、きりっと冷たくしてもまたそれはそれで味がしみて美味しい一品だ。 遅めの夜食にも、季節の変わり目で食欲が出ないときにも。 そしてもちろん、やんややんやと三味線に合わせて盛り上がる酔漢たちの酒の肴にもぴったりで。 「あら、これはまた良いお味♪ これもしばらくは看板の品としてだせるわね」 そういって喜ぶおせんと辰蔵に対して、にっこりと真夢紀は笑顔を向けるのだった。 そうして、桂の湯の宿は時に賑やかに、そして時に密やかに暮れていくのだった。 ●変わる季節、それぞれの夜 離れにて、二人で届けられた料理に舌鼓を打ち、きりっと冷えた酒で晩酌をする真亡と猫宮。 「ん、食事も美味しいですね〜。雫くん、はい、あーん♪」 「えぇ! ……えっと、あ、あーん……」 「月も綺麗でお酒も美味しいですよ〜。こういうのもいいものですね〜」 ひょいと茸の天麩羅を、仲睦まじく食べさせて上げていたり。 そしてよく冷えた小鉢には味のしみたナスと油揚げに素麺の煮物、濃いめの味が酒に良く合う。 酒も小さい徳利とそろいのぐい飲みが用意され、きりりと冷えた飲みやすい天儀酒がたっぷりと。 もちろん、これらは礼野の見立てと発案によるものである。 それをのんびりと離れで楽しんで居る二人であった。 遠くにまだ喧噪が聞こえる。そろそろ夜も遅いがまだ広間のほうでは賑わっているのだろう。 だが、温泉の疲れもあるのかふたりはそろってそろそろ休むことにして。 「……おやすみなさい、京香さん」 「はい、おやすみなさい」 二人は抱き合って眠りに。すこし肌寒くなってきた秋の夜。 浴衣越しにそっと伝わる温もりで、すぐに二人は眠りに落ちていくのだった。 そして広間では、わいのわいのと盛り上がりが続いていた。 音羽屋の三味線に合わせて、我も我もと楽器を取り出した開拓者たち。 音羽屋ほどでは無いまでも、音曲の腕に覚えのある者があつまれば、賑わいはますます高まるわけだ。 すこし眠たげに目をぱちぱちと瞬く礼野も、この盛り上がりにぱっちりと目を開いて。 思わず手拍子をとりながら、のんびりと涼しい秋の風を感じるのだった。 座敷の隅で、行儀良く正座しながら歌舞音曲を聴いている和奏。 温泉につかったり、秋の散策を楽しんだ彼。ともう一人の同行者、光華。 見れば、和奏の隣に座っている光華、しっかりと1本。立派なススキを手に持っているようで。 「いやぁ、ご飯も美味しいね。光華姫」 そう和奏が言えば、にこにこと光華も頷いて。 その隣でのんびりと足を伸ばして音楽に耳を傾けているのは无。 どうやらやっと肩こりも改善して一息つけたのだろう。 晩ご飯もたっぷりと。秋の魚に、キノコご飯、天麩羅に煮物、さらには真夢紀の作った煮物までどっさりだ。 それをゆっくりと食べて、ひとしきり感動。 どうやら彼は、ここ最近本当に忙しかったらしく、久々にまともなものを食べたようだ。 ああ、薄味の炊き込みご飯を咬めば、一口ごとに滋味がしみ出してくるようだ。 すっかりとほぐれた肩や首も軽く、そうなればご飯にも目が向いて。 たっぷりと大根おろしが乗った秋刀魚。すだちを一絞りしてかじれば、香ばしさと魚の脂の旨みが一杯だ。 味噌汁は、ちょっとぴりりと鷹の爪がきいた里芋の味噌汁だ。 これはこれで、秋の涼やかな風の中、体が暖まる。 そして味の染みたナスと油揚げ、ちょっとした漬け物……無言で感動しながら食べていれば。 「あ、1本つけておきますね。お代わりの時は言ってください。すぐ持ってきますから」 そういって、宿の女将がおいていったのは、きりりと冷えた天儀酒だ。 お酒は止めておくはずだったが、まぁ今回ばかりは良いだろう。 なぜか尾無狐の分まで用意されていたぐい飲みに酒を注ぐと、くいっと呷って。 ……じわりと染み渡る酒の熱さと、きりりと冷えたその旨み。まさに至福であった。 疲れのため息では無く、心底から満足して、ふうとため息を一つ。 そんな主の姿に、尾無狐も無言でしっぽをぱたり。一安心と言った様子であった。 「ほんとうにごはんもおいしいの〜♪ あ、温泉卵おかわりなの〜!」 こちらはまだまだ元気なプレシアだ。 さっきまでは音楽に合わせてぷりぷり踊っていたのだが、ようやく一段落してご飯にもどったようで。 ちなみに温泉から上がってから軽く転た寝、そして温泉にもう一度入って、今度はご飯と全力のプレシア。 心底楽しそうに、湯上がりの浴衣姿でまくまく温泉卵を平らげていくのだった。 その横で、ぱたんきゅーとひっくり返っているのはエルレーン。 「あぅぅ、天井がぐるぐるぅ……」 「だいじょーぶ?」 風の抜ける涼しい広間にころりと横になっているエルレーン。彼女は湯あたりしたんだとか。 まぁ、長湯をしたあとで全力ダッシュなんかしたらそれもそうである。 そんなエルレーンをプレシアは、温泉卵をもりもり食べつつ、心配そうに見守っていたり。 そして、ぱたぱたと団扇でエルレーンを扇ぐのは先程まで三味線を弾いていた音羽屋だ。 ちょっと音楽は一休み、器用に羽をぱたぱたと動かして風を送っているようで。 紅潮した顔で目を回していたエルレーンもすこしは楽になったよう。 そんな彼女やプレシアを見て、内心音羽屋は、 「……うー……む。湯上り美人とはよく言ったものじゃのぅ……」 じじむさい言動の通り、なかなかに老成した視線でこの美人2人を眺めていたのだとか。 「濡れた髪に浴衣から覗くうなじ……風情じゃなぁ……眼福眼福」 まぁ、エルレーンも仰いで貰ったのだし、これくらいは役得と言うことで。 そして賑やかな夜は更けて、ただ月だけがぽっかりと宿を照らしていて。 いつも依頼に送り出す開拓者たちの小さな日常。その一幕がここにはあった。 それを思い出しながら、笑顔を浮べる庄堂。 夜更け、縁側に1人腰掛けて煙管を加えつつ、ぼんやりと彼ら開拓者たちの顔を思い出す。 嫁さんは当分できそうに無いけれど、とりあえず開拓者と共に働くのも楽しいものだ。 そう思って庄堂は、かつんとたばこ盆に煙管の火を落とした。 ふっと灯りは消え、あとはぼんやりとした月明かりだけ。 開拓者の何気ない一日はこうして幕を下ろすのであった。 |