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■オープニング本文 天儀の武天の片田舎。そこに、なかなか立派なお屋敷が建っていた。 街道からやや離れたその屋敷は、とある武家の一族が代々守っていたものだという。 だがそれは大分昔のこと。お屋敷生まれの子孫たちは、遠方に引っ越したり別の職業に就いたり。 今では、屋敷に住む人も居なくがらんとしてしまったそうな。 そんなお屋敷を今守っているのはたった2人。老人と娘さんであった。 老人は辰兵衛(たつべえ)、武家の老人でかくしゃくとした小柄なお爺さん。 そして娘さんは辰兵衛爺さんのお孫さん。お瀧(たき)ちゃんという名の男勝りの女性だ。 お瀧ちゃんの両親は、彼女が小さい頃流行病で亡くなり、今はこの2人暮らし。 一族も大分少なくなり、遠くで暮らしている親戚以外は、残るはこの2人だけであった。 で、本題はこれから。 この2人。最近ちょっと遠方に出かけていたのだという。 遠縁の親戚がわざわざ招待してくれたとかで、二月ほどの長逗留。 その旅行からやっと帰ってきたところ、なんと屋敷が乗っ取られていたのだ。 どこから流れてきたのか、素性の知れないやくざ者たちがなんと50人ほど。 「ワシの屋敷に断わりも無く踏み込むとは……許せん! たたっ切ってくれる!!」 「おじーちゃん!! 今刀持ってないでしょう! ……でも、どうにかしないとね。そうだ!」 そこでお瀧ちゃんは閃いた。 ボロ屋敷とはいえど思い出の詰まったこのお屋敷。 こっそりお化け屋敷と呼ばれているという噂があって、それにお瀧ちゃんは苦笑していたのだが。 だったら、いっそのこと本当にお化け屋敷みたいにしてしまえば良い。 開拓者さんたちに手伝って貰って、ごろつきたちを怖がらせて追い出してしまうのだ。 刃傷沙汰になったりするのは嫌だし、きっとそれなら平和に追い出せるだろう。 そう考えたお瀧ちゃん、お祖父ちゃんをなだめすかしつつ、ギルドに依頼を出すのであった。 さて、どうする? どうやって驚かそう? |
■参加者一覧
真亡・雫(ia0432)
16歳・男・志
露草(ia1350)
17歳・女・陰
宿奈 芳純(ia9695)
25歳・男・陰
フルト・ブランド(ib6122)
29歳・男・砲
中書令(ib9408)
20歳・男・吟
緋乃宮 白月(ib9855)
15歳・男・泰 |
■リプレイ本文 ●恐怖の屋敷 「……なぁ、なんか物音がしないか?」 「あん? ……いや、特に聞こえないけどなぁ……」 まだ暑さがしつこく残る夏の夜、ある屋敷にて。 偶然、流れてきたごろつきたちの集団は無断でその屋敷に居座っていた。 古びていて、ほとんど何も無いその屋敷を、ごろつきたちは無人の屋敷だと思ったのだ。 ……実際は、住人がたまたま不在にしていただけなのだが。 ごろつきたちは総勢50人ほど。ほとんどは流れ流れて来た食詰め者たちだ。 来歴は様々だろうし、不幸な生い立ちの者もいるだろう。 しかし、彼らは社会に背を向けて他人に迷惑をかける生き方を選んだのだ。 まだあまり大きな悪事はしてないのだが、それでも小さな盗みや犯罪は繰り返している彼ら。 そんなケチな小悪党やら、社会のはみ出し者たちが50人も集まっているのである。 さすがにそれだけ集まれば、結構な勢力だ。 そのまま彼らが野放しになれば、さらに彼らの悪事に泣く人が出たかも知れない……。 「……や、やっぱりなんか声が聞こえないか? 誰かがすすり泣くみたいな……」 「おいおい、気味の悪いこと言うなよ。ただでさえこの屋敷、ぼろなのに妙に小綺麗で不気味なんだから……」 「……だ、だよなぁ。やっぱり聞き間違い……っっ!! ……ぁ、ぁぁ……ぅぅぁわああああ!!!」 「お、おい! 急にどうし…………うわっ、で、でで出たぁぁぁぁぁ!!!!」 しかし、このごろつき集団が誰かを泣かすようなことは無さそうだ。 なにせ、彼らがこれから心底震え、泣く羽目になるからだ。 ……彼らは、これから本物の恐怖を体験することになる。 ●亡霊の住む離れ 仲間たちの叫び声に気付いたごろつきたちは、なんだなんだと集まっていた。 すると、どたばたとこけつまろびつ走ってくる2人。 「なんだなんだ騒がしい、何が出たってぇんだ? アヤカシか?」 「あ、ああ、なんだかわかんねぇが白い幽霊みてぇなもんがこうすーっと…‥な、なぁ?」 「ああ、俺も見た。別にこっちに襲いかかってくる様子も無かったがびっくりして……」 と応える2人だが、他の男たちはそんな仲間を見てにやにやと笑う。 「へ、てめぇら臆病だな。どうせ干しっぱなしの褌なんかを見間違えたんだろう!」 「ははは、そうに決まってらぁ。ようし、俺らが確かめてきてやるぜ!!」 男の集団であるこのごろつき一家。こういう場合は張り合うのが常だ。 というわけで数人がぞろぞろと離れを目指して歩いて行くのだが……。 離れへと続く廊下、そこにいつの間にか小さな人形が一つ。 柱を背にするようにぽつんと座って居た。 まるで生きているかのような端正な造り、そして今にも動きそうなほど生気に満ちた表情。 「……なぁ、あんな人形、前にもあったか?」 「……いや、気付かなかったが……だ、だれかの悪戯じゃねぇかな……」 ひやりと背筋を走る寒気をごまかすように、会話するごろつきたち。 だが。 その人形が、ゆっくり彼らの方を向いた。 作り物のように小さく可憐なその顔を、くしゃりと曇らせると人形が泣き出す。 「……おかーさん………おかーさん……」 ゆっくりと立ち上がり、人形は歩き出す。そのまま庭に降り、泣きながら歩く。 男たちはそれを絶句したまま見送るしかなかった。 すると、暗がりの中に、ぼうっと燐光が。 ゆらゆらと揺れる赤い光、だれかがひっと息を呑んだ。 赤光に浮かび上がったのは単衣姿の女性だ。生気の無い白い肌に赤い光がゆらゆらと揺れる。 瞳は赤、焦点の定まらない瞳でじっと人形を見つめ、ゆらりと手をさしのべる。 その手に飛び込む人形、女性は人形を抱え上げる。 そしてその人形と女性は、視線を男たちに向けると。 にたり、と笑った。 そして不意に燐光が消え、残るのは闇だけだった。 もちろん全てには裏がある。 この女性と人形は、真亡・雫(ia0432)とその相棒の人妖・刻無だ。 女性の霊と人形の振りをして、ごろつきたちを驚かした2人。 しかし、その効果は予想以上であった。 天儀は、今も闇が深くその中には本物の怪異であるアヤカシが棲まうのだ。 理が全てを明らかにしているわけでは無い、怪異は確かに存在し、それは時に人に牙を剥くのである。 正体不明の現象と、確かに目にした不気味な存在。 それはごろつきたちを心底震え上がらせるのだった。 もちろんこれで終わりでは無い。 まだまだ他にも怪異は待っている。もっと不気味で、恐ろしく、そして直接的なものまでが。 ● 「わー、可愛いっ! 私、管狐って初めて見ました!」 「ふふん、当たり前ですわ」 一転して、ほのぼの暢気な雰囲気なのは、屋敷からほどちかい小さな小屋、実はここも屋敷の一部である。 そこには、開拓者たちの一行と依頼人の娘さんがじつはこっそり潜んでいた。 ちなみにお爺さんは事件が解決するまで近くの宿場に居るらしいが、それはともかく。 依頼人のお瀧ちゃんがなでくりつつ褒めている相手は、チシャという名前の管狐だ。 ぱちぱちと綺麗な蒼い瞳を瞬かせ、ふわふわと浮かぶ管狐。 この管狐はは露草(ia1350)の相棒である。 どうやら次の脅かし役は、このチシャと露草のようだ。 「はっ、私ったらすいません、あまりにも可愛くて……そ、それで露草さんはどうやって驚かすんですか?」 はっと我に返って尋ねるお瀧ちゃん、すると露草はにっこりと笑顔を浮べて、 「ふふ、私はチシャと一緒に、人魂で蟲蟲大作戦、ですよ!」 「……いやですわっ! なんで私が蟲などに! せ、せめてもっとこう………」 主の言葉に、みぎゃーと全身で拒否を示すチシャ。しかし、言葉が続かない。 「あら、チシャ。なにか代案があります?」 じっと見つめ返す露草。チシャは淡々と考えて……結局出てこなかった。 「なにも考えが出ないなら、蟲で決まりですね。さぁ、チシャ。頑張りましょうね−」 「うぅ、優雅じゃありませんわあああああ」 そういって連れて行かれるチシャ。それをがんばってーと手を振りながら見送るお瀧ちゃんであった。 そして、こっそりと屋敷に近付いた2人。 「さ、チシャ、今夜は渋く嫌がらせですよ、楽しみですねー」 「うう、なにがどうしてこうなりましたのぉおおおお!」 と、小さく叫びつつも配置につく1人と一匹。 幽霊騒ぎでざわつく屋敷の中に、まずは露草の放った人魂がふわりと飛び込んでいく。 その姿は、大きな大きな蛾だった。 人の掌ぐらいはあるだろう。それがふわふわと屋敷の中を飛ぶ。 そして、だれかが掴まえたり、たたき落としても、そこには何の痕跡も無い。 続いて、大きな蛞蝓や百足など、何種類もの巨大な虫が現れた。 しかし、大きくても精々掌ぐらいの大きさだ。でかいなぁとは思うが恐るるに足らず。 幽霊に比べれば、巨大な虫ごとき……。 だが、次に現れたのは、さらにさらに巨大な虫たちだった。 一抱えはありそうな巨大な蛾や虫、それは今度はチシャの人魂によるものだった。 するすると足下を走る謎の影、擬態で姿を隠したチシャが縦横無尽に屋敷を動き回る。 そして、突然人魂で巨大な虫に。賊からすれば巨大虫が突然現れたように見えるわけだ。 陰陽師の人魂が作り得る大きさと、管狐が変化する人魂。 実は、管狐の変化する人魂のほうが、五倍も大きなものに変化できてしまうのである。 「う、うわぁぁぁ!! また出たぞ巨大な蛞蝓!! なんなんだこの屋敷はぁっ!」 方々で上がる男たちの叫び声。倒したと思ったら消える虫たちに、彼らは疲労困憊。 だが、まだまだ恐怖の夜は続くのであった。 「さ、これを毎日続けましょうか」 「ま、毎日ですの? そんなのはいやですわぁ!!」 「もう、わがままはだめですよー。まだまだ他の方の作戦も残っていますし……」 そういう露草に、ちょっと涙目のチシャだが、 「……終わったら、ケーキ食べに行きましょう」 「……け、ケーキに釣られるわけじゃありませんわよっ!」 というわけで、なんとか頑張るようであった。 ●瘴気の龍と金目の化猫 「怪しげな虫はでやがるし、幽霊話も広まって……いったいどうなってやがる!!」 吼えるのは全体のまとめ役らしきごろつきの男。仲間を怒鳴り散らしていた。 ちらほらと、この屋敷は化け物屋敷だとかそんな噂が広まり始めていたのだ。 だが、そんな噂で尻尾を巻いて逃げるわけには行かない、と吼えるまとめ役。 そんな時、さらにまた別の怪異が彼らを襲うのだった。 「……あん? なんだこの霧は……」 早朝、びくびくしながら厠に起きた男は、廊下を歩いていると、中庭が霧に煙っているのを見つけた。 いままでそんなことは無かったのに、と首傾げて霧を見つめていると、 空から、巨大なものがどかんと落ちてきた。 「グォォオオオオオオゥゥゥッ!!!」 暴風とともに落下してきたのは龍。だがその羽ばたきにも霧は揺らがず周囲を漂っている。 この霧、実は宿奈 芳純(ia9695)が作り出した瘴気の霧である。 そして龍は彼の相棒である交甲龍の菩提だ。 その龍は男を正面から見据えると、さらに轟と吼える。 その音に、数名の男たちがどやどやと現れるのだが、彼らはその時すでに術にかかっていた。 実は、近くに潜んでいた宿奈がごろつきたちに幻影符を飛ばしていたのだ。 この幻影符は対象者に幻覚をみせ、混乱させる術だ。 詳細な幻覚の内容までは制御できないのだが、怪しげな霧とその中で吼える龍が眼前にいるのだ。 彼らは、恐ろしい龍が瘴気を吐き出し、襲いかかってくるように見えたに違いない。 「ぎ、ぎゃあああああ!!!!」 ぶつかり転び、あるいはそのまま気絶する男たち。 そんな大騒ぎに他の人間が出てくれば、そこにはすでに龍の菩提や宿奈の姿は無く霧も消えていた。 「い、いま確かにそこに恐ろしい龍が……!!」 「……た、確かになんかデカイ吠え声はしたけど……」 ますます混乱していくごろつきたちであった。 「お疲れ様でした、菩提。またあしたの朝にでも、もう一度やりましょうか」 そういって菩提の背で、相棒を褒める宿奈に、菩提は嬉しげにぐるるとうなりを上げて。 「……さて、では引き上げる前にもう一度こっそり近寄って、もう一脅かししましょう」 宿奈はこっそり屋敷にまた近付くと、『黒くてガサゴソ動くゴが最初につくもの』の形の人魂で造り出した。 癒やそうな顔の菩提はとりあえず置いておいて、それを屋敷内に放つ宿奈。 露草の虫作戦と相まって効果は絶大なようである。 まだまだ怪異は止まらない。 龍騒動のあったその日の夜。屋敷には煌々と灯りがともされていた。 頑張って薪割りをしたり、古着を使って灯りを造ったごろつきたち。 怖いものが出ないようにと今日は灯りを大増量したようだ。 コレならば、大丈夫と胸をなで下ろすごろつきたちだったが、また別の怪異がその夜始まった。 足音がする。ぺたぺたと妙に軽く、まるで子供が走り回るかのような音がするのだ。 それも廊下からだけではない。軒下、天井裏、屋根を支える梁の上とおよそ信じられない場所からもだ。 「……また足音がする……ね、ネズミかなんかだよな?」 「ああ、ねずみだよねずみ、虫もデカイからきっとデカイネズミもいるのさ!」 寝不足でどんよりした顔のごろつきたちはお互いにそう言ってごまかして。 だが、ついに彼らは新たな怪異に遭遇する。 廊下の突き当たり、そこに小さな白い影がうずくまっていた。 べきべき、むしゃむしゃと何かをかじる音が小さく響くその背に、 「だ、だれだ……そこで何をしてる!」 そんなありきたりな言葉を投げかけるごろつきに、その白い影は振り返った。 真っ赤な血にべったりと染まった口をにたりとつり上げて、笑うその小さな影。 「……次の獲物が来たようじゃの」 そう言ったのは、銀の毛皮の猫だった。 「う、うわぁぁぁ猫又だぁぁぁぁ!!」 時には人を害することもある猫又は力あるケモノの一種だ。 それが怖いことを言っている。喰われるっ! と男は逃げ出したのである。 「ね、猫又? どうした、なにかいたのか!」 「あ、ああ。あっちの廊下に猫又が………っっ!!」 逃げ出した男は、仲間にすがりつくと慌てて事情を説明しようとした。 だが、その彼はまた気付いてしまった。今度は、かがり火の影にたつ小さな人影を。 不意にかがり火の火がかき消えた。 実はこの人影、さっきの猫又の銀鈴の主である緋乃宮 白月(ib9855)だ。 白月は泰拳士の目にもとまらぬ早業で拳を放ち、拳風で粗末なかがり火を消しつつ、くるりと振り返った。 月明かりに浮かぶのは白い髪に金の眼、髪から伸びるのは猫の耳だ。 その白月もニタァっと笑うと、 「……次の獲物が来ましたね……」 「ぎゃぁぁぁあああホントだぁぁぁぁ!!」「またでたぁぁぁぁぁぁ!!!」 逃げ出す男たち、ごろつきたちの怪異経験に猫又が新たに加わるのだった。 時折現れる、母を探す人形と赤い燐光をともに現れる女幽霊。 瘴気を纏った龍、捕まえても消える巨大な蟲、二種類の化け猫。 こんな面々に毎日驚かされて、ごろつきたちは完全にびびってしまっていた。 ここから逃げよう、そんな言葉すらささやかれる状況だ。 だが、だれもまだ直接的な被害には遭っていない。それにこの屋敷を手放すのは惜しい。 そんな男たちの小さな意地は、粉々に打ち壊されることになる。 ●鋏の音と亡霊騎士、そして弔鐘の歌声 その日も、彼らは眠れぬ夜を過ごしていた。 虫はいまでも現れる。人形の泣き声も聞こえるし、化け猫を見た人間も増えている。 怖くて怖くて眠れるわけが無かった。 そんな彼らの耳に、聞こえた音は、鋏の音だった。 しゃきーん、しゃきーん、しゃきーん、しゃきーん。 一晩中続く鋏の音、しかもそれは一つでは無い。 さらに、別の音が聞こえてくる。 弔いの鐘のような響きが遠くから。重々しく、聞くだけで気分が滅入るような楽の音が響いてくる。 「……ち、ちかくで葬式でも……やってるのかな……は、はは……」 もう笑う気力も無く、そう呟く男に、仲間たちは青い顔を見合わせることしかできなくて。 だが、そんな中でも勇気を振り絞って立ち上がったごろつきがいた。 「ちょ、ちょっと何の音なのか見てくるぜ!」 「お、おい……気をつけろよ……」 そして部屋を出て行った男は帰って来なかった。 もう、がたがた震えて朝を待つしか無いごろつきたち。 そしてやっとやってきた朝、外に出てみると、ぴくりとも動かず転がっている勇敢な男が。 「だ、大丈夫か!! ま、まさか死んで……」 「……い、いや寝てるだけみたいだが……」 だが、そこで彼らは恐ろしいことに気が付いた。 その男の服だけが、ズタズタに切り裂かれているのだ。 まるで、鋭利な鋏で切り裂いたかのようなその後に、男たちは震えて。 「お、おいお前!! どうしてお前は此処で寝てるんだ!!」 思わず男をたたき起こし聞いて見れば、 「あぁ?! ……いや、鋏の音を探してたら、音が大きくなってきて、白い顔がちらりと見えて……」 ごくりと息を呑む仲間たち、 「で、それを追いかけようとおもったら……その白い顔の奴と眼があって、急に眠気が……」 「な、なんなんだよそれ! 一体なんなんだよぉ!!!」 もう、男たちの精神は恐怖でぼろぼろえあった。 「……さあ、これで良いでしょう。戻りましょう鼎。夜まで待機です」 男たちが去った後、するすると現れたのは中書令(ib9408)であった。 手にしているのは琵琶、白皙の美貌を持つ彼は吟遊詩人であった。 弔鐘響く鎮魂歌で不安を煽り、夜の子守歌で眠らせる。彼がしたのはただそれだけだ。 だが、効果は絶大だ。しかも彼の相棒もまたその援護に一役買っていた。 相棒のからくり、鼎が手にしているのは巨大な鋏、ギロチンシザースだ。 その音は屋敷に響き渡り、ますますごろつきたちを怖がらせているよう。 そんな中書令たちに合流する者たちが居た。 大柄で黒尽くめの男、フルト・ブランド(ib6122)とその相棒のからくり、叶だ。 からくりの叶も鼎と同じくギロチンシザースを手にしていた。 この2人が鋏の音の主である。 「ブランド殿……それではいよいよ今日の夜ですか?」 「ええ、他の仲間たちと連携して仕掛けることにしましょう。今日が彼らの最後の日になるでしょうね」 ふっと笑顔を浮べるフルト。いよいよ開拓者たちは全ての総仕上げに入るのだった。 そして夜が再びやってきた。 もうごろつきたちは恥も外聞も捨てて、1カ所に集まろうとしていた。 だが、どうやらその手を取るのがちょっと遅かったようである。 「……おい、きょうは全員集まるって話だろ? 来てない奴らがいるぞ!」 もちろんそれは中書令の歌によって眠らされた面々であった。 だが、そんなことを知るよしも無いごろつきたち。 仲間を探しに行けば、そこで彼らは特大の恐怖を体験する。 「おい、集まるって話を忘れたのか! みんなもうあつま……って……」 屋敷のはしっこの部屋で彼らが見たもの、それは恐ろしい亡霊戦士であった。 不気味な髑髏の兜を装備した大柄な戦士が部屋の真ん中に立っている。 手には大きな銃、風格を感じる鎧。そして血だらけの外套だ。 その足下には倒れ伏した仲間たちの姿、だれもが顔や鼻を真っ赤に染めてもがき苦しんでいる。 ついに館の怪異が牙を剥いたのだ!! ごろつきたちは我先に走り出して逃げようとする。 その後をのそりと追いかける亡霊戦士。もちろん、これはフルトが扮したものだ。 彼が銃を撃てば、次々に仲間が転んでしまう。 皆殺しにされる!! 彼らはまさしく蜘蛛の子を散らすように逃げ出し始めていた。 「おかーさん……」 部屋の真ん中にぽつりと立つ刻無に、ぎゃーすと方向転換して逃げるごろつき。 「ほら、獲物がきたよ」「獲物じゃ獲物じゃ。食ろうて良いか」 化け猫と猫又がぶらりと天井から逆さにぶら下がって現れて、ひぃぃぃと叫んで逃げる男たち。 中にはには瘴気の霧が満ちて龍が鎮座、それを見てあっさり数名が気絶して。 気絶した仲間を引きずって裏口から逃げようとするごろつきたち、だがそこはいつのまにか壁が。 白くてなめらかな壁が入り口を塞いでいた。 これは露草の術だ。裏口をふさがれた男たちは、だばだばと泣き叫びながら正面玄関へ。 後ろからは亡霊戦士がのそのそと、いつもまにか口や鼻を真っ赤に染めた仲間たちも一緒に逃げていた。 じつはこの赤いのはフルト特製の唐辛子入りの血糊で、もう何が何だか分からないまま全員逃走中で。 部屋の一つには、ぼうと灯りに照らされた白皙の美丈夫。 彼が奏でる琵琶の音は、まるで墓場に響き渡る弔鐘のようで。 むさいおとこたちは、きゃーきゃーともう声も出ずにただ玄関を目指すしかなくて。 まだまだ怪異は止まらない。 飛んでくる巨大な蛾、露草とチシャの人魂だ。 フルトの相棒、叶と中書令の相棒の鼎はギロチンシザーズを手に姿を現す。 もうこれは首を切りに来ているとしか思えない展開だ。 そして、小さな刻無を抱いた真亡もゆらりと姿を現す。 いつのまにか、ごろつきたちのまとめ役らしき男も気絶し、部下たちに抱えられて逃げていて。 「た、たすけて、たすけてくれぇぇぇ!!」 「ぉぉぉおっかさぁぁぁぁぁん!!」 そして命からがら逃げ出した男たち、彼らは一目散に遙か彼方まで走り去っていくのだった。 風の噂では、あっさりその集団は解散し、みなげっそりと堅気に戻ったり罪を償ったりしたそうだ。 人生観が変わるほど、よほどの怖い目にあったのだろう。 これにて一件落着。 屋敷は無事に取り戻され、お瀧ちゃんは開拓者たちをその屋敷に招いて暖かくもてなすのだった。 |