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■オープニング本文 開拓者に怪我はつきものだ。依頼や大規模な作戦で怪我をすることは日常茶飯事と言える。 そんな貴方は、とある小さな医院に来ていた。 ギルドや仲間の評判によれば、その医院は腕利きの医者がいる良い病院とのこと。 わざわざ山奥に建てられているのは、その山で良質な薬草が採れるからとか。 家族ぐるみで小さな医院を切り盛りしている、なかなか良い場所という話であった。 だが、どうにも様子がおかしい。 「ヒィヒッヒッヒ……わざわざこんな山奥まで、ようこそおいでくださいました……」 腰の曲がった老婆がそう言って、貴方を出迎えた。 その姿は、まるでジルベリアに伝わる魔女だ。かぎ鼻に節くれ立った手がどこか不気味。 「どうぞ……ごゆっくり……」 そういってバタンと戸が閉じられた。 その医院は天儀に置いては珍しいジルベリア調の建物だった。 その玄関広間で貴方は一人たたずむ。 そして貴方は夏の暑さにもかかわらず、どこかひやりとした空気を感じるのだった。 「……開拓者か……待合室で待っていてくれ」 ひょろりとした医者はぶっきらぼうにそう答えた。 生気の感じられない顔からは、どこか酷薄そうな雰囲気が。 「……………どうぞ」 ほとんど声を発さない看護婦は、そう言って貴方を案内した。 長く伸びた黒髪は彼女の顔を覆い隠し、さらには大きな布が彼女の口元を覆っているのが不気味だ。 さらには、まだ不思議な事が。 庭をふらりと歩く老人。筋骨隆々のその老人の手には長銃、腰には山刀、前掛けには血の跡が……。 そして医院の廊下を駆ける子供の足音と笑い声。しかし姿は見えない。 さらにさっきの老婆が貴方たちに告げる。 「……山奥ですし、今晩は泊まっておいき……粗末な手料理ぐらいしか無いけどねぇ。ヒィッヒッヒ……」 そして夜中に、何か刃物を研ぐ音が響き渡る。 何かが違う。そう感じるのも無理は無いだろう。 さて、どうする? |
■参加者一覧
美空(ia0225)
13歳・女・砂
真亡・雫(ia0432)
16歳・男・志
喪越(ia1670)
33歳・男・陰
御鏡 雫(ib3793)
25歳・女・サ
宮鷺 カヅキ(ib4230)
21歳・女・シ
ルシフェル=アルトロ(ib6763)
23歳・男・砂
シャンピニオン(ib7037)
14歳・女・陰
エリアエル・サンドラ(ib9144)
11歳・女・陰 |
■リプレイ本文 ●珍客万来 黒笏先生の医院に向かって、山道をてくてく進む姿があった。 いや、のしのしだろうか? もしくはがっしゃんがっしゃん。 目深に被った天儀の兜からは口元だけがちらり、そして体は重量感たっぷりの当世具足で覆われている。 非常に怪しい姿なのだが、実はその身の丈はちびっ子サイズ、意外と可愛らしくもある。 これ、というか彼女は美空(ia0225)。れっきとした開拓者であった。 「すっかり日が暮れてしまいました……むむむ? やはりこれは夕餉の準備の匂いであります」 山道でちょっぴり迷子だった彼女は匂いを追いかけて、医院へ向かっていた。 というのも彼女、怪我のせいであまり視力が良くないらしく、その代わり鼻には自信があるようで。 ついに美空は匂いに導かれて医院を発見。 「おや、いらっしゃい……ヒッヒッヒ、お嬢さん、道に迷われたのかね?」 出迎えた老婆はやっぱり不気味だが、ぼんやりとしか見えてない美空には無関係で。 「助かったのであります。日も暮れてしまって一体どうしたら良いかと不安で……」 そこで美空はふと、館の中に漂う生薬の匂いに気がついた。 「おや、ここはお医者様のお住まいですか?」 「ええ、その通りだよ……それがどうかしたかねぇ?」 「……それはありがたいのであります。実はこの美空、折り入ってお願いしたいことが……」 そういって美空は、老婆に連れられて黒笏先生の元へ。もちろん相談はその視力に関することで。 「……外傷性のものだからな……目に良い薬とかなら処方できるのだが……」 「残念であります。でも、お世話になったのでお礼はするですよ」 そんな理由で美空は、しばらくの間この医院で手伝いをすることにしたようだ。 こうして、不気味な医院に珍奇な姿のお手伝いさんが増加したとか。 で、そんな時に限って多くのお客様が来訪するのだった。 「……ええっと、失礼ですけどアヤカシが化けてるわけではないですよね?」 「? 美空は美空ですよ」 「ほっほっほ、このお嬢ちゃんは働き者でねぇ……しっかり者だよ?」 ちびっ子彷徨う鎧と魔女っぽいお婆さんに出迎えられて、思わず尋ねた真亡・雫(ia0432)。 たしかに、急にこの2人が出てきたら怪しいというか怖い。 「なにか、ワシらにおかしなところがあるかね?」 「ち、違います。先の依頼でそういうアヤカシを退治したばかりでしテ!」 「ほうほう……怪我をしておるようじゃの。ならば待合室へ案内するよ……ヒィッヒッヒ」 と案内されて、女性と見まごう細面に泣きそうな表情を浮べる真亡。 さらに無愛想な黒笏先生と、無言の看護婦、桧野子さんと遭遇し。 「……ふむ、怪我もそうだが疲れもたまっているようだ……部屋はある。治療のあとは休んでいくと良い」 黒笏先生にそう言われて、真亡はそのまま客室へ。そしてぱたりとドアが閉まれば。 「………な、なんなんだろうここ。先生は怪しげだし、看護婦さんは目を合せないし……」 もちろん先生は素で口べたで、看護婦の桧野子さんは照れ屋なだけ。そんな時、コンコンとノックの音が。 「ひっ、ひゃいっ!!」 思わず小さく飛び上がり、振り向けば顔を見せたのは先ほどの老婆だ。 「おや、驚かせたかね……今日は、晩に疲れに良く効く薬膳料理を用意するからね」 にまっと笑う老婆。もちろん、愛想良く笑っているつもりなのだが、怖いだけだ。 「すこーし時間がかかるから、楽しみに待っておいておくれ……ヒッヒッヒ」 と、去って行くお婆さん。扉が閉まると、子供が廊下を駆け抜けていく音と笑い声。 「……い、いつもよりびっくりしやすくなってる気も……不安と疲れの所為なのかな……」 ベッドにぱたりと倒れ込む真亡だった。 ●恐怖の夜 次なるお客は開拓者たちだ。1組目は少女たち。 「エリアエルちゃん、同じ玄武寮生だったんだね!」 「うむ、正式な入寮はこれからじゃが、今年から学ぶ事になったのじゃ、宜しくの」 「じゃあ、私の方が先輩だ!」 「そうじゃの。……えと、我の事はエリアとかエリでよい、だからシャニ姉と呼ばせて貰って良いかの?」 「もちろん! じゃあ、エリちゃん……分からない事があったら、遠慮なく聞いてねっ♪」 道に迷ったシャンピニオン(ib7037)とエリアエル・サンドラ(ib9144)。 2人は偶然にも山で出会い、同じエルフで同じ陰陽寮所属と分かればすぐに打ち解けて。 だが2人は道に迷っている真っ最中。 「そういえば、腕利きのお医者さんがこの辺に住んでるって聞いた事あったよ!」 シャニの言葉に2人は元気百倍。てくてくと山道を進んで黒笏医院に到着。 だが、山中にぽつんと立つジルベリア風の館は微妙に不気味で。 「あのー……お、おじゃましまーす……」(お邪魔するのじゃ〜……) おそるおそる中に入る2人、それを出迎えたのは看護婦の桧野子さんだった。 「……どう、なさいましたか?」 小さな声で問うざんばら髪の女性。しかもマスク付き。 だが、エリにぎゅっと裾を捕まれたシャニは、しっかりしなきゃと勇気を出して迷ったことを説明。 すると、桧野子さんは目を細めて、 「そう、ですか……もう夜になりますし、今日は泊まっていって、ください……」 実は必死で愛想良くしようとした結果なのだが、頑張って浮べた笑顔はマスクに隠れて逆効果で。 「今日は……お客さんが、多いんですよ………たまには、こういうのも……いいですね」 ふ、ふふふと笑い出す桧野子さん。これも、絞り出した愛想良さの結果なのだが。 そんな桧野子さんの後ろをてくてく進みながら、2人も客室に通されて。 「部屋は……別々がいいですか?」 「い、一緒で良いのじゃ! そ、その……一緒におっても良いであろうか?」 応えたのはエリだ。ぎゅっとシャニの手を握って。 「これも何かの縁故……のぅ?」 そう問いかけるエリアエルに、慌ててシャンピニオンも頷いて。 「そう……それじゃあこの部屋を……晩ご飯の時はお呼びしますから……」 そういって離れていく桧野子さん。エリは思わず、 「な、何じゃこの異様さは……ぶ、不気味なのじゃ」 とつぶやき、ぎゅっとシャニの手を握り直すのだった。 そしてもう一組、今度は正真正銘の怪我人が。 「ああ、丁度良いところに医院があって助かりました」 「そうだねぇ。でも……なんか、辺鄙なとこだね〜」 薬草探しの途中で足をくじいてしまった宮鷺 カヅキ(ib4230)。 彼女に肩を貸しつつ、ルシフェル=アルトロ(ib6763)は医院を見上げて思わずぽつり。 たしかに、ツタの絡まった館の様子は微妙に辺鄙で不気味だったが、2人もまた屋敷へ。 すると老婆がお出迎え。 「ヒッヒッヒ、どうなすったのかねお嬢さん」 「ええ、その……道中足をくじいてしまって」 「ほうほう、それはそれは。今は先客がおるので待合室で待っておくれ。すぐ、先生を呼んでくるからねぇ」 そういって去って行く老婆。なんだろうあれと、視線を向けるルシフェルに宮鷺は、 「……悪いひとではないと思いますよ、雰囲気がアレなだけで……たぶん」 不安そうに顔を見合わせるのだった。 その時黒笏先生と話し込んでいたのは御鏡 雫(ib3793)だった。 同じ医師として、黒笏先生に会って見聞を広げようとやってきたとか。 あらかじめ、どんな医者かは聞いていたのだろう。 多少なりとも不気味な場所だとは思いつつも、しっかり生薬の配合やら運用について話し込んでいるようで。 そこにさっきの老婆が。足をくじいた宮鷺のことを伝えれば。 「捻挫ならば、痛みを散らす内服薬に、幹部の熱を取る塗り薬だな……」 「先生、私も診察に同席して構いませんか?」 「ふむ……患者に許可をとってみて、平気だというならば……」 「カヅキの怪我が軽くて、良かったね〜」 ニコニコと笑顔のルシフェル、捻挫は軽症だったようで、薬を塗って包帯で巻き固めれば平気だとか。 ほっと一安心の宮鷺だったが。 「……しかし、看護婦のヒノコさん。髪綺麗だね〜」 ルシフェルがそんな調子で話しかければ、さっと逃げてしまう桧野子さん。ならばと次の狙いは御鏡先生。 「うん、男の患者ならやっぱり、シズクみたいなスタイルの良い先生に見て貰いたくなっちゃうよ」 と、とりあえず挨拶代わりに口説いているようであった。 そんなルシフェルを、ずるずる引きずりながら、 「んなことしてる場合じゃないでしょ! 明日は薬草採りにいきますよ!」 と、宮鷺。 2人はそのまま案内されて、晩ご飯を食べに行くのだった。 ●恐怖の夜 ちょっと遅めの夕御飯は薬膳料理に、山鳥の焼き物までついた豪勢なものだった。 だが気にかかるのは、晩ご飯前に猟銃片手にのしのしと庭を歩いていた老人。 血に染まった前掛けが嫌に記憶に残っている。 そしてもう一つ。開拓者だけが集められ、先生たちとは別の部屋で食事を取っていると言うことだ。 これは黒笏先生とその家族がいたら気が休まらないだろうという配慮だったのだが説明無しでは不気味。 「……うーん、名医と美人看護婦がいるって聞いたのに、なんだこの超展開……いざとなったら皆を囮に……」 ぶちぶちとつぶやく怪しい風体の男、喪越(ia1670)はこの屋敷最後の客だ。 そんな喪越の言葉に、びくっと反応したのは隣の真亡だったり。 「……え、貴方もやっぱり怪しいと思います?」 「うむ、とくにあのジジババは要注意だ……さっきなんてあのババさま、出刃包丁もってたぞ」 そんな喪越の剣呑な言葉に、ますます真亡はひぃぃとなったり。 そして開拓者の間をミニ彷徨う鎧状態の美空が料理の配膳をしていたり。 さらに、もくもくと離れたところで手帳に書き込みをしている御鏡がいたり。 てんでばらばらな一同の様子にますます不安は増して、夜は更けていくのだった。 そして、悲劇は始まった。というかむしろそれは勘違いによる喜劇だが、とにかく始まった。 発端は喪越だ。 彼は一番遅くにやってきたので、治療はご飯のあとに。 怪我の様子を確認したり、普段の体調なんかを問診する黒笏先生。 今回も、御鏡は先生の補佐をしつつ同席。だが、ここで喪越の悪い虫が。 (この磨き抜かれた「美女センサー」は確かにビンビン反応している……) さっきまで、怖いとか不気味だとか行っていた喪越だが、どうやらそれを煩悩が上回ったようで。 「……先生、早く治療をー……って痛いのは嫌Yo? 出来ればそっちの御鏡先生か看護婦さんに……」 そこまで行って、ぴたりと手が止まる黒笏先生。 実はこう見えて黒笏先生、結構な愛妻家なのだ。で、喪越が言う看護婦とはもちろん桧野子さんのこと。 先生の愛する妻である。それにむかって喪越は、 「取り足取り腰取り看病して貰った方が、俺としては何十倍も元気になれそうなんだけど♪」 「……ふむ、古傷の所為か、大分骨格も歪んでいるようだ。整体もしなければな」 「いや、えっと普通の治療だけでイイですヨ? 整体ってあの、ゴリっとかボキボキってやつじゃ……」 「なに……遠慮することは無い。泰国式の強烈な奴だが……体は軽くなるさ」 喪越はどうやら、黒笏先生の逆鱗に触れてしまったようで。 がっちり抑えられて、しかも御鏡が見ている前で、ぽっきぽきのめっきめきに整体されて。 「らめぇ! 喪越トんじゃうぅぅぅっ!」 と謎の悲鳴が響き渡るのだった。 その頃、宮鷺は屋敷に響く刃物の音に眠れぬ夜を過ごしていた。 そんな宮鷺を心配して、ルシフェルが見舞いにきていたようで、 「カヅキ、寝なくて大丈夫なの? 怪我人でしょ〜?」 「だっ……だいじょうぶですねむりません!」 かっと目を見開いて言う宮鷺、そんな彼女に苦笑を浮べて、 「……じゃあ寝るまで一緒にいてあげよっか?」 「な、なにを……」 と宮鷺が思わず反論しようとしたときに、喪越の珍奇な悲鳴が遠くから聞こえて。 「はっ! い、いまのは!!」 思わずびっくりした宮鷺は、隣に座っていたルシフェルにぎゅっと抱きついてしまったり。 しかしちょうど同じ頃、もっと大変な状況が巻き起こっていた。 「これ……何の音だろう、エリちゃん 包丁を研いでるみたいな……」 「さ、さっぱり分からないのじゃ。でも、さっきから笑い声と足音もするのじゃ……」 半泣きになりつつも、不安なので見回りに出てみたシャニとエリの2人。 だが、そこで響き渡る喪越の珍奇な悲鳴。びくっと身を固めれば、きゃっきゃと笑い声が。 それはもちろん、皆を驚かせて遊んでいた黒笏先生の子供だ。 だが、そんなことをしらない2人にとっては、怖いことこの上なし。 さらに、運悪く包丁を研いでいたお婆さんが包丁を手に、何の悲鳴だろうと廊下に出てきて。 そこにばったり鉢合わせてしまうエリとシャニ。 「ん、もう嫌じゃーー! 怖いのじゃーーー!!」 「いやーー! まだいっぱいやりたい事あるし、とと様まだ見つけてないしっ」 エリアエルとシャンピニオンの2人は、あまりにもびっくりして泣き出してしまうのだった。 そこにやってくる他の面々。 宮鷺とルシフェルは、泣き声に気付いてなんだろうと顔をだし、先生と御鏡や真亡に美空まで勢揃い。 そこで、やっと一同は全員の奇妙な勘違いとすれ違いに気がつくのだった。 ●そして後日談 「申し訳ない気持ちと自分の弱さに情けない気持ちで胸がいっぱいになりそうです……」 とほほと肩を落とす真亡だったが、先生は気にすることは無いと応えたようで。 そんな真亡。彼は先生の子供の遊び相手になっているようだ。 お仲間は、エリとシャニ、そして美空のちびっ子組だ。 「本当に、食べられてしまうと思ったのじゃ……」 「えへへ、大騒ぎしてごめんなさい」 照れている2人に、首をかしげる美空。 「怖いのって、美空にはよくわからないのであります」 一方喪越は、お礼代わりとして薬草採りの手伝い中で、 「あーあ、結局看護婦さんの顔は謎のままか、ぜーったい美人なのにYo!」 「うん、俺もそう思ってたんだけどねぇ。俺の目には狂いは無いはず」 「おお! だよなぁ、俺のセンサーもびんびんなのになあ」 からからと笑っていうルシフェルと喪越だが、 「ほらほら、そんなことを言ってるとまた先生に怒られるよ」 笑いをかみ殺しながら、御鏡先生にたしなめられたり。 そして、のこる宮鷺はというと、ちびっ子組に混じって、 「はいつーかまえた。きみ足速いねー」 どうやら、先生の息子たちと一緒に鬼ごっこ中。 「……も少し足音を小さくして気配を薄くすると、もっと見つかりにくくなりますよ?」 そして宮鷺がこっそり耳打ちすれば、子供もにっと笑い返して。 どうやら、まだまだこの医院は不気味なのは続きそうだ。 しかし、とりあえず誤解の解けた一行は、しばらくは怪我の療養と美味しい料理を堪能するのだった。 |