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■オープニング本文 武天の商業の街、芳野。そこで今年も桜の祭りが行われようとしていた。 急に寒かったり、雨が降ったりと安定しなかった天候も一山越えたようで、急に春の陽気だ。 芳野は六色の谷という景勝地に隣接する形の街である。 街から見ても、山野の桜が美しく、さらには町中の桜も丁度見所。 領主や商売人たちも、一気に春の宴へと向けて、盛り上がるのだった。 さて、ギルドにはそのお誘いがいつものように出ているのだが、こちらは手伝いの募集だ。 商売根性溢れる人々が多い芳野とは言え、祭りとなれば手が足りない。 いつものように、開拓者が屋台を出すのも良し、なにか特別な商売を提供するのも良いだろう。 祭りの会場は、街のところどころに有る桜から、隣の六色の谷まで全域に及ぶ。 町中にも、谷にも屋台は出るだろうし、その他様々な商売が考えられるだろう。 必要な資材や道具、準備は街の商工人たちに頼めば用意してもらえることになっている。 必要なのは、商売人としての才覚だけだ。 さて、どうする? |
■参加者一覧 / 静雪 蒼(ia0219) / 柚乃(ia0638) / 静雪・奏(ia1042) / 礼野 真夢紀(ia1144) / ペケ(ia5365) / 和奏(ia8807) / 滋藤 柾鷹(ia9130) / 紺屋雪花(ia9930) / 不破 颯(ib0495) / 燕 一華(ib0718) / 无(ib1198) / 音羽屋 烏水(ib9423) |
■リプレイ本文 ● 芳野の街と六色の谷は桜一色。 まるで、この季節を待っていたかのように咲き誇るたくさんの桜。 山肌に沿って咲き誇る桜は、気温の差からか三分咲きから満開までよりどりみどりだ。 そして、その桜を目当てに賑わう街と花見の客たちもまた賑やかである。 家族や仲間と共に、手には弁当や角樽を抱え、思い思いの場所で思う存分花見の予定。 老若男女、どっと入り乱れての大賑わいであった。 そんな一角、芳野の街から六色の谷に向かう道の一つにて。 「……今年は寒さが長引いたせいか、開花が遅れましたね」 咲き乱れ、舞い散る桜の花びらを箒で掃きつつ、のほほんとたたずむ青年が一人。 人の往来が激しいその通りを掃除しているのは和奏(ia8807)だ。 「その分咲き出すと早かったみたいですね……ああ、こっちにもゴミが」 彼は、遊歩道や参道を中心にどうやら地味なゴミ拾いをやっているようで。 背中には大きな背負いカゴ、そこに花見客の残したゴミを拾い入れているのであった。 「それにしても賑やかですね。まあ、これだけの桜が一気に咲けば、盛り上がるのも分かりますけど」 よいしょと、妙にじじむさく腰を伸ばしつつ、彼はてくてくと花見客の間を行く。 そんな彼の姿に気付けば花見客たちも自分で後始末をしなければと襟を正すようで。 「おい、そこの兄ちゃん、精が出るな! これでも食べてくれや!」 「おや、有難う御座います……お団子ですね」 そんな和奏には、盛り上がってる花見客たちが次々に差し入れをくれたりで。 「……桜の季節は、気が休まらないと詠われた古人の気持ちが……」 慌ただしい周囲の空気の中、のんびりと団子をかじりつつ、和奏はぽつり。 「少しだけ理解出来たかも……」 苦笑しながら、またゴミ拾いを続けるのだった。 そんな和奏がゴミ拾いをしながらふらりと進んだ先は、六色の先の花見会場。 大勢の人出で賑わっているようで、そこかしこにゴザをしいて宴会が繰り広げられているようだ。 しかし春の陽気の中、酒も豊富な宴席とあれば、大虎の1人や2人いるというもので。 「てめぇ、いま足踏んだだろ!」「うるせぇ、因縁付ける気か!!」 と、飛び交う罵声。はてさて、どうしたものかと和奏がそちらに向かうと。 「ちょっと失礼しますねっ!」 ひらりと和奏の脇をすり抜けて、酔漢たちの所に駆けつけたのは白髪の少年だ。 しかし、ただの少年では無い。三度笠のその少年は、燕 一華(ib0718)。 彼が手にしているのは優美な薙刀だ。優れた身のこなしと、手にした武器から一目瞭然、彼は開拓者だ。 「さあさあ祭りに喧嘩は華なれど、賑わい汚すは無粋な物!」 酔漢たちの手前で、ぴたりと足を止めると燕は大音声で口上を述べる。 対する大柄な酔漢たちは、いかにも乱暴者といった風情。彼らは酒に濁った視線を燕に向けた。 「ああん? てめぇもなんか文句あんのか!」 周囲の迷惑そうな視線と、さらには自分たちをびしっと見据える少年。 さすがに酔っぱらいたちは、居心地が悪くなったのか、振り上げた拳のおろし所を見失ったようで。 「五月蠅え五月蠅え! ガキがいちゃもんつけるんじゃねぇ!」 ということで、怒りの矛先は燕へと向いてしまったようだ。 だが、そんな酔漢たちを待ち受ける燕。鞘に収めたままの薙刀をひらりと振り上げて。 「おや、それならば演舞の一つとして、皆様に楽しんで頂きましょうっ!」 そういって、つかみかかってくる酔っぱらいたちをひらりと躱すと、薙刀を一振り。 臑をしたたかに打ち据えられて、あっという間に酔漢たちは悶絶して、転げ回るのだった。 「では、こちらの御仁たちは、しかるべき所に連れて行きますので〜」 のほほんと、酔っぱらいたちを引きずっていったのは和奏。 ゴミ拾いのついでとばかりに、ひっくり返った乱暴者たちをまとめて連れて行ってしまったり。 そのあたり、のんびりしていてもさすが歴戦の志士だけはあるようで。 そんな彼の背中を見送ってから、燕は改めて周囲を見渡した。 酔漢と少年の大捕物、それが一段落して、周囲に人たちもほっと一息ついたようで。 酔漢たちが暴れたせいで丁度ぽっかり場所が空いている。 せっかくだしと、そこで燕は本来の役目に戻る事にしたようだ。 「……元・雑技衆『燕』が一の華の演舞、この良き祭りの日に出会えたのも何かの縁!」 再び上がった口上に、なんだなんだと周囲の花見客たちは注意を惹かれたようで。 そんな観客を前に、燕は美しい薙刀をひらりとかざすと。 「まずは、薙刀の演舞から! とくとご覧くださいっ!」 舞い散る桜の花びらの下、ひらりひらりと演舞を始める燕に、歓声が。 「皆さんの心にひっそりと咲くひと華となれば嬉しいですっ♪」 歓声はさらに人を呼び、さらに大きな盛り上がりとなって、花見の席を大いに飾るのだった。 ● 「はい、これは君の分ですよ。全員の分あるから、慌てないでくださいねっ」 薙刀の演舞以外にも、舞傘の芸や傘まわしまで披露した燕。 今彼は、傘の芸で使ったぬいぐるみを子供たちに配っているようであった。 酒で盛り上がる大人たちに囲まれて、退屈を持てあましていた子供たちに彼は大人気。 うじゃっと子供たちに囲まれていたのだが……。 「お、おがぁざ〜ん、どこぉ〜!!」「うぁぁぁぁあああんん!」 迷子の姿がちらほらと。これにはぬいぐるみ片手に燕も困ってしまったのだが。 「おやおや、これはお困りのご様子! 確かにこれほど人が集まれば迷子も出ようぞ!」 べべんべん、と三味線片手に現れたのは黒い羽を広げた少年であった。 泣いていた子供も思わず泣き止ませたこの少年は、音羽屋 烏水(ib9423)。 ぺけぺんぺんと、三味線を陽気につま弾きつつ、音羽屋は迷子の親探しを引き受けるのだった。 「助かりました。子供達の事、よろしくお願いしますねっ」 「うむ、共に歌いながら探せば寂しさも紛れるじゃろう。お任せあれじゃっ!」 こうして、音羽屋は子供たちと共に、親を探しつつその場を後にした。 迷子以外にも、大勢の子供たちを引き連れた音羽屋は、 「ならば連れが見つかるまで、わしが祭りの楽しみ方をずずぃと教えてやるぞぃ」 そういって、ぞろりと子供たちをつれたまま、ふらりふらりと芳野の花見会場を廻り行くのだった。 「春は爛漫、桜は舞うわ人も舞う〜♪ 皆で踊ればさあ楽しっ♪」 「さあたのしー!」 子供たちと一緒に歌いつつ、ふらりふらりと音羽屋は宴会の隙間を縫って行進を続けていた。 すでに迷子を連れた黒い羽の少年は噂にもなっているようで、時折親御さんがやってきたり。 しかし、逆に迷子を新たに見つけたりとなかなか子供たちの数は減らないようで。 「ふーむ、しかしなかなか迷子が減らんのう」 くるりと振り返って見れば、とりあえず付いてきてしまった子供たちがわらわらと。 とりあえず、音羽屋は深く考えずにさらに進むことにしたようであった。 「笑えや笑え〜笑顔の花よ咲き誇れっ、とな」 「さーきほこれー!」 そうこうしているうちに、音羽屋と子供たちは屋台が沢山出ている参道の一つへとやってきていた。 そこかしこからは美味しそうな匂いと賑やかな売り子たちの声。 その中で、子供たちの注意を一番に惹いたのは……。 「あ〜めざいく〜あ〜めざ〜いく〜♪ ど〜んな物でも作れちゃう〜♪ ためしに御一つ買ってみなぁ〜」 童唄の調べに乗せて、賑々しく飴細工を作っている青年であった。 飴細工用具の一式をまとめて、移動しながら飴細工を作っているのは不破 颯(ib0495)だ。 優美な花や鳥の飴細工は女性に人気のようで、繁盛しているよう。 だが、子供たちはそんな彼の前で立ち止まると、 「なんでも、作れるの?」 そういっていそいそとなけなしのお小遣いを握りしめて、それぞれのお願いを告げるのだった。 「ん〜ふっふ〜。これはこれは見事な飴細工! 迷子殿たちもしばらくは動きそうに無いのう」 からからと笑う音羽屋。そんな彼の言葉を聞きつけて、 「おや、この子たちは迷子だったのかい。ふぅむ、それならおまけしちゃうぜ」 にやりと笑う不破。ちょっとお小遣いが足りない子たちも含めて、彼らの希望の飴細工を作るのだった。 ちなみに、一番人気は龍。その次はもふらと続くとか。 「折角じゃ、ついでに宣伝として一曲、この腕振るおうぞっ! あ〜めざいく〜あ〜めざ〜いく〜♪」 音羽屋が不破の歌をまねて歌い出せば、明るい三味線が響き渡る。 それを聞きつつ迷子たちは泣くのを忘れ、飴細工をかじりつつ親を待つのだった。 賑やかに飴細工を作る不破と、それ周りで宣伝と三味線を鳴らす音羽屋。 そんな2人の耳に、ほど近くから響いてきたのは笛の音と歌声だった。 楽器を奏でる者として気になったのか、音羽屋は子供たちを不破に任せて、音の元へ。 するとそこのは一つの屋台が。 「汁もんは如何やぇ〜」 踊りながら宣伝をしているのは静雪 蒼(ia0219)だ。 蒼い髪がひらひらと風に踊り、舞い散る桜の中、彼女の様子はまるで一枚の絵のようだ。 そんな優美な舞と、元気な声で彼女は売り子をこなしているようだ。 「春や言うても風はまださむぅおす、花冷えしはるよって暖まっていってつかぁ〜さい」 そして、彼女の踊りに彩りを添えているのは兄の静雪・奏(ia1042)の笛だ。 どうやら屋台の料理担当のようだが、今は手隙のようで笛を手にして舞を盛り上げているようだ。 「ほほう、やはりこうしたお祭り騒ぎはいいのう。こうして他人の芸が間近で見れるからのっ」 てくてくとやってきた音羽屋は、静雪兄妹の調べと舞に静かに感嘆するのであった。 その後、思わず音羽屋も三味線で舞を盛り上げてみたりと、ひとしきり盛り上がった後。 お礼代わりと音羽屋は、2人から屋台の料理をごちそうになっていた。 「いやぁ〜、助かったわぁ〜♪ 奏兄ぃの笛に負けじと、良い三味線でしたぇ」 「なんのなんの、美味い屋台であればこそ、宣伝を買って出たのじゃ!」 「そうやろ〜。奏兄ぃの作りはる料理はどれも美味しいんやぇ? 見ぃや、この大繁盛!」 大いに繁盛している様子を満足げに見つつ、音羽屋に桜の善哉が入った椀を手渡す妹の蒼。 その後ろで、にこにこと穏やかに料理を作り続ける兄の奏は、自身を褒める妹の言葉に静かに首を振って。 「可愛い売り子さんがいるから、客引きが上手くいったんだよ」 後はボクの腕次第、とそういって謙遜する奏であった。 彼らの屋台には、珍しく汁物が多く並んでいた。 料理上手の奏が自ら腕を振るったらしく、種類は様々。 甘いのが好きならば善哉や桜餡を使った甘味が。 そして、それだけでは無く塩味の料理があるところが、また憎い。 花より団子と甘い物になれた舌が心地よい、ほどよい塩味の鶏団子汁がどうやら大人気のようだ。 「……そや。桜の花びら型のクッキーもあったらえぇなぁ〜」 そんな繁盛の中、ふと思いついたのか蒼は兄にそんなことを提案していたり。 そんな様子を見て、もぐもぐと善哉を食べていた音羽屋は、ある疑問を蒼に投げかけるのだった。 「……おや、おぬしは料理を作らないんかの?」 その言葉に、ぴしりと固まる蒼。彼女はぎぎっと兄へ首を向けて。 「……兄ぃ、うちに作らせたら、あかんぇ?」 大きな声では言えないが、料理上手の兄・奏に比べ、蒼は必殺料理を作ってしまう質のよう。 そんな妹の言葉に、小さく笑いながらと頷くと、奏はクッキー作りに取りかかるのだった。 そして、いつもながら、屋台を出している小柄な少女の姿があった。 もうその姿はこの芳野の祭りではちょっとした名物だ。 彼女は、礼野 真夢紀(ia1144)。 毎回こうした芳野の催しには顔を見せ、立派な料理を振る舞ってくれているのである。 そんな彼女の今回の店は、どうやら甘味中心のようだ。 桜の下で食べるのに相応しい桜餅は、桜の葉と桃色の焼皮で包んだ二種が勢揃い。 ちょっと味も一工夫も違うという手の込んだ一品である。 また、ここでならばただの団子でもひと味違って、兎の形が子供たちに大人気だ。 さらには彼女には強みがあった。それは巫女の技、氷霊結だ。 西洋菓子として、わざわざ用意したのはなんとも見事なケーキである。 それを保存するにしても、氷霊結の冷気が大活躍。 さらには、桜色の葛餅まであるとくれば、やっぱりいつもながらの大繁盛であった。 「……下戸だけど、甘い物駄目な人用に、珈琲出せるようにしておこ」 泰国南部から仕入れた珈琲まで用意していた礼野。これで準備は万端だ。 そんな彼女の店には、多くのお客が顔を見せてようであった。 店を出したすぐ近くには、蒼い髪の兄妹の屋台が。 時には笛と舞でお客を呼ぶ静雪兄妹と礼野は、お互いに良きライバルとして客足を競ってみたり。 そんな静雪兄妹の所にやってきた流しの三味線弾きの少年、音羽屋。 彼は、ふらりと甘酒の香りに誘われて礼野の屋台に。 しばらく甘酒を飲んでほっと一息。そんなところにやってきたのは子供たちの群れだった。 子供たちを連れてきたのは、音羽屋の姿を探していた飴細工職人の不破だ。 まだ親の見つからない子供たちと一緒に、しばし礼野の屋台で休憩だ。 子供たちは、兎の形の団子に目を輝かせ、皆でちょっとおまけして貰ったり。 そして響くのは、不破の賑やかな飴細工の歌や音羽屋の三味線だ。 それに誘われたようにふらりと姿を見せたのは、曲芸自慢の燕である。 子供を探している親たちをここまで案内してきたようで、ようやく親子のご対面。 泣きながら母親たちに飛びつく迷子たちは大いに賑わって、ますます春の宴は盛り上がり。 繁盛する屋台、賑わう宴席の盛り上がりには、慌てて和奏も加わって。 和奏は、手の足りない屋台の手伝い。その屋台とは子供たちにも優しい礼野と静雪兄妹のものだ。 それらの屋台を中心に、三味線や笛が彩りを加えれば一同は大きな輪となって。 そんな賑わいの中、何でも作れると豪語する飴細工師の不破が作ったのは。 「……ふむ、親子再会の図、これにて完成!」 親に飛びつく子供の姿、その2人を描いた飴細工の見事な出来に、一行はさらに盛り上がるのであった。 ● もちろん、春の宴は桜の木の下だけで行われているわけでは無かった。 桜を愛で楽しみつつ、座敷を借りての優雅なものから、町中で宴会をする者まで様々だ。 こんな時こそ稼ぎ時、そう考えて開拓者を縦横無尽に使う店もあった。 芳野の鰻屋「うなよし」、そこには珍しく華やかな看板娘が加わっているようだ。 「はっはっは、やっぱりきれいどころが居ると違うなっ!」 「ええ、でも私お料理も得意なんです。調理も可能ですけどいかがですか?」 そう提案したのは紺屋雪花(ia9930)だ。 普段は堅物のうなよしの主人も、華やかになればとのことで、これには快諾。 そんな彼女の提案は、鰻を配達して、出先まで出向いての出張料理だという。 作るのは、ひつまぶしだ。 うなよしの主人謹製の鰻を贅沢に使って、店で大きなおひつに刻んだ鰻をどーんと混ぜる。 そしておひつのまま熱々のうちに配達するという寸法である。 「大勢で分けて食べられるし、これなら配達もしやすいわ」 そういって笑う紺屋、どうやらその提案は大当たりのようで。 さらに、ひつまぶしをより楽しむために、薬味と出汁も忘れずに。 ひつまぶしは、最初はそのまま。次は薬味を添えて、そして三杯目は出汁で食べるのが良いとのことで。 「……お望みならば、はい、あ〜ん♪ ってのもいかがですか?」 そういってにっこりわらう可憐な少女。 特製のひつまぶしは、うなよしの新たな名物として大いに人気を博すのだった。 ……しかし、一つだけ、うなよしの主人だけが知っていることがある。 料理をさせてくれ、と頼み込んできた開拓者は白猫面に忍び装束の「男」だったのだ。 それが、さらっと変装をすれば、あっという間に看板娘のできあがり。 店先でも、配達先でも大いに賑わっている看板娘姿、それを横目で眺めつつ、 「……まぁ、ばれなきゃ大丈夫だよな?」 鰻重の配達役の滋藤 柾鷹(ia9130)にそんなことを問いかける主人であった。 急に、そんなことを問われて、はて? と首をかしげる滋藤。 彼が運んでいるのは、もう一つの新しい一品、滋藤が提案した鰻のせいろ蒸しであった。 鰻の蒲焼きをのせたご飯をそのまま蒸してしまうこの料理。 甘辛い鰻のタレがご飯にさらにしみこんで、さらには熱々で食べられるということからこちらも大人気。 滋藤はそれを運びながら、どこか心ここにあらずと言った様子で。 新たなせいろ蒸しを手に、次の配達へと無言で急ぐのだった。 そんな滋藤とすれ違うように飛び込んできたのは、ペケ(ia5365)だ。 「おやじさんおやじさん、芳池酒店のご隠居の許可は取れましたよ」 「なに? ふむ、やっぱりあそこのご隠居は太っ腹だな。だったら俺も文句はねぇ。存分にやってくれ」 「ペケケケ、頑張るですよ」 にかっと笑うペケ、彼女が計画したのはなんとも型破りな商売だった。 それは、鰻の配達先で、酒を味見してもらい、上手くいけばそのまま新酒を買って貰おうとものだ。 勝算あり、と自信ありげなペケだったが、実はこれ、結構ぎりぎりな作戦である。 鰻の客に酒を買って貰う、となるとそれは一種の押しに近いと感じる人もいるだろう。 さらに、無料で新酒が飲めるとあれば、宣伝効果は高いだろうが、多少新酒の格は落ちてしまう。 だが、そこで一肌脱いだのが、芳池酒店のご隠居だ。 「ふむ、面白い話ですな。よござんす、存分におやりなさい」 そういって、太っ腹にも新酒を試飲用にどっと提供してくれたようだ。 酒の格に固執するよりは、宣伝効果を重視した、というところだろう。 祭りのためということで、宣伝と盛り上がりのためと、太っ腹に提供することを決めたのである。 「しかしなぁ……大丈夫か? 押し売りだと思われちまうと……」 「大丈夫ですよ! そのあたりは美味くやりますので〜」 そういって、元気に飛び出していくペケ。 彼女は、片手に鰻のお重。そして片手に試飲用の角樽を持って飛び出して行くのであった。 「というわけで、こちらが芳池酒店の新酒ですよ〜。味見して気に入ったら買ってくださいね」 「お? ただで飲めるってぇのは太っ腹だな。どれどれ……」 というわけで、宴会のさなかを縦横無尽にペケは駆け回り、新酒を勧めて回った。 新酒がただで飲めるとあれば、味見だけで終わる人が大半だ。 それに、陽気な宴席ではそれほど大量の酒を飲み散らかす者も少ない。 しかし新酒を気前よく振る舞ったことは、大いに喧伝されたようで悪いばかりではなかったよう。 そこそこ新酒も売れたようで、ペケは何とか自前の作戦を成功させたのだった。 さて、当の新酒を造った酒屋、芳池酒店はというと、その店頭で宣伝を行っている開拓者たちがいた。 「春もふ〜」 でんと構えているのは藤色のもふらの八曜丸。 その横で、桜色の着物にジルベリア風のエプロンドレス姿なのは、柚乃(ia0638)だ。 「こちら、お店の新酒です。お一つ、いかがですか?」 かわいらしく紫色の瞳で往来の人々を見つめ、そう問いかける柚乃。 声をかけるだけでは無く、続いて彼女が取り出したのは琵琶だった。 穏やかな音色が祭りで慌ただしい通りに響き渡れば、ふと忙しげな人たちも足を止めて。 そしてその音色の出所を探れば、そこには桜色の着物で琵琶を奏でる少女。 そして、隣にはもふらの八曜丸が。 ともかく、人の足を止めることには成功したようで、店の前はなかなかに賑わっているようであった。 「もふー、ご隠居様もふ〜」 「ほほう、柚乃殿に八曜丸殿、お二人ともよう働いてくれるのぅ」 「あ、住倉様……」 そういってぺこりと頭を下げる柚乃。相手はこの店のご隠居、住倉月孤である。 そんな月孤老は、手に沢山の刷り上がったばかりの紙束を抱えていた。 「あの、それは?」 そう問いかける柚乃に、月孤老人は店の奥の方をアゴで示して、 「ふむ、これはのう、こちらの无殿の提案で作ってみた宣伝用のちらしじゃよ」 すると、店の中からぬうっと顔を出す无(ib1198)。 どうやら、彼もこの店で宣伝を手伝いに参加した開拓者のようだ。 无は肩に相棒の管狐を乗せて、てくてくと歩いてくると、住倉翁と柚乃に目礼して、 「きみもこちらの店で手伝いをしているのだな。ふむ、丁度良かった、手伝ってくれないか?」 そういって、彼が示した刷り上がったばかりのチラシには、新酒の宣伝がびっしりと刷られていた。 内容は新酒の味について、事細かに記した宣伝文句に瓶や徳利の絵。 「これを配布しながらでしたら、宣伝もはかどりそうですね」 「うむ、そうなると良いんだが……」 そこで、くるりと无はもう一人、いやもう一匹の宣伝担当、もふらの八曜丸を見て。 「……ふむ、君にも頼みがある。これを目立つところに貼っておいていいかね?」 そういって无が、八曜丸の首元にぺたりとちらしを貼れば。 「もふー、これくらいならお安い御用もふよ〜」 というわけで八曜丸も了承。三者はそれぞれ店頭で宣伝を続けるのだった。 丁度芳池酒店の前には、一本の桜の老木が植えられていた。 そこからはらはらと舞う桜の下で、宣伝を続ける彼らだったのだが、 「……ん? どうした?」 无がふと相棒の尾無狐に目を向けると、その管狐は舞い散る桜をはっしと捕まえていた。 そして、そのままふんふんと桜の匂いをかいでみたり。 ついでに、彼らの背後にどさりと積まれた新酒の樽に近づくと、こちらの香りも確かめて。 知識の高い管狐だが、その外見通り鼻がきくのだろう。どうやらそれらの香りが気になる様子だ。 そんなのを見ていてふと思いついた无。 「ご隠居、蒸留酒に桜の花を漬け込んで、香水を作れないでしょうか?」 「ふむ、香水とな……異国ではたしか油でつくるそうじゃが、いろいろ試してみるのも面白そうじゃのう」 と、そんな話で盛り上がっていたり。 女性に売れるかも、といろいろ提案する无であったが、そんな話を聞きつつ柚乃は、 「私は春の新酒をお土産に欲しいかなと……でも、やっぱり誰かと一緒のほうが良いのでしょうか?」 そんなつぶやきに、応えたのは隣の八曜丸。 「もふー、おいらがいるもふっ」 そんな頼りになる相棒に、思わず笑みを向ける柚乃だった。 「……おお、柚乃殿。新酒で良ければいくつか持って行って構いませんぞ」 とそこに顔を出したのは、いつのまにか側に来ていた住倉翁だった。 だが、その前に、と住倉翁が切り出したのは、ちょっとしたお願い事。 「折角じゃから、八曜丸殿と柚乃殿に配達を頼もうかと思っての。なにやら祝い事があるそうじゃ」 そういって、住倉翁が差し出したのは配達先の地図。向かう先はどうやら老舗の料亭のようだ。 どうやらそこで今日は祝い事があるという。 柚乃と八曜丸は連れ立って、沢山の酒樽を荷物に、その場所に向かうのだった。 ● 桜の祭りの最中にあっても、さらに大いに盛り上がる慶事が、芳野のとある料亭にて行われていた。 そこにひょっこりとやってきたのは八曜丸と柚乃。芳池酒店からの酒の配達だ。 「すごい賑わいもふね、綺麗なお姉さんがいっぱいもふ〜」 軽々と目出度い席用の新酒を運んでいた八曜丸が思わず言うほどに、そこは盛り上がっている。 それをみて思わず首をかしげる柚乃だったが、 「あの、ここでは何が……」 するとその声に足を止めたのは、同じく配達をした帰りらしき女性。 うなよしの手伝いをしていた開拓者の紺屋であった。 「うん? ああ、なにやら身請け話がまとまったとかでね。その祝い事の最中らしいよ」 なるほど、と頷く柚乃と八曜丸。どうやら賑やかに往来している女性たちは、花街の同業者のよう。 その楽しそうな皆の笑顔を見ながらも、柚乃と八曜丸はその場をあとにするのだった。 場の中心には、賑やかな遊女たちに囲まれて、着飾った看板遊女の初雪と滋藤柾鷹が居た。 滋藤は先ほどまではうなよしの配達人として働いていたのだが、仕事をきりあげて、この場所に来たようだ。 彼の代わりに紺屋に料理やひつまぶしを運ばせたのは、店の主人の思いやりだろう。 そう、滋藤は今日この日、看板女郎の初雪を身請けする、と正式に申し入れたのだ。 それを聞いた老舗の桜花楼の主人陣右衛門は、滋藤の希望を受け入れた。 その結果が、花見の祭りの中でもさらに賑やかなこの盛り上がりというわけだ。 遊女が身請けされる、それはある意味、身請け主の元へと嫁に行くようなものだ。 というわけで、桜花楼の主・陣右衛門は結婚の宴と見まごうばかりの宴席を用意したようであった。 集うのは店の遊女たちに、同業者たちの数々、宴席は否応なしに華やかになって。 その中で、滋藤はわずかに緊張している自分の身に苦笑を浮べるのだった。 だが、彼の隣には、彼が思いを寄せた初雪が居る。 「……共に来てくれるか? 初雪。寂しい思いをさせる事もあるかもしれん」 そんな言葉に小さく首を振る初雪は、分かっていますとだけ応えて。 「それでも、必ず幸せにする」 「はい。私は滋藤様に身請けして頂いただけで、もう……」 言葉を重ねるまでも無く、信頼しあうそんな2人に、周りは大いに盛り上がるのであった。 喧噪の中、照れくさそうに苦笑しつつ滋藤は言った。 「……滋藤様、はやめてくれるか? 柾鷹で良い」 「はい……柾鷹、様…」 なんともはや初々しい2人の様子。春は門出の季節だと言うが、ここにもまた新たな門出があったようだ。 開拓者たちの活躍や人生模様も人それぞれ。 こうして、春の陽気な祭りの日は、静かに終わっていくのだった。 |