酒香漂う梅祭り
マスター名:雪端為成
シナリオ形態: イベント
危険 :相棒
難易度: 普通
参加人数: 19人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2012/04/02 19:21



■オープニング本文

 武天にある芳野という町は商業の街である。
 日々、観光や商売のための多くの人で賑わう活気のある街なのだが、三月はちょっと静かだ。
 冬の雪深い時期であれば、雪の祭り「氷花祭」が。
 そして春の桜の季節には、満開の桜のために盛大に花見の宴が繰り広げられる。
 その二つの合間、三月は特に大きな催し物が予定されていないのである。
 ならば、新たなお祭りを作ってしまおうでは無いか、そう考えた芳野の商売人たち。
 この季節、徐々に春の訪れを予感させながら、まだ少々肌寒いこの季節、なにを祭りにすれば良いのか……。

「ふむ、梅は如何じゃ? 梅の花を楽しむのも良し、梅酒をあわせて飲むのも良いじゃろう」
 そう助言したのは芳野の大きな造酒屋、「芳池酒店」のご隠居、住倉月孤であった。
 梅の花のみであれば、続く桜の祭りと似たり寄ったりになってしまうだろう。
 だが、梅は梅酒としても広く親しまれている。その二つを合わせたならば……いけるっ!
 そう考えた街の商売人たちは、いそいそと祭りの準備に取りかかるのだった。
 といっても何もかもが急ごしらえのお祭りだ。準備の時間も人員も人手不足。
 となれば頼るのは開拓者たちだ。
 今回の祭りの目玉は、芳野の酒屋たちが集まって執り行う梅酒の試飲会である。
 各店がそれぞれ宣伝のためもあって、自慢の梅酒を振る舞うそうだ。
 そこで問題になるのが、その他の催し物である。
 酒のつまみを出す屋台も必要だ。その他、歌舞音曲や祭りを盛り上げるその他の催しも必要だろう。
 それらが今回は開拓者に任された仕事だ。
 設備や資材は祭り側で用意してくれるようで、さらには些少の礼金も支払われるという。
 仲間と協力して、屋台を開くのも良いだろう。
 それぞれの個性を生かして、祭りを盛り上げるのも良いだろう。
 新しく始まった祭りに花を添えるため、一つ協力してもらえないだろうか?

 さて、どうする?


■参加者一覧
/ 鴇ノ宮 風葉(ia0799) / 礼野 真夢紀(ia1144) / 鞍馬 雪斗(ia5470) / アルネイス(ia6104) / ブラッディ・D(ia6200) / 鶯実(ia6377) / からす(ia6525) / 和奏(ia8807) / 滋藤 柾鷹(ia9130) / 向井・奏(ia9817) / 无(ib1198) / 小宮 弦方(ib3323) / 長谷部 円秀 (ib4529) / ネプ・ヴィンダールヴ(ib4918) / 華魄 熾火(ib7959) / アルゴラブ(ib8279) / 向井・操(ib8606) / 上条 秀吉(ib9202) / 吉野 暁(ib9222


■リプレイ本文

●祭りの通りは賑やかに
 芳野は祭り好きな街である。それは祭りの様子を見れば一目瞭然だ。
 急遽決まった祭りであるにもかかわらず、大勢の人手に賑わう祭り、参道の出店も多く華やかだ。
 もちろん主役は、季節の梅だ。
 梅は所々で春の訪れを告げるように華やかに咲き誇り、さわやかな香りを振りまいている。
 だが、やはり急ごしらえの祭りだ。
 どこで何がやっているのか、どんな酒が飲めるのか、出店や催しは何があるのか。
 そのあたりがさっぱり分からず、困り切った顔がちらほら見えるのだが……。
 さて困ったと弱り顔のそこのあなた、そんなときは是非ともある人物を訪ねてみよう。
 彼は、梅祭りの会場をふらりふらりと歩きながらある小さな冊子を配っているようだ。
 彼の名前は无(ib1198)、そして彼が手にしている冊子には『芳梅細見』の文字が。
 細見とは、地図と組になった案内書のようなものである。
 そう、无は今回この祭りを手伝うに当たって下見の上、観光案内地図の作成に協力をしたのだ。
 そうしてできあがったのがこの『芳梅細見』。
 无が売り込んだ原稿は、芳野の商売人たちにとっては渡りに船の品。
 すぐさま冊子として体裁を整えて、結構な部数が刷られることに。
 そして、无はその冊子と自分が仕入れた知識でもってこうして案内人を買って出ているというわけだ。
「ふむ、濃いめの梅酒をご所望ということでしたら……こちらの老舗の梅酒がふさわしいかと」
 そう語る无は、細見のその箇所を指し示して、訥々と説明した。
 どうやら酒屋に話を聞いて情報を仕入れいたようだ。
 老舗の梅酒の謂われや逸話、どういった味でつまみにはどの屋台がふさわしいかまで彼は説明して。
「今日は天気も良く、暖かいですから、その先の縁台で呑むのも良いかと」
 そういって、思わず思い出した梅酒の味とその風情に、にっと頬を緩める无だった。
 そんな无のほっぺたを、彼の相棒の管狐がきゅっとつまんだりする様子も含めて、愛嬌のある案内人ぶりだ。
 聞けば、彼は酒呑紀行と題した本を書く予定とのこと。
 というわけで、祭りで迷ったらまずは彼のところを訪ねればいいだろう。
 そうすれば、的確な場所へと連れて行ってくれるに違いない。

 さて、次に問題となるのはやはり祭りの主役、梅と梅酒だ。
 梅は目と鼻で楽しむものだ。こちらはいまこそ我が季節とばかりに咲き乱れている。
 ではもう一つの主役、梅酒はというと。こちらは香りと味を楽しむものである。
 だが実際のところ、そろって咲き乱れる梅の花と違い、梅酒の味も香りも様々だ。
 作り手が違えば梅酒の味も香りも違うもの。
 使う酒、つける梅、手間に一工夫の差が様々な違いを生むそうだ。
 小さな料理屋が自らつけたお手製の梅酒から、作り酒屋が提供する年代物の逸品までそろっているわけで。
「……というわけで、梅酒に合うつまみを作ろうと思うのですが」
「なるほどの。では、一つ味見をしてみるのはどうかの? 酒が違えば合う料理も代わってくるものじゃて」
 小宮 弦方(ib3323)が話を聞いているのは、今回の祭りのまとめ役、酒屋のご隠居・住倉月孤であった。
 祭りの前にわざわざ挨拶に訪れた小宮。
 彼は住倉老人に、自分はは酒の知識には自信無しと、正直に相談したらしい。
 それならばと住倉老人は、酒に酔わない程度に少量での飲み比べを提案したようだ。
 運ばれてくる梅酒たち。香りの強いもの、甘いもの、飲みやすいものから濃厚なものまで様々であった。
 それを味わった小宮、彼はその後、さらに住倉老人とも相談したようで。
(こ、こんなんで大丈夫ですかね……?)
 内心不安な小宮のつまみを一つ味見する住倉老人だったが、にこりとほほえんで。
「ほう、塩のきいた枝豆やおにぎりもいいのう。やはり、梅酒の甘さにはこの塩味が良く合うようじゃ」
 というわけで、住倉老人の太鼓判を貰った小宮。彼は一式を借りて、屋台を開くようだ。
 そんな彼が、屋台の並ぶ一角へと足を運ぶと、そこにはすでに多くの屋台が。
 手慣れた様子で店を開くのは、やはり彼と同じ開拓者たちだ。
 そんな手練れたちに混じる小宮、苦戦するかと思われたのだが、
「酒のお供におつまみはいかがですか〜!」
「うむ、精が出るのう。せっかくじゃ、一つ貰おうか」
 やってきたのは、さきほど味見をして貰った住倉老人であった。
 顔の広い住倉老人は、大勢の部下や友人たちとやってきた模様、小宮の屋台は賑やかに繁盛するのだった。

 小宮の屋台で梅酒によく合うつまみを買ったらそのほかの屋台に目を向けてみるのもいいだろう。
 祭りでは方々に、酒を提供する場所が出ている。自慢の逸品を味見して貰おうと酒屋がしのぎを削っているのだ。
 そんなを手に、においに誘われるまま、ふらりと歩いて行けば、すぐさま美味しそうな香りに気づくだろう。
 梅の香りを邪魔しないように、ちょっと通りの外れから漂ってくるのは香ばしい匂い。
 それに誘われて行けば、そこには小さな即席の茶席が見つかるだろう。
「……如何かな?」
 そこで、あなたを迎えてくれるのは小さな店主、からす(ia6525)である。
「あら、今回は七輪焼きのお店なのね。どんな料理がでるのかしら?」
「おや、いらっしゃい。梅酒は甘い酒だからね、塩気がほしくなると思って」
 そういってからすがお客に示したのは、ワカサギの天ぷらなど、魚介類を主とした七輪焼きのようだ。
 だいぶ暖かいといっても、時折冷たい風も吹く春先。
 その中で、梅酒に合うようにと吟味された魚介があつあつ。そりゃもう最高である。
 からすはこうしたお祭りごとがあると、毎回こんな店を出してくれる開拓者なのだ。
 その甲斐あってか、固定客のすがたもちらほら。
 落ち着いた茶席をしつらえることが多いからか女性客の姿も多いようだ。
 祭りの中心からは離れていても、咲き乱れる梅が見下ろせる好立地の茶室。
 そして緋毛氈がしかれた長いすがそろっているようで客たちはくつろいでいる様子だ。
「梅酒に飽きたら茶があるし、酔い潰れたら寝転がればいい」
 からすはそういって、彼女を気に入って訪れた客たちをもてなして。
「酒に酔い寝転びて見上げる梅の花はその眼にどう映るかな?」
 風に舞う梅の花びらを見ながら、からすはぽつりと呟くのだった。

 今回はさすがに梅酒の祭りだ。どこもかしこも酒の香りとつまみが並んでいる。
 だが、それでは楽しめない者たちもいる。下戸や子供たちはいったいどうしているのだろう。
「梅酒は飲めないけど、それなら甘味が主力でいきましょう」
 そういって腕をふるうのは礼野 真夢紀(ia1144)だ。まだまだ小さな真夢紀は出店を構え準備万端。
 手始めは、香りを邪魔しない軽いものとして薄焼きの一口煎餅に梅が枝餅、どちらも手作りだ。
 さらには団子に、ジルベリア風クッキーはなんと梅の形。丁寧にも梅酒から作ったジャム付きである。
 そんな真夢紀の店の周りには、お酒以外を求めるお客の姿がたくさんあった。
 そんな中、真夢紀の出店近く長いすに腰掛けて、飲み物をすすっているのは和奏(ia8807)だった。
「今年は梅が咲くのが遅かったですけど……こうして暖かい中散策できます良かったかもしれませんね」
 和奏の傍らには、真夢紀の作った梅ジャム入りの蒸しパンと梅の花湯が。
 女性客や子供に交じって幸せそうに蒸しパンを食べている和奏、その横を真夢紀が忙しげに通る。
「おや、今持って居るのは何ですか?」
「こちらは、二日酔い防止の、梅干し湯です。和奏さん……飲みますか?」
 訪ねた和奏に、真夢紀が首をかしげて聞き返せば、酔った様子も無い和奏はこくりとうなずいて。
 どうやら和奏は、何でも食べる幸せな味オンチとのこと。
 幸せそうに、真夢紀から受け取った梅干し湯をすすりつつ、華やかな梅の花を眺めるのであった。

●賑やかな一時こそが大切
「………やはり、季節の風物詩というのは、風流ですね」
 祭りの会場を見下ろす木陰にて、一人静かに酒杯を傾ける長谷部 円秀 (ib4529)。
 彼は手の足りない屋台への臨時手伝いとして、祭りの方々を回り手を貸すことで祭りを助けたようだ。
 そして、やっと仕事が終わって一息入れているようで、手にはお礼代わりと持たされてた梅酒。肴は景色だ。
「祭りの一助となれたとは思いますが……やはり、笑顔はいいものです」
 小さく、仕事の余韻に浸りながら彼が会場を見下ろせば、そこには人々の笑顔があふれていた。
 そんな祭りを彩る笑顔の数々、その中で特に賑やかさと笑顔をたくさんに生み出す一角があった。
「なかなか繁盛しているみたいね!」
 腰に手を当てて、満足げに一角を見渡す彼女の名は鴇ノ宮 風葉(ia0799)だ。
 風世花団の団長として働く彼女が見つめるのは、看板代わりと木の板に墨書で書かれた大きな文字だ。
 黒々とした墨が示すのは『風世花通り』。
 そう、ここは彼女とその仲間たちが集まって特別に作った出店の通りであった。
 満足げにうなずく鴇ノ宮。そんな彼女がまず足を向けた先は、飴細工の店。
 子供たち相手に忙しげに働く、ネプ・ヴィンダールヴ(ib4918)の出店であった。
「はぅ! いらっしゃいなのです! いくついるです? いくつでもサービスなのです!」
「……とりあえず一つで十分よ」
 てくてくとやってくる鴇ノ宮を見つけたネプは、しっぽを振って大喜びで思わず鴇ノ宮も苦笑したり。
 そして、手渡したのは梅の香りが香る梅花にかたどられた飴細工だった。
 ネプのきらきら視線を受けとめつつ、鴇ノ宮は飴を一かじり。そして、
「……ん、悪くないわね」
「はぅ! 良かったです−!!」
 と、しっぽをますます降って大喜び。
「それじゃ、あたしはみんなのところを回ってくるから、またあとでね」
「はぅ。鴇ちゃん、絶対にまた来てくださいです〜! 待ってるですよ〜!」
 そんなネプの声を背に受けて、鴇ノ宮は次の店に歩き出すのだった。そして次の店で彼女を出迎えたのは
「よ、歓迎するぜ。……風葉は、酒ダメだったよな。だったらこっちだな」
 そう言って、迎えた店主はブラッディ・D(ia6200)だ。
 朱塗りの大傘で日傘を作り、異国風のカウンターをしつらえた店は、ジルベリアの酒場風。
 そこで、手際よくブラッディが取り出したのはよく冷えた梅のジュースだった。
「ありがと、気が利くわね。飴でのどが渇いてたのよ」
 そういって鴇ノ宮は一口。梅のほどよい酸味と甘みが調和したさわやかな味が広がって、思わずほうと一息。
 だが、そんな安らぎの一時を遮ったのは、きゃっきゃと楽しげな笑い声だった。
「あー、風葉。あれ、どうにかならねえかな?」
「……あら、アルネイス(ia6104)じゃない。いったいどうしたの?」
 そう鴇ノ宮が聞けば、ブラッディは説明を始めるのだった。
 以下回想。
「ん? アルネイスは手伝ってくれるのか?」
 酒場風の出店を用意中のブラッディがアルネイスを発見し、そう声をかければ彼女はうなずいて。
「はい、でもお酒って苦手なんですよねぇ」
「そうか……って、今手に持ってるのは酒だぞ?」
「お酒は一口飲んだだけですぐふらふら〜ってなってその後の事覚えてないですしー」
「ああ、それは分かったんだが、手にしてるのはお湯じゃなくて酒だぞ?」
「だから、私みたいな人でも楽しめるよう梅茶を用意しようかと〜」
「うむ、いい心がけだと思うが、それは酒だ。大丈夫か?」
「あれ? だんだんお酒の臭いが強くなってきたような〜」
「ああ、だって今味見してるそれ、ほぼ酒だからな……」
 以上回想終了。
「……って感じだったんだ。別に邪魔ではないんだが」
 そういって頭をかくブラッディ。
 彼女の店では、アルネイスがひたすら笑い上戸と化して居座っていたのである。
「あ、団長さん〜! この塩むすびと枝豆美味しいんですよ〜!」
 そしてアルネイス、笑い上戸のまま人に食べ物を勧めまくり、
「いや、今は……」
「うぅぅ……せっかく買ってきたのにいらないんですか?」
 うじゅっと泣きそうな顔で風葉を見つめるアルネイスに慌てて枝豆を一つぱくり。
 すると、またけらけらと笑い出すアルネイスであった。
「というわけで、団長。あれ、連れて行ってくれないか?」
「……実害は無いみたいだし、月緋にまかせるわ」
 しれっとそういって、不満げにふくれるブラッディを後に、風葉は彼女の店を後にするのだった。
 次なる店、そこは満開であった。
 だが、満開なのは梅ではない。すこし季節には早いが、華やかに咲き乱れるのは日傘だ。
「やや、よくお似合いですよ〜! 春にも、そしてこれから訪れる夏にもよく映えそうな組み合わせです!」
 女性客相手に、相手を褒め称えている売り子は鶯実(ia6377)だ。
 桜の模様が入った春の着物で着飾った彼は、お客を褒め倒しているところのよう。
 そんな彼の後ろで、ふおんふおんとハリセンを素振りしているもう一人の店主は向井・操(ib8606)だ。
 無事、その女性客は日傘を一本買い求め、そそくさと店を後にする。
 そんなお客を見送りながら、鶯実はぽつりと
「……綺麗な花、そして綺麗な着物を着た、綺麗な女性。おらワクワクしてきましたよー」
「鶯実、口に出てるぞ」
 そしてすぱーんとハリセンで鶯実の後ろどたまをひっぱたく操であった。
 そんなところにやってきた団長の風葉、その光景に思わず吹き出して。
「おや、これは鴇ノ宮殿。失礼致した……いま、お茶を出すとしよう」
 慌ててお茶を用意する操と、
「すこし早いと思ったんですけど、意外と売れているんですよ〜」
 マイペースにそういう鶯実であった。
「繁盛しているみたいで良かったわ。ま、悪い評判が立たない程度にしておいてね」
 そういって、茶と日傘を受け取る風葉。そして彼女はさらに次の店に向かうのだった。
 続く店は子供たちが大勢取り囲んでいた。
 それもそのはず、店の商品は大量のとらのぬいぐるみ。
 そして店主が元気に動く可愛い虎、のきぐるみだったからだ。
「おまえもとらになーれ!」
「とらになれー!!」
 子供たち大はしゃぎ、そして結構売れてるとらのぬいぐるみ。
 どうやらとらにはそれぞれ名前がついているようで、子供たちはそれにも大喜び。
 そんなところに、団長の風葉はやってきた。
「おお、マイ主殿。待っていたでゴザルよ」
 そういって振り返ったとらのきぐるみは、向井・奏(ia9817)だった。
 そんな様子に思わず風葉はがっくりと肩を落として、
「なんで虎専門なのよ……ってゆーか、その格好は恥ずかしくないわけ……?」
 とつっこんでみたのだが、奏はどこ吹く風。にこにこと店の奥から取り出したのは、
「これは特別な一匹でゴザル」
 そういって渡されたぬいぐるみは風葉と同じ帽子をかぶったものであった。
「あら、これはあたしね。意外と良くできてるわね」
「んむ。いつもありがとうでゴザルよ、マイ主殿。お礼の気持ちでゴザル故、受け取ってくだされ」
「……ま、そこまで言うなら貰っておくわね」
 そういって、ぬいぐるみを受け取る風葉。ついに彼女は風世花通りの最後の店へとすすむのだった。
「ようこそ、天鵞絨の部屋へ。この善き日、歓迎するよ」
 お客を迎え入れるのは鞍馬 雪斗(ia5470)だ。最後の店は占いの小屋である。
 通りの最後にぽつりと立つその出店は意外と占い好きの女性客たちに受けが良いようで。
「……ふむ、月の逆位置……か。何かしら用心すべき啓示だけど……その重篤さは低いって所かな」
 といったように、タロットによる占いと小さな助言を与えているようだ。
 そこにやってくる風葉。彼女はいすに腰掛けると、
「あたしは占いなんて信じないけど……ま、願掛け程度に世界征服の見通しでも見てもらおーかしら」
 と切り出した。それを聞いて、鞍馬はタロットを混ぜ、場を整えることしばし。
 そして引き当てたのは、愚者のカードであった。
「ふむ、愚者の正位置……か。自由、冒険……そして現状からの脱出、の啓示かな」
 世界征服とどうつながるか分からないけど、と言いながら鞍馬はそのカードをすっと差し出して。
 すると風葉はそれを手にとって、にっと笑みを浮かべ何も言わずに立ち去るのだった。
 彼女たちの一団による出店の一角は、それぞれの連携もあって大いに賑わっているようだった。
 日も高いうちから夕暮れまで、笑い声と賑やかな祭りの音は収まることはなく。
 急ごしらえの祭りにしては、華やかすぎるほどの賑わいは、まだ暫く続くのであった。

●大切な時は薄紅に染まり
 梅の季節は、春の訪れを告げる季節だ。
 そして春は出会いと別れの季節。風世花団のように縁を育む者もいれば、強い絆を結ぶ者もいるようだ。
 滋藤 柾鷹(ia9130)は、薄紅の夕暮れの中、店じまいをしていた。
 梅酒の当てをだす出店は、それなりに繁盛していた。だが、その店の様子よりも気がかりが一つ。
 滋藤は、一つの決心を胸に抱いて、芳野の街へと足を向けるのだった。
 向かう先は、老舗の女郎屋、桜花楼だ。滋藤がやってくれば、すぐさま出迎えるのは店主の陣右衛門。
「これは、滋藤様。よくいらっしゃいました。ささ、初雪も待ちわびておりますし、まずは暖かい料理など」
 滋藤は女郎の初雪と親しいのだ。故に、店主の陣右衛門は滋藤を親しげに迎え入れるのだが、
「陣右衛門殿、一つ相談があるのだ。身請け金は用意したのだが……」
 その言葉に、驚きの表情を浮かべる陣右衛門。
 それもそのはず、看板女郎の身請けとなればその対価は莫大だ。
「なんと! それはそれは……もちろんお受けいたしますが……なにかお悩みが?」
 陣右衛門はそう言って滋藤の話に耳を傾けるのだった。
 滋藤の悩みとは、彼が初雪を身請けすることで、初雪を自分一人の存在にしてしまうことへの苦悩だった。
 店や懇意にする者達との関係を断ち切らせてしまう事になる、その資格があるのか……。
 だが、それに対して陣右衛門は首を振った。
「……滋藤様。心配には及びませんよ」
 女郎とは一夜の夢のようなもの、降っても一夜で消える初雪の名と同じく儚く消えると陣右衛門は言った。
 身請けはその夢から覚めるようなもの、一人の存在にして何の遠慮があるのか、そう陣右衛門は続けた。
「それに、滋藤様であれば、彼女の思いや行動を無碍には扱いませんでしょう」
 だから、私はあなたを初雪の相手として見込んでいるのですよ、そう告げる陣右衛門であった。
 その後、滋藤は桜花楼が使う座敷のある茶屋へと通され、初雪を待つこととなった。
 すぐにやってきた初雪に対して、滋藤は切り出す。
「……初雪、お主を身請けしようかと思っている。桜の頃に又参る、それまで考えておいてくれれば良い」
 そう、短く告げた滋藤だったが、それに対して初雪はただただ満面の笑顔を浮かべて。
「はい。分かりました」
 小さく応えるのだった。笑顔と、はらりとこぼした嬉し涙だけが、彼女の想いを雄弁に語ってた。
 それは滋藤にも伝わったようで、彼は続けて。
「許されるなら今宵一夜泊っていく、来るのが遅くなった詫びだ」
 だが、その言葉に初雪は悲しげに眉根を寄せた。予想外の反応に思わず、滋藤は不安に思うのだが。
「……その、たった一日だけなのですか? 滋藤様さえよろしければ、暫くいてくださっても……」
 と、顔を真っ赤にして告げる初雪。そんな提案に、滋藤も優しく笑みを浮かべて応えるのだった。
「店の者から聞いたのですが、滋藤様は出店を出していらっしゃるとか。明日お手伝いさせていただけません?」
「……いいのか? 店の方は……」
「大丈夫ですよ、陣右衛門様にはすでに伝えてありますし。数日は店に上がらない、と……」
 そんな風に語り合う二人。夜はゆっくりと更けていくのだった。

「ご婦人には温めた物もあるが、如何じゃろうか」
 薄紅に染まる芳野の町並み。今日は夕暮れではなく、その薄紅は舞い散る梅の花びらだった。
 そんな中、温かい梅酒を手に、それを勧める華魄 熾火(ib7959)。
 彼女は梅の花びらが舞い散る中、友人と小さな茶屋を開いていた。
 店のお品書きは、華魄お手製の梅茶と梅羊羹。だが、それだけではない。
 もう一人の店主であるアルゴラブ(ib8279)。彼が提供するのはジルベリア風の菓子だ。
 梅の香りがさわやかな梅紅茶。そして、そのお供にぴったりの梅ジャム付きのスコーンである。
 天儀風に華魄が振る舞う菓子に、ジルベリア風のアルゴラブ。
 二人の好対照な装いも相まって、茶屋は多くの人で賑わっているのだった。
 彼らの店の前を一陣の風が吹き抜けた。春を告げる春一番か、強めの風は梅の花を大いに散らす。
 梅の花びらたちは、祭りの会場を吹き抜けていった。
 より強い絆を作り上げた滋藤と初雪は、幸せそうに二人で出店を切り盛りしている。
 その先は、今日も今日とて賑やかな花世風通りだ。
 どうやらアルネイスは今日は酔っ払ってないようで、ブラッディの店のお手伝い。
 その店でとらのぬいぐるみ姿の奏は、ネプや風葉の隣に座って一緒に梅ジュースで休憩中だ。
 タロット占いの合間に風に舞う梅の花に目を細めるのは鞍馬。
 ちょうどお客として訪れていた和奏と共に、梅の花の花びらをひらりとつかんでみたり。
 そして、さらに吹く風は日傘の店を駆け抜ける。飛びそうになった日傘をはっしとつかむのは操。
 同じように日傘をつかみつつ、風で翻る女性客の裾を見つめる鶯実にハリセンを振り上げたり。
 だが、強い風はひらりともう一つ日傘を飛ばしてしまう。それを受け止めたのは長谷部だ。
 とらえた日傘を二人に返して長谷部が足を向けるのは、甘味で評判の真夢紀の店だ。
 忙しいならば手伝おうと提案して、長谷部は真夢紀のお手伝い。
 今日も彼女の店は繁盛するに違いない。そしてさらに風は駆け抜けて、細く上る煙を吹き散らした。
 煙の根っこは七輪たちだ。からすが出した店は今日も美味しそうな香気放っていたようで。
 その香りがふわりと漂ったのは、手帳を片手に案内をする无だった。
 肩に乗った管狐がくんくんと鼻を動かすのを見て、无もその微かな香りをとらえて。
 そして、視線を向けるのはたなびく七輪の煙たち。
 その煙は、春の緑と花が咲き乱れ始めた芳野の山々を越えて、高い空へと消えていくのだった。

「今日は付き合って感謝じゃ、お疲れ様じゃの?」
「なに、よい経験となった。こちらこそ誘ってくれたこと感謝する」
 いつの間にやら茶店はもう店じまいの時間。華魄は、手伝ってくれる友人をねぎらっていた。
 そんな折、またしても花びらを舞わせる風が吹き、ひらりとその花弁の一枚がアルゴラブの髪に。
「……日のような明るき髪に紅き梅も綺麗じゃが、梅付きじゃぞそなた」
 小さく微笑んで、華魄はアルゴラブの髪に手を伸ばした。それに併せてアルゴラブがかがむ。
 手に入ったのは、小さな梅の花弁が一つ。アルゴラブはそれを華魄から受け取るのだが、
「そうだな。この鮮やかな朱色は私より君の方がよく映える」
 そういって、アルゴラブは花弁を華魄の黒髪に添えるのだった。
 気心が知れた二人の間のそんなやりとり。二人はどちらからともなく、くつくつと笑いあって。
 夕暮れと、梅の花で薄紅に染まった芳野の梅祭りは、こうしてゆっくりと幕を下ろすのだった。