|
■オープニング本文 理穴の雪深い山中に、冬は氷結する小さな湖があった。 毎年、湖面はぶ厚い氷で覆われるのだが、そこには名物が一つ。 湖面の氷にツルハシで穴を開け、釣り糸を垂らしての穴釣りだ。 この時期、脂の乗ったワカサギが釣れるので、隠れた名所として釣り人が訪れるのだが……。 今年はちょっと様子が違うようである。 湖面の中央が凍っていないため、氷が割れる可能性から穴釣りが出来ないのだ。 その理由はあやかしだ。 湖の中央には小さな島があるのだが、そこに火を吹く死竜が現れたのである。 ギルドの係員が調査したところ、どうやら翼を失った死竜が島に墜落したようで。 不死者と同じように、死竜というアヤカシは竜の死骸に瘴気が入り込みアヤカシ化したものである。 なお通常であれば火炎を吐き出す能力は失われるのだが、この個体はそうではないようで。 さらに、死竜の周囲にはアヤカシの鬼火が現れたのだという。 死竜の纏う瘴気に引き寄せられたのか、かなりの数が集まっているようで。 その結果、死竜が時折吐き出す炎や、鬼火の炎によって湖の氷が溶けてしまっているのである。 このままでは釣りもままならないということで、ギルドに依頼がもたらされた。 緊急依頼と言うことで相談に割ける時間はあまりないようで、一刻も早い解決が求められている。 しかし、氷が溶けているとは言え、アヤカシに接近するためには冬の湖を小舟で進まねばならない。 アヤカシからは炎、水面に落ちれば氷点下の水中。 この障害を乗り越えて、無事アヤカシを撃破しなければならないのである。 さて、どうする? |
■参加者一覧
音有・兵真(ia0221)
21歳・男・泰
滝月 玲(ia1409)
19歳・男・シ
叢雲・暁(ia5363)
16歳・女・シ
利穏(ia9760)
14歳・男・陰
赤い花のダイリン(ib5471)
25歳・男・砲
匂坂 尚哉(ib5766)
18歳・男・サ
スレダ(ib6629)
14歳・女・魔
向井・操(ib8606)
19歳・女・サ |
■リプレイ本文 ● 「ひっさびさに、変な探り合い無しでアヤカシの相手か……ちょっと気が楽だな」 雪の積もった湖岸でそうつぶやくのは匂坂 尚哉(ib5766)だ。 匂坂の何気ないつぶやき、それに応えたのは金髪を風にゆらした向井・操(ib8606)だった。 何も考えずに戦える、と楽しげな匂坂にうんうんと頷きつつ、 「うむ、それに相手はアヤカシに取り憑かれたとは言え、強者と名高き、竜だ」 こちらも戦いの予感に楽しげな表情を浮べて。そんな同業者を見ながら、匂坂はふと、 「まぁ、気が楽ってのはちょっと不謹慎かもしれないけどな」 と苦笑を浮べるが、向井はきっぱりとそんなことは無い、と言って。 「一刻も早くこの憩いの場を取り戻さなければ。釣り堀の神に変わって、この向井・操が成敗してくれよう」 そう、頼もしげに宣言するのだった。しかし、ふとそこで彼女は首を捻って。 「……釣り堀に神って居るのか?」 「…………いや、俺に聞かれてもなぁ?」 2人ならんで首をかしげる匂坂と向井であった。 「湖がまるまる凍っちまうなんて、考えたこともなかったです」 ぱちぱちと瞬きふたつ。モノクルの下の青い瞳に驚きを浮べてスレダ(ib6629)は湖を見つめていた。 彼女はアル=シャムスの出身だ。寒冷地の風景が珍しいのだろう。 だが、スレダの瞳には驚き以外の想いも浮かんでいるようだ。それは怒りだった。 「……こんな自然の在り様を壊しちまうアヤカシは、やっぱり許せねーですよ」 そうぽつりとつぶやくスレダは、そうつぶやいて決意を新たにするのだった。 「よっし、これで準備は良いだろうな」 「ええ、小屋が借りられて良かったですね。たき火と毛布も提供してもらえましたし」 湖畔でたたずんでいたスレダの元に、歩いてきたのは音有・兵真(ia0221)と滝月 玲(ia1409)だ。 どうやら、滝月の発案で作戦開始の前に、拠点を用意していた様子だ。 そして、そのまま音有は、持ってきた荒縄をくるくるとブーツに巻き付け始めて。 滝月もブーツに荒縄を巻き付ければ、かくりと首をかしげて不思議そうに2人を見るスレダ。 「ん? ああ、これか。足場が悪いそうなので、滑り止めになるかと思ってな」 「なるほど。私にも貸して貰ってよいですか?」 かくりとくびをかしげて尋ねるスレダに、ひょいと音有は荒縄を手渡すのだった。 準備を進める一同、船を二艘用意して貰ったようだ。 陽動と上陸に分かれて行動するために、船がふたつ必要というわけで。 「無事退治できたら、ワカサギ釣り、したいですね……」 よいしょと船の棹を確かめながら利穏(ia9760)は言う。 真っ白なジルベリア風のマントで風を遮りつつも、やはり風は冷たく、思わず利穏は肩をすくめて。 彼を手伝っているのはシノビの叢雲・暁(ia5363)だ。 2人はやっと船の準備を整えて、さあいよいよ出発だというときに……、 「ぶ、ぶわはははははははっ!! そ、その格好は……似合いすぎだろう!」 匂坂の思わぬ爆笑に、居並ぶ開拓者たちは皆くるりと小屋の方を振り向くのだった。 そこに立っていたのは、猿だった。 猿の獣人である赤い花のダイリン(ib5471)だ。そういう意味では猿という表現は間違っていない。 だが、違う。 彼は『いつも以上に』に猿だった。それはもう強烈に、頭の上から足の先まで猿だった。 「ふむ、なるほど、防寒用に着ぐるみの『まるごとおさるさん』を装備しているのか」 手を打って納得した様子の音有。様々な道具の見聞深い彼は、ダイリンの装備に気付いたようだ。 全身をすっぽりと包む着ぐるみ装備、その大半は動きにくいモノが多いという。 だが、このまるごとおさるさん薄手だ。そのためか動きをほとんど阻害しないとか。 その結果、鎧としてはあまり役に立たないが、動ける防寒具としてはなかなかに優秀というわけで。 「あー、俺は赤い花の……」 ダイリンが自己紹介をしようと皆に話しかけるのだが、爆笑して転げている匂坂は、 「あっはっははははは。そのなりじゃ猿の兄ちゃんって感じだな!」 「……っておい待てそこォ! 俺は猿じゃねぇぞコラァッ!?」 いや、どうみても猿である。 爆笑し続ける匂坂に、きしゃーとそれにかみつくダイリンの2人。 寒さと依頼に向かう緊張がほぐれるどころか、一同そんな光景に爆笑してしまうのだった。 ● 「……こりゃ湖に落ちたら風邪どころじゃ済まないぞ」 「ああ、この寒さで水に落ちたら、ちょっとたまらないな」 指を伸ばして水に触れた滝月が思わずそういえば、音有も肩をすくめて。 そんな様子に、改めて身を引き締める一同。彼らは先発した船に乗った上陸班の面々だった。 周囲を警戒する滝月と向井に、小舟の舳先で先の様子を窺う叢雲、そして棹を操る音有。 彼ら4名は、上陸するためにぐるりと湖を迂回しているところだった。 彼らは仲間を信頼し、ひっそりと移動中で。 「上手く向うに集まってくれたら良いんだがな……」 棹を操りつつこぼす音有に、一同は静かに頷くのだった。 一方陽動班は。 「船の上は不安定ですから、落ちないように気をつけてくださいね」 操舵を担当しているのは小柄な陰陽師の少年、利穏であった。 一同はまだ氷が張っていない湖畔から陽動に繰り出すところのようで。 「ふむ、いざとなったら俺も手伝うけど、とりあえずは任せたぜ」 匂坂は野太刀を抜き放ってそういって、そしてもう1人、ダイリンは手に魔槍砲を構え、 「本当なら、湖岸から攻撃出来りゃ良かったんだがなぁ……届かないなら仕方ねぇな」 そういって船に乗り込むのだった。そして最後に船に乗り込んだのはスレダ。 四名を乗せた小舟は鬼火たちが待ち構える小島へと向かっていくのだった。 「……しっかし、うじゃうじゃ居るなぁ」 「ああ、猿の兄ちゃんは砲術士だったか……もう、見えるのか?」 ターゲットスコープを発動して向かう先の鬼火の群れを見つめていたダイリン。 彼のその様子に気付いた匂坂は、軽く笑いながら彼の見ている咆哮を見つめた。 「猿じゃねぇ! ……っと、気を取り直してだ。見た感じ、そろそろこっちに気付きそうだが……」 そうダイリンが匂坂に告げた丁度そのとき、島から遠い鬼火の数個がふらふらと船に向かって来始めた。 「そうら、おいでなすった。準備はいいか?」 ダイリンがそう言って陽動班の面々を見つめれば、懸命に棹を操り船を進める利穏は頷き。 「大丈夫ですよ。上手く惹きつけられれば、ブリザーストームをお見舞いしてやるです」 こちらはスレダだ。静かに両手で鏡を捧げ持ちつつ準備は万端。そんな一同に匂坂は、 「よし、それじゃ派手に行こうか。とっとと始末してワカサギ釣りやってみてぇしな!」 そういって、野太刀を構えると咆哮を上げるのだった。 「死竜の炎が届かねー位置で横に移動できますか? 上手くいけば一気に巻き込めるですよ」 「分かった、やってみる」 スレダの言葉を聞いて、利穏は懸命に船を操る。 小舟はゆらゆらと微かに揺れながら、小島から一定の距離を取って横移動。 死竜はそれに気付いて、数度軽く炎を吐き出すのだが届かない。その炎が湖水を蒸発させて霧を作る。 その霧の中を割って、小舟へ次々に鬼火が殺到するが、それをしっかりと待ち構える開拓者。 「上空のは任せたぜ!」 湖面を切り裂いて地断撃を放つ匂坂。咆哮を活用して、鬼火を引き寄せ地断撃一閃。 「ああ、上のは任せろ! まとめて吹き飛ばしてやらぁ!!」 ダイリンは、小さめの鬼火数匹をまとめてピアシングブリットで蹴散らして。 2人を援護するのはスレダだ。彼女は匂坂とダイリンの攻撃をかいくぐったものを狙い撃っていて。 これならば、上陸班が間に合うはず、そうおもったのだが。 「……やべーですね。鬼火が上陸班に気付いたみてーですよ。このままだと死竜も気付くんじゃねーですか」 スレダの言葉に、慌てて一同は視線を遠くの上陸班に向けるのだった。 「……む、やはり全部は無理か。こうなれば突っ切るしかあるまい」 音有は操船をしながら一同を見て、 「では私も手伝おう。2人の方が早いはずだ」 手を貸すのは向井。しかし、そこには大きな懸念が。 このまま上陸を敢行すれば、おそらく死竜もこちらに気付いてしまうだろう。 さすがに真っ向から炎を浴びては危険すぎる。 だが、それを分かっていても、音有と向井は速度を緩めず一気に島に近づいた。 「……きっと仲間が何とかしてくれるはずです」 滝月が言うように彼らは陽動班を信じて、自分たちの仕事を果たそうとしているのだった。 陽動班は、上陸班の決意を見て、同じように覚悟を決めていた。 「……しゃあねぇな。いけるか? みんな」 「はは、猿のお兄さんの頼みとあっちゃあ、やるしかねぇな」 ダイリンの言葉ににやりと匂坂が応じれば、スレダも利穏も頷いて。 彼ら陽動班は鬼火を蹴散らしつつ、死竜の注意を引くために、死竜の射程範囲内に舵を切るのだった。 ● 上陸班のための時間を稼ぐため、陽動班は一気に死竜へと近づいた。 「てめえの相手はこっちだぜ!」 さらにだめ押しは匂坂の咆哮。死竜はそれに応えて大きく口を開き、一気に炎を噴き出した! それを迎え撃ったのは、四者の連係攻撃だ。 匂坂は地断撃、ダイリンは魔槍砲の砲撃でピアシングブリット、スレダはブリザーストーム。 そして、利穏は、 「皆さん、しっかり捕まっててくださいね」 衝撃の余波で落ちそうなダイリンを片手で支えつつ、利穏は手にした扇子を構え陰陽術を放った。 それは巨大な白狐の姿をした強力な式だ。 斬撃、砲撃、吹雪と陰陽術、その四つが竜の火炎と真っ向から衝突し、見事相殺! 多少焦げつつはあったが、陽動班は炎を防ぎきったのだった。 もたらされた時間はほんの少しだった。 しかし、上陸班にはそれで十分だったようで、 「わぉ、やってくれたね〜。これだけ近づけば、もう十分! それじゃおっ先に〜」 まずはじめに飛び出したのは叢雲だ。シノビの妙技、早駆で小舟から小島へ、一気に飛び移る! 死竜が気付いたときにはもう遅い、すでに叢雲は小島に乗り込み、奔刃術で死竜を攪乱するのだった。 さらに船は小島に近づく。次に飛び出したのは滝月だ。 「よし、まずは動きを封じないとな」 そういって、鬼火用に構えていた短銃をしまうと、抜き放ったのは斬竜刀。 それを手に、こちらは泰拳士の瞬脚を使って、一気に島へ。 八極天陣を使う滝月を死竜は捕らえられず、ただただ空振りを繰り返すのだった。 その後、上陸班が島に乗り込むのはあっという間だった。 「正面は任せてくれ!」 凛々しく言い放つ向井。真っ向から死竜の前に立ちはだかり仲間たちの盾となるつもりのようだ。 その周囲を動き回るのは滝月と叢雲。一撃離脱を繰り返し死竜に斬撃を加えていく。 そして最後に加勢するのは音有だ。船を小島の陸地に1人で引っ張り上げてから、 「死んだ竜でもこれなら効くだろう」 そういって、彼が投げはなったのは槍の一撃だ。 強烈な一撃に思わず体勢を崩す死竜、開拓者たちは一気に決着を付けるため猛攻を仕掛けるのだった。 狭い小島では、なかなか決定打は出なかった。 だが、そこでまたしても援護を果たしたのは陽動班の面々だ。 鬼火を掃討し、接近してきていた陽動班。彼らが近づいて死竜へと攻撃をしかけたのだ。 ダイリンの砲撃に匂坂の地断撃、そして利穏の強力な白狐が直撃すればさすがの死竜も動きが止まる。 死竜は苦し紛れに炎を吐き出そうとするのだが、 「いくら死竜とて気道が潰れちゃあ炎を吐くブレスを作れまい!」 爪の一撃を回避し、瞬脚ですぐ近くに踏み込んだ滝月の斬竜刀が一閃、死竜の喉を叩き斬る。 「安全で穏やかなワカサギ釣りの為に、確実に冥土に落ちてもらわにゃ〜」 叢雲は奔刃術で援護、三角跳で死竜の体を足場に高く飛び上がって頭を一撃。 「たたみかけるぞっ!」 手元に引き戻したグングニルを手に音有が強烈な一撃をたたき込めば、 「これで終わりっ!」 向井はとどめの両断剣を放つのだった。 猛攻を受け、ついに死竜はどさりと崩れ落ちて。開拓者たちは見事な勝利を勝ち取るのだった。 ● 「元々この竜自体、非業の死を遂げたうえに、アヤカシとなって戦わざるを得なくなった不憫な存在です」 そういって、死竜を弔おうと利穏が言えば、一同に異論は無いようで、 だが、死竜の体を葬っている最中、真面目に働いている猿、もといダイリンを見て匂坂は、 「……猿の兄ちゃん、意外と真面目に働くんだなぁ」 とからかって言えば、 「……つーかな、俺は! これを! さっさと脱ぎてぇんだよッ!」 ばむばむと着ぐるみを叩くダイリンに、思わず一同は作業しながら噴き出すのだった。 そして作業が終われば、 「……龍に宿った瘴気が星に還り、精霊となってこの地に降り注ぐ事を」 静かにスレダが祈りを捧げ、一行は小島を後にし、湖が再び凍り付くのを待つのだった。 「……こういう釣りは初めてなんですが、結構簡単につれるみてーですね」 かくり、とスレダが首をかしげつつ、するすると釣り糸をたぐれば、そこにはワカサギが三匹。 初めてにしては中々に筋が良いようで、大漁であった。 「うむ、やはり釣りは良い。待っている時間がなんとも心地よい」 向井も静かに釣り糸を垂れてあたりを待って。 「……又ばらけた」 みんなが大漁の中、音有は今ひとつ不調のようだが、この駆け引きも楽しそうで。 「やっぱり、ワカサギっていったら天麩羅だよな?」 「はい、今揚げてるのでもうすぐ出来ますよ。塩で良いですか?」 わくわくと滝月が釣り上げたワカサギを渡せば、それを揚げているのは利穏。 どうやらその場で小さな鉄鍋に油を熱し、簡単に天麩羅を作っているようだ。 そこに、ダイリンと匂坂たちもやってくれば、 「おお、良い匂いだな! やっぱり自分が釣った分だけしか食えないのか?」 「いえ、どうやらかなりたくさん釣れていますし、みんなの分あると思いますよ」 利穏の言葉に、一同は大いに喜ぶのだった。 「……そういえば、今日はあの格好じゃ無いんだな、猿の兄ちゃん」 「あ、本当だ。寒くないですか?」 「……少々寒いが、あれはまっぴらだ。もう、猿の兄ちゃんはやめてくれ」 匂坂と滝月の言葉に、数匹まとめてワカサギを口に放り込みつつダイリンはげっそりとした表情を向ければ、 「ふむ、なかなかに似合っていたのにな」 「ええ、個性的でしたけど、良く似合ってやがりましたよ」 向井とスレダにそんなことを言われて、さんざんなダイリンであった。 「……うーん、またばらけたか」 そんなやり取りを背に、淡々と音有はワカサギを釣り続けていて。 無事依頼を終えた一行は、のんびりと休日を過ごすのだった。 |