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■オープニング本文 ●山中の巫女 理穴北部‥‥とある里の山中に造られた神社の奥で、巫女は祈りを捧げていた。手を合わせた先には、お札が幾重にも巻き付くように貼られた地蔵が置かれている。 地蔵の周囲を取り囲むようにして灯された蝋燭がゆらりと激しく動いた。巫女がゆっくりと瞳を開ける。蝋燭の炎が黒い瞳の内で揺らめいた。 「‥‥本日の祈祷は終わりです」 巫女は振り返らずに背後へと声を掛ける。凛とした声が暗い部屋に響いたあと、部屋の扉が開いた。扉の向こうには、刀を腰にさげた青年が立っている。 「桐架様、もうすぐ夕餉の時間でございます」 青年は静かな声で告げた。その言葉に、桐架と呼ばれた巫女は頷く。 「そうですか。では行きましょう」 桐架は立ち上がると、青年を横に引き連れて地蔵の間をあとにした。薄闇に染まり始めた夕日の僅かな光に、桐架の顔が照らし出される。 「桐架様、今日は顔色が優れないようで‥‥」 「今日は少し体調が悪くてね。それに、あの地蔵を鎮めるためにはそれなりに体力を使うのですよ」 桐架ははっきりとした口調で言葉を返した。青年は釈然としないようだったが、とくに続けて何か言うことはなく、桐架の隣を歩く。 この神社には、災いを招くという地蔵が安置されている。その昔、恋人に裏切られた特殊な力を持つ女性が、あろうことかこの地蔵に恋人の不幸を願ったことで地蔵に怨念が宿ってしまったという。 怨念は呪いとなり、瘴気を生み出して近隣の村に災いをもたらした。災いの元凶が地蔵であることを突き止めた先代の巫女、桐架の曾祖母が地蔵の呪力を封印し、それからは代々神社の奥で内に込められた瘴気が漏れ出さぬよう見張っているのだ。 「(それにしても、先ほどの炎のゆらめき‥‥今まであのような揺らぎ方を見たことがない)」 桐架は廊下を歩きながら、地蔵の間で見た光景を思い出す。突然燃え上がった炎の揺らめきは、まるで何かが取り憑いたようにうねっていた。 「(何か‥‥不吉な予感が‥‥)」 桐架は何気なく窓の外を見る。瞬間、空気が濁る程の瘴気を感じて目を見開いた。 「桐架様! 大変ですっ!」 ドタバタと正面から黒い道着を着た少女が走ってくる。少女は顔を引き攣らせながら、桐架の前で荒い息を付いた。 「‥‥アヤカシですね」 「はい‥‥っ、襲ってきて‥‥」 桐架の確信に満ちた問いに、少女は涙目で答える。 「落ち着きなさい、咲。見習いながらも未来の忍が、取り乱してどうするのです」 「すっ、すみません‥‥」 少女‥‥咲を落ち着かせるように、桐架は咲の肩に手を置いた。咲は何とか息を整えようとする。 「‥‥桐架様、アヤカシの目的はもしや」 青年が低い声で呟くように言う。 「封印を施しているから、瘴気は外に漏れていないはずです。‥‥しかし、万が一ということも考えられます。‥‥とにかく、対処しなくては」 桐架は手に持った杖を強く握り直した。 「! 危険です、桐架様! たくさんのアヤカシが神社を取り囲んでいます!」 咲が必死な表情で引き留めようとするも、桐架は首を横に振る。 「私はこの神社を守るために存在しているのです。私が戦わずして、誰がこの場所を守るというのです」 「ですが‥‥」 「咲、あなたは里へ行き助けを呼んできなさい。あなたの術を以てすれば、敵の目をかいくぐり里に向かうことができるでしょう」 至って冷静な口調で、桐架は咲に命じた。咲は不安そうな眼差しで桐架を見つめる。 「桐架様‥‥」 「大切な役目です。任せましたよ」 桐架は危機的な状況にも関わらず、柔らかい笑みを浮かべた。余裕に満ちた微笑に、咲は不安げな陰りを浮かべていた表情を凛と引き締める。 「‥‥はい」 返事をした直後、咲は風のような速さで駆け出してその場から姿を消した。 「さあ、行きますよ。影村」 桐架は平静さを湛えた瞳で、鋭く前方を見据える。 「おおせのままに」 桐架の言葉に青年‥‥影村は静かに答えると、刀の柄に手を添えて彼女に付き従った。 ●守り抜く意志 現場は混乱に満ち溢れている。神社の境内には大量のアヤカシが侵入してきていた。 「ぐああ‥‥っ!!」 一人の侍が刀を振るう。しかし、アヤカシの一体を斬り付けるも、背後から別の一体に襲われ地面に叩き付けられた。他の者も同様に苦戦を強いられている。 志体を持つ神官や守衛たちを総動員しても、捌き切れる数ではないことは明白だった。しかも志体を持つとはいえ、ほとんどの者が開拓者のように戦闘慣れしていない。圧倒的に不利な状況だ。 「鬼、炎鬼‥‥確認できるのはこの二種です」 周囲を見渡し、影村がアヤカシの種類とだいたいの数を把握する。炎鬼を三体、鬼は十数体ほど確認し、影村は鋭く瞳を細めた。 炎鬼は巨大な体躯から炎を放ちながら周囲のものを焼き払い、鬼は棍棒を振り回し人々に襲い掛かる。 「偶然この場所を襲ったのか、地蔵に引き寄せられたのか、あるいは何者かの差し金か‥‥何であれ、アヤカシ共をこれ以上暴れさせるわけにはいきません」 桐架は杖を掲げ、淡々と呪文を唱える。杖から白い光弾が出現し、アヤカシに向かって放たれた。胸部に弾を受けた鬼が、苦しげにうめき声を上げる。 「援軍が来るまで時間を稼ぐのです。皆の統率は影村、あなたに任せます」 「はっ」 桐架の命令に頷くと影村は刀を抜き、高らかに声を張り上げた。 「皆の者、狼狽えるな! アヤカシごときに、神聖なる神社への侵入をこれ以上許してはならない! 守り抜くぞ!」 |
■参加者一覧
リューリャ・ドラッケン(ia8037)
22歳・男・騎
和奏(ia8807)
17歳・男・志
琥龍 蒼羅(ib0214)
18歳・男・シ
刃兼(ib7876)
18歳・男・サ
一之瀬 白露丸(ib9477)
22歳・女・弓
雁久良 霧依(ib9706)
23歳・女・魔
吉祥 紅緒(ib9962)
16歳・男・武
銀鏡(ic0007)
28歳・男・巫 |
■リプレイ本文 ●里のギルド 緊急の依頼を受け、開拓者たちは麓の里にあるギルドに集まった。 「神社まで距離があります。朋友さんを使えれば馬よりも早く行けると思うのですが」 和奏(ia8807)の言葉に、咲は申し訳なさそうに目を伏せた。 「すみません。地形的に上空からの離着陸は難しい場所なんです」 咲の話によると森は成長した木々の枝葉に囲まれており、整備された道ですら上空からの着陸は困難らしい。 「やはり陸路からしか行けないということか。受付は‥‥」 琥龍蒼羅(ib0214)は周囲を見渡し受付を探す。受付は広間の右側‥‥依頼が張り出された掲示板のすぐ傍にあった。受付に向かうと、ギルド職員が忙しなく働いている。様々な依頼が殺到しているのか、大忙しといった様相だ。 「すまない。馬を九頭ほど借りたいのだが」 刃兼(ib7876)は依頼の詳細が書かれた証書を職員に見せる。職員はそれを見た後、書類にも筆を走らせながら台帳を手に取って口早に告げた。 「少し待っていただけますか。馬を使う依頼が多くて頭数が間に合うかどうか‥‥」 「緊急事態なの、お願い‥‥」 雁久良霧依(ib9706)は瞳を潤ませつつ、懇願するように頼む。職員は帳簿に目を走らせた後、顔を上げた。 「ふむ‥‥ちょうど九頭残ってます」 職員の言葉に移動手段を確保できることがわかり、皆僅かながらほっと息を付く。 「なんとか馬を借りることはできそうだな」 天野白露丸(ib9477)の言葉に、霧依はこくりと頷いた。 「そうね。残る馬が速くて頑丈で扱いやすい馬なら良いけど‥‥」 「大丈夫です。ギルドの馬に悪い馬はいませんからね」 霧依の言葉に苦笑しつつも、職員は皆を宿舎へと案内した。宿舎では複数頭の馬が縄に繋がれ待機している。吉祥紅緒(ib9962)は宿舎をぐるりと見渡し、白馬を見つけると嬉しそうに顔を輝かせた。 「紅はこのお馬さんに乗るね!」 紅緒が駆け寄って縄を手に取ると、馬は了解したとでも言うようにぶるっと鼻息を鳴らす。上品なたてがみがふわりと揺れた。 「それじゃあ行こうか。一刻を争う事態だ」 竜哉(ia8037)は馬に跨ると神社がある山を見据える。目の前に聳える山は紅葉の時期を迎え、朱色に色付いていた。治りきっていない傷がズキリと痛むが、今はそれを気にするときではない。ぐっと堪えて平静を装う。 「事態が事態じゃなければ、ゆっくりと紅葉でも見たいものじゃのぉ」 竜哉の横で銀鏡(ic0007)が、からからとのんきに笑う。 「‥‥鬼を倒し任務を終えたあとにでも、眺めたいものだな」 その穏やかな笑みに、竜哉は肩に入っていた力を少しばかり抜いた。 「それでは神社まで案内します。よろしくお願いします!」 準備が完了したところで、皆は咲を先頭に駆け出した。神社への道を風を切るように駆け抜ける。 ●アヤカシとの戦い 一同は神社へと続く階段の前に到着した。幸い道中にアヤカシはおらず、邪魔されることなくここまで辿り着く。石の階段は何百段も連なり上へと続いていた。 「戦う前に、この階段‥‥」 白露丸は階段を見上げて小さく息を吐き出した。長い階段に、一同は意を決したように足を踏み出す。 「これくらい楽勝だよっ。御山の階段はてっぺん見えない位長いし段差が大きいしで、もぉっと大変だったもんね」 紅緒は精霊力を脚部に集中させると、軽やかに階段を駆け上がった。翼を動かして空気抵抗を和らげる。緋色の羽が風にふわりと靡いた。 「気をつけろ、敵が来る!」 真なる水晶の瞳から瘴気の流れを感じ取り、竜哉が警戒を呼びかける。その直後、階段の脇から複数の鬼が飛び掛かってきた。 「奇襲のつもり? 甘いわ!」 霧依が杖を掲げ、ホーリーアローを放つ。光り輝く矢は鋭く突き刺さり、鬼たちが叫びを上げた。なおも棍棒を振りかざし襲ってくる鬼たちを何とか切り伏せながら、神社の境内に入る。境内では神社の人々がアヤカシと戦いを繰り広げていた。皆疲弊しきっており、神社の至るところで炎が燃え盛っている。一同は神社の入口で怪我人の治療を行っている桐架の元に駆けつけた。 「依頼を受け応援に来た! 今の状況はどうなってる?」 刃兼の呼び掛けに、桐架は口早に現在の状況を説明する。 「感謝します! 鬼数体は何とか倒せましたが、炎鬼は未だに手付かず‥‥建築にも火が広がりつつあります」 桐架の言葉に蒼羅が境内をぐるりと見渡す。鬼と戦う神官や守衛、そして桐架の傍では複数の怪我人が治療を受けている。 「炎鬼は俺たちが相手しよう。そちらは後方支援と神社の消化活動を頼む」 神社側に、炎鬼に対処している暇などないことは明確だった。蒼羅がはっきりと告げると桐架も心得ていたのかこくりと頷く。 「わかりました。よろしくお願いします」 一同は桐架たちに作戦を伝え、すぐさま実行に移す。刃兼は建築物から離れるため銀鏡、紅緒と共に鳥居の近くまで移動する。背後には先ほど登ってきた階段が存在している。 刃兼がすうっと大きく息を吸い込んだ。直後、彼の口から大きな雄叫びが境内に響き渡る。それは空気を震わせ、炎鬼の一体に届く。 炎鬼が咆哮を挑発と捉えたのか、ドスドスとこちらに向かって走ってきた。 「お相手願おうか!」 刃兼は突進してくる炎鬼に向かって刀を構えた。練力を込め、大きく振るう。空気を切り裂きながら真空の刃が炎鬼に向かって放たれた。 炎鬼は真空刃を正面から受け胴体に傷を負ったにも関わらず、怯むことなく向かってくる。 「やはり頑丈だな。だが動きは鈍い」 炎鬼は火炎攻撃こそ素早いものの、本体の機動力は低いようだ。刃兼は冷静に分析する。 「では、ちいっとばかし鬼退治にいくかね」 銀鏡は煙草を咥えつつ、笑みを絶やさぬままに炎鬼を見据えた。ふうっと煙草の煙を吐きだした直後、炎鬼の右脚付近の空間が歪む。炎鬼はバランスを崩し膝を付いた。しかし纏った炎は勢いを失うことなく、様々な方向に炎が飛び散る。 「風と炎じゃ相性悪すぎ‥‥かな? でも、こんなの全然生ぬるいよ」 紅緒が武器を掲げると宝珠が発光し、精霊の幻影‥‥金の鴉が出現する。鴉は翼を広げると木々に燃え移った炎をかき消した。次いで、炎鬼の目玉目掛けて鋭い三本脚を突き立てる。炎鬼は怒りに満ちた雄叫びを上げた。口から吐かれた炎が紅緒に放たれるも、目を攻撃されたせいで照準が定まっていないようだ。 「ふふっ、先手必勝☆ おーにさーんこーちらーっ♪」 時折翼を炎が掠めるも、大きな一撃は与えられない。紅緒に気を取られている炎鬼の胴体目掛けて、刃兼が再び刀を振るう。急所に真空刃を打ち込まれ、炎鬼から悲鳴のような雄叫びが響いた。炎鬼の纏っていた炎がその勢いを落とす。 「あと少しだ!」 刃兼が再度、一撃を炎鬼に打ち込もうとする。 「ほれほれ。後ろから近付いておるぞ」 刃兼の背後を取ろうとしていた鬼たちの動きを、銀鏡が空間を歪ませて封じた。 「支援感謝する。今のうちに炎鬼を片付ける!」 刃兼は強く柄を握り直すと、再び炎鬼の胴に一撃を叩き込んだ。炎鬼は炎を消滅させ、その場に倒れ伏す。 「なかなか調子いいみたいね。私たちも頑張らなくちゃ!」 遠目に刃兼たちの戦いぶりを確認した霧依は、蒼羅と共に神社の側面に位置する庭でアヤカシたちと対峙していた。霧依の言葉に蒼羅が静かに頷く。 「そうだな‥‥早く倒さなくては」 蒼羅は周囲の状況を確認する。神官や守衛が鬼たちを相手に戦っているが、消耗が激いのか動きが鈍っているように見えた。 「ギルドから救援に来たわ! 怪我人は無理しないで。動ける人は、魔法を打つから一箇所に敵を誘導してくれると嬉しいわ!」 「助太刀、感謝致す!」 ちょうど近くで戦っていた影村が、霧衣たちが来たことに気づき礼を言う。霧依はにこりと微笑んだのも束の間、すぐに表情を引き締めた。 「まずは炎鬼から片付けましょうか」 炎鬼が火を噴きながら木や建築を薙ぎ倒している。霧依は炎鬼を見据え、ホーリーアローを出現させた。光の矢は真っ直ぐに放たれ、炎鬼の額に突き刺さった。炎鬼は炎を全身から吹き上げながら怒りの咆哮を上げる。火炎弾が霧依に向かって飛ぶが、蒼羅が放った風の刃がその衝撃を緩和した。 「全身から炎が出ているようね。それなら、これでどうかしら?」 霧依は多くの練力を杖に集中させる。次の瞬間、吹雪が炎鬼を包み込んだ。炎鬼は苦しげに呻き声を上げ逃れようとする。炎鬼の纏う炎の勢いが少しだけ弱くなった。鬼たちが霧依に襲い掛かろうとするが、すかさず蒼羅が間に入る。 「断ち斬れ‥‥斬竜刀」 鬼たちの棍棒が霧依に届く前に手首から斬り落とす。さらに追い討ちをかけるように刀を走らせ、重たい斬撃を受けた鬼たちは崩れ落ちていく。 「今なら近づけるはずよ!」 連続してブリザードストームを炎鬼に打ち込んでいた霧依が叫ぶ。蒼羅は炎鬼に向かって駆ける。炎鬼の纏う炎の勢いは明らかに弱まっていた。炎鬼が蒼羅の接近に気づき拳を突き出した。蒼羅は跳躍しそれを紙一重で避ける。すれ違うと同時に居合を放つと、炎鬼の拳から黒い瘴気が噴き出した。 「‥‥揺るぎなき境地、澄み渡る水の如く」 悲痛な雄叫びを上げる鬼の懐に飛び込み秋水を放つ。神速の刃は炎鬼の胸部を斬り裂いた。炎鬼は絶命し、瘴気となって消えていく。 「さあ、まだまだいくわよ!」 守衛たちが誘導した鬼たちに向かい、霧依はブリザードストームを打ち込み翻弄する。 他方、竜哉、和奏、白露丸も神社本殿の前で、鬼たちと対峙していた。 「茂みに隠れている者も含め、数は七、八体といったところか」 白露丸は精神を研ぎ澄ますと弦を強く掻き鳴らす。 「新しい炎鬼を発見したら、すぐ知らせてください」 「わかりました。しかし、かなりの数です。対処しきれますか」 竜哉が桐架に手短に伝えると、桐架は心配そうに問う。その問いに、白露丸が強く頷いた。 「大丈夫だ。アヤカシは私たちが倒す。そちらは引き続き消火活動を頼む」 白露丸は静かに告げると、弓を前方にいる炎鬼に向かって引き絞る。炎の隙間からから時折見える目玉目掛けて矢を放った。緩慢な動きの炎鬼に矢は見事命中し、炎鬼は雄叫びを上げる。散蒔かれる炎を避けながら、和奏が炎鬼に接近する。鬼が行く手を阻もうと棍棒を振り翳すが、その腕は木々の合間を縫うように放たれた線に絡め取られ宙に縛り付けられた。 「させない!」 竜哉の鋼線が鬼の動きを封じる。鬼が暴れる度に周囲の木々が激しく揺れた。 「く‥‥切断できないか‥‥」 腕と脚に練力を込め踏み止まることで、竜哉は体勢を維持する。和奏が鋼線によって動きを封じられた鬼に秋水を放った。軌道すら見えない一撃が、鬼の胸部を縦に切り裂く。次いで、行く手を阻む鬼とその先にいる炎鬼を見据える。 「邪魔です」 刀に練力を集中させ、直後に勢いを付けて振り上げた。風の刃が生み出され、地を駆け抜けるように直進する。斬撃に怯んだ鬼を切り伏せながら、炎鬼に向かって走った。炎鬼が和奏に向かって火炎弾を放った。即座に苦心石灰を発動させ攻撃を防ぐが、連続で放射される火炎に接近することができない。 「お前の相手は此方だ」 白露丸が精霊力を込めた矢を放つ。甲高い音を響かせながら、矢は炎鬼の腕に命中した。炎鬼の視線が白露丸へと向けられる。白露丸は攻撃の当たりにくい物陰を移動しながら、敵の急所に一撃ずつ矢を的確に入れていく。 「今が好機‥‥」 和奏は炎鬼の背後に回り込み、胴体を刀で横に一閃した。炎鬼はその場に崩れ落ち、瘴気となって地面に消えていく。ちょうどそのとき、複数の鬼が茂みから飛び出し桐架に向かって突進するのが見えた。 「危ない!」 竜哉はとっさに神社の柱に鋼線を巻き付け、線が鬼の足元に絡まるように移動する。猛進することしか知らない鬼は、見事に引っかかるとそのまま地面に転倒した。しかし一体の鬼が、倒れながらも棍棒を桐架に向かって投げ付ける。 「っ‥‥」 回避がしきれず、桐架の体を棍棒が掠めた。 「桐架殿! ‥‥アヤカシは奪うことしか、しない‥‥!」 白露丸は狙いを定め、転倒しながらも暴れる鬼に矢を打ち込んだ。和奏もすぐに駆け付け、容赦ない斬撃で鬼の息の根を止める。 「守りきれなかった、すまない‥‥」 「いいえ。貴方の支援がなければ私は大怪我をしていました」 竜哉の謝罪に桐架は首を横に振ると、にこりと強気な微笑みを見せた。 ●謎を残して 開拓者たちの炎鬼を優先して倒す作戦が功を成し、到着した時点で燃え始めていたにも関わらず神社は全壊を免れた。アヤカシ討伐後、井戸水や霧依のブリザードストームを駆使し、消火活動を終える。神社の本殿に火の手が及ぶことはなかったが、それでも表側の柱や屋根は焼け焦げ、全壊とまでは行かないものの四割ほどが焼け落ちていた。 「だいぶ燃えてしまいましたね」 焼け焦げた神社を見上げながら、和奏が静かに息を付く。 「うむ‥‥アヤカシの火なぞ、不味い煙しか出ぬじゃろうて‥‥」 木材から出る白煙を眺め、銀鏡は煙草に火を付けた。一方、白露丸は白煙を見つめながら過去の光景を思い出す。微かに震える手で、かつてアヤカシに負わされた火傷が残る腕を強く握る。 「‥‥大丈夫だ、大丈夫だよ、白露丸‥‥」 己に何度も言い聞かせるように、繰り返し小さな声で呟いた。 「神社が‥‥」 咲が悲しそうな顔をして神社を見上げる。 「ごめんなさい。延焼を防ぎきれなくて」 霧依が申し訳なさそうに告げると、咲は首を横に振った。 「いえ、いいんです‥‥まだ再建できるし、みんな生きてますから!」 「咲の言うとおりです‥‥本当に助かりました。皆様が来てくださらなければ、犠牲者が出ていたでしょう」 咲の言葉に桐架も同意し、柔らかに微笑む。 「しかし、もっと早くに駆けつけていれば‥‥」 竜哉の申し訳なさそうな様子に、桐架ははっきりと断言した。 「いいえ、この距離ですから遅れても仕方がありません」 「うん、この神社って郷から離れ過ぎてるよね。お地蔵様と関係あるのかな?」 紅緒が率直な疑問を問うと、桐架は静かに言葉を返す。 「地蔵を郷から少しでも遠ざけ封印するためにこの場所に建てられたと、祖母から聞きました」 「今回の事件もその地蔵と関係しているのかもしれないな」 蒼羅が神社を眺めながら思案するように瞳を細めた。蒼羅の言葉に繋げるように、刃兼が口を開く。 「よく、分からないが‥‥今回のような襲撃が続くようなら、ギルドに依頼するなりして、地蔵を調べた方がいいかもしれないな」 「ええ。‥‥まずは私共で、何か不備はなかったか調べてみます」 桐架はその言葉に納得したように頷いた。こうして襲撃の理由は結局わからずに終わったが、開拓者たちは神社の人々を守り抜き、神社の延焼も再建が可能な程度におさえることに成功したのであった。 |