|
■オープニング本文 ●家宝の行方 朱藩のとある里に古くから住む一族、山守家には代々伝わる家宝があった。様々な鉱石を取り込み、虹色に光る美しい玉だ。 それは一族の繁栄と幸福を導くものとして、彩福玉と名付けられている。 「この玉は山守家に代々伝わる秘宝。部外者には決して見せず、守るのですよ」 母が白い布巾で玉を丁寧に拭きながら、我が子‥‥清一郎に優しく微笑んだ。清一郎は強く頷くと、ジッと煌く玉を見つめる。 「大人になったら、わたしがこの玉をお守り致します!」 まだ物心付いたばかりの清一郎には、一族の繁栄などわからなかった。しかし、大好きな母親が大切にしているものを守ろうと、幼いながらに心に決めたのである。 しかし、それから数十年が経ち、清一郎がもうすぐ齢五十に差し掛かろうとした頃のことだ。 留守中に泥棒が屋敷に入り込んだ。そうして厳重に保管していた金庫を壊され、大量の金品と共に彩福玉が盗まれてしまう。 泥棒に玉を盗まれてから数週間が経った。清一郎は自室の椅子に腰掛けながら、深い溜息を付いた。 机に置かれた茶は既に冷めており、一口啜るとぬるい温度が舌に広がる。 「‥‥もう、戻らないかもしれんな‥‥」 被害届は出したものの、既に金目のものは売られてしまっている可能性が高い。 自分が守ると誓ったのに、母親との約束を破ってしまった。清一郎は自責の念に駆られていた。 再び溜息を付いたところで、廊下をドタバタと走る音が聞こえてくる。 「清一郎さん! 一大事です!」 襖をガラリと開けて、妻の麗美が青白い顔で部屋に飛び込んできた。いつもは穏やかな妻のただならぬ様子に、清一郎は眉を寄せる。 「何事だ? そのように慌てて‥‥」 「来週、トンボ祭があるのはご存知ですね?」 「ああ、毎年恒例の行事だからな‥‥それがどうした」 トンボ祭とは、毎年この里で行われる伝統的な祭りだ。 秋になると里の清流に大量発生するトンボを捕まえ、その数を競い合う。見事優勝した者には、豪華な景品が与えられるのだ。 人に害をなす獣が出没する森で行われるためか、志体持ちや体を鍛えた猛者が集い、トンボを効率よく捕まえる賢さだけでなく肉体的な強さも競われる祭りである。 麗美はひと呼吸置いて、喉から絞り出すように次の言葉を放った。その言葉に清一郎は衝撃を受けることとなる。 「先日盗まれた彩福玉が、祭りの景品として公表されています!」 ●取り戻すために 清一郎は麗美の知らせを聞いた後、すぐにトンボ祭の主催者の屋敷に向かった。 主催者の話によると、ついこの間里の商人から購入したものらしい。取引先は有力な商人で、とくに怪しい団体などではなかった。 商人は旅の業者から仕入れたと言っており、既にその業者は遠方に向かってしまったらしい。 色々と手遅れで、泥棒を捕まえることは困難なことのように思えた。 彩福玉だけでも取り戻したいと考えたが、如何せん秘宝として外部には隠されてきたために、山守家の宝であることを証明することができなかった。 被害届を出す際に玉の特徴を封書に記したはずだったが、手違いで情報が伝わらなかったらしい。なんとも不運な話だ。 景品として公表してしまった以上、いくら金を積まれても売れないと告げられ、清一郎は結局何もできずに仕方なく帰ることとなった。 「‥‥一体どうしたものか‥‥トンボ祭で優勝しない限りは、彩福玉を取り戻すことはできぬ」 トンボ祭に参加しようにも、山守家の若手は仕事で遠方に出払っている。明らかに人手が足りない状況だ。 清一郎自身が参加することも考えたが、それは無理な話だった。 この頃足腰が弱くなっており、獣が出る森の中でたくさんのトンボを捕まえるのは困難である。 「‥‥ギルドにお願いしてみるのはいかがでしょうか? 参加者に制限はありませんし」 困り果てた清一郎に、麗美が提案する。 「伝統の祭りに開拓者を参加させるのはいかがなものか‥‥依頼で動いたと知られれば、里の皆はよく思わないであろう」 部外者が景品のために雇われたとなれば、確実に反感を買うことになるだろう。家宝を取り戻せない可能性が高くなる上に、家の名に傷が付くかもしれない。 麗美は考え込むように眉を寄せた後、意を決したように口を開く。 「バレないように‥‥近隣の里からの参加者だと偽れば良いのではないかしら」 「しかし‥‥」 「山守家の宝を取り戻すのに、手段など選んでいられませんわ」 麗美は強い口調で言うと、清一郎を見つめる。麗美の迷いがない瞳に、清一郎は背中を押されたような気がした。 「‥‥、‥‥そうだな。それでは、早速ギルドに依頼するとしようか」 |
■参加者一覧
ライ・ネック(ib5781)
27歳・女・シ
羽紫 雷(ib7311)
19歳・男・吟
カルフ(ib9316)
23歳・女・魔
中書令(ib9408)
20歳・男・吟
マルガリータ・ナヴァラ(ib9900)
20歳・女・魔 |
■リプレイ本文 ●任務開始 トンボ祭の当日、晴天に恵まれた空が高く澄み渡っている。絶好の祭日和に、開拓者たちは祭の会場である広場に集まった。森前の広場は祭に参加する選手で大いに賑わっている。 「改めて自己紹介を。カルフと申します。よろしくお願いします」 カルフ(ib9316)が他のメンバーに向かって礼儀正しく挨拶をする。 「私はマルガリータ・ナヴァラ。よろしくでしてよ」 マルガリータ・ナヴァラ(ib9900)が高らかに言う。中書令(ib9408)、ライ・ネック(ib5781)も続けざまに自己紹介を兼ねた挨拶を返した。 「中書令と申します。よろしくお願い致します」 「ライ・ネックです。よろしくお願いしますね。ケモノの妨害を中心に動きます」 事前に話し合って参加申し込みは一人ずつ、森の中では協力してトンボを捕まえることに決めた後、四人は受付に向かった。 受付に到着すると、受付係の女性が忙しそうに筆を走らせている。 「すみません、祭りに参加したいのですが」 中書令が受付の女性に話し掛けると、女性は顔を上げた。 村人に変装したライ・ネックを見た後、他の三人を順番に見ていく。 「ご近所さんと‥‥見ない顔だね。旅人さんかい?」 「はい。旅の道中に祭りのことを聞きまして」 カルフの言葉に受付の女性は納得したように頷いた。 「そうかい。じゃ、名前を教えてくれ。チームで出るなら代表者の名前を‥‥ああ、知り合いじゃないかもしれないが」 受付の女性の言葉に、四人は別々に名前を書き込む。受付が終わった後、各々に虫捕りアミと虫カゴ、地図を手渡された。 ●穴場探し 祭の開始時間を迎え、選手たちが一斉に森へと入っていく。四人も森に足を踏み入れ、とりあえず地図に示してある小道へと移動した。 「トンボは清流でも餌となる小さな羽虫がいるところに出没すると思われますので、羽虫が生息している場所を探しましょう」 中書令は歩きながらも神経を集中させ、聴覚を研ぎ澄ます。清流の流れる音と羽虫の羽音を感知するためだ。 「私も手伝います」 ライも中書令をフォローするように周囲の様子を探った。水の流れる音がさらさらと聞こえてくる。それに混じって、僅かな羽音が時々耳に届く。 「‥‥ここから東に行った場所、ですかね」 ライの呟くような言葉に、中書令がこくりと頷いて東の方を見据えた。 「同じ意見です。少し時間が掛かるかもしれませんが、行く価値はあるでしょう」 東方から水が流れる音と羽虫の羽音を感知し、再び地図を確認する。東方に続く小道はなく、森の中を通り抜けなければいけないようだ。 「他の選手よりも先に確保しなければなりませんね」 恐らく他の選手たちの足音であろう茂みを掻き分ける音を聞きながら、カルフが声を潜めて言う。その言葉にマルガリータは強く頷いた。 「行きましょう。私たちが一番先に、トンボがとれる穴場を陣取るのですわ!」 ●ケモノとの戦い 四人は他の選手やケモノの気配に注意を配りつつ、数十分後に目的地へと到着する。 本流から外れた場所にある、比較的小さな川だ。 紅葉の中にひっそりと埋もれるようにして、きれいな水が流れている。 中書令とライの調べたとおり、そこには小さな羽虫やトンボが飛び回っていた。 羽虫だけでなく豊かな植物も群生しており、まさに自然豊かな穴場といった場所である。 「人もいないですし、ちょうど良いですね。ここでトンボを捕まえましょうか」 中書令の言葉にカルフが頷く。 「そうですね。私はケモノの侵入に備えておきますね」 常に周囲の様子を感知できるように、カルフはムスタシュィルを発動した。 侵入者があれば、これですぐに気配を察知することができるだろう。 「私も引き続き周囲を警戒します」 ライは水蜘蛛を使って清流の水面上に立つと、再度耳に神経を集中させた。 「よろしくお願いします」 敵への対策準備ができたところで、中書令は柔らかい草の上に移動する。 中書令は琵琶に手を添えて、軽く息を吸い込んだ。森林の爽やかな香りを感じ、穏やかな表情で琵琶の音を奏で始める。 優しく静かな旋律が森に染み込んでいき、少しするとガサガサと茂みが動き始めた。 美しい音色に導かれるように、害をなさない動物たちが集まってきたのだ。 「とても心地よい音色‥‥トンボも集まってきましたわ」 琵琶の演奏を聞きながら、マルガリータがトンボが集まってくる様子を見つめる。 赤トンボやオニヤンマなど、様々な種類のトンボが中書令の傍に集まり、音色に合わせて飛び回っていた。 そろそろ捕まえ時であろう。皆がそう思ったとき、離れた場所から茂みを掻き分ける音がライの耳に届く。 「気をつけて。何かが近づいてきます」 「! ‥‥瘴気は纏っていないようです」 カルフも何者かが侵入する気配を感じ、武器を握り締めた。 数刻もしないうちに、複数の狡賢猿が周囲を取り囲む。木の上や木陰などから、威嚇の唸り声を上げていた。 「どうやら、この場所は彼らの餌場でもあったようですね」 落ち着いた様子で中書令が猿たちを見渡す。 「そうですね。‥‥なかなか数が多いようで」 ライが手裏剣を構えると、猿たちが敵意をむき出しに襲いかかってきた。 飛び掛かってくる猿の攻撃を避けつつ、ライは素早く刀を切り返す。猿の背に刀の一閃が煌めいた。猿が呻き声を上げ、地面を転げ回る。 『キイイイッ!!!』 木の上にいた猿が鋭い雄叫びを上げながら、何かを掴んでライに向かって投げる。 それは木に実っていた栗だった。棘の殻に包まれたそれを刀で叩き落とし、ライは木の上にいる猿へと狙いを定める。 「飛び道具がお好みでしたら、こちらも」 刀から素早く手裏剣に持ち替え、猿目掛けて放った。手裏剣は弧を描きながら吸い込まれるように猿の頭部に突き刺さる。 「お手伝いします!」 ライが敵を引きつけているうちに、カルフが呪文を唱える。ライに気を取られている猿に向かってアムルリープを発動させた。 襲いかかろうとした猿が睡魔にガクンと膝を降り、その場に倒れ伏して眠り始める。 「さて、おとなしくしていてもらいましょうか」 中書令は指を琵琶に添え、ゆったりとした旋律を奏でた。夜の空気を感じさせるような音が、周囲に広がっていく。 木陰から奇襲の機会を伺っていた猿たちが続けざまに眠りに落ち、その身を地面に横たえた。 「今のうちに縛って動きを封じましょう」 ライは頑丈な縄を取り出すと、猿たちをまとめて一箇所の木に縛り付ける。 「これですべて片付いては‥‥いませんね」 カルフが残る敵の気配に気づく。どうやら猿たちとの戦闘に紛れて侵入してきたようだ。 カルフの言葉に、マルガリータが周囲を見渡し敵の姿を探す。ふと清流の岩陰に大きな影が見えた。 「そこですわ!」 マルガリータが杖を掲げると電流が杖から迸り、それは岩影に向かって走ってゆく。 バチバチと電流が爆ぜ、岩影から滑り皮が飛び出してきた。 滑り皮は四人を睨み付けるも襲いかかることはせずに水へと飛び込み、そのまま姿を消した。 「‥‥泳ぐ音が遠ざかっていきます。逃げたようです」 居場所を知られた上に、猿たちの状況を見て敵わないものと判断したのだろう。 超越聴覚で滑り皮の泳ぐ音を聞き分けたライが、静かに告げる。 「私たちに恐れをなして逃げたのですわね!」 ライの言葉に、マルガリータが満足そうに微笑んだ。 「‥‥さて、すっかり動物たちも逃げてしまったし、もう一度呼び寄せましょうか」 中書令の言葉に一同は頷き、トンボ狩りを再開した。 ●いざ、トンボ狩り! 捕獲した猿が起きる度に眠らせつつ周囲の警戒を行いながら、中書令の旋律でトンボたちを集める。 再度集めたところで、中書令は旋律の波長を変化させる。深い眠りへと誘うような、ゆったりとした音色で琵琶を弾いた。 元気に飛び回っていたトンボの動きが、ゆっくりとしたものになる。 「眠ってはいないけれど、少しだけトンボの動きが遅くなりましたわ」 トンボの様子を観察しながら、マルガリータが感心したように言う。 「そうですね。今のうちに皆さんでトンボを捕まえてください」 「私は引き続き捕まえた猿を見張っていますね」 中書令の言葉にライはそう告げると、木に縛り付けられて眠っている猿たちの監視を始める。 「任せましたわ。さて、私はトンボ狩りを。幼少の頃を思い出しますわ‥‥たくさん捕まえますわよ」 マルガリータは虫捕りアミを構え、動きの鈍くなったトンボに狙いを定める。 「十、二十‥‥たくさんいますわ。すべて捕まえてさしあげるわ!」 ばさっと虫捕りアミを振ると、複数のトンボがアミに引っ掛かった。 羽をばたつかせて逃げようとするトンボを逃さないように気を付けつつ、両羽をそっと指で摘む。 そのまま虫カゴに放り込むと、その中で何匹ものトンボが羽音を鳴らした。 「この調子なら、たくさん捕まえられそうですね」 自分の虫カゴに入っているトンボの数を確認しながらカルフが微笑む。 「ふふ、大漁ですわね。これで優勝も確実かしら?」 マルガリータは強気な笑みを浮かべた。 紅葉が咲き誇る森の中、一同はトンボ狩りを楽しんだ。集まったトンボをすべて捕まえ、カルフが軽く息を付く。 「ここだけで結構な数のトンボを捕まえることができましたね」 「そうですね。‥‥マルガリータさんの虫カゴに一番トンボが入ってますね」 カルフの言うとおり、マルガリータの虫カゴには一人で捕まえたとは思えないほどのトンボが入っていた。 「昔の感覚はまだ健在でしてよ!」 カルフの言葉に、マルガリータが自慢げに言い放つ。 「この中の誰か一人が優勝すれば良いのですから、マルガリータさんが優勝するようにトンボの数を調整してみてはどうでしょう」 カルフがマルガリータの虫カゴを見ながら提案する。 「そうですね。協力したことがバレないように、森から出るときは別々にでましょうか」 中書令は頷くと、琵琶の音を止めて周囲を見渡した。既に捕まえ尽くしているため、トンボの姿はない。 「そろそろ別の場所を探しますか?」 「ええ。次の穴場に参りましょう!」 カルフの言葉に、皆反対する理由もなく同意した。木に縛り付けた猿たちは祭が終わるまで放置しておくということで、次の穴場を探すことにする。 木陰や水の中を警戒しつつ、一同は再びトンボがよく取れる場所を探し出し、トンボ狩りに励んだのであった。 ●祭のあと 制限時間が迫り四人は会場に戻る。拘束した猿たちについては、ライが主催者にどうすべきか訪ねたところ、主催者側で処遇を決め始末することとなった。 気になる祭の結果は、虫カゴに溢れんばかりのトンボをこしらえて帰ってきたマルガリータが優勝となった。 あまりの数に不正を疑う選手も出たが、「嫉妬は醜いですわ!」とマルガリータが一蹴したことによって、何とか彩福玉を手に入れることに成功したのであった。 玉を手に入れたあと、四人は広場で解散した。 ライは賞品を持ったマルガリータを影から護衛しつつ依頼主の屋敷に向かい、カルフと中書令も別々の道を通って屋敷へと向かう。 幸い尾行されることもなく、四人は無事屋敷に到着した。 「本当に助かりました。ありがとうございます」 彩福玉を依頼主の清一郎に渡すと、清一郎は大事そうに玉を抱えた。 「これからは絶対に盗まれないようにするのですわ」 マルガリータの言葉に、清一郎は強く頷く。 「はい。他の貴重品とは違う場所に安置することにしましょう」 清一郎との会話が終わったところで、見計らったように麗美が盆に茶を載せて運んでくる。 一日中森を歩きまわり疲れていた四人は、麗美の淹れた茶で一休みすることにした。 「仕事後のお茶は美味しいですね」 茶を飲みながら、カルフが深く息を付く。 「そうですね。気持ちが休まります」 ライは茶の香りを吸い込んで、柔らかに言葉を返した。 中書令は縁側で茶を味わいつつ、屋敷の庭園を眺めている。和を基調とした庭園は秋の色に色付き、美しい景色を映し出していた。 「美しい庭園ですね。赤く色付いて、実に風情があります」 中書令が穏やかに瞳を細める隣で、マルガリータがどこか羨ましそうに庭を見つめている。 「私もいつか美しい庭園を、きれいなお屋敷に構えたいですわ‥‥」 将来の夢に想いを馳せながら、マルガリータは静かに呟いた。 こうして開拓者たちは、見事トンボ祭に勝利し彩福玉を取り戻したのであった。 |