想い出の桜
マスター名:千影ウレイ
シナリオ形態: ショート
危険
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2012/03/19 19:06



■オープニング本文

●決意
 森の奥には丘があり、その丘には大きな桜の木があった。
 樹齢数千年と言われるその桜は、春になると丘を鮮やかな桃色に彩る。
 天井に敷き詰めたような花々が、互いに美しさを競い合うように咲き誇っていた。
「きれいな桜だね。来年も一緒に見よう、沙夜華‥‥」
 記憶の中の優しい声は、おぞましい叫び声に掻き消された。
 
 赤い月が大地を見降ろしている。彼女が一歩踏み出す度、風がざわざわと音を立てた。
 呻き声のような、あるいは叫び声にも似た音が響き渡る。
 茂みを抜けると、開けた丘の上に一本の桜の木が見えた。
 大きな桜は開花を前にピンク色の蕾を芽吹かせている。
 しかし、その花が開くことはないかもしれない。
 桜の周囲を怨霊が取り囲み、美しいはずの光景は禍々しいものと化していた。
「‥‥怨霊が‥‥」
 沙夜華は怨霊たちを鬼のような形相で睨み付ける。
 怨霊たちが出現したのは、ちょうど数日前のことだった。
 人の恨みを取りこんだ瘴気が実体化し、周囲の森を浸食し始めたのだ。
 ギルドの開拓者たちが、近いうちに怨霊を討伐しに来るだろう。
 しかし、沙夜華はその時まで待つことができなかった。
「‥‥お前たちは、私が倒す」
 沙夜華は刀を強く握り締める。怨霊たちが金切り声のような音をあげた。
「あの人との思い出を‥‥アヤカシなどに汚されてなるものか!」

●妹の想い
「姉さんが一人で森へ!?」
 仕事のため近隣の町に出ていた沙夜華の妹‥‥真戸香は、使用人から姉の所在を聞いて青ざめた。
「はい。止めようとしたのですが‥‥」
 使用人は震える声で言うと、落ち着かなげに視線を泳がせる。
「なんてこと‥‥それで、もう三日も帰ってこないと?」
 真戸香の張り詰めた声に、使用人はこくりと頷いた。
「志体持ちでも、一人で行くなんて無茶よ‥‥」
 真戸香は眉間に指を当てると、焦りを鎮めるように深呼吸する。
「‥‥やっぱり‥‥あの桜のために‥‥姉さん‥‥」
 数日前から、町の近くの森にアヤカシが出現している。
 このままでは、森がアヤカシに占領されてしまうだろう。
 真戸香はその森に、沙夜華が大切にしている桜の木があることを知っていた。
 沙夜華が恋人と共によく訪れていた桜の木だ。
 恋人は開拓者だったが、アヤカシとの戦いに敗れ他界している。
「‥‥私が家にいたら、止められたかもしれないのに‥‥!」
 後悔が胸を締め付けるが、起こってしまったことを嘆いても状況は変わらない。
「町長が開拓者ギルドに、アヤカシ討伐を依頼したそうです。討伐は明日の早朝から始まります。開拓者の方々に頼んで、探してもらうしか‥‥」
 使用人が遠慮がちに真戸香を見た。
 反論の余地はない。志体を持たない真戸香が森に入っても、沙夜華を見つけられるとは思えない。
 それどころか、自分の命が危うくなるかもしれない。真戸香はただ祈るしかなかった。
「どうか姉さん‥‥無事でいて‥‥」
 


■参加者一覧
浅葱 緋己(ia3679
19歳・女・泰
由他郎(ia5334
21歳・男・弓
クラウス・サヴィオラ(ib0261
21歳・男・騎
五十君 晴臣(ib1730
21歳・男・陰
フォルカ(ib4243
26歳・男・吟
レオ・バンディケッド(ib6751
17歳・男・騎
仁志川 航(ib7701
23歳・男・志
瑠璃堂 藍(ib9095
20歳・女・ジ


■リプレイ本文

●ロ班の捜索
 依頼主から地図を入手することに成功した一同は、二班に分かれて捜索を開始する。
 由他郎(ia5334)、五十君晴臣(ib1730)、レオ・バンディケッド(ib6751)の班は
 丘に続く小道の一つを捜索していた。
 空は晴れているのに、森の中は薄暗い。一際強い風が吹き、木々を強く揺らす。
 風の乾いた音に混じって、唸るような低い音が聞こえた。
 由他郎はすぐさま弦を掻き鳴らし、周囲に音の波紋を広げる。
 跳ね返ってきた空気の震えからは、怨霊の禍々しい気配は感じられない。
「‥‥アヤカシの声とは違うな‥‥」
「近くに洞窟があるのかもしれないね‥‥探そうか。沙夜華もそこにいるかもしれない」
 晴臣は式を召喚し、空へと放つ。数匹の白い隼が翼を広げ、宙に舞い上がった。
 数分して、式は晴臣の元に戻って来る。
「どうだ? 見つかったか?」
 レオは周囲を警戒しつつ、晴臣に問い掛ける。晴臣は静かに頷いた。
「ここから東に向かったところに洞窟がある。行ってみよう」
 三人は東方向へ歩き出す。数分歩いたところで、崖にぽっかりと空いた洞窟を発見した。
 洞窟の様子は外から確認できない。由他郎が再び弦を掻き鳴らす。精神を研ぎ澄まし、音の振動を探った。
 先ほどとは違う、異質な共振音を感じ取る。
「‥‥洞窟の入り口から少し行ったところにアヤカシがいる。数は二体だ」
 由他郎が鋭い視線を洞窟の暗がりに向けた。
 入り口周辺に視線を巡らせた晴臣が、地面が剥き出している部分に黒いシミを見つける。
「! あれは血の跡か‥‥?」
 晴臣が呟いたと同時に、由他郎は松明に火を付けた。
「あの中に沙夜華がいるんだ。沙夜華が危ない!」
 レオが剣と盾を構え、洞窟に向かって走り出す。由他郎と晴臣も洞窟の中に飛び込んだ。
「すまない、松明を持っていてくれ」
 由他郎は晴臣に松明を渡し、弓を前方に構える。
 瞳に精霊力を集中させ、怨霊の姿をはっきりと捉えた。
怨霊たちは何かを囲うように蠢いている。
 それが沙夜華であることを、由他郎は確信した。
 由他郎は鷲の目を再度発動させ、矢を二発放った。
 精神力を込めた矢と、そうでない矢の両方を二体の怨霊に打ち込む。矢は怨霊に命中した。
 怨霊たちが三人へと目を向け、怒り狂ったように叫び声を上げる。 
 その先に、蹲る女性の姿があった。
「沙夜華!」
 レオが怨霊たちに向かっていく。晴臣や由他郎も、沙夜華を庇うように怨霊と彼女の間に位置取った。
「精神力を込めずとも矢は当たった。剣も効くはずだ」
「わかった! サンキューな!」
 レオは由他郎の言葉にニッと口元を上げ、オーラを体中に集中させた。
 三人の存在に気付き、女性‥‥沙夜華が顔を上げる。
「! あなたたちは‥‥」
「助けに来たぜ! もう大丈夫だ!」
 レオは盾で怨霊の体当たりを防ぎながら、流れるような動作で怨霊の一体を斬り飛ばした。 
 怨霊たちが大きく口を開けて、おぞましい呪声を上げる。
 耳を劈くような声は、レオの思考を掻き乱そうとする。
「くっ‥‥キツい音だぜ!」
「レオ、離れるんだ!」
 晴臣が即座に式を繰り出した。
 白い隼たちが風にように飛び、呪声を上げる怨霊たちに突進する。
 隼は怨霊の体に纏わりつき、獰猛な獣のように瘴気を食らっていく。
「そう言えばこのアヤカシ、道連れにするとかどうとか言ってたな!」
 晴臣の言葉の意図を察し、レオは沙夜華を守りつつ怨霊から距離を置いた。
 怨霊の一体が限界を迎えたのか、痙攣し始める。
 そして黒い瘴気を爆発させて消え失せた。
「道連れとはあれか。まるで自爆だな」
「ああ、気を付けないとな!」
 隼に食われ瘴気を消耗した怨霊が、地を這うような呻き声を上げる。
 再び呪声を響かせるつもりだろう。
「させるかよ!」
 レオが地を蹴り、怨霊に向かって剣を振るう。
 横薙ぎに繰り出された斬撃は、怨霊の体を上下に裂いた。
「一応言って置く! もう化けて出るなよ!」
『オ‥‥オオ‥‥‥‥!』
 怨霊が先ほど自爆したものと同じように震え出す。
 その瞬間、由他郎が怨霊の頭部を矢で貫いた。
 怨霊は爆発することなく、その場に崩れ落ち消滅する。
「‥‥あなたたちは、開拓者か?」
 沙夜華が荒い息を付きながら、三人を見上げた。
 体中傷だらけだが、とくに右腕の上腕部と左脚の太腿部分の傷が酷い。
「助けに来たぜ。もう大丈夫だ!」
 応急処置用の止血剤を取り出しながら、レオが強い口調で告げた。
 血で赤く染まった包帯を外し、止血剤を使う。
「あとはいい‥‥私がやる」
 左手で懐から包帯を取り出し、沙夜華は止血剤を使った場所に巻こうとする。
「その状態では大変だろう。手伝うよ」
「‥‥すまない」
 沙夜華の怪我をした箇所に、晴臣が包帯を巻いた。
 一通り応急措置が終わった後、沙夜華は切迫した声で問う。
「桜は‥‥桜はどうなっている? 怨霊は!?」
「これから怨霊を倒しにいくところだ」
「私も行かなければ‥‥」
 由他郎の言葉に、沙夜華が立ち上がろうとする。
「その体では戦えないだろう。無理をするな」
「しかし、桜を守らなければ‥‥!」
「妹がきみのことを心配していた。これ以上傷付くようなことがあっては‥‥ましてや、殺されて怨霊の一部になってしまったら、妹はどうなる?」
 由他郎の口から出た『妹』という言葉に、沙夜華は体を強張らせた。
「‥‥わかっている。でも‥‥私が守らないといけないのだ」
「その状態では死にに行くようなものだよ。‥‥沙夜華が死んだら、妹が沙夜華と同じような想いをする。違うかい?」
 頑なな沙夜華に、晴臣が優しく言い聞かせるように言葉を紡ぐ。
「‥‥それは‥‥」
「沙夜華の気持ちもわかるけど残された人の事も考えて欲しいんだ!」
 レオも凛とした声音で、真剣に沙夜華を見つめた。
「怨霊は私たちが倒す。だから無理はしないで」
 晴臣の強い言葉に、沙夜華は迷うように瞳を伏せた後、決意したように顔を上げる。
「‥‥あなたたちのことを、信頼していないわけではない。でも、私は桜が無事なことを、自分の目で確認したい」
「沙夜華‥‥」
「足を引っ張ることはわかっている。それでもこの気持ちは抑えられない‥‥戦うことはしない。どうか、あなたたちの戦いを‥‥見届けさせてほしい」
 沙夜華の願いに、三人は顔を見合わせた。
「それが沙夜華の意志なら、私は構わないと思うよ」
「俺も賛成。いざってときは守るぜ!」
 晴臣の言葉に、レオは強気に笑ってみせる。
「‥‥大きな危険を察知したら、すぐに森の外へ送る。いいな」
 由他郎の静かな言葉に、沙夜華はこくりと頷いた。
 
●イ班の捜索
 浅葱緋己(ia3679)、クラウス・サヴィオラ(ib0261)、フォルカ(ib4243)、仁志川航(ib7701)の班はロ班とは逆方向にある小道を歩いていた。
 木々が鬱蒼と生い茂り、その隙間から僅かに日の光が差し込んでいる。
「少し暗いな‥‥曇っていたら、昼でも松明が必要になったかもしれないね」
 好天に恵まれたことに感謝しつつ、航は周囲を見回す。
 木々の葉が風に揺られ、ざわざわと音を立てていた。
「そうだね‥‥一人で行くなんて、ホント無茶するなぁ」
 草むらを掻き分けながら、緋己が呟く。
「三日戻っていないんだったな‥‥無事でいるといいんだが」
 フォルカが辺りの様子を探りながら、僅かに眉を寄せる。
「大丈夫、志体持ちならそう簡単にやられはしないさ。ただ、何処かで動けなくなってる可能性はあるかもな‥‥腹も減ってるだろうし、急いで探してやろうぜ!」
 クラウスの前向きな言葉に、一同は力強く頷いた。
 フォルカは聴覚を研ぎ澄ませ、周囲を探る。
 小さな音であろうと聞き逃さない耳が、森の様々な音を拾っていく。
 どれくらい歩いただろうか、フォルカが突然足を止めた。
「‥‥呻き声が聞こえる」
 フォルカの言葉に、航が心眼を発動させる。集中した意識が、何者かの気配を捉えた。
「気配が複数‥‥一カ所に集まっているな」
「きっとアヤカシだね。一カ所ってことは、桜の木が近いのかな‥‥」
 緋己が注意深く周囲を見回す。心眼を再び発動させた航が、背後に気配を感じ取る。
「! 皆、うしろだ!」
 アヤカシは突然現れた。黒い後光を纏った怨霊が一体、宙に浮いている。
 怨霊は四人目掛けて突進してきた。
「させるか!」
 クラウスが素早く盾を構え、怨霊の攻撃を防ぐ。怨霊は盾に跳ね返され、おぞましい唸り声を上げた。
 それに呼応するように、森の至るところから呻き声が聞こえてくる。
「仲間を呼んでいるのか‥‥まずいな」
 複数の怨霊の呻き声が近付いてくるのを感じながら、フォルカが険しい顔をする。
「沙夜華さんが心配だけど‥‥戦うしかないみたいだね!」
 緋己が拳を構えつつ、茂みの奥から現れた怨霊を睨み付けた。
「ここじゃ動きにくい‥‥丘まで走り抜けよう!」
 クラウスの言葉に一同は頷く。先ほど気配が集中していた場所が、おそらく桜のある丘だ。
 心眼で気配の位置を把握していた航が先頭に立ち、森を一気に駆け抜けた。
 目の前が開け広々とした丘に出る。桜の木の周りでは、複数の怨霊が浮遊していた。
 四人の姿を確認し、獲物を見つけたというようにギョロリと目を剥く。
「十体弱‥‥といったところか、多いな。空中にいるのが厄介だ‥‥」
 怨霊の数を確認しながら、フォルカは周囲の状況を把握した。
 障害物などはなく、見通しの良い場所だ。
「沙夜華さんはいないみたいだね‥‥ロ班が見つけてくれることを信じよっ!」
 緋己は怨霊の挙動に気を付けつつ、怨霊に向かって駆け出す。
「俺がサポートする。受け取ってくれ」
 フォルカはバイオリンの音に力強く美しい旋律をのせた。
 旋律が耳に届いた瞬間、皆の体が一瞬だけ淡い光を放ち、精霊力が高まる。
「支援ありがと! 行くよっ!」
 緋己が地面に近い場所にいる怨霊に接近し、拳を打ち込んでいく。
 繰り出された拳が胸部に直撃し、衝撃で怨霊が後退する。
「痛みは感じてないようだけど、物理攻撃も効くよ!」 
 一度飛び退いて様子を見ながら、緋己が皆に伝えた。
 数体の怨霊が、絶叫のような声を上げながら四人に迫って来る。
「近付いてくれた方がちょうどいい」
 クラウスは怨霊の行く手を阻むように盾を構えた。
 盾で怨霊の体当たりを受け流し、剣で怨霊の体を斬り付ける。
 攻撃を受けた怨霊の一体が、痙攣を起こしたように震えだした。
 二人に近づこうとした瞬間、怨霊の頭部を航の矢が打ち抜く。
 怨霊はその場で瘴気を撒き散らしながら爆散し、消え失せた。
「数は多いが、そこまで体力はないようだね。ただ、自爆は厄介だ」
 爆発から発生した風を受けながら、航が弓を引きしぼる。
「あれをもらったらまずいな‥‥自爆する前に倒せればいいんだが」
 クラウスが剣を構え直しつつ、怨霊たちを見据えた。
 複数の怨霊が徒党を組むように寄り集まり、口を一斉に大きく開く。
 直後、超音波にも似た絶叫が空間に木霊した。
「怨霊ども、妙な声で歌いやがる‥‥」
 フォルカが再びバイオリンの弓に力を込める。
「呪声! まずいよ‥‥」
 怨霊たちの呪声が、緋己とクラウスに向けられようとした瞬間、
 フォルカのバイオリンから攻撃的な重低音が怨霊たちに放たれた。
「歌うんなら自分たちのレクイエムにするんだな。伴奏してやるぜ」
 重低音を叩きつけられ、怨霊たちの動きが一時的に止まる。
 苦しげに呻き、宙に浮いていた怨霊たちがその高度を下げた。
 その隙を突いて、クラウスが攻撃を繰り出す。
「この鎮魂剣が、再びお前達を黄泉に送り届ける!」
オーラを纏った剣が、怨霊たちを斬り裂いた。
「ボクも頑張らないとね‥‥いくよ!」
 走る勢いを拳にのせて、緋己が怨霊を殴り付ける。怨霊は後方に吹き飛ばされた。
 多くの攻撃を受けた怨霊から、航が弓矢を打ち込んでいく。
 複数の怨霊が、同時に爆発するつもりなのか体を震わせた。
「矢が間に合わない‥‥すまんが避けてくれ!」
 航の声に緋己がすぐさま怨霊の傍から飛び退く。
「道連れは勘弁!」
「すまないな‥‥道連れに付き合うヒマはないんだ」
 クラウスも盾を前に構えつつ、怨霊から距離を取った。
 直後、ドカンと大きな音を立てながら怨霊たちは爆散していった。

●桜の下で
 沙夜華を連れ丘に向かったロ班は丘に到着する。
 あと数匹といったところまで、イ班は怨霊を追いつめていた。
 残りの敵を皆で倒し、桜を守りきることに成功する。
「良かった‥‥本当に良かった‥‥」
 由他郎の背から降り、沙夜華はうまく動かない足で桜の木に近づいた。
 木の幹に触れ、安心したように息を付く。
「いくら志体持ちだからって、無茶しすぎだぜ? ‥‥ま、大事な物の為に命までかける その気持ち、分からないでもないけどさ」
 クラウスが優しく声を掛けると、沙夜華は反省するように瞳を伏せた。
「皆に心配を掛けてしまった。真戸香にも、後で詫びなければな。申し訳ない‥‥そして、ありがとう」
「‥‥彼氏も今頃、草場の陰で安心しているだろうな。愛する人が死なずに済んだんだ」
 頭を下げる沙夜華に、フォルカが微笑みかける。
 子守唄のような鎮魂の調べが、穏やかな音色を奏でていた。
その心地よさに恋人と過ごした日々を思い出し、沙夜華は目を閉じる。
「桜が咲いたら、妹さんも連れて一緒にお花見しようよ! 一人よりも大勢で見た方が、きっと楽しいからさ」
 緋己の明るい言葉に、沙夜華はクスリと小さな笑みを漏らした。
「そうだな‥‥きっとのその方が、あの人も喜ぶと思う」
 あの人とは恋人のことだろう。桜の蕾へと目を向けて、沙夜華は瞳を細める。
「しかし綺麗な桜だな‥‥この下で酒を飲んだら、美味しそうだ」
「実際、とても美味しいぞ。暇があれば来てみるといい」
 桜を見上げながら言う航に、沙夜華は朗らかな笑みを浮かべた。
「それにしても、一本しか無いってのも神秘的だよな! これは守りたいって思わないと変だな!」
 レオが感心したように桜を眺める。
「ずっと昔に、誰かが植えたのかもしれないね」
 晴臣はそんな予想を立てながら、咲きかけの桜をのんびりと観賞していた。
「ああ。‥‥これで今年も、花を咲かせるのだろうな‥‥」
 森に平和が戻ったことに安心感を覚えつつ、由他郎は穏やかに呟いた。
 こうして一同は桜を守り、沙夜華を助けることに成功したのであった。