蔵の化け蜘蛛
マスター名:千影ウレイ
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/12/31 17:34



■オープニング本文

●執事の計画
 屋敷の執務室で、初老の執事が何やら難しい顔をしている。
 机の上に巻物を広げ、それに書かれた名前を順番に眺めていた。
 巻物には、『お見合い相手候補』と黒い文字で綴られている。
 執務室に近付いてくる足音に、執事は顔を上げた。
「理泉様。お伝えすることがございます」
 使用人の声が、襖の向こうから聞こえる。
「入りなさい」
 執事‥‥理泉が静かに告げると、使用人がゆっくりと襖を開けて一礼した。
「先ほど文が届きました。一週間後、波義様が旅からお戻りになられるそうです」
「一週間後ですか」
「はい‥‥あの件は、いかがいたしましょう」
 使用人は、どこか遠慮しがちに理泉を見つめる。理泉は巻物に視線を戻し、淡々と言葉を返した。
「波義様がお戻りになられるまで、放置しておきなさい。外には出ていないのでしょう?」
「しかし‥‥」
「見張りは毎日欠かさないように。良いですね」
 有無を言わせない口調に、使用人は恐縮したように身を竦ませる。
「は‥‥はい、わかりました」
 再度一礼すると、執務室からそそくさと出て行ってしまった。
 理泉は深く溜息をついて、巻物を丁寧に閉じる。
(‥‥候補はいくらでもいるというのに、波義様は全く女性に関心を向けてくださらない)
 心の中で呟いて、理泉は仕えている主人‥‥波義のこと思う。
 波義は旅先で手に入れた工芸品やら美術品に夢中で、それ以外のことには見向きもしない。
 旅から戻ってきても生活の大半が、それらの整理や掃除ばかりだ。
 大事な跡取りだというのに、このままでは家が途絶えてしまう。
 工芸品や美術品は宝物と呼ばれ、屋敷から離れた場所に建てられた蔵に収められていた。
 その蔵に、数日前から化け蜘蛛が巣を作っているらしい。
 本来ならすぐに退治すべきだが、理泉には考えがあった。
(アヤカシ退治の名目で、品ごと蔵を焼き払うことができれば‥‥波義様もこれを機に、他のことに興味を示すようになるかもしれぬ‥‥)

●交換条件
「蔵に化け蜘蛛だって?」
 旅から帰ってきた波義は、理泉の言葉に耳を疑った。
「はい。いつの間にか、住みついてしまったようでして」
 旅先で手に入れた物品を収める蔵に、アヤカシが巣を作ってしまったらしい。
 それもここ数日の出来事で、あっという間に数が増えたとか。
 原因は未だ不明である。
「困ったな‥‥」
「蔵でアヤカシを飼っているという悪い噂も出かねません」
「うむ、何とかしないと‥‥」
「いっそのこと、蔵ごと燃やしてしまいましょう。私の魔術を使えば、簡単に焼き払えます」
 理泉は執事であると同時に優秀な魔術師だった。
 理泉の言葉には迷いがない。波義は青褪めながら抗議する。
「それは駄目だ! 宝物には傷一つ付けてはならない!」
「何匹いるかもわからぬアヤカシを殲滅しなければならないのです。燃やさないにしても、傷を付けないのは難しいでしょう」
 理泉は相変わらず落ち着いた様子だ。
「宝物は子ども同然に大事なのだ!」
 波義が強い口調で言うと、理泉は僅かに眉を寄せる。
「まだ独り身であられるというのに、何をおっしゃいますか。子どもなら嫁をもらってお作りになれば良い」
「‥‥! 理泉、お前‥‥」
 波義は理泉の真意を理解する。さっさと宝物を始末してしまいたいのだろう。
 理泉が波義の物品収集に対する熱意を良く思っていないことは、波義自身も知っていた。
 実際に今までも、そのことで何度も叱られている。
「波義様。私は先代から、一族の繁栄をお助けするよう命じられました。波義様が立派な主となるように忠義を尽くせと」
 波義の家は代々続いてきた家柄であり、理泉はこの家に代々仕える執事の血筋だ。
 執事という身分ではあるが、使用人の統括や資産の運営管理まで行っており、
 家主である波義と同等に権力を持っていた。
「‥‥俺がダメなら、養子でももらってくればいいだろう」
「血の繋がっていない者に跡を継がせるわけには行きませぬ」
 面倒くさそうに波義は提案するが、理泉はそれをばっさりと切り捨てる。
 これでは一向に話が進まない。波義は観念したように深い息を付いた。
「‥‥はあ‥‥わかったよ」
「蔵を燃やす気になりましたか」
 理泉がどこか嬉しそうに言うが、波義はすぐに否定する。
「違う! 蔵は燃やさず、アヤカシを退治してもらう」
「波義様‥‥」
 理泉は思いきり顔を顰めるが、波義はそれを無視して言葉を続けた。
「宝物に傷を付けずアヤカシを退治できたら、見合いくらいしてやるよ。開拓者の手配はお前の好きにしろ」
(見合いするだけなら、言い訳を考えて断ればいい‥‥結婚なんて御免だ。面倒ごとが増える)
「そのお言葉‥‥努々お忘れなきよう、よろしくお願い致します」
 理泉は見透かすように波義を見たあと、穏やかに微笑んで恭しく一礼した。


■参加者一覧
羅喉丸(ia0347
22歳・男・泰
鴇ノ宮 風葉(ia0799
18歳・女・魔
焔 龍牙(ia0904
25歳・男・サ
和奏(ia8807
17歳・男・志
杉野 九寿重(ib3226
16歳・女・志
羽喰 琥珀(ib3263
12歳・男・志
エラト(ib5623
17歳・女・吟
熾弦(ib7860
17歳・女・巫


■リプレイ本文

●蔵の外に誘き出せ
 正午を回った頃、理泉に案内され八人は蔵の前に移動する。
 制限がある仕事なだけに、作戦の流れを確認する必要があった。
「蔵の外に化け蜘蛛を誘き出し退治、そのあと物品を壊さぬよう、蔵の中に残る敵を退治する予定です」
 エラト(ib5623)が理泉に説明する。
「ふむ‥‥」
「蔵の外へ誘き出すことに不都合があれば、中で慎重に退治しますが‥‥」
「いえ。予定していた方法で構いませんよ」
 理泉はとくに悩むわけでもなく、あっさりと頷いた。
「んじゃ、まず先に蔵の状況を確かめておかないとな!」
 羽喰琥珀(ib3263)は明るい声で言うと、蔵を外から見てまわる。
 一階部分と二階部分の側面に、子ども一人が通れるくらいの窓が三つ設置されていた。
 どの窓も厳重に閉ざされている。蔵全体を見たところ、損傷している箇所は見受けられない。
 理泉の話によると、下からでは見えない上部にも壊れているところはないらしい。
「アヤカシが出るのはわかるけど、急に数が増えるってどーしてだろなー? いわくあり気な変なモノでも仕舞ってたんかな?」
 化け蜘蛛に繁殖能力はない。それなのに、閉ざされた空間で増殖するのには理由がありそうだ。
 琥珀は訝しげに首を傾げる。
「窓が閉め切られているとなると、扉から誘き出すことになるな‥‥」
 羅喉丸(ia0347)が扉に目を向けた。外から開けられるのは扉だけだ。
「風葉殿、化け蜘蛛とはどのようなアヤカシなのか、教えてくれないか」
「糸を張って獲物を捕らえるアヤカシよ。群れをなして攻撃してくるわ」
 羅喉丸の問い掛けに、鴇ノ宮風葉(ia0799)はすぐに答える。
 エラトは扉から離れた場所に立ち、怪の遠吠えを奏でる準備をしていた。
「それでは準備が整いしだい、アヤカシたちを誘き出します」
「私も協力するわ。より多くのアヤカシを誘き出すために、考えがあるの」
 熾弦(ib7860)は剣を取り出すと、自分の腕に傷を付けた。
 漆黒の刀身から、赤い血が伝い落ちる。一定量地面に落としたあと、恋慈手で傷を癒した。
「なるほど‥‥血の匂いで誘い出すわけですね」
 杉野九寿重(ib3226)が熾弦の意図を察し、表情を引き締めた。
「蜘蛛の数が多いのも何ですが、大抵の蔵は秘蔵品が貯えてあるので、破損にも注意しなければなりませんね‥‥できるだけ多くの蜘蛛を、外で始末しなければ」
「戦闘の準備ができしだい、扉を開けますね」
 和奏(ia8807)が警戒しつつ、扉に手を掛ける。
「理泉さん。これから戦闘になるが、護衛するので安心してくれ」
 焔龍牙(ia0904)が静かに告げた。
「護衛まで付けてくださるのですか。それはありがたい」
 理泉は意外そうに目を瞬かせるが、落ち着いた口調で礼を述べる。
 皆の準備ができたところで、和奏がゆっくり扉を開く。扉の向こうは薄暗い。
「常にアヤカシの動きと数を教えてください。そちらの方が、術も掛けやすいですから」
 添えるように告げると、エラトはリュートで怪の遠吠えを奏でた。
 アヤカシにしか聞こえない響きが、血の香りと共に蔵へ流れ込む。
 数分しないうちに、扉から化け蜘蛛たちが這い出て来た。
「十‥‥、二十、‥‥三十‥‥あー、数えてたら気持ち悪くなってきた‥‥」
 風葉が化け蜘蛛の数を確認し、不快そうに眉を寄せる。
「アヤカシが外に出てきた、いつ攻撃を仕掛けてくるか判らないので警戒しておいて」
 龍牙は魔槍砲を構えつつ、理泉に注意を促した。理泉は無言で頷く。
 エラトが夜の子守唄を奏で、アヤカシたちを眠りへと誘った。
 まどろむような旋律に、アヤカシたちの動きが鈍くなる。
 何匹かは完全に眠ってしまったようだ。
「凍っちゃいなさいよっ!」
 風葉が杖を掲げ、ブリザーストームを発動させた。
 凍てつくような吹雪が、動きを鈍らせたアヤカシたちを包み込む。
 しかし、吹雪を逃れたアヤカシたちが不気味に脚をくねらせながら近付いてくる。
「動きがだいぶ鈍ってるわね‥‥やりやすいわ」
 エラトの支援がだいぶ効いているようだ。熾弦は静かに呟くと、扇をふわりと広げた。
 瞬間、アヤカシの体が奇妙に捻じ曲がり引き千切れる。
 力の歪みを発動させたのだ。それも逃れたアヤカシたちが、前衛に接近する。
 口から糸を吐き出し、攻撃を仕掛けてきた。九寿重は横踏で身体を素早く捌き回避する。
 アヤカシが九寿重に気を取られている隙に、和奏が秋水を繰り出した。
 神速の斬撃が、瞬く間にアヤカシを斬り捨てる。
「本当に、数が多いですね」
 素早い動きとは対照的に、ゆったりとした口調で和奏は呟いた。
「ええ。着実に倒していきましょう」
 九寿重ははっきりとした口調で告げ、横を抜けようとしていたアヤカシに巻き打ちを叩き込む。
 重い一撃を受けたアヤカシは、その場に崩れ落ちる。
「ていっ!」
 琥珀が居合で素早く刃を抜き放ち、アヤカシを一刀両断した。
 銀杏を使いすぐに刀を収めると、別の敵に向かう。
 アヤカシ数匹が攻撃を潜り抜け、龍牙に向かって駆けた。
「近付かせるものか」
 龍牙はアヤカシに近づかれる前に、魔槍砲を発射する。
 槍先から爆炎が噴いた瞬間、アヤカシの体が弾に貫かれ吹き飛んだ。
「ふう‥‥とりあえず、外に出てきた分は片付いたわね」
 風葉が軽く息をついて、確かめるように周囲を見渡した。
 そのとき、蔵の中からゴトリ、と何かが倒れる音が聞こえる。
「中から音が‥‥」
 羅喉丸は心配そうに瞳を細めた。
「蔵に残っているアヤカシが、動き出したのかもしれませんね」
 九寿重が刀を構えたまま、警戒の姿勢を解かずに言葉を紡ぐ。
「大事になっていなければいいが‥‥確認してこよう」
 羅喉丸はすぐさま蔵の中に入る。 物音はすぐ近くから聞こえていた。
 案の定、入口の近くに置いてある銅像が倒れている。その傍で一匹のアヤカシが蠢いていた。
 急所に拳を連続で打ち込むとアヤカシは絶命し、瘴気に戻り消え失せた。
 銅像をチェックして、羅喉丸は安心したように息を付く。
 幸いなことに、傷は付いていなかった。

●蔵内の化け蜘蛛退治
 誘き出したアヤカシを片づけた後、理泉も含め全員が蔵に入る。
「残っているアヤカシを確認しましょう」
 エラトは蔵の中を見渡す。大小様々な品が収められており、品目ごとに分けて置かれていた。
 比較的小さい品は壁や机に固定されており、落ちないようになっている。
「蜘蛛の糸も残っているだろうし、気をつけなければね‥‥瘴気の位置は、私が皆に伝えるわ」
 熾弦が瘴索結界を発動させる。身体が微かな光を放ち、蔵全体が結界に包まれた。
「一階に瘴気はない‥‥残る瘴気は、すべて二階のようね」
「階段を上るとき、気をつけなければなりませんね‥‥」
 和奏は用心しながら心眼を発動させる。階段と二階の入り口付近には、アヤカシの気配はない。
「糸がちょうど二階に上ったすぐのところに集中しているわ。注意して」
 無数の糸を確認した熾弦が注意を促す。
「それなら、浄炎で燃やしちゃうわね」
 風葉は階段を途中まで上がり、二階の入り口に向かって浄炎を生み出した。
「この程度で罠を張ったつもりなのかしらね?」
 清浄な炎があっという間に糸を焼き払う。
「二階に行きますが、理泉さんはどうしますか? 危険だと思うが‥‥」
 龍牙が尋ねると、理泉は迷うことなく言葉を返した。
「私には任務を見届ける義務がありますので、ついていきます」
(‥‥見届けるじゃなくて、監視じゃないの)
 柔らかく微笑む執事に、風葉は心の中で呟いた。
 「なあ、理泉。アヤカシ退治が終わったら、ここにある物も調べさせて欲しいんだけどいーかな」
 ふと琥珀が、任務の前から考えていたことを理泉に問う。
「ふむ‥‥」
「密閉された空間でアヤカシが増えるなんておかしいだろ? もしかしたら、いわくつきのモノがあるかもしれねーし」
「良いでしょう。自由にしてくださって構いません」
 確かに閉ざされている蔵で、アヤカシが増えるのは奇妙な話だ。
 琥珀の言葉に納得し、理泉は頷いた。二階に上がると一階よりも埃が充満している。
「酷い状態だな‥‥これは」
 むせ返りそうな空気の悪さに、羅喉丸が口元を手で覆う。
「これもアヤカシさんの影響なのでしょうか‥‥空気を入れ替えた方がいいかもしれませんね」
 和奏は窓付近にアヤカシがいないことを確認する。
(普通の虫さんと違って外の寒さなどの影響は受けないのでしょうけど、寒気も兼ねて窓を開けてみましょうか‥‥)
 心の中で呟いたあと、埃を吸わないように息を潜めながら手近な窓を開けた。
 外から風が入り込み、少しだけ空気の悪さが緩和する。
「これでちょっとはマシになったな。俺はアヤカシが逃げないように窓と入口を見張ってるぜ」
 琥珀は窓と二階の入り口が見える位置に立ち、いつでも短剣を投擲できるよう準備した。
「それでは、夜の子守唄を奏でます」
 エラトがリュートを演奏する。蔵に穏やかなメロディが響き渡った。
 床に手を当て、瘴気を回収していた風葉がさっと立ち上がる。
「さて‥‥練力も回復したし、邪魔な化け蜘蛛はさっさと駆除しちゃいましょ」
 全員で情報を共有しつつ、地道にアヤカシを始末する。
 アヤカシと糸は熾弦の瘴索結界、和奏と九寿重の心眼で把握しながら駆除していった。
 エラトの天鵞絨の逢引によって研ぎ澄まされた感覚を以て、効率良く処理していく。
「あと数匹か。気を緩めずに行こう」
 物陰から襲い掛かってきた蜘蛛に、羅喉丸が拳を打ち付ける。
 背拳で気を張り巡らせていた羅喉丸に、眠りを誘われ動きが鈍くなっているアヤカシが攻撃できる余地はなかった。
 和奏や九寿重は心眼を駆使し、アヤカシの位置を探り当てる。
「和奏は右側の確認をお願いします。私は左側を探りますので」
「わかりました。アヤカシを見つけしだい、皆さんに知らせていきますね」
 二人は互いに死角を作らないよう、探る場所を分担しながらアヤカシを駆除していく。
 そんな中アヤカシが一匹、窓から蔵の外へ逃げようとした。
「逃がすかよ!」
 琥珀はすかさず短剣を放つ。それは容赦なくアヤカシの中心を貫いた。
 アヤカシは苦しげにもがくが、すぐに動かなくなる。
「残る瘴気は‥‥、 ! 龍牙君、上よ!」
 熾弦が瘴気の移動を確認し、声を上げる。龍牙の真上で、最後のアヤカシが牙を剥いた。
 天井から急降下し、龍牙の隣にいる理泉に襲い掛かろうとする。
 龍牙は太刀を天井に向かって振るった。
 アヤカシが接近した瞬間、ファクタ・カトラスの鋭い斬撃が、アヤカシを容赦なく斬り裂く。
 アヤカシは胴体を斬り裂かれ、瘴気となって霧散した。
「そう簡単にはやらせはしない。‥‥理泉さん、怪我はありませんか」
 太刀を鞘に収め、龍牙は理泉の無事を確認する。理泉は静かに頷いた。
「残る瘴気は一つ‥‥一番奥にあるわ」
 熾弦は蔵の奥を指差した。九寿重が心眼を発動し、意識を集中させて奥の気配を探る。
「妙ですね。生物の反応がありません」
「! もしかして‥‥」
 琥珀が思い立ったように歩を進める。他の皆もそのあとを追った。
 様々な彫刻や像に紛れて、それは置かれていた。
 不気味なまでに白い仏像が、複数の手を広げている。瘴気はそれから放たれていた。
「やっぱりな。どうりでアヤカシが増えるわけだ」
 琥珀はジッと仏像を見つめる。
「この像から出る瘴気が、アヤカシをつくり出していたんだな」
 龍牙が仏像を観察しながら、言葉を紡いだ。ふと、理泉が思い出したように口を開く。
「これは‥‥半年前、波義様が遠方でご購入なされたものです。何でも、滅亡した氏族の屋敷にあったものを買い取ったのだとか」
「なるほど。いかにもいわくつきですね‥‥」
 理泉の話に、和奏が納得するように呟いた。
「厄介なものを買ったわねぇ‥‥どうする? これ」
 風葉が面倒くさそうに仏像を睨みながら、皆の意見を問う。
「俺たちだけでどうにかするのは危険かもしれないな」
「そうですね‥‥とにかくこの件は、ギルドに報告しましょう」
 羅喉丸の言葉に、エラトも同意するように頷く。他の皆も同意し、一同は蔵から出ることにした。

 
●平和的解決?
 仏像については、ギルドに報告したあと近日中に回収されることになった。
 さすがに呪われた物を置いておくわけにはいかず、波義も了承した。
「皆さまには感謝しております。本日はゆっくり休んでいってください」
 物品を傷付けず、アヤカシだけを退治することに成功した八人は、屋敷で寛いでいた。
「これで一段落しましたね」
 出された茶を飲みながら、和奏が息を付く。
 一方風葉は、どこか不満そうな表情をしていた。その視線は、理泉の横にいる波義に向けられている。
 波義はそれに気付かず上機嫌だ。
「いやあ、本当に助かった。宝物に傷でも付いたらどうしようかと思っていたのだ」
「‥‥で? 蔵が守れてお見合いは適当に流して万々歳って、何とも面白くない話ねぇ」
 風葉の冷たい言葉に、波義はギクリとした。
「ど、どうしてそれを‥‥」
「あたしの目はごまかせないわよ?」
「ご安心くださいませ。そう簡単には流させません」
 理泉も波義の真意を知っていたらしく断言する。
「理泉‥‥俺の恋人は宝物だけだ」
 苦虫を噛むような表情で、波義は強く告げた。
「そのお考えがいかんのです。あなたは由緒正しき跡継ぎなのですよ」
「‥‥なんだかなあ‥‥理泉、ちょっと強引過ぎねーか?」
 それまで黙っていた琥珀が、話に割って入る。
「そーやって理解してやらねーから波義寂しくなって、ますます収集するよーになったんじゃねーの?」
「私には到底理解できませぬ」
 頑固な理泉に琥珀は軽く息を付いた。
「そんなに結婚させたいなら、波義と同じ趣味の女性とお見合いさせればいいんじゃないか?」
「俺と同じ趣味の女性か‥‥それなら、まあ、アリかもしれないな」
 波義は片眉を上げた。僅かながら興味が出たようだ。
 理泉も波義の変化に気付き、驚きの表情を見せる。
「将を射んとすればまず馬を射よ、だったっけ? 執事としての腕の見せ所じゃね?」
「‥‥よろしい。この理泉、家のために力を尽くしましょう」
 理泉は頷くと、思い立ったように客間を後にした。
「良い方向に話は進んでいるようだな」
「相互理解とは違う気もしますが‥‥」
 羅喉丸の呟くような言葉に、エラトが言葉を返す。
「‥‥とにかく、任務を果たすことができて良かったです」
 決然とした声で言いながら、九寿重は湯呑を受け皿に置いた。
「ああ、何とか片付いて良かったな。お疲れさん!」
 龍牙が皆に労いの言葉を掛ける。
「そうね。貴重な品々を守ることができて良かったわ」
 熾弦は相槌を打ち、縁側から見える蔵に目を向けた。
 理由が何であれ、想いの込められた物を守ることができたのだ。
 こうして、難儀な化け蜘蛛退治は、無事成功したのであった。