星飾りを取り戻せ
マスター名:千影ウレイ
シナリオ形態: ショート
EX :相棒
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/12/08 19:34



■オープニング本文

●男の決意
「まさか、廃墟からこんな場所に繋がっていたとはな‥‥」
 暗い地下水道の奥で、男はランプに火を灯した。
 地下水道といっても、水はほとんど枯れている。僅かばかりの水が、地面を細く流れている程度だ。
 ランプを掲げると、すぐ近くに天井が見えた。恐らく3メートルくらいの高さだろう。 
「‥‥隠れるには最適といったところか。アヤカシはいないみたいだし、良かった‥‥」 
 男はほっと息を付いて、今度は前方に目を向けた。迷路のように道が何本も分かれている。
 下手をすれば、迷って外に出られなくなるかもしれない。
「‥‥今頃、町では大騒ぎかもしれないな‥‥」
 懐に手を突っ込み、ゴソゴソと何かを取り出す。それは星のかたちを模した飾りだった。
 金細工が施された美しい星飾りが、ランプの火に照らされてキラキラと輝く。
「これは俺を裏切った罰なんだ‥‥意地でも返さないぞ‥‥」
 低い声で呟き、男は飾りを睨み付けた。
 男が住む町では毎年冬になると、クリスマスという行事が催されていた。
 町中を綺麗に飾り、美味しいものを食べる行事だ。
 ロマンチックな風景から、恋仲の男女が共に過ごす日としても知られている。
 男は今年こそ、愛する女性と2人で過ごすつもりでいた。
「あれだけ思わせぶりなことを言っておいて‥‥絶対に許さない!」
 彼女を困らせてやる。飾りを奪ったあと、他者の前に姿を見せたのもそのためだ。
 彼女の立場上、犯人が自分とわかれば面倒なことになるはずだ。
 無謀で幼稚なことをしているのは十分にわかっている。それでも、この恨みは止められない。 
「クリスマスなんて、くそ食らえだっ‥‥」

●奪われた星飾り
 朱藩のとある町の茶屋で、町長の娘は深く溜息をついた。
「どこに隠れてるのかしら‥‥まったく‥‥」
 娘は苛付いたように顔を顰める。
 クリスマスまであと少しだが、厄介な事態となっていた。
 毎年クリスマスツリーの頂上に飾っている星飾りが盗まれたのだ。
 目撃者の情報から、犯人の特定はできていた。しかし、居場所の特定はできていない。 
「姉さんが酷いことを言ったせいだろ。飽きたから別れるとか、デリカシーなさすぎ」
 娘の隣に座っていた娘の弟が、厳しい言葉を浴びせる。
 星飾りを盗んだのは、娘が遊びで付き合っていた男だった。
「それでも、いくらなんでもあれを盗まなくたっていいじゃない! おかげで迷惑被りまくりだわっ!」
 豪華な星飾りは、クリスマスの象徴だ。
 なくても行事自体は行えるが、町の人々は毎年美しい星飾りを見ることを楽しみにしていた。
 星飾りは、町のクリスマスになくてはならない存在なのだ。
「しかしまあ、犯罪だとわかっててよく行動に出れたよな。しかも、厳重に保管していたのに‥‥
 これも愛の力ってやつ?」
 弟の皮肉混じりの言葉に、娘は吐き捨てるように言葉を返す。
「志体持ちだから簡単に盗めたんでしょ。それに、あいつの愛なんかいらないわよ」
「‥‥散々遊んで、その気にさせてたくせに」
 弟は呆れたような目で見つめる。
「私のせいだっていうの?」
「確実に半分は姉さんのせいだね。男遊びなんてしてるから、こんなことになるんだよ」
「‥‥遊ばれてるって気付かなかったバカな男が悪いのよ」
 弟から視線を逸らし、娘は手に持っていた湯呑みをぎゅっと握る。
 本当は自分にも非があることを自覚していたが、それを認めたくなかった。
(振ったくらいで‥‥まさか星飾りを盗むなんて、思わないわよ‥‥!)
「‥‥まあ何が悪いにせよ、この件は姉さんが処理しないといけないんだろ?」
 弟は軽く息を付いて、茶屋の天井を見上げた。自分から視線が外れたことに、娘は内心ほっとする。
「ええ‥‥資金も私が出すことになってるわ。父さんから借金するかたちでね」
 湯呑みに入っている茶を一気に飲み干し、娘は息を吐いた。
 娘の遊び癖には、娘の父である町長も頭を抱えていた。
 そんなときにこの事件だ。娘に責任を取らせないわけがない。
「捜索はもうしたの?」 
「探せるところは探したわ。残っている場所は‥‥何があるかわからないから、
 町人を向かわせるのは危険なのよね」
 湯呑みをテーブルに置いて、娘は椅子から立ち上がった。
「開拓者に頼むしかないか‥‥飾り付けの前に見つけないと‥‥はあ‥‥借金がかさむわ‥‥」


■参加者一覧
三笠 三四郎(ia0163
20歳・男・サ
鴇ノ宮 風葉(ia0799
18歳・女・魔
鞍馬 雪斗(ia5470
21歳・男・巫
リーゼロッテ・ヴェルト(ib5386
14歳・女・陰
春風 たんぽぽ(ib6888
16歳・女・魔
霧咲 ネム(ib7870
18歳・女・弓
滝夜叉(ib8093
18歳・女・ジ
月雲 左京(ib8108
18歳・女・サ


■リプレイ本文

●娘への説得
 鴇ノ宮風葉(ia0799)と春風たんぽぽ(ib6888)は調査のため、依頼人と男の家に向かった。
 風葉が鍵開け道具を使い、家の鍵を開ける。
「これで他の女の簪でもあれば、あんたもすっぱりきっぱりフってやれるのに、ねぇ?」
 風葉はくすっと笑い、娘に目を向ける。娘は複雑そうな表情を浮かべた。
 風葉とたんぽぽは、手分けして家の中を調べる。室内は整頓されていて、男の几帳面な人柄を思わせた。
 娘は2人を眺めていた。ふと、風葉が机の引き出しから何かを見つける。
「風葉さん、何か見つけたんですか?」
「随分と綺麗に包装されてるわね‥‥これ」
 それは蝶々の模様が描かれた和紙に包まれた、長方形型の箱だった。
 リボンで飾り付けがされている。和紙には、手書きで名前が綴られていた。
「それ‥‥」
 娘の驚きの声が上がった。和紙に綴られていた名前は、娘の名前だったからだ。
「‥‥プレゼント、でしょうか。ちゃんと準備していたんですね」
「信じられない‥‥」
 娘は逃げるように家から出ようとする。
「お願いします、話だけでも聞いてください! 私、どっちが悪いとは言いません!」
 娘の足が、扉の前で止まる。振り向かず、娘はその場に立ち尽くした。
「勝手な推測ですけど‥‥男の人が星飾りを盗んでまで困らせようとしてるのは、それぐらい好きだという証拠なのではないでしょうか‥‥?」
「‥‥私にとっては、遊びだったわ」
 たんぽぽに対して、娘は吐き捨てるように言葉を返す。
「あなたにとっては遊びでも‥‥男の人は、本当にあなたを愛していたのだと思います。本当に好きな人に遊びって言われたら、きっと悲しいですよ‥‥」
「それは‥‥」
 娘は口籠り俯いた。何かを耐えるように、ぎゅっと手を握り締める。
 その様子に風葉が欠伸をしたあと、背を壁に預けながら面倒くさそうに娘を見やる。
「どーでもいーけどさぁ、その男の子だってあんたに構って欲しくて星盗んだんでしょ? あんただって遊びとはいえそいつに1ミリでも好意持ってたんなら、行って謝るくらいしたらどーなの?」
「‥‥‥‥」
 黙り込む娘に、風葉はやれやれといった風に首を横に振った。
「‥‥ま、別にいーわよ?犯人を捜しに行った子たち、張り切ってたからね‥‥もしかしたらもう、二度と会えない身体になってるかも」
 風葉の言葉に娘は僅かに息を呑んだ。
「‥‥わかったわ。謝ればいいんでしょう?」
 娘は不機嫌そうに言うと、さっさと男の家から出ていってしまった。
「馬っ鹿みたい‥‥どっちもヒネてるから、こーゆーことになんのよっ」
 風葉は呆れたように息をつく。
「納得していただけたのでしょうか‥‥」
 たんぽぽが心配そうに娘の後ろ姿を見つめた。

●遭遇 
 ネム(ib7870)、滝夜叉(ib8093)、月雲左京(ib8108)の3人は井戸の内部に入る。
 滝夜叉が依頼人から借りたランプに火を灯し、周囲を明るく照らした。
 井戸の内部は複雑に道が分かれている。
「ん〜、価値のないお宝探しだけど〜、知らないところ歩くのは〜、楽しいね〜」
「迷わないよう、印でも付けておくか」
 滝夜叉が壁に印を付ける。それを見たネムが、何か思いついたように笑う。
「ん〜と〜、『鬼さんコチラ手のなる方へ♪』で良いかな〜?」
 ネムは印の下に、文字を書いた。
「それでは相手を刺激してしまうのでは‥‥」
 左京がぎょっとしてツッコミを入れるが、ネムはのんびりと言葉を返す。
「うん〜、そうだね〜、でも〜そっちの方が〜、面白いし〜?」
 ふと滝夜叉が何かの気配を感じ、足を止める。
「! ‥‥今、何かが動く気配がした」
 鷲の目で瞬間的に視力を向上し、男の姿を確認したネムはにやりと口元を上げた。
「‥‥意外と〜、簡単に見つかってくれたね〜。それじゃ〜、二人にまかせたよ〜。ネムは〜、物陰から窺ってるから〜」
 小さい声で告げると、曲がり角に身を潜める。
 滝夜叉と左京は、ゆっくりと気配に近づいた。逃げるような素振りは伝わってこない。
 近づくと、寝息が聞こえてきた。どうやら眠っているようだ。
 さらに接近したところで、寝息が止まる。気配に気づき、目を覚ましたのだ。
「‥‥! 誰だ、お前たちは‥‥」
 立ち上がる気配と、男の鋭い声が聞こえる。灯りが届く範囲には居らず、姿を確認することはできない。
「左京、説得を頼む。もしものときは、俺がフォローする」
 滝夜叉が静かに言うと、左京はこくりと頷いた。
「もし、わたくしとお話を、しては下さりませぬか?」
「‥‥まずは、そちらから名乗ってもらおうか」
「わたくしたちは、貴方様とお話をしに来たもので御座います。星飾りの件で、お聞きしたいことが御座います」
「‥‥あの女の差し金か」
 星飾りを奪った男に間違いない。
 左京は緊張しながらも、相手に不快感を与えないよう穏やかな口調で言葉を続ける。
「わたくしは貴方様の言葉で、理由を、何があったのかを聞きたいと思った次第で御座います」
「‥‥ふん、俺はあの女に裏切られたのさ。飾りを盗んだのは、あいつへの仕返しだ!」
「さりとてその飾りを、楽しみに待つ子もいます、お願いで御座います、どうか‥‥わたくしと返しに行きませぬか?」
「断る!」
 男は断言し、逃げようとした。
「お待ちください‥‥!」
 左京が声を上げたのと同時に、男の頬を高速の矢が掠める。
 鷲の目を再び発動させ、ネムが放った瞬速の矢だ。
「また逃げようとしたら〜、今度は〜、足撃つよ〜?」
 ネムはのほほんと告げる。
 闇に紛れていても、鷲の目を使えば狙いを定めることはできる。
「このっ‥‥それなら! お前らを倒して逃げるまでだ!」
 ヤケを起こした男は暗闇から姿を現し、滝夜叉と左京に突進してくる。
 その手には、短刀が握られていた。
「男女間の問題なんてよぉ判らんが他人様に迷惑掛けちゃならんよなぁ、うん」
 滝夜叉は向かってくる男を見据える。
「お前に何がわかる!」
 男は滝夜叉に向かって刀を振るった。
 滝夜叉はパルマ・セコの踊るような動きで攻撃をひらりと避けて、男の懐に飛び込む。
 男は驚いて目を見開いた。ほんの僅かに、星飾りの金細工が男の懐から覗く。
「女と思って甘く見たか?」
 滝夜叉は不敵に笑うと、男に向かって手を突き出した。
「まずは星飾りを返してもらおうか。壊れちゃ困るからな」
 ライールの変幻自在な指捌きで、滝夜叉は星飾りを奪う。
 男は3人が敵わない相手だということを、やっと理解した。
「くそっ‥‥!」
 男は球状の何かを袖から落とす。それは地面に当たると爆発し、煙を噴出させた。
「煙に紛れるとか〜、卑怯者〜」
 男の姿が煙で隠れきる直前に、ネムは矢を放つ。
 煙の向こうで呻き声が上がるが、足音は止まることなく遠ざかる。
「逃げられたか」
 戦闘は素人そのものだが、逃げることに関してはそれなりの腕らしい。
「あとを追いましょう」
 煙が晴れた後、左京が心配そうに言葉を紡ぐ。
「うん〜、そうだね〜、血のあとを辿れば〜、行き先がわかるかも〜、時間掛かるかもしれないけど〜」
「変な気を起こさなければ良いのですが‥‥」
 相手は星を奪われた上に怪我をしている。
 追い詰められたとき、何をするかわからない。3人は急いでその場をあとにした。

●決着
 井戸組が捜索を開始した少し後に、三笠三四郎(ia0163)、鞍馬雪斗(ia5470)、リーゼロッテ・ヴェルト(ib5386)は廃墟に到着した。
 瘴索結界を展開し、リーゼロッテが周囲の状況を確かめる。精霊力の結界が、リーゼロッテを中心に広がった。
「アヤカシはいないようね」
「それは良かった。しかし犯人が潜んでいるかもしれませんし、慎重に調査しましょう」
 三四朗の言葉に、雪斗とリーゼロッテは頷いた。
 廃墟に入り、内部を念入りに捜索する。
 以前は民家だったらしく、居間や炊事場などに分かれていた。
「‥‥怪しい場所は‥‥ないか‥‥? 街からそんなに離れてないし、何も無い事はなさそうなんだが‥‥」
 捲れ上がった畳を見降ろし、雪斗が思考を巡らせる。
「2人とも、こっちに来てくれる? 気になるものがあるわ」
 炊事場を調査していたリーゼロッテが2人を呼んだ。
 三四郎と雪斗が駆け付けると、リーゼロッテは炊事場の隅にある井戸の傍にいた。
「この井戸‥‥怪しいですね」
 三四郎が井戸の中を観察する。すでに使われていないらしく、水は枯れていた。
「調べた方がいいね」
 雪斗はマシャエライトを発動させた。火の球がゆらゆらと、井戸の底を照らし出す。
 底までは深くない。側面を見ると、降りるための足場がついていた。
「中を見てくるよ」
 雪斗は井戸の中に降りていく。
「どうなってますか?」
 三四郎が上から雪斗に呼び掛ける。
「どうやら、地下道に繋がっているようだ。犯人はここから地下に潜ったのかも‥‥」
 雪斗はそこで言葉を切って、闇の奥を睨むように見つめた。
 地下道の奥から、足音と荒い息が近付いてくることに気付いたのだ。 
 雪斗はすぐに井戸から上がる。
「気配が近付いてくる。犯人かもしれない。近くに隠れて、様子を見よう」
 雪斗の提案に、三四郎は出口の裏、リーゼロッテは居間に繋がる扉の裏に隠れる。
 雪斗も炊事場に置いてあった貯蔵庫の陰に身を隠した。
 少し経って、井戸から一人の男が這い出て来る。
 男は荒く息をついて、傷付いた腕をもう片方の腕で押さえていた。
「くそ‥‥あんなに強いなら、最初から煙玉を使って逃げれば良かった‥‥」
 男は悔しそうに歯軋りすると、廃墟の出口へと向かう。
「星飾りも取られた‥‥もう、終わりだ‥‥」
「今、星飾りと言いましたね?」
 男が出口から外に出ようとした瞬間、三四郎が目の前に立ちはだかる。
 男が反応する前に、剣気で男を威圧する。剣気を正面から叩きつけられ、男はその場で硬直する。
「う‥‥っ」
 凄まじい威圧感に耐え切れず、男の体が前によろめいた。
 三四郎は男を抱きとめ、抵抗できないように両腕を拘束する。雪斗とリーゼロッテも、男の前に姿を現した。
「あなたが星飾りを盗んだ男ね。もう飾りはないようだけど」
「くそっ、ここにも追手が‥‥!」
 リーゼロッテの言葉に、男が悔しそうに唇を噛む。
「追手、ですか」
 暴れる男を押さえ付けたまま、三四郎が男の言葉を反芻した。
「ああ! 女3人組だよ‥‥お前らもそいつらの仲間か!?」
「おそらく、そうだろうね」
 雪斗は静かに答えを返した。男が言っているのは、ネム、滝夜叉、左京のことだろう。
 街の井戸と廃墟の井戸は繋がっていたのだ。男は逃げられないことを悟ったのか、暴れるのをやめた。
 雪斗は落ち着きを取り戻した男に、真剣な眼差しを向ける。
「‥‥自分は理由を深くは聞かんさ‥‥ただ、少しだけ聞かせてくれないだろうか‥‥彼女に対して、その思いに偽りは無かったか? この行動に後悔は無いのか‥‥」
「後悔するくらいなら、最初からしてない。偽りなら、こんな馬鹿げたこともしねぇよ」
「‥‥そうか。覚悟があったと‥‥」
 考え込む雪斗の横で、リーゼロッテが男に話し掛ける。
「それで、あなたはまだその娘のこと好きなの? 自覚あるかわからないけど、好きな子を困らせてみたい子供とも取れる行動よ」
「‥‥ああ、好きだよ! でも、あいつにとっては遊びだったんだ‥‥どうしようもないだろ!」
 男はそう叫ぶと、泣き出してしまった。その姿は酷く惨めなものだった。
 リーゼロッテは呆れたように溜息を付いた。
「まったく‥‥この人もあの娘も、困った子たちねぇ‥‥」

●新たな縁
 廃墟組が男を捕縛した直後に、血の跡を追って廃墟に辿り着いた井戸組と合流し、6人は依頼人の屋敷へと向かう。
「理由が何であれ、盗みはいけません。反省してもらいますよ」
「復讐したいなら本人にだけしとけよなぁ。こういうことは、他人に迷惑掛けずに当人同士でやれ」
 道中、三四郎や滝夜叉に叱られ、男は反論できるはずもなく自嘲するように笑った。
「振られた上、このザマか‥‥」
「自棄酒なら〜、極辛純米酒〜。良い夢見たいなら〜、もふ殺しがお勧めだよ〜」
 落ち込む男に、ネムが和やかな口調で酒を勧める。
「酒か‥‥一杯やりたい気分だが、しばらく無理だろう」
 屋敷が目前に迫り、男は牢に入れられることを覚悟していた。
「そうだね〜、屋敷に戻ったら〜、どんなことされるかな〜? 盗人には〜、きついお仕置きが必要なの〜」
「‥‥楽しそうに言わないでくれ」
 ネムのからかうような言葉に、男はげんなりしたように呟いた。
 屋敷に戻ると入り口から風葉とたんぽぽ、そして娘が迎えに出てくる。
 応急措置はしたものの、男の腕や顔からは血が滲んでいた。
「あ‥‥」
 その様子に娘は驚き、傷付いたような顔をする。
「‥‥ほら。さっさと行かないとあの子の手当て役、取られちゃうぞ? そしたらもう話しかけるタイミングないかも」
 風葉が娘に救急箱を渡す。娘は戸惑うように男を見た後、決心して駆け寄った。
「! お前‥‥」
 男が驚いたように目を見開く。
「傷だらけのあんたを見たら、可哀想になったの! ‥‥もう遊びで、誰かと付き合ったりしない‥‥ごめん、ね」
「‥‥! ‥‥俺も、迷惑掛けて、悪かったよ」
 娘が謝ると思っていなかったのだろう。男は困惑するように視線を外したあと、小さい声で呟いた。
「‥‥依頼を受けてくれて感謝するわ。報酬はギルドを通して渡すわね」
 開拓者たちを見渡し、娘は礼の言葉を述べる。
「報酬はいらないわよ? その分で謝罪も兼ねて、一緒に食事にでも行ったらどう?」
 風葉がさらりと言うと、途端に娘は顔を真っ赤にした。
「もう私たちはそんな仲じゃないわ!」
「‥‥あら?」
 予想外の反応に、風葉は目を瞬かせる。
「恋仲でなくとも、食事はできると思いますが‥‥まさか‥‥」
 恥ずかしがる娘に、たんぽぽがはっとする。
「とにかく! 報酬は感謝の気持ちよ! 受け取ってもらうから!」
 娘は捲し立てるように言うと、男を引き摺りながら屋敷の中に戻っていった。
「‥‥雨降って地固まる‥‥ってやつかしら」
 一部始終を眺めていたリーゼロッテが、静かに呟いた。雪斗は娘と男が消えた扉を見つめながら思案する。
「脈ありと見ていいかもしれないね」
「恋心とは、不思議なもので御座いますね‥‥」
 番傘の下で左京は首を傾げた。ネムは、ふあぁと大きな欠伸をする。
「恋愛って〜、よくわからないの〜、はふ〜、疲れたの〜」
 ネムはたんぽぽにぎゅっと抱き付いて、そのまま眠ってしまった。
「何はともあれ、問題も解決して良かったですね」
「そうだな。もう面倒事を引き起こすこともないだろ」
 三四郎の言葉に、滝夜叉が頷く。
「きっと男の人の想いが、娘さんに届いたんですね‥‥よかった」
 ネムを優しく撫でながら、たんぽぽは娘と男の幸せを願う。
 こうして町を騒がせた痴情の縺れは、新たな縁を結ぶかたちで解決したのであった。