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■オープニング本文 ●死の宣告 雪が積もり景色が白く染まる頃、屋敷の客間で綾子は椅子に腰掛け、医師と向き合っていた。目的は自分の診察ではない。今年で八歳になる娘の千代の診察結果を聞くため、屋敷に医師を招いたのである。千代は一年前から原因不明の難病に罹り、今年の秋頃から歩くことが困難になってしまった。医師は診断書を見ながら重たい口を開く。 「非常に言いにくいことですが、もってあと一年でしょう。来年の暮れまで生きていられるかどうか‥‥」 医師の宣告に、綾子は目を見開いた。 「そんな‥‥」 言葉を喉から絞り出しながら、綾子は千代がこの場にいないことにほんの少しだけホッとする。千代は別の部屋で遊んでいる。 「好奇心旺盛な年頃の子です。家に閉じ込めるよりは、動けなくなる前に好きなことをさせてあげるのが良いかもしれませんね」 ゆっくりと労わるように医師は言葉を紡ぐ。しかし、綾子はその言葉を素直に受け入れることができない。残酷な事実に、綾子は戸惑うように視線を床に落とす。 ●行きたい場所 医師の宣告を受けてから一週間が経った。夕食の食器を片付けながら、一週間前に医師から言われたことを綾子は思い出していた。洗い物を拭く手が自然と遅くなる。 余命一年と宣告された千代に、好きなことをさせてやれと医師は言っていた。ぼんやりと考えていると、唐突に服の裾を引っ張られる。 「お母さん、大丈夫? 腰、痛いの?」 見ると千代が木製の車椅子から、心配そうに綾子を見上げていた。どうやら、洗い物を持ったまま固まっていたらしい。綾子は腰が悪く、時折腰痛が悪化することがあった。千代も幼いながらにそれを理解しており、こうやって綾子の心配をしてくれるのだ。 「‥‥お母さんは大丈夫よ。心配してくれてありがとうね」 綾子は優しく微笑むと千代の頭をふんわりと撫でる。千代は気持ちよさそうに、つぶらな瞳を細めた。そこで綾子は、ふと思い付いて口を開く。 「そうだ、千代。何か欲しいものとかあったらお母さんに言うのよ」 「欲しいもの?」 「そう、欲しいもの」 首を横に傾げる千代に、綾子はこくりと頷いた。千代は長くてもあと一年しか生きられないのだ。今のうちに好きなことをさせて、楽しませてやりたい。 「‥‥欲しいものないけど、行きたいところある」 千代はしばらく考えたあと、ボソリと呟いた。 「行きたいところ?」 綾子の問いに、千代は車椅子で本棚の傍へと移動する。一冊の絵双紙を引っ張り出して、綾子の元に戻ってきた。 「ここ。ここ、行きたい」 絵双紙を広げ、千代はその中を指し示す。綾子が覗き込むと、そこには氷柱に包まれた洞窟が描かれていた。天井は吹き抜けになっているのだろう、日が差し込みキラキラと輝いている。 「洞窟‥‥?」 「お父さんがね、教えてくれたの。この町の北にある海のそばに、氷のどうくつがあるんだって」 千代は無邪気に笑う。綾子は胸にチクリと針が刺さるような心地がした。千代の父、つまり綾子の夫はちょうど二年前、仕事先で事故に遭って死んでしまった。綾子は千代に父親が死んだことを知らせていない。仕事で遠くに行っていると嘘を付いている。真実は千代がもう少し成長したら教えるつもりでいた。 しかしその千代も、一年生きていられるかわからないのだ。なんて酷い現実なんだろうと、綾子は心の中で唇を噛み締める。 「千代はそこに行きたいの?」 己の想いはひた隠し、綾子は柔らかい声音で問い掛けた。 「うん。きれいだって、言ってた」 千代は瞳の奥を輝かせる。花が綻ぶような娘の表情に綾子は強く頷いた。 「わかったわ‥‥お母さんが何とかして連れて行ってあげる」 ●医師との相談 千代の願いを叶えるため、綾子は医師に相談することにした。綾子の話を聞いた医師は、なるほどと言うように頷く。 「氷の洞窟ですか‥‥寒さについては、きちんと温かくしていけば問題ないでしょう。ただ、氷の洞窟に行くまでの手段が問題ですな」 医師は考え込むように俯いた。医師の言葉に綾子は悩ましげに眉を寄せる。この町から海岸沿いにある『海の家』までは街道が整備されており、馬車で向かうことができる。しかし、洞窟は海の家からさらに砂浜を歩いた先にあるのだ。 そして、氷の洞窟内部は比較的平坦なため命の危険は少ないとされているが、それは健康な人に対して言えることだ。綾子と千代の状態を考えると、二人だけで行くのは困難であるように思える。 「途中までは馬車や車椅子で行けますが、車輪を動かせない場所は徒歩になりますし‥‥千代をおぶっていくのも限界があるので‥‥」 綾子は痛む腰を気に掛けながら、青白い顔で溜息を付いた。本当は無理をしてでも連れて行きたいところだが、冬場は砂浜にも雪が深く積もり足場が悪い。おまけに、氷の洞窟について資料で調べたところ、目的の場所は最深部にあるらしい。辿り着くまでに暗い道を歩かなくてはならない。転びでもしたらさらに腰を痛め、千代を連れて行くどころではなくなるかもしれない。 「うむ。二人で向かうのは厳しいでしょうな。‥‥そうだ」 医師はふと思い付いたように顔を上げる。 「なんでしょう?」 医師の表情は明るく、綾子は声音に僅かな期待の色を滲ませた。 「せっかくだから、ギルドに頼んでみてはどうでしょう? 彼らはアヤカシ討伐以外にも、色々な事に力を貸してくれるはずだ」 医師の言葉に、綾子はもやもやと霞んでいた頭がスッキリする感覚を覚える。 「ギルドに‥‥そうですね。夫の残した財産もあります。それで資金は工面できますわ」 顔色の良くなった表情で微笑んで、綾子は早速ギルドへの依頼に取り掛かることにした。 |
■参加者一覧
喪越(ia1670)
33歳・男・陰
劫光(ia9510)
22歳・男・陰
国乃木 めい(ib0352)
80歳・女・巫
ユウキ=アルセイフ(ib6332)
18歳・男・魔
祖父江 葛籠(ib9769)
16歳・女・武
ネロ(ib9957)
11歳・男・弓 |
■リプレイ本文 ●馬車の中 依頼当日、開拓者たちは依頼主のもとに集まった。天候は快晴で、雲ひとつない青空が上空に広がっている。ただ、肌に刺すような鋭い寒さが身を引き締めるようだった。 「本日はよろしくお願いします」 開拓者たちの挨拶に、綾子が恭しくお辞儀をする。千代は綾子に手を引かれながら、落ち着かなげに開拓者たちを見回していた。 「劫光という。宜しくな」 劫光(ia9510)は屈み込むと、千代の目線に合わせてにこりと微笑む。 「よろしく、おねがいします」 千代はどこかホッとしたように緊張を緩めると、ぺこりと頭を下げた。 「念のため、体調が悪化したときの処置法を主治医の方から確認しておきました。お薬も準備してありますので、ご安心ください」 国乃木めい(ib0352)の言葉に、綾子はホッとするように息を付いた。 「そのようなことまで、ありがとうございます‥‥」 挨拶を終え、防寒具や薬の準備も整えたところで、一同は綾子が手配した馬車に乗って海岸まで移動する。千代は興味津々といった風に、開拓者たちを見回していた。 ふと、隣に座っていたネロ(ib9957)に視線を留め凝視する。ネロは千代の視線に気付き、面の下から千代を見返した。 「‥‥にぃ」 千代をあやすように尻尾を揺らし、猫の鳴き声を響かせる。 「ネコさん」 千代は嬉しそうに目を細めると、ネロに手を伸ばし近くにある尻尾を撫でた。 その様子を眺めていた喪越(ia1670)は、思い付いたように懐から札を取り出す。 「俺もセニョリータのために一肌脱ぐか、ちちんぷいぷいーっと」 札は発光したかと思うと白い子兎に姿を変える。子兎はぴょんと飛び跳ね、千代の膝に乗った。千代は驚いたように目を瞬かせるが、次には嬉しそうに呟く。 「かわいい」 子兎の背中をくすぐるように撫でる千代に、喪越はくすぐったさを覚えるも何とか堪えた。 「す、少しの辛抱だ‥‥」 馬車は町を抜け、町と海岸線を繋ぐ道に入る。雪に包まれた砂浜と穏やかな海が、木々の隙間から見えてきた。 「千代ちゃん、海は初めて?」 千代の向かい側に座る祖父江葛籠(ib9769)が優しく問い掛ける。 「うん、はじめて」 千代は首を縦に振った。千代の反応に、葛籠は明るい笑みを浮かべる。 「そっか。海はとても綺麗なところなんだよ」 「たのしみ‥‥」 葛籠の言葉に、千代は木々の隙間に見える海をジッと見つめる。その瞳には好奇心の色がはっきりと輝いていた。 ●海岸 海の家で軽く休憩を取ったあと、一同は洞窟へと向かうことにする。 「千代、これからだいぶ歩くけど、どうしたい?」 劫光の問いに千代は、ネロが千代の主治医から借りてきた背負子に目を向けた。 「‥‥乗る」 「うん、わかった」 千代の言葉にネロが頷くと、背負子を背負い屈んだ。千代が助けを借りながら背負子に座ったのを確認して、ゆっくりと立ち上がる。 「じゃあ、行くか。安全のために術で式を出させてもらう」 劫光が人魂を発動し、白い鳥の式を生み出す。鳥は周囲を見渡せる位置まで高く飛び上がった。 開拓者たちは雪に包まれた砂浜に足を踏み入れる。雪を踏む音に混ざり、穏やかな波の音が響いた。 「綺麗だね」 ユウキ=アルセイフ(ib6332)が千代が背負子から落ないよう支えながら、明るく話し掛ける。千代はユウキを見たあと、ゆったりと凪ぐ海へと目を向けた。 「うん、きれい」 「夏の海もね、すごく綺麗なんだよ。海には色々な表情があるんだ」 千代はユウキの言葉に耳を傾ける。瞳の奥は好奇心に満ちていた。 「また、みたいな」 どこか期待するような声音で呟く千代に、ユウキは強く頷く。 「大丈夫、見れるよ。来年だって、きっと」 千代を見つめてにっこりと微笑むと、千代も子供らしい笑みを返した。 「‥‥うん、ぜったい見る。ありがとう」 ユウキと千代の会話を聞いていた綾子が、どこか辛そうに視線を落とす。綾子の様子に気付いためいが綾子にゆったりと話し掛ける。 「今日も一段と冷えますね。お体は大丈夫ですか?」 「ええ、問題ありませんわ」 めいの言葉に綾子は頷いた。めいは微笑を浮かべ、気遣うように言葉を続ける。 「洞窟に着いたら、温かいものをご用意しますよ」 「そんな、そこまでしていただかなくても‥‥」 「良いのですよ。目的地までは遠いですから、疲れを取る意味でも」 遠慮する綾子に穏やかに告げた。綾子は少し考えるように黙ったあと、納得するように相槌をうった。 「‥‥そうですね。その方がきっと千代も楽でしょうし、よろしくお願いします」 ●洞窟前 歩き始めてから一時間程経っただろうか。一同は目的の洞窟へと到着した。 「中の様子を見てくる。皆は少し休んでいてくれ」 劫光が皆に告げて、洞窟の入り口へと視線をやる。 「俺も行くぜ。二人で行けば早いだろうしな」 喪越の言葉に劫光は静かに頷いた。 「そうだな。頼む」 「縄手すりを取り付けてくださるよう、お願い致しますね」 めいが主治医から借りてきた楔や縄を、喪越と劫光に手渡す。劫光と喪越はめいから受け取った道具を持ち、一足先に洞窟へと入っていった。 「それじゃ、二人が戻って来るまで一度休憩しようか」 葛籠が天幕を用意し、砂浜がよく見える場所に設置する。千代は一度背負子から降りると、綾子と共に天幕の中に腰を降ろした。 「おなかすいた」 千代が腹に手を添えながら小さく呟く。それに気付いたネロが、持ってきたチョコレートを取り出した。 「チョコレート、食べる?」 「食べる」 千代は即座に頷くと、可愛らしい包みに入ったチョコレートを受け取った。口に含むと嬉しそうな表情を浮かべる。葛籠も袋からワッフルを取り出すと、千代と綾子の前に差し出した。 「足りなければ、こちらもどうぞ」 「あら、ありがとうございます」 葛籠の言葉に綾子はワッフルを受け取ると、穏やかに微笑んだ。 天幕の布に海からの風が吹き付ける。その風に乗るように青空をウミネコが飛んでいく。さざなみの音に混じって、高らかな鳴き声が澄んだ空気に響いた。 「鳥‥‥」 千代は空に向かって手を伸ばす。無意識のうちに鳥を捕まえようとしたのかもしれない。しかし、動かない足では追い掛けることもできず、千代はそのまま腕を降ろす。その様子の見つめながら、ユウキは悲しげに眉を寄せた。しかしそれは一瞬のことで、すぐに明るい表情を浮かべる。 「海に魚をとりに行く途中かな? また会えるといいね」 「うん」 ユウキの言葉に、千代は空を見上げなら明るい声で言葉を返した。 ●洞窟の中 洞窟内に縄手すりを取り付け終え、劫光と喪越は外に引き返すことにする。滑りやすい場所や川の位置、天井の状態や段差を確かめて一番歩きやすい場所に手すり縄を取り付けた。 「この先が氷の洞窟だな。進路も決めたし戻るか」 「オッケー。早くセニョリータとマダムをご案内しねぇとな」 洞窟の最深部に続く道を確認した劫光と喪越は、洞窟の外に戻る。戻ったあと、さっそく全員で最深部を目指し洞窟へと入った。 「川があるから気を付けてね」 綾子を背負い小さな川を渡りながら、葛籠が後ろを歩くネロや千代、ユウキやめいに声を掛ける。 「寒かったり苦しかったら言うんだぞ」 千代の寒さに赤くなった頬を見つめながら、劫光が優しく話し掛ける。千代はユウキが生み出したマシャエライトの光を眺めていた。 「いまは大丈夫。あったかい」 「寒くなったら、コートを貸してあげるよ」 ユウキが朗らかに言うと、千代はこくりと頷いた。 隊列の中ほどあたりで歩きながら、めいは千代と綾子の様子を注意深く観察している。 「(二人とも、体調は悪化していないようですね‥‥)」 川を越え葛籠に支えられながら歩く綾子も、背負子に乗っている千代も、変わらず体調は安定しているようだ。めいは心の内でほっとするも、油断はせずに歩を進める。 ふと、洞窟の奥から風が轟くような音が聞こえてくる。最深部の吹き抜けから強風が洞窟内に吹き付けたのだろう。 「‥‥音、大きい‥‥」 「千代ちゃん、怖い?」 千代の震える声にネロが気付き、心配するように声を掛けた。千代は「少し」と小さく呟いて、体を縮こまらせる。 千代の様子に喪越が意を決し、数歩先の地面に視線を投げた。わざと足元を氷で滑らせる。 「どわーっ!! こんなところに薄い氷があああッ!!!」 平らな場所でスケートのように滑走すれば、足を後ろに投げ出して氷に覆われた地面に突っ伏す。ヘッドスライディングのような格好に、他の皆は驚いたように目を瞬かせた。 「‥‥へん」 風に怯えていたはずの千代から、くすくすと笑い声が漏れる。 「なに、これくらいどうってことないぜ」 千代の怯えが消えたことに気付き、一同はホッとするように息を付いた。 「千代ちゃん、暇だと思うから、ジルベリアの童話‥‥聞かせてあげる‥‥」 千代が落ち着いたことを確認し、ネロが『白い妖精』の童話を語り始める。ゆっくりとした声が洞窟の中に響き、染み込んでいく。 「白い妖精、どこからくるの。きっと、寒い冬の国。だから、ほわほわ‥‥心が、温かくなるもの探して、やってくる。喜ぶ、妖精‥‥溢れたぽかぽか。ふわふわ君に、お裾分け」 可愛らしく神秘的な童話に、千代は瞳を輝かせた。 「あいたいな‥‥」 「白い妖精‥‥会ってみたい、ね」 期待に満ちた声で呟く千代に、ネロは柔らかに言葉を返す。 ●氷の洞窟と白い妖精 縄手すりを伝うように進んでいくと、視界の先にうっすらと光が見え始めた。 「もうすぐ最深部だ。先に行って待ってるから、急がずゆっくり来てくれ」 劫光は告げると、喪越と共に足早に洞窟の最深部に向かう。他のメンバーは千代と綾子のペースに合わせ、二人の後に洞窟の最深部へと到達した。 狭い道を抜けると広い空間に出る。目の前に飛び込んできた光景に、千代と綾子は驚いたように目を見開いた。 「綺麗‥‥」 綾子がぼんやりと独り言のように言葉を零す。それはまさに絶景だった。 天井の吹き抜けから日の光が差し込み、地面や壁から突き出した氷柱をキラキラと輝かせている。宝石のように煌めく氷柱は、広い空間を埋め尽くすように形成されていた。 その氷柱の隙間から、白く輝く球体が複数、ふわふわと天に向かって上昇する。劫光と喪越が、千代たちが来る前に生み出した夜光虫だ。 「白い妖精!」 千代が表情を輝かせる。今までで一番の笑みを浮かべながら声を上げると、背負子の上で興奮するように体を動かした。 ネロが白い妖精と氷柱がよく見える場所に茣蓙を敷き、そこに千代を下ろす。 「こんなの初めて見た!」 「これが‥‥お父さんも見た、光景なんだね」 葛籠は感慨深げに言いながら、はしゃぐ千代と幻想的な景色を眺めた。 「うん。千代、ここ好き。すごくきれい」 眩しい笑顔を浮かべ、千代は輝く氷柱と白い妖精をジッと見つめている。 「そっか‥‥ボクも、綺麗なもの‥‥観るの、大好き」 ネロは面の奥で表情を緩ませながら言葉を返した。 「体を冷やすといけませんから、これをどうぞ」 皆が想い出作りを楽しんでいる間にめいは火種で火を起こし、持参した干飯と芋幹縄を用いて雑炊を作る。温かい汁粉も用意して皆に配った。 「幻想的な風景に美味しい料理‥‥最高だね」 ユウキが満足そうに言うと、千代も頷いて美味しそうに汁粉を啜った。めいが作った料理を楽しみながら、幻想的な風景を皆で堪能する。 「セニョリータもマダムも、喜んでくれて良かったぜ」 夜光虫に練力を送りながら、喪越が安心したように呟いた。と、視界の端‥‥地面から生える氷柱の近くに、白い丸石を見つけ拾い上げる。 「なかなか綺麗な石じゃねぇか‥‥」 「どうした?」 夜光虫を操っていた劫光が喪越の様子に気付き、問い掛ける。喪越は石を劫光に見せる。 「これ、記念に千代セニョリータに渡そうと思うんだけど、どうよ?」 「いいんじゃないか」 石を見て頷いたあと、劫光は千代と綾子に視線を向けた。楽しげに笑う千代と綾子の姿を見つめ、少しでも二人が長く共にいて、幸せであることを望む。 こうして氷の洞窟での幻想的なひとときは、ゆっくりと過ぎていった。 ●帰路のあと 一同は日が落ちる前に、洞窟を出て綾子と千代が住む屋敷へと帰宅する。帰路でも、めいが温石を渡したり、皆で行きと同じように油断せず行動したため、千代と綾子の体調が悪化することはなかった。 「皆さん、今日は素敵な一日を本当にありがとうございました‥‥まさか、ここまでしていただけるなんて‥‥」 綾子が何度もお辞儀をし、皆に感謝の言葉を伝える。 「いえ、楽しんでもらえたみたいで良かったです!」 葛籠がひまわりのような笑顔を浮かべる。葛籠の笑顔に、綾子もにこりと優しい微笑みを返した。 「千代ちゃん、元気でね」 ユウキは車椅子に座った千代の頭を撫でる。千代はくすぐったそうに目を細めると、静かに頷いた。その表情には子どもらしい無垢な笑みが浮かんでいる。 「綾子さんも、どうかお元気で」 めいが綾子にゆったりと告げると、綾子は愛しげに千代を見下ろした。 「はい‥‥この子と、これからも一緒に生きていきます。たとえこの先、何が待っていても」 どこか苦しげに眉を寄せる綾子に、劫光が瞳を細める。そうして、そっと口を開き言葉を紡いだ。 「人は、誰だって愛され幸せになる為に生まれてくる。『たとえ明日世界が終わるのだとしても、りんごの苗を植える』‥‥人は最期まで日常の幸せを追うものだ」 劫光の言葉に綾子はハッとしたように顔を上げ、じんわりと瞳を潤ませる。一度だけ手で目元を拭うと、にっこりと強気に笑ってみせた。 「‥‥そうですね。まだ、楽しいことがたくさんあるのでしょう。私も‥‥それを追ってみようと思います」 綾子の複雑な表情を、千代がジッと見上げている。喪越が千代の気を引くように、懐から洞窟で拾った白い丸石を取り出して差し出した。千代の目が喪越の手元に移動する。 「セニョリータ、俺からのプレゼントだ。洞窟で見つけたんだぜ」 「白くてすべすべ‥‥ありがとう」 千代はお礼を言いながら、丸石を手のひらでコロコロと転がした。 「ボクからも、プレゼント」 ネロが可愛らしい小さな箱を取り出して千代に渡す。キャンディがたくさん詰まったキャンディボックスだ。 「だいじに食べるね」 千代は嬉しそうに目を細めたあと、キャンディボックスを大切そうに膝に置く。そのあと、ふと気付いたように顔を上げた。 「挨拶、してなかった‥‥今日はありがとう、またね」 別れ際に挨拶するように綾子から教わっているのだろう。千代は皆に向かって子どもなりの丁寧さで挨拶をした。 こうして開拓者たちは、綾子と千代に素晴らしい想い出を贈ることができたのであった。菓子類や食材を新しく買い、消費した分だけギルド経由で個人に贈るほどに綾子が感謝していたのは言うまでもない。 |