権力者への復讐
マスター名:千影ウレイ
シナリオ形態: ショート
危険
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2012/12/17 20:13



■オープニング本文

●夜凪組
 時刻は子の刻を回った頃だろうか。武天のとある町は夜の静寂に包まれていた。月が空に浮かび、肌に染み入るような冷たい風が吹きすさぶ。月明かりが真上から屋敷をそっと照らし出した。屋敷は月明かりだけでなく、灯篭からの灯火に照らされ、屋敷の周囲には何人もの警備員が警備を固めている。
「静かな夜だ‥‥まるでこれから襲撃されるなんて思えねぇ」
 警備員の一人が小さく呟いた。それを聞いていた別の警備員が、刀の鞘に手をやったまま前を見据えた。
「予告じゃあじきに現れるはずだ」
 ここ数ヵ月、ある盗賊一派が町を騒がしていた。彼らは財産を持つ人間から宝を盗み、売り捌いているという。盗みを働く前に予告状を送り付けては、警備を出し抜いて宝を奪っていくのだ。そして今回はこの屋敷の宝‥‥一億は下らないという壺が狙われていた。
「しっかし、月が綺麗だなあ‥‥」
 あまりの静けさと月の美しさに、緊張感のない警備員がぼんやりと空を見上げる。
「真面目に仕事しろ。緊張感を常に持たなければまた出し抜かれ‥‥」
 別の警備員が言いかけた瞬間、事態は急変した。唐突に出現した水の柱が、屋敷の内外を照らしていた火をすべて消し去る。
「明かりが‥‥ッ!」
 刀を抜こうとした直後、体にチクリとした刺激と強い衝撃を感じ次々と地面に倒れ伏す。強い衝撃と共に甘い匂いが感覚を狂わせ、体が思うように動かなくなる。
 数分が経過しただろうか、何とか立ち膝で持ち堪えられる程度には回復した警備員たちが起き上がる。刀で体を支えながら、ふと気配を感じ屋根上を見上げた。 
屋根の上に、三人の人物が佇んでいる。月の光を受けた彼らは黒装束を身に纏っていた。目元以外はすべて黒い布で覆われており、顔を確認することはできない。中央にいる長身の黒装束が腕に大きな壺を抱えている。
「壺が‥‥」
 またしても奪われてしまった。警備員たちは悔しさに歯噛みするも、麻痺した体で屋根上にいる彼らを捕縛などできるはずがなかった。長身の黒装束が壺を天に掲げながら声高らかに言う。
「この宝は、我ら夜凪組がいただいた!」
 よく通る男の声が響き渡った。その声を聞きつけるように、屋敷の主が屋敷から転がり出てくる。攻撃され体が麻痺しているのだろう。ふくよかな体で地面を這いながら、ぜぇぜぇと息を付いた。
「き、貴様ら‥‥どうしてこんなことをする‥‥噂で聞いたぞ! お前らは元町民‥‥それがどうして、町を困らせるようなことを!」
「町を困らせる? ‥‥はっ、お前が困ってるだけだろう」
 左側にいる短身の黒装束が鼻で笑う。それに呼応するように、右側の黒装束が言葉を吐き出す。
「せいぜい宝の分働いて稼ぐんだな。金持ちの豚野郎!」
 突き刺すような鋭い女の声が周囲に木霊した。直後、三人の姿は暗闇に紛れ、あっという間に消えてしまう。残されたのは見事に出し抜かれた警備員たちと屋敷の主、そして月明かりだけだった。

●悲しい報復
 屋敷から宝が盗まれた数週間後、新たに夜凪組から予告状が届いた。予告状を読み、神社の神主であり町の政も取り仕切る白欧は息を呑む。
「‥‥これは‥‥なんということじゃ‥‥」
 そこには、一週間後の子の刻に神社に保管されている『しめ縄』を盗むという内容が書かれていた。この町では新年になると厄除けのために、特別なしめ縄が飾られる。豪華な装飾を施したそれは、新年の数日間だけ拝むことができるのだ。
「しめ縄は古くから新年の厄除けに必要なもの‥‥盗まれては、民の心にも影響が出ます」
 神官が困り果てた様子の白欧を心配そうに見つめる。しめ縄が盗まれてしまえば、年の厄除けができず、町民の心が不安に晒されるに違いない。
「どうしたものか‥‥」
 白欧は眉間の皺をさらに深く刻み頭を抱える。ただでさえ夜凪組の所業は町民に知れ渡っている。財を持つ人間から宝を奪い取る三人衆‥‥夜凪組。神社からしめ縄が盗まれれば、不安を煽るどころか町全体からの信頼を失うことになりかねない。
「この際ですから、開拓者を雇ってみてはいかがでしょう。いつまでも野放しにしておくわけにはいきません」
 夜凪組はどうやら志体を持つ盗賊らしい。町の警備員を以てしても、特殊な術で出し抜かれ捕縛できずにいた。
「うむ、それしかあるまいな‥‥」
 神官の提案に白欧は複雑な面持ちで頷いた。白欧の釈然としない様子に、神官は僅かに眉を寄せる。
「白欧様?」
「‥‥六年前、この町をアヤカシが襲撃した事件があったじゃろ」
「はい。‥‥それがどうかしましたか?」
 白欧の話に神官は首を傾げた。白欧はゆっくりと語り始める。
「あの時、町外れの孤児院が全焼した。あとで子どもの遺体を確認したところ、名簿に登録されていた人数より三人足りなかったそうじゃ。‥‥あの孤児院には、生まれつき志体を持った子が三人おった」
 白欧が何を言おうとしているのか察し、神官はハッとしたように目を見開いた。
「! それが夜凪組だとでも? 確かに声から判断するに、彼らは若者だと聞きましたが‥‥」
 神官の問いに白欧は首を横に振る。
「まだ確証はない。しかし六年前のあのとき、豪商や要人の屋敷の警備に人を取られ町の外まで守ることができなかった。夜凪組は徹底して彼らの屋敷を狙う。予告状を出してまでな」
「‥‥まさか、復讐ですか」
 表情を強ばらせて焦りの色を滲ませる神官に、白欧は落ち着いた低い声音で言葉を返した。
「もし彼らが孤児院の生き残りであるならそうかもしれぬ。‥‥それに、町の警備を主導したのは我が神社だ。今回の予告状の件に関しても納得が行く」
「しかし、仮にそうだとしても許されることではありません」
「うむ‥‥」
 神官のもっともな言葉に白欧は静かに頷く。
「六年前も、財ある者を優先して守らなければ町は衰退してしまうところでした。彼らが町の経済を支えているのですから‥‥私たちは間違ったことなどしていない」
 神官は訴え掛けるような目で白欧を見た。白欧は苦しげに顔を顰め、深く息を吐き出す。
「それでも、守らなければならなかったと、わしは思うよ」
「白欧様‥‥」
 白欧の苦しげな表情に神官は何も言えず黙り込んだ。息が詰まるような空気に包まれる部屋の中、白欧は決心する。町を取り仕切る者の務めとして開拓者を雇ってでも夜凪組を捕縛し、この事件に終止符を打たなければならない。そして、やるべきことがもう一つ。
「‥‥もし本人たちなら、話をしなければならんな。許してくれるとは思わんが‥‥謝罪をしなければ」


■参加者一覧
三笠 三四郎(ia0163
20歳・男・サ
リューリャ・ドラッケン(ia8037
22歳・男・騎
ユリア・ソル(ia9996
21歳・女・泰
宮鷺 カヅキ(ib4230
21歳・女・シ
ベル・ホリディ(ib5403
20歳・女・砲
鴉乃宮 千理(ib9782
21歳・女・武
角宿(ib9964
15歳・男・シ
松戸 暗(ic0068
16歳・女・シ


■リプレイ本文

●事前調査
 巳の刻に差し掛かった頃、依頼先の神社に到着した開拓者たちは、各々の準備に取り掛かる。竜哉(ia8037)は白欧と共に神社の書庫に向かった。老婦人に変装した宮鷺カヅキ(ib4230)も書庫へとやって来る。
「こちらが六年前の記録で、これが今回の盗難事件の記録じゃ」
「ありがとうございます」
 カヅキは礼を言うと白欧が持ってきた巻物を読み始める。竜哉も巻物に目を通し、目的の情報を探す。商人や要人たちが災害後の需要を利用して富を増やしたことや、それを復興のためにも使ったことが巻物には書かれていた。 
「生き残りの三人が引き取られた先などはわからないか」
 竜哉は気に掛けていたことを白欧に問う。
「あの事件のあと三人は行方不明になった。‥‥六年間、どこかで修行していたのかもしれん」
「なるほど‥‥」
 白欧の言葉に竜哉は思考するように顎に手を添えた。白欧の言うことが正しいなら、最近になって盗みを働き始めたのは修行を終えたからということになるだろう。
「三人の名前はわかりますか」
 カヅキが孤児院の名簿を示しながら白欧に問う。
「志体を持っていたのはこの三人‥‥司、礼、椿じゃ」
 白欧は名簿に指先を当てると、ゆっくりと名を指し示した。
 他方、ベル・ホリディ(ib5403)は町の質屋をあたり、事前にリストアップした盗品について調査していた。盗まれた時期と特徴が重なる品々をいくつか発見する。
「ミスター、どんな人が持ってきたか覚えてる?」
「うーん、どれも違う人だったような気がするけど‥‥顔は覚えとらんなあ」
 ベルの問いに質屋の男は難しい顔をして首を横に振った。変装して偽名を使った可能性もある。この場ですぐに犯人の手掛かりを掴むのは難しい。
「やっぱり、神社でキャッチするしかないみたいなんだよ」
 質屋の言葉にベルは考え込むように腕を組んだ。

●罠張り
 神社や町での調査が進む一方、三笠三四郎(ia0163)は神社に頼んで畳や戸板などを用意した。北の裏口以外の入口にそれらを貼り合わせ固めて置くことで、バリケードをつくる。
「これで西門と東門からの侵入は防げるはずです」
 バリケードを見ながら言う三四郎に、鴉乃宮千理(ib9782)は静かに頷く。
「うむ‥‥バリケード周辺以外の警備も夜には人員を増やす。しめ縄も移動させたことだし、そう簡単には盗めまい」
 千理はごく自然な様子で話しながらバリケードを見つめる。その情報は嘘の情報だ。盗賊たちが、神官などに扮し聞き耳を立てている可能性がある。嘘の情報を与え、彼らの作戦に混乱を招くための策だ。
 角宿(ib9964)は塀の上に飛び乗り、侵入を防ぐために持参した撒菱を撒いていく。神社に頼んで集めた釘や針も用い、塀の上にばら撒いていた。
西門と東門、裏口としめ縄周辺にムスタシュイルを張り終え境内を巡回していたユリア・ヴァル(ia9996)が、角宿の姿を見つけて呼び掛ける。
「結構な広さだけど大丈夫? 足りるかしら」
 年上の女性であるユリアの問いに、角宿はどきまぎしつつも答えを返した。
「う、うん。神社の人たちも集めてくれてるから、夕方には間に合うと思う。影舞や囚痺枷香を使えるシノビに即席の罠は効かないだろうし、排除できない仕掛けを用意しないとね」
「そうね。お願いするわ」
 角宿の言葉にユリアは頷いたあと再び巡回に戻る。北の裏口に差し掛かったところで、裏口から出ていく人物を見つけた。着物の上に女性が被るようなヴェールを被っており顔は見えない。ユリアは神社の人間の身元を事前に確認していたが、そのような風貌の人物に見覚えがなかった。
「待ってください!」
 裏口を抜けた人物を追ってユリアも外に出るが、すでにその人物の姿はない。遠ざかり消えるには短すぎる時間にユリアは眉を寄せた。
「ユリア様、どうなされた」
 罠を仕掛けるため神社の本殿から出てきた松戸暗(ic0068)が裏口にいるユリアに気付き、声を掛ける。トラバサミや火薬、墨で塗ったロープなど様々な罠を抱えている。 
「怪しい人間が裏口を抜けていったの。取り逃がしてしまったけれど」
 ユリアはその人物の容姿を説明した。思い当たる節があり、暗は静かに口を開く。
「最近出入りするようになった参拝者に、そのような者がいるらしい。今日は参拝できる日ではない‥‥もしかすると、盗賊の一人かもしれないな」
 わざわざ見つかる危険を冒してまでムスタシュイルが張ってある裏口から抜けたということは、隠し通路などが存在しないことを意味していた。盗賊は侵入経路の一つとして、確実に裏口を使うだろう。

●盗賊襲撃、西側
 罠張りや調査報告を終え、食事も持参したもので済ませた一同は何事もなく夜を迎えた。夜の静寂が神社を包み込んでいる。じきに子の刻を迎えようとしていた。開拓者たちは各々の配置に付き、盗賊を待ち構える。
 子の刻を過ぎた頃、それは唐突にやって来た。西のバリケード付近に千理が仕掛けていた鳴子がカラカラと鳴り響く。何度か衝撃音が木霊したあと、バリケードが水柱によって貫かれた。
「正面から来たか」
 銃を使うまでもない派手な音に、千理は破られたバリケードとその周辺に視線を走らせる。直後、横を気配が通り抜けた。反射的に振り向くと空間が僅かに歪んで見えた。
「(透明化‥‥!)」
 透明な影は背後から千理に近付き、何か振り上げようとしている。
「喝ぁ!」
 千理は気迫のこもった一喝を浴びせた。透明な影が僅かに動きを止めた瞬間、杖を振りかざして衝撃波を放つ。精霊力を凝縮した衝撃波が影を吹き飛ばした。
「ちぃ‥‥ッ」
 高い女の声がした直後、透明化が解かれる。細身の黒装束が現れ、その手には細い長針が握られていた。女は立ち上がると印を結び、再び透明化しようとする。駆け出そうとしたところで茂みから火薬の爆発音が聞こえ、女はハッとして視線を巡らせた。集中力が途切れ、地面の至る場所に仕掛けてあったロープに足を取られる。
 茂みに隠れている暗がすかさず打剣を用い、手裏剣を投擲した。ぶれることなく飛来した手裏剣が腕に突き刺さり、女は呻き声を漏らす。
「くっ、一人だけ‥‥!? このッ!」
 複数の人間が潜んでいると思い込んでいたようだ。女は憤り叫ぶと印を結び、鋭い水の刃を繰り出した。松明に揺れる木影を人影と間違え、そこに向かって刃を放つ。それは事前に暗が立てておいた松明だった。水の刃は松明と傍の木々を切り裂く。
 暗に気を取られているうちに距離を詰めた千理が、女の腕を掴み封じ込んだ。
「くそッ‥‥離せ!」
「大人しくしていろ」
 千理に強く腕を掴まれ、女は悔しそうに舌打ちすると下に俯く。
「ここには一人しかいない‥‥囮ですか」
 盗賊は三人組のはずだ。茂みから姿を現した暗は、女を荒縄で縛り上げながら静かに呟いた。
 
●盗賊襲撃、北側
 北側の入口には角宿、三四郎が待ち構えていた。西のバリケードが破壊される大きな音と同時に、裏口から人の気配がする。角宿は気配がした裏口へと視線を向ける。背の低い黒装束が隠れもせず歩を進め、胸の前で印を結ぼうとしていた。
「待って! もうやめようよ、こんなこと」
「撒菱に門の鎖、バリケード‥‥数え切れない罠‥‥面倒なことしやがって」
 角宿の言葉に黒装束は男の声で悪態を付く。角宿は説得するように続ける。
「うん、だからしめ縄を盗むことはできない。諦めて捕まって欲しいんだ」
「馬鹿にするな! 静かに動くことが無理なら、力づくでやるまで」
 黒装束は懐から短刀を抜くと、角宿と三四郎を睨みながら身構えた。
「武器は使いたくなかったんだけど‥‥仕方ないね」
 角宿も刀を抜いて男を真っ直ぐに見据える。
「来ますよ」
 三四郎は刀を構えたあと、空気を裂くような咆哮を上げた。大きな雄叫びに男は目を細めると、三四郎に突進する。男は視界を塞ぐように枯山水の砂を蹴り上げた。ゴーグルに細かい砂が当たるも、三四郎はギリギリのところで攻撃を躱す。そして、己の身から剣気を発して至近にいる男に叩き付けた。威圧感に気圧され、僅かに怯む気配が伝わってくる。
「チッ‥‥」
 男は三四郎から距離を取り、懐から素早く手裏剣を取り出した。そのタイミングで、屋根の上から周囲の様子を伺っていたベルが駆け付ける。
「うぇーいと!! 気持ちもわかるけど、皆にトラブルかけちゃダメなんだよ!!」
 屋根の上から声高らかに告げ、目にも留まらぬ速さで銃を抜く。基部に手をかざし瞬時に弾丸を装填しながら飛び降りた。地面に着地した直後、男の足元を狙い弾丸が放たれる。不意打ちの弾丸が男の脛を掠め、男は痛みに動きを止めた。その隙を突いて角宿が背後に回り込み、首の裏を刀の鞘で打つ。体から力が抜け、男はその場に崩れ落ちた。
「ごめんね、お兄さん。加減はしておいたから」
 申し訳なさそうに言う角宿に、男は悔しそうにぎゅっと目を瞑る。
「開拓者ってのはこんなに強いのかよ‥‥司‥‥悪い、失敗し、た‥‥」
「どのような作戦かは知りませんが、力押しで来たのは間違いでしたね」
 痛みと衝撃に動けなくなった男を三四郎が拘束し、捕縛は完了した。

●盗賊襲撃、しめ縄の間
 外で戦いを繰り広げている頃、竜哉、ユリア、カヅキは白欧と共にしめ縄を安置している十畳ほどの部屋に待機していた。カヅキが聴覚に神経を集中させる。戦う音や声、それに混じって風に揺れる鈴や鳴子の音が耳に届く。その中に、小走りのような足音が微かに聞こえた。音は途中で途切れ、戦闘音に混じり聞き取れなくなる。
「‥‥礼か椿か、それとも司ですか」
 動揺を誘う囁きを、カヅキは口にする。直後、乱れた足音がすぐ隣の部屋から聞こえた。
「隣の部屋にいます」
 カヅキが竜哉とユリアに告げた直後、襖が開き何かが放り込まれる。それが床に当たった瞬間、白い煙が噴き上がった。
「毒の煙‥‥白欧氏!」
 刺激臭を感じた竜哉は、とっさに白欧を庇う。驚いて棒立ちになる白欧の口と鼻を手で塞いだ。煙は十数秒程で薄れ消えた。体に痺れを感じ、竜哉は体をよろけさせる。
「すぐに解毒するわ」
 ユリアが、白欧を庇ったことで受けた竜哉の毒を解毒した。竜哉の体が仄かな光に包まれる。竜哉は「すまない」と告げたあと、思考するように瞳を細めた。
「麻痺毒のようだな‥‥」
「そのようですね」
 死毒によって解毒を終えていたカヅキが、襖の向こうを見据える。そこには黒装束を纏った背の高い男が立っていた。男は無言のまま印を結ぼうとする。
「させるか!」
 竜哉が室内に張った鋼糸に練力を送り込み、オーラショットを放った。男の頭上で光が弾ける。男は印を結ぶ手を解き室内に突進した。風のような動きで、カヅキへと襲い掛かる。鳩尾に放たれる拳を、カヅキは仕込杖の鞘で防ぐ。
「‥‥若い女か」
 変装に騙されていたのだろう。男は唸るように呟き、飛び退いて距離を取った。印を結び、水の刃を生み出すと天井に放つ。視界を塞いで逃走を図る気だ。
「逃がさないわ!」
 天井が崩壊する前にユリアは駆け出して槍を投擲する。避けようとする男の腕に槍が掠めた。ユリアはさらに距離を詰め、スリングを放つ。ユリアに動きを制限されたことで、男が天井の一部を壊した意味がなくなった。足に絡みついた布を、男は短刀で裂こうとする。
「司!」
 竜哉が鋭く名を呼んだ。賭けのようなものだったが、幸運なことに司は男の名だったらしい。男がビクリと体を震わせる。名を呼ぶと同時に放ったオーラショットが、男の背後の鋼糸を通して男に命中した。痛みによろめいた直後、カヅキが影を伸ばし男の動きを封じ込む。
「ッ、邪魔をするな‥‥!」
 床に膝を付き、黒装束の隙間から赤い瞳が三人を睨み付けた。
「これは復讐を逸しています。頭を冷やして、よくお考えなさい」
 カヅキは杖を男の額に突き付けると静かに告げる。男はしばらく影縛りから逃れようと暴れていたが、外の音を感知して動きを止めた。
「! ‥‥あいつらも、捕まったのか」
 男‥‥司は諦めの滲んだ声で呟くと、力が抜けたように抵抗をやめた。

●和解への一歩
 一同は捕縛した盗賊を一箇所に集め、事情を聞き出した。三人別々に侵入したのは、厳重な警備で忍び込むことが困難だったために、場を混乱させ盗む隙を作るためだったという。
「これは復讐だよ」
「犠牲になった奴のことを忘れ、のうのうと生きてるお前らへのな」
 背の低い男‥‥礼と女のシノビ、椿が口を揃えて皮肉混じりに言う。
「理由が何であれ重罪です。白欧様、適切な処罰を」
 神官が厳しい口調で断言した。角宿は神官や白欧に、訴え掛けるような目を向ける。
「神主さんや街の皆に、昔の事を思い出してほしかったんだよ、きっと。街が嫌いならもっと簡単に、火遁で放火すると思うんだ」
「‥‥わしはどうすれば‥‥」
 白欧は顔を顰め、迷うように瞳を揺らした。竜哉が静かに口を開く。
「白欧氏、過去のあんたの決断は正しい。そうしなければ、犠牲はさらに増えていただろう。だが、その結果出た犠牲に対して花を手向け続けても良かったんじゃないか?」
 竜哉の言葉に白欧はハッとしたように息を詰めたあと、落ち着きを取り戻したように瞳を細めた。 
「そうじゃな、それが責任というものだ‥‥この者たちはわしが責任を取って、身柄を引き受ける」
 白欧の決断に神官は驚き目を丸くする。
「被害額を考えれば、処刑してもおかしくないくらいです。他の者にどう説明なさるおつもりですか」
「盗んだ盗品の分働かせるとでも言っておけばよい」
「一生掛けても返済できるわけが‥‥」
「盗品なら大半は町の質屋にあったんだよ。すぐに取り戻せるんだよ」
 ベルが昼間のうちに調べた盗品の在り処を告げる。その言葉に、神官は反論できずに黙り込んだ。
「‥‥いいだろう、質に入れた分の金も返す。だが、まだ恨みが消えたわけじゃない。あんたの意志‥‥確かめたいと思う」
 司が礼や椿の反発を抑え、白欧に落ち着いた口調で告げる。
「ありがとう、これからよろしく頼むぞ」
 司の無愛想な表情を見つめながら、白欧は優しく微笑んだ。
「なんとか丸く収まりましたね」
 一連の様子を眺めながら、三四郎が呟く。
「一時はどうなるかと思いましたが、落ち着いて良かったです」
 カヅキがホッとしたように息を付いた。
「ええ、うまくいくといいですね」
 カヅキの言葉に暗がこくりと頷く。
「これから大変でしょうけど、あとは白欧さんと三人次第ね」
 白欧と盗賊たちを見つめながら、ユリアは瞳を細めた。ユリアの言葉に千理が同意するように首を縦に振る。
「うむ、商人や要人たちとの話し合いもあるじゃろうし‥‥良い方向に行くといいな」
 こうして、開拓者たちの働きにより町を騒がせた盗賊騒ぎは幕を閉じた。この盗賊たちが、後に町でどのような働きを担うかは、まだ誰も知らない。