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■オープニング本文 ここは泰国、とある田舎町。 立派な屋敷の、大きな食卓。テーブルにずらりとご馳走が並んでいる。 「サイコーだよ。こんな人生、夢みたい」 「ええ、本当に」 烈華(レッカ)が目を輝かせて点心を食べながら満面の笑みを見せれば、皆美(ミナミ)も湯のみを傾けつつほんわりと微笑んだ。その隣で在恋(ザイレン)が夢見るような表情で手にした湯飲みから茶の香りを楽しんでいる。香鈴(カリン)雑技団の女性メンバーだ。 「うめえなぁ。やっぱ、雑技団やって良かったゼ!」 「そうだね。行く先々で喜んでもらってるし」 兵馬(ヒョウマ)ががつがつと鶏肉やらスープやらに食いつき料理を絶賛し、陳新(チンシン)が「この点もいいよね」とばかりに人差し指を立てる。その隣では、大柄な闘国(トウゴク)がこくこくと肯き存分に食べている。こちらは、香鈴雑技団の男性メンバー。 「その点では同じ気持ちだ」 そう言葉をつないだのは、この屋敷の主人であり、町の名士である紫搭(シトウ)という男。雑技団の少年たちに非常に好意的である。 「‥‥私も、君たちを呼んで良かったと思っている。民はみな喜んでくれた。存分に君たちの舞台を楽しんでくれた。何より、町の子どもたちの目が輝いた。子どもたちに、等身大の夢を与えてくれた」 香鈴雑技団は、この町に呼ばれてすでに公演をしており、大盛況だったようだ。 「ただ、ね」 と、ここで紫搭の表情が陰った。そのまま固まり言葉を続けようとしない。 「そういえば、相談があるとおっしゃっていましたね」 香鈴雑技団のリーダー、前然(ゼンゼン)が丁寧な口調で慎重に言った。 「ああ、まあ‥‥」 紫搭、そう言ったきりまた口を止めた。 「安心してください。私たちはまだ若造です。できない事はきっぱりと、『できない』と言います」 前然、きっぱりと言い切った。その隣で香鈴雑技団の後見人、記利里(キリリ)が苦笑していた。心中を代弁すれば、「この流れでその物言いはないでしょう」。ただし、表情は頼もしさに感心しているといったところだ。前然、もともと悪ガキどもを束ねた盗賊団の頭をしていた過去がある。抜け目はない。 「あっはっは。さしずめ『聞いてやるだけは聞いてやるからとにかく言ってみろ』というところだね。‥‥ありがとう。気が楽になった」 子どもだてらに天儀を巡ろうとする彼らを、よほど気に入っているのだろう。紫搭は気を損ねるどころか晴れやかに笑った。 「いや、失礼。‥‥相談というのはほかでもない。実は、変わった生き物と一緒にする演目はないかという声を耳にしてな」 つまり、猛獣ショーとか知恵のある小動物の出し物とかいったものだ。 「お父さま、私は可愛い動物の見世物とか、大きなケダモノを使役するショーを見たいと言ったのよ」 突然、食堂の入口から声がした。そこには、いかにも跳ねっ返りといった感じの娘が立っていた。当然両手は腰で、薄い胸を「何よ。文句あんの?」といった感じで逸らしている。 「紫星(シセイ)〜。こっちに来るなと言ったろう」 「いいじゃない。とにかくあなたたち、頼んだわよ」 額に手を当て落胆する父親・紫搭を後目に、前然をびしりと指差してゆうゆう立ち去る紫星であった。 「‥‥いやあ、お恥ずかしい。なぜかあの娘だけごらんのような跳ねっ返りに育ってしまい」 苦笑する紫搭。どうやらずいぶん手を焼いているらしかった。 「まあつまり、動物を使った演技は、できないものかなぁ。‥‥次の町への強力な紹介状は約束通り書くし、お代も弾むから」 続けて、くだけた口調で懇願するのだった。 「あの手しかねぇとは思うんだが‥‥」 前然は、記利里を見た。 「分かりました。資金援助いたしましょう」 記利里は肯く。 「皆さんは優秀で、いまだ本格的な出資をしておりませんからな。わたくしの主人も、これで一安心といったところです。龍での航空ショーや朋友との出し物ができる開拓者に頼みましょう」 そんな次第で、朋友と一緒に友情出演してくれる開拓者、求ム。 |
■参加者一覧
皇 輝夜(ia0506)
16歳・女・志
木戸崎 林太郎(ia0733)
17歳・男・巫
江崎・美鈴(ia0838)
17歳・女・泰
九法 慧介(ia2194)
20歳・男・シ
露羽(ia5413)
23歳・男・シ
菊池 志郎(ia5584)
23歳・男・シ
紅明(ia8335)
20歳・女・弓
春金(ia8595)
18歳・女・陰
久我・御言(ia8629)
24歳・男・砂
霧咲 水奏(ia9145)
28歳・女・弓 |
■リプレイ本文 ● 町外れの丘陵地帯には、珍しい見世物の話題を聞きつけてやってきた町民や近隣住民がわんさと集まっていた。 「皆さん、お待たせしました。香鈴雑疑団の特別公演の開幕です!」 ちょうど盛り上がった部分をステージに見立て、今、江崎・美鈴(ia0838)が登場した。青い空にばさばさと白い鳩が舞う。九法慧介(ia2194)による演出だ。 「大丈夫かなぁ、猫姉ェ」 舞台の袖では、烈花が心配そうに見守っていた。ちなみに美鈴。雑技団の手助けは二度目で、その格好から「猫姉ェ」のあだ名で覚えられたようだ。‥‥ねこみみ頭巾にかわいいワンピ、手には猫爪「三毛猫」という猫づくしの格好でこのあだ名以外何が付こう。 美鈴、生来の激しい人見知り体質を克服したいと司会役を買って出たが、果たして。 「司会はこのあたし、江崎と」 そう言って背筋を伸ばし胸元に左手を当てる。次に、横にいる黒猫を見た。 猫、無言。しかも指舐めてから額の毛並み整えてたり。 「チ、チロ様だ!」 美鈴、真っ赤になって主張――もとい、紹介する。ここでチロ様、なにやら首を縦に振る。 「ま、まず、あたしと猫又のチロ様の芸を見て欲しい」 ほっとして美鈴がここまで言ったところで、会場がざわついた。「え、猫又?」、「猫又って、何だ?」、「黒猫ちゃんじゃないの?」とか、そんな疑問の声でざわざわ、ざわざわ。美鈴、さらに真っ赤っ赤。 「ほ、ほら。尻尾が違うんじゃー、尻尾が」 チロ様を抱き上げて、そんじょそこらの猫とは明らかに見た目で違う点を主張する。観客も納得したようだ。 が。 「あうっ!」 どうやらチロ様。抱っこは嫌いらしい。猫キックで主人の抱擁から脱出すると、綺麗な宙返りを見せて元の位置に着地した。客席からは笑い声と割れんばかりの拍手が響く。 「ちょっ、チロ様。そこに『お座り』。とにかく『反省』よっ!」 チロ様、ここで犬がする「お座り」をして見せた。そして「お手」をしてうなだれたり。可愛らしいしぐさに観衆も笑顔を誘われている。 「‥‥チロ様の後ろには誰もいないでしょ?」 この後、美鈴たちは「達磨さんが転んだ」を披露。美鈴が鬼となって振り返ると、それを真似するチロ様というネタだ。 「って、チロ様が鬼かい!」 指導のため近寄ろうとすると、「動いたらダメでしょ」的なゼスチャーをするチロ様。いつの間にか立場逆転というオチで、お後がよろしいようで。 ● 「次は、手品兄ィだね」 舞台の袖で、皆美が呟く。 「お客さんに心から楽しんで貰えるように、頑張ろうぜ燎幻」 朋友の鬼火玉・燎幻(りょうげん)に声を掛けてから出てきたのは、先ほど鳩を放った慧介だ。 演目は、「朋友手品」。来ていた陣羽織を脱ぎ、舞台脇に用意していた着物掛けに背中側を向けて綺麗に掛けた。 「さて、相棒は燎幻と言います。って、え? 紹介はいいから何か見せろ?でも何から見せればいいか忘れちまったよ」 浮いた鬼火玉はしゃべらないが、慧介の話術が冴える。そして同時に、くるくるひねる掌から次々鳩を出して見せた。客席からは「おおお〜」とどよめきが。 「え、もっといいもの見せろ? 仕方ないなぁ。それじゃ、道中安全のお札なんてのはいいものだと思うんだけど、ああッ!」 ここで、慧介は声を荒げた。何と、今出したお札を燎幻が燃やしたのだ。――少なくとも、客席からはお札に火がついたように見えた。 「ああっ、こんなことして雑技団のみんなが道中災難にあったらどうするつもりだい」 慌ててもみ消すと、あら不思議。お札は燃える前のままだったり。客席からは、拍手。 そして、最大の見せ場は、焼失マジック。 「じゃあ、この人を燎幻に燃やしてもらいます」 舞台に新たに上がったのは、露羽(ia5413)だ。客席に手を振ると、長い黒髪を翻して用意し立ててあった木箱の中に入った。 「はい、燎幻は木箱の位置に止まって。じゃ、火がつくまでダーツ投げをしようか。って、何、その目は。イヤなの?」 もしかして燎幻、面倒くさがりではないだろうか。 それはともかく、慧介は燎幻に向かってダーツを投げる。燎幻は、木箱をなぞるように上下に逃げる。まるで火を擦り付けているようだ。客席からは不安そうな声が聞こえる。というか、客席からはすでに火がついているように見えるのだ。 そして、不安の声が悲鳴に変わった。 ――ボンッ! なんと、木箱が爆発したような感じで弾けた。真相は不明だが、箱の四方の板が飛び散り木の葉が舞っている。もちろん、露羽の姿はない。 「も、燃えちゃったの?」 ざわつく客席。 「ご心配なく。彼ならほら、この陣羽織の影に」 慧介は得意そうに、箱とは反対側にあった着物掛け――最初に着ていた陣羽織を掛けたところだ――をどけた。すると、焼けた風もなく無事な姿の露羽が出てきた。さわやかな笑顔を見せる。 仲間を種と仕掛けに使った焼失マジックは見事に成功。後、絵札を使い観客に口頭で引いてもらう予知魔法も、好評を博した。 最後の手品を終えて、直前までの気苦労が慧介の心中に去来した。 「これからも頼むぜ、燎幻」 舞台から降りるとき、機嫌よく朋友を見た。 「って、体当たりかよ!」 燎幻、照れたか。 とにかく慧介と燎幻、良い意味でいつもの通り。 ● さて、舞台。 再び露羽が登場した。連れているのは、忍犬・黒霧丸。 「雑技団の公演に出演。面白そうです。楽しんでいきましょう」 ふふっと涼やかに笑って黒霧丸を見ると、ワン、と一つだけ鳴いた。無駄吠えをしない、賢い犬だ。 そして観客に自己紹介し、黒霧丸も紹介。おっと。先ほどの手品を忍術で補佐したので、立場は内緒。この間に香鈴の少年たちが舞台設置に走り回る。 「よし、いつでもいいゼ」 兵馬が設置完了を告げ親指を立てた。 「行きましょう、黒霧丸!」 顎を引いて頷き、凛と響く声で合図すると、走り出した。 黒霧丸も一緒に併走する。 「みっつ!」 きききと止まって、指示を出した。 その前には、ひざ上の高さに水平に渡された棒がある。いわゆるハードルだ。 とーん・とーん・とーんと、何の苦もなく飛び越える。前後の足を綺麗に伸ばし、滞空時間のある余裕の跳躍。運動能力の高さを見せ付ける。 「次はこっち!」 別の方向に走る露羽。今度は人の高さくらいある山形の傾斜障害だ。これも助走十分ですととんと登っていく。一番上の足場のないところでぴたりと止まり、客席から悲鳴と惜しみない拍手が送られた。 さらにそこから下り、露羽の胸の高さ程度にある大きな輪っかを見事な跳躍でくぐる。 「よし、もう一度」 何と露羽。輪っかに火をつけた。これをくぐらすというのだ。 「えええ〜」 不安の声が沸き起こる。 が、黒霧丸は見事に平常心でこれをクリア。勇敢な犬にどよめきと賛辞の拍手がわいた。 「これが最後。‥‥黒霧丸、頼みます」 優しく撫でてやる露羽。掌に柴犬らしい硬めの毛の感触が伝わった。 だっ、と走り出す黒霧丸。ハードル、斜面、火の輪と連続でクリア。 「あれか、あれは無理だろう」 おおお、と感嘆する客席だが、兵馬が出てきて掲げたくす玉を見て首をひねった。何とその高さは、人が手を伸ばしても届かないほどの高さだ。 ところが、ここで黒霧丸の動きが変わった。助走が、今までのものと違った。速い。これがスキル「ダッシュ」の力。 そして、跳躍。高い。いや、通常の高さではない。スキル「飛跳躍」が冴える。 「まさか!」 届くのか、との感嘆。が、わずかに届かないか。 しかし、ここで奇跡が起こった。 なんと黒霧丸。体をひねった。伸身してきりもみを入れる。 その、後足が見事にヒットした。 割れるくす玉。中からは祝福するような紙吹雪。そして、背後で鳩が舞う。慧介からの、先の手品の礼だ。 「ありがとう、黒霧丸。お前は私の大切な朋友です」 ぎゅっと相棒を抱きしめる露羽。大きな、大きな拍手がわいた。 ● 「あははっ、何あれ?」 「うおおおおッ! カッコイイ」 なにやら観客の受けが分かれているのが、次に登場した春金(ia8595)とその相棒・土偶ゴーレムの虎鮒。 「金魚姉さぁん、頑張ってくださぁい」 舞台の袖から在恋が応援した。手には前にもらった金魚印のお手玉がある。 金魚のように赤い振袖をしゃらしゃらと振ってこたえる春金。すうっと深く息を吸い込んでから観客に向き直った。 「虎鮒。わしら息の合った剣技を披露するのじゃ♪」 「わしゃぁ、嫌じゃき。勝手にやっちょれ」 どよ、と客席。「しゃべった」、「ものを言った」、「カッコイイ」など、春金と同じくらいの大きさがある虎鮒に、熱い視線が注がれた。 が、春金の方は心外だった様子。 「な、なんじゃ?」 「そも、なぜ土偶を虎なんぞ‥‥。わしゃぁ普通の土偶が良かったがよ」 どうやら生誕のいきさつについて不満があるらしい。 「わ、わしとて、ふさふさもこもこの虎が出来ると思ったんじゃ」 「土偶に何言うちょるがか。阿呆な女子じゃ」 ここで、「プツッ☆」とか音がした。 「貴様ぁ、そこに直れ! 今すぐ成敗してくれるのじゃ!」 しゃらんと刀「河内義貞」を抜く春金。虎鮒はいったん後方に飛びのき、刀を口に咥えて応じるッ。 殺陣の予感。 と、ここで春金が巨大な龍の式を召喚した。 龍虎相打つの様相か! 「見たか知ったか怯んだか、虎鮒」 ド派手に登場したまま龍は消えたが、その隙に春金が嬉々としてド派手に切り込む。 振袖の長く赤い袖がなびく。描きこまれた桜の花びら、舞うが如し。 式の力を宿した刀が横薙ぎにうなる。虎鮒に見事に命中したように、観客には映った。 それでも虎鮒は戦意を取り戻し、踏みつけやスマッシュで対抗。春金はたくみに袖を跳ね上げ決定的瞬間を隠しつつ、本気バトルを展開した。観客もやがて演舞と分かり、刀と袖が流麗な円弧を描くたびに息を飲み歓声を上げた。 やがて。 「どうじゃ、わしの勝ち。これで今後の食事当番は虎鮒に決定じゃ♪」 虎鮒が仰向けに腹を出して寝転がり、降参のポーズ。春金は最後にひとくさり演舞して決めポーズでピタリ。やんやの拍手を浴びた。 ● 「さ、最後はお待ちかねの龍の航空ショーだ。存分に楽しんで欲しい」 司会の美鈴の紹介で盛り上がる観客。と、ここで大きなどよめきが起こった! 舞台の奥のほうから、龍6体が大きく羽ばたきながら姿を現したのだ。 ぶわさ・ぶわさと羽ばたきの音。何と雄大で迫力のあることか。 そして押し寄せる風圧。これが、人を乗せることのできる巨体のパワー。離れていてもそれだけの手ごたえがあった。 これが、龍に騎乗した開拓者。 これが、新天地を切り開き天儀を駆け巡る者たち。 これが、アヤカシの脅威から人々を守る超人たち。 「よし、演舞開始だ!」 親指を立てたのは、皇輝夜(ia0506)だ。騎乗は炎竜・誇鉄。 この合図でそれぞれが自由飛行に入る。 ――ドン・ドン、ダン・ダン! 地上では、太鼓などが打ち鳴らさせていた。舞台には歌姫・在恋が登場している。歌をうたっているのだ。 振り下ろす斬馬刀に 天駆ける龍騎兵 まだ見ない 誰も見ない 新たな 大地を拓く どうやら舞台も雰囲気も盛り上がってきたようだ。 「いつでもいいよ」 「こちらも準備万端でございます」 紅明(ia8335)と霧咲水奏(ia9145)が、離れた場所で手を上げた。騎乗は紅明が銀助で、水奏が崑崙。ともに甲龍だ。準備とは、ぶら下げた大きな輪っかのこと。竹を輪にして、わらを巻いている。翼をたためば龍がくぐる抜けることができそうだ。 「仕上げは私だね」 ここで颯爽と存在をアピールするのは、久我・御言(ia8629)。炎龍・秋葉に乗っている。 「頼むよ、我が親愛なるパートナー」 優しく秋葉に指示を出す。 すると、炎を吐き紅明・銀助の担当する輪に火をつけた。そしてもう一回。今度は水奏・崑崙の輪っかにも。 「ははは、これこそ炎龍の炎龍たるゆえん」 手にした物見槍をぶん回して、ピタリ。派手に見栄を切る。練習中に前然に雑技団の何たるかを聞いた。彼は照れくさそうに「観客あってこそ」と言っていた。久我、基本えらそうではあるが、聞くことは聞き取り入れることは取り入れるという素直なところがある。練習も率先して指揮を執り、志気を上げ、盛り上げた。 「さあ、戦闘ののろしはこれで上がったぞ」 「よおし。それじゃ俺からだ」 引いた久我の合図に、輝夜が風を切り突っ込む。 輝夜。 可愛いものと甘いものが好きという、女性らしい一面がある。しかし、普段は男性的。性格も短い髪と同じだったり。 今、風を切り思う。 これぞ開拓者だと。 そして、大きな――龍にとっては小さな――燃え盛る輪が目前に迫った。 駆る誇鉄は、朱金の鮮やかな鱗に包まれ青い空の中でひときわ目立つ。 これがなんと、最大戦速に達したかと思うと翼を畳んだ。にっ、と輝夜が不敵に笑む。 そのまま、クリア。 「ではこちらは、僕が」 木戸崎林太郎(ia0733)が細い目に微笑を浮かべ、駆る俊龍・東の首を巡らせた。 青い大空高くに、漆黒の翼が雄大な円を描く。そして、速い。放たれた一筋の矢のようにもう一つの炎の輪に向かう。久我とすれ違う時には額で伸ばした二本指を跳ねて着火の労をねぎらった。 やがて、炎の輪。 林太郎。 用意周到な男だ。 観客の安全には気を使い、会場のチェックなどは入念にした。まさか、落下して観客に怪我を負わせるわけにはいかない。 実はヒミツであるが、方向音痴だったりする。 「‥‥東、頼みますよ」 しかし今は、東に乗っている。相棒に任せていればいい。空中という、空間認識が必要な場所でも恐れることはない。 そして、翼を畳んで見事くぐる。 「輝夜さん、もう一回」 「ああ、行くか」 ぐうーんと回り、もう一回行けると主張した。輝夜も快諾。今度は呼吸を合わせてくぐるのだった。 ほとばしる白梅香 召喚の大龍符 まだ遠い でも近い 明日への 扉を開け 地上では大空に向かって拍手喝采。在恋も歌い終わって手を振っている。 とりあえず、紅明と水奏が燃え残った輪を下ろしに奥に降り、林太郎と輝夜もそれに続いた。輝夜は誇鉄のかわいいところも見てもらいたかったようだが、今回はそのチャンスはなかった様子。 「先生、出番ですよ。頼みます」 空には、菊池志郎(ia5584)が残った。幕間のつなぎとはいえ、見せ場ですよ。 先生こと駿龍・隠逸を駆って、まずは宙返り。羽ばたくことはできないので、勢いをつけて円弧の頂点では翼を畳んで。青みを帯びた灰色の巨体が見事に大空に円を描いた。 「いやっほぅ!」 忍びの修行とは違う、逆さになる感覚。落ちないようにがっちりしがみついてすうっと血の気が引く感覚を堪能し声を上げる。 「さあ、残ってやったぞ。存分に来るがいい」 ここで近寄ってきたのが、仲間と降りなかった久我だ。なにやら的を持っている。 「ありがとうございます」 大きく旋回することで下に背中を見えやすくしてから、先生の上で倒立したり宙返りしたり小技を見せていた志郎が感謝する。 「では」 と、手裏剣を投げる。 修行で何度も繰り返した。磨いた打剣に、狂いなし。 「先生。あれ、行きます」 今度は何と、龍の背から飛び降りた。地上で響く悲鳴。 が、志郎は余裕で宙返り。 その隙に先生が機動力を生かし下に回りこんでいた。志郎、見事に着地するのだった。 ● 「さあっ、お次は地上だ」 司会の美鈴が観客の視線を誘導する。 「紅明殿、拙者たちの出番で御座いまする」 颯爽と出てきたのは、崑崙の水奏。崑崙の方は、銅鑼の音もかくやの低く重い鳴き声で主人の合図にこたえた。 まずは、水奏。手にした上長下短の理穴弓を引き絞り、低空飛行で観客の頭上を飛びまわる。流鏑馬の龍騎乗版をやるつもりだ。 「壱」 まず一枚を射抜く。騎乗射撃も揺るぎない。 「弐」 お次は、目にも留まらぬ早撃ちで、一呼吸で二枚を射抜く。おおっ、と歓声。 「参」 最後は、ごわ〜んと祝福する音も響いた。 一呼吸速射で先と同じく二枚射ちをした後、特殊な矢で銅鑼を的に射抜いたのだ。なんともめでたい演出に、観客も沸いた。崑崙も一緒に鳴いて、これまた拍手。 「行くよ、銀助!」 気合を入れて飛び立ったのは、紅明と銀助。 「あっ。餌は投げちゃダメだかんね」 美鈴の客席への注意を背に、速度を上げる。 構えるは、短弓。取り回しが良く扱いやすい。男のように短い髪だが、桃色の瞳がチャーミングな二十歳の娘。面は、引き締まっている。いや、雑技団の子どもたちのため出演するという役目に緊張しているのだ。このあたり、彼女の出自が大きく関わっているようだ。 とん・とんと、見事な騎乗射撃。腕は確かだ。 最後の銅鑼も見事に鳴らし、「ふぅ〜」。 ここでようやく笑みを見せた。チャーミングである。 「さあ、これで最後。もう一度駆け上がりましょう」 一息ついた紅明に水奏が近寄り励ます。 駆け上る、二頭の甲龍。 そこへ、足の速い俊龍二頭が寄り添っては、また旋回する。林太郎の東と志郎の先生こと隠逸だ。炎龍の輝夜と久我も寄り添ってきた。 複数の龍による演舞。 同じ種の龍で編隊を組み、鳴き声混ぜつつ上空・中空・低空と入れ替わり魅せた。 陣形などについては、志郎と水奏がこだわった。 そのかいあって、大きく・小さく、広く・時に狭くと見事な航空ショーを展開。開拓者たちも心地よく肌に大空の風を受けた。 と、ここで陣形が乱れだ。 いや、乱剣舞に入ったのだ。 「成果を見せる時が来たようだ。秋葉、私と貴様で今こそ人龍一体となって見せる時!」 久我が炎を纏わせた槍で派手に立ち回る。 「負けるわけにはいかんな」 刀「河内善貞」を抜いて輝夜が受けて立つ。 6騎が入り乱れる空中戦は、ドキドキハラハラの展開。 「‥‥ふん、やるじゃない」 見上げていたお嬢様、紫星は羨望混じりに感心するのだった。 ● そして、舞台は終わった。 司会役の重圧から解かれた美鈴は、「うにゃう〜」とパタン。チロ様が気遣ってぺちぺちと気付けの猫パンチを見舞ってたり。 紅明は、前然と話していた。アヤカシに脅かされることなく幸せでいてほしいとか、頑張ってほしいとか、そんなことを伝えたがっている様子だが、町民向けのものも含まれている様子。前然は「ああ。ここを出る前に伝えておくよ」と請け合っていた。 「空を舞う龍達のなんという壮麗な事であろうか‥‥このような機会を得られ自分は幸運だ」 久我は、うっとりと内心を言葉にしていた。どうやら話のネタ収集にいそしむ陳新にいろいろ聞かれているらしい。 「あっ、不用意にちょっかいを出すと容赦無く攻撃するのでご注意下さい」 「ふん、分かったわよ」 東に触れていた紫星は、林太郎に注意されてびくっと手を引いた。 「それより、前然とかいったわね。‥‥私も連れて行きなさいよ」 紫星はずかずかと前然に近寄ると、言い放った。 朋友演技という新たな演目が大成功したのはいいが、新たなお荷物もかかえたようで。さて、今後どうなるやら。 |