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■オープニング本文 場所は泰国、南那という土地にて――。 「敵は結構な数が流入してますね」 正規軍の駐屯天幕で、親衛隊長の瞬膳(シュンゼン)が重々しくつぶやいた。 「あの‥‥。私たちの助けた隊員さんたちは?」 横に控えていた深夜真世(iz0135)がおずおずと聞いてみた。 前回、彼女たち開拓者部隊はアヤカシ「人馬鬼(じんばき)」に襲われた正規軍偵察部隊を救い出すことに成功していた。しかし、不意打ちを喰らって壊滅寸前だっただけに被害は甚大だった。 「おかげで死者は出ませんでした。が、数人が後方送りで復帰の目処が付きません」 笑みを湛えるが、瞬膳の顔色は冴えない。 実は、あれからも人馬鬼には随分と手こずっているらしい。 南那正規軍の実働人員は、紅風馬軍と戦闘していた時期も含めかなり減少していた。 「隊長、紅風馬軍の紅風山千(コウフウ・サンセン)殿が‥‥」 「ええい、まどろっこしい。どけっ、入るぞ」 取次ぎを押し退け、ずいと色黒で精悍な顔つきの男が入ってきた。紅風山千である。 「これは山千殿、夕餉の会以来で‥‥」 「つまらん挨拶などいらん。貴様も健在でなによりだ。‥‥そこの囮女も可愛いままだな。囮として逃げ足だけは磨いとけよ」 「ちょっと!」 「口数は少ないほうが可愛いぞ。‥‥それより、いい手がある、協力しろ」 山千、口を回しながら瞬膳に向き直る。 「たしか報告では、随分とやられて駐屯地も荒らされたようで」 「ふん、敵との位置関係の問題だ。放っておけばここもそうなる」 白い面に苦笑を浮かべる瞬膳に、苦虫を噛み潰したような山千が吐き捨てる。 「ともかく、こちらの重傷者を後方に送って治療してくれ。そっちで世話になった論利(ロンリ)に聞いたぞ。隊長は底なしにお人よしで、山千のように捕虜に冷徹じゃないってな」 「それはいいですが‥‥、何と言うか」 「作戦はこうだ。敵アヤカシはこちらの駐屯地の殲滅を狙っている。そこで俺たちは大部隊を組んで、数日わざと同じ時間に駐屯地から哨戒に出る。‥‥おそらく、敵はこの隙を突いて来るだろう。ここを貴様らの最大戦力で叩け。周囲の哨戒は俺たちの部隊が責任を持って果たす。もともと俺たちは駐屯地をこまごま変えるから、もうあそこは失ってもいい。必要なものはすでに運び出して、不要なものだけで駐屯地を偽装しているから煮るなり焼くなりしてもらって構わんぞ」 山千、一気にまくしたてた。 「いいですね。戦場が特定できるのが、いい」 「だろ? 後は任せたぜ」 「では、開拓者部隊を当てます。戦術的な作戦立案も彼らに任せましょう。注文をつけるより、彼らのやりやすい戦法を採るほうがいい。‥‥真世さんには正規軍三騎を預けます。好きに使って下さい」 「ええっ? 何で私に」 「瞬膳らが開拓者を見殺しにするつもりで都合よく使ったわけではないという証明と、お前さんがそれだけ頼りにならんものの後から英雄に仕立て上げやすいというこったろう。大人しく実績を作って来い」 「何よ、それ」 「扱いやすいお人よしだということだ。大人しく祭り上げられたほうが、可愛いぞ」 にやり、とウインクしてから立ち去ろうとする山千。本当に風のような男である。 「紅風馬軍の駐屯地を留守に襲うということは、そこを狙うアヤカシの数も多くはないはずです。十人を雇えば紅風馬軍の留守部隊想定六騎、真世さんと正規軍の計四騎を合わせて対応できるはずです」 瞬膳の方は冷静に状況を想定する。これを聞いて出掛けの山千は思わず足を止め、「ひゅっ」と短く口笛を吹いて瞬膳を指差しウインクした。 「論利の言う通り、腑抜けではなさそうだな」 「それはどうも」 ともかく、駐屯地を使った囮作戦に参加する霊騎乗りの開拓者が募られるのだった。 ‥‥おや、真世がまだ何か言い足りない様子だぞ? 「何よ〜。私だって役に立つのよっ。『敵は知覚攻撃に特に弱いわけじゃない』って、前に戦った友達がゆってたんだからねっ!」 「分かった分かった。‥‥こっちも言っておくが、新型がいるかもしれんから気をつけろ。とりあえず、騎馬鬼(きばき)と名付けたがな」 ぷんすかする真世。たまには役に立つようで、言い忘れた山千の情報を引き出すのだった。 戦場は、直径8スクエア円の広場に1スクエア幅の獣道が南北に貫いている場所を中心とした森林エリア。森林では馬の移動力は激減するが、敵の移動力はそこまで落ちないとの事。森の奥は北で、敵予想進行ルートは北側から。便宜上、南の森の終りはかなり遠く、追撃という意味において敵は森を抜ける勢いでは追って来ないだろう。道は北にも南にも特に広い場所はなく、周辺にも開けた場所はないようだ。 |
■参加者一覧
巴 渓(ia1334)
25歳・女・泰
新咲 香澄(ia6036)
17歳・女・陰
瀧鷲 漸(ia8176)
25歳・女・サ
ジルベール・ダリエ(ia9952)
27歳・男・志
アーシャ・エルダー(ib0054)
20歳・女・騎
アイシャ・プレーヴェ(ib0251)
20歳・女・弓
ロック・J・グリフィス(ib0293)
25歳・男・騎
龍水仙 凪沙(ib5119)
19歳・女・陰
ヘルゥ・アル=マリキ(ib6684)
13歳・女・砂
クロウ・カルガギラ(ib6817)
19歳・男・砂 |
■リプレイ本文 ● 正規軍の天幕にて。 「よし、俺の準備いいぜ。‥‥ああ、あんたらか。色々あったけど今日は仲間って事で宜しくな」 クロウ・カルガギラ(ib6817)は、霊騎「ユィルディルン」に取り付けた手綱や騎兵の鐙などの締まり具合を確認していた。突然背後から紅風馬軍の連中に声を掛けられ明るく返事をしていた。 「そうだな」 クロウの隣でふっ、と微笑するロック・J・グリフィス(ib0293)も、霊騎「白蘭花」に乗り頷く。さらに続ける。 「山千もなかなか面白い事を考える‥‥。折角整えてくれたお膳立てだ、この期を存分に生かさせて貰うとしようか」 「言い方を聞く限り良い気はしませんが‥‥」 ロックの隣で唇を尖らせ気味なのは、アイシャ・プレーヴェ(ib0251)。 「そうそう。何か好きになれないよね〜。あのおじさん」 「ははっ。真世さんを囮女とは、山千のにーさんも失礼な物言いやな。‥‥けど、囮は囮でも俺らはプロの囮や。なぁ?」 アイシャに同調し語気を荒げる深夜真世(iz0135)。それを聞いたジルベール(ia9952)がぽんと真世の肩を叩く。 「ちょっと、ジルベールさん〜」 ああんと抗議する真世にはははと気軽に笑ってみせるジルベール。クロウのそれとない気遣いに気付いているので、ことさら明るく振舞う。 「まあ、囮の仕事、キッチリ果たさせてもらおうやないの」 「彼らが出来ない事をこちらでやってしまいましょう」 にやりとして霊騎「ヘリオス」に跨るジルベールに、霊騎「ジンクロー」に乗ったアイシャの言葉も力強い。「まあ、そうなんだけどね」と真世も霊騎「静日向」の上に収まるのだった。 一方、天幕の端では。 「なにしろ飛行系の朋友は禁止されてるからな。おとなしくしてろよ、ゲヘナ」 「桜鎧もちゃんと待ってるんだよ」 瀧鷲 漸(ia8176)がぽむぽむと連れて来た鷲獅鳥「ゲヘナグリュプス」に言って聞かせると、龍水仙 凪沙(ib5119)も甲龍「桜鎧」に留守番を告げる。それぞれの騎乗は、正規軍から借りた軍馬「ホーエンツォレルン」と「シギュン」だ。 そして、新咲 香澄(ia6036)。 「レグルス・観羅、今回もよろしくねっ!」 「私がいないと心配だからな、任せておくがいい」 軍馬「レグルス」を借り乗ったところでぱっと朋友の管狐「観羅」が肩に現れ細長い目を流して香澄を見やる。 そして真世が改めて声を上げている。 「あれ? 馬に乗らないんですか?」 「今回の様な障害物の多い限定空間での迎撃に馬は不向きだろ。‥‥じゃ、今回は頼んだぜ色男!」 へへん、と不敵な笑みを浮かべているのは巴 渓(ia1334)。色男と呼んだたのは、小脇に抱えるように抱いていた猫又「トリガー」だ。 「いやだねえ、僕の都合も考えてよ? 僕、こういう埃っぽいとこ苦手なのよね」 「ったく口が減らねえスケベ猫め!」 「え? スケベ猫ちゃんなの?」 「自称『愛の狩人』らしい。真世も気を付けなよ?」 「ともかく、移動のために軍馬は借りてくださいね」 それはともかく。 「泰は初めてじゃが、ゆっくりする暇はなさそうじゃ」 かく、とうなだれたまま獅子系アヌビスのヘルゥ・アル=マリキ(ib6684)が通り掛かった。騎乗する黒い姿の霊騎「ラエド」は彼女を励ますようにリズミカルに歩を進めているのではあるが。 「せめて、後で泰料理を味わいたいものじゃ♪」 「少なくとも、大暴れした後は真世さんの美味しい珈琲が飲めますよ」 気を取り直しじゅるりと口元を拭うへルゥの横に、霊騎「テパ」をつけアーシャ・エルダー(ib0054)がにこりと付け加える。 「ああ。後の楽しみのため頑張らねばな」 うんと濃いのがお好きなロックも微笑。 さあ、出撃だ。 ● そして想定戦場となる、紅風馬軍の駐屯地にて。 「罠師免許取得者の腕、ここで発揮させてもらいますよ」 アイシャが生き生きとして敵のやって来る北側の森林に鳴子やら細い鋼線の罠を仕掛けまくる。このあたり、悪戯好きの性癖も発揮されているようで。 「アイシャ。範囲は広いけど特に道に近い側を優先にお願いね」 「分かってますよ、お姉」 アーシャに言われるまでもなく、アイシャは「罠伏り」も忘れない。渓などが設置した鳴子などにも同様に。鋼線は首に当たる高さに設置。前回戦ったので大体分かる。 そして、天幕。 「折角ある天幕だ、有効に活用させて貰うとしようか」 「敵の動きが読みやすいよう、天幕を畳んで間隔の広い場所もつくっといてな」 ロックは倒しやすいよう天幕に細工をしている。ジルベールは要望を伝えると、自身は丸太がぶぅんと振り子のように襲ってくる罠の設置。 「ボクには観羅がいるけど、真世さんが心配だなぁ」 「しょうがねぇ、お嬢ちゃんについといてくれ。‥‥スケベ猫だが、盾にはなるだろ」 真世を不安そうに見た香澄の言葉を継ぎ、渓が蒼い猫又を投げた。「わ」とトリガーをキャッチする真世に、「やあ、お嬢さん」とか気取ってるトリガー。 「真世姉ぇ。今まで会うた敵の速度はどのくらいじゃ?」 傍にいたへルゥが聞く。 「霊騎と比べて差はないけど、小回りは間違いなくあっちが上かな?」 「前回は速さで負ける気はしなかったが、今回は森の中だからな」 答える真世に、クロウが冷静に付け加えた。 「とにかく紅風馬軍の皆さんも頼むな。親衛隊と真世さんは引き気味になるが、そっちはここにこだわりもあるだろ? 罠があるから前に出るのだけは注意してくれ」 「そうそう。真世さんと親衛隊は弓兵として動いてもらうね。常に距離を取って支援して。‥‥馬賊6人は、2人1組になって、敵1体を確実に潰してもらえれば」 「お頭からはあんたらの指示に従うよう言われている。それで動こう」 クロウと凪沙が細かく三陣営に声を掛けて回る。 「さて、と。私は護衛ということになるな」 「漸さん、前に出なくていいの?」 「まよまよは囮だろ? ‥‥それに、この方が護りやすいしな?」 漸、ぽふりと真世の頭を撫でてやる。 その近くではヘルゥがぷしゅうと頭から蒸気を上げていた。 「罠の位置も頭に叩き込んでおく、の‥‥じゃ」 「あまり根を詰めるなよ? そろそろ配置に着くぜ、ヘルゥ」 「蛮勇にならんよう、狩に至るまでの準備は怠るなと母様父様に厳しく教えられたものじゃ」 「分かった分かった」 ともかく、準備は整った。 布陣は、偽装主力の真世・親衛隊・馬軍の計十騎と護衛の漸・ジルベール組が天幕の影に見え隠れするような位置取りで中央に。北側の獣道に突出して敵の接近を知らせ誘引する囮役のクロウ・ヘルゥ組。誘引した敵に打撃を与えるべく天幕に各個潜む渓・香澄・アーシャ・ロックの四人。そして、森林部両翼に潜み誘引後後背から打撃を加え背走を防ぐアイシャと凪沙。 敵を閉じ込め全滅を図る、分厚い布陣である。 準備にも時間を掛けた。 雑談含め会話を重ね意思疎通もした。 ――あわよくば、全滅。 二十人の参加メンバーは、誰しもそう思ったろう。 まさか、あのようなことになると誰も予想し得なかったが。 ● ――ターン! 森林に銃声が響いた。さらにもう一発。 敵が接近した合図である。 「あれをかわすか!」 「人馬鬼は普通の騎馬と違って重心が違う。とにかく逃げるぞ」 ヘルゥが発射した宝珠銃「皇帝」をしまいながら呆れた声を出す。同じくフリントロックピストルをしまうクロウの方は、射程外射撃で合図として放ったので涼しい表情。とにかく馬首を巡らせる。 「『イェニ・スィパーヒ』、行くぞ?」 「おお、なのじゃ。クロウ兄ぃ」 砂塵騎の騎乗技術でクロウがユィルディルンを、ヘルゥがラエドを走らせる。とにかく走り回って攻撃し、守りは二の次という乗り方。小枝が頬を打とうがお構い無しで獣道は当然、森林内でも減速しにくい乗り方だ。 「砂漠に比べればこんな足場どうという事ないじゃろ!」 とはいえ、敵も銃弾を自然にかわすことになった前傾姿勢で追ってくる。森林内を大回りしているのもいるのだろう。鳴子が鳴っている。 「見えた、広場じゃ」 「よし。味方が攻めやすいよう、念のため高速走行だ!」 「兄ぇ姉ぇ。頼むぞ、今じゃ!」 詰められたが最後にスパッと加速し、広場に入って左右に分かれる。 そして中央に潜伏する、真世。 「来たっ!」 「よし、落ち着いて慌てるぞ」 「真世さん、俺の代わりに存分に撃ってな」 真世の叫びに、「ようやく来たか」と偽装主力に声を掛ける漸。彼女とともに真世たちの護衛についたジルベールも片手剣ドラグヴァンデルを手に指示を出す。 「あわわ、斉射!」 若干遅れた指示ながら、真世と親衛隊が敵誘引を図る一斉射撃。加えて真世と一緒にいるトリガーも鎌鼬。これで敵に狙われ、先頭が中央になだれ込んできた。 ここで、中央へ至る経路の左右にある天幕内から凛々しく響く声がっ! 「よし、今ですっ!」 姿は見えないがアーシャの声だ。 ばさーっ、と左右から中央に倒れる天幕。数体がまき沿いを食って布の下でもがいている。 そして、天幕の支柱を押し倒した人物が左右に。 ロックとアーシャである。ひらりと白蘭花、テパに乗る。 「お前も気が高ぶるか白蘭花」 「オーラドライブ発動。‥‥アーシャ、行きます!」 ふ、と微笑し白蘭花を撫でる余裕を見せるロックと、テパを駆りまずは布の下になった人馬鬼を攻撃するアーシャ。ロックがすぐ動かなかったのは後続の敵の動きを見るため。遅れて動き、アーシャに向かう敵を止めに入る。 「全てこの槍の露としてくれよう、行くぞ白蘭花‥‥ロック・J・グリフィス、参る!」 ここでさらに躍り出てくる人物が! 「さて、観羅行くよっ! 今回も頼りにしてるからねっ!」 「ふん、私がいて怪我でもされたらたまらないからな、手伝ってやろう」 香澄だ。 その肩に観羅が現れ白い尻尾をふわりとなびかせたかと思うと、煌く光となり同化。金剛の鎧である。 そして、射程が短いながら一直線を薙ぎ払う‥‥。 「火炎獣!」 ロックの支えている前線を横薙ぎにするように見舞う。一撃必殺とはいかずもこれで敵の動きはバラバラに。 「出番だな」 渓も姿を現し仁王立ち。混乱する戦場をあざ笑う。 「敵は機動力があれど打たれ弱いってのなら、俺が味方の動きに合わせて瞬脚で縦横無尽に走るだけよ!」 くわと吠えて動き出す。敵の後続も広場に入った。 本格的な攻防の始まりである。 ● さて、偽装本隊の弓術隊。 本格戦闘になり、距離をおきたいところだが、広場南側はジルベールの指示で中央部は壁のように天幕が並んでいる。 「漸さん、どっちに動こう?」 「右だな、まよまよ」 「おおきに、漸さん」 ジルベールが漸に礼を言ったのは‥‥。 「ほんじゃ、仕掛けた罠を」 右に移動しながら予め張っておいた縄を切るジルベール。すると、森の端から振り子運動する丸太が物凄い勢いで迫ってきた。真世たちはすでに森の端を南側に折れているが、敵の人馬鬼は目の前から迫る恐怖にさらされる。 「避けたんかい?」 「しかし、隙だらけだな」 直前で避ける敵に目を見張るジルベール。ただ仰け反る敵は格好の的で、軍馬から降りた漸がにやりと殺気を漲らせ瞬脚で敵の集団をすり抜けるっ! 「ここまで深ければまよまよに当たるまい」 型を取ってからがすんと一発、崩震脚。大きな胸のぶるんという揺れ具合が敵の受けたダメージみたいなものと考えればいい。 「あ、今。撃って」 「ん? あれが新型かぁ。馬から生えてるやなんて、反則やな」 漸を援護する真世とは別の場所に気付くジルベール。北口で中心には行かず両翼に開いた敵の右翼側である。漸の位置からはちょうど見えない。黒く大きな体は間違いなく、騎馬鬼。 「‥‥かわした?」 ジルベールの視線の先でそうつぶやいているのは、アイシャ。 閉じ込めのため敵の横から現れロングボウ「ウィリアム」で狙っていたのだが、騎馬鬼には当たらなかった。馬の頭が前を見て、鬼の頭が周囲を見ているので視野が広く、一体となっているので伝達と回避行動が早いようだ。 「調子狂いますね、もう」 不満を漏らしながら引き始める。愚痴交じりなのは、罠の鋼線をことごとく避けられたから。‥‥森を走るのに敵は前傾姿勢をとっているため、首を狙った高さにしたのがあだとなったようだ。 「弓騎士の戦術は相手に合わせての千変万化こそウリ。とりたてて有効でないなら別の戦術を用いるだけです」 当たりにくいなら援護に徹するとばかりに、背走し距離を保ちながら風撃で敵を惑わせる。 乱れたこの隙に詰めるは、ジルベール。ヘリオスとともに一気に前に出る。その瞳に恐れも気負いもない。なびく髪が一瞬乱れたのは刀を振ったから。 「北面一刀流奥義がひとつ」 秋水の、一瞬の斬撃。 気付いた騎馬鬼がかろうじて防ぐがこれは勢いが勝った。崩れたところにアイシャの弓が立つ。 「ここは小動物の塒ではない。獅子の狩場よ!」 囮として動いたヘルゥも、魔槍砲「瞬輝」を放ち乱入。戦術攻でジルベールと息を合わせ騎馬鬼を左右から狙う。アイシャもそれと悟り、騎馬鬼と人馬鬼の分断を図る射撃に切り替えたぞっ! 「頼む、兄ぃ」 「こういう連携は鍛えたんや!」 ヘルゥの突撃を防がせておいて、ジルベールが綺麗に横薙ぎに斬った! 「グオオオッ!」 ここで吠える騎馬鬼。 ただし、崩れない。怒りの雄叫びといったところだ。 浮き足立っていた人馬鬼の動きが、はっとしたように変わった。 ● 時は敵の侵入時に遡る。 「わはははー、面白いように引っ掛かる!」 森に潜伏した凪沙の会心の笑い声が響いている。 場所は左翼で、時は中央の天幕が倒れた後。 左に回り込んだ敵が、凪沙の自爆霊にひっかかかりまくっていたのだ。罠のあった森林内を突破した敵もいるようで、まさかここにも罠があるとは思わなかったのだろう。 「よし、チャンスだな!」 敵を誘引してきたクロウはシャムシールを抜き総崩れとなった敵へと向き直る。 ここで、真世たちとは逆に左翼側に回った紅風馬軍隊六騎馬が姿を現した。 「お、馬軍さんたちか。行くぞ!」 クロウ、乱戦大好きといわんばかりに生き生きしている。背後に指示を出し突っ込む。 「よしっ、いい感じだ! 行けっ、氷龍」 ここで凪沙も出てきて白銀の龍のような式を召還。凍てつくブレスで直線一気。これで人馬鬼三体が完全消滅した。 そして、クロウもまずは一体の人馬鬼に止めを差したのだが‥‥。 「何っ?」 叫び首を巡らせるクロウ。 この後、一体いた騎馬鬼を中心に、まさかの速い展開となる。 そして、中央。 「これでよしっ。‥‥あっ! そこの変な形の頭2つの馬ー! 私と戦いなさいーー!!」 完全に天幕に捕らわれた敵2体の止めに手間取ったアーシャが黒く大きな騎馬鬼の姿を発見。かかって来いと挑発する。 いや、その前にロックがその動きを捉えたぞ。 「塩となれ‥‥テンプルナイツトルネード!」 長槍「蜻蛉切」は騎馬鬼の盾で防がれたがその上から激しく押し込む。結果、盾が塩となって消えた。 反撃は、意外なところから受けた。 なんと、半身の状態から馬が状態を上げ足で踏み下ろして来たのだ。全体が一つの体だからこそ出来る荒業だ。 「おわっ!」 盾で防げど落馬するロック。 「くそっ!」 同じ頃、香澄も苦戦していた。 火輪で攻撃していたが寄せられ、軍馬のレグルスが人馬鬼に当たり負けしているのである。今は、人の回し蹴りのような速さで後ろ足蹴りを喰らっていた。仕方なく敗走する香澄。しかし、土地も狭くこう乱戦となってはうまく逃げ切れるか。すぐに人馬鬼も追ってきている。 が、それは誘い。反転して忍刀「風也」を奔らせるっ! 「必殺の瘴刃烈破、くらいなさいっと!」 盾で防がれるが、衝撃は走る。一騎は倒すものの、またも寄せられ力押しされる。 と、ここでどごんと人馬鬼の体がゆれ、瘴気となった。 「無事か? ‥‥敵は寄せられると厄介みたいだな」 渓である。さらに「おっ」と背拳で身をかわしてから、反転攻の蹴り。馬体の横っ腹を狙う。 「狙われたみたいだけど、観羅がいるからね」 火輪で止めを差しておいて、同体化している朋友に感謝する。 「敵が打たれ弱いのは間違いはねぇんだがなぁ」 自分も随分喰らってしまっている。が、その分戦果も上げている。瞬脚で次の戦場を求める渓であった。 ● 「そうだ。かかって来い。‥‥ほら、どうした?」 ひらめくマント。 その影から斧槍「ヴィルヘルム」が下から上から振り回される。 中央下がり気味で、軍馬から降りた漸が奮戦している。 序盤は数の違いから攻撃も喰らったが攻撃に専念した分、二騎が減り今が楽になっている。戦っている人馬鬼からすれば、じわりと漸の恐ろしさが分かってくるというところか。 と、ここでアヤカシの雄叫びが響いた。 「む?」 何と、三騎目を倒したところで最後の一騎が逃げ出したのだ。馬から下りた漸に追うことはできない。 この頃、他のメンバーも敵の逃げに気づいていた。 「へん、逃がしゃしねぇぜ?」 渓は北口へと駿脚。しかし、敵は来なかった。 左翼ではそれより先に逃げを打たれていた。 「まさかな‥‥」 クロウが、紅風馬軍を吹っ飛ばして前に逃げる騎馬鬼を見送っていた。馬軍が邪魔になって彼と凪沙に追う事は出来なかった。 「なんやて‥‥」 「真世さんっ!」 右翼でも退避行動が。ジルベールが振り返り、アイシャが叫ぶ。 「ジルベール兄ぃ!」 ヘルゥの叫びは、騎馬鬼だけ別の方向に動いたから。 「追いますよ、真世さん」 「うんっ」 アイシャはわき目も振らず真世と正規軍を引き連れ前に逃げた人馬鬼三騎を追う。 「お、何や」 ジルベールは、漸から逃げ横から出てきた人馬鬼をバッサリやり瘴気に返す。が、これでもう追えない。 一方のヘルゥは人馬鬼一騎を屠るが、横に逃げた騎馬鬼を追えず。 「これでくたばんなさいっ!」 「アーシャ嬢!」 ブロークンバロウを振り回し流し斬りで数合続いた打ち合いを制し、盾を失った騎馬鬼に止めを差したアーシャ。そしてこれを、再び馬上の人となったロックがかばう。 何と、右翼にいた騎馬鬼が見方の撤退支援のため横断して戦場の霍乱に出ていたのだ。ロック、アーシャを狙った突貫に体を入れて阻止する。 が、今度は左翼に流れたぞ。 「わ、何?」 今度は凪沙が横合いから狙われた。 もろに突貫を喰らって吹っ飛ぶ凪沙。 「くっ!」 さらに後ろを見せていたクロウに攻撃を加え、ようやく横の森へと消えるのであった。 ● 結局、南に逃げた騎馬鬼一騎と人馬鬼三騎のうち、人馬鬼一騎はアイシャの長距離射撃で止めを差した。 「う〜ん、合計二十騎弱を倒したか‥‥」 「騎馬鬼二騎、人馬鬼二騎を逃したんやなぁ」 正規軍天幕で凪沙がつぶやき、ジルベールが珈琲を傾けていた。 「‥‥苦いの」 「あ、ごめんなさい。甘い方が良かったです?」 ヘルゥの独白に真世が慌てるがこれは珈琲の味の話ではない。 「北は封じたんだがなぁ」 「まあ、待ち伏せを受ければあんなものかもな」 逃げを打つまでは読んでたんだよと悔しがる渓に、クロウが冷静に声を掛ける。 「そうですよ〜。あっさり逃げを打った敵を大暴れしてほとんど退治。スッキリしたじゃないですか」 「お姉の言う通りかもですね」 勝ちは勝ちだと明るいアーシャを見て、アイシャもクスリと微笑。 「そうそう。皆も観羅もレグルスもお疲れ様っ!」 珈琲を前にゆらゆら尻尾を振って警戒する観羅を見て癒されつつ、香澄も元気に声を出す。確かに全滅は逃したが敗戦ではない。 「私も騎馬鬼とやりたかったな」 とはいえ、漸の言う通りまだやれたのではとの思いもある。 「俺も止めを差し損ねた。‥‥次だな」 珈琲を飲みつつ闘志を燃やすロック。次があれば外さないとの、思い。 「ともかく、これで敵もはっきりしたよね」 空気を察し、明るくエプロンを翻す真世であった。 |