【武炎】泰猫とミラーシ
マスター名:瀬川潮
シナリオ形態: イベント
EX
難易度: 普通
参加人数: 28人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/09/26 18:49



■オープニング本文

●激戦の後
 血と泥に塗れた兵たちが疲れた身体を引きずり、次々と合戦場から戻ってくる。
「此度の戦は、厳しいものであった」
 雲間から覗く青空を仰ぎ、立花伊織が呟いた。
 大アヤカシと呼ばれる脅威に人は勝利を収めたが、代償は大きい。
 秋を前に野山は荒れて田畑は潰れ、村々も被害を受けた。避難した民は疲弊し、アヤカシも全てが消えた訳ではない。
「再び民が平穏な暮らしを取り戻すまで、勝利したと言えぬ」
 伊織は素直に喜べず、唇を噛んだ。
「今後の復興のためにも、今しばしギルドの、開拓者の力を借して頂きたい」
 随分と頼もしさを増した面立ちで若き立花家当主が問えば、控えていた大伴定家は快く首肯した。
「まだしばらくは、休む暇もなさそうじゃのう」
 凱旋した開拓者たちが上げる鬨の声を聞きながら、好々爺は白い髭を撫ぜた。

●その後の泰猫隊
 戦闘の落ち着いた伊織の里に、大荷物とともに二十人単位の若者たちが到着しようとしていた。
「瑞鵬、もう戦闘は落ち着いたようだぜ」
「よし。いい時期に到着したな」
 瑞鵬(ズイホウ)と呼ばれた男はうむと顎を引き、斥候役の男をねぎらった。続けて別の者を部隊の先へと偵察に放つ。
「必要なら泰猫隊の旗を掲げて戦闘の助力にも、と思いましたが、さすが開拓者」
 瑞鵬の横で顎を手にやり参謀役の錐間(きりま)が唸る。
「まあ、避難民の前で護衛し一般人でもここまでできると示して勇気づけるだけのつもりだったが」
 決して、戦いだけを求めていただけではないことを明かす瑞鵬。
 そう。
 彼らは、とある武天山中のお宿「山賊砦」を営み周囲の安全を守る義賊、泰猫隊。遠路はるばるここまで来たのは、宿の常連客から伊織の里一帯の危機を知らされ、激戦区ではないにしてもアヤカシと戦ったから。開拓者の助力もあり防衛目的を果たし一時撤退したものの、最後に振舞った「山賊焼き」などの料理に住民が喜んでくれたことを体験し、支援目的で戦地へと舞い戻ってきたのだった。
「里の周辺に固まっている人たちは非武装ですね。避難民でしょう」
 錐間が、里の外に人が集まっている場所を指差した。
「よし、そこへ行こう。‥‥いいか、俺たちは施しに行くんじゃないぞ。一緒に困難を乗り越えるため力を合わせるために行くんだ。俺たちも泰ではチンピラにまで落ちぶれて住民に迷惑を掛けていたことを忘れるな。『泰猫飯店』のおやっさんをはじめ、開拓者、村の人、たくさんの人の助力で今、義賊として胸を張れることを忘れるなっ!」
「おおっ!」
 瑞鵬の気合の声に、気勢を上げる泰猫隊の面々。
 改めて、目的地へと歩き始めた。

●その後のクジュト・ラブア
「‥‥私は、戻るのはもうしばらくしてからにします。神楽の都から離れてろとは言われましたし、もうひとつの個人的な依頼をもう少しだけ、努力してみるつもりです」
 ミラーシ座代表のクジュト・ラブアが晴れやかに言った。
 伊織の里の外れでのことだ。
「分かった。じゃ、土産話ってのは俺の方からしておくぜ?」
 クジュトと一緒にいた貸本絵師の下駄路某吾(iz0163)が、そう言って自分の胸に親指を立てる。
「いや、それはよしておいてください」
「そりゃまたどうして?」
「アヤカシの卵などという忌むべき存在を、面白おかしく土産話に、というような人物です。困らせてやった方が世の中のためでしょう」
「アンタと仲間の開拓者の仕事に瑕はつかねぇのか?」
 心配そうに聞く某吾。
 話ははしょるが、これは問題はない。
「じゃあ、私は『東堂俊一』という人物を探してこの手紙を渡すとしましょうか」
 こうして、クジュトと某吾は分かれた。

「‥‥確か、戦場が違ったということでしたね」
 改めて、藤堂俊一の人となりを見定めるため出発したクジュト。
 が、伊織の里を出たところで足を止めた。
「はいよ、米をどんどんといで」
「炭火はもう良い按配ですよ」
「おう、さすが奥さん方は手際がいいな」
「よ〜し、泰猫隊の旗を立てろ」
「わあっ、へんな猫ちゃんの絵〜」
「いいだろ、お嬢ちゃん? 『泰にゃん』っていうんだぜ」
「かわいい〜」
 妙ににぎやかだった。
「あの‥‥。この騒ぎは一体?」
 思わずクジュトは近くの人に聞いてみた。
「ああ。泰猫隊っていう義賊が、着の身着のままで避難してきた私たちに食事を振舞おうとしてくれてるんですよ」
 聞いた男は、塗れて泥の付いたままの服を着て、疲れ果てていた。
 それでも、これから起こる賑わいを期待してか、汚れた顔を輝かしていた。
 腹が空いているのだろう。料理ができるのを心待ちにしているようだ。そわそわもしている。
 でも、ほかにすることもない。
 これだけ、人が集まっているのに。
「良い、義賊ですね」
 クジュトは心の底から微笑み、思わずハープを持ち直した。
 ぽろん、と清らかな音が響いた。
 瞬間、ここに集まった避難民の視線が集まった。
「‥‥元気が出る、明るい曲の方がいいですかね?」
 何とクジュト、ハープをしまった。
 代わりに、両手を掲げて手拍子を始めた。
 しゃんしゃん鳴らして人々の合間を回遊。太股を叩いたり肩を叩いたりして音を変えて踊りながら。
 ボディ・パーカッションである。
 周りの人も乗り始めた。
――そして、戦った開拓者たちもこの騒ぎを聞きつけ、思わず足を止めたり賑わいの輪に飛び入ってくるのであった。


■参加者一覧
/ 羅喉丸(ia0347) / 柚乃(ia0638) / 礼野 真夢紀(ia1144) / 瀬崎 静乃(ia4468) / からす(ia6525) / リューリャ・ドラッケン(ia8037) / エメラルド・シルフィユ(ia8476) / 和奏(ia8807) / フラウ・ノート(ib0009) / ニーナ・サヴィン(ib0168) / リスティア・サヴィン(ib0242) / 十野間 月与(ib0343) / 无(ib1198) / リア・コーンウォール(ib2667) / 蒼井 御子(ib4444) / シータル・ラートリー(ib4533) / リンスガルト・ギーベリ(ib5184) / リィムナ・ピサレット(ib5201) / ヴァスクリセーニエ(ib6623) / ニッツァ(ib6625) / スゥ(ib6626) / パニージェ(ib6627) / スレダ(ib6629) / ヴェール(ib6720) / サフィリーン(ib6756) / シャハマ(ib7081) / 朧月 (ib7666) / 歪月(ib7674


■リプレイ本文


 雨が上がった伊織の里付近。
 往来には、戦場から引き上げる者や伝令に走る者などが交差していた。
 そんな人影の中、黒い三角帽子が揺れた。
「ふうっ。酷い雨に激しい戦闘だったな」
 親指で押し上げる帽子のつばから現れたのは、いかにも楽しいこと好きそうにくりくりっとした緑色の瞳に、いかにもよく動きそうな口の端。
 狐の獣人、蒼井 御子(ib4444)である。
「ん‥‥?」
 その瞳が、さっそく楽しそうなことを発見しましたよ?
 視線の先では、多くの人が集まって荷車がおいてあって小さな天幕を張って、その前で金髪の誰かが踊っていた。
「少し骨休めに旅に‥‥なんて思っていたのだケド‥‥なんだろ? アレ」
 ほへぇ、と口をあけてしばらく眺める。
――ざざっ、とんとん。ぱん、ととんたたん‥‥。
「ボディ・パーカッションっていったっけ?」
 さらに、踊っていることがわかる。
「楽器を使わずに演奏、なんて面白いねぇ‥‥」
 ぱああっ、と晴れやかになる御子の顔。自分も、ぱさ・ぱさっと手で外套を払ったりして音を出してみたり。
「ボクも行こう」
 次の瞬間には、輪に加わろうと帽子を押さえて駆け出していた。積極的な女の子である。

 時を同じくして別の場所。
「はぁ。‥‥雨の中、しかも夜中に戦闘って。アヤカシも、もーちょっと考えてほしいわよねー」
 豊かに波打つ長い金髪の乱れや白く艶やかな肌の張りを気にしつつしょぼしょぼ歩いているジルベリア風の女性がいた。
 ニーナ・サヴィン(ib0168)だ。
 旅行が好きで埃にまみれるのは慣れているが、敵との戦闘が原因となると話は別。
「乙女のヤワ肌とツヤ髪にキズがつくじゃない」
 ぶつぶつ言いながら激しかった戦闘を振り返り、また不満がわいてくる。
 と、その不満顔が好奇の色に輝いた。
「‥‥あら? あの目立つ外見。クジュトさんじゃない」
 見ると、同じミラーシ座のクジュト・ラブア(iz0230)が踊っていた。
 長い金髪をなびかせ軽やかに横移動したかと思うと、ざざっ、ぱんぱん。
「わ。わ。なんだか楽しそう♪」
 ニーナ。一目でボディ・パーカッションだと理解しうずうずしのたあたり、吟遊詩人である。早速最前列に陣取りガン見する。
「これはお久し振り」
 と、クジュトの視線。ニーナさんもどうぞ、といわんばかりにくるっと回った。
「座長が踊ってるんだから、お手並み拝見♪」
 周りでは手拍子が起こっている中、これにも乗らずにこにこしているニーナだった。

 そして、ちょうどそこに女性の二人連れが通りかかった。
「あら、泰猫隊のみんな?」
 両手を胸の前で組んで足を止めた背の高い女性は、十野間 月与(ib0343)。
「月与さん?」
 隣で怪訝そうにしている背の低い女性、礼野 真夢紀(ia1144)がかくりと首を傾げた。
 見ると、「山賊焼き」の幟旗が掲げられている。
「間違いない。こんなところまで遠征してきてたんだ」
 ぱああっ、と笑顔が輝く月与。思わず駆け出す。
「あれ。アンタは確か、寝床を整える秘訣を授けてくれた姐さんじゃねぇですかい。‥‥懐かしいなぁ。お元気でしたか?」
 天幕に近寄ると隊の一人が気付き、米をとぐ手を止めて笑顔で応じた。
「嬉しいのはこっちだよ。‥‥あ、紹介するね。こちらはまゆちゃん」
「お知り合いですの? ふんふん‥‥じゃあまゆも手伝いますの」
 月与は付いて来た真夢紀を紹介すると、当然のように手伝い始めた。こういうのが嫌いではない真夢紀も早速動き始める。
「姐さん、今日はあっちの賑やかなほうでのんびりしてくだせえ」
「何いってんの、あたいも手伝うよ。温かな食事と気持ちで、元気になって貰おうじゃないさ」
 月与、威勢が良い。
 ここまできて振舞う彼らの心意気が嬉しいのだ。にこ〜っと微笑が絶えない。体もついつい動いてしまう。
「あ」
 ここで自らの格好に気付く。鎧を着たままだ。慌てて武装を解く。
 もう、武具は必要ない。


 開拓者たちは、過去にない激しい合戦で疲れていた。
 次々伊織の里へと帰還してくる。
「もふ?」
 篭城する羽目になり心身共に消耗してとぼとぼ歩いていた柚乃(ia0638)は、抱えたもふらさま「八曜丸」の声で我に返った。
「あれ‥‥なんだろうね? 行ってみようか? 八曜丸」
 閉じ込められててちょっと気が滅入っていた柚乃だったが、ふわっと瞳が大きく見開かれいつもの生き生きした様子を取り戻した。
 見詰める先は、賑やかで楽しげ。
 抱いた八曜丸も体を揺すってねだっていた。
 誘われるように、足はそちらへふらり――。

「ふぅ」
 聖十字の盾を持ち、豪華な飾りの剣を腰に帯びた戦士が歩いている。
「エメでも疲れることって、あるのね〜」
 隣を歩く赤毛で白装束の吟遊詩人が軽口を叩いた。
「な‥‥。私とてそういう時もある」
「ごめんごめん」
 戦士がエメラルド・シルフィユ(ia8476)で、吟遊詩人がリスティア・バルテス(ib0242)。今日も今日とて仲が良い。というか、リスティアの方は元気良く返してくれたエメラルドに感謝している。自分だって疲れていたのだ。さりとて、通夜のような雰囲気は性に合わない。
 ここで、輪の中で一人踊っている人だかりに気付く。
「あらら‥‥、座長じゃない」
「クジュト? ‥‥やれやれ、お前も疲れているだろうに物好きな」
 二人ともクジュトと同じくミラーシ座の一員である。
「‥‥だが、悪くない。ティア?」
「行ってみる?」
 ふうっ、と溜息をついたが顔を晴れやかに上げる連れの反応がうれしい。リスティア、バイオリンを取り出し元気も出てきた。
「うむ」
「ふふ。‥‥さあ、エメラルド、いくわよ!」
 そのさま、正に安らぎへと飛ぶ白い鳥。
 両手を広げセイントローブをなびかせ軽やかに走り出すリスティアを、エメラルドが追うのだった。

 さらに、幟に気付く者も。
「うむ?」
「どうしたの? リンスちゃん」
 いま立ち止まった女の子二人組は、背中にちっちゃな黒い羽のあるリンスガルト・ギーベリ(ib5184)(以下、リンス)とリィムナ・ピサレット(ib5201)。
「あれに見えるは泰ニャンの旗印!」
 真剣な眼差しをする、大好きな親友が指差す先を見るリィムナ。そこには‥‥。
 何と、耳出し頭巾に槍を持ち直立した山賊っぽい猫がゆるゆるな筆致で描かれた幟が立っていた。
「ええっと、あれは確か‥‥」
 そう。リンスの絵である。リンスこそ、泰ニャンの作者だったのですっ!
「と、とにかく何か炊き出ししてるね?」
「よし、まずは合流して皆を励ますのじゃ!」
 絵の感想は避けたリィムナに、思わぬ知人との出会いに喜ぶリンス。
「よーし! リンスちゃんを応援してあたしも皆を元気づけちゃう!」
 生き生きするリンスが嬉しかったのだろう。リィムナもノリノリに。
 早速、泰ニャンの旗の下に集うべく駆け出すのだった。

「おや‥‥」
 无(ib1198)は、すれ違うようにリンスとリィムナが駆け抜けたことで気付いた。短い黒髪を鳥の巣のようにぼっさぼさにした、書生風の男である。目付きは鋭いが、賑わいに気付いて浮かべる微笑には優しさが浮かんでいる。
 と、その顔の横に管狐の顔。尾無しのナイである。鳴くことはないが、リズム良く揺らした顔が楽しそうだ。
 これを見て、无もくるりと向きを変えるのだった。

 そして、リンスとリィムナはまだ走る。
「‥‥」
 瀬崎 静乃(ia4468)はそのつむじ風に思わず振り向く。そして、やはり泰猫隊やクジュトに改めて気付いた。
 無言。
 何も喋ることなく吐息のみ。でも、目元が笑みで緩む。
 彼女も導かれるように賑わいへ。
 ただ、彼女の場合は少しだけ方向が違ったが。

 それだけではない。
「まぁ♪ 中心にいるのはクジュトさんではありませんか」
 穏やかに笑みを浮かべるのは、先の依頼で彼と同行した好奇の知識人こと、シャハマ(ib7081)。「まだこんなところにいらっしゃったのね」とか言いつつ、あまりに楽しげなので近寄ってしまうのが彼女らしい。
「へえっ♪」
 クジュトのステップを見てうずうずしているのは、小麦色に焼けた肌でキラキラしたバラージ姿のエルフ、サフィリーン(ib6756)。
「ちょっぴり疲れてるけど、大丈夫」
 好奇心旺盛なところをみせ、合戦の疲れも見せずに人の輪に加わりに駆け出すのだった。


 さて、ニーナ。
「‥‥う」
 クジュトが踊りつつリズムを取る様子に、思わず腰を浮かせていた。近くでは子供が立ってぴょんぴょん跳ねている。それを見たニーナもそわそわ。踊りに加わらずにいると心に誓っていたが、楽しいこと好きの血が騒ぐ。
 一方のクジュトは、肩を波打たせ腰をくねらせながら横移動。ぱちん、ぱちんと指を鳴らしてリズムを取りながら。
 そして、じっとニーナを見詰めてウインク。
 明らかに誘っている。
「えぇいもうっ。クジュトさん助けてあげるっ」
 ついに飛び出すニーナ。
 クジュトと一緒に腰を揺らしながら横移動。
 いや、それだけではない。
 シャンシャン、と音がする。
「ボクも交ざるよっ」
 何と、御子もブレスレット・ベルを装着して続いている。口笛を吹いて全体の音に奥行きを加えながら。
「私も加わる〜」
 サフィリーンも肩を波打たせ合流する。
「エメ?」
「‥‥野暮は言うまい」
 リスティアとエメラルドも入り、腰をくねらせ横移動。
「俺もっ」
「私も〜」
 これを見て、わあっ、と一般の子供たちもついてきた。前日からじっとしていて、体を動かしたかったのだ。
「そういや、今年は盆踊りどころじゃなかったのぅ」
「知らん踊りじゃが、まあついて動けばよかろう」
 何と、大人たちまで立ち上がった。
 クジュトはこれを見て、にっこり。
 ざっ、ざっ、ば・ばっ! と足を力強く踏みこんで両手を交互に天に突き上げる。
 それに合わせ、ニーナが、御子が、サフィリーンが、ティアが、エメが、そして避難民たちが、一拍子遅れて同じ動きをする。
「そうっ!」
 クジュト、乗ってきた。「次は反対」と今来た方向にステップして、同じ動き。一拍子遅れて、全体も逆に動いて同じ動き。
「今度は前!」
 指をぱちんぱちんと鳴らしつつ、今度はすたすた気取った風に前に歩き出す。
 後には、開拓者が両翼に位置しつつ前に。ぱちん、ぱちん。避難民たちも前進。
 何と、クジュトを中心にV字型の隊列が自然にできた。皆、指をぱちんぱちんと鳴らしている。
「まったく、楽しそうなんだから」
 ここで、シャハマもつられてステップしながらイン。一緒に仕事をしたばかりの仲で、肩をくっつけウインクして挨拶し、位置につく。
「ハゥ!」
 今度はクジュト、奇声を上げて景気づけてから腰を落とした後両手を広げつつ爪先立ち。全体が波のようにこの動きを模倣する。そして横を向いて斜め上に突き2連発。今度は逆。ばっ、ばっ、と音がする。
「こりゃ珍しい」
「盆踊りのように一列とは限らんのがええ」
 見ていたお年寄りたちは、手拍子をしながら喜んでいる。
 屈託のない笑み。
 昨晩からの、不安から開放された瞬間でもあった。


 泰猫隊の炊き出しも、乗ってきている。
「月与さん、炊き出しに使った味噌や醤油の調味料ちょっと残ってましたよね? お鍋に使えませんか?」
「そうだよね。少しでも美味しく、お腹一杯食べるならごった煮がいいよね?」
 厨房を兼ねる天幕で、真夢紀が荷物を解きながら声を張った。月与が笑顔で応じる。
「ありがてぇ。こっちも引いてきた荷車にゃ鳥を多く入れてるだけで鍋のまではできなかったんだ」
 泰猫隊の面々もその手筈で動き出す。
 と、その時。泰猫隊リーダー、瑞鵬の手が止まった。
「よう、久し振りだな」
 顔を上げると、そこには竜哉(ia8037)がいた。相変わらず引き締まった面をしているが、口や目の端が優しく緩んでいる。
「竜哉さん、貴方もこちらに? 泰で一緒に戦って以来で」
「元気してたか? ‥‥聞き覚えのある声がしたんで来ただけだが、まあ、来たからには、な」
 手伝う、とも言わずそれが当然のように手伝い始めた。
「聞き覚えはないが、まあ、来てしまった以上はということさ」
 いつの間にか竜哉の隣に黒い少女が現れ、作業を始めている。
「よろしく」
 大きな赤い瞳に笑みが宿る。一瞬、に、と微笑むと当然のようにおにぎり作りを手伝い始めた。
「こりゃー、あたしも手伝うしかないわねっ!」
 今度は背後から元気な声。
 瑞鵬が振り返ると、フラウ・ノート(ib0009)がいた。
 えへんと言い放った後、賑やかに作業する様子を見て、「わ、楽しそ」と両手をぐーにして胸の前で合わせ膝下ブーツを履いた左足をレの字に跳ね上げる。
「というわけで‥‥」
「ボクたちも協力させていただきますわ♪」
 フラウの右にいたリア・コーンウォール(ib2667)が胸の前で両腕を組んで頷き、同じく左にいた赤い頭巾のシータル・ラートリー(ib4533)は右拳を口元に当ててくすくす微笑している。
「別に良いわよね♪」
 えへ、と泰猫隊のメンバーの間に割り込むフラウ。何やらとってもゴキゲンだ。「あらあら」とシータルは笑顔。
「フラウ殿、猫と遊んでいる時のようにゴキゲンだが、彼らは猫ではないぞ?」
「わ、分かってるわよ〜。別に、猫さんたちがたくさんいるとか、幟の猫の絵がかわいかったからとかじゃ‥‥」
 リアの突っ込みに、にゃっ、と赤くなりながら応えるフラウ。
「ま、賑やかなんでそれでいいぜ? 俺たちゃよ」
「そうよね♪ はい、リアさんは私を手伝ってね」
「では、ボクはこちらに」
 すんなり溶け込む友人二人を頼もしく思うリアだった。もちろん、自分はフラウを手伝うことで輪に溶け込むのだが。
 と、ここで思わぬ問題が発生する。
「瑞鵬、ちょっと」
 泰猫隊の知恵袋、錐間(きりま)が慌てている。
「まずいですよ。人が集まりすぎている」
 クジュトだけでなく、避難民を巻き込む踊りは酷く目立ち、ひとまず平和が戻ったと知り心が落ち着き今度は明るい何かを求める多くの人を集めているのだった。


 時はわずかに遡る。
 場所は賑わいの外。
「あれは‥‥クジュトさんか?」
 一人の男が予想もしない騒ぎを目にし足を止めていた。「武をもって侠を為す」を心に誓う男、羅喉丸(ia0347)だ。よく見ると、開拓者が一緒に踊り、調理を手伝っていることが分かる。
 もしかしたら、彼の得意な世界ではないかもしれない。
 彼としては、激しかった合戦で体を張った。戦闘が第一目的でなくても動く。偵察任務でクジュトを守りつつ森を巡った。これらが、彼の活躍すべき場所なのかもしれない。
「楽しそうではある」
 先をせかすような風に吹かれたが、吐息をついて首を振った。
 あの、羅喉丸さん。そちらは戦場ではありませんよ?
「今、目の前に広がっている光景を守れたと言うのなら、これよりも嬉しく、誇りに思える事はないな」
 つぶやき顔を上げて、風と別れ賑わいへと向かう。
「クジュトさんや、あの時の仲間もいることだしな」
 それも理由の一つらしい。義に厚い男である。

 さらに、別の場所。
「でもまあ、皆無事で、よかった」
 たたたっと先行し紫色の長く艶やかな髪を振り撒いてくるっと振り向いたのは、ジプシーのスゥ(ib6626)。腕を広げたことでバラージドレスの裾が舞い、手に残る金色のうころが煌く。瞳の金色と合わせ、夜の満月のような蛇の獣人女性である。
「悪かったな。篭城しっぱしで」
 知らない人が聞けば機嫌悪そうにしか聞こえない様子で話すのは、パニージェ(ib6627)(以下、パニ)。黒い印象で、静かな夜を連想させるような男だ。
「なんや、パニさん。引き篭もりっぱなしでさらに暗〜くなったんちゃうか?」
 にまっ、と目をつぶったように笑いつつパニに絡むのは、エルフのニッツァ(ib6625)。とはいえ、何時だって目は細い。あるいは、人生は楽しむものだと理解しているのかもしれない。緑の印象は森を思わせる男である。
「代わりにニッツァが篭城すりゃバランスよかったんじゃねぇか?」
 ははっ、と笑うのはジプシーのヴァスクリセーニエ(ib6623)。スゥは双子の妹で、彼の方は手などに銀色のうころがある。髪の色は同じだが瞳が銀色で、こちらは夜の三日月のような蛇の獣人男性だ。
「あいた。ヴァスも言うやん。でも、俺は俺やな」
「同じく、俺も俺だ」 
 明るく言うニッツァ。パニはぼそりとつぶやき、さらに聞こえないように「元より孤の身。野良犬さ」と吐き捨てる。
「‥‥皆怪我が無くて何よりです。特にパニ兄様は篭城、お疲れ様だったですよ」
 じとっ、とこの騒ぎをやぶ睨みするのは、魔術師のスレダ(ib6629)。そのわりに出てくる言葉は優しい。毒舌な時もあるが、常に書物を手にする方眼鏡の様子から、湧き出す知恵の泉といった印象のあるエルフである。
「そうそう。ケンカは駄目よ?」
 元気な仲間の様子に、ロッドを抱いてほわわんと言うのは、巫女のヴェール(ib6720)。被ったヒジャブから出る黒い犬耳が示すとおり、犬の獣人女性。ほんわかした性格を示すようにほわほわした表情と桃色の髪から、見るものに砂漠の果実を思わせるかもしれない。
「まあまあ、ケンカできるほど平和やっちゅうことで」
「‥‥あら? なんだか賑やかだわ」
 ニッツァがさらに軽口を叩いたところで、ヴェールが赤い目を丸めた。クジュトを先頭に、多くの人が派手に踊っている。
「何? ‥‥賑やか、楽しそう♪」
「へえ。ああいうのって俺達向けだよな?」
 スゥとヴァスクリセーニエも晴れやかな顔をした。
「何や何や、えらいおもろそうな事しとるやないか。こーれはデニの本領発揮ってとこやろか?」
「せっかくですし、私達も何かやるですか?」
 ニッツァも乗り気。スレダが皆を見た。
「よし!」
 皆が頷き合い、駆け出すキャラバン「デニ ニデーリ」のご一行。
 おや、パニが残っているぞ?
「此処に在るのは己自身。踵を同じくする訳は、隊商としての義務か、契りか。或いは‥‥」
「パニ!」
 物思いに沈んでいたが、先に行ったはずの仲間が立ち止まって待っている。彼らとは何時から行動を共にしだしたか思い出せない。それだけ自然にここにいる。もしかしたら、自分に似たものを感じたからか、特有の温もりを知ったからか。
「‥‥馬鹿な。元より孤の身、野良犬であろうに」
 やれやれなど言いつつも、デニの仲間を追い駆け出すのだった。


 時と場面は、戻る。
「確かに、これだと食料が足りんな」
 天幕で瑞鵬が焦りの色を見せていた。
 見詰める賑わいにはいま、「デニ ニデーリ」一行も入ってさらに盛り上がっている。避難民参加型だったのが明らかに受けている。他の避難民の集団もこちらに合流するという始末だ。もう、開拓者が差し入れした食材を合わせても不足するのが火を見るより明らかとなった。
 それでも、作業は続いている。
「まゆの実家よりちょっと離れた所に、同じようなノリのお食事処あるんですけど、そこのお握りもおっきくて具もたっぷりで、似てますよ」
「だからまゆちゃん、手馴れてるのね」
「月与の姐さん、ごった煮で味の方は大丈夫ですかい?」
「大丈夫、食材を見ながら味は調えるからさ」
 真夢紀と月与が、泰猫たちと楽しくやっている。 
「山賊焼きというのも手伝いたいが、レシピなどは?」
「すまねぇが、タレは秘伝なんだ」
「それだとちょっと自信がないですね‥‥」
「いや、あんた手先が器用そうだから大丈夫だよ」
 からすの問いにばつが悪そうにする泰猫。その隣で山賊むすびを綺麗にこしらえていた和奏(ia8807)が不服の声を上げるが、不幸にも泰猫たちは彼が手本なしでは途端に壊滅的になることを知らない。
 とにかく、そんな感じですでに山賊むすびは量産されていた。
「待て」
 ここで、瑞鵬は決断した。
「山賊むすびは四つに割って出してくれ」
「おい、瑞鵬。そりゃないぜ」
「山賊むすびにしても山賊焼きにしても、豪快な大きさでわざと手や口が汚れるのがいいってことでやってきたんだぜ。それをいまさら‥‥」
 途端に、泰猫隊から不満が上がる。身分の違いなく、作法を気にせず砕けた様子で食べるのが持ち味だったはずだという主張である。
「しかし、量が足りなくなる」
「貰った人が分け合えばいい。それで触れ合いも生まれる」
 瑞鵬が言っても間違いではない反論が返ってくる。
「あら。なるべく不公平の無い様に配給するのも努めですわ。‥‥そうでなかったら、ここにもちゃんと配給があったはず」
 にっこりと、シータルが口を挟んだ。伊織の里から配給があったかどうかはともかく、だからそこ泰猫隊は里の中心部には行かなかったのだ。皆が押し黙る。
 ここで、竜哉がぼそりとつぶやいた。
「それはともかく、老人も子どもも多い。‥‥材料の類は細かく切った方が良いかもな、喉に引っかかる事があるからさ」
 この一言は、効いた。
「そうだ、な。ここは山賊砦じゃねぇ」
「た、食べる人を思いやらないとな。ここはひとつ、竜哉の兄ぃさんの言うことを聞いておくぜ」
 どうやら問題は解決したようで。
「むすびは小さくでいいが、山賊焼きはどうする、瑞鵬?」
「普通の焼き鳥のようにする。竹を切り出して串を作ってくれ。俺は鳥をしめてる班に変更を伝えに行く」
「ちょっと」
 ここで、竜哉が瑞鵬に掛け合った。どうやら「白湯」を先に配り、埃などで痛んだ喉を潤してもらおうとしているらしい。
「分かった。頼みます」
 ここで、无もやって来た。
「じゃあ、それができるまで私は友人に城へ届けてもらった『命の水』を配っておくことにしよう」
 どうやら无は篭城組だったようで、仲間に差し入れしてもらった水やヴォトカに誇りを持っている。逆に、困ってない時に飲むのもなと思っていたようで、ここぞ仲間の思い遣りを生かすときと思いついたようだ。
「はい、おにぎりはできたわよ〜っ。次々できるから、順番にねっ☆」
 そうこうするうち、フラウが猫のように伸び上がって明るい声を張っていた。
「ここに二列に並んで、不公平のないよう配りますから。‥‥はい、どうぞ♪ 食べてくださいましね」
 シータルがにこにこ笑顔で手渡している。
「どうぞ♪ ゆっくりと。‥‥あ、いや。その、怒ってないからな?」
 彼女の隣で配給していたリアは、真面目すぎた。使命感に燃えたのはいいが、その燃えた顔のまま子どもに手渡してしまったのだ。途端に泣き出す子ども。慌ててしゃがみこみ、頭を撫でてやるリア。本当にすまないと思ったようで、ここで表情に力が抜け笑顔が戻った。


「ふうっ。配給が始まりましたか」
「よお、クジュトさん。こっちだ」
 人の注意が配給に行き、一区切りついたクジュトが汗を拭うと、羅喉丸が近寄ってきた。
「羅喉丸さんも戻ってなかったんですね。‥‥それにしても、踊りに加わってくれなかったのは残念です」
「見ているだけでいいんだよ」
 優しく羅喉丸が言う。
「合戦で戦い、守れたもの。それを眺めることができる。‥‥何よりの報酬だな」
「なるほど」
 クジュトが破顔したのは、羅喉丸の表情が輝いていたから。いま踊った人たちの輝きと同じだ。
「クジュト〜♪」
 ここでリスティアが駆け寄ってくる。エメラルドも一緒だ。
「助かりましたよ、ティアさんにエメさん」
「こちらは大困りだ」
 やれやれ、とエメラルド。
「ノセられただけだ。二度とやらんぞ」
「何よ。踊ってる最中、『私はミラーシ座舞妓、エメラルド・シルフィユだ』とかつぶやいて‥‥」
 こらっ、きゃ〜、とかエメとティアがやってるうちに、またやって来た者が。
「クジュトさん休憩は程々にね。給仕は全員にすぐってわけじゃないし、見た目が華やかな人が舞わなくちゃ盛り上がりにかけるわよ」
 ニーナである。
 今度は自分がクジュトにウインクして、楽器を手に駆けて行く。
「まだまだ私、いけるわよ。笑顔だって、ほら」
 今度はサフィリーンがウインクして、ニーナとは別の場所に走っていく。
 両手を空に掲げ、すっと皆に差し延べて「さあ、立って」。リズムに乗って、また周りの人を巻き込んで踊り始める。
 リズムは弾む鼓動と一緒。
 見開いた目が雄弁に人々に呼び掛ける。
 そして回転。腕は伸ばして。
 ふわり、シャララと。ヴェールが、アクセサリーが‥‥。
 手拍子でさらに乗るサフィリーンが瞳を閉じたそのずうっと後ろ。
 ニーナがクーナハーブで踊りつかれた人に演奏をプレゼント。
 明るい曲、楽しい曲、懐かしい曲‥‥。
 はっと見上げたニーナ。風が舞っている。
 くるっと木の葉の行く先は‥‥。
 シャハマが靴を鳴らしてステップ・ステップ。
 子どもたちの手を取り一緒に踊ろうとするが‥‥。
「あらっ。疲れたの? じゃあ」
「ボクも手伝うよ」
 くすくす、と笑ってタロットを取り出す。数字を使ったカード遊びをするつもりだ。何やら心躍るのは、竪琴を持った御子がシャハマの後ろについて演奏し盛り上げているから。こっそり精霊集積も使ったり。

 場面は再び、クジュト。
「皆さん、凄いですね」
 もう止まらない盛り上がりに息を飲む。
「エメ、もう一回行くよ」
「こらティア、私は聖職者で‥‥」
「そうですね。行きましょう」
 エメ、ティアとクジュトに連れられ結局踊る羽目に。


 さて、「デニ ニデーリ」の面々は?
「わあっ、すごぉい。ここにいるみんなが、音楽に包まれてるみたい」
 身を乗り出すのは、ヴェール。彼女の言う通り、さまざまな所で歌い、踊り、遊び、食べているざわめきが一つのリズムを生み出していた。
「あんたらも楽士さんですかい?」
 そばにいた避難民が聞いてきた。
「そうよ。‥‥にぇっ、パニ達も踊ろ?」
 とたん、とスゥがステップして前に出た。
 す、と差し出し伸ばした指先。肩を上下させふた呼吸置いてから泳がせる。袖がひらめく。続くステップは上機嫌。
「よし。‥‥今日は金は要らないよ」
 彼女を見て、双子の兄・ヴァスクリセーニエも前に出た。
「俺も、ただ踊りたいんだ」
 最初だけ力強くステップ。言葉の強さに合わせただけ。後は、スゥと一緒の華麗な舞い。
「にぇとスゥ、双対の舞いを‥‥デニの夜宴を魅せてあげる。今日は特別‥‥だよ?」
 にこ、とスゥの魅惑的な笑み。
 砂漠の夜の満月と三日月を思わすような二人。深い紫の長髪が巴のように舞い踊る。アクセの輝きは星の煌き。観客も口笛を吹いて手拍子始めた。
「ほらニッツァ、笛は‥‥音はまだ?」
 スゥに呼ばれたニッツァは、周囲を渡り歩いて小鳥の囀りをしていた。開演を広く知らせていたのだ。
「ほいほい。‥‥さーて皆様お立会い。キャラバン『デニ ニデーリ』の自慢の姫様方の舞を特とご覧あれ♪」
 ニッツァが横笛を構えて本格的に演奏に。体全体でリズムを取るのはいかにもこの陽気な男らしい。
「ふふん、流石キャラバンが誇る踊り子に楽士ですね」
 三人を見て、リズムに合わせ鼻歌でゴキゲンなのはスレダ。
 が。
「‥‥って?!」
 観客が、「あんたも一座の仲間でしょ?」みたいな期待の眼差しで見ている。
「し、しゃーねーです。今日は特別に歌ってやるですよ」
 小さな体のスレダ。すうっと息を吸い込む。
 次の瞬間、清らかな歌声が響いた。
 いや、渡った、というべきか。
 スレダを少し知るものなら、普段毒っぽい口からどうしてこんな美しい声が出るのだと疑うだろう。
 この歌で、一座全員の目元が緩んだ。疑いもなく、自慢の一つである。観客もさらに引き込まれた。
「大好き。‥‥レダの歌も、ニッツァの楽も、ニエとスゥの舞も」
「ほら、ヴェール歌ってる? 歌ってないなら踊りに誘っちゃうから♪」
「あん」
 ほわわん、と胸の前で両手を組んだヴェールの元に、アドリブで対を崩したスゥがくるっと寄ってきた。そのまま手を取り踊りに引きずり出す。
 さて、パニージェは?
「よお、飲め」
「ああ、すまん」
 酒を配っていた无から竹を切った器を貰い、中の酒をぐびり。
「パーニ?パニさんや?お前も何ぞせんかいな? レダも珍しゅう歌うてんのや」
 ハープに切り替えたニッツァが突っ込む。
「パニも、楽し?」
 今度はスゥがくるりと寄って来て上目遣いで。
「俺は、護衛役だ」
「‥‥仕方ない」
 无は見かねて短刀を構えた。
「‥‥やれやれ」
 観念したパニージェは手拭い「竹林」を構え无と演舞を始めるのだった。


「よし、食材も随分減ったし並ぶ人も減りつつある。皆さん、頑張ってください」
 天幕では、一番の忙しさが去ろうとしていた。
 炭火の焼き鳥はほぼ焼き上がり、ご飯ももうすべて炊けている。月与と真夢紀のごった煮も随分減った。
「ほい、完成っと。よろしくね〜♪」
「おっと、フラウ殿。すまなかった」
「どしたの? リアさん」
 真夢紀から渡された椀に刻みネギを載せてリアに渡したフラウが、ぼーっとしていた友人に首を捻った。
「いや、な」
 リア。まさか演奏や踊りに見とれ「人というのは強いものだな」などと思っていたとは口が裂けても言えない。
「体調を崩さない様に気をつけてくださいね。これから寒くなりますから♪」
 その隣では、シータルがほっこり温かいごった煮を渡しつつにこにこと。それにしても被った赤い手拭いが似合う。
「よう。鳥は全部しめちまったから、今度はこっちが手伝えるぜ?」
 別の天幕で作業していた泰猫隊が戻ってきた。
「では私はお茶を振舞ってこよう」
「そうだな。俺が配った白湯はあくまで食前だからな」
 からすと入れ替わりに、竜哉が戻ってきた。
「では、私も賑わいに‥‥」
 和奏も、こちらは人数は足りると判断して出掛けた。一体何をするつもりだろう?
「よし、妾たちもいくのじゃっ!」
「分かったよ、リンスちゃん」
 リンスガルトとリィムナのコンビも飛び出したぞ!
 ちなみに、リンスが若干うっぷん晴らし的な勢いがあるのは、「泰ニャンおにぎり」を作るための「泰ニャンの物相」を持参してなかったから。まあ、合戦にもってくるものではない。が、仮にここにあれば泰ニャンおにぎりを作って作って作りまくって子どもたちばかりかフラウをほにゃほにゃに和ませたのに、とかなんとか。
 その代わり、戦の待機時の手慰みに白猫の面を改造した「泰ニャンの面」を奇跡的に持参している。
「よし! 妾自ら泰ニャンダンスを披露するぞ!」
 面を被るばかりか荒縄を尻尾に見立てお尻に着ける。
「泰ニャンは踊りが大好きだにゃん♪ れっつだんしんぐにゃー!」
 吹っ切れたように手首をくねらせにゃんにゃんするリンス。あまりの可愛さにリィムナの目がキラキラしているほどだ。
「あたしもにゃん♪ にゃん♪」
 リィムナはいそいそと面の代わりに猫耳カチューシャを着け、お尻から荒縄の尻尾を生えさせて続く。
「みんな集まって、ダンスに加わってくれるといいにゃん!」
 くるっとお尻を見せて上げ、尻尾を立てるようにして振り向きウインク☆。‥‥これには子ども以外が集まったというのは完全な余談である。
「可愛い〜」
「私も踊る〜」
 大受けの子どもたちの声は「もふー! お腹空いたもふー!」と休憩をねだる八曜丸におにぎりをあげていた柚乃の耳に届く。
「柚乃たちも踊りましょ? ね、八曜丸」
「楽しそうもふ!」
 これで、柚乃も立ち上がった。琵琶演奏でまずは注意を引く。
「お姉ちゃん、上手だね〜」
 子どもたちを中心に寄ってくる。「ちょっと何の騒ぎー?」と管狐も出てきたり。
「じゃあ、祓い清めの儀式舞を」
 柚乃、今度は神楽舞を披露し始めた。しゃんしゃんしゃん、と回ったかと思うと手にした若木で場を清めるように振りながら前後に往復。馴染みのある舞いに大人からも大きな拍手がわき起こった。子どもの方は、柚乃にぴょんぴょんついて回る八曜丸の可愛らしさが気になるようで。
 もちろん、まだ食べている人もいる。
「ほんに、この里は長らく平和じゃったんじゃ。‥‥そりゃもう、長らく平和だったくらい、の」
「そうなんですか。それは平和でしたね」
「そうそう。やっぱり無事が一番よ‥‥」
 なにやら老人の繰言に付き合っているのは、和奏。
「兄さん、俺の話も聞いてくれ。‥‥とにかくアヤカシの奴らは酷いんだ。俺が折角、手塩に育てた‥‥」
「それは大変でしたね」
「とにかく、あんたら開拓者には感謝してるんだぜ。何せ‥‥」
「ありがとうございます」
 何やら和奏。話したがり屋からモテモテである。適当に話を打ち切れば良いのだろうが、彼にそんな器用な芸当はできない。もっとも、鈍‥‥もとい、根気があるので問題はないのだが。
「ん?」
 ここで、音ではない、賑わいでもない変化に気付く避難民も。
「さあ、お茶でも如何?」
 からすがお茶席を設けているのだ。
 いや、それだけではない。
 何と、香も焚いているではないか。
「準備がいいな」
「どちらも疲れを癒す効果があるからね」
 竜哉が聞くと、平然と返すからす。
 ここへクジュトがやって来た。天儀かぶれらしく、気になったようだ。
「よい文化ですね。‥‥ですけど、少しは休んでください」
「私が休んでるだけさ」
 よければ一杯、と茶をすすめるからすであった。


 そして、何時の間にか夕暮れ。
 さすがに場は落ち着いたが、ここから盛り上がる人もいるようで。このあたり、盆踊りができなかったうっぷんもあるのかもしれない。
「クジュトさん、お疲れ様」
 かがり火が灯される中、羅喉丸がクジュトを見つけて寄ってきた。
「羅喉丸さんもお疲れでしょう」
「いや、俺は‥‥」
「見てましたよ。皆に声を掛けて回ってるでしょう。大変なことです」
 にこりと、クジュト。やれやれ見られていたとは、と羅喉丸。
「まあ、次の機会にはあんたの劇も見てみたいもんだ」
「ええ、機会があれば。夜は今だけではないのですから」
 改めて、周りを見る。
 大きな外套をひらめかせ、シータルが踊っている。彼女は日中は配膳などをしていたこともあったが、夜になってから元気に踊り始めた。
「お目汚しでしたが、ありがとうございます♪」
 いま、舞い終わったが今度は別の場所に引っ張られてもう一度。
「あらあら‥‥」
 シータルはくすくす笑いながら、導かれるまま踊っている。
 一方、天幕付近。
「まゆの知ってる食事処の特徴? 一月毎にイベントやってますね」
「泰猫さんたちもやったらどうかな?」
「うーん、アンタはどう思う?」
 真夢紀と月与は泰猫と話している。泰猫の一人が話を振った和奏は、「そうですね‥‥」と言ったきり固まったままだったり。
 ほかに、仄かな明かりが。
「わあっ。お兄ちゃん、ありがとー」
 子供たちが線香花火に興じている。
 无がにこにことこれを見守っている。
 そして、例のキャラバンは?
「曲は、やらんのか?」
「そうだな。派手にやったし、今度は静かなのもいいだろう」
「お。何や、パニもヴァスもひぃさん方も、俺の曲がないと寂しいらしいな?」
 パニージェの思わず漏らしてしまった一言と、ヴァスクリセーニエの言葉でニッツァがやれやれ、とリュートを取り出す。しまった、という感じにパニは口元を押さえているが。
「お。兄さん方、また何かするんかい?」
 この様子にまた避難民が寄ってくる。
「そういえばパニ兄様、昼間はよくもニヤニヤ見やがりやがったですね」
「珍しいからだろう?」
 スレダの突っ込みにさらりと返すパニ。
「パニも珍しかったじゃない」
 きゃっきゃと演舞したパニをからか‥‥いや、嬉しく思うヴェール。
「知らん」
 きゅっ、と酒を飲むパニ。
「今回はお手柄、お疲れ様。スゥの踊りで、美味しいお酒は飲めた」
「酒はいつも‥‥」
 うまい、という言葉は飲み込むパニ。
「今日は饒舌やなぁ」
 わはは、とニッツァ。こちらも酒を飲む。
「うふふ。みんな大好き。‥‥パニもニッツァもニエも、飲みすぎちゃダメよ?」
 あの、ヴェールさん。そんなこと言いつつお酌するのはどうなんですか?
 そんな賑わいの手前には、サフィリーンがいた。
 さすがにもう踊っていない。
「あはは。ぐぅってお腹鳴っちゃったね。でも、これは健康な音なんだよっ」
 そばにいる子どもにそんなことを言いながら、芋幹縄を分けたり。
――あれ?
 それはそれとして、夜も配給はないのだろうか。


「あ、来たみたいね」
 賑わいから少し離れた木の上。瀬崎 静乃がいた。日中はずうっとここで皆を見ながら楽しみ、戦の疲れや練力を回復していた。
「よいしょっ、と」
 すたっと降りたのは、伊織の里の配給がようやく届いたから。
「また賑やかになる前に‥‥」
 全体を見渡すようにして、降霊の鈴を丁寧に三回だけ、感覚を開けて鳴らした。
 凜とした清らな音は、どこまで響いたろう。
 願わくば、見渡せるずっと遠くまで届いたと信じたい。
 そして、夜光虫で明かりを灯す。
 鎮魂と慰霊、そして感謝のともしびだ。
 この合戦で、多くの人が亡くなっている。
 それを、忘れたくない。
 悲しみだけではなく、感謝を込めて――。
「‥‥空へ還った人達へ。道を迷わぬ様に」
 死して人がどこへ行くのかは知らぬが、せめて、日の当たる場所に。
 最後に再度2回、降霊の鈴を鳴らす。
 そして、静乃が改めて顔を上げる。
 何時ものことだが、やることはやったという充実感。
 無表情に近かった彼女の顔に笑みが戻る。
 合戦は、終わった。
 人々の笑顔も日常も、もちろん戻っていくだろう。