|
■オープニング本文 「後味の悪い手助けだったな」 わけあって諸国を巡っている志士・海老園次々郎(かいろうえん・じじろう)は、そうつぶやいて泰国の山間にある旅篭を後にしようとした。 手助けとは、美しいスイレンで高名な山間の池に近いこの旅篭に、ある妙齢の女性を連れてくる事だった。 帰りは、依頼されていない。 この段階で推測するなら、ここが女性の故郷であるか、身寄りがあるかといったところだろう。 ところが、旅篭の近くにある池に、ちょっと癖がある。 夏は水面いっぱいに広がるスイレンが美しいのだが、冬は足を踏み入れる者も激減する、寂しい場所となる。夏は避暑の観光地だが、冬はなんと、入水自殺の名所に変わってしまうのだ。 (あの女性、やはり自殺志願者だったのだろうなぁ) 次々郎、ぼんやりそんなことを思う。 女性は、理凛(りりん)とだけ名乗っていた。伏し目がちで寂しそうな、線の細い女性だった。 (昨日の礼の言葉、あれは特別な響きがあった) 眼差しにも、訴えるものがあった。が、自分に向けたものではないと分かる。 (あれは、世の中――いや、人生に向けたものだったような気もする) 仕事が終わったにもかかわらずその旅篭に泊まったのも、できれば彼女を引きとめたかったからだ。昨日、彼女の口から自殺に類する言葉が出たら、自殺をあきらめさせるつもりだった。 しかし、そんな言葉は出なかった。 代わりに、次々郎が朝起き出す前に、彼女一人で出立していた。ここからは彼女の一人旅だ。もう、警護も道案内もする必要はない。 (泣きぼくろが、あったな) 思いを断ち切り、いつものように当てのない旅に出立しようとしたその時。 「ちょっと、志士さん」 なんと、泣きぼくろのある理凛の顔が目の前に現われた。ぜえぜえと息が荒い。帰ってきたのだ。 「スイレンの池の、変なワニどもをどうにかしてよ! あれじゃ自殺もできやしない」 何とイメージの変わった事か。とにかく血相を変えて主張している。 「‥‥自殺、するんでしょ。いいじゃないですか」 ぷ、と吹き出しながら次々郎は言った。 「私は、あんなの醜いものに食われて死にたくないわ。噂に聞く、池に住む美しい白い大蛇にくるぶしをちょっと噛まれて毒にくらくらしながら水の中に倒れて眠るように死にたいの!」 「‥‥」 次々郎、突っ込まない。理凛の元気の良さに、むしろニコニコしている。 「ねえ、お願い。倒して」 「さあて、ここはあきらめて生きる事にしませんか?」 「イヤ。‥‥あなたが駄目なら、ほかの人に倒してもらいます」 だっと理凛は旅篭の暖簾をくぐり、助けを求めるのだった。 どうやら旅篭の主人は観光地を守る立場上これを了承し、スイレンの池にいるアヤカシ退治を開拓者ギルドに依頼するのだった。 |
■参加者一覧
幸乃(ia0035)
22歳・女・巫
鴇ノ宮 風葉(ia0799)
18歳・女・魔
海神 江流(ia0800)
28歳・男・志
天河 ふしぎ(ia1037)
17歳・男・シ
荒井一徹(ia4274)
21歳・男・サ
タクト・ローランド(ia5373)
20歳・男・シ
太刀花(ia6079)
25歳・男・サ
風月 秋水(ia9016)
18歳・男・泰 |
■リプレイ本文 ● 「あ〜くそ。なんだこのモヤモヤ感は」 荒井一徹(ia4274)が、ぐわしゃぐわしゃと自らの赤髪を掻いている。 件のスイレンの池へと移動する道中。開拓者たちは依頼の元となった自殺志願者の女性、理凛と志士の海老園次々朗を連れて移動している最中だ。木々に囲まれた道には冬の寂しさがあった。 「で、またお前と一緒か。文句はないけど、何というか‥‥」 「うっさいわね。アンタが勝手について来てんじゃないのよ」 海神江流(ia0800)の嘆きに、風世花団団長・鴇ノ宮風葉(ia0799)が目くじら立てる。遡るに、つい先日も同じギルドの依頼で顔を合わせている。とはいえ、そこまで目くじらを立てるほどのことか。風葉、少々虫の居所が悪いらしい。江流の「ふう」というため息にも「そもそもアタシに気安く声をかけんじゃないわよ」などと御無体をおっしゃる。 「動機不純、でござるか。団長殿の気持ちも分からなくもない、が‥‥」 続けて、風月秋水(ia9016)がしみじみ言う。が、これはちょっとタイミングが悪かったか。 「うっさいわね。気安く声をかけんじゃないわよ」 ぴしゃりと同じ反応を返す風葉。事態を的確に表現した秋水には不幸だったが、もう本当に虫の居所が悪いとしか言いようがなく。 一方、江流の方は心得たもので話す対象を変えている。 「やれやれ。ふしぎ君は、また宜しくな」 「べ、別に放っておけないってわけじゃないんだからな!」 会話を振られた天河ふしぎ(ia1037)は、ちょっと唇を尖らせそっぽを向く。今日も元気に掲げる背中のドクロ旗も、一緒にツン。江流、またもや「ふー、やれやれ」。心中お察しいたします。というか、そろいもそろって一体何なんだか。 「ま、変な依頼だからな」 とは、幸乃(ia0035)。「私は依頼通りに事を運ぶだけだけど」と呟く。ちなみに彼女、万事この調子だったりする。いつもいつだって。今回の依頼内容は池のアヤカシ退治だが、その後のことは何も託されていない。果たして彼女自身、理凛の自殺を是とするか否とするか。 そう。 依頼に含まれていないとはいえ、アヤカシ退治は理凛の自殺を前提としたものなのだ。 「くそっ」 赤毛の一徹がまたもイラつく。実直で、困った人を見れば何とかしてやりたいと思う彼であれば、なおさら。 「うあー、俺は面倒臭いことは嫌いなんだがなぁ」 タクト・ローランド(ia5373)もぼやく。別に彼の場合は情に厚いとかそんなのではない。すでに雰囲気が面倒くさいことになっているととらえている。とはいえ、やる気がないというわけではない。普段はともかく。 「ちょっと志士さん」 ここで、理凛が次々朗の袖をつついた。 「開拓者って、こんなに荒んだ人ばっかりなの?」 「‥‥まあ、戦闘の前でぴりぴりしているだけでしょう」 次々朗、あなたのせいですよ、との言葉は飲み込んだ。 それはそれとして、もう一人の開拓者は? 「‥‥」 次々朗が振り返ると、最後尾の太刀花(ia6079)がくいっ、と伊達眼鏡のずれを直していた。無言。ちなみに彼の伊達眼鏡。かなり愛用している様子。仮にこれが武器であればかなり破壊力があるような、そんな使い込みっぷり。眼鏡だから破壊力はないけれど。 ともかく、木々に囲まれていた道を歩いていたが、ぱあっと視界が開けた。 スイレンの池である。 ● さて、池。 夏ともなれば湖面を覆うようにスイレンの葉が茂り、午前中だけ花を咲かせるという。 ただし、今は冬。 水面には何もない。 「これはまた、あからさまな」 偵察として池の周囲を回ろうとした幸乃が、緑の瞳を翳らせた。 ワニどもは隠れもせず、水面から目と鼻を出しているのだ。しかも開拓者を認めたのだろう、次々に近寄って来つつある。 ただし、水際から一定距離をかたくなに保っている。自分たちの得意な領域を心得ているらしい。 「気をつけたほうがいいな。水は澄んでいるようだが、底は濁ってそうだ」 足場や周囲の草木を確認していたタクトが釘を刺した。水際から木々が茂るところまでは距離がある。 「夏はどうか知らんが、汚い場所だ。あそこまで下がってろ」 続けて、理凛と次々朗に木のある場所にいろと指示を出す。 「‥‥」 一方、心眼で索敵していた江流。微妙な表情をする。彼我の戦力差が2対1といった数的不利があれば仲間に、いや、団長に報せるつもりであったが、量りかねている。幸乃が目視確認した戦力差同数がすべてなのか。あるいは、まだ遠方の水面下にいて近寄って来ているのか。判断に迷い、風葉を見る。 「自殺は止めなくちゃだけど、アヤカシを放っておく事は出来ないもんね、がんばろ風葉」 視線の先では、ふしぎがとびっきりの微笑で風葉を励ましていた。すぐに改める面。瞳・まっすぐ。 「そうね」 風葉は一瞬江流の方を見て頷いた。微妙な状況にあるのを読み取ったのだ。もう虫の居所は関係ない様子。 「ワニは十匹くらい。美しい景色を台無しにする妖達は許せないんだからなっ!」 気合十分のふしぎが池に向き直る。彼も心眼で敵の数と分布は確認済みだ。ただし、江流ほど深く考察はしていない。 「敵もやる気満々。下手に近付くと薮蛇ね」 後はよろしく、と幸乃が下がった。分をわきまえている。 「‥‥」 と、ここで静かに前に出る者が一人。 秋水である。 真面目な男だ。まずは体が動く。前前を望むのもそういった理由からかもしれない。 そして、もう一人。 「面倒臭ぇ」 慎重な態度から一転したタクトが身を乗り出す。こちらは痺れを切らしたといったところ。 とにかく、囮役二人がじりじりと水際まで――今までで一番、敵に近寄った。 しかし、ワニどもは動かない。相変わらず目と鼻を水面から出しているだけ。多くの目がぎょろりと二人の動きを追う。彼我の間合いは、踏み込み一発といった距離ではない。 「鰐に急所、有った、かな」 「とっとと出て来いっての」 ひとりごち考える秋水に対し、タクトはすうっと瞳を細め印を結んだ。掌に発生した雷の刃を容赦なくワニに放つ。 その、瞬間だったッ! ――ザバァン! 池の中央部付近で、水が跳ね上がったのだ。 事態は一気に加速するッ! ● 何と、姿を現したのは人の背丈はあろうかというほど長い白大蛇。 これを見た開拓者は、当然ながら眼前のワニから一瞬視線を切った。 様子を見ていたワ二どもがこの機会を見逃すはずもなく、一気に上陸・殲滅行動に出たッ。 「おわっ!」 「‥‥ッ!」 静から動への急変に一瞬固まる開拓者たち。 ところが。 「そう来ると思ったわ!」 「あれもアヤカシだ。うろたえるな」 噂に聞く白大蛇がアヤカシであるかもしれないと疑っていた風葉と江流が声を張る。実際、そう来るかもアヤカシであるかも分からなかったが、うろたえてはならないことを積み重ねた経験から熟知している。 はっと我に帰る最前線の二人。怒涛のように押し寄せるワニの大群に改めて目を見張る。速い。しかも多い。戦力差、彼我2対1。いつの間にか池のワニすべてが集まっていたようだ。 「くっ」 あるいは、苦境からタクトを救ったのは「すぐ追撃者に任せる」という彼らしい方針だったかもしれない。 「あとは任せていただきます」 ワニの食いつきを何とか逃れたタクトの視界の端で、何かが光った。太刀花の眼鏡だった。 「口を叩き切るっ」 見事、振り下ろした大斧「白虎」で敵の鼻っ柱を叩き伏せた。 同時期。 もう一人の囮役、秋水は大きく横に回避していた。いや、移動と言っていい。 (直進攻撃の弱点は横からの攻撃、か) ワニの弱点は分からなかったものの、直感的に回り込みを選んだ。 とはいえ、敵の突撃は横に分厚い。二度三度と大きく横に跳ねる。 「さぁ鰐公、すこし派手にいくがついてこいよぉ!」 一度目に跳んで空いた隙間に、一徹が突っ込んできている。隼人で一気詰めをして、グレートソードをぶちかます。 「やらせないんだぞっ!」 二度目に跳ぶ秋水の影には、ふしぎ。腰溜めに構えた斬馬刀からカマイタチのような斬戟を飛ばす。 サムライ二人と志士一人。主力三人の揃い踏みで敵の圧倒的な物量作戦の出鼻をくじく。 「‥‥風」 ここで、横に逃げていた泰拳士の秋水も頃良しと攻勢に転じる。両手の飛手が唸るか。 「月流」 何と、唸ったのは腰に差していた仕込み杖だった。細い刀身がぎらりとひらめき横からワニの顎を狙う。 「おい、白大蛇も来てる。ありゃ面倒臭ぇぜ」 別の場所。下がり際に負った傷を確認しながらタクトが声を張った。ワニの攻撃を避けきれなかったは、白大蛇から知覚攻撃を受けたから。抵抗に成功しているが、一瞬の隙はできたようで。 逆に、白大蛇を目の敵にしている。池に隠れようがちゃんと気配を追っている。 そして、戦場を横切り追う。 「本物の鰐なら、口を開く力は噛付く力に比べると大したことない‥‥はずだよな!?」 飛苦無で牽制したり、刀「河内善貞」を手に横踏で回り込んで戦っていた志士・江流が自問している。何と、敵の一瞬の隙を突いてワニの閉じた口の上に乗ったりも。 「やるじゃねぇか!」 そこへ、一徹が一気に両断剣。派手に地面の泥が飛び散る。到着前に溜め込んだ鬱憤を晴らすかのような大暴れだが、局地的に数的有利を作る戦いを忘れない。 そういった味方の奮戦を横切り、タクトが走る。 狙いは、迂回して近付こうとしている白大蛇。このまま行くと、回り込まれて最後方の理凛が狙われるかもしれない。 「ちっ」 手裏剣を投げて牽制するタクト。びくっ、と止まる白大蛇。ここでまたしても、戦いのリズムが変わる。 「おわっ」 動きを変えた白大蛇は、タクトに突貫していた。タクト、もろに腕に噛み付かれた。 「タクトさん、無茶すぎです」 彼の背後から声がした。同時に、白大蛇はもだえながら彼の腕から離れる。 影から現れたのは、褐色の肌の幸乃。力の歪みで敵を攻撃したのだ。 「あー、サンキュ。‥‥おら、丸焼けにされる気分はどうだ?」 怒りのタクトが火遁で攻める。その背後で幸乃はやれやれと神風恩寵。ついでに解毒もしておく。 そして場所は、最後尾。 「あ‥‥」 「どうしました?」 後ろでこの様子を見ていた理凛は、思わず呟いていた。次々朗が様子をうかがう。 「いえ。‥‥綺麗だな、って」 うつむき、答えた。 次々朗は改めて戦場を見る。 皆、泥だらけだった。体も、顔も。ワニの鋭い牙を避け切れなかったのだろう、血を流していたりも。 再び理凛を見る次々朗。彼女の表情には羞恥の色が見て取れた。 「こっから先は通さないわよ!」 戦場では、ワニを焼き殺す浄炎の火柱が上がっていた。風葉である。後衛として回復に攻撃にと派手に暗躍していたようだ。 すでに、戦いの風向きは変わっている。アヤカシ全滅まで、あとわずか――。 ● 「なあ、幸乃殿。あなたは理凛に何か言いましたか? ‥‥その、自殺に関して」 その晩。 旅篭で食事をしながら、次々朗が幸乃に聞いた。 「別に。本当に死にたければ、いつどんな手段をとったって死ぬでしょ。そうでなければ、機を失えば、生に向かっていくでしょう」 至極ドライに、言い切った。 「そうですか」 次々朗、残念そうに言う。内心、開拓者が理凛を止めてくれないかな、などと願っていたり。 ――そして。 「もちろん、放っておけないもん。止めたに決まってるじゃない」 素直にまっすぐ言うのは、ふしぎ。末代まで悪夢を見るような死に方だとか、あそこで死んだらワニになるとか。 「そ、そうですか」 次々朗、ちょっと期待したか。 ――さらに。 「こんな冷たいところで死んでも、良い死に顔にはならんでござる」 秋水さん、なんだか妙に饒舌ですよ。 「‥‥と、跳ねた泥を拭いてやったでござる」 なるほど、手拭いで拭きつつだからどこまでしゃべったか微妙だ、と。 「そうですか」 次々朗、この場面は見ていた。言葉が途切れる場所がもっと多かったな、とか思い出している。 ――そんでもって。 「地獄では閻魔に宜しく言っておいてくれや、ってな」 竹串を加え跳ね上げながら、タクト。って、止めないばかりかそれは暴言では? 「死ぬことに綺麗も汚いもねぇ。自殺して逃げとか汚ねぇよな。ま、地獄では閻魔に宜しく言っておいてくれやと言っておいた」 団子を食う口をもごもごさせながら爆弾発言を続ける。 「ははぁ。そうですか」 次々朗、ちょっと心配そうだったり。 果たして、翌朝。理凛の運命は? ● 「やっぱり、冬はスイレンは咲いてないんだね」 早朝のスイレンの池でふしぎが残念がっていた。 「ま、いいわ。場所は同じでも時間によって価値が変わるのって、開拓者精神をそそるじゃない」 彼の隣で風葉が満足そうに言う。実は、早朝も早朝、未明からふしぎに手を取られ連れて来られたりしている。 「全く、お節介焼きばかりなんだから‥‥」 と、呆れ気味だった風葉。それを思うと今の晴れ晴れとした表情は奇跡である。 「おおい」 その時、二人に近付いてくる者がいた。 「アヤカシは、もういないみたいだ。これで自殺の名所返上になるといいな」 江流である。どうやら改めて池にアヤカシがいるかどうかを調べていたらしい。 「全く、お節介焼きばかりなんだから‥‥」 またも呆れる団長・風葉であった。 ところで、3人が旅篭に戻ると一徹が晴れ晴れとした表情で忙しそうにしていた。 「いよっ、お帰り。‥‥昼は俺が腕を振るうんで、傷ついた体をばっちり直して帰ろうぜ」 本当に機嫌がいい。 「あれ?」 と、3人は目を丸めた。 何と、理凛が割烹着を着ているではないか。 「じ、自殺はやめてここで働くことにしたんです」 どうやら、開拓者たちの戦う姿に心を打たれたらしい。加えて、太刀花の引止めの言葉が利いた様子だ。 「言えるわけないだろう」 くいっと眼鏡のずれを直しながら、太刀花。3人がどういう言葉を掛けたのか聞いても、口を割らなかった。 「ま、良かったんじゃない」 ぼそりと、幸乃。どうやら自殺を是とはしてなかった様子だ。 のち、理凛は良く働いたという。 旅篭の主人によると、たまに彼女は働きながら口ずさむ言葉があるという。 「綺麗に死ぬなら、布団の中で笑って死ねるようなそんな死に方が一番綺麗だと思う。だから今はどんなに醜くても精一杯生きて‥‥」 太刀花。 気障な、いや、素敵なことを言ったものである。 |