【チョコ】航空陽動隊☆
マスター名:瀬川潮
シナリオ形態: ショート
危険 :相棒
難易度: やや難
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/09/07 22:48



■オープニング本文

●納涼ワインパーティーにて
「ほう、あれがこのチョコレートを運んだ船の艦長さんですか。とても可愛らしいですね」
 神楽の都の川辺でにぎわう夕涼みパーティーで、チョコレート・ハウス乗組員が振舞ったチョコを食べていたジルベリア人が驚きの声を上げていた。
 その視線の先では、緑色のエプロンドレスを着て仲間と一緒に愛想を振りまいているコクリ・コクル(iz0150)がいた。
「ええ。そうですよ」
「コクリの嬢ちゃんは可愛いだけじゃなく、つおいぜ」
 チョコレート・ハウスオーナーの対馬涼子がにっこりすると、隣にいた八幡島副艦長が親指を立てていた。
「強い?」
「チョコレート・ハウスは戦闘もできるから『船長』ではなく『艦長』なんですよ。操船はこの八幡島が担いますが、戦闘は開拓者のコクリが担います」
「あんな可愛い女の子が艦長で戦闘も‥‥。これはまた、浪漫ですなぁ」
 ジルベリア人はいたく感心したようだ。
「まあ、船の中とか戦闘中はあの格好じゃないが、ウチの船はご覧の通り年頃の女の子がたくさん乗ることもあるからな。俺以外は品があるし、奇麗なもんさ」
 がはは、と八幡島。
「気に入りました。商材には浪漫や美談があればまたとない魅力となります。チョコレート・ハウスのチョコレート。私どももお取り引きさせていただきましょう」
 ジルベリア人は晴れやかに契約確約の言葉を口にした。そして。
「‥‥それともう一つ。これは無理にとは言いませんし、あなた方を試したりするつもりではないですが、ちょっとした困りごとを解決してほしいのです」
「どういったことでしょう?」
 涼子が涼しく応じる。
「実は、飛空船の航路確保をしていただきたいのです」

●岩人形の河原
「コクリちゃん、今日はお疲れ様。とっても評判良かったわよ」
「ホント? 良かった。みんなも頑張ってくれたんだよ」
 パーティーの終わり際に、涼子はコクリを呼んで労をねぎらっていた。
「それでね。ちょっと攻略して欲しいアヤカシの拠点があるのよ」
「攻略?」
「そう。チョコレートの取り引きをしてくれたお客様だから、ぜひとも期待に応えて信頼を固めたくはあるのよね。でも、ちょっと厄介なの」
 ドレス姿のコクリを愛おしそうに見て、引くに引けない依頼であることを伝える。
 内容は、次の通り。

 武天のある地域に、アヤカシのたまり場として恐れられている地点がある。
 山中で民家は近くにないので人畜無害とも言えるが、飛空船で交易する商人にとっては必ずしもそうとはいえないことがある。
 今回のケースもそれで、ある大きな街から街への一直線上に位置していた。さまざまな品目を扱い町から町への巡回取り引きをする場合には問題ないが、特定品目だけを取り扱う直送取り引きをする場合は非常に効率を悪くすることになる。
 ともかく、そのアヤカシのたまり場は「岩人形の河原」と呼ばれていた。
 その空域を飛べば、羽根蟻アヤカシの大群が雲霞の如く襲ってくるという。
 羽蟻アヤカシは犬程度の体長で大きくはなく、一般人でも徒党を組めば数匹を相手にできる程度の強さしかないが、百匹単位で群れをなす。さらに恐ろしいことに、飛び続けることより何かに取り付こうとする習性があるため、足が遅く対空戦力のない飛空船が襲われようものなら重量超過で沈められてしまうという。
 羽蟻アヤカシは普段、空域直下の森林に潜む。
 過去、これを陸戦で退治しようとしたこともあるが、ここでさらに厄介な事態に直面することとなる。
 羽蟻アヤカシの生息する森林には見晴らしの良い水の枯れた河原が一本通っている。
 ここに、女性の大人の2倍程度の大きさのある大型アヤカシ、岩人形3体と朧車3体のアヤカシがいるのだ。
 陸戦部隊は手強い岩人形と、素早い朧車に対応しつつ、対空にも気を配らなければならないという困難な状況にされされ大被害を受け撤退したという。
 チョコレート・ハウスに期待されているのは、チョコレート・ハウスを囮に飛ばして羽蟻アヤカシを一手に引き受け、その隙に陸戦部隊が地上の岩人形と朧車を排除できないかというものだった。

「‥‥羽蟻アヤカシは全滅させなくていいの?」
 コクリが首を傾げる。
「岩人形と朧車さえやっつけておけば、後は何とかなるからいいらしいわ。『無理をしてチョコレート・ハウスを失っては、せっかくの取り引きが台無しになりますし』って言ってくれたわ」
「分かった。みんなとも相談してみるよ」
 コクリは、チョコレート・ハウスを気遣ってくれた相手の思い遣りを意気に感じたようだ。
「あ、コクリちゃん。頼もしいんだけど、ここではもうちょっと可愛らしい笑顔のままでね」
 ウインクしてその場をたしなめる涼子だった。


■参加者一覧
煌夜(ia9065
24歳・女・志
猫宮・千佳(ib0045
15歳・女・魔
アーシャ・エルダー(ib0054
20歳・女・騎
ルンルン・パムポップン(ib0234
17歳・女・シ
朽葉・生(ib2229
19歳・女・魔
ローゼリア(ib5674
15歳・女・砲
フランヴェル・ギーベリ(ib5897
20歳・女・サ
キサラ・ルイシコフ(ib6693
13歳・女・吟


■リプレイ本文


 チョコレート・ハウスは空の上。
 「岩人形の河原」空域までを飛行していた。
 その甲板にて。
「よお、ニンジャの嬢ちゃん。怪我してるらしいが、大丈夫か?」
 戦地までの操舵を部下に任せ、八幡島副艦長がルンルン・パムポップン(ib0234)を気遣った。
「大丈夫です。この蓬莱鷹ちゃんと共に守っちゃいますからっ!」
「なるほど、鷹を使うか」
 八幡島、うんうんと顎を撫でルンルンの肩に止まる迅鷹を見た。ルンルン曰く、「忍鳥『蓬莱鷹』」だ。
「ま、そういう衣装だしゆっくり休んでいるのも‥‥」
「怪我はしちゃったけど、せめて船の特徴掴んで守りやすいようにするもの」
 なぜかフリフリドレス姿のルンルンだが、ゆっくりするつもりはないらしい。
 そして、コクリ・コクル(iz0150)は。
「初めまして、キャプテン・コクリ」
 甲板で名を呼ばれ振り向くと、フランヴェル・ギーベリ(ib5897)がいた。
 貴族っぽい、折り目正しい佇まい。
「フランヴェルさんだね、よろし‥‥」
「フラン、でいいよ。君の様な愛らしい艦長の下で戦えるのは無上の喜びさ。よろしく、フフッ」
 リラックスしたようなしなやかな動きでコクリの手を取る。すると、顔を寄せて金色の瞳で、じっとコクリの顔を見詰めた。最後に淡く微笑。甘く目尻が緩んだ。
 と、その時。
「そうそうコクリちゃん。現地までは気を張ってたら疲れちゃうし、リラックスにゃよ♪」
 にゅふ♪ と猫宮・千佳(ib0045)が抱きついてきた。
 が。
 なにやら千佳の顔色が変わりましたよ?
「コクリちゃん、心も身体もガチガチに張り詰めすぎにゃ〜っ!」
「ちょっと千佳さん、止めて〜っ!」
 ああ、コクリの体をくすぐり始める千佳。「普通緊張するでしょ〜っ」というコクリは出発前に陸戦を励ましに行って気負っていたのだ。
「やれやれね‥‥」
 これを見て溜息を吐くのは、煌夜(ia9065)。
 彼女としては、今のうちにできる限りの準備はしておきたい。艦首に向き直ると、対馬涼子に頼んで用意してもらった帆船の古い帆布を掴んだ。
 場面は再び煌夜の背後。
 朽葉・生(ib2229)が、くすぐり地獄に落ちているコクリに助け舟を出していた。
「お久しぶりです、コクリさん。今回は、煌夜さんのアイデアで艦首に布を巻きます。多くの羽蟻アヤカシが取り付いたところで切り離すようですので、手伝いましょう」
「うん、生さんありがと」
「にゃ、朽葉お姉ちゃんも一緒にゃ」
 コクリは脱出したが、今度は千佳、生に抱き付きくすぐる。
「ね、猫宮さん〜」
 どってんばってん。
「コクリちゃん?」
 呼ばれてコクリが気付くと、キサラ・ルイシコフ(ib6693)がいた。大きなリボンが、ふわり。
「キサラと一緒に、チョコレートハウスを守るの〜」
「うん。一緒に」
 差し出された手を取ったところで、獣耳をぴくりとさせる人影が近寄る。
「私、砲術師のローゼリア・ヴァイスと申しますの。ローザとお呼び下さいませ」
 ローゼリア(ib5674)が、優雅な身のこなしで挨拶していた。
「ローザさんだね、よろしく」
「知り合いから、よろしくといわれてます」
 コクリもにっこり。
 それはそれとして、帆布の設置を手伝わなくていいんですか。
 いや、一人煌夜を手伝いに行ったぞ?
「あら、それは?」
 気配に振り向く煌夜。
「竹酢です。蟻避け、と聞いたことがあるんですよ」
 帝国騎士のアーシャ・エルダー(ib0054)だ。上着に酢を掛けるのが終わったようで、煌夜を手伝い始める。煌夜としては、効果はともかく苦笑するしかなく。


「よし、もうすぐ作戦空域だ。持ち場についてくれ。チョコレート・ハウスも高度を下げるぜ?」
 八幡島は合図をすると、艦橋へと戻っていった。
「コクリさん?」
「どうしました、アーシャさん」
 開拓者が配置につく中、アーシャがコクリを呼び止めた。手短に、近付けたくない場所を聞く。
「左右と艦尾側のプロペラは守りたいけど、敵は取り付いて落とすようだし‥‥」
 コクリ、判断しかねているようだ。
「それで十分ですよ。‥‥艦長なのですからね、無理しちゃだめですよ。傷つき倒れたりしたら士気に関わりますからね」
「うんっ」
 優しく言って聞かせ、戦いに赴く騎士の顔に戻る。

 ここで、各員の配置を見てみよう。
「本当は側面に布をつけたかったんだけど、艦首じゃないと隙間風で意図しない時にめくれるんだって」
「ふ〜ん。まあ、煌夜お姉ちゃんが布を外しに行く時は手伝うにゃ」
 右舷に煌夜と炎龍「レグルス」、そして千佳と甲龍がついた。
「前から美味しそうな名前の船だと思って気になっていたけれども。‥‥あの〜、チョコレート食べさせてもらえるのでしょうか?」
「前に乗った時は、試食したり型に入れて作り直したりしましたよ」
 左舷はアーシャとグリフォン「セルム」、そして生と駿龍「ボレア」。
「フフッ。ボクの鞭が広く届くからね」
 ぴしりと鞭「フレイムビート」 をしごいてフランが中央に。半身のまま右足先を前にしてスラリと立つ姿は、舞踏の前か衣装発表会かという様相。
 そして、その前。
 ローザが左右で束ねた髪をたなびかせ、舳先のちょい後に立っている。
「ガイエル、よろしいですわね?」
 相棒の駿龍「ガイエル」に声を掛けた。自らはマスケット「魔弾」を手に仁王立ち。
 そしてフランの後方には。
「ルンルンさん、そんな衣装でよかった。積極的に戦っちゃダメだからね?」
「コクリちゃん、この新しい服があれば、アヤカシなんかに負けないんだからっ‥‥こんな怪我位、なのです!」
 怪我しているルンルンをかばうコクリだが、ルンルンはフリフリドレスでも戦意が漲っているぞ?
「新たな冒険の証だって聞いたから、私もこの衣装ですっ!」
「いや‥‥それは誤解」
 思い込んだら一直線。ルンルンにそんな言葉は通じない。ぐっ、と鉢巻を締めピンクドレスの黒ニーソ姿で立ち尽くす。
「緊張すると〜上手く動けないんだよ〜? 皆で頑張れば〜きっと大丈夫なの〜」
 そんな二人の様子を見て、吟遊詩人のキサラが口笛を吹く。
 緩やかな音色に肩の力を抜くコクリとルンルン。
「とにかく、コクリちゃんの船を守るのですの〜」
 キサラ、にっこり。彼女の迅鷹「リリー」とルンルンの「蓬莱鷹」もこくこく頷いている。
 ともかく、この三人が後詰めとして控える。
 さあ、チョコレート・ハウス全艦戦闘配置状態だ。

 そして、ついにアヤカシの出没空域に。
「来ましたね‥‥」
 左舷、生が冷たくつぶやいた。
「うわっ‥‥、あれに突っ込むのですか」
 ぶるっ、と肩を震わせてアーシャが言う。
 何と、進行方向下の広い森から汚水がじわりと湧き出るように、緑の木々の間から闇色の何かが滲み出してきたのだ。やがてそれが、ゆらりと揺らめく湯気のように空へと飛び立った。
 同時に、うわんっという不気味な音が響いてくる。だんだん下から大きくなってくるッ!
 羽蟻アヤカシである。
 その数、800匹にも達しようかという規模。
 これが、軍隊蟻に代表される小型蟻アヤカシの恐ろしさだ。
「まあ、個の力で劣るものを数でひっくり返すのは、私達自身、大アヤカシ相手だとかにやってきたことだものね」
 冷めたような、遠い表情で煌夜がつぶやいた。
 が、それは一瞬。
「チョコレート・ハウス、守ってみせようじゃない!」
 敵に回した時にこれだけ厄介だとは、などと思ったがすぐに切り替えた。この間に敵先鋒はかなり近寄っている。
「正に、チョコに群がる蟻という訳ですのね」
 ローザもきっ、と瞳に力を込めて敵の様子を見詰めた。
 乱戦の火蓋がここに、切って落とされた。


 全体を遠くから見たら、下から伸びた黒い手がチョコレート・ハウスを掴もうとしたように見えたかもしれない。
「あの蟻どもに好きにさせるには、惜しいですね。駆除とまいりましょうか」
――ガゥン!
 舳先のローザが腰を落とし射程の長いマスケット「魔弾」で先制射撃。
 もちろん一撃で落とすが、効率は悪い。
「ガイエルも射程に入ったら、クロスボウで狙いなさいよ?」
 単動作で射撃を繰り返し漸減させつつローザが相棒に指示した。
『がぅ』
 ガイエルは一つ鳴くと、ビーストクロスボウを発射。主人と共に弾幕を張る。
 しかし、正面は相対速度が速い。
 一気に甲板にまでのしかかられた。
「ボクの出番のようだね」
 ローザの後方から不敵な笑み。
 フランが、鞭「フレイムビート」で迎撃態勢を整えている。
 構えは両手持ちの最上段。初太刀必殺の示現流が極意、蜻蛉である。
「華と散るがいい!」
 鞭がしなり円弧を描く。
 両手持ちの力強い動きで次々と羽蟻を叩き落していく。その軌道は一匹に当ったくらいでは衰えない。当るを幸いに複数匹を落とす殲滅力を見せる。
 そして落ちたアヤカシのそばに立つローザ。
「キサラ、お願いするわ」
「分かったなの〜」
 後に控えていた キサラに聞こえるよう、大声を張った。
 キサラは銀のフルートを取り出し、「精霊集積」の音色をローザに届けた。
「これで近寄らせないわっ」
 ローザは「スピードブレイク」で射撃し、羽蟻の接近を一瞬止める。
「ガイエル、接近戦を!」
 自らも長銃からピストル「アースィファ」に持ち替え回転数で勝負する。

 そして、左舷。
「セルム、大変な戦いだけど一緒に頑張ろうね。そして‥‥」
 迫り来るアヤカシの大群を前に、右手で朋友のグリフォンを撫でてやり、左手薬指にはめた夫との誓いの指輪にキスをした。
「アーシャさん。セルムにアクセラレートを掛けておきました」
「ありがとう。それじゃ、行きましょう」
 生の支援に感謝し、アーシャがセルムに乗って飛び立つ。
 隣の生も、自分の相棒、駿龍のボレアにアクセラレートを掛けると発進。
 左舷は空対空戦闘を仕掛けるつもりだ。
「ボレア、ラッシュフライトを」
 生の指示。
 直後に敵が殺到するが、回り込む。一番敵が多くなる角度だ。
「こちらには来させません」
 かざすは愛用のフロストクイーン。得意のブリザーストームが吹き荒れるッ!
 生の今の言葉には、思いがあった。
 煌夜の布で覆う作戦を指示し布集めに奔走するも、集め切ることができなかった。生自身、裁縫を習ってでも準備しようとしたのに。
 結局出資者に頼ったが、それが艦首に仕掛けてある。
「敵を側面などに回り込ませるわけには‥‥」
 行かないっ、と連発する。
「纏いつかせるわけにはいきませんよっ」
 生の背後は、いつに間にかアーシャが付いていた。
「俊速と風翼で、巨体でも結構動いてくれるのですっ!」
 語尾が力強いのは、長柄槌「ブロークンバロウ」を振り回しているから。
 範囲魔法はなくとも、わらわら寄って来る敵にはハーフムーススマッシュが気持ちいいほど敵を砕く。

 一方、右舷の敵接近直前は。
「煌夜さん、帆布外しは煌夜さんの判断でお願いしますね。ボクは全体の指示で手一杯だから」
「分かったわ」
 ここまで来たコクリと煌夜が最終打ち合わせをしていた。
「うに、そろそろ予定地点にゃ? それじゃあマジカル♪千佳、出撃にゃ〜♪」
 横では千佳がくるりんと一回り。いつものオレンジのドレスの背中に天使の羽根をつけた衣装は、「空戦バージョンにゃ」(千佳さん談)である。
「千佳さん、頼むね」
「にゃっ! コクリちゃんは全体の管制お願いにゃ♪」
「それじゃ、行くわよ?」
 戻るコクリに、千佳がマジカルワンドを握る手を突き出し元気良く返した。そして、煌夜が号令を掛ける。
 敵は、もう迫っていた。
「にゅ、先に援護するにゃ! マジカル♪ スペルにゃ〜♪」
 ホーリースペルを連発して右舷組にかけてから、朋友の甲龍と飛び立った。
「千佳さん、範囲攻撃は任せたわよ?」
 煌夜も炎龍、レグルスで出た。金色の翼が大きく風を捉える。波打つように煌く光。酷く目立つが、今はこれがちょうどいい。
『グアッ!』
 虫が寄って来たところ、火炎を吐く。
 それだけではない。
「ラッシュフライトで突っ切るわよ?」
 正面は火があると思わせて、強引に中央突破。羽蟻どもは方向を変えたりなど混乱した。
「いい感じに集まったにゃね! 煌夜お姉ちゃん大きいの行くにゃよ! マジカル♪ブリザードにゃーっ!」
 煌夜が元いた位置に横移動してきた千佳が、混乱して溜まった敵に対してブリザーストーム。一気に敵の数を減らす。
「痛‥‥。それにしても、これだけまとめて落としても数が減ったような気がしないなんてね」
 旋回しつつ煌夜がつぶやく。それだけ敵が圧倒的に多い。
 それはそれとして、今の強引なすり抜けでアヤカシに引っ掛かったようだ。耳を切ったらしい。血が出ている。
「血で寄って来る、なんてあるのかしらね?」
 すうっ、と方向転換しながら疑問を口にする煌夜。そういうことはなさそうだが、ともかく雷鳴剣を放ってからレグルスの炎龍突撃で再び戦線に戻る。
「あ‥‥」
 ここで、あっという間に進展してしまった戦況に目を見張る煌夜であった。


 なんと、チョコレート・ハウスの前面が黒くなっているのである。
 範囲魔法で左右両舷は手厚く払ったこともあるが、もともと敵は前から回り込んでいたから。ほかに甲板もかなり黒くなっている。
「くっ。前から雪崩れ攻撃というわけか」
 甲板中央で、鞭の長さを生かし奮戦するフランがじりじりと後退する。
「キサラも頑張るから〜みんな頑張ってなの〜」
 フルート演奏の合間に声でも皆を励ますキサラ。吟遊詩人の支援スキルに集中しながら必死である。
 護衛は、迅鷹のリリー。
 白い姿で四つの翼。
 キサラを親と慕い、尽くしている。今も自分の身を省みず、風斬波でクロウでと暴れまわっている。
 そして、もう一羽。
「今です蓬莱鷹ちゃん、電光石火の一撃ですっ!」
 ルンルンが迅鷹の蓬莱鷹に指示を出し、補佐に徹している。
 それでも、敵が対空防御網を抜ける時がある。
 というか、最後尾といえど迅鷹二匹では足りない。数匹はルンルンとキサラに到達するっ!
「二人は、ボクが守るっ!」
 いやん、と身構え敵の攻撃に備えたキサラの前に、コクリが割り込む。
 しかし、次はルンルンに群がりそうだ。
「させない」
――ズキューン!
 コクリのクナイが飛び、遥か前方から射撃音が。
「良かった‥‥」
 フランが倒れこみながらピストル「アクラブ」に持ち替え長距離援護したのだ。その代わり、この隙にひどく蟻に噛まれてしまう。
「フランさんっ」
「気にしなくていいよ、キャプテン・コクリ」
 ふっ、とウインクしてまた鞭で押し返すフランだった。
「あっ。ジゴクイヤーに感有り‥‥後からも来ちゃってます」
「くっ」
 超感覚で戦闘支援していたルンルンからの報告に、コクリが歯を食いしばる。もう、目の前の戦闘で手一杯だ。

 そして前方では、左右からブリザーストームが交差していた。
「千佳さん、生さん、助かったわ」
 一瞬できた隙間に、煌夜が降下してきた。
「しつこい! 瘴気の塵になっちゃいなさ〜い!」
 アーシャも囲まれハーフムーンスマッシュを食らわせながらやって来る。竹酢はどうもアヤカシ避けにはならなかったようで。
「退治しますか? 布を切り離しますか?」
 生がやって来る。甲龍の「龍尾」と自身のウインドカッターで暴れまくる千佳は着艦。
「よし、切り離すわ!」
 煌夜の決断は早い。レグルスに帆布を掴ませる。生のボレアもこれに習った。
「にゅ、船から落とすにゃ!」
 甲板に降り立った千佳とアーシャは、手当たり次第に帆布を結んでいた紐を切って回る。
「存分に叫びを上げなさい、魔弾! その名を此処に示しなさいな!」
――ガゥン!
 ローザは、援護射撃。ガイエルも空で足をばたつかせ、とにかく手数で戦っている。
「よし、行くわよっ」
「ではっ!」
 煌夜と生が飛び立ち、帆布を下にめくる。重い手応えだったが、ばらばらと羽蟻が落ちるうちに軽くなり、見事下に落とした。
「あっ!」
 甲板では、コクリたちがたたらを踏んだ。
「おおっ! ずいぶん楽になったな」
 艦橋では、軽くなった船体に八幡島が喜んでいた。重いというより、艦首に偏って取り付かれただめに相当バランスが悪くなっていたようだ。
 この作戦の効果はそれだけではない。
 落ちる途中でこちらに戻る敵もいたが、時間差ができたためチョコレート・ハウスは戦闘的にも楽になるのだった。


 とはいえ、まだまだ敵はいる。
 甲板では、コクリがついにルンルンとキサラを守りきれなくなっていた。
「せめてボクに攻撃が集中すれば‥‥」
 剣を振りながら言葉を搾り出すが、コクリに咆哮はない。
「コクリちゃん、キサラちゃん、私にじっくり集中するだけの時間を下さいっ!」
 ルンルンの声。普段ならそんなことは言わないだろう。やはり怪我が辛いのである。
 コクリとキサラが盾となっている間に、じっくりとスキルに集中し‥‥。
「ジュゲームジュゲームパムポップン‥‥ルンルン忍法砕フラッシュ!」
 フリフリドレスの裾が巻き起こる旋風にひらひらはためき舞ったッ!
 敵が油断して集まりに集まったところへの風神。大量の羽蟻アヤカシが木っ端微塵となった。
「やりましたですの〜☆」
 周りがすっきりして喜ぶキサラ。
 しかし、すぐにまた新たな羽蟻アヤカシが取り付いてきた。
「もう、次の布はないわよ? どうせなら全滅を狙いたいけど‥‥」
 腰溜めから雷鳴剣を放ちつつ、煌夜が戦う。戦意は衰えない。
「大丈夫ですか、コクリさん!」
 生がまた囲まれるコクリを気にして振り返る。
「朽葉さん、あぶないっ」
 逆に生が大量の敵に揉み潰されそうになったところ、最後のハーフムーンスマッシュでアーシャが割り込んできた。
「みんな、頑張って。下から合図があるまで粘ればいいんだからっ!」
 コクリがなりふり構わず叫んだ時だった。
「あっ。信号弾ですのっ」
「二つ上がっちゃってます。間違いじゃないですっ」
 キサラとルンルンが下からの合図を確認した。
 陸戦組が攻略目標を撃破した合図である。
「よし。離脱だな、キャプテン・コクリ」
「え? そ、そうだけど」
 突然、艦尾側に走り出したフラン。予想外の動きにきょとんとするコクリ。
「アヤカシ、こっちだ! ‥‥じゃ、出発した村で落ち合おう」
 艦橋の裏から声がしたかと思うと、フランは船尾側に隠していた滑空艇「ポーラースター」で飛び立った。羽蟻アヤカシがついてこれるような、ゆったりした速度で。――囮、である。
「フランさんっ、どうして一人でっ!」
 大声で叫ぶコクリ。
「おらっ、コクリの嬢ちゃん。指示を出さんかッ!」
 同時に、艦橋から八幡島の怒りの叫びが響いていた。
 う、と涙ぐむコクリ。しかし、意を決した。
「チョコレート・ハウス。転進っ!」
 コクリの最終指示。
 チョコレート・ハウスは残りの羽蟻アヤカシと戦いながら離脱する。
 作戦は、成功である。

 その後。
 出発した村付近に着陸したチョコレート・ハウス内で。
「時間は限られるけど、全力可動で振り切れることは分かってたからね」
 帰って来たフランが優雅に珈琲を飲みながらチョコレートを味わっている。その横で、キャンディーボックスを抱えたキサラが皆にキャンデーを配っている。
「コクリちゃん、ご褒美なの〜♪」
「ありがと。でも、用意がいいね」
「疲れたときには〜甘いものが食べたくなるの〜♪」
 聞いたコクリににっこり微笑むキサラだった。リリーにもあげて撫で撫でした様子。リリーは口の中で何かをころころしている。
「ともかく、陸のみんなの帰りも待ってギルドに報告に行くにゃ」
 明るく言う千佳。チョコレート・ハウスの名声も高まるだろう。

●おまけ
 夜。
 チョコレート・ハウスの船室。
「や〜ん、そんなにたくさん食べられないです〜」
 アーシャがもぞりと寝返りを打っていやんいやんしている。乱れる髪の毛。上気する頬。
 寝言である。
 昼間に食べたチョコの量が物足りなかったのかもしれない。