【南那】霊騎で遠乗り♪
マスター名:瀬川潮
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 易しい
参加人数: 10人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/08/24 20:26



■オープニング本文

 場所は泰国南西部。南那のとある村外れ。
「まったく調子がいいんだから。私は、何か信用できないなぁ」
 南那正規軍の天幕で、深夜真世(iz0135)がアヤカシ「大団子虫」退治と紅風馬軍とアヤカシ退治で協力した形になったこと、一騎打ちを仕掛けられて「俺たちと取り引きしたいなら、まずはそっちで夕餉の用意をしろ」と言われたことを報告していた。
「気持ちは分かるが、まあうまくいったようで何よりだ」
 真世の話を聞いて、論利が笑顔を作っていた。
「だって、今まで商隊を襲ったり何の罪のない人を酷い目に合わせたんでしょう?」
「犠牲者の遺族などは、まさに真世君の感情を抱いているでしょうね」
 真世に向かって、優しいのですね、を目を細めてから南那正規軍の隊長、瞬膳が言った。
「国家同士の戦争だと、そういう感情だけだと血を血で洗う戦いになる。紅風馬軍ですら、復讐対象は皆殺し、なんて考えはないぞ」
「べ、別に敵は皆殺しとまでは言ってないじゃない〜」
「我々の目的は、住民が安全で安心して暮らせる領地づくりだ。和解することによって、住民が今後安心して暮らせるなら早期に手を組むべきでしょう。‥‥いろいろやりましたが、早期に退治や追放ができなかったのですから、次善作を取るべきです」
「ん‥‥。むー‥‥」
 論利の突っ込みに反論する真世だが、瞬膳の言葉で黙った。
「おそらく、紅風馬軍の要求は唯一の陸路脱出できる北の砦を無事に通らせることでしょう。‥‥この騒ぎを機に、砦を戦力増強して、対外だけでなく対内にも強化しました」
 その代わり、巡回部隊が手薄になるので開拓者に手伝ってもらった、と結ぶ。
「‥‥逆に砦を開放して、わざと通ってもらっても良かったんじゃない?」
「南那の防衛戦略の双璧、『防壁の森』と『北の砦』がともに突破された、などという風潮が立つのは困りますのでね。‥‥ともかく、和平の夕餉は整えるとして」
 珍しく冴えた真世の論をあしらっておいてから、瞬膳は口調を変えた。
「旅泰商人から聞きましたが、『霊騎』という不思議な馬に乗る開拓者もいるようですね?」
「うん。私の弓友達も、尖月島でイルカと泳いだ時に乗ってたよ?」
 ぱちくり、としてから答える真世。
「お金は負担しますから、真世君はすぐに戻って霊騎乗りになってください。‥‥そしてモノを見て良ければ、南那でも積極的に取り入れます。珈琲通商組合の林青も一緒に連れてきてください」
「隊長さん。紅風馬軍との夕餉の準備はどうするんだい?」
 熱心な瞬膳に、論利が水を差す。
「だから、急ぎます。‥‥紅風馬軍に霊騎はいないでしょう? 何なら一頭、紅風山千に贈ってもいい。それで住民の安心が買えるなら安いもんだ。‥‥紅風山千、馬には興味があるでしょう?」
「ま、そりゃそうだが」
「今はちょうど出方の探り合いで静かになるはず。急いで椀那(ワンナ)に戻りましょう。そこで霊騎を見て、林青とは備尖(ビセン)で落ち合います。早急に霊騎持ちの開拓者を雇ってください」
「備尖?」
 真世が知らない地名に首をかしげた。
「領主、椀氏の膝元で最大の都市である椀那の海の玄関口です。ほら、椀那沿岸は遠浅で製塩業が盛んでしょう? 半面、水深がないので大型の交易船は入港できないんです。元々漁業と製塩の都市が盛んな土地柄なので、こうした機能分散型の領地になっているんですよ」
「うー。とにかく、夕餉の前に私が霊騎を飼い始めて、霊騎持ちの開拓者と一緒に戻ってくればいいのね? 林青さんには備尖で待っててもらって‥‥」
 難しい話に頭を抱えつつ、自分のすることを簡略して整理する真世。
「ほら、珈琲杯競馬をしたでしょう? あそこで霊騎と遊んで、それから備尖に遠乗りです。備尖ではいま、『めろぉん』が多く取り引きされています。甘いですよ? それを味わいに行きましょう」
「えっ! 甘いの? ‥‥うんっ。競馬をした練馬場で霊騎ちゃんと遊んで、遠乗りして甘味を食べに行くのねっ」
 真世、この説明だとすんなり理解できたようだった。

 ともかく、さっそく霊馬を購入し「静日向(しずかひなた)」と名付けた真世と一緒に、泰国は南那で正規軍に霊騎の動きやスキルを見せつつ調教、備尖まで遠乗りして泰国産「めろぉん」を味わいに行く霊騎乗り開拓者の募集が張り出されるのだった。


■参加者一覧
バロン(ia6062
45歳・男・弓
からす(ia6525
13歳・女・弓
瀧鷲 漸(ia8176
25歳・女・サ
シルフ・B・シュタイン(ia9850
17歳・女・騎
ジルベール・ダリエ(ia9952
27歳・男・志
アーシャ・エルダー(ib0054
20歳・女・騎
雪切・透夜(ib0135
16歳・男・騎
アイシャ・プレーヴェ(ib0251
20歳・女・弓
ロック・J・グリフィス(ib0293
25歳・男・騎
クロウ・カルガギラ(ib6817
19歳・男・砂


■リプレイ本文


 南那正規軍の練馬場に、人だかりができて感心する声などが響いている。
「ほぅ。これが‥‥」
「仄かに光を纏っているのか?」
「落ち着いて賢そうだが、どうだろうな?」
「ま、動きを見てみんことにはな。馬ってのは走ってみんと分からんからな」
南那の兵士たちは好奇心旺盛に霊騎に熱い視線を注いでいる。
「まさか霊騎がこれだけ集まるとは‥‥。皆さんに感謝します」
 正規軍の人だかりから一歩前に出て言うのは、瞬膳隊長。
「うんっ。みんなもう手に入れてるんだもん。凄いよね〜」
 にっこにこで周りを見るのは、深夜真世(iz0135)。自分の霊騎、静日向を撫でる手は止めない。
「しかし、これはまずいのでは?」
 兵士の一人が指差したのは、瀧鷲 漸(ia8176)の連れて来た鷲獅鳥、「ゲヘナグリュプス」。体毛が深紅と黒に覆われていて、禍々しさがある。
「何、飛ばさないので問題はあるまい?」 
 大柄で堂々とした漸は、この目つきの鋭い朋友をなだめ他意はないことを示す。
「いや、情報のない朋友だ。‥‥この練馬場内は私の管轄だ。ここでなら飛ばしてもいいでしょう。新情報を得るせっかくの機会ですから高く飛びすぎるなど派手にならないなら自由にして我々に見せてください」
「まあ、こっちでは珍しいだろうからな。グリフォンは」
 瞬膳の言葉に涼しく返す漸だったが、ゲヘナグリュプスを撫でる手が嬉しそうだ。
 と、その背後で。
「今日もよろしく頼むぞ、白蘭花。また、共に地を駆けるとしよう」
 ロック・J・グリフィス(ib0293)が、いつもと同じように軍から愛用の軍馬「白蘭花」を借りて連れて来ていた。
「ロックさん?」
「‥‥霊騎はよい馬だと聞くが、しかし、今まで共に戦ってきた白蘭花と別れるのも忍びないのだよ、真世嬢」
 彼にしては珍しく、自らをあざ笑うような表情をしている。複雑なのだろう。
「はっ!」
 迷いを断つように白蘭花に騎乗する。ひらめくマントが隠し、次に顔が現れた時にはもう、いつもの迷いのない顔に戻っていたが。
「私も、アルタイルが気に掛かるけど‥‥」
 アイシャ・プレーヴェ(ib0251)も今まで共に戦った軍馬「アルタイル」を気遣うが、今日は霊騎の「ジンクロー」と一緒だ。
 その隣から、一騎が前に出た。
「お、真世さんも自分の霊騎買うたんや。ばっちり乗りこなしてるか?」
 にこやかにジルベール(ia9952)がやって来た。
「う、大体乗りこなせてると思う。‥‥って、ジルベールさんはどうなのよぅ?」
「うちのヘリオスは見た目は立派やけどまだまだ子供でな。もうちょい落ち着いてくれたらエエんやけど」
「あ。‥‥ああんっ、行っちゃった。も〜。ジルベールさんも落ち着きないんだから〜」
 呆れる真世。ジルベールは亜麻色の体毛と琥珀色の眼を持つ霊騎「ヘリオス」を駆り元気いっぱいに駆け出していた。ヘリオス、走りたくて走りたくてたまらなかったらしい。
 走り去った後に、霊騎「シルバーガスト」に乗ったバロン(ia6062)がやって来た。
「ふむ、見れば弓術隊が少ないようだが‥‥。ちょうどいい、調練に付き合おうか」
「真世殿も一緒にいかが?」
 兵を見回し威風堂々意うバロンの隣にいたからす(ia6525)が、真世に振る。からすが乗るは、黒色赤眼の霊騎「深影」。馬も乗り手の服も黒い中、彼女の顔だけが白い。ふっ、と微笑。
「うん。からすさん、教えてね」
 真世が頷き、特訓開始。

 その頃、厩舎にて。
「今日はゆっくり相手してあげられなくてゴメンね〜」
 アーシャ・エルダー(ib0054)が今まで南那戦線で共に戦ってきた軍馬「ベガ」を手厚くお世話していた。なでなで。
 と、その髪の毛を霊騎「テパ」がはぐはぐ噛んでいる。真っ白の体に、尻尾には青みがかった毛がメッシュで入っている。どうやら甘えんぼさんで、「私も鎌って〜、鎌って〜」な感じ。


 改めて、練馬場。
「さて、いこっか黒蓮」
 雪切・透夜(ib0135)が、ひらりと黒い馬体の霊騎「黒蓮」に跨った。白い衣装で固めた透夜と好対照だ。
「うん、いい」
 軽く走らせ、黒蓮の大人しさと指示への柔軟さ、スムーズな足運びに首筋を撫でてやる透夜。ぶるん、と黒蓮も嬉しそうだ。
「じゃあ、『チャージ』を。そうそう、力を溜めて‥‥。次はそのまま、『高速走行』‥‥」
 次々霊騎のスキルを試す。併せ馬となって寄せていた南那の兵は一瞬の加速に「おお‥‥」と驚いていた。
「よっ!」
 そこへ、クロウ・カルガギラ(ib6817)が霊騎「ユィルディルン」に乗ってやって来た。
「やっぱり霊騎はいいな。全力で走らせる機会がなかったが、これなら思いっきりできるな」
「ええ、そうですね」
 生き生き話す砂迅騎のクロウ。騎士の透夜もにこやかに返す。
 そこへ、ジルベールもやって来た。
「透夜さん。せっかく練馬場やし、連携攻撃の練習なんてどない?」
「いいですね。やりましょう」
「じゃ、俺は軽くコースを走らせてスピードの感覚を掴ませてもらおうかな?」
 ジルベールと共に仮想敵の案山子を作る透夜。クロウは競馬の周回コースへとユィルディルンを向けた。
「お‥‥」
 馬首を巡らせたクロウの視線の先では弓術師が頑張っていた。バロンやからす、真世もいた。
 その一瞬の隙に。
「じゃあ、あたしも一緒に」
 シルフ・B・シュタイン(ia9850)が、霊騎「エアリアル」に高速走行をさせて一気にクロウの横につけた。
「こう見えてもあたし、昔は競馬の騎手を目指していた事もありましたからね〜☆」
 おっとりと、それでいて誇らしく言う。明るく朗らかな娘‥‥失礼、女性騎士である。
「今日は、エアリアルの調教を含めた親睦を図るつもりなんですよ〜☆」
「そりゃいい。じゃ、行こう」
 改めてユィルディルンを狩るクロウだった。
 その遠方上空には、鷲獅鳥が1匹。
 漸が跨っている。ゲヘナグリュプスだ。
「よし、ゲヘナ。行けっ!」
「グァアッ!」
 主人からの命に従い、大きく翼をはためかせた駿速から急降下。瞬膳の立てた大型の案山子に対し、クロウを見舞うとさらに翼をばたつかせ静止し鋭い嘴でぐっちゃぐちゃにする。
「これが『バイトアタック』だ」
「これは恐ろしいな‥‥。分かった、ありがとう。これ以上は苦情が来てはまずいので降りてください」
 漸は地上に降りると暴れてすっきりしたゲヘナグリュプスを預け、いつも軍から借りる軍馬「ホーエンツォレルン」に跨り技を磨くのだった。


 さて、漸と分かれた瞬膳隊長。弓術部隊の訓練している場所に向かった。
 時は少し遡る。
「まあ、百聞は一見に如かず」
「‥‥お待たせ、バロンさん。言われたとおりにしたよ〜」
 バロンは、指導する立場の説得力として模範演舞を披露することにした。真世が準備に手間取ったが、無事に的を多く設置した。
「まずは‥‥」
 バロン、シルバーガストに乗る姿勢も崩さす六節から発の流れるような短縮射撃を見せる。もちろん的の中心を射抜いている。バロンの一連の動きはもちろん、射た後の姿勢も美しい。
「はっ!」
 さらに間髪入れずシルバーガストを動かした。どうやら今度は遠くの的を狙うらしい。もちろん、的の面に正対しない位置にあり狙いにくい。が、シルバーガスト、賢い。最適置で的に正対する位置に回り込んでいる。バロンはカザークショットを使い移動中でも姿勢が崩れない。
――とん。
 いつ、撃ったか。
 またも六節で素早く中心を射抜いていた。
 と、ここで南那正規軍から不満の声が挙がった。
「腕がいいのは分かったが、ここじゃ『将を射るならまず馬から』と言って‥‥」
「『戦う覚悟があるならまず馬を怒らせよ』という意味さ。つまり、弓なんざ騎馬の格好の餌食ってね」
 口々に言うばかりか、笑い声まで漏れる。
「何だと?」
「待て」
 バロンが激怒したところで、瞬膳がやって来た。
「弓が騎馬に先に潰されるのは、それが厄介だからだ。本質を見失うな。‥‥バロンさん、失礼しました。お詫びに、一手ご指南願えますか?」
「いいだろう」
 二人の目つきは、真剣勝負だった。
 そして、かなりの距離を取る二人。バロンは、大型の弓「幻」。瞬膳は剣を手にしている。
「行くぞっ!」
 バロンの掛け声で、戦闘開始。
 結果は!
「さすがです。まったく臆しませんね。二発目も早い」
「何、こちらこそ驚いたぞ。確かに言うだけはある」
 バロンの初撃は身を小さくした瞬膳の乗る馬の面子に当たったが、被弾経始を考慮した鋼の形状で流れた。その間に瞬膳は一気にバロンの手前まで迫り剣を振りかぶった。瞬膳の小から大への姿勢変化は一気詰めの恐怖をさらに増す効果がある。
 バロン、不屈の精神力で迫撃の恐怖に打ち勝ち平静を保った。そして六節で二射目。しかし不味いと踏んで外す。次の瞬間、切っ先の届いた瞬膳もスイングを止めていた。
「‥‥見ての通りだ。このレベルを目指し、普段手を抜いている弓を鍛えよ!」
 敗北した瞬膳の言葉に、兵たちは納得した。
「へえっ。あんたもやるなぁ」
 感心の声は、からすと深影にも向けられた。
「相方を信頼し、協力するのだ。共に命を預ける相手だからね」
 からすは五文銭のスキルを使い、綺麗な流鏑馬を披露した。
 いや、それだけではないぞ。
「深影、『好きに遊んでいいぞ』」
 にやり、と意味深な指示を出した。
 途端に人々の間を縫い始める深影。
 いや、一見気紛れだか、正確に的に正対するように動いている。‥‥順番はでたらめだが。
「それでいい」
 からすも人が悪い。
 わざと安息流騎射術で背面射撃で的を射たかと思うと、カザークショットで今度は正面を狙ったり。
「なるほど、これだけ動き回られれば先の戦法は使えないか」
 瞬膳も唸る、効果的な動きだった。


 ところで、真世はどこに行った?
「真世さん。その子、お名前はなんていうんですか?」
「『静日向』って名付けたんですよ〜」
 なんと、弓の訓練を抜け出してアイシャときゃいきゃいしていた。
「私はアイシャって言います。こっちの子はジンクロー。よろしくお願いしますね。それから‥‥真世さんの事を、私の親友のことをよろしくお願いしますね」
 願いを託し、静日向を撫で撫でするアイシャ。
 そこへ。
「あ、アーシャさん」
 ようやく、アーシャがやって来た。
「真世さん、アイシャ、この子、霊騎のテパですよ〜」
「に、にっこにこね、アーシャさん」
 アーシャの元気っぷりに気圧される真世。いつものことだが。
「お互いに一目ぼれなのですよ。夫と私のときみたいに〜〜」
 きゃっ♪ とか左足をレの字に曲げるアーシャ。
 ここで真世、背後から声を掛けられた。
「どう? 深夜さん」
 クロウとシルフだった。
「あは‥‥。バロンさんとからすさんが凄すぎて逃げてきちゃった」
「それはいかんな」
 漸も寄って来て、真世の頭を優しくぽふり。
「できることからすればいいさ。例えば、馬上で弓を使う時、どうしても右側に撃てない角度が出来るだろ? そこに敵を回りこませないように位置を取る、とかな」
 クロウはアドバイスする。これは良かったようで、さすがに真世も理解したようだ。早速確認してみたり。
 ここで、ロックがやって来た。
「まあ、以前と比べれば、かなりの上達ぶりだ。‥‥真世嬢、まだ、馬で走るのを恐ろしいと感じるかな? 共に地を駆ければ、馬は己、己は馬、自らの足で走るのと何も変わらないものだ」
「う、うん」
 カツカツとこまめにステップの練習をする真世に付き合う。
「お。あの二人、やってるな。‥‥紅風馬軍の動きは流石というところだったしな。私もいずれああいう風になりたいものだ。そのためにも‥‥」
 漸はジルベールと透夜の連携訓練を見て意を決したようにそちらへ行く。ロックも見て、これを追った。
 その、ジルベールと透夜。
「よっしゃ、いくでぇ」
 ヘリオス騎乗のジルベールが仮想敵の丸太に近い案山子に突っ込んでいた。振りかぶる片手剣。一瞬、ジルベールの眼が怪しく輝く。
――バサッ!
 極北を使い右手脇の下を狙いそのまま右に駆け抜ける。一陣の風だ。
 いや、風はひとつではない。
「隙はできるだけ与えない‥‥」
 黒蓮の透夜だ。
 間髪入れず鉤薙斧「ヴァリャーグ」でフルスイングし左を駆け抜ける。
――ぼとっ。
 案山子は胴体から真っ二つ。
「いい手応えです」
「次はもっと太い丸太がええなぁ」
 というわけで、もう一度。
 今度は透夜が先に突っ込み、わざと浅く入るようにハーフムーンスマッシュ。そのまま右に抜ける。
「回避先は左やな」
 続いてジルベールが左寄りに突っ込む。ヘリオスの踏み付けが立てた丸太の右側外しに入り、さらに避けたと想定しジルベールがダウンスイング。
 この様子に、透夜もにっこり。
「バリエーションが増えて楽しいですね」
「いやー、俺らなかなかええコンビなんちゃう? なっ?」
 透夜に寄せてばんばん背中を叩き喜ぶ透夜。透夜、苦笑しつつもやっぱり喜んでいる。
「勿論お前ともな、ヘリオス」
 今度は相棒の首をぽんと軽く叩いてやったり。
 と、そこへ。
「俺たちも行くぞ!」
「いいだろう。まずは貴様に先手を頼む」
 ランスと盾を構え騎乗するロックと、同じく斧槍「ヴィルヘルム」の漸も突っ込んできた。
 楽しそうだな、俺たちも混ぜろ状態だ。

 場所は、真世たちに移る。
「真世さん、少しは上達してますよね? だったら、競争でもどうですか?」
「柵を跳び越えるとかはさっきクロウさんと試しましたから、ちょうどいいですね〜」
 アイシャの提案に、シルフがおっとり賛同の声。
「さ〜て、テパ、初陣だからね。遊びじゃなくて本気で行くからね。‥‥せめてアイシャには負けたくないからね!」
「いーだろ。へへっ、負けねーぞっ」
 アーシャがテパの首を撫でるとクロウも変わった。
 そんなこんなで、競馬コースを周回するのだった。
「怠らず修練を積めばこのような真似も可能になる。弓に限らず、また馬上に限らず、姿勢と重心は武術の基礎じゃ。姿勢が崩れれば心も乱れ、隙が出来る。基礎を疎かにするでないぞ」
 コースの中では、正規軍の弓術を鍛えるバロンの厳しい声が響いていた。


 そして、開拓者たちは訓練を終えて遠出に出発した。
 目的地は、備尖。
 主に海岸線を横に見ながら草原を走るコースとなる。
 列を成し駆足(キャンター)で行く一行。
 やがて崖の上を通るコースに。
 青い海と青い空が視界いっぱいに広がる。思わず速足(トロット)にスピードを緩め、やがて止まる一同。
 海からの風が草原を、たてがみを、そして乗り手の髪をなびかせる。
「これは‥‥」
 透夜が目を輝かせた。
「少し休憩しましょう。ほら、真世さん。すごく素敵ですよね、この風景」
 皆に頼んでおいてから、スケッチブックを取り出し、真世を振り向いた。
 が。
「シルフさんて、やっぱり今も抑えて走ってたの? さっきの競馬みたいに」
「競馬の時は、最後に蓄えた力を一気に解放してスパートするため、今は、エアリアルと一緒に楽しむためですよ〜」
 真世はシルフとの会話に夢中だったり。やれやれと肩をすくめる透夜。あとからゆっくりこの素晴らしい光景を見せてやろうと筆記用具を滑らせ始めるのだった。
「しかし、霊騎の高速走行にファクタ・カトラスを絡めたりするのは意外と難しかったな。練習ができて何よりだ」
「私も、テパのチャージにオーラドライブのフルスイングを試しましたが、会心の手応えはすぐには出なかったような」
 クロウとアーシャは、最後に特訓した内容を話している。
「‥‥やはり、霊騎の方が良いのだろうか?」
 悩んでいるのは、ロック。
「開拓者の激しい戦闘には、霊騎の方が向くみたいだな。それに、やはり馬自体の攻撃力が違う」
 ロックと同じく軍馬に乗っている漸が、通常の馬と霊騎との手応えの差を話している。
「こればかりは仕方ないだろう。‥‥それより、借り物でなければ南那以外にも連れて行ける」
 ずずず、とお茶をすすりながらからすが指摘した。
 実はからす、ここまでの遠乗りの途中から馬に跨るのではなく、片側に両足を揃え横になる「お嬢さま座り」で騎乗していた。朋友としての信頼関係の確かさが伺える。
「そうか‥‥」
 考えに沈むロックであった。
「真世さん。いまもいいですが、ここの夕日もきっと‥‥」
「うんっ。きっとそうだよ♪」
 透夜の方は描き終えたようで、真世と改めて話したり。
「贅沢な話ですよね。こうやって各地を巡り、人に交じるのって。ジルベリアに居た頃では無理でしたが‥‥その時の分も楽しまないと」
 透夜のこの言葉には、その場にいた全員が頷くのだった。


 再び出発した一行。
 備尖は小ぢんまりとしていたが、大きな船もちょうど入港しておりにぎやかだった。
「おおい。真世君、瞬膳さん、こっちこっち!」
 ひょろりとして姿で手を振るのは、すでに南那の通商において顔役にまでのし上がっている珈琲通商組合の旅泰、林青。背後には多くの霊騎を従えている。
「瞬膳さん、とりあえずこれだけ霊騎を手に入れたからよろしく。それとそこの騎士さん、ギルド職員の翠嵐さんからこれを預かってきた」
 林青、ロックを手招きして一頭の霊騎を引き渡した。
「料金だけ渡して白い霊騎を探してくれって注文したそうだね。翠嵐さん、困ってましたよ? 『ようやく見つけたから、早く受領してください』ってさ」
 その霊騎は、ロックが南那正規軍から借りて今まで調練していた白蘭花と瓜二つだった。
「本当は、この白蘭花が霊騎だったらよかったのだが‥‥」
 悲しい顔もしたが、白蘭花は南那軍馬。瞬膳の計らいで新たな霊騎に同じ名前をつけることにした。
 そして、さる食堂にて。
「それじゃ、皆さんには特産のめろぉんを‥‥」
 めろぉんは三日月形に切ってある。仄かな甘さがすでに香っている。後はふぉーくで食べるだけだ。
「とりあえず、いただきま〜す」
 ぱくっ、と口にする真世。その味は?
「うむ、甘く冷たく水分もある。この夏にとても良いものだな」
 からすが微妙に目尻を下げている。
「ふむ、訓練後に良いの」
 バロンも納得。
「こいつは‥‥いいな!」
 目を輝かすのはクロウ。祖国の食品とも合わせたら上手いのじゃないかと思いを巡らせる。
「美味いものだな」
 ナプキン姿のロックも上品に。
「ふっ、愛国者の私を食で虜にするとは侮れません。可能ならお土産に持って帰りたいです」
「そうですね。‥‥種を持って帰りましょう。自然好きな身内が、育てたがるでしょうから」
 納得するアーシャに、美味しさに目を丸めた透夜もくすくす楽しそうだ。
「エアリアルも食べるですかね〜?」
「きっと食べる。私の深影も喜びそうだ」
 シルフがぼんやり言うと、からすが背中を押した。果たして、与える斗深影もエアリアルもはぐはぐと食べた。
「あっさりしてて、暑い時期にはちょうどエエなぁ。‥‥それはともかく、これってどこまで食べれるん?」
 すっかり気に入ったジルベールは、外皮ギリギリまできれいに食べてたり。
「私だって。‥‥う」
「仕方ないな、まよまよは。ほら、私のを少し分けてやるから口直ししろ」
 対抗した真世は外皮を食べ涙目。漸の好意に甘える。
「紅風馬軍にも持って帰ったろか?」
「とにかく、食べたらぶらぶら買い物ですね。お姉、真世さん、水着とかかわいいドレスとかあるかもですよ?」
 そんなこんなで手を取り合ってきゃいきゃい買い物に出発する。
 もちろん、彼女らを先頭に全員がそぞろ歩き。
「この街は色んな国のもんが入ってくるんやなぁ」
「あ、真世さん。これを差し上げますから、後から見てくださいね」
 きょろきょろするジルベールに、海岸を描いた紙を丸めてリボンで止めたものを真世に渡す透夜。絵には真世も描いてあったり。
「ふむ、鍛えた彼らもこの賑わいを守れるよう、頑張ってほしいものだな」
 最後尾のバロンはそうつぶやいて振り向くのだった。