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■オープニング本文 ひょうと冷たい夜風が渡る雪原は、満月の月明かりで青く静かで微妙に明るい。 地面は、一面の雪化粧。 さく、と深くない新たな足跡が旧く形のおぼろになった足跡の上につく。 踏みしめたのは、一人の女性。妙齢である。 ふと越し方を振り返ると、点々と自らの足跡のみが続いている。 ほう、と吐息。 細身細面の容姿にはかなさが漂う。 眼差しは、何を見るか。細めた瞳が煙り、まつげに細雪が乗った。うつむくと、歩みを続ける。 一体、どこへ行こうとしているのか。 あるいは、彼女自身特に考えてないのかもしれない。 ふと、顔を上げる。 目が、見開かれた。 広々した丘陵地帯の一角に、何かが浮いているのだ。 まるで、人が輪になってくるくる回っているようだった。 「かごめ、かごめ‥‥」 つぶやいてみて、理解したようだった。 子どもの幽霊が、遊んでいるところにそっくりなのだ。 「私の、赤ちゃん」 さくさくさく、と歩調が早まる。青白くほのかに透けて見える幽霊の子ども達は、いずれも楽しそうに遊んでいるのだ。大人の頭の位置程度まで浮かんで輪になってくるくる、くるくる。 くるくる、くるくる‥‥。 「何、ともえの姿が見えんと?」 時は、先の丘陵地での出来事とほぼ同じ。 近くの村で、一人の女性がいなくなったと騒いでいた。 「あれは婿が死んでから様子がおかしかった」 「そうじゃ。婿がもののけ退治で死んだ場所に行ったのかもしれん」 「ばかな。ともえが一人で行ってどうなる。死にに行くもんじゃないか」 「死にに行ったんだよ、きっと。早く探し出さないと」 「山狩りじゃ、山狩りじゃ」 大騒ぎである。 「おっと、もののけがおる森には行くなよ。探しに行った者まで死んだら目も当てられん」 どうやら、深夜に丘陵地帯に行ったの女性はともえというらしい。とにかく、もののけがいる森に至る丘陵地帯まで捜索隊が出る事になった。 そして、ともえの足跡を追い捜索隊が件の場所付近に接近する。 「おわっ、ありゃあ何じゃ?」 「幽霊じゃ。子どもの幽霊じゃ」 「ひいいいい。わ、輪になって回っとる」 「おい、あそこに倒れとるのはともえじゃないか?」 捜索隊の男衆の一人が指差す。確かに、女性が倒れていた。距離はあれども、彼らから見て登り勾配なのでその姿は容易に視認できた。幽霊と捜索隊の中間地点だ。 その時だった。 幽霊の子ども達が一斉に振り返ったのだ。 「う、うわあああ」 正面にいた一人の男が、頭を抱えて倒れた。 「お、おい。大丈夫か?」 「に、逃げろぉ」 場は、大混乱であった。 翌朝。 件の場所付近に、ともえと捜索隊の男衆二人の遺体が転がっていた。いずれも、外傷はない。 「夜だけ出る幽霊かもしれんな」 「なあ。もう村の力じゃどうにもならんで。助けてもらおう」 「そうじゃな。まず子どもの幽霊を何とかしてもらわんと話にならん」 ぶるぶる震える村民達だった。 |
■参加者一覧
紅鶸(ia0006)
22歳・男・サ
葛城 深墨(ia0422)
21歳・男・陰
深山 千草(ia0889)
28歳・女・志
橘 楓子(ia4243)
24歳・女・陰
御凪 祥(ia5285)
23歳・男・志
煌夜(ia9065)
24歳・女・志
霧咲 水奏(ia9145)
28歳・女・弓
そよぎ(ia9210)
15歳・女・吟 |
■リプレイ本文 ● 「それは、重ねた悲劇でしたね‥‥」 依頼のあった村で、深山千草(ia0889)が瞳を翳らせた。 「ああ。井村陸朗と妻のともえも、ほんに可愛そうなことになった」 千草に話しかけられた村長は、しみじみと言葉を絞り出した。 どうやら二人は流れ者で、駆け落ちしてきたそうだ。ともえは名家の娘で、陸朗は流れ者。深まり燃え上がる愛情と、周りの冷たい目線。駕篭の中にいるような閉塞感から逃げ出しこの村まで来たそうだ。 が、村人は二人を受け入れたが、万事快くといくはずもない。 「‥‥その、最初は二人に冷たくしたが、これは仕方のないことじゃろう。じゃが、陸朗が亡くなったのは本当にかわいそうなことだと思っとる」 何と陸朗、村人の信頼を勝ち得るために単身、森に住むというアヤカシ退治に出向いたのだ。 「聞けば、ただの小鬼。しかも群れてない。‥‥こちとら伊達に流れ者をしてねぇ。開拓者が言ってたよ。一匹程度の鬼なら剣術修行をした一般人でもなんとかなるって」 どうやら陸朗、件の腕に覚えがあったらしい。そう言って退治に行き、それきり帰ってこなかった。 その後、ともえは錯乱したが身籠っていたことが分かり落ち着いた。しかし、流産となる。深夜に村を出奔した原因となった。 「‥‥必ず、敵を」 おっとりしていた千草が、言い切った。突然変わった口調に村長はびっくりしたが、仮に千草をよく知る者がこの場にいたらさらに驚いていただろう。いつも柔和な表情に厳しさが浮かんでいる。あるいは流産の話が、「良き妻、良き母」になるはずだった彼女の義憤に火をつけたのかもしれない。 ● その後、千草はアヤカシが出た場所に向かった。まだ日は高い。 「夫婦揃ってアヤカシに。‥‥悲劇、と言うしかないですか」 ぱしっ、と一面の銀世界に乾いた音が響く。千草に同行する紅鶸(ia0006)が右拳を握り締め、やるせない気持ちとともに左掌に打ち付けたのだ。 「かごめかごめは楽しいけど、それで死んじゃう人達がたくさんいるなら迷惑なのね」 「童歌と子供の幽霊、か 無邪気に見える分残酷性が増すねぇ」 開拓者はほかにもいる。そよぎ(ia9210)が白い靴をるん、と高く上げ歩きながら歌うように言うと、橘楓子(ia4243)が妖しく笑った。 「そうですね。子の姿と言えどアヤカシには変わりなく。悲劇の連鎖の一つ、必ずや滅しましょう」 少々場違いで妖しい空気となったが、霧咲水奏(ia9145)がうまいこと流れを元に戻した。まあ、村人が同行していないので問題はないのではあるが。 そのうち開拓者は雪面に残る足跡の先まで到着した。 「いないわね」 残念そうに言うのは、煌夜(ia9065)。どうやら今回のアヤカシ、彼女の興味の琴線に触れるものだったようだ。それだけに、有益な新情報がないのにもがっかりといった感じ。知識欲の高い彼女らしい。 「俺は、思うんだが‥‥」 ここで、御凪祥(ia5285)が口を開いた。 「一人、足りなくないか?」 「へっくしょん」 場所は変わって、村外れ。 「最近、寒いからな‥‥」 一人別行動を取っていた葛城深墨(ia0422)が、くしゃみをしていた。 (そういえば、村の墓地に入れてもらえたんだな) ぼんやり思いながら、背後を振り返る。陸朗とともえの墓がそこにはあった。死してようやく、村に全面的に受け入れられたのだ。 「悲しい話だね‥‥」 仕方のない話だとはいえ。 手は、先ほど合わせた。それだけ言って墓地を後にするのだった。 ● そして、深夜。月の光が一面の雪原を青く青く染め上げる。 音はない。 静寂が支配する、動く者すら――いや、赤い灯火が列を成している。開拓者の8人だ。 と、その灯火が二手に分かれた。作戦行動の開始である。 「これは黒絵を出すまでもなかったかもな」 人数が少ない方で、深墨が嘆いた。先ほど、人魂――コウモリの羽を広げた小さな女性のようだった――を射出したのだが、視界を広げるまでもなく、輪になって踊る幽霊型のアヤカシは容易に視認できたのだ。 青白い。 注に浮かんで10体がくるくる回っている。確かに「かごめかごめ‥‥」と歌っているような動きだった。 「葛城殿、やはり拙者が先に弓矢で‥‥」 「いや、アヤカシ全員が振り返えれば死角ができるから」 水奏が心配したが、深墨は振り切って単独で接近した。その間に、そよぎが「寒い寒い」といいつつも、甲斐甲斐しく水奏の火矢の手伝いをする。 開拓者の作戦は、こうだ。 「遭遇した時、灯をもってる人が集中的に狙われたとか」 村での作戦会議の席で、煌夜が身を乗り出し人差し指を立てた。 「理由は分かんないけど、使えるわね。松明もって囮役が近付いて、アヤカシが釣られたら私たちが急襲。囮に危険な役目を任せちゃうけど‥‥確実に相手を倒すことで報いさせてもらいましょう」 攻撃は、引き付けることになるか突貫するかは流れ次第となりそうだった。 場面は、囮役の深墨に移る。 「後ろの正面だぁれ、ってか。ちょっと怖えーなぁ」 じりじり近寄りながらひとりごちる。というか、明らかに怖いもの見たさが交じっている。陰陽師だが、念のため刀を持ってきていたり。果たして、使うことになるのか。そもそも、この作戦はうまくいくのか。 通常戦闘の間合いの4倍まで、あとわずかッ! ● 突然、だった。 件の間合い。 宙に浮いていた幽霊が、ばばばっと深墨を振り返ったのだ。 眼窩がぽっかり落ち窪み黒い闇になった、10人の子どもたちの青い顔が一斉にッ! ――誰・ダレ・だれ・DAREッ! 脳の中に直接呪詛の言葉が響く。高い声で・掠れた声で・恨みがましい声で・殺意を込めた声で。 「くっ!」 深墨が両手で頭を抱えバランスを崩す。集中砲火を浴びた形だが、意地で抵抗し切った。 「あっ。痛いの痛いのとんでけ〜」 そよぎが慌てて出てくると、精霊の力を借り神風恩寵。その後ろでは水奏が容赦なく火矢を乱射し威嚇する。 「あ〜、怖え。そよぎさん、逃げ打つぞ」 「え? ううっ、足速いの〜」 片目をつぶって頭を振る深墨がきびすを返し、そよぎが遅れまいと慌てて続くのだった。当然、アヤカシは追って来るものと判断している。 が、しかし。 「あ、そんな」 予想外の展開に、水奏が思わず手を止めた。 なんと、敵は寄ってくることはせず輪を乱してぐるぐる無秩序に飛びまわり始めたのだ。逃げ惑っている風はないが、どんな動きに出るのか読めなかった。 「攻撃は最大の防御ってな!」 ここで、別方向から殺到していた強襲組が通常戦闘間合いに突っ込んできた。まずは紅鶸が大きく足を踏み込んでからド派手に長槍「羅漢」をぶち込む。 「紅鶸、しっかりやんな」 まだまだそんなもんじゃないだろうあんたの力は、と「艶楓の姐御 」こと楓子がはっぱをかける。こちらは陰陽符「九十九」からカマイタチ状の式を放っている。「見た目子供だろうが容赦はしないさ」と捨て台詞。彼女の言葉ではないが、楓子自身も無邪気に・もしくは色っぽく見える分残酷性が増しているような。 「油断は自分の首を絞めるだけ」 煌夜も同じ考えだ。青白く光る細身の長脇差「無宿」で軽やかに下段から切り上げる。ひらりと舞うコート。細身のわりに豊かな胸。残酷性はないが、こちらも色っぽい。 「とにかく数を減らして」 「無論、一気に畳み掛けたい」 続けて言う煌夜に、「相手がどう出るか分からん以上」と御凪が応じる。振るう槍「疾風」は長い。広々した戦場で同じく精霊剣を槍に掛けのびのび戦っている。その動きは円弧を基調とし、舞っているよう。本人は何も言わないが心得があるのだろう、動きが美しい。 そして、もう一人。 「せめて、心配事は払ってあげたいわ」 静かに、そして苛烈に剣を振るう姿。千草だ。珠刀「阿見」に、鍛えに鍛えた技・炎魂縛武で炎を纏わせる。御凪が言う「相手がどう出るか分からん」は理解しており、敵が上空に逃げないかなど確認する冷静さや広範囲を気にする視野は失っていない。 「ん? 攻撃して、来ないですね」 ふと、戦況を見詰めるそよぎが呟いた。手にした舞傘「梅」は、寄ってきたアヤカシにげしりと食らわすためだが、寄って来ないので振るう機会を失っている。まだ振り上げてはいないが、振り下ろす場所を探していたりも。 「そういえばそよぎ殿の言う通りで御座いまする」 即射で援護を続けていた水奏が頷き手を止める。 「いや、きっと攻撃は受けてるな。直接攻撃はしないから近寄る必要もないんだろう」 最初に呪声の集中砲火を受けた深墨が、ぞっとしながら答えた。そんな最中でも、呪縛符で敵の動きを制限するなど戦闘補助を続けている。 「ええい、面倒くさいねぇ」 呪声を喰らったのだろう。一撃して下がり気味にいた楓子が頭に手をやりつつ、最後の一体をねめつけた。 瞬間、狼のような獣が彼女の側に現れた。 式・火炎獣である。 その口から吐き出される火炎放射は一直線に伸び、最後に残ったアヤカシを消し去るのだった。 ● 「まだだ。もう一人いるはず」 全員が気を抜きかけたとき、御凪の声が響いた。 日中、彼は言った。「一人、足りなくないか?」と。 それは開拓者、というか、深墨を指す言葉ではなかった。 「かごめかごめの中には、もう一人いるのが普通だ」 とも。 つまり、アヤカシはもう一体いる、と。 ほかの開拓者たちも日中に彼の論を聞き、納得している。それだけ鋭い指摘だった。 が、出てこなかった。 「う〜ん、いないのかなぁ」 「もう、特に気配は感じられませんですわね」 そよぎが首をひねり、千草が心眼で警戒した結果を話した。 「ま、いないならいないでいいんじゃない」 楓子が肩をすくめて話をまとめるのだった。 「あ。もしかしたら、輪の中に入る人を待ってたのかもね」 ぽん、と両手を打つそよぎ。真相は薮の中――もとい、雪の中だ。 「ま、墓を立てておく? 出たのはアヤカシだったけど、ここで何人か亡くなってるものね」 煌夜はそう言って、松明を墓標代わりに輪の中心だった位置に突き立てた。 「俺にできるのはアヤカシを滅することだけ‥‥それで、少しでも犠牲者の方の無念が晴れるなら」 紅鶸が手を合わせて言う。もともと、細かく考えるより豪快に武器を振るって戦うことを好む。それでも、彼の出自が出自だ。駕篭の中の小鳥と言われれば、思うところもある。境遇は違うが駆け落ちして駕篭から出た夫婦には似たものを感じている。手厚く、手を合わせた。 「かごめかごめは終わったから、みんなゆっくり眠れるのよね?」 そう言って、そよぎが周りを見る。 皆、頷くのだった。 |