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■オープニング本文 「コクリちゃ〜ん!」 コクリ・コクル(iz0150)が神楽の都に近い森にある神威の樹上の隠れ里でうたた寝をしていると、下から名前を呼ばれた。むにゃ、と目覚めて下を見ると商人で飛空船「チョコレート・ハウス」オーナーの対馬涼子が付き人の男性と一緒にこちらを見上げていた。 「ああ、涼子さんいらっしゃい。どうぞ上がってよ。ここからの眺めは‥‥」 気分良く言うコクリだったが、途中で言葉を失った。 どうやら怖くて上がれないらしい。 「‥‥だから、私はコクリちゃんが好きなの」 付き人の男性に先に上がってもらい、荷物運搬用の引き上げ紐で涼子を引き上げた後、彼女はにっこりして言った。 「私は、おてんばでも活発でもなかったから。小さいときから、私は一人お留守番。友だちの男の子は木に登って柿を取ってきてくれたり、山に入ってきのこを採ってきてくれたり。‥‥そりゃもう、つまらなく思ってたんですよ」 コクリの煎れたクマザサ茶を飲みつつ、そう続ける涼子。 「もしかしたら、その頃から商人としての道が決まってたのかもしれないわね」 ほぅ、とひと息ついて空を見上げた。 「じゃあ、ボクはどうなるのかな?」 「もしも商人になったとしても、私とは違って自分が飛び回る商人になるでしょうね」 それはそれとして、と涼子。 「今回もチョコレート・ハウスのことで来ました」 コクリは呼びつけてくれればいいのにと言いかけたが、満足そうな涼子の顔を見ておとなしく聞いた。 「チョコレート臨時空路に空を飛ぶアヤカシがいたのは知ってるわよね?」 「うん。森から空に上がってきたアヤカシだよね」 「それ以外にも、雲からくるアヤカシがいることが分かったの」 涼子の説明だと、飛空船と同じ大きさの雲で、獲物が近付くと雲の中から羽の付いた蛇などが湧いて出てくるというのだ。 「アヤカシ自体は、雲が小さく分かれてムササビのような形になって襲い掛かってくるらしくて、一体一体は強くないらしいんだけど‥‥」 「ボクたちで手柄を立てて、チョコレート産地の信用を得たいわけだねっ」 「そういうこと」 ウインクする涼子。 「‥‥それはともかく、ここって居心地良いわね」 「ろりぃ隊の別荘として使ってるんだよ。涼子さんも気兼ねなく使ってよ!」 「そうさせてもらうわ」 午後の木漏れ日と高い位置を舞う風が、2人を優しく包んでいた。 時を同じくして、チョコレート・ハウスの艦橋。 「おやっさ〜ん。‥‥あ、いけね。副艦長。これって剥がしていいんですかねぇ?」 「ばっか野郎。それ剥がしてコクリの嬢ちゃん‥‥じゃなかった。艦長が機嫌を損ねるかもしれねぇから、次に来てお伺いを立てるまではそのままだ」 部下の疑問に、八幡島副艦長が怒鳴る。 「分かりましたよ。‥‥そりゃ、コクリのお嬢ちゃんに嫌われたかないからなぁ」 「艦長と呼べっ! 俺の事はおやっさんでもいいが、コクリの嬢ちゃんは『艦長』だ」 「‥‥自分だけ嬢ちゃんって呼んで、ずるいっスよぉ」 不平を口の中で呟きつつ持ち場に戻る部下の後ろには、「乙女が青春のショコラキッス号」と大書された横断幕がばばんと張られているのだった。 以上、余談。 |
■参加者一覧
天河 ふしぎ(ia1037)
17歳・男・シ
剣桜花(ia1851)
18歳・女・泰
新咲 香澄(ia6036)
17歳・女・陰
アルネイス(ia6104)
15歳・女・陰
ベアトリーチェ(ia8478)
12歳・女・陰
朽葉・生(ib2229)
19歳・女・魔
リンスガルト・ギーベリ(ib5184)
10歳・女・泰
リーゼロッテ・ヴェルト(ib5386)
14歳・女・陰 |
■リプレイ本文 ● 「あ。気になるなら剥がしてもらっても‥‥」 「おおい。コクリの嬢ちゃん‥‥じゃかった、艦長が『これを剥がそうとするヤツは覚悟しろ』だってよ。絶対剥がすんじゃねぇぞ」 飛空船チョコレート・ハウスの艦橋で、コクリ・コクル(iz0150)が赤くなりながら話したところ、質問してきた八幡島副艦長が周りに怒鳴り声を上げていた。 「な、なんでそうなるの?」 困惑するコクリは改めて、ばばんと壁面に張り出された「乙女が青春のショコラキッス号」と大書された横断幕を見上げる。 「あ、横断幕かわいいねっ♪あははっ」 その隣に、新咲 香澄(ia6036)が立った。コクリと違って笑顔である。 「わぁ、可愛い名前の船だね‥‥。コクリにはよく似合ってる、今回は宜しくね! って、艦長って呼ばなくちゃ駄目か」 乙女の中の唯一の男性、天河 ふしぎ(ia1037)もそばに来てきゃいきゃい。 「男のはずのふしぎ殿が混ざっても何の違和感も発生しないのがちょっと不思議です」 そばでにこやかに見守りつつつぶやくのは、かえるのぬいぐるみを抱いたアルネイス(ia6104)。正しくおっしゃるとおりで。 さらにその隣。 「乙女の青春、いいわねぇ」 腕組みしてしみじみ頷いているのは、リーゼロッテ・ヴェルト(ib5386)。 「やだなぁ、他人事みたいに。リーゼさんも一緒だよ」 「‥‥はぁいコクリ、久しぶりね。しばらく見ないうちにちょーっと成長したかしら?」 コクリの突っ込みに、くすくす微笑するリーゼ。「お姉さんうれしいわー」と上機嫌なのは、コクリが艦長に就任した喜びであり、自分の呼び名をちゃんと覚えてくれていたから。 「う。背はあまり伸びてないけど」 「いーのいーの。艦長でしょ?」 「そうそう。コクリちゃんも艦長が板についてきたかな? しっかり協力させてもらうよっ、がんばろうね♪」 なでなでするリーゼに、元気いっぱいに励ます香澄。 と、ここで黒い影が登場する。 「ちょっと」 ベアトリーチェ(ia8478)である。八幡島副艦長に絡みに行った。 「あなた、こういうのが趣味なの? わざと『剥がすな』って言うなんて」 「これは独特の雰囲気のある嬢ちゃんだねぇ。‥‥俺たち船員はご覧の通り、男だらけだ。ほっときゃ薄汚れたまんま生活するような人種がそろってる。これからこの船はコクリの嬢ちゃんをはじめ年頃の娘の家でもあるんだ。忘れねぇようにしねぇとな」 見てみろ、と周りに首を巡らせる八幡島。 乗組員はこういう仕事をしているわりに、小奇麗な格好をしている。立ち居振る舞いも船乗りにしては紳士然としているような。 「なるほど」 「それに、常にいない嬢ちゃんたちと俺たちを結ぶモンは、いまのところこれしかねぇからなぁ」 納得するベアトリーチェに、八幡島はがははと笑うのだった。 そして、新たにやって来る者。 「コクリさん、香澄さん。ベアトリーチェさん。ご無沙汰してます。今回はよろしくお願いします」 朽葉・生(ib2229)である。剣桜花(ia1851)も一緒だ。 「対軍艦雲戦では、チョコレート・ハウスを守る防衛班と軍艦雲を攻撃し退治する攻撃班に分かれます‥‥」 あらかじめ相談しておいた手筈を説明する生。 一方の桜花は黙ったまま。しかも目が据わっている。 今も、ぎろっ、と自分を見ていた男性乗組員を見返してたじろがせていた。 「あの娘さん、どうしたんだろうな」 「二人で作戦参謀というか、お目付け役的な存在なんじゃねぇか。ほら、コクリの嬢ちゃん、若いし。俺たちに舐められねぇようにしてる‥‥おっと」 新たにこそこそ言い合う乗組員を睨んで黙らせる桜花。艶やかな長い黒髪に白い顔。普段は大きな瞳に愛嬌があるが、今は迫力がある。コクリやふしぎがいる方を見ても、ぎろりと殺気交じり。 「み、妙に気合十分だね‥‥」 「とにかく、僕は見張りに立とう。正義の空賊としては、空を汚すものを放っておけないし、コクリとは空の双子だからね」 コクリは肩を竦め、ふしぎはアメトリンの望遠鏡を取り出し索敵係を申し出る。にこっと機嫌がいいのは、コクリと上着が一緒だから。 「先に聞いておくが、この船に湯浴みする場所はあるか?」 それはそれとして、リンスガルト・ギーベリ(ib5184)が船員を捕まえて何やら聞いている。一体何をするつもりだろう。 ● しばらくすると、すぐに敵を発見した。 全員が甲板に集合する。 「竜の巣‥‥じゃない、あれが軍艦雲」 ふしぎが初めて見る敵とその大きさに、唖然としていた。 白い雲間から現れたため、もう望遠鏡なしでも見える。 黒い雨雲なのだが、空飛船のようにも見える。 それが、止まっている雲や流れている雲とは反対側に動いて――そう、チョコレート・ハウスの方に動いていたのだ。明らかに、不自然。 「じゃあ接舷攻撃はせず、龍や滑空艇で出撃して叩く。‥‥本当はボクも出たいんだけど」 「この船を守るのは皆の役目よ。少しは私達を信じなさい」 つまらなさそうなコクリを見て、ベアトリーチェが釘を差した。「出るなら無理はしないように」と言い添えたのは、前回結局出てきたから。ただ、今回はチョコレート・ハウスも敵の攻撃にさらされる危険が高い。 「分かったよ、りちぇさん。‥‥って、リンスさん何をっ!」 何とリンス。持参した瓢箪から何かの血を頭から被っているではないか。 「鶏の血じゃ。空飛ぶアヤカシであれば鳥を多く食ろうておる筈。食い慣れた獲物の匂いがあればそちらに向かうであろう」 そう言って血塗れの笑みを浮かべるリンス。愛称を覚えてもらって嬉しくもあるようだ。 「何てことを」 「奇麗な長い金髪が台無しじゃないか」 ざわざわと動揺するのは、主に船の乗組員。これが開拓者の戦い方かと唸る姿もあるがそれは誤解である。 「我が髪は長く血を馴染ませば長く匂いは持とう。‥‥よし、出るぞ!」 空はいい風が吹いている。 滑空艇「Su」の翼を広げると風を受けるままに浮き上がり一気に急起動で安定飛行に入るという戦闘離陸で発進する。 「天河ふしぎ、天空竜騎兵(スカイドラグーン)、出るっ!」 ゴーグルを下ろしたふしぎが続き、香澄のシャウラも飛び立つ。 これが、チョコレートハウスを守る鉄の翼たち。 そして、ぶわさと風を切る音。 「さぁ殿、出番ですよ! 張り切っていきましょう」 アルネイスが、殿と呼ぶ駿龍・タノレッドに騎乗し、いま力強く飛び立った。ちなみにタノレッド、実際には殿などではなく、トノサマガエルから。体が緑色で模様も似ているからそう呼ばれているのだったり。 同じく、リーゼが勇猛な炎龍・ルベドで、ベアトリーチェが駿龍・ダンテで、生も駿龍・ボレアで出撃した。 「あの、桜花さん。ベティで出るんじゃないの?」 残ったコクリは、無言で隣に立った桜花に聞いてみたが応えはなかった。ああ、炎龍・ベティ。今日はお留守番。 ● さて、ショコラ隊攻撃組。 「それじゃあ派手にいきましょうか♪」 まだ距離があるがリーゼが楽しそうに赤い宝珠が柄に埋まる短剣「アゾット」を構えた。 すると、リーゼの頭上に火炎弾が現れた。 放物線を描き、かなり遠い軍艦雲に向かって飛び‥‥。 ――ドーン! 大・爆・発! 軍艦雲の甲板広範囲から黒い瘴気が散っている。掃討数がこの一撃で消え去ったようだ。 が、それの効果は表面の敵のみ。 次の瞬間、残った雲骸の大群が一斉に飛び立ったのだ! 「よし、突っ込むのじゃ」 この隙にSuに乗って距離を詰めていたリンスが、天頂方向から機体をひねりこんで急降下。すれ違いざまに勢いをつけたブロークンバロウで一体屠ってから一撃離脱しようとする。が、敵の攻撃は纏い付き。近接攻撃にはリスクが付きまとう。彼女の美しかったウェイブのかかった金髪は血塗れだが、特にアヤカシに狙われているというわけではなさそうだ。 「死角に注意しなさい」 水平方向から滑るようにリンスに接近、中距離から火輪でリンスを支援したのは、ダンテのベアトリーチェ。豊かな銀髪をなびかせながら符を放つ。 そしてふしぎも戦闘開始。 「切り裂け、タズガネシューター!」 手裏剣「鶴」を散華で三連投。派手に各個撃破をしては天空竜騎兵をぐいっと傾け離脱していく。 とはいえ、敵は多い。 リンスもふしぎも来た方向に引き返しているのは、巨大な黒いムササビの姿となって迫ってくる雲骸をなるべく集めるため。 もちろん、引きつつ集めた方向に突っ込む姿が一つ。 「さて、主砲発射といきますかっ!」 待ってましたとばかりに香澄。火炎獣を召還し、一直線の火炎放射っ! 蒸発するように消える雲骸。数体を仕留める。 「くっ、もう一発」 実は火炎獣。射程が短く幅が狭い。火炎の範囲外にいた敵にすれ違いざま攻撃を受けながらも、二度目の火炎放射。随分倒したが、これで完全に抜かれたことになる。 「やられっぱしではいないよっ。弐式加速っ」 急反転から加速しつつ忍刀「風也」と陰陽刀「九字切」を用意する。今度は船の前に位置して接近戦をするつもりだ。 ● 敵の大群は、いきなり数を大きく減らしていた。 リーゼが先制し面的に大打撃を与えた後、点としてリンスが突っ込みベアトリーチェが支援。ふしぎも点として正面担当。三人が攻撃を与えた後反転して囮となり香澄が線で攻撃したが、やはり軍艦雲自体が幅があったので横にも拡散していた。 そんな、左翼。 「こっちは任せてくださいよー。確実に数を減らしますので」 アルネイスが殿と共に防空に専念していた。 とにかく斬撃符を見舞いつつ、船に向かう敵を引き付け横にジリジリ下がる。纏わり付かれダメージを受けるがこれはむしろ願ったり。タノレッドの高速飛行で引き離してから、また斬撃符。 「よいしょ! よいしょ! 単純作業は疲れますねぇ〜」 可愛らしい声で戦えるほど心の余裕がある。治癒符を使いつつ、存分に戦っている。 「雲骸ごと瘴気回収で吸収〜♪ ‥‥なーんて、できるわけありませんよね」 陰陽寮に所属していることもあり、戦いつつさまざまな発想がわいて出る。忙しさをものともしないくらい充実している理由である。 場面は変わり、中央を抜いた雲骸の残党。 一直線にチョコレート・ハウスを目指していた。あるいは、新たな根城にするつもりか。 「やはり、船を狙いますか」 味方から見て引き気味、軍艦雲とチョコレート・ハウスを結んだ線から横に外れた空域に控えていたボレア騎乗の生が愛用の杖、フロストクイーンをぎゅっと握り直していた。 「数が減ってバラバラですが、私にとっては好都合です」 戦況を冷静に見て敵進攻ルートに対し横へと位置し直す。 そして、得意のブリザーストーム。 幅広い吹雪による攻撃は、散らばる敵を効果的に一撃で消滅せしめた。 ただし、これは中央突破してきた敵にのみ。 右翼から抜けてくる敵には射程が届かない。 ところで、右翼には誰が? 「もう一回、メテオでドーン♪」 リーゼがいた。 生と同じくブリザーストームで対応したが、敵の進行方向に正対するよう回り込んで放ったため、速度で結構抜かれてしまったのだ。メテオで追うように攻撃したが、初撃ほどの戦果はない。 「一体ずつになりますが‥‥」 生、射程のあるアークブラストを使い始める。が、これは威力抜群ではあるが敵の進攻速度に対し打ち負けている。これではチョコレート・ハウスに到達してしまう。 「させんさせん、妾がさせんっ!」 加速で一直線、リンスが戻ってきた。両手持ちのブロークンバロウでハーフムーンスマッシュ。揺らめき纏う真紅のオーラはオーラドライブの証。自らの体を囮に範囲滅殺を試みる。 「数が多いだけに、やっぱり厄介ね‥‥!」 静かに忙しいのは、ベアトリーチェ。呪縛符でそれとなくリンスの背後を守ってやる。若干眉をひそめているのは、リンスの被った鶏の血が固形化していたから。液体である時と比較し、がびがびとなって悲惨な状態となっている。「私は、真似したくないわね」とその目が雄弁に物語っている。‥‥もっとも、真似したい人はいないような気も。 「‥‥もう、ブリザーストームは撃てませんね」 生がアークブラスト一本での迎撃を覚悟した時、横を擦り抜ける影が。 「二刀流陰陽師がこの場は通さないっ! さぁ、かかっておいで!」 纏いつかれた時用に二刀を抜き放った状態でシャウラを操舵しつつ、香澄が戻ってきた。そのまま中央突破した敵と空中戦を展開する。 「そんな攻撃、効かないんだからなっ」 生が右翼戦場を改めて見ると、ふしぎの天空竜騎兵も戻って来ていた。囲まれていたが、滑空艇の空壁で敵一体の攻撃を封じていた。 そして、生がチョコレート・ハウスを見たときだった。 「あ、コクリさんっ!」 ついに、敵少数がチョコレート・ハウスに取り付いていたのだ。 ● 時はほんの少し前に遡る。 チョコレート・ハウス甲板では乗組員を避難させて、コクリが戦況を見詰めていた。 「ねえ、桜花さん。‥‥ボク、何か艦長として物足りないかなぁ?」 コクリは傍らに黙って立つ桜花に聞いてみた。彼女が出撃しないのは、護衛に残っていると思っている。なぜなら、桜花は一言も口を聞いてくれないから。 「‥‥」 やはり、桜花からの返事はない。 聞いた理由は、桜花が怒ったように押し黙っているから。そして、「私なら何を置いても戦闘中は船を退避させる」などという独り言が聞こえたような気がしたから。 「‥‥」 コクリ、返事がないことを残念に思い押し黙った。 そればかりではない。 気が沈んだのだろう。下を向いてしまった。 桜花は、押し黙りつつも戦況から目を離さない。 ちょうど戦況は、開拓者が圧倒的な攻撃力を持ってして序盤の戦いで敵の数を大きく削っていた。開拓者有利、である。仮に、ただの敵を殲滅しあう空中戦であるならもう勝負は決したと見てもおかしくはないだろう。 ただし、敵のアヤカシは開拓者個人にはあまり攻撃せず、チョコレート・ハウスを狙っていた。 まずは、次の宿木となる船。 軍艦雲という形状になっていた雲骸ならではの行動様式かもしれない。 つまり、狙われているのは、チョコレート・ハウスである。 しばらく後、コクリが再び口を開いた。 「ねえっ、桜花さん。どうしてずっと黙ったままなの? ボクが何かいけないの?」 コクリ、必死だ。桜花の顔を見る。 ここで、敵から目を切ったツケが回ってくる。 「はっ!」 何と、桜花が破軍で気力を込めた絶破昇竜脚の動きに入っていたのだ。味方の防衛網を逃れたアヤカシがここまで迫っていたのだッ! 「わっ!」 桜花の蹴りは、型破りだった。上空の敵に対して蹴り足で高い跳躍を生み、体をひねりながら本攻撃のとなる踵を遠心力充分に振り回す。もちろん命中。怒りの一撃必殺だ。 コクリは、この攻撃に巻き込まれ左二の腕に軽い打ち身を作った。 しかし、これで目覚めた様子。 さらにいたアヤカシに対し黙苦無で迎撃する。 痛みは、ふがいない自分への戒めとしたようだ。 ● 戦闘は、チョコレート・ハウス周辺での掃討戦に移っていた。 「今だっ、僕ごと撃って!」 不知火を放ちつつ突っ込み、すれ違いざまに霊剣による影。 ふしぎが好き放題攻撃して、いま、急降下して敵の包囲から抜けた。 「撃てといってもこの位置からじゃお家を巻き込んじゃうから」 「同じですね」 「戻ってきましたよ〜」 リーゼが自重し、生がアークブラスト。ベアトリーチェの火輪が飛び、持ち場を一掃して戻ってきたアルネイスがやはり斬撃符。 「ええい、遠いのじゃ」 リンスは鞭「フレイムビート」を長く使って戦場が混乱しないように。 そして、別の場所。 「グライダー式瘴刃烈破っ! 消え去れアヤカシッ!」 香澄が、接近を許したアヤカシに二刀流で突っ込む。 戦場がコンパクトになったこと、敵が逃げずに纏いつき攻撃を仕掛け続けたことが、中盤戦手こずったわりに終盤戦が早かった要因となった。 軍艦雲にいたアヤカシ、雲骸の大群はこうして全滅した。一体一体は弱いが、群れとなれば空飛船を沈めてしまう厄介な敵であった。 「あ。見て‥‥」 戻った開拓者に、コクリが指差した。 その先では、雲骸が群れとなってへばりついていた普通の白い雲が、他の雲と同じように空の風に流れされ、先ほど接近していた方向とは逆に向かっていた。あるいは、帰っていく、という表現が妥当だろうか。 軍艦雲の時と比較し、随分小さい、細い雲だったという。 ● 戦闘後、甲板にて。 「コクリちゃん、無事かな? これでこの艦の評判もあがるといいねっ♪」 見事任務を達成した香澄がにこにこ顔でコクリの顔を覗き込んでいた。ことさら大きな声なのは、「これで艦の評判が上がるはずだよ」という気持ちが込められているため。 「うん‥‥」 コクリの方は元気がない。桜花はそっぽを向いている。恥の上塗りをした、という気持ちがある。 「んもう」 そんなコクリを元気付けようと、アルネイスがはぎゅ〜☆っと抱き締める。 「あはっ。久し振りにアルネイスさんに抱き締めてもらった☆」 「良かった。皆で何か美味しいお菓子でも食べたいですね」 にっこりアルネイス。 「あ、今日は完全武装だからチョコレートは輸送してないんだって」 「戻ってからでもいいですよ。‥‥あ、そうだ。この前、お団子の美味しいお店を見つけたんですよ〜」 にこにこうふふと弾むガールズトーク。 「お団子ですか‥‥」 生さんはそれだけつぶやくだけ。好きなのかどうかは、謎。 「甘味はなくともお茶ならあるわ。艦橋でのんびりまったり、ティータイムでもいかが?」 提案して赤い髪を翻すリーゼ。それはいいね、などと全員が場所を移動する。 「コクリ、あとでちょっと‥‥」 おや、ベアトリーチェがコクリの耳に口を寄せて何かささやきましたよ? ともかく、一行は艦橋へ。 「これからも何かあったらすぐボクたちを頼ってくれていいからね。これからもよろしくだよっ♪」 「コクリ達を危険な目には、絶対遭わせないんだからなっ!」 乗組員を交えたお茶会で、香澄が八幡島などにアピールし、ふしぎが正義の空賊らしく熱い心意気を話していた。 「がっはっは。お嬢ちゃんたちがいれば、この船はまだまだいろんな仕事ができるってモンだなぁ」 八幡島、ご機嫌だった。他の乗組員たちも同様で、これからもうまく同じ船の仲間としてやっていけるようだった。 「それはともかく、男のはずのふしぎ殿が混ざっても何の違和感も‥‥」 アルネイスさん、その言葉、本日二回目ですよ? ●おまけ ちなみに、このちょっと前。 「妾は洗髪用帽子が無いと洗えぬのじゃ。しゃんぷぅが目に染みて‥‥」 「しかたないですね〜♪」 リンスの、乾いた鶏の血でがびがびになった髪を、アルネイスが優しく洗ってやっていた。アルネイス、さすがにこういう家庭的なことには敏感で手際が良い。 結局、湯をたっぷり使ってここに来た時よりもつやつやさらりん☆となったようで。 ●さらにおまけ その後、斜陽に染まる甲板にて。 「来てくれたのね、コクリ。他の連中には一応内緒よ」 黒くひらひらのドレスが影絵のように浮かぶ姿は、ベアトリーチェだった。言われたとおり、コクリはこっそり抜けて来た。 「な、何かな。用事?」 コクリ、りちぇさんの夕日を背後にした雰囲気のある立ち姿にドキッとしつつ聞いた。 「‥‥コクリ、あなたが好きな色って何かしら?」 見詰めてくる瞳が、余計なことを聞くなと言っていた。 「深い緑色、だね。落ち着くから」 そう、とりちぇさん。コクリの方は瞳で「それで?」。 「この質問の意図は‥‥何れ分かるわ。だから、楽しみにしてなさい、コクリ」 言い残し、すれ違う。耳元で「くすっ」と微笑された。 振り向き、りちぇさんの背中を見続ける。 耳元に手をやり甘い感覚を反すうしながら。 |