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■オープニング本文 寒くなり、奥の山間部はすっかり雪化粧されている。 冬であった。 その村では若干の積雪があるものの、おおむね地面は白くなっておらず日々をそのままに暮らしていた。 が。 周辺連絡道路はまったく影響がない、というわけにもいかなかった。 「峠道が、大雪でまったく通れなくなったわい」 ちょうど村を訪れていた行商の薬売りが、まいったまいったと頭をかく。朝に送り出した村長はこれあるを期して待っており、ひとまず帰ってきた薬売りをなだめながら部屋に上げ、囲炉裏に当たらせる。 「あそこが潰れたら、町まで大回りせにゃならん」 と、薬売り。つまり、雪で通れなくなった峠道は町への近道らしい。大回りする道こそが主要道ではあるが、そこは商人の言うこと、「時は金なり」といったところか。主要道を使うことを嫌う。 「まあ、あきらめるしかないか。大回りして途中の村でものんびり商いして帰るが、こっちにくる商人は嫌がってしばらく寄って来もしまいなぁ。‥‥そんなわけで、しばらく外から売りに来る者はおらんわけだから薬以外も買っとかんか?」 さすが天儀は武天を駆け巡る商い人、商魂たくましい。 「しかし、困ったものであるな」 とは、村長。そもそも、雪が降れば村への交通網が一本になってしまうというのは、不便極まりない。山々を直線に抜ける峠道の、町への近道としての利便性が計り知れなく高いことの証左でもあるが。 いや。 実は、町への近道はもう一本ある。 「旧峠道が使えれば、まったく問題ないのだがの。あっちは少々雪が降ろうと通れなくなることはない」 薬売りが溜息交じりに言う。 「しかし、あそこは『バリバリ』が出おるしな」 と、村長。 さて、バリバリ。耳慣れない言葉である。 「噂は聞くが、一体いかなるものか?」 「最近はだれも近付かんが、見た事がある者の話によると‥‥」 薬売りの問いに、村長が答えはじめる。 ――バリバリ。 旧峠道に響く怪音である。 つまり、妖怪現象。 正体は、旧峠道にくっきり残る轍が如実に示している。牛車の化け物である。 牛車とはいえ、牛や馬やもふら様に牽いてもらっているわけではなく完全自律走行をしている。これが、急坂で九十九折りの道をバリバリと音をたてながら迫ってくる。厄介な事に道幅いっぱいの大きさで、旧峠道を通る者に襲いかかってくるのだ。 峠道は、片方が岩壁で、片方が崖。仮にバリバリに襲われた場合、回避は困難を極める。運が良ければ、壁側・崖側とも避難できる余裕がある。仮に崖側に落ちたとしても、木々はあるのでこれも運が良ければ途中で止まる事もある。下まで落ちても道に戻るだけなので死ぬことはないが、怪我はするだろう。 「恐ろしいのは、シンチセンカイと言うのか、その場で回頭できるらしく坂の上にも下りと変わらないくらいの速度で戻ってくるらしいことじゃ」 ぶるっと身震いして村長は指を立てる。 「しかも、奇跡的に生還した者は鞭に打たれたように傷だらけじゃった。‥‥精魂尽き果てておったのじゃろう。村に帰ってちょっと話したかと思うと、倒れてそのまま息を引き取ったことよ」 「‥‥そりゃあ、開拓者あたりにでも頼んで退治してもらうに限るな」 「ほう、開拓者。噂に聞くが、倒せるかの」 「倒してもらわんと、不便でならん」 薬売りは是非に、と勧めるのだった。 もっとも今は、薬もほかの商品も予定以上にたっぷり売りつけてほくほく顔ではあったが。 |
■参加者一覧
天津疾也(ia0019)
20歳・男・志
梢・飛鈴(ia0034)
21歳・女・泰
水鏡 絵梨乃(ia0191)
20歳・女・泰
鷲尾天斗(ia0371)
25歳・男・砂
王禄丸(ia1236)
34歳・男・シ
アルティア・L・ナイン(ia1273)
28歳・男・ジ
御凪 祥(ia5285)
23歳・男・志
趙 彩虹(ia8292)
21歳・女・泰 |
■リプレイ本文 ● 件の峠、九十九折れの道に緊張が走っていたッ! 「全く面倒な話アルぜ!」 梢飛鈴(ia0034)が依頼のあった村で借りたシャベルを使いながら吠える。峠道の折れ曲がる外側で盛り上がる土――バンク――を崩しているのだ。 「急いで。罠はできるだけ仕掛けた方がいい」 水鏡絵梨乃(ia0191)が轍に岩を置きながら急かす。落ち着いた口調だが余裕はない。 「‥‥しかし寒いアルな。サッサと片付けるアル」 実は飛鈴、忙しさで気が立っていたのだが気取られないよう寒さのせいにしておく。 「呑んどく? まだ温かいし、体が火照る」 「いや、あたしは酔拳使いじゃないアルから」 絵梨乃に古酒の入った瓢箪を見せられ、飛鈴は破顔した。いかにも絵梨乃らしいと思ったのだ。 「バリバリ、ね。速そうな感じだし競争したい処だけど」 その二人の近くで飄々と言うのは、アルティア・L・ナイン(ia1273)。敵の長所である速度を緩めるべく、こちらも崩した場所から取った小石を轍付近に撒いている。もっとも、えらく幅広くえぐれている。ずいぶん横滑りしているようだ。 「‥‥今回は無理か」 アル自身、自らの長所の一つは速さだと思っている。というか、速さで他人に負けるつもりはさらさらない。それがたとえアヤカシであろうとも。 とはいえ、今回は場所が面白い。 いや、より正確には速く走っている奴の邪魔をすることに面白みを感じているといったところか。作業に熱がこもる。 と、そこへバリバリという音が聞こえてきた。 「来てる。作業、急いで。適当なところで内側へ避難して!」 絵梨乃がバンク工作組に指示を出すのだった。 ● 時はわずかに遡る。場所は、バンク工作組の場所から下った直線。 「アルは‥‥」 村で借りたツルハシで岩壁を崩しながら、御凪祥(ia5285)が呟いた。 「うまくやってるだろうか?」 先に行って作業する仲間を気にしている。岩壁が結構硬いのだ。いつ敵が来るかも分からない状況で気が焦るだろうと判断している。実際、御凪自身も内心焦っている。 「バリバリっちゅう音は、助かるな。『近付いたで』って言っとるようなもんや。タイミングは分かるんやし、ええようにやっとるよ」 同じく岩壁を崩している天津疾也(ia0019)が明るい表情で言う。作業が辛ければその分見返りはきっちりもらうという認識。それがたとえアヤカシであろうとも。明るさは、そんな期待からだろう。 「バリバリねぇ‥‥。またこんな雪の中で走るとはご苦労なこった」 やれやれといった感じで漏らすのは、鷲尾天斗(ia0371)。こちらは、道の両端に白く塗った紐を腰位の高さで張っている。軽い準備運動も兼ねた動きもしているあたり、心憎い。 「さて、峠の不敗伝説を止めようかねぇ。違う意味で」 と、にやり。口の端が表情豊かに崩れる。結構えげつない、いや、効果的な罠を張るものだ。鷲尾天斗、場合が場合なら目的の為手段を選ばない男だったりする。 「違う意味で、ちゅうたら」 ふと、天津が視線を転じる。 近くで彼が削った土砂を使い、道をでこぼこにしている猫耳トラ縞着ぐるみでもこもこしている存在が目に入る。 実はこの物体。趙彩虹(ia8292)がその正体。「うー、寒いのは苦手です‥‥」などと呟いている。 「場違いとちゃうか。その格好」 「せ、性能は良いのですよ?」 ばっと顔を上げ、鉄爪をにゃおんと招くようにくねらす彩虹。どう性能が良いのか追求すると、彩虹曰く「結構温かい」。トラの着ぐるみは、「まるごととらさん」というらしい。 「性能か‥‥。牛車と聞くし、親近感はある」 そこでぼそりと、王禄丸(ia1236)。体力にまかせパワフルに岩壁を削っていた手を止めて牛面を被った顔を上げる。 「あんたも場違‥‥いや、そういやいろいろ村で聞きよったろ?」 「あまり詳しい情報はなかったな。どうにも期待出来そうにはないかもしれん」 聞き込みは芳しくなかったらしい。 そして、ここでバリバリという音が聞こえ始めるのだった。 ● バリバリという音が大きくなるのは、早かった。 まず遭遇するのは、バンク工作組の三人。 「注意一秒、怪我一生ってカ?」 飛鈴が焙烙玉を用意し、敵の通過を待つ。狙うは、自らが仕掛けた偽バンク。先ほど削った場所に、石を積み上げ雪で何もないように偽装している。作業時間が短く十分ではないが、車輪が乗ればバランスを崩すと見ている。焙烙玉は追い討ちだ。 やがて、バリバリが姿を現すッ! でかい。 というか、高さがある。 幅もある。 車輪の径が大きく、何よりどっしりした外観である。 速い。 あっという間に、開拓者が潜伏する曲がり角に突っ込んできた。飛鈴が唇をなめタイミングを見計らう。 ――ガリガリガリッ! 「やるね」 「悪い冗談だ」 アルが感心し、絵梨乃が古酒をやりつつあきれた。飛鈴は、焙烙玉を投げることができなかった。 何と、牛車型のアヤカシ「朧車」は車体を外に滑らせつつ、減速は控えめに曲がり角を通過したのだった。いや、罠の影響で若干車体が外側に流れたのだが、普段の走行ラインを正確に知らない開拓者たちにこの違いはほぼ分からない。 「痛っ!」 そして、三人は予期せぬ攻撃を受けた。 牛車が去り際、蔦で攻撃してきたのだ。油断してなかったとはいえ、三人とも減速すれば攻撃を考えていたため不意を突かれた形となった。蔦はどうやら、車体内部から伸びてきているようだった。 「やはり内部。‥‥それより、滑りながら道を削ってたな」 アルが敵の走りを分析していた。バンクをそっくり削る時間があれば状況も違ったろうが、少々の障害はものともしなかった。 「来たッ! 避難しろ」 次に遭遇するのは、岩壁掘削組だ。 が、避難しない者が一人。 まるごととらさん、もとい、彩虹だ。 「御凪様!」 「む」 事前に御凪と段取りしていたか、避難場所にいる彼の元に彩虹が走った。 腰を落とし両手を組んで下に構える御凪。彩虹は助走からその両手に足をかけた。 瞬間! 「はっ!」 両者の気合がほとばしる。御凪が手に乗った足を放り投げるように背筋を使うと、彩虹は軽業師のように垂直に跳躍した。 そこを朧車が通過する。 「くっ」 御凪、殊勲の負傷。 彩虹は――。 「やっ」 見事、伸身して宙返りし、牛車の屋根に引っかからずに済んだ。 (屋根?) 上空から空気撃を放つ彩虹の目に、屋根はない。代わりに、内部に潜む新たな存在を確認した。 「中に夜叉カズラがいます!」 着地すると叫ぶ。不可解な蔦の攻撃は、本来別の固体となるアヤカシだった。 「へっ、カズラ戦車といったところかい」 次に遭遇するは、鷲尾。しかし、壁側に逃げる風もない。 「あ〜!うざってぇ!」 木々に張った白い糸はことごとく切られたようで、自ら止めるべく動いている。崖側にいるのはそのためだ。手にした長槍「羅漢」は、崖側では自由に取り回せない。 「くらえっ」 すれ違いざま、槍が見事に車輪を捕らえた。 しかしッ! 「おわあっ!」 この世の終わりのような叫びを残し、鷲尾が消えた。朧車は、がりがりと横回転しながら道を下っている。どうやら車輪の隙間に入ったようで、これに巻き込まれて鷲尾は槍ごと九十九折れの道の上段にすっ飛ばされたらしい。かなりの衝撃を受けたようだが、人体槍ともに無事である。 「あんたのことは忘れんで」 「疾也、一気に畳み掛けだ」 天津が「惜しいのを亡くした」といわんばかりにこの好機に乗じる。王禄丸も出てきた。敵はかなり減速している。 「勉強せえや!」 天津が長脇差「無宿」で白梅香を見舞う。王禄丸は、大斧「塵風」を振りかぶり叩き伏せる。 ――ガシャアン! 「ぐおっ」 王禄丸の短い苦悶の声が響く。攻撃は十分な手ごたえがあったが、さすがに向かってくる大質量の前に無傷でいられるはずがなかった。これは天津も同じ運命を辿っている。 半面、見返りはでかい。二人の攻撃で対角の二輪を粉砕した。残る二つのうち一つも、鷲尾の捨て身の攻撃でかなり痛んでいる。 ところが。 速度が緩むと、中の夜叉カズラが活発になるらしい。突然リズムの違う攻撃にさらされ、二人ともさらに痛手を負う。 「くそっ、やり逃げかい」 一瞬二人が動きを止めた間に、今度は逆走を始めた朧車。天津は悪態をつき見送るのだった。 ● そして、折り返しの戦闘。 「アル!」 「御凪くん、行くぞ」 何と、バンクにいた三人が詰めていた。さすが泰剣士三人組。縦横無尽に走らせたら何度でもチャンスを作る。 迫る朧車。二輪駆動で上りでも速度が出てきたためか、蔦の動きは鈍化している。 先行するは、酔拳の絵梨乃。 ひょいっと屈んだかと思うと、水平に足が回った。自らは崖側の出っ張りに避難しつつ、車軸に遠心力を乗せた踵を入れる。 同時攻撃は、遠距離からの飛鈴。飛苦無が絵梨乃の狙った車輪に刺さる。 さらに、快速を飛ばしてアルが崖を駆け上っていた。生えた木の幹で三角飛びして、垂直突貫。二刀流の乱剣舞で斬戟の嵐を見舞う。 そして、同時攻撃はもう一人。 御凪が槍に炎を纏わせ渾身の一撃を放つ。 四人の攻撃は、見事に朧車を粉砕した。 詳細は、絵梨乃と飛鈴で鷲尾が傷めておいた右前輪に止めを刺し、これで左後輪一輪となり移動能力がなくなった。アルと御凪の連携攻撃「迅雷劫火」(アル談)は左側面の壁を破壊した。 とはいえ、敵は厄介だ。 今度は夜叉カズラが活性化する。 「う、これは厄介です」 彩虹が回避と鉄爪の攻撃を織り交ぜ、蔦の攻撃を捌き前進している。絵梨乃ものらりくらりと回避しながら朧車の壁面に蹴り――泰練気法弐による三連脚だ――を見舞ってとにかく壊していく。その隙間は、当然飛鈴の飛苦無の格好の狙い目。奥にいる夜叉カズラに手堅く痛手を与えていく。 やがて、王禄丸と天津も最前線復帰。打撃力に物をいわせ蔦どもに下手から圧力をかける。 重包囲。 そして、敵移動力の消失。 もう、時間の問題だ。 「これだけで終われっかよ!」 突然、上から声が降ってきた。 同時に、鷲尾が夜叉カズラ本体体幹部に槍ごと落ちてきた。自称「焔の悪鬼」。不死鳥のような最前線復帰である。‥‥無茶をした分痛い目を見ることになったが、場合によっては仲間を踏み台にしてでも敵に止めを刺そうとする男だ。少々の怪我など、最前線に立ち続けることに比べたら軽いものだ。 こうして、峠道を通らずの道にしていた妖怪、バリバリは退治されたのだった。 翌日。 「これで峠道を使う人に迷惑は掛からないだろう」 絵梨乃が満足そうに言う。 壊して罠を張った道を、できるだけ原状復帰させたのだ。 「そうですね」 一緒に作業した彩虹も満足そうに。着ぐるみの中が体を動かしたことでぽかぽかになっているのも上機嫌の理由だったり。 「これで、行商人も商売できるやろ」 商魂たくましい天津。行商人には理解がある。 「ところで、鷲尾さん。昨日の戦闘中、あんたから殺気を感じることがあったが‥‥」 御凪が細い目を流し、鷲尾を見て言った。 「ははっ。祥の屍を越えていこうなんて、道を外れたことするわけないじゃないか」 鷲尾は笑ってごまかすのだった。 とりあえずこうして、旧峠道は冬場の貴重な連絡道路として活用されるようになったという。 |