【香鈴】雑儀団、明日へ
マスター名:瀬川潮
シナリオ形態: イベント
相棒
難易度: 普通
参加人数: 25人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/03/30 21:18



■オープニング本文

「暴れるだけ暴れて、消えちゃったのね‥‥」
「ぼやくな。ちょうど開拓者の皆さんがいたから、全部倒してもらったんだ。もしいなかったらこれ以上死人が出たし、家屋も全部ボロボロさ」
 長雨は止み空に広がる晴れ間の下、町の住民が泥にまみれながら荒らされ放題荒らさせた町の復旧に尽力していた。
 半倒壊した長屋。
 通りに散らばる瓦や土壁の残骸。
 裕福で、災害に見舞われることの少なかった町が、あっという間に崩壊した。いや、中途半端な壊れ方なのでむしろ質が悪い。
 どこを壊してどこを残すか。
 もっとも、土地区画が分かりやすいのでそういったトラブルは少なく済んでいる。
 町の長や顔役が貧富の差をつけず物資配給の手配や平等分配の指揮をきちんと取っている辺り、良好な自治状態であることがうかがえる。心は、まだ豊かなままだ。
 そんな中、香鈴雑技団も町の復旧に汗をかいていた。
 瓦礫を運んだり、衣類の洗濯や縫製を手伝ったり。
「なあ、ジイさん」
「どうされましたか、前然さま」
 リーダーの前然が、後見人の記利里を呼んだ。
「町のみんなは気丈にやってるが、限界が近くねぇか?」
「それはまあ、食事は決まった配給ですし、町の家屋は外見は良くても雨漏りや隙間風など身に染みる傷みが目立ち、あまつさえこう死人が多くては派手な催しもできないでしょうし‥‥」
「俺達は、よそ者だ。住民から、皆を元気付けるような派手な催しを言いだしにくくても、俺たちなら問題ねぇ。‥‥いざとなれば、汚名は全部俺たちが被ればいいんだからな」
 意を決したように前然が言う。
「私は反対ですな。‥‥しっかりした生活基盤が回復するまでは娯楽もないでしょう。今までのように、子どもたち相手に個別に楽しませるのが良いです。それに、あなたたちは住民から仲間として見られています。一度でもよそ者のように扱われましたか? 一緒に苦難を乗り越えた者として受け入れられているのに、傷つく事はありません。もうしばらくお待ち下さい」
「‥‥遅いよ」
 ぼそり、と前然がこぼした。
「俺たちも、雑技の旅に出るのは我慢のギリギリだった。あれ以上、あの下町にいたら皆そのままあの下町で朽ち果てていた。‥‥俺たちは永遠のよそ者さ。故郷なんざ、ない。あえて言うなら、団員皆が故郷だ。俺たちは止まってちゃなんの価値もないんだよ。この町も、ある程度回復した今こそ旅立つとき。‥‥これ以上いたら里心がついちまうし、志体持ちとそうでないのがどうするかの問題も表面化する。この町の住民も、今まで訪ねた町の人々のように俺たちを送り出すことで希望や夢を持ってくれるんじゃねぇのか?」
「‥‥町長に相談するのが良いでしょうな」
 記利里は溜息をついたが、これが的中する。
 町長や町の顔役が、雑技公演を歓迎したのだ。
「もともと、楽しみにしておった。逆にわしらの方が君たちに申し訳ない気分だよ。‥‥良ければ開拓者も呼んでくれていい。予算はこちらが持つ。皆で守ったこの町の、新たな旅立ちとしたい」
 町長や町の顔役たちは、町のために戦ったことで開拓者に非常に理解があった。
「よし。それじゃ食いモンの屋台も出してもらおう。いっつも炒飯とか肉饅頭や水餃子ばっかで皆飽き飽きしてるだろ?」
「いろいろ演奏してもらってもいいだろうな」
「一緒に公演できるのって、久々だゼ?」
 兵馬、陳新、烈花がうきうきと話す。
「そして、俺たちは俺たちだ。志体持ちもそうでないのも関係ねぇ。俺たちの故郷は皆がいる場所だ。今いる場所で、自分たちの力でできることを、一緒にするんだ」
 前然が、改めて香鈴雑技団の方向性を示した。「おお」と賛同の声が上がる。
「ま、もうそれでもいいしね」
 才能が生かされないことを嫌う紫星も、とりあえず納得だ。

 こうして再び、開拓者が呼ばれることになる。


■参加者一覧
/ 柚乃(ia0638) / 玲璃(ia1114) / 礼野 真夢紀(ia1144) / 九法 慧介(ia2194) / 斉藤晃(ia3071) / 真珠朗(ia3553) / 各務原 義視(ia4917) / 平野 譲治(ia5226) / からす(ia6525) / 朱麓(ia8390) / 和奏(ia8807) / 煌夜(ia9065) / 龍威 光(ia9081) / 霧咲 水奏(ia9145) / 宿奈 芳純(ia9695) / メグレズ・ファウンテン(ia9696) / アルーシュ・リトナ(ib0119) / 琥龍 蒼羅(ib0214) / ルンルン・パムポップン(ib0234) / 不破 颯(ib0495) / グリムバルド(ib0608) / 真名(ib1222) / 朽葉・生(ib2229) / 長谷部 円秀 (ib4529) / fejifejif(ib6333


■リプレイ本文


 アヤカシ「祟り蛇神」と多くの「霧狂骨」に突然襲われた町は、いまだ復旧の途上にある。
 家屋などの倒壊は「祟り蛇神」が暴れた周囲に限定されているが、「霧狂骨」が屋内の人を求めて得物をやたらに振るったため引き戸や窓などの傷みが激しい。人的被害は、高齢者を中心に約四割が命を落とした。
 あるいは、人の心にこそ大きな被害があったのかもしれない。
 町の長や顔役、名士が旗振り役となり、町の食料を全員の財産として、皆で炊き出しをし、皆で食べることにしたのはここに理由があった。
 そして、手伝いにやって来た開拓者も、笑顔の中で迎えられた。
「おお、あんた。ようやってくれた」
「町を守ってくださって、ありがとうございます」
 住民は恩人の顔を忘れない。知った顔を見つけては頭を下げる。
「あれやな。人間希望があればなんとでもなる。希望を持って、またわしが手伝いに来たでぇ」
 倒そうとしても倒れそうにない力強い巨体。生命の力強さを見る人に感じさせるような男、斉藤晃(ia3071)が寄って来た住民を勇気付ける。
「何時ものように何か適当に作るだけですがね、あたしゃ」
 晃と一緒にいた真珠朗(ia3553)は、細身の上体をそらしそっぽを向きながら。こういうのは苦手なのかもしれないが、きっちりまたこの町に来ているあたりが御仁である。
「こういう時は協力と支え合いが肝要ですが‥‥。そういった面では状態は良好のようですね」
 各務原 義視(ia4917)は、まず町をこまめに見た。男手のない世帯らしき場所では、若い衆が女性たちのために汗をかいて感謝されている。この様子に口元をそっと扇で隠し笑みを湛える。
「そう言えば俺が雑技団と関わるようになってもうすぐ一年、か」
 その隣では、琥龍 蒼羅(ib0214)がしみじみと。隣ではくすっ、と霧咲 水奏(ia9145)が微笑した。
「そうでございまするな。雑技の子らとも、蒼羅殿たちとも、たくさんの思い出を作りましたな」
 一緒に雑技公演をした、盗賊に襲われた子どもたちを助けた、町の人を助けたり海で泳いだりしながら志体持ちの問題にも触れた。大きな事件も些細な出来事も、今なら笑顔で振り返ることができる。
 全ては、無事であったから。
 この町も、そうなるか――。
「あっ! おおい‥‥」
 遠くで、開拓者一行の到着に気付いた兵馬が手を振って近寄ってきた。その後ろでみんな走っている。
「弓姉っ」
「蒼兄っ」
 在恋が抱きついて、兵馬が手を取ってと、涙の再会。
「やあ、あんた達。あたしの事覚えてるかい?」
「もちろんですよ。今日も星飾りがきれいです」
 いつも気風のよい姉御、朱麓(ia8390)に、陳新がにっこり。
「じゃあ、早速昼からの雑技公演の打ち合わせと、屋台料理の準備をしよう!」
「おおっ!」
 前然の声に、みんなが拳を上げるのだった。


 そんな盛り上がりの中、一人そっと空を見てまぶたを閉じる姿があった。
 ここで祟り蛇神を倒した開拓者の一人、巫女の玲璃(ia1114)である。
「これは‥‥」
 そっと目を開けると、白く整った面立ちに緊迫の青みが差した。
「どうしました? 玲璃さん」
 ぴんと来た義視が寄って来る。
「明日から明後日まで、まとまった雨が降ります」
「‥‥そうじゃないかと思いましたが」
 急いで歩き出す玲璃を見送りながら、義視がため息をつく。彼も天気にはうるさそうだ。
「あんたら‥‥いつもそんなことばかり気にしてんのかい?」
 力なく垂れる煙管に、なんとも言えないしかめっ面。朱麓が知り合いのやりとりに呆れた。
「なんと、また雨が。まだ天幕で覆っているだけの家屋もあるというのに、ここで建物内部に水を含ませるわけには‥‥」
「子どもたちの公演は楽しみだが、これは工事を休めないな。‥‥せめて降り出す前までに屋根をしっかりして雨漏りを防がないと」
 玲璃の報告を受け、口々に対応を協議する町の長と顔役たち。この情報はお手柄だった。
 結局、雑技公演中に復旧工事は全面休止せず、交代しながらでも進めることとなった。
「いいゼ。こっちは肩肘張るような公演じゃねぇ。途中で抜けて美味いモンを食うもよし、途中から見てまた仕事に戻るもよし。‥‥俺たちの本領はそっちだからな」
 前然はむしろ願ったりだと胸に親指を立てる。実際、公演する場所は広くても全員が見ることはできない。入れ替わりがあった方が「貧富の差なく全員で」という復興作業指針にふさわしい。
 それはそれとして。
「‥‥あっ。陰陽さんも来てくれたんですね」
 前然のそばにいた陳新が、新たにやって来た男を笑顔で迎えた。
「久し振りですね」
 香鈴の陰陽さんこと、宿奈 芳純(ia9695)は、いつも通り多くは語らない。だが、整った面が優しさに溢れる。
 ちなみに芳純、他に二人を連れている。
「あなたが町の長さんですね。本日はよろしくお願いします」
「ああっ。どうそれたのです、その荷物はっ!」
 特に背の高い男・芳純に負けないくらい背の高いメグレズ・ファウンテン(ia9696)が、武人然として言った。町の長が驚くのは、メグレズが引いていた台車だった。
 そこには空の樽や大工道具、米ぬかに無患子にサイカチに鍋、そしてたらいに物干し竿などがまとめて置いてある。
「必要なものを用意してきました。あまりお気になさらず」
 一緒にいた二人とは格段に背の低い女性、朽葉・生(ib2229)が落ち着いた様子で言った。
 さて、3人はこれらをつかって、何をしようというのだろう。
「ふぃ〜っ。到着しましたねぃ」
 って、龍威 光(ia9081)さんまで台車を引いているじゃないですかっ!
「料理に必要なもので安く買い出しできるものをそろえてきました」
「そんな。わざわざ買い出しに行かれなくとも‥‥」
 慌てる町長を止める光。
「住民の皆さんの慰問ですねぃ〜。『その場所にあるもの』より、『遠方からやって来る』方が喜んでもらえますねぃ〜」
 無邪気な笑顔で主張するのだった。


「さて、料理を作って食べてもらいますかね」
 小さな天幕を張って調理環境を整えたところで、長谷部 円秀(ib4529)が陣羽織「白鳥」の上からたすきを掛けて腕まくり。料理人として腕の見せ所だと心得る。流儀は、天儀風。
「少しでも元気を取り戻して明日への活力にしてほしいものです」
 きらめく包丁。
「では龍威さん、お願いします」
「炊き出しならお手伝いできるですねぃ〜」
 円秀はすしを握るつもりだ。炊き出しを光に任せる間に、先に焼きそばの準備をする。
 この様子を見ていたのは、くりんとした大きな目が可愛らしい礼野 真夢紀(ia1144)。
「温かいものがいいなって思ってたけど、重ならなくって良かった」
 にぱっ、と笑ってうどんの麺を打ちはじめた。鍋はぐつぐつ、だしは鰹で。泰国は鶏がらだしが多い。珍しがられ喜ばれそうだ。
「泰の人も箸使えるよね?」
 気付いてあらっ、と顔を上げたが、すぐに納得してこねこね。
「お菓子も必要だろうねぇ。チビッ子たちにゃこっちが喜ばれそうだな」
 子どもの笑顔を想像したか、朱麓が破顔しながら手を動かす。ジルベリア風焼き菓子を作るつもりだ。
「もちろん、あの子たちにも食べてもらいたいねぇ」
 朱麓が香鈴雑技団の方を見る。
 そちらには、アルーシュ・リトナ(ib0119)がいた。
「歌姉さん、その人たちは?」
 在恋がアルーシュに小首を傾げ、一緒にいる人のことを聞いている。見るからに仲が良さそうで、興味深々といった感じ。
 一緒にいたのは、髪や装備はおろか顔の約半分を隠す眼帯まで黒いグリムバルド(ib0608)と、アルーシュを姉と慕う女性、真名(ib1222)。
「グリムと‥‥」
「陰陽師の真名よ。宜しくね」
 紹介しながらぽっと頬に赤みが差すアルーシュ。後は真名が自分の胸元に手を置いて自己紹介した。
「わあっ、グリムさんっていうんですね。そして、真名さん」
 どちらも歌姉さんにとって大切な人だと分かった在恋が満面の笑みを作った。
「あの‥‥」
「はじめまして。私は、姉さんのお手伝いで来たわ」
 在恋、武人然としたグリムが苦手に思った。まず真名と話す。
 と、その時。
「へェぇ、歌姉ェの彼氏さんかァ」
「ちょっと失礼よ、烈花」
 遠巻きに見ていた烈花が在恋の背後からニヤニヤ。皆美は赤くなりながら烈花を諌めたり。
「暗くねぇのは良いこった。‥‥公演を見てもっと元気が出てくれるといいよな」
 グリム、大人の余裕で優しく対応。声も穏やか。何より、笑うと目尻や口元に温もりある表情が出て人懐こくなる。戦うときはこんな顔はしないが。
 在恋、この一発で苦手意識が吹き飛んだ。アルーシュから一緒に歌おうと誘われ、嬉しそうに頷くのだった。
 そして場面は炊き出し班に移る。
「‥‥あたしは、経緯は何にも知らない」
 賑わう雑技の子どもたちを見て、真夢紀がつぶやく。
「だから炊き出し。‥‥安くて美味しくて温かいものを」
 自分にできることに集中する。
「食べたい人にいきわたるよう、たくさん作りませんとね。何より満足してもらうためには」
 そんな真夢紀を見て優しく声を掛ける円秀。経緯は知らない二人だが、今、多くの人から必要とされていることは分かる。
「大変だったそうだから、美味しいって言ってくれて笑顔になるものを提供したいな。‥‥頑張ろう」
 真夢紀、笑顔で包丁を入れうどんを麺に切り分ける。出汁も煮立ってよい香り。あちらをやってこちらをやってと忙しそうな巫女姿。充実して働くのだった。


「らいらいらいらい、我ら香鈴雑技団。龍が出るか大蛇が出るか、龍が出たなら拍手・拍手〜♪」
 中央の広間、多くの人が詰め掛ける中で道化の陳新が一人手にした鉄皿をしゃんしゃん鳴らし背を丸めて小刻みに足踏みしたり伸びやかに舞ったりくるくるしながら露払いの口上を務めていた。
 そして、わっと拍手が鳴る。
 陳新の背後に張った紅白幕の後ろから、長〜い胴体の龍の張子を担いだ雑技団の面々が出てきたのだ。
――しゃんしゃんしゃんしゃん!
「ほうらほら、もう1匹。拍手・拍手〜♪」
 囃し立てる陳新。
「よぅし、行くなりよっ!」
 静かであれば、幕の後ろからそんな声が聞こえただろう。
 そして、もう1匹龍が出てきた。
 わあっと拍手がまた大きくなる。ここで陳新はお役御免と静かに消える。
「全身全霊で遊ぶなりよっ!」
 列の先頭は、小さな少年・平野 譲治(ia5226)。にぎやか大好き騒ぎも大好きな性格前回で後続の開拓者を引っ張り盛り上げる。ここに到着した時、彼はつぶやいた。「この『町』は助かった、命あるもので復興を志している‥‥なりか」と。次の瞬間に発した言葉を、またここで口にしていた。彼にとって「遊ぶ」は生きている証。その喜びをこの場の全ての人と共有したいのだ。
「見物でも、と思ったんだけどねぇ」
 へらりと笑みを浮かべて続くのは、不破 颯(ib0495)。譲治と身長が合わないがそれはそれ。前屈みに構えた姿だと割り切り龍を躍動させる。
「私もじっくり観させてもらうつもりだったんだけど‥‥」
 とっほっほ、と続くのは煌夜(ia9065)。もっとも、そこは雑技の子どもたちから姉と慕われている存在。やるからにはきっちり動いて盛り上げる。
 って、あれ? その後ろが妙に元気ないぞ。
「ほらっ、こういう時は手伝うものじゃ。元気良く、もっと元気良くっ!」
「‥‥こうですか、光華姫さん?」
 連れて来て肩に乗せている人妖・光華姫が元気良く暴れているのに面食らいながらもえいえいと龍につながる棒を上下させる和奏(ia8807)。
「もっとこう、もっとこう‥‥」
 光華姫、いやいやしながらじたばたえいえいと天を突く動きを繰り返す。とはいえ、物静かな和奏にそんな動きはできないのだったり。‥‥それはそれとして、ご主人の肩から落ちないでくださいね、光華姫さん。
「よ〜し、次は客席に突っ込むぜっ!」
「お、面白そうなりねっ!」
 二頭のすれ違いざまに雑技団側の先頭の兵馬が声を上げれば、開拓者側先頭の譲治が威勢よく応じる。
――しゃんしゃんしゃん‥‥。
 ここで陳新が戻ってくる。と、同時に二頭の龍は客席に乱入。人々が座る隙間を練り歩いて、威勢よく掲げたりにっこり手を振ったり。陳新の方は、空になった舞台スペースで留守番するように体全体でリズムを刻んでいた。
 そして、これを舞台裏から見ている者が。
「良かった‥‥。一周年のお祝いができて」
 針子の皆美である。
「アヤカシに襲われてどうなるかと思ったけど‥‥いいえ。出発した下町でも、本当はみんな仲が良かったってわけじゃなかった。それが、まるで家族のように‥‥」
 皆美、涙を流していた。
 彼女は常に影の存在だった。
 ゆえに、視野が広い。
 出発前も、悪い噂のある前然や身勝手な烈花と口数の少ない闘国、喧嘩っ早い兵馬、気の弱い在恋、そして在恋を気にする陳新と、彼を思うと胸が苦しくなる自分という構図に破滅を予感していた。
 それが、一緒に笑っている。
 一緒に、戦った。
 そして一緒に、人のために頑張っている。
 ‥‥自分の恋心はともかく。
「諦めない限り、道は必ず開ける」
 そんな皆美に、柚乃(ia0638)がそう声を掛けた。彼女の寂しさが分かったのだ。
「‥‥でも、私」
 皆美は一人ここにいることを気にしていた。役目とはいえ、あの賑わいにいない。感慨にふけるあまり、皆との、懸想する陳新との距離を気にしたのだ。
「だから、頑張って」
 柚乃、皆美に自分と似たものを見た。あるいは人が苦手で、それでも一人ぼっちが時に寂しくて――。
「よく、強いねって云われるけど‥‥柚乃は強くない。ただ、強く在りたいと願うだけ‥‥常に」
 心。
 強さの基準はあるのかないのか。
 少なくとも、自分たりえる強さはほしい。
 皆美に伝えたかったのは、そんな思い。
 そして、皆が帰ってきた。間髪入れず次の用意が待っている。皆美の働く番である。
「さぁて、皆に負けてられない。気持ち新たに頑張らないと。‥‥ねっ、八曜丸?」
 柚乃が大好きな朋友のもふら様を振り返る。
 会場はまだ沸いている。
 つかみはオッケー。
 さあ、後はつないで盛り上げるだけだ。


 会場に、しっとりとした音色が流れた。
 柚乃の笛である。
 緩やかな旋律から、三味線に。ここで藤色のもふら様、八曜丸が登場。
 もふもふと丸っこい姿で愛嬌を振りまき、ブレスレットベルで音も足取りも軽やかに。首に巻いた紅いスカーフもご機嫌になびく。
 この様子に、来場者は笑顔を誘われる。しゃんしゃんと曲に合わせて手拍子も流れたり。
 一方、舞台裏。
「雑技団のみんなも元気そうで、ほんとに無事で良かったです」
 改めて言うのは、ルンルン・パムポップン(ib0234) 。ここでの戦闘では、子どもたちを捜すのに活躍した。こうして予定通り一周年記念ができることをとにかく喜んでいる。この様子に、前然たちも改めて笑顔になる。
「それじゃ、ニンジャの力でオンステージ!」
 行ってきます、とワンドを額にかざしてウインク。
 そして、ルンルン忍法・煙遁スモークっ!
 煙る舞台の中、颯爽と姿を現す花忍ルンルン。
 しゃしゃん、しゃしゃんとブレスレット・ベル。歌って踊るは、「ニンジャの呪文は恋の呪文、愛と希望の『好き、トキメキとキス』」。‥‥って、タイトル長いですよ、ルンルンさん?
 それはそれとして閉じた扇子を口の前に持ってきては歌って手を振る。いま、理分身でポーズをつけて三重ウインク。年頃男性のハートをずっきゅん☆。
「ルンルン忍法オンステージ‥‥天儀の伝統芸能水芸だってバッチリです!」
 最後のキメは、水遁の水芸で魅了した。

「じゃ、私は客席に行くわね」
 舞台裏では、煌夜が編んでまとめた長い髪を翻していた。
「あれっ、どうしたんです?」
「あなたたちとは何度も会ってるけど、雑技をしっかり見せてもらった事ってあんまりないのよね。‥‥今日は楽しませてもらうわ」
 聞いてきた陳新にそう応える。
「あ。それと、おめでと」
「あははっ。ありがとう、ステラ姉さん」
 陳新が、一周年の祝いと取ったか、煌夜の真意である「自分たちで最後に決めた意思への祝い」ととったかは不明だが、彼の表情は誇らしそうだった。伝わったのだろう、と満足そうに目蓋を閉じると煌夜は客席に向かった。

「バラバラにならなくて良かったよ、か‥‥」
 後頭部で手を組んで、舞台裏からステージを見る。
 つぶやきは、烈花。そしてその隣に兵馬。
「手品兄ィ、喜んでたよな」
 しみじみいいながら、客席に挨拶する九法 慧介(ia2194)の背中を見る。
「ほんの少しでも心から笑っていただければ、幸い幸い」
 そう言って深く礼をする慧介。舞台慣れしている。
 出し物は、もちろん手品。
 鳩を出しては歓声と拍手を浴び、巧みな話術で笑いを誘い。そして中空から花を出し、瓦版を出し、焼き鳥を出して食べてみたり――。
 いや。本当に出したのは観客の笑いと希望と、明日への活力だったのかもしれない。


 さて、盛り上がる中美味しい匂いも漂ってきた。
 開拓者の振る舞いに、住民たちは笑顔で腹を満たす。雰囲気がいい。そして、いつもと変わった料理がある。
「蒼兄ィ、コレは?」
 珍しいのだろう。紫星がてこを持つ蒼羅に聞く。
「うむ、これはお好み焼きという」
 焼きあがった香ばしい煙の中、ソースのこげるなんともたまらないにおいが混じった。「お好み焼料理人」たる蒼羅、本領発揮。先ほど演じた居合い、銀杏の連続斬りの演舞したときと様子は変わらないが。
「はい、玉子二貫。‥‥焼きそばもありますよ?」
 その向こうでは円秀が握ったりてこ両手に持ってじゃっじゃっと焼きそばを焼いたり。
 別の場所。多くの人が輪になっている中心には、真珠朗。
「そろそろいいすね。どうぞ」
 大鍋には、天儀の野菜とスジ肉の味噌煮込み。
「引かれた道すら走れないヤツよりは、走れるヤツのが優秀だって話ですが。‥‥彼らは自分で道が作れる子でしょうし」
 遠くに雑技団の演技を見ながらつぶやく。
「キザ兄ィ?」
「あたしみたいな悪い大人にゃ、引っかからないようにしなさいよ。騙されて酷い目にあっちゃいますからね」
 そばに皆美が来ていたのを知っていたらしい。にっこり笑って、控えめな性格の彼女にいうのだった。
 そして別の場所でも。
「さあっ、豚汁に串焼きはいかがですかなっ?」
「あっ、弓姉ェも料理してたンだ?」
 出番はまだだからとうろついてた烈花は、割烹着の水奏と出会い目を丸めた。多くの住民に給仕をする、家庭的な雰囲気に驚いたのだ。
「陰陽寮調理委員としての腕の見せ処ね!」
 水奏を手伝っていた真名は、二つあった鍋のうち一つに生姜を入れた。元気が出るが味に癖が出るので分けたのだ。「見事でございまする」と思いやりに感謝する水奏。それはそれとして――。
「そうだ、弓姉ェは弓がうまいでしょ?」
 そんなこんなで、水奏。烈花、闘国と一緒に演じることに。
 二人の投げる的に、即射、鷲の目で次々射抜く。圧巻は、ガドリングボウ。三斉射の的中に、会場は大きな拍手で沸いた。

 それはそれとして、こんなところに簡易の茶室が。
「お茶でも如何ですか?」
 からす(ia6525)が天儀の作法に則り、四畳半の真ん中で茶を沸かしていた。
 ‥‥ところで、高級な半面苦味がある茶なのに子どもが集まってますね?
「家はまた建てればいい。物はまた作ればいい。人が生きていれば、なんとかなる。‥‥そして、人が生きるには時には休む事が必要さ」
 しかも、説法のようなありがたい話を真剣に聞いてるし!
 って、集まった子どもたちは七色水飴持ってるし。なるほど、そういうことですか。
「殿様、五色米などおにぎりもある。ゆるりとしてくいといいだろう」
 フフフ、と笑う。
「‥‥お茶姉ェは久し振りに見ても、よく分からない人だよな」
「困ったらまたギルドを頼るといい。力になるよ」
 困った顔、というか苦み走った顔をする兵馬に、からすはクールに言うのだった。

「‥‥手伝います」
 闘国の言葉に、生が手を止め顔を上げた。なんと彼女は、芳純の用意した無患子やサイカチで作った石鹸を使い洗濯をしていた。
 それだけではない。
 生の出した鉄の壁で仕切った中には、メグレズの作った樽製の風呂がある。風呂の湯となり洗濯物を乾燥させる火力となる石を焼く芳純と合わせ、三人で協力して皆にほっとしてもらえるよう尽力している。
「好きにすると良いでしょう」
 言ったメグレズにぺこりとお辞儀すると、闘国も手伝い始めた。どうもこのグループに交じると居心地がいいらしい。
「ああ、あちらにも湯がいるでしょう。持って行ってください」
「分かりました、陰陽さん」
 芳純に言われ運んだ先には、玲璃がいた。
「犠牲者の埋葬はもう澄んでいたようですが、鎮魂の舞で弔っておきました。‥‥あとは、まだ傷が癒えてない負傷者です」
 玲璃、賑わいに参加することなく汗を流していた。避難中に転倒して以来肩の調子が悪いなど、住民の傷は癒えきっていなかったのだ。
 ちなみに和奏、ここにいた。
「そうなのですか。きっとお孫さんは覚えてくれてますよ」
 玲璃の設置した簡易救急所に詰めて、お年寄りの話し相手、というか聞き役をしている。聞き上手の和奏に、お年寄りたちは徐々に暗い表情が消えていったという。
 そして。
「こういう仕事は得意やしな。まかせておけや」
 どこからか晃の声が聞こえる。闘国が探すと、柱の残骸を支点に固定してこの力で瓦礫を排除している。
「後は任せろっ!」
 グリムバルドもいた。鬼腕の豪腕で力を溜めると、ファイト一発とばかりに大きな瓦礫を押しのけた。ずずぅんと土煙が立つ。
「あ、出番が近いはず‥‥」
 闘国、グリムにそう声を掛けた。「そうだったな」と埃を払うグリム。
「やあ、志体持ちさん」
 ここで、義視がやって来た。
「結局残るんだ? そうかそうか」
 それだけ言って頭を撫で、立ち去る。分裂しなかったことに満足しているのだろう。全員に言って回っているのは内緒である。
 

 そして、最後のステージ。
「在恋さん、行きましょう。‥‥春を呼び込む様な一時を、皆で」
 アルーシュが一人先に出て妖精のように衣装をなびかせ回り皆を呼ぶ。
「はいっ、歌姉さん」
 在恋が続く。

♪握った手
 春の日差しの温かさ
 気付ける幸せ

 ハープでアルーシュが伴奏してから、二人で優しく歌う。
 ここでそっと、グリムが着ぐるみ姿のわんこ楽士として登場。伴奏に参加し音に奥行きをつける。

♪寄り添う傍ら
 道咲く花を見合わせ
 ほっと笑える幸せ

 柔らかい、柔らかい歌。
 真名が現れ、音に合わせて舞いながら手にした符「乱れ桜」で『夜光虫』。煌く。

♪今までを生きてきたから
 本当に温かい

 ステージの外からは、からすがエレメンタルピアノで続く。そして颯はステージに。先に演じて好評だったしっとり化粧の和服美人姿でたおやかに舞う。時折手にした弓で鏡弦。印象的な音で演出した。


♪皆同じとは言えないけれど
 だからこそ 一緒に
 空から見守る光も
 ずっと側に

 感極まったのか、雑技の少年たちも次々舞台に集まってきた。つたない歌声が混じるが、真心がこもっている。別の美しさが一つの歌となって流れる。
「見事なものですねぇ」
 円秀が寿司を握る手を止め聴きほれた。
「改めて結束した雑技団、か。‥‥私は、戦うこと意外あんまできないからねぇ」
 客席で聴く煌夜は、ちょっと憧憬交じりでリズムを取っている。
「これからも、一人一人でできることは少なくても、一般人も開拓者もみんなで協力して助け合えれば大丈夫ですねぃ」
 不埒者がいないか刀を帯び陣羽織をなびかせ巡回警備していた光も、遠くから背中越しに舞台を見てつぶやいた。離れていても声が、思いは届くとばかりに。
 そして、リフレイン。

♪明日を作っていこう
 ‥‥明日を作っていこう

 優しく、優しく――。


 そして、日が暮れた。
「皆一緒にいくんけ。それなら皆でがんばれや」
 晃が酒を飲みながら前然に話している。
「ご苦労さま。堪能させてもらったわよ」
「ステラ姉ェ。今日は様子がおかしくねェ?」
「さすがにおふざけはなしよ」
 酒はまだ早いとばかりに、甘い菓子と茶を渡す。
「人の希望になるんはいつだって人や。開拓者とかそうでないとか関係ない」
 晃がとうとうと語る。
 前然、舞台を見た。
 そこでは、譲治がぐるぐる回りながら人魂などでお手玉をしていた。さらに瘴気回収で「乱れ桜」。元気である。屈託がない。
「そうだな。‥‥細かいことは関係ない」
 そう言って、寝っ転がる前然。目を閉じている。
 晃も煌夜も呆れたが、彼の口は「違うよ」と動く。
「‥‥こうしていると、俺たち、開拓者、住民、皆の言葉と息遣いが聞こえるような気がするんだゼ」
 前然の顔には、満足そうな笑顔があったという。