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■オープニング本文 「へえっ。甘くて美味しい〜」 コクリ・コクル(iz0150)はいま口にした黒くて小さな菓子の味に目を丸めていた。 「これがチョコレートかぁ」 聞いたことはあるけど食べるのは初めて、と顔を上げる。 「富裕層にはとっても人気で、女性にも人気。コクリちゃんも気に入ったでしょう?」 コクリの様子にゆったり笑みをつくるのは、対馬涼子だ。ろりぃ隊出資財団の商人の一人だ。 「日常の贅沢品、といった感じだから多くの人は普段からよく食べるってわけじゃないんだけど、2月中旬だけ、ジルベリアの風習の影響で一般広くで消費されるの。‥‥ほら、先のジルベリアの内乱がらみで交易や人の行き来がさらに活発になったでしょう? 今年は大きな商材になると思うの」 対馬涼子、商才豊かな女性である。 「だから、ね?」 白く細い指を優雅に伸ばし、一つチョコレートを摘んでから「あ〜ん」とコクリの口元に持っていく。コクリ、素直にあ〜ん、ぱくり。 「生産国の泰から独自に輸入したいわけ。通常の航路はすでに定期便で埋まってるから割り込めないけど、『新対馬丸』の処女飛行を兼ねて南部の生産地からの最短航路の安全確認を事前に‥‥」 「新対馬丸?」 涼子のけだるい雰囲気に呑まれ、ぼんやりまどろむように聞いていたコクリであったが、ばばっと身を正した。涼子の方はコクリとの甘ったるいひと時が崩れて残念そうではあるが。 「もしかして、八幡島艦長の? ついに完成したんだ!」 「ええ、そうよ。あの時のコクリちゃんたちの活躍のおかげで、無事に」 「そっか〜。ぜひ乗ってみたいなぁ」 「今度は、輸送船なんだけど積荷を満載していてもグライダーの母艦として機能する戦闘能力も標準装備したの。‥‥まあ、満載時はコクリちゃんたち小手毬隊にしか頼めないけど」 つまり、中型飛空船で航空兵力も積載できるが、あくまで輸送船であるということだ。小型飛空船を戦闘艦として護衛につけ艦隊編成する運用もあるが、涼子はあくまで商人。武力行使を前提とした空輸に興味もない。 「ともかく、2月に入る前に臨時の最短航路の安全確認をしたいわけ。‥‥コクリちゃん、出れるわね?」 「うんっ、もちろん。じゃ、早速小手毬隊のみんなに‥‥」 「待って」 涼子が止めた。 「今回は積荷を少なくして、満載時の速度の落として確認します。だから、小手毬隊じゃなくてもいいですよ」 「え〜。満載にして確認すればいいじゃない」 「おそらくないとは思うけど、襲われて逃げる場合は積荷を捨てて速度を出すことになるからよ。‥‥それに、コクリちゃん」 口調を改める涼子。 「私たち商人の世界では、人のつながりや人脈が大切なの。‥‥コクリちゃんも、お友達も大切でしょうけど、女の子ばかりでなく広く知り合いを作っておくこと。将来素敵な女性になるために、ね」 ちょん、と人差指を伸ばしてコクリの頬を突くのだった。 「あ。もちろん、お友達が集まるならそれでもいいのよ。仲が良いことはとても良いことだから。‥‥それに、積荷のチョコレートを分けてあげるから、艦内で好きに作り直してもいいわよ? コクリちゃんには、グライダーを貸してあげるからそれを使いなさい」 「ホント?」 喜ぶコクリ。 そんなこんなで、広く参加者求ム。 ちなみに、航路では交代で空中索敵すること、途中の森林中の広場で一度だけ偽装着陸をするのでその時の護衛をすること、が条件として盛り込まれている。 然るべき朋友が必要となるだろう。 |
■参加者一覧
ルンルン・パムポップン(ib0234)
17歳・女・シ
御陰 桜(ib0271)
19歳・女・シ
朽葉・生(ib2229)
19歳・女・魔
プレシア・ベルティーニ(ib3541)
18歳・女・陰
ネプ・ヴィンダールヴ(ib4918)
15歳・男・騎
悠・フローズヴィトニル(ib5853)
13歳・女・泰
Kyrie(ib5916)
23歳・男・陰 |
■リプレイ本文 ● 泰国南部の、上空。 「よ〜し、いいぜいいぜ。こいつぁよぉ」 中型飛空船「新対馬丸」の八幡島艦長はがははと笑いながら甲板に姿を現した。どうやら新造船の調子は良いらしい。 「これは八幡島艦長。‥‥もう、乗組員への指示はよいのですか?」 甲板で長い髪を風に洗われるがままにたたずんでいた朽葉・生(ib2229)が、艦長の上機嫌につられ目元を緩めながら聞いた。 「おお。安定飛行に入ったからもう大丈夫だ。でっかい船じゃねぇが大船に乗った気でいてくれ」 「八幡島艦長」 ルンルン・パムポップン(ib0234)も声を掛ける。 「チョコレートが沢山なんですよねっ。‥‥女の子の夢、ルンルン忍法と大凧でバッチリお守りしちゃいます!」 ぐ、と両拳を固めて胸の前で合わせ、きゃるんと「頑張りますっ」のポーズ。お目めキラキラの元気の良さだ。 と、ここでコクリ・コクル(iz0150)も甲板に上がってきた。 「コクリちゃんおひさ〜♪」 間髪入れず「桃くのいち」こと御陰 桜(ib0271)が忍び寄って抱き付いてなでなでしたり。 「ちょっ、桜さん‥‥」 「今回はちょこれぇと航路の確認ってコトでイイのよね〜?」 赤くなり抗議するコクリだが、桜、聞いてない。コクリのほっぺたを指先でつんつん。 「あ、甘味の気配なのです!」 この様子に突然声を上げたのは、白狐の獣人ネプ・ヴィンダールヴ(ib4918)。その視線は、コクリのほっぺに。桜がつんつんしてる方とは反対側。 「僕はいろいろ頑張るのですよ〜」 そう言うとなんと、コクリのほっぺにキスしようとするではないかっ! 「つ、つまみ食いしようとしただけなのですよ〜」 後にネプはそう言い訳をしたという。 実際には、先に桜がコクリを抱き寄せたので未遂に終わったのだが。 「甘美なチョコレートの香りが‥‥私を誘うのです。早く食べ‥‥いえ、仕事はしっかりやらせて頂きます」 次にやって来たKyrie(ib5916)(以下、キリエ)もいきなりコクリを食べよう‥‥いや、気を取り直したようだ。 「あれっ? コクリちゃん、ほっぺにチョコがついてます〜」 そんなことを言ってコクリのほっぺに指を伸ばすルンルン。そしてその指を、ぺろり。 どうやら、ネプもキリエも、コクリのほっぺのチョコに反応していたようだ。 「‥‥コクリちゃん、さっき一人で下に行ったときに、つまみ食いシたでしょう?」 「う‥‥。船員に捕まって、ひとかじりするまで帰さないって言われちゃったから‥‥」 桜の問い詰めに、上目遣いでばつが悪そうに話すコクリ。 瞬間、一斉に非難の視線が集まる。 「まあまあ‥‥。ともかく、チョコのためにもちゃんと輸送路を確保しないとね」 銀狼の神威人、悠・フローズヴィトニル(ib5853)が取り成すが、チョコのつまみ食いは女性陣を中心に誰もが狙っていたところだったりする。 「僕も行って来るですよ」 チョコのつまみ食いのために来たと言っても過言ではないネプがそそくさと船内に向かう。 一方のコクリは罰として最初の索敵飛行に。 「コクリちゃん、グライダー初めて? だったら一緒にお出掛けしちゃいませんか?」 ルンルンが付き合うようで、いざ、空へ。 ● 「大凧はニンジャのステータス、操縦でわかんない事あったら、なんでも聞いちゃってください」 甲板でグライダー「大凧『白影』」の翼を広げたルンルンが、まず風を受けて後退しながら飛び立った。すぐに加速で風を切り、見上げるコクリの目の前を掠めて円弧を描く。 大空を自由に舞う。 龍とは違う心地よさがある。 「よーし。じゃあボクも」 コクリも滑空艇「カンナ・ニソル」を展開。こちらは急起動で一気に空に飛び立った。 「ところでコクリちゃんは、誰かチョコをあげたい人居るの?」 すいっ、と横につけたルンルンが聞いてくる。 「ぼ、ボクは‥‥」 すっ、と機体を沈めて逃げるコクリ。照れている。 「ニンジャからは逃げられないのです!」 急反転の応用ですすいと先回りするルンルン。大凧「白影」の調子は良さそうだ。 「す、好きな男の人とかいないから、どうしようかなって‥‥。ルンルンさんは、どう?」 どうやら好きな人がいない状態が恥ずかしかったようで、ルンルンに振って逃げた。 「えっ、わっ、私?」 お目目キラキラで興味津々に聞いていたルンルン。まさか返されるとは思わなかった様子。しゅんとなったが、すぐに復活。 「‥‥こ、今年こそ、素敵な王子様と、お知り合いになるんだからっ!」 拳をぐっと固めて決意したり。 「あはっ、素敵な夢だよねっ!」 「夢はばっちり、捕まえちゃいますっ!」 笑顔でくりんっと逃げるコクリ。ルンルンもくりんっと機体をひねってこれを追う。 どうやら偵察というより甘いひと時という感じである。 ――ところで。 「‥‥これは」 二人の様子を甲板に残り一人見上げていた生は、深刻な様子だった。 ● 一方、他の待機組は。 「きっとチョコレート工場があるはずですよ。ひみつを暴くのです」 そんなことをつぶやきながら、ネプが船内を徘徊している。 「ちょこれぇと☆。‥‥食べたコトないけどなんだかココロをくすぐられるひびきねぇ♪」 一緒に歩くのは、両手を後頭部に回して組んで鼻歌交じりで上機嫌の桜。お供の忍犬「桃(もも)」を連れて、なんだかすでにのんびりまったりお気軽気分だったり。 「む! 甘味の気配がするのですよ!」 しばらくすると、ぴきーんと覚醒するネプ。怪しい扉に行き着いたのだ。早速お邪魔してみる。 「ダメダメ。今仕分けしてる最中なんだから入っちゃダメ」 「あうぅぅ〜」 船倉からつまみ出された。ネプ、耳へにょん。 が、すぐに耳がぴぴん。 「通路にもいろいろ配管があるのですよ〜♪」 周りには彼の好奇心を満たすものでいっぱいである。 「はうぅ〜」 ついつい、手が伸びたりも。 「おっと。あまり弄ってもらっちゃ困るんだがなぁ」 運悪く出くわした乗組員から注意されたり。ネプ、頑張って我慢我慢。 「見てて飽きないコねぇ」 笑う桜に、キリッとしたままふいっと顔をネプから背ける忍犬の桃。 「あぅぅ〜。今、桃に馬鹿にされたようなのです」 「そんなことはないわヨね〜」 ネプの指摘に、桜はシかたないわねぇと桃を寝かせてお腹をもふもふシてあげたり。くねくねと収まりのいい仰向けの位置を探しながら甘い声を出す桃のあまりの可愛らしさに、桜にっこり、ネプも尻尾パタパタ。 とりあえず、先にチョコのつまみ食いはできなかったようで。 ● 「風露‥‥」 甲板の大型朋友控え室に、悠の穏やかなつぶやき声が流れていた。 「グァ‥‥」 悠の朋友である、駿龍「風露」が首をめぐらせ優に顔を擦り付けてきた。 「こういう場所は落ち着きますね‥‥」 藁の敷かれた、静かで日の当たらない場所。悠は藁の床に寝て、上半身を風露に預け体を休ませながら偵察の出番を待っていた。 特に語らないが、過去がある。 激しい戦いに、突然の別れ。 元貴族の女性に拾われ安息の地を手に入れたが、熾火のようにちりちりと獰猛だった一族の血が騒ぐ。 戦地へと連れて行く飛空船のこの場所が、なんとなく今の自分に重なっていた。 そっと、風露の首を撫でてやる。 優しい眼差しに、優しい手つきで。 一族は一族として、やはり女性らしい柔らかさがあった。 と、このときがらりと引き戸が大きく開いた。 まぶしい光に細める目に、キリエの姿が映った。 「偵察の番が来たようです」 それだけ言いつかつかと自らの朋友、駿龍の「††骸−Geiest−屠††」(以下、ガイスト)に歩み寄る。 「それは?」 「秘密です」 聞く悠に、貴族然とした端正な容姿のキリエが答えた。ふっと笑った横顔に甘みがあるのは、今ガイストから下ろした荷物に理由がある。 ちらと見ると、どうやらチョコレートの型らしい。 (あ、ハート型もある‥‥) 目敏く見つけ、頬を染める悠だったり。荒んだ過去もあったようだが、今はご覧のように温もりに満ちた環境にあるようで。 「行くぞガイスト、殺戮の蒼穹(ブルー)へ」 キリエが外へ連れ出したガイストに騎乗し飛び立ち、悠も風露で続く。どちらも駿龍で連携もいい。 ばさりと風をつかみ乗る感じ、意思のある動きに身を任せる信頼関係。 これらが龍の醍醐味で、キリエも悠も朋友の手応えに満足そうだ。 そして、帰ってきた二人。 「コクリさん、ルンルンさん?」 「あ、生さん。異常はなかったよ」 軽く言葉を交わしてから、こっそりささやく生。 「二人とも、スカートの丈が短いですから、その‥‥」 う、と短い裾に手をやり俯き加減で真っ赤になるコクリとルンルン。 「でもまあ、生さんとルンルンさんに見られる分にはヘーキだし‥‥」 むしろ幸せそうなコクリ。 と、その時。 「リア充爆発しるぅ‥‥」 「わっ!」 ちょうど下から戻ってきたネプがやっかんで、コクリに抱き付き飛び降りようとした。さすがに、桜やルンルン、生が抱き付いて止めもみくちゃになりながら倒れこんだり。 「あれ? 今一瞬‥‥あれ? 気のせいですかね‥‥?」 はっ、と我に帰ってとぼけるネプだがこの後、罰として縄でぐるぐる巻きにされぶら〜んと下に吊り下げられるのだった。 ● やがて、森の中にぽっかり空いた広場のある場所に近付いた。 「よし、唯一の不時着ポイントに近付いたな。‥‥高度を下げろ。偽装着陸、用意するぞ」 八幡島艦長の号令。 「ふうん。確かに森が近いから、ここに敵が待ち伏せとかしてたらヤだね」 見下ろすコクリが納得する。 「ま、そのための偽装着陸だがな。機関を停止させなけりゃ、すぐに飛び立って逃げることができる」 「それでも一応警戒が必要でしょう」 八幡島は説明するが、生が動いた。 連れて来た俊龍「ボレア」に飛び乗ると、護衛警戒任務に当たった。 いや、それだけではない。 「仮に敵がいたとするなら、牽制にもなるでしょう」 両手に持った杖「フロストクィーン」を振るうと、どしんと鉄の防壁が広場に姿を現した。 生のアイアンウォールだ。 立て続けに使い、三方に鉄の壁を作る。 「私にそんな力はない。ともかく、安全確認しよう」 ガイストで続いたキリエは、速度を生かし周囲を広域に飛んで警戒した。 そしていま、その中心に新対馬丸が不時着した。 「ほぉ〜。こりゃいい」 八幡島、いたく感心したという。 そしてネプが下船し前方へ走る。 「さあ、出番なのですよ〜」 アーマーケースを下ろして、駆鎧を展開。ネプ自慢の「ロギ」が姿を現す。 「新対馬丸には傷一つ付けさせないのです!」 桜色でまとめられた機体に乗り込み、起動。ばさあっとマントが風に翻る。 「私も空中待機をしておこう。‥‥いくよ、風露」 悠も再び空へ。 「これならいつアヤカシが来ても大丈夫だね」 頼もしい仲間を見てコクリが言う。 しかし、結局アヤカシは現れずそのまま新対馬丸は航行に戻った。 ● 再び、上空。 「あ! コクリさん、あれ」 最初に気付いたのは、偵察に出ていた生だった。一緒に出たコクリ、そしてキリエと楽しく空中散歩をしていたが、帰る途中で異変に気付いた。 なんと、船体下の森から羽根の付いた大蛇と巨大な毒蛾が現れたのだ。 「視界がいいので油断したけど、下からか」 「私が時間を稼ぎます!」 「では私が狼煙銃で知らせてから戦闘に。コクリさんは甲板を」 慌てるコクリに、秘策ありの生が足止めすべく急行、キリエは狼煙銃を放った。 「頼むぞ、ガイスト」 すぐに先行した生を追う。 一方、生。 ボレアの高速飛行で一気に船とアヤカシの間に割って入った。 「仲間を巻き込む心配がないのはいいですね」 安心してブリザーストームを放ち広範囲を攻撃する。 「ボレア」 範囲から漏れた敵は、ゴオッとボレアの吐いた火炎で迎撃する。 「一見、蛾なので火が特に有効だと思いましたが‥‥」 ダメージはあれどあっさり延焼するということはないようで。このあたり、さすがはアヤカシである。 「武勇の曲で舞えっ」 クールに言い放つキリエもやって来て、ガイストのクロウを見舞う。キリエの方は騎乗したままギ・ギャーンと衝撃的で力の沸き立つような曲を奏で生を支援している。‥‥決まっているともいえるが痛くもあるというのは言わない約束だ。 しかし、アヤカシの数は10体程度。二人の防衛線はあっさり突破される。 「すっごい久しぶりの戦闘ねぇ」 甲板では、桜が前方に回転して接近した大毒蛾にサクラ形手裏剣を投げていた。大毒蛾、食らってもうろたえない。なかなか体力がある。 「あぶないっ!」 続けて、風魔閃光手裏剣でけん制の一投。避難の遅れた一般乗組員が大毒蛾の撒き散らす燐粉をくらって咳き込み、そこを狙われていたのだ。桜はさっき前方回転で逃げたのだが、一般人に同じような反応はできまい。 一瞬動きの鈍った敵に、忍犬の桃がダッシュアタックで止めを差した。続けて、飛跳躍からのクロウで上空の蛇羽にも攻撃。十分な防空戦力となる。 「桃、じゃんぷの時落っこちないようにね」 毒にむせる乗組員を救助しながら桜が褒める。後の話だが、お腹を思いっきりもふもふシてあげてこの働きを褒めたとか。 「ルンルンさん、急ごう‥‥急ぎましょう」 「ルンルン忍法ジゴクイヤーで隠れた敵もやっつけちゃうんだから」 慌てて口調がごっちゃになる悠が風露で、ルンルンも大凧「白影」で上がった。ルンルンは不知火で早速大毒蛾を燃やす。戦闘離陸からの全開戦闘である。 「ネプさんっ!」 コクリは、甲板に桜色の巨体を見つけ、手を伸ばしながら滑空艇で突っ込んだ。蛇羽に追われていたのだ。 「任せるですよっ!」 操縦席のゴーグル越しに気付いたネプは、ぐるりと機体を旋回させ腰を落とす。 って、駆鎧で対空戦闘が出来るんですか? 「食らうのですっ!」 捻り込んで掠めるようにコクリのカンナ・ニソルが通過したあと、そのまま蛇羽が追ってくる。 ここで、ロギの腕から轟音がっ! ――ぐっしゃあ。 「はぅ〜♪ これなのです」 鉄・鎖・腕・砲ッ! ジルベリア読みで、ボルトアームっ! 何と飛び出したロギの腕が、カウンターで蛇羽に命中。見事に敵を粉砕した。 「よっし」 振り返って親指を立てるコクリ。 「大丈夫ですか? コクリさん」 生もブリスターを使いつつ寄って来た。 戦闘は落ち着き、襲ってきたアヤカシは一掃されていた。 ● この後は、安全な航行が続いた。 「あの地点を避ければ問題はねぇな」 八幡島は報告書に意見具申を添えていた。どうやら航路は若干の修正で使えるようだ。 「ただし、問題はまだあるぜ」 実は、泰儀から天儀本島へ行くまでに、元・嵐の壁を越えなければならない。いまだ不安定な天候の空域だが、これは致し方がない。定期航路以外では、ここがそれに次ぐクラスの壁空域の薄い部分となる。定期航路にならないのは、交易都市までの距離が遠いためなどが理由である。 日の当たらない、アヤカシの攻撃もないと言い切れない空域。 通常の空であれば、視線が通るため不意打ちは少ない。あるとすれば、先のような船体直下からの攻撃である。 だが、ここで戦闘があればすぐに母船が危機にさらされてしまう。 空戦能力に勝っても、母船が落ちれば一蓮托生。射程や制空範囲の広さなど関係のない乱戦にまみれてしまう状況だ。 緊張する空域はしかし、無事に突破できた。 もう、天儀の空である――。 ● 「任務はほぼ完了ですね」 にっこり生が言うのは、出発前に依頼主の対馬涼子にチョコレート加工体験の許可をもらっていたから。 「ようやく出番だな」 重々しくクールに言うキリエだが、チョコの型など持つ姿は渋さとかけ離れまくりだったり。 そして持参した扁桃を出しながら、チョコレートのブロックや砕け散ったかけらに手をを掛けるのだが‥‥。 「ちょっと待って。‥‥まず、何か仕掛けられてないか、お毒味なんだからっ」 横合いからルンルンが手を伸ばしてかけらをぱくっ。 「あ、もらう量が減りますよ?」 至極もっともな生のツッコミ。 「まあまあ。つまみ食いは大目に見ましょう」 「凄く分かりやすい人たちだ‥‥」 重々しい声ながら上機嫌のキリエに、周りを見て呆れるコクリ。ネプがどかかっと砕いたチョコのかけらをつまみ食いしたり、「味見はしっかりしなくちゃね」とか言いつつ悠もぺろっとなめてたり。 というわけで、なし崩し的にエプロン姿の7人がれっつくっきんぐ。 「湯煎もいいけど、湯たんぽもイイわね〜」 持参した湯たんぽでじゅうとチョコを溶かす桜。 「‥‥悠さん、キリエさんから型を借りてきたよ? はい、どうぞ」 「ハート型ですか、コクリさん‥‥」 なんだか真っ赤になってハートに恥ずかしがる悠。 「わああっ。さてはキリエさん、ハートを上げる王子様が‥‥」 「あま〜い♪」 微妙な話題に反応し寄って来たルンルンからストレートに誤解される悠。その隙に桜は悠のチョコを味見♪。型に入れる前から甘々のようだが、上げる王子様がいるのかどうかは不明だったり。 ♪出来立て真っ黒 チョコレート 王様入れたの 唐辛子 僕らはお砂糖 残らず入れて お口の中は 大騒ぎ! 歌うキリエのリズムに合わせるように、弾む会話とクッキング。あま〜いにおいに包まれて。 「って、あれ。生さんどうしたんです?」 ここでコクリが、生とルンルンの様子に気付いた。 「これを大事な人に送る風習があるんですか。勉強になります」 「そうそう。生さんも作っちゃってください」 「‥‥」 二人を見て言葉を失うコクリ。 何と、ルンルンの作っていたチョコは、何というか輝く黒い多面体的な謎の物体となっていた。世界が世界なら、あるいは輝くトラペゾヘドロンと呼ばれていたかもしれない。 って、ああっ! 「生さん、それドクロの型だよっ。そんなの大事な人に贈っちゃダメだから」 「そ、そうなんですか? ‥‥きゃっ!」 型を用意したキリエの趣味とルンルンのセンスを真に受けてしまった生を止めようとしたコクリだったが、ちょうど生は悪戦苦闘中。ぼうるに入っていたチョコがばっしゃんで二人仲良くチョコを浴びたり。 「んもう。勿体ないわねぇ」 桜が寄って来て、味見とばかりにコクリのほっぺのチョコをぺロリ。つられてコクリも生のほっぺをぺロリ。 「はぅ〜♪ 僕も‥‥」 「ちょっとネプさんっ。またボクに‥‥」 「家に帰ったらザッハトルテも作ってみた‥‥うわっ」 「悠さん、ぶつかってしまって申し訳ございません」 「♪お船の中も 大騒ぎ!」 ネプが、コクリが、悠が、生がどってんばってん。キリエはこの様子に歌詞を変えて歌っていたり。 ‥‥というか、商品たるチョコをえらく無駄にしているような。 「がっはっは。航路が使えることが分かったし、とんぼ返りでがっぽり輸送するさ。あんたらは土産に、チョコをたんと持って帰るがいい」 八幡島は気前が良いようで、開拓者たちはハート型にしたチョコをはじめ多くを持ち帰ったようだ。 船員がアヤカシの毒に見舞われるなどあったが、航路は比較的安全に使えると判断された。二月に入り、大いに新対馬丸はチョコを大量輸送し需要に応え、津島涼子は大きく稼いだという。 ●おまけ 桜が、甲板から景色を眺めながら最後の見張りをしていた。ルンルンも一緒だ。 「お疲れ様。もう寒いでしょう?」 背後から悠が近付き見張りの交代を告げた。 「寒い時には、ホットチョコが暖まります」 言ったルンルンは、ココア入りのカップを持っていた。桜も一緒だ。 「ああ、チョコにスパイスを入れ、辛くして飲む地方もあるようですね」 悠の後ろにいたキリエは、歌劇のように歌って踊って薀蓄を披露したりも。 それはそれとして、見張り交代。 船内に戻ったルンルンは、ふと取引用の秤を発見した。 ‥‥。 ‥‥‥‥。 「が〜ん。‥‥あんなに働いたのに、体重増えてる」 自業自得です。 |