【香鈴】ひかる雨中
マスター名:瀬川潮
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 難しい
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/01/24 19:57



■オープニング本文

●前回のお話
 香鈴雑技団の到着した大きな町は、突然の災禍に襲われた。
 長く雨の続いた中で、突然町の中心部にアヤカシがわいて出たのだ。
 アヤカシは、霧狂骨。
 発生原因は不明。
 住民の多くがアヤカシの儀性になる中、立ち上がる者たちもいた。
 開拓者である。
 ちょうど香鈴雑技団の到着にあわせ、結成一周年の祝賀会に呼ばれていたのだ。
 開拓者8人は、まずは自分たちへの贈り物購入のため町に散っていた子どもたちの避難を頼まれた。出会うアヤカシを倒し避難する住民を支援しながら7人の子どもたちの保護に成功。しかし、烈花は発見できず、いまだアヤカシは町で暴れている。住民も多くは避難したが、残る者は危険にさらされたままである――。


 町の東の橋を渡った安全地帯にて。
「兵馬くん、大丈夫?」
「ああ、ねーちゃんみたいなにーちゃんに手当してもらったら楽になった」
 皆美が浅い傷を負った兵馬に聞くと、兵馬は元気な笑顔を見せた。
「兵馬。この刀、借りるぞ。‥‥闘国、出れるな? 開拓者は周辺の見見回り確認中だし、アヤカシ退治で手いっぱいになるだろう。俺たちも‥‥いや、俺たちが先に探しに出るぞ」
「え?」
 凛々しく言い放つ前然の言葉に、子どもたち全員が振り返った。前然はそれを見返ることなく兵馬から預かった刀を闘国に渡している。闘国の顔に惑いの色はない。
「ちょうどいい機会だわ。私も当然、行くわよ」
「紫星さまは、弓でよろしかったですか?」
「し、紫星‥‥」
 兵馬、在恋、皆美が呆然として声を絞り出す。陳新だけが、無言で冷ややかにこの様子を見ていた。
「待て。‥‥なんで、どうしてお前たちが‥‥」
「すまねェ、兵馬」
 腰を抜かしたようにへたり込み、四つ這いで訴える兵馬。しかし前然は残りのナイフの本数を確認しながら、記利里からもらった短刀二本を腰に差して動じる風もなくそそり立っている。
「その3人と烈花は開拓者たちと一緒。志体持ちだ。‥‥生まれながらの才能に恵まれた、な」
 そっぽを向きながら、陳新が言い捨てた。
「な、何だよッ!」
 これを聞いて立ち上がる兵馬。激怒する。
「俺たちは親もなけりゃ生まれながらに何もねェ、ただ日々の暮らしを何とかしながら『絶対このゴミ溜めのような下町を抜け出すんだ、雑技団を立ち上げるんだ』って夢だけを宝物に、一緒にやってきたんじゃねぇかよ。それを‥‥。それを今さら、何だッ!」
 前然、猛る兵馬を見返りもしない。兵馬の見開かれた瞳が潤む。周りでは霧雨が降り始めた。
「馬鹿にしやがってっ! 何が仲間だ。‥‥今までその仲間を才能のない奴だとあざ笑ってきたわけか? お前らが俺たち才能のない駄目なガキどもを引っ張ってきてやったとでも言うつもりか、あぁ? ‥‥お前はいままで、仲間を騙して力八分で俺たちを陰で笑っていたのかよッ!」
 まくしたてる兵馬の胸中によぎるは、受難の時か春の薬草の出来事か。いつも、常に兵馬は全力だった。自分に嘘偽りはなかった。気に食わない事があっても、仲間を信じてきた。力の足りない時はあっても、それだけが誇りだった。
「‥‥それなのにッ!」
「兵馬くん、言い過ぎ‥‥」
「答えろ、前然っ! 何でお前たちが行かなきゃならないんだッ! 俺たちは、皆で一緒にッ、雑技でたくさんの人の心を救うんじゃなかったのかよっ」
 皆美の言葉に耳も貸さず、霧雨の中涙を流し再び膝から崩れ落ちた。そして両拳を上げて大地を叩く。大きな、揺るぎもしない地面に対し、あまりにも無力な抵抗。「前然っ!」と再び涙と散った泥にまみれた顔を上げる。
「仲間を見捨てるわけにはいかないから行くんだよっ!」
 迷うように、吐き捨てるように言葉荒く前然は言うと、刀を腰に据えた闘国と弓矢を装備した紫星を連れて出発した。町の青年が守る橋を、再び橋って渡る。
 すべてを白く煙らせる霧雨が、前然たちと兵馬たちを隔てるのだった。
 遠く、遠く――。

 やがて、川の水位調査や周辺索敵に出掛けていた開拓者が帰って来た。結果は、土手の決壊・川の氾濫の心配はなく周囲に敵はないという安心の状況ではあったが‥‥。
「私は元開拓者です。前然さまたちは私が今から追って見守りますのでご安心を」
 実は泰拳士の記利里がそう言って出発した。
「すいません。みんな勝手をしてしまって‥‥。私たちはここにいる事を約束します。でも、どうされます?」
 沈痛の表情で陳新が説明した。

 さて、どうする?


■参加者一覧
玲璃(ia1114
17歳・男・吟
九法 慧介(ia2194
20歳・男・シ
真珠朗(ia3553
27歳・男・泰
煌夜(ia9065
24歳・女・志
アルーシュ・リトナ(ib0119
19歳・女・吟
琥龍 蒼羅(ib0214
18歳・男・シ
リン・ヴィタメール(ib0231
21歳・女・吟
ルンルン・パムポップン(ib0234
17歳・女・シ


■リプレイ本文


 偵察に出ていた開拓者が香鈴雑技団のもとに帰ってきたのは、ちょうど記利里が密かに四人の子供たちを追って行った直後だった。
「ね、いま橋を渡ったのって、記利里さんじゃない? そしてその前に渡ったのが前然君たち?」
 煌夜(ia9065)が聞いた。沈痛の表情で陳新が説明する。
「まったく‥‥。烈花が無事かどうかでさえ心配なのに」
 九法 慧介(ia2194)が額に手を添えて固まった。雑技団とは立ち上げ公演から一緒にやっている。沈痛なのは彼も一緒だ。
「大人しく隠れてくれてると良いんだけど」
「そっか」
 慧介のつぶやきにルンルン・パムポップン(ib0234)がピンと来て、橋へと駆け出した。
「‥‥ルンルンさん?」
「情報収集は、ニンジャの基本なんだからっ!」
 呼び止める慧介に、振り向いた背中越しに言うルンルン。「こう言う時は、慌てたらかえって駄目だもの」と、安全地帯に避難してきた人から聞き込みを始めていた。
「やることは、烈花と三人の保護、町人の避難誘導、アヤカシの食い止め、この三つでしょう」
 陳新の「どうされます?」という問いには、「頼れる舞い手」こと玲璃(ia1114)が答えた。感傷には浸らない。やることがあるのだから。
「ほんと一度に何もかも起こり過ぎ。‥‥体が二つか三つ欲しいわ」
「まさかこんなことになるやなんて‥‥。烈花はん、心細い思いしてはるやろな」 
 ぼやく煌夜に、掌で雨粒を受けつつ空を仰ぐリン・ヴィタメール(ib0231)。農地への人数配分の不足もあり烈花を探しきれなかった。今度はどうする?
 悩む開拓者とは別に、陳新と兵馬は唇を噛んだ。
 自分たちは何もできない。
 そんな、思い。
「兎に角 無事で良かった」
 霧雨に濡れるまま肩を落とす二人を、アルーシュ・リトナ(ib0119)が抱き締めた。
「あなた達が無事で待っていてくれる事が私達の力の源です」
 皆美、在恋もぎゅっと抱き締めて言う。そして、在恋に呼び笛を貸した。
「ここに敵が来たら吹いて。そして、出来るなら後から避難してくる町の人たちに声を掛けてあげて下さい」
 場所は違えど、四人も私たちと一緒に。
 そんな、思い。
「そうだな。今は住民の避難が優先だ」
 言い切ったのは、琥龍 蒼羅(ib0214)。とはいえ、雑技団のピンチには常に参画してきた男が見てきたものは、じっと隠れて助けを待つという行動だ。
「烈花さんと三人は、みなさんにお任せします」
 アルーシュは「ちゃんと返して下さいね?」と在恋に笑顔を見せておいてから、住民避難へ動く意志を表した。待ってて下さい、無事に戻ってきますから、という眼差し。力強く頷く在恋と皆美。
「じゃあ、私はアルーシュさんにつきましょう」
「あの3人に会ったら無茶すんなって言っておいて‥‥」
 アルーシュの盾となる覚悟の煌夜が寄ると、慧介も無念そうに残りの開拓者に託してこちらに。人数配分で烈花を探しきれなかったとはいえ、似たようなことをするわけにはいかない。
「それじゃ、あたしゃ囮で」
「キザ兄さん、頑張って」
 陳新と何かを話していた真珠朗(ia3553)も、少年の肩に手を添えてから出撃準備を整える。烈花捜索と三人組の支援は他の4人がする。絶対に見つけ出すという布陣だ。
「‥‥こうして救出の為に駆けだす背も、残った子たちには『志体持ちとそうじゃない人の壁』として映ると思ったけど」
 皆と出陣する煌夜が振り向く。
 在恋が笛を握り締めていた。
 皆美がリンからもらった菓子を手に、在恋を支えるように寄り添っている。
 陳新の瞳は、見送りつつも周囲への目配せを忘れない。
 腐っていたはずの兵馬は、愛用の木刀を手に面を改めていた。
「皆大事な、いい子達です」
 思いが伝わった、とアルーシュ。目元を緩める彼女に、煌夜も微笑。
 思いは、伝わる。


「農家方面だったな」
 蒼羅が走っている。農道は長雨でぐずぐずになっており、泥水が跳ねる。
「気をつけてください。霧に煙って見えにくいですが、吸血霧が多く飛んでいます」
 続く玲璃が瘴索結界を使った結果を知らせる。
「数は減らしておきたい」
 目を光らせる蒼羅。復路を考え、手裏剣「鶴」に手を掛ける。炎魂縛武の炎を纏った手裏剣が飛んでいくと、黒い瘴気が散った。
「多少動きが速くとも、この『鶴』ならな」
 風切り音の鋭い、命中しやすい手裏剣。当たれば十分な手応えだ。
「街にある農家ゆうたら限られてはるはずやのに」
 フロストフルートを構え「重力の爆音」で攻撃・支援するリンはきょろきょろしている。水量が豊かで肥沃な土地柄であるため、農家は多い。農地なので視線は通りやすいはずだが、それでも3人組は見つからない。
「前も他の人が言ってましたけど、東西で川が囲む外からアヤカシが来ているわけじゃないんですねっ。むしろ、町の中の土地からアヤカシが湧いているって感じです」
 聞き込みしていた分出だしが遅れていたルンルンが追いついてきた。屋根の上を奔刃術で駆け抜けながら広範囲を見渡した様子をそう話す。ちなみに、聞き込みはめぼしくなかったらしい。
「魔の森でならともかく、こんな街中でこれだけの事が何の理由も無く起こるというのは不自然だな」
「あっ。今は人命救助優先です」
 思案する蒼羅を玲璃が止めた。前方の用水路のくぼみから人が出てきたところ、霧狂骨に見つかったのだ。四人は殺到してこれを助けた。
「すまん、感謝する。‥‥その三人組ならさっき助けてもらったが、さらに西に行ったぜ」
 の閃癒で回復した避難中の男は前然らに助けられた後らしい。
 その後。
「‥‥あの農家の裏にアヤカシが」
「あっ、あれ。農家が襲われてるっ。アヤカシって生者の気配に敏感だから、群れてる方に烈花さん居るかも?」
 瘴索結界の玲璃と、屋根の上からアヤカシの分布を見た情報で周りを見ていたルンルンがそれぞれ別の方向を指差した。
「ルンルンはん。二手に分れまひょ」
 すでに蒼羅は玲璃とともに近いほうへ走っている。リンはルンルンと遠いほうへと動いた。


「前からずいぶん減っているかしら‥‥」
 櫓の梯子を上っていたアルーシュは、首をひねっていた。上る動きも止めて、首を傾げたり。
「アルーシュさん、屋内にいるみたいだ」
 下から慧介が声を張る。心眼で探ったところ、主戦場は屋内に移りつつあるようだった。
「外にもいるんだけどね」
 余裕のまったくない煌夜の声。
 対峙する霧狂骨に対し、腰溜めにした霊刀「カミナギ」を縦から横に変えた。
「先ずは隙間を!」
 突きで狂骨の肋骨の間を狙い、そのまま横薙ぎに狂骨を砕いた。
「‥‥不可能じゃないけど、難易度は高いみたいね」
 どうやら、まず肋骨内の吸血霧を隙間から狙って狂骨を一連なの動きで倒そうとしたらしい。吸血霧は回避能力が高いようで、狂骨は倒したが吸血霧は残った。隙が出来て攻撃を食らうが、次の一手で叩く。
 そんな煌夜の背後で、慧介が飲み屋に入っていった。もちろん、別に飲みたいわけではない。がしゃんどたんと音がしたかと思うと、一般人が出てきた。
「早くあっちの橋を渡って!」
「‥‥九法さん、大丈夫でしたか?」
「棚の上の酒瓶が割れた‥‥」
 逃走経路を指示する煌夜に、梯子から下りてきたアルーシュの心配そうな声。慧介は酒臭い。奮戦の勲章だが。
「‥‥気を取り直して、1人でも多く逃がすとしますか」
 改めて、遠距離抜刀の桔梗で逃げる町民に追いすがる敵を叩く慧介。近寄ってくれば紅椿の、遠近自在の戦いを見せる。
「大丈夫? アルーシュさん、お願い。残った子たちも心配だし」
「分かりました。‥‥大丈夫 付いて来て下さい」
 旅篭に入った煌夜。紅焔桜の燐光を纏わせながらカミナギを振るい主に逃げ遅れた高齢者ら多数を助け出した。外に出ると仲間に託しまた戦う。アルーシュの方は、セイレーンハープで「再生されし平穏」。難しい大人数の護衛・撤退を引き受け、いったん橋の東側へと戻っていった。


「人は、いろいろなんですね」
 いったん戻ったアルーシュに、陳新が言った。
「キザ兄さんが言ったんですよ。『志体があろうが無かろうが「人」は悩みもすりゃ不安にもなるし、殺せば死ぬ』って」
 あらあら、最後にわざと乱暴な言い方をするのがあの人なのねと苦笑するアルーシュ。
 その、あの人。
「‥‥柄にもなく余計なことをいったかもしれないすねぇ」
 ぶつくさ言いながら、単独行動。
 アヤカシが多いと目されている町の中心部へと向かっていた。
――それでも彼らが君らを嘲笑ってたようには見えませんがね。だから、あたしゃ君らが羨ましかったんで。
 真珠朗は、出る前に陳新に言った言葉を後悔していた。彼らとは前然たちのこと。
 ゴミ溜めのような下町で苦労して生活していた子供たち。
 騙されもしたろう。
 傷つきもしたはずだ。
 それが、自分みたいな胡散臭い男の言葉を真に受けるか?
「別に長い付き合いでも無し。何言われた所で余計な御世話だって話でしょうが」
 恥ずかしさ。
 その、羞恥の紛らせはすべて別の場所に行っていた。
 敵の真ん中で、崩震脚。
 狂骨の中の吸血霧は無傷なので厄介だ。背拳も使い確認して、瞬脚で右・左・まっすぐと敵を交わしつつ戦線離脱。改めて寄って来たところを、も一度崩震脚。鬼気迫る戦いを繰り広げているが、心は羞恥に乱れたまま。
「そういや、アヤカシがどうやって対象認識してるのかイマイチ解りませんね」
 彼に必要なのは、別に考えねばならないことだったのかもしれない。
 羽織る外套を派手になびかせたり、この程度の霧雨はものともしない宝珠銃「皇帝」をぶっ放して大きな音をさせたりといろいろやってみる。
 どれも決定的な判断にはならなかったが。


 場面は、小屋の裏に行った玲璃・蒼羅組に戻る。
「紫星っ!」
 蒼羅が霧狂骨を砕きながら呼んだ。
「蒼兄ィ」
「弓で遠距離支援、あの大きい子が近接戦闘、そしてリーダーが遊撃援護ですか」
 振り向く紫星に、組織的戦闘に感心する玲璃。数的有利を作りつつ結構たくましく戦っている姿に、思わず蒼羅の表情も感心したふうだった。そして、笑み。今までのように戦い方を見せるように奮戦する。
「まだ烈花は見つけてない。どこかの民家に隠れているはずだ」
「ともかく、3人組は発見ですね」
 5人で現場を制圧すると、前然が状況を話し玲璃が事前の申し合わせどおり青い狼煙銃を上空に放った。

 そして、当の烈花。
「お姉ちゃん、お母さん‥‥」
「しっ。声を出しちゃ駄目」
 小さな女の子と一緒に、民家の土間に立て籠もっていた。唯一助けることのできた女の子を守り、助けを待っているのだ。
 外からは、相変わらず破壊と徘徊の荒々しい音しかしない。まだアヤカシはうろついているということだ。
「え?」
 そんな烈花だったが、耳を疑った。
 今までしなかった、涼やかな鈴の音が聞こえたのだ。
――烈花はん、身が軽いんやし屋根の上とか。
「分かりやすいなぁ」
 緊張でこわばっていた烈花の頬が、一気に緩んだ。
「ここにいて。私も戦ってくるから」
 玄関から躍り出て戦う。
「よ〜し、うちらも狼煙銃やね」
 夜の子守唄で手早く戦闘を終わらせたリン。青い狼煙の次に、赤い狼煙が上がるのだった。

「烈花が避難してるってことは‥‥なかったなぁ」
 町中では、避難誘導しながら慧介がぼやいていた。
「腐るのはまだ早いわよ」
 支援する煌夜の表情は硬い。すでに練力は底をついていたのだ。これは慧介も一緒だったが。
「狼煙、上がりました。二つです」
 再び櫓に登っていたアルーシュが歓喜の声を上げた。霧雨に濡れた長髪が張り付いた顔が、ぱあっといつもの彼女のような明るさに溢れる。
 そして安堵に見開かれた瞳が、今度は凍ったッ!
「な、何なの、あれは?」
 ゴロゴロ‥‥と遠雷が聞こえる中、彼女は町全体の中心地を見て再び険しい顔をしている。
「何て、大きな‥‥。いいえ。何て、‥‥悲しみに満ちているんでしょう」
 そう、彼女は表現した。


「こういうのは人に見せたくないんすけど、今日のあたしは熱血だという事でひとつ」
 ゴロゴロ‥‥と遠雷が響く中、真珠朗は町の中心辺りでまだ戦っていた。自らを囮として、全ての敵を一手に引き受ける覚悟で陽動戦闘を繰り広げていた。
――ピシャーン。
 遠くで、稲光が走った。
 そして真珠朗も気付き、そして固まった。
「何‥‥だってんすか」
 見上げる雨中。
 平屋の屋根程度の高さに、不気味な物体が浮いていた。
 高さは、人より低い程度か。
 体長は3ートル強。とにかく長い。土がぱらぱら体から落ちている。
 巨大な蛇かオオサンショウウオかという外観だが、問題はその詳細。
 ぶよぶよに肥大化した、ぬめった体表には、人の口や鼻や目、昆虫の触覚や眼球や顎、魚類の目やひれやうろこが無数にごちゃまぜに存在していた。そして不規則に出ている、人の手足に昆虫の手足、トカゲを思わせる手足。これらがわきわき、ぎょろぎょろ動いて‥‥。
「くっ」
「真珠朗さん、いったん逃げましょう」
 頭の中に呪いの言葉を聞き膝を折った真珠朗に、記利里が近寄っていた。
「ずいぶんここで頑張ったようですが、流れが変わりました。ここは体制を立て直して‥‥」
「‥‥あれは、うらみつらみで動いてるようすねぇ」
 そして、生きている人がいる方へと向かう。
「とにかく戻りますぞ」
 答えが見つかり嫌悪感に固まる真珠蝋を、記利里は強引に引っ張っていくのだった。

 一方、合流後脱出に移っている前然たち四人と開拓者の四人。
「あの霧は俺が引き受ける」
「あ‥‥」
 蒼羅が迫る敵に対している後ろで、闘国が言葉少なに中心部を指差した。
「あっ。また霧狂骨が湧いてます。きっと、あれがこの事件の元凶なんだからっ」
 ルンルンも叫ぶ。
 巨大な、邪念や怨念の集合体たる瘴気の塊が肥大化したアヤカシは「祟り蛇神」という。
「今は貴方がたを含む一人でも多くの人命救助が最優先です」
 迷う一同を玲璃が引き締めた。
 まずは、脱出。

「ほんと、一度に何もかも起こり過ぎよね」
 脱出経路を確保していた煌夜は、新たな敵を観察していた。
 家屋密集地帯に下りてから、手当たり次第。
 建物を嘗め回すかのように裏通りにうねって入ってはまた大通りに出てきている。生き残っている者を探し攻撃しているのだろう。
「ここまでくるのに少し時間がありそうですな」
 今、いったん引いてきた記利里が言った。真珠朗も一緒だ。
「子供たちは無事に橋に向かった。‥‥いったん引こう」
 後ろで慧介の声。
 当初目的はほぼ達成した。
 町への配分が少なかったので、中心部の住民避難が滞ったが、あれもこれもとはいかないだろう。祟り蛇神がここまで来るのに時間を使っているという副産物を生んだが、これはあまり嬉しいことではない。その代わり、烈花は手堅く救出した。
「一つずつ片付けるしか、ないか」
 とにかく戻る煌夜たちだった。