南那亭の行く年来る年
マスター名:瀬川潮
シナリオ形態: イベント
EX
難易度: 易しい
参加人数: 25人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/01/11 22:09



■オープニング本文

「ちょっと、真世さん」
「んあっ?」
 深夜真世(iz0135)が珈琲茶屋・南那亭の開店準備をしていると、ご近所さんから声を掛けられた。
「最近、開拓者が多くなってきてるでしょ?」
「うん‥‥じゃなくて、はい、そうですよね」
 真世、けっこういい加減な性格で礼儀知らずな面もあるがここは丁寧な言葉遣いに言い直す。南那亭は後発店で、周辺の各飲食店に睨まれることなく仲良くやっていく必要があるためだ。
「真世さんのお店も、大晦日だけは開けたらどうかしら。ほら、人待ちだったり飲んだ後にたむろするお客さんもいらっしゃるでしょう? それに、結構お酒の飲めないお客さんとかいらっしゃるから、そういう人はこっちに誘導するからさ」
 神楽の都の連中は開拓者に限らず騒ぎ好きの騒動好きも少なくない。大晦日をしんみりしっとり過ごしたい向きもあるが、繰り出してとにかく出会う顔見知りに挨拶したりという姿も多いわけで。活気のある街ならではといえる。

「‥‥次々郎さん、どうしよう」
 後日、真世は南那亭に来店した志士の海老園次々郎に泣きついた。
「大晦日も開けて、お客さん来るかどうかわからないよぉ〜」
「‥‥いや、逆だな」
 顎に手を沿え考え込む次々郎は、むしろ来店者が多くなりすぎると読んだ。
「今まで高値で暖簾をくぐれなかった連中もいるだろう。むしろ年末感謝価格で安くコーヒーを飲んでもらって愛飲者拡大に務めるべきだ」
「そっか、今年最後だものね。感謝の気持ちを持った方がいいよね」
 真世も腹をくくった。
「ようし、それならお手伝いしてくれる人を雇わなくっちゃ」
「いや、『楽しく過ごしてくれる人』とぼやかした方がいい。‥‥一般客が少なければ客となり、客が多ければ手伝ってもらう。開店の時も結局そんな感じだったと聞いたが」
 実際、その通り。
「うん。その時は演奏で盛り上げてもらったりもしたよ」
「酒の飲めない人が来るかもなら、料理も必要だな。念のため酒も用意を」
「ええっ。私、料理できないよ?」
「そのために開拓者を雇うんだろう? 客だか店員だか分からない雇い方するんだから、詳細は雇う開拓者に丸投げしても面白いんじゃないかな」
 言ってることはもうムチャクチャだ。あるいはこれが師走だからこその雰囲気か。
「そうだね。私も、みんなとにぎやかに新年が迎えられればいいや」
 真世もふっきれたようほほ笑んだ。
「よし、それじゃコクリにも声を掛けてやるかな」
「それはいいかもね。そんじゃ、私は冒険者ギルドにお願いしてくるからね」

 そんなこんなで、年末から新年未明までを南那亭でにぎやかに過ごしてもらえる人、求ム。


■参加者一覧
/ 柚乃(ia0638) / 天河 ふしぎ(ia1037) / 玲璃(ia1114) / 礼野 真夢紀(ia1144) / 真珠朗(ia3553) / ペケ(ia5365) / 神咲 六花(ia8361) / 和奏(ia8807) / 村雨 紫狼(ia9073) / 龍威 光(ia9081) / ラヴィ・ダリエ(ia9738) / ジルベール・ダリエ(ia9952) / アーシャ・エルダー(ib0054) / 琥龍 蒼羅(ib0214) / 十野間 月与(ib0343) / モハメド・アルハムディ(ib1210) / 唯霧 望(ib2245) / 禾室(ib3232) / ディディエ ベルトラン(ib3404) / 十野間 修(ib3415) / 長谷部 円秀 (ib4529) / 秋月 燦(ib4761) / 如月 遥(ib5238) / 緋那岐(ib5664) / 白仙(ib5691


■リプレイ本文


「いやん。なになに、何なのよ〜っ!」
 突然だが、南那亭めいど☆の深夜真世(iz0135)は、ピンチに陥っていた。
 南那亭の客がいつもより多いのである。
 大晦日の神楽の都は人通りが多く、珈琲茶屋・南那亭に立ち寄る人も普段より多い。歳末感謝価格で珈琲を安売りにすると宣伝したのも影響したろう。
「開拓者のみんなには夕方からだしなぁ‥‥」
 まさか日中から忙しいとは。
「神様でも誰でもいいから、助けて〜っ!」
 接客中でなければ間違いなくシャウトしていた。今はメイド服のフリルの端を噛んでぐっとこらえ、ひたすら働く。客も混雑しているのが分かっているのでドジっ娘なことをしても温かい目で見守ってくれている。なおさら頑張らなくてはならない。
「お願い。誰か助けてくんないと私、死んぢゃう〜」
 よく死にそうになる娘である。


 その頃、別の南那亭店員は。
「今回は料理も作るからの」
 往来で禾室(ib3232)の上機嫌な声がする。
 が、姿は見えない。
 神楽の都の通りはどこも多くの人が行き交っている。特に背の低い禾室の姿は人並みに沈んでしまっている。
「張り切ってますね、禾室さん」
 南那亭の執事服に身を包んだ唯霧 望(ib2245)が言った。
「すごい人手ですね。はぐれないように、しっかり手を繋いでおきましょう」
 そう続けて手をさし伸ばす。すると何と、禾室がよじよじと背中を登るではないか。
「‥‥おおっ。これなら良く見えるの」
 メイド服の禾室が、望の肩に座って手をかざし周りを見る。とほほとうなだれる望だが、肩を落とさない。禾室が乗ってるから。
「今年は、いろいろありましたね」
 頬に擦れるフリルに赤くなりながら、しみじみ望が言う。
 初めて珈琲に触れたこと、南那亭の開店、そして競馬と振り返る。禾室も「そうじゃの」と遠い目。
「おお。そういえば、この間の望のお馬捌き、中々見事だったのぅ」
 一緒に出場した安須杯競馬の思い出も話す。望は2位だった。真っ赤になったのはその時真世に抱き付かれたからだったり。
「今日の望はお馬さんじゃー♪」
 甘い思い出はぶち壊される。後ろでまとめた髪を、馬のしっぽに見立てフリフリ揺すり遊ばれているのが感触からして分かる。禾室の保護者役というのは大変なようで。
 のち、買い出しでも禾室、大爆発。
「目利きはわしに任せろー」
「南那亭では只今年末お客様感謝祭中じゃー」
 元気元気で八百屋も肉屋もにこにこ。
「さ、さあ帰りましょうか。早く店を手伝わないと」
 望を連れに自ら選んだのは大正解で、逆に望はお疲れ様というかなんというか。


 その頃、真世に救いの手が続々と差し伸べられていた。
「アダムッタソァーリー・ビクム、ご無沙汰しています」
 異国情緒あふれる様子の男が南那亭にやって来たのだ。
「きゃ〜っ。お久し振りです〜っ」
 歓喜する真世。
 登場した男は、モハメド・アルハムディ(ib1210)。共にここを立ち上げた仲間である。
「お忙しいようで何よりです、アルハムド・リッラー。何かお手伝いできる事は‥‥」
「すぐ珈琲を。お願いします〜」
 客は夕方になって減ってきたとはいえ、まだ忙しい。
「真世さん、愛好者増加の為の催し物じゃ人手が必要になるよね?」
 続いてやって来たのは明王院 月与(ib0343)。
「実家も喫茶店だし、力になれますよ?」
「もちろんあたしも来ましたよ」
 月与の後ろから、十野間 修(ib3415)と礼野 真夢紀(ia1144)もひょこりと顔を出す。
「わあっ、月与さんに修さんに、真夢紀ちゃん。頼りにしてます〜」
 ぐしゅ、とうれし涙を堪えながら真世が喜ぶ。開店時にお茶受けで世話になったこともあり、「これからは食事客が主になります。よろしくお願いしますね」と、全幅の信頼を寄せる。
「それじゃ、南那亭めいど☆出動! ですね」
 浮かれる真世の後ろでは、アーシャ・エルダー(ib0054)がメイド服に着替えて給仕開始。
「ん〜、いい香りです〜。忙しくても美味しさに手を抜くわけにはいかないのです〜」
 さすがグルメのこだわりよう。厨房を見るとディディエ ベルトラン(ib3404)が珈琲を煎れている。
「ただいまなのじゃ」
「さ、笑顔を忘れず久々に給仕を‥‥」
 禾室と望も戻ってきた。
「良かった。‥‥みんな来てくれて、本当に」
 疲れていたのだろう、ふらっとする真世。
「おお、真世ちゃん。おぢさんの胸に飛び込んで来なさい来なさい」
「駄目ですよ〜。メイドさんにお触り禁止です〜」
 メイドに手を出す悪い輩には成敗! の勢いで目を光らせていたアーシャが真世を抱き寄せ常連客のおぢさんから守る。
 とにかく、体制は整った。


「忙しいのなら、手伝うつもりではあるが」
 周囲を確認しながら琥龍 蒼羅(ib0214)が店の端のテーブルで珈琲を飲んでいる。南那亭の開店に客として来ていたときも、一応客として通したが何かあれば動くつもりであった。料理の心得もあるし演奏の覚えもある。無論、警備も。
 だが、軽々には動かない。
 いつも通りの自然体で、年末のざわめきを楽しんでいる。
「よ、始めましてだな。‥‥ここ、いいか?」
 そこへ、貸本絵師の下駄路 某吾(iz0163)が強引に相席してきた。
「別に構わんが、他に席はあるだろう?」
「ここが一番、全体が見渡せるんだよ」
 どうやら蒼羅もそういう理由でこの席にいるようで。
「まあいい。‥‥どうやら客が増えてきたようだな」
 蒼羅の言う通り。
 日が暮れて若干客は減ったのだが、また入店が相次いでいる。
「はぁん。連れ立ったのが多いな。つまり、滞在時間は長くなる、ってな」
「そうとも限らんようだな」
 蒼羅の視線の先には、長谷部 円秀(ib4529)。
「こんにちは。‥‥真世さんがいませんね」
「休憩しているらしい」
「そうですか。これ、お土産なんでみんなで食べてください」
 円秀、日ごろ世話になっているからと、チョコケーキを持参していた。テーブルに人数分並べ、後は店員に渡す。
「しかし、行く年来る年ですか…もう今年も終わりですしね」
「そういえば、尖月島の合宿では稽古熱心だったな。あれからどうだ?」
 しみじみ言う円秀に、今年を振り返ってみた蒼羅が尋ねた。
「そうですねぇ、もふもふですねぇ」
 遠くに視線をやる円秀だが、別にとぼけているわけではない。もふらさまもふもふ、猫又なでなでな一年だった。
「お、相席かい? いいぜ。な?」
 ここで下駄路の声が響いた。新たな一人客が来たようで。


「にぎやかそうでいいですねぃ」
 やって来たのは、龍威 光(ia9081)。
「料理はできないので美味しいものを買って来たんですねぃ」
 とかなんとかで、蕎麦団子を出す。
 ここで、新たに座る男一人。
「これは。年末のご挨拶回りをしてましたが、寄って良かった」
 やって来た和奏(ia8807)が、「本年はお世話になりました。来年も仲良くしてくださいね」と頭を下げる。どうやら年末の挨拶回りの途中だったらしい。
「‥‥待て」
 突然、和やかな雰囲気を蒼羅が止めた。すぐさま立ち上がる。円秀もやれやれといった感じで立ち上がっている。
 その視線の先。
「なんじゃい。酒を持って来れんとは、どういう料簡じゃい!」
「アフワン・ジッダン、申し訳ありません。繰り返しますが、氏族の習慣で酒は触れる訳にはいかないのです」
 店内で、柄の悪そうな男とモハメドがもめていた。どうやら客がモハメドに酒を頼んだようだが、トラブルになっているようで。すでに酔っ払っており、もめたというより男からもめにいったというか。今にも暴れ出しそうだ。
 どうします、と無言で蒼羅に視線をやる円秀。
 俺が右へ回り込む、と視線で合図する蒼羅。
 すっ、と動こうとしたところ、一直線に誰かが向かった。
「ゴメンナサイ。お酒、お待たせしましたっ!」
 真世であった。これでその場は収まる。
 これを見届け、何事もなかったように席に座りなおす蒼羅と円秀。
「用心棒、お疲れ様ですねぃ。蕎麦団子を皆さんで食べましょう♪」
 にこにこと光が蕎麦団子を差し出した。二人の対応が気に入ったようで。
「‥‥甘そうですね」
 和奏は餡子のかかった団子を見て眉をひそめる。って、あれ? 和奏さんて与えられたものはほぼ何でも美味しく食べるふうだったはずでは。‥‥え、「挨拶回りで甘酒とか餅とか甘い年越し料理ばかりご馳走になったから食傷気味」ですって? なるほど。というか、手拭を口元に持っていって本当に「もうたくさんです」な感じで。
 ともかく、珈琲をブラックで飲む和奏だった。


「深夜さん‥‥」
 一方、モハメドの方はばつが悪い。真世の心象を悪くしたのではないかと顔を覗いている。
「あ、モハメドさんは悪くないよぅ。今日だけお酒出すように決めたの、私だし。‥‥私の方こそ、みんなの南那亭で勝手にお酒出してゴメンね」
 モハメドたちと出店した当初は酒を出してなかった。とはいえ、大晦日に開けることになったのだから、今日一日は仕方のない措置ではあったが。
「氏族の風習に誇りを持ってるモハメドさんが私も好きだから、気にせず働いてね♪」
 とりあえず、真世の笑顔にモハメドも納得した。
 が、真世の方は蓄積疲労でかなり参っている様子。
「真世のお嬢さん」
 その表情に気付いて声を掛けたのは、真珠朗(ia3553)だった。自分の座る席に呼ぶ。
「少し休んで行ったほうがいいすね」
「でも、私働かなくちゃ」
「何のために開拓者を雇ったんですか? ‥‥ま、いいか。真世お嬢さん、今日もらぶりーですし。さ、おじさんの胸に飛び込んでおいでなさい」
「言ってること支離滅裂ですよぅ」
 ぐす、と涙ぐんでから素直に体を預ける真世。すんすんと鼻をすすりながら卓の下に隠れて泣いている。真珠朗の瞳が優しくなる。
「悪い蟲がついてもなんですし、今日はたっぷり甘えていいすよ?」
 真世、聞いてない。とにかく、慣れないことだらけで気疲れした一年だったのだ。真珠朗の腰に抱き付き、ただ泣く。
「‥‥さて。真世お嬢さん、料理に目覚めたそうすし、あたしも一つ何かつくりましょうかねぇ」
 真世が落ち着くと、真珠朗はそう言い聞かせて厨房に立った。


 ペケ(ia5365)が入店したのはその時だった。
「珈琲ですか‥‥」
 席がないので、真珠朗が厨房に消えた後の真世と同席となる。
 そして早速珈琲が来る。
「うーん、このしょっぱさが、く、癖になる‥‥みたいな?」
「しょっぱい?」
 意外な声に真世が我に帰る。
「違いの分かる開拓者の私向けの飲料に違いありません」
 堂々言うペケ。
「そんな‥‥ぶふっ!」
「大丈夫ですか‥‥きゃああ」
 不手際があったかもと口に含んだ真世があまりのしょっぱさに噴き出すと、落ち着かせようとしたペケが真世のカップをひっくり返しあわあわわたわた‥‥。
「大丈夫ですか?」
 ここで、手拭を持って静かに現れた男一人。赤毛の神咲 六花(ia8361)だ。テーブルを拭き、真世の顔を拭き、そしてペケの衣装を拭いてやる。‥‥衣装といっても面積は小さいが。
「塩と砂糖を間違えて入れたのね?」
 どうやら真相はそういうことだったようで。
「まあ、にぎやかですから特にここだけ目立っているという感じではありませんがね」
 にこやかに六花が言う。店内では本格的に酒飲み客が増えてきていた。
「あら、六花さん」
 ここで給仕をしていたアーシャが気付く。
「アーシャん、それに月与さんも。‥‥僕も店員さんでお手伝いしようか?」
「助かります。教えますので、ぜひ」
 アーシャと一緒に厨房に行く六花だった。 


 さて、店の外。
「マヨたんの商売繁盛のため、セットオーン!」
 謎な雄たけびとともに、村雨 紫狼(ia9073)が南那亭の入り口に招きもふらを据え置いていた。そして颯爽とにぎやかな声の漏れる店内に入っていく。
「ふうん‥‥楽しそ」
 往来を歩いていた白い猫族の白仙(ib5691)は、猫のようにぴくっと足を止めてこの様子を見ていた。そしてびくびくっとしながらも入店してしまうのがまた猫的で。
 それはそれとして、席に座る。
「珈琲はね、違いが分かる開拓者の‥‥。しょっぱいよ?」
「そんなことないですよぅ。苦いんです〜」
 ペケと真世の席に座ったようで、いきなりペケのどじっ娘説明を受けたりと騒ぎに巻き込まれる。
「苦いなら‥‥」
 白仙、ミルクと砂糖をどぱどぱ入れる。
「‥‥でも少し、苦い」
 へにょんと耳が垂れる白仙。が、すぐさまぴんと耳が立つ。
「そういえば‥‥お団子持ってきた」
 ペケと真世にもおすそ分け。
「うん‥‥やっぱり合う‥‥真世、美味しい?」
「美味しい美味しい」
「ほら、甘いものには塩っけが隠し味になるらしいから‥‥」
 にこにこの真世と、塩の大切さにえっへんと大きな胸を張るペケ。っていうか白仙さん、それって甘すぎませんか?
「こんにちは〜」
 ここで、コクリ・コクル(iz0150)がやって来た。
 そしてすかさず寄って来る者も。
「チャッース☆ これが噂のコクリたんか〜」
 イエスろりーたの紫狼である。「報告書読んだよ。ろりぃ隊、出資者たちは分かってる、解かってる!」と助平親父たちの肩を持つ。コクリの方は急転直下の展開に頭が真っ白になっているようで。
「よーし、お兄ちゃん『ろりぃ隊を応援し隊』を結成だー隊長&隊員は俺!」
 親指を立てて胸を張る紫狼。さらに「自信持っていいぜ、これはご褒美だ」ともふらのぬいぐるみを持たせる。そして「ぬいぐるみは顔の横!」、「え、こう?」、「そうそう、最高〜!」とかもう、一人盛り上がり状態。
「‥‥面白い人‥‥多いな」
 くすくすと白仙。大満足のようで。
「新年だし、マヨたんはこの振袖な!」
 紫狼の方は縦横無尽。


「ほら、珈琲って不思議な飲み物よ」
 そう微笑んでいるのは、柚乃(ia0638)。本日は双子の兄、緋那岐(ib5664)と一緒の来店だ。
「の〜んびり、しましょ?」
 そんな雰囲気。
「‥‥柚乃が薦めるんなら試飲してもいいけど」
 味しいものなのか、という言葉は飲み込んだ。珈琲。まだ緋那岐は飲んだことがない。柚乃とは遅れて神楽の都入りしたのが影響している。
「な、なんだ。この醤油みたいなのは‥‥」
 やがて運ばれた黒い液体を見て、緋那岐は目を丸めた。
「ちょっと苦いけど嫌いな味じゃないよ‥‥、香りがいいのよね、うん」
 柚乃が大人っぽいしぐさで飲む。これに愕然とする緋那岐。まるで自分だけが子供のようである。
 男・緋那岐、行くしかない。
 ぐっと、飲む。
「‥‥割と、いいな」
 ぱあっと明るくなる表情。柚乃もにっこり。
――そして、悲劇はここから。
 何と、柚乃についてきた藤色のもふら様、八曜丸の機嫌もよくなったのだ。
「おいらも飲みたいもふ!」
 ぴょん、と緋那岐の膝の上に乗る。ひいい、とのけぞる緋那岐。実はトラウマでもふら様が苦手だったり。
 その背中に、一般客が当りふらつく。どうやらずいぶん飲んでいるようで、ふらふらとさまよった挙句ほかのテーブルの上にダイブしてがっしゃん。
 そしてその客は、ううう、とうなり声を上げるのだった。


「私が行きましょう」
 この時、いち早く凛とした声を上げた者がいる。
 巫女袴をひらめかせ客を避けつつ走るのは、玲璃(ia1114)その人。
「‥‥飲みすぎて具合が悪いようですね」
 厨房奥の畳の間に「救護所」の張り紙を張ったのは、玲璃である。もちろんその客を救護所に連れて行く。そして氷霊結で作った氷で額を冷やしつつ、神楽舞「抗」で落ち着かせた。
 その後、店内にて。
「アーシャさん、手前のテーブルにもふら珈琲1つお願いします」
「もふら珈琲了〜解〜」
 玲璃の声に客が振り返る。そしてアーシャが奥から出てきて、「お客様、当店に何か不都合がございましたでしょうか。あちらでお話を伺いますが」と妙ににこにこしながら客の手首を握ったり。
「うおっ、何て力だ?」
 実は暴れていた客を取り押さえに行ったのだ。『もふら珈琲』とはそういう暗号だ。そして表に行くのはまずいので、そのまま救護所経由で「裏にちょっと来なさい」状態。玲璃がついていくのは当然、閃癒を使う場面があるため。‥‥アーシャさん、こらにしめ過ぎには注意してくださいね。
 もちろん玲璃、厨房で調理もする。
「料理は趣味ですから」
 もちろん、救護所設置などで見られるように料理も手際が良い。‥‥困った客の料理も手際良いのが何気に恐ろしいが、さすがに「頼れる舞い手」として鳴らすだけはある。

 料理といえば、厨房は頑張っている。
「特別料理、何がいいですかね〜?」
 とか言いつつ手を動かしている真夢紀。餅と白菜のグラタン、お酒飲みすぎた人用にジルべリア風雑炊、水菜と照り焼き鳥使ってサンドイッチとすでに多彩に手掛けている。見事な手並みというしかなく。
「まゆちゃん、酔った人用に珈琲かき氷なんかどうかな?」
 ラスクなどを作っていた月与が答える。
「それじゃ、氷霊結で‥‥」
 振り向いて絶句する真夢紀。何と、月与がいつの間にかうさ耳をつけたメイド服姿になっていたのだ。
「それにしても、月与さんのメイド姿は眼福ですね。お持ち帰りは‥‥」
 あの、修さん。あなた冷静沈着がウリじゃないんですか? 何幸せそうな笑顔をしるんですか?
「あれっ。修さん、腰に下げてるの‥‥月与さんのお人形?」
 修に最後まで言わさず真夢紀があるモノに気付く。何と、修の腰には大きな月与の大ちま人形が下げられていたのだ。当然、月与の手作りでクリスマスの贈り物。
「本人だけじゃ足りないんですか?」
「あ、いや‥‥」
 真夢紀の突っ込みにどぎまぎする修。当の月与は手の甲を口に添えて笑っていたり。その手の指に、銀の指輪キラリ。こちらは修からのクリスマスプレゼントだ。

 手が止まりぎみとなった主力だが、給仕はまだまだ忙しい。
「お店の手伝い‥‥、頑張らないと‥‥」
 白狐の神威人、如月 遥(ib5238)が言葉少なにとにかく頑張る。
「手伝って頂ける方も随分といらっしゃるようですねぇ。それではこの隙に〜」
 そんな様子を見てディディエは趣味に走る。
「梅や柚子は餡子に練り込むか、ジャムにして使い勝手を良くするのが良さそうですねぇ」
 ちょうど月与の用意したラスクがある。
「はて、ミカンはどうしたものでしょう」
 旬の素材を生かそうと首をひねったり。ディディエ、年の瀬だろうといつもの通り。


 一方、店内。
「真世、お祭りで喫茶店やった経験生かして、僕もお手伝いさせて貰うよ!」
 ばばーんと、天河 ふしぎ(ia1037)が登場。彼の言う喫茶店経験がどんなだったかは、伏せるッ!
「うん。それじゃまずこれに着替えてくださいね〜」
 振袖姿の真世がメイド服を渡しながら言う。って、なぜに顔が赤い。
「甘やかすんじゃなかった」
 隣で真珠朗が額に手をやっている。どうやら一口おこげに牛すね肉あんかけとか作ったのを真世に食べさせたのはいいのだが、梅酒を飲ませたのがまずかったようで。
「似合わないと思うんだぞっ。制服だから、仕方なく着るんだからなっ!」
「あ。私が着てた服だからね〜」
 赤くなって着替えるふしぎに、にゃははと真世が言う。そういや少し温かい、とまた赤くなるふしぎ。真世の方は、真珠朗にこめかみぐりぐりとお仕置きされてたり。
「じゃ、真世の分も頑張らないとね」
 毎度言ってることは正しいが、どこかが違うのではというのは禁句である。
 そして、お酒で盛り上がるもう一人。
「うん、料理美味しい。お酒も美味しい」
 猫の獣人、秋月 燦(ib4761)は今日も元気に食べたり飲んだり。
「燦‥‥。楽しそうで、よかった‥‥」
「遥、店員仕事お疲れ様。さあ、遥も飲んで飲んで!」
「え‥‥」
「だってほら、店員も飲んでるよ?」
 燦、真世を指差す。この娘はにゃははと梅酒を飲んでるし。
「‥‥そっか。飲むのも仕事‥‥」
 不幸なことに遥を止める人物はいない。
 くいっ、と酒をあおる遥。
 瞬間、ぽんっと赤くなる。
 この時、背後から「お〜い、店員さん」と呼び掛けられた。
「俺の背後に回るんじゃねぇ!」
 遥、豹変。
 くりっと振り返ると月与がつけていたようなウサ耳カチューシャを呼び掛けた男性客の頭に、かぽっ。
「ちょっと遥〜」
「燦も私の背後を取るんじゃない」
 燦の頭にもウサ耳、かぽっ。というか、振り向いては誰かにかぽっ、を繰り返す。遥、大暴走。
「これはいかん」
「やれやれですね」
 蒼羅と円秀が出動するが、そもそも女性に乱暴できない。ウサ耳の犠牲となる。
「私もする〜」
「暴走は駄目ですねぃ」
 ウサ耳を手にする真世を、光が止めたりも。
「よ〜し、あたしも楽しむ。あたしの歌を聞けーっ!」
 あああ、燦さんも酔ってるでしょう?
「それじゃ次は、ふしぎ48だ」
 あああ、ふしぎさんも行くのね。
「じゃあ聞いて。新しい年に『ボーパル兎は餅つかない!』♪」
 振り付きで歌って踊る。間奏で「‥‥僕は男だっ!」とか赤面するが、ひらひら舞うフリルはまったく恥じらいの様子が見れない。背後で白仙とコクリがふしぎにあわせ、手持ちの扇子使って踊っていたりも。
「ちょっとストップ。もうすぐ年が明ける」
 動物的カンで、外で響く除夜の鐘を聞き分ける燦。奇跡的に、店内は一瞬静まる。
 あるいは、誰もがこの瞬間を待っていたからこその静寂かもしれない。
 そして、遠くで聞こえる、新年の迎える最後の梵鐘の音。
「明けましておめでとう〜っ」
 杯を持ったり焼き鳥を持ったり、それぞれの手を乾杯のようにして声を合わせる。
「じゃ、次は柚乃のお気に入りの笛の演奏、聴いてね」
「柚乃、俺は厨房を手伝ってくる」
 年が明けて改めて騒ぐ店内だったり。


 そしてこれからは初詣帰り客もやって来る。
「おお、盛り上がってるなあ。あけましておめでとうさん」
 ジルベール(ia9952)がにこにこと来店する。商売繁盛のお札を持ってくる気の利きようなのが憎らしい。
 が、なにやら様子が変ですよ。
「きゃ〜〜〜。まよさまぁ〜〜〜♪」
 ラヴィ(ia9738)が真世に抱き付いてきた。普段の彼女らしくない。が、普段ではないのは真世もそう。「あけましておめでとーございますぅぅぅ。ことしも、なかよくしてくださいませねっ?」とふらふらするラヴィを改めて抱き締めて「うん、なかよくしてね♪」とか言いつつ頬ずりしたり。
「ラヴィに水もらわれへんかなとか思うたんやけど、こりゃ真世さんにもいるなぁ」
 呆れて頭をかくジルベール。奥さんが甘酒と御神酒を間違えて飲むというみらくるどじっ娘ぶりを発揮したらしいのだが‥‥。
「じるべーるさまったら、じんじゃで、ほかのおんなのこ、みてるんですもの。ひどいですわ。しんねんから、うわきですわ。うわきですわ」
「うわきー。おんなのてきー。じるべーるさんひどいです〜」
 あああ、うわきうわきの二重奏。けらけら笑ってるラヴィの様子から濡れ衣っぽくはある。
「いやいや、あれは美味そうな飴細工見てただけやって。ほら、水飲み、水」
「もーらびーは、じるべりあかえっちゃうんですからね。じるべーるさまをすてて、じるべりあ」
 ツンしてけらけらなラヴィ。真世も習って「みすててじるべりあ〜」とかツン、けらけら。
「俺を捨てるやなんて、そんな悲しいこと言わんといてや。ほら、ちょっと一休みさせてもらお」
 座って、ラヴィの頭を膝に乗せるジルベール。ラヴィの方はこれで落ち着いたようで寝息を。
「じるべーるさま‥‥。らびーのそばに、ずーっとずっといてくださいね‥‥むにゃ」
「今年もよろしゅうな。奥さん」
 なんだかんだでらぶらぶな二人。真世はうらやましそうに指をくわえて見てるだけ。
 ふと、きょろきょろしてみる。
「サンドイッチは、珈琲に合いますね」
 和奏が真夢紀の持って来たサンドイッチに感心していた。
「猫人形と天儀人形、絡繰りサーカスの始まり始まり♪」
 六花が、教わって自分で煎れた珈琲をペケに給仕してから傀儡操術の平和利用で人形劇を披露していた。
 気付けば、一人ぼっち。
 いや、違う。
「さて、年の始まりですねぇ」
 円秀がケーキを持ってきた。
「今日はお疲れ様でしたねぃ。新年もよろしくですねぃ♪」
 光がふわっと羽織を掛けて来た。
「来年も、南那亭を宜しくお願いします」
 酔っ払いの客の長話に付き合っていた望が、気持ちよく帰りを見送っていた。
「朝まで起きてるんだからっ」
 燦はまだ元気だ。
 そして、真珠朗がやって来た。
「どうしたんすか、今度は?」
「うれしいな、って」
 真世、酔いは醒めて涙ぐんでいたらしい。

●おまけ
「ヤッラー! これは‥‥」
 店の外に出たモハメドが驚いていた。
 来る時には気付かなかったが、店頭に「カホワおじさん」の石像が立っていたのだ。彼が望んでいた物である。
 小さいサイズで、ちょっと地蔵さんぽいが、手には珈琲カップがある。
 ちなみに、隣には招きもふら像が飾ってあって混沌とした感じだとか。