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■オープニング本文 「おたくが、下駄路さんかいの?」 下駄路某吾(iz0163)が蕎麦屋でざる一枚をすすっていたとき、一人の男から声を掛けられた。 「ああん? そうだが、だったらどうした」 蕎麦をすする手をとめることなく不機嫌そうに言う下駄路。 「いや、失礼した。食うまで待とう」 「ふん」 当然だな、と蕎麦をすする下駄路。気難しい対応をしているようだが、周りの客を見ると似たようなものだ。どうやら蕎麦好きが通う店らしい。 「‥‥すまなかったな。アンタは、食わないのか?」 「話が終わってからにしよう。‥‥実は、おたくの腕を見込んで頼みたい事がある」 何やら職人っぽい男は、下駄路が蕎麦湯を飲み始めて「ふうっ」とひと息付いてから切り出した。 男は、港にいるギルド所属の技術者だと名乗った。 頼みというは、ひどく明朗だった。 「戦いに赴く前の駆鎧の絵を描いてもらえないか?」 自宅に飾るので、ぜひ描いてもらいたいと言う。 ちなみに、「戦いに赴く前」というのは模擬戦ではなく実戦で、しかも作戦実行直前の整列する姿だという。 「ばっか野郎」 け、と横を向いて下駄路はこの話を跳ねた。 「俺みてぇな一般人が戦場に行ったところで、足手まといになるだけだ。戦場を舐めんじゃねぇ」 下駄路はこれまで三度、開拓者に守ってもらいながら戦場へと赴いた。危ない目にあって開拓者に守られた事もある。何より前回、「バカ野郎」呼ばわりされて反省するところもあったようだ。‥‥この時は、言った開拓者も無茶好きでバカ好きだったので本音ではなかったようだが、ゆえに心に響いたといったところかもしれない。 「いや、今回は安全じゃ」 男は言う。 どうやら、すり鉢状の谷間の下の、純陸戦型のアヤカシと戦うので谷の上にいる分には安全なのだという。 「えらく都合のいい場所があったもんだな」 「都合良くアヤカシを誘ったからの。‥‥研究用に」 つまり、駆鎧の性能確認のため下級アヤカシをおとりで誘導し谷下まで誘い込み、おとりは下に用意した龍などでひょーいと離脱。放置した後、試作型の研究の時には駆鎧を装着したまま崖下に滑り下り戦闘し性能確認。アヤカシを駆鎧でできるだけ倒しつつ、不可能なら通常戦闘で全滅させ撤収、そしてまた新たな下級アヤカシを落し入れるという流れを繰り返していたようで。 「今、駆鎧は一般流通しはじめておる。もう、研究は実戦の戦績でこと足りる。‥‥そこで、いままで研究用の谷にあえて残しておった試作壱号機の焼却処分をすることになった。この任務は初期駆鎧乗りたる開拓者を募って、慣熟を兼ねて実行するつもりじゃが‥‥」 「仮にも戦場の近く。そんな場所で記念の絵を描いてもらえるバカ野郎がいねぇ、ということか」 「そういうことじゃ」 満足そうにする男。特に裏はなさそうだ。 「‥‥ところで、なんで『あえて』試作型壱号機を残してたんだ? 使い物にならなかったとしても、回収しなくちゃ研究もできなかっただろう」 素朴な疑問を口にする下駄路。 「これから不可能と戦うぞ、という魂を刻むため」 ぼそりと男が口にした。 「ジルベリアとの本格的な交易が始まる前から、かの地よりやってきた技術者と協力しながら進めてきたんじゃ。ジルベリアではない土地で可能かという声もあった。‥‥不可能と言われていたわけじゃ」 熱を込め話す男。 「詳細は伏せる。伏せるとも。‥‥今ようやく出回り始めた駆鎧がどういう経緯で実用可能になったかは」 男は、熱く涙した。悔しさが、その滴にキラリと光る。 「このまま残すべしという声も仲間からあったが、魂の戦いは終わった。‥‥わしらは、わしらの研究班は負けたんじゃ。それでも、この試作型壱号機もようやく役目を終える時が来た。誰の手柄で駆鎧が実用レベルになろうと、これがわしらと試作型壱号機と交した約束じゃ」 「ああ、なるほどな。‥‥男同士の約束じゃ、破れねぇわなぁ」 ぼんやりと、下駄路が言う。 「おお。では引き受けてくれるか?」 「バカ野郎は、どこまでいってもバカ野郎でしかねゃやな」 どうやら男の話に感じるところがあったらしい。 立ち上がった下駄路の顔は、晴れ晴れとしていた。 後日、開拓者ギルドに新たな依頼が掲示された。 「駆鎧乗りの手で、試作型駆鎧の供養を」 と、文面。 安全地帯の斜面の上から、今までの試作実験と同様に駆鎧に乗って谷下まで滑り落ち、狼型アヤカシ十数体を倒してから、この地に腰かけたまま朽ち果てている試作型駆鎧を焼却してほしいという内容だ。 「焼却処分。これが、当時のわしらの燃える情熱の最期にふさわしい」 と、依頼主。すでに重要な部品の回収は済ませているので鎧部分などの回収は不要とのこと。完遂後は、時間を約した小型飛空船が回収に降りてくる。参加開拓者に駆鎧専用運搬アイテムがなければ、今回は貸し出しがある。技術者がいるので、今回は事後の各種整備を手伝ってもらえる。 崖の上は安全地帯で、ここで出発前に下駄路が記念の一枚の下絵を急いで描くという。仕上げは戦場を離れてから後日となる。 「集まらなければ、駆鎧乗り以外でもいい」 とはいえ、できるだけ依頼主の思いを遵守してほしいとの言葉も沿えてあった。 有志の出撃を、求ム。 |
■参加者一覧
斉藤晃(ia3071)
40歳・男・サ
磨魅 キスリング(ia9596)
23歳・女・志
アレン・シュタイナー(ib0038)
20歳・男・騎
アーシャ・エルダー(ib0054)
20歳・女・騎
ロック・J・グリフィス(ib0293)
25歳・男・騎
風和 律(ib0749)
21歳・女・騎
ネプ・ヴィンダールヴ(ib4918)
15歳・男・騎 |
■リプレイ本文 ● 「夢の跡、か」 吹き荒ぶ風の中、ロック・J・グリフィス(ib0293)がつぶやいた。 眼下には、崖と谷底。 「とはいえ、その身に込められた想いを聞いては、放っておくわけにはいかないからな」 そう続けて谷底にたたずむ鉄の塊を見る。その鉄の塊こそ、駆鎧の某開発班試作壱号機だ。膝を曲げてお尻から座り込んでいる姿は、哀愁を誘う。 その姿に感じるものがあるのは、ロックだけではない。 「初のアーマー戦‥‥。私が騎士に、そしてキスリング家当主となるために必要な訓練をここで出来るとは、私は運が良いですわ」 荒ぶ風が長い黒髪を舞い上げる。磨魅 キスリング(ia9596)、人生の節目を感じて整った面を引き締めた。 時代を繋いだ物と、時代を引き受けた者。 ロックと磨魅の後ろには、アーマーケースから出して展開したそれぞれの愛機――実用化された駆鎧――がそそり立っていた。 それだけではない。 煙管をくわえて来るべき戦闘に笑みを浮かべるアレン・シュタイナー(ib0038)。 愛機の足元や背中の整備に余念のない左眼帯の獣人騎士・ネプ・ヴィンダールヴ(ib4918)。 無言の視線は風の中。見るは戦か騎士の魂か、「黒剣銀盾」こと風和 律(ib0749)。 そして紅一点、「南那亭めいど☆」に身をやつすが立ち居振る舞いは誉れ高き騎士、アーシャ・エルダー(ib0054)。 そのそれぞれが、己が駆鎧とともにある。 ずらり揃った鉄の巨人は壮観で凛々しい。 今、風が強く吹いた。 なびく長髪に羽織に外套。そして動じもしない駆鎧たち。開拓者たちの瞳も揺るがない。 「いいね。良く似合う」 下駄路 某吾(iz0163)が惚れ惚れと言葉を搾り出した。 そして、また風。 「よぉ、待ち伏せにいい場所があるでぇ」 独り炎龍「熱かい悩む火種」(以下、火種)で参加した斉藤晃(ia3071)が下から、ふっと現れた。風は炎龍の羽ばたきによるもの。まずは空から谷底を視察し、帰ってきたのだ。 「確かにわしは駆鎧乗りでなくとも良いとは言ったが‥‥」 「ぼやくなよ、おっさん。俺としゃ、駆鎧の立ち姿と羽ばたく龍が静と動の好対照になって、ありがたい限りなんでなぁ」 依頼主の男の不満を下駄路が素早く筆を動かしながらたしなめた。いま上げた顔、被写体を見る目が生き生きしている。よほどこの図が気に入ったようだ。 「下駄路さん、どんなポーズがお好みでしょうか!?」 アーシャが我に帰って下駄路に向いた。 「おっと、そのまま。あんたは笑っても絵になるが、今はそのままが一番べっぴんさんだぜぇ!」 下駄路、アーシャには飾らない自然な佇まいを求めたようで。アーシャだけではない。あるいは、任務のもつ雰囲気が彼らをそうさせているのかもしれない。 「よし、俺の仕事は済んだ。あとは存分にやってくれっ!」 下絵を終えた下駄路からのゴーサイン。会心の笑顔は充実していた。 「よし、行くぞ!」 外跳ねした長髪を躍らせながら律が振り向き声を上げた。 搭乗の合図だ! ● 「試作駆鎧を埋葬するための油はどれぞ?」 仲間が駆鎧に乗り込む中、一人身軽な晃が聞いた。 「‥‥小樽一つ、か。できればアーマーでもっていってもらえるといいかね?」 「おいおい、崖を滑り降りるんだぜ? あんたが運んだ方が安全じゃねぇか」 晃の言葉に下駄路が突っ込む。 「わしの『熱かい悩む火種』は炎龍や。それに油を乗せるんはなぁ」 「ちげぇねぇ」 下駄路は納得するが、ちょっと首をひねったり。割と危険っぽい名前は付いているが晃の炎龍、見掛けはけだるそう。戦うことと食べること以外に興味がなさそうなぐうたら風に見えるのだが。 (切れたら手が付けられねぇくらい暴れるって感じかも知れねぇし) 下駄路はそう推論した。 油については戦闘後に縄で下ろすことになったが。 ――さて、駆鎧組の面々は。 「ところで、あんた」 「あ? どうかしたかい」 次に下駄路は、アレンに突っ込んだ。 「あんたが持ってんの、ヴォトカだろ? 酒飲みながら戦うのかい」 確かにアレン、背中越しに紐くくりにしていたヴォトカの瓶を提げていた。ちょうど出撃で下駄路に背を向けていたので気付かれたのである。 「手向けは必要だろうさ?」 「なるほどな」 にやりとして言うアレンに、笑みを返す下駄路。 「さて、行くかリーリエ・イェーガー」 改めて背を向け、愛機の黒い姿を見上げる。 と、ここで依頼主の男の無言の視線に気付いた。 「仮にもアーマーの集団運用を考える小隊の隊長さね。アーマー動かした事が無いでは笑われる」 軽く見栄を切っておいてから、搭乗するのだった。 そして、同じく愛機に語りかける者が。 「さあ、ゴリアテの初陣ですよ」 外套をなびかせアーシャがひらりと愛機「ゴリアテ」に納まる。ゴーグルを付けると外部の視界が広がった。手元の操作グローブの馴染み具合を確認する。 「いかついアーマーの中には美人騎士、これってロマンじゃないですか〜?」 アーマー、美人騎士、ロマンの三点セットを口にすることで気分も上々。アーマーヘルムにアーマーソードで無骨に決めたゴリアテが、がしゃり、と地にソードを立て柄に両手を掛けるいつものアーシャのポーズを決めた。 その横で、磨魅も愛機「ギュンター」に。 「これがアーマー‥‥。何故かしら、不思議とフィットしますわ」 赤い口をほころばせ、収まり具合や操作感を確かめていた。 目を伏せゴーグルを着用。瞳を開くと裸眼と変わらぬ光景が広がっている。 ゴーグルによって他人に見られることはなかったが、その瞳には決意が溢れていた。 (初代当主の名を受け継いだアーマー‥‥) 心の中のつぶやき。 「お父様お母様、有難くお借りします。‥‥見事乗りこなして見せますわ」 思わず口にするが外に漏れ聞こえることはない。ギュンターは起動し、クラッシュブレードを構え直す。 「磨魅キスリング、ギュンター、参ります!」 身分は志士だが父のサムライ魂、故郷の騎士道に則り名乗りを上げて、崖下への一歩を進めた。 ● ガガガガガ‥‥。 谷の斜面に砂埃が派手に舞っている。 駆鎧六体が揃って滑り降りているのである。振動も砂埃も尋常ではない。残る木立の枝を折り、小砂利弾いてすさまじい速度。 「大丈夫かいな」 空には晃の「熱かい悩む火種」。主人の巨体を乗せてすいーっと滑り降りる仲間の上を横切った。 「あぅぅ‥‥」 桜色にまとめた愛機「ロギ」に収まるネプは、その振動に揺られながら悲鳴めいた声を絞っていたり。 「おおお‥‥」 ロックの方は、何かを溜め込むように燃えている。 「確かに、限りのあるアーマーの稼働時間の節約にはなるな」 律はガガガと揺られながら、涼しい表情でそんなことをつぶやいたり。見方を変えると、この滑り降りは最前線への特急便。駆鎧に乗り込む間に襲われる心配もなく、最前線へと向かう時間を稼働時間に食われる心配もない。妙に効率的。 「アダマンタイトの初の実戦が、用意された舞台というのは少し拍子抜けではあるが」 搭乗前、律は外跳ねした長髪を邪魔にならないよう後ろで束ねながらそんなことを言っていた。その時は「どんな技術でも習熟は必要か」と納得し、慣熟の機会に感謝もしていた。 「なるほど。実験の戦場だけはあるな」 駆鎧の弱点の一つである戦闘準備に配慮された舞台に、改めて感心するのだった。 「ゴリアテの初陣が、こんな荒々しくなるなんて」 アーシャはうっとりしながらガガガと揺られていたり。 荒々しくいかついゴリアテの中には美人騎士のロマン。磨きのかかる三点セットに気を良くしているのだ。 「ほーう、最後の方は傾斜が緩やかになっとるんやな」 空から見下ろす晃には、谷の形状は一目瞭然。軟着陸ができるような勾配のようで、改めてこの「用意された舞台」の出来に感心していたり。 「‥‥おっと、アヤカシの方も間抜けではないわけか」 目を転ずる晃。 谷底では、この振動と音に反応して怪狼の群れが接近していた。 「まったく良く出来た舞台だよ」 アダマンタイトの中、ゴーグル越しに状況を確認した律が呆れたような声を出している。まさに最前線への超特急的な実験場で。 そして、もうすぐ谷底。 「燃え上がれ俺のオーラよ‥‥。この骸骨座クロスボーンの鋼鉄アーマーがっ!」 何かを溜めていたロックは、ついに充填完了といった様相。 次の瞬間、見事な動きを見せるッ! ● 時は前後するが、この依頼の戦闘が終わった後、アーシャが興味深い動きをしていた。 「アヤトリをやってみましょう」 なんと、ゴリアテに乗ったままアヤトリをしようと言うのだ。「五段梯子に七段梯子〜」などと気分良さそうにつぶやきながら長い縄を用意するのだが‥‥。 「あ、あれ?」 ゴリアテに再搭乗してまずは縄を結んで輪にしようと思うのだがこれがなかなか上手くいかない。 「しょうがないやっちゃ。縄だけはわしが結んじゃろう」 晃がふんっ、と縄を輪にする。 ゴリアテはこれに両手を入れることはできたが、ここからも悪戦苦闘。 肘、脇、手首、五指の連動した精密な動き。 持ちやすいように設計された駆鎧用の武器を手にし、これを使いこなすとはわけが違う。 「駆鎧は戦うことを目的とされておる。破壊することと、守るために盾となること。これらは大まかな動きで十分できる。細かな動きは中の者が出てすればよい。駆鎧乗りはあくまで、駆鎧と搭乗者の相棒関係で初めて絶大な効果が生み出されるものじゃ」 この様子を見て、依頼主の男がしみじみ言った。ゴリアテにアヤトリはできないが、アーシャにはアヤトリができる。そういう意味らしい。 最後には、引っ張りすぎて縄を千切ってしまった。伸ばしきったときに人の手とは違い、縄の手応えの感覚が伝わりにくいのだ。力の入れ加減も分かりにくい。 「ああん、もう」 ゴツゴツしたいかつい姿のゴリアテから、しなやかな体つきのアーシャが出てきて軽やかに前に出た長い髪を跳ね除けた。ロマンである。下駄路はこの絵も描いたとか。 場面は、戻る。 駆鎧に乗っていると細かな振動などが人の肌と比較して伝わりにくい。 谷底に到着した駆鎧たちはそれぞれ、どしんとまずは尻餅をついて停止した。機体が無事か確認するためだ。もちろん、いずれも異常はない。 ただ一人、ロックだけは違った。 何と、滑り降りた勢いはこれを良しとし、そのまま前方――迫り来る怪狼の群に突撃していったのだ! 「手応えは問題ない。駆け抜けろX(クロスボーン)‥‥貫けトルネード!」 走りながらランスを構えマントをばさあっと翻すクロスボーン。 これぞ駆鎧の迫激突。 一気に寄せる怪狼に突っ込む。 この、大質量が一瞬にしてここまでッ! しかも破壊力は健在。 「見たか。一番槍はもらった!」 怪狼ごときに耐えられる攻撃ではない。一撃で黒い瘴気と化した。 「アーマーでの初戦闘なのです。‥‥がんばるのですよ!」 突貫したロックを見捨てはしない。ネプのロギが体制を整え腰を落としている。 「反動推進は男の浪漫なのですよ!」 ネプ、その相貌から少女に間違われることもあるがそれはそれとして男の浪漫で男を上げるべくこちらも迫激突で戦線突入。 ちなみに、ロギにはいろいろネプが手を加えている。 足元には小さな車輪的なもの。背中には反動推進用の風力発生装置的なもの。いずれも移動性能向上への工夫である。 もっとも、圧倒的質量となる駆鎧の能力向上に貢献するものではない。加えて、ここは不整地。仮にうまくいったとしても適する土地ではなく、それは先ほどすでに確認している。 ただし、迫激突は迫激突。いや、むしろ自分が汗をかいて愛機を整備したという充実感からか、ネプ自身が絶好調。 「これがロギの威力なのですよ!」 「やるなっ。後続がしっかりしていると助かる」 ネプが一気に寄せて、ロックの後背に忍び寄っていた怪狼を一撃で屠った。ロックはそれと気付いて礼を言うが、駆鎧に乗っていると外部の音が聞こえず外部へ声を出せない。 初手は開拓者側の与えた大打撃が目立った。 しかし、戦場は水ものである。 ● 「敵は怪狼だったか。足でかき回すのを得意とするタイプだな」 律は、先行した二人のように迫激突を使わなかった。 「来た、疾走だな。‥‥やつらにはこれがある」 視界の先では、まだ遠くにいたはずの怪狼が迫激突よりさらに長い距離を一気に寄せて、大群となってクロスポーンとロギに襲い掛かっていた。駆鎧の防御力は並ではないとはいえ、細かく削られているようだ。 「逃げられるわけにはいかん。囲むぞ」 もちろん外には聞こえないのだが、アーマーの集団運用についての感覚も掴もうとしているため口に出す。 ここで、律は迫撃突を使った。ただし攻撃は空を切る。 「よし」 ぐぁば、アダマンタイトを振り向かせる。 伝説の金属の名をつけられた駆鎧の立つ位置は、主戦場の右翼深く。敵を攻囲するには取っておきたい位置取りだ。見事なスキル運用。ここはもう通さんとばかりにデーモンズソードを構える。 「じゃあ、私はこっちに。‥‥追い立てて囲い込みますよ」 「敵は包囲し一体ずつ確実に」 アーシャと磨魅は律の動きを見て機体を左翼寄りに持っていった。 「手向けに一つ、暴れてやろう」 アレンはリーリエ・イェーガーを前に。敵も狩りの知恵は回るようで、クロスボーンとロギが転倒させられていたのだ。「ユリの猟兵」と名付けられた黒い機体が荒野のポンチョを翻す。 「こっちは足が遅いからな。小回り効く奴は苦手だな」 ぼそりとつぶやき、アーマーソードでぶった斬る。 討ちもらすと後が大変。 つぶやきの意味を、がっしり握ったソードで体現する。無論、捕らえてしまえば怪狼など敵ではない。 「次っ」 がしがしと攻撃は食らうがものともせずに二の太刀を振るう。クロスボーンとロギも立ち上がり、最激戦区が再び熱くなる。 「体当たりされても噛まれても痛くもないけど‥‥」 こちらは左翼。 ゴリアテに剣を振るわせながらアーシャがつぶやく。 「アーマーじゃなくて、自分で持つ剣で飛んでいる蚊を叩き切れるかと言われると無理ですよね。そんな気分です」 攻撃してくる敵は、叩き伏せやすい。 しかし、素早く動いている合間は狙いにくい。今は敵が数を頼みに攻撃してくるので迎撃しやすいが、少なくなったらどうだろうと心配しているのだ。 「くうぅっ!? 簡単にはやられません!」 磨魅はガードを織り交ぜ丁寧に戦っている。転倒狙いの攻撃はきっちり防御で対応。 「はぁぁっ。‥‥てやぁぁぁっ!」 敵の渾身の一撃をきっちり防げば相手に大きな隙ができる。ここぞとばかりに大きく振りかぶり、大上段からクラッシュブレード! ど派手なアーマースラッシュで叩き潰す。 「うあっ、力が吸い取られるようですわ‥‥!?」 もっとも、練力消費は激しいようで。 ところで、アーシャがなにやらやっているようで。 「間合い良し、これならいけます」 何と、事前に借りていた投網を取り出していた。ゴリアテで使いこなせるのか? 「てやっ!」 投げるが、これは網が広がらない。投網技術の微妙な技の奥深さを知ることとなる。 「いつまでもチョロチョロと動き回っていないで、いい加減に瘴気の藻屑になっちゃいなさーい!」 結局、地道に各個撃破するしかないようで。 ● 「格好の悪い真似をさせてくれる」 稼動時間の配慮から通常攻撃で敵を一撃の下に倒していた律とアダマンタイト。外し迫撃突で逃げようとした敵の先に回り込み、噛付いてきたところを通常攻撃で屠っていた。 そう。 そろそろ敵の数も少なくなり、相手の速さに翻弄され始めていたのだ。 「下手に迫激突など使って、味方とぶつかって動きが乱れても仕方ないしな」 そんなことをつぶやいては、包囲陣の維持に専念していた。 しかし、包囲の中心はすでに最激戦区ではなくなっている。 「そろそろ時間が迫っているんでな、これで決めさせて貰う‥‥スカルクラッシュトルネード!」 今、ロックが盾と槍を構えた迫激突で敵を倒し、中心から外れた。ネプもアレンも敵を倒し、これで本当に敵は数えるだけに。 と、ここでネプのロギが動きを止めた。 「ん? そういうことかいな」 上空の晃は、この異変を見逃さなかった。戦闘には参加せず、ひたすら戦況を眺めていた。 駆る熱かい悩む火種の首を巡らせると、一気に降下しネプの近くの怪狼に火炎を吐く。 その隙にネプが出た。 良い判断だった。強制排除は便利だが、最激戦区での突然排除はひどい目にあう可能性がある。 「この辺りがアーマーの弱点か」 折り返し火炎を吐いた炎龍の上で晃が顎に手をやり言葉を絞る。駆鎧の稼働時間だけはどうにもならないようで。 もちろん、小回りが利かないことも弱点の一つである。 「ここから先は地獄への一本道やで」 逃げに転じた敵の掃討も、晃の担当となった。 「こいつが安らかな眠りに着くまでは、指一本触れさせはしない」 最後の一匹は試作型駆鎧の方に逃げたらしい。騎士魂に火のついたロックの操るクロスボーンの迫撃突で止めを刺した。 ● 戦闘終了後、開拓者たちは試作型駆鎧の元に集まった。 「まあ、ようやくアーマーが使えるのが嬉しいね」 アレンがそれだけ言って、ヴォトカを一本試作型駆鎧の前に置いた。 「お疲れ様でした…なのですよ」 ネプの慰労の言葉。なぜか好奇心で尻尾が揺れているのは、朽ち果てた駆鎧に頭部がないからか。 「‥‥顔は、二の次じゃった。『あんなものは飾りです』とか言い張ってのう」 ネプの視線が頭部にいっていることに気付いた依頼主の男が搾り出すように言った。 「鉄の腕は萎え、鉄の脚は力を失い、埋もれた刃は二度と輝きを取り戻すことはなく‥‥。鉄の戦士は命数を使い果たし死んだのですわ」 その、ない頭部を見上げて磨魅がつぶやく。 「私はジルベリアの母と天儀の父から生まれました。この駆鎧も、二つの国の技術の架け橋となったはずですわ‥‥」 我が身を重ねて、そう続ける。依頼した男はこの言葉を聞いて、涙を流した。ただし、拭いもしないし瞳を閉じもしない。むしろ誇りの、涙である。 「駆鎧に魂というのも妙だろうが‥‥アダマンタイトにも、受け継がせてもらう」 律はそれだけ言った。時代に先駆けた一機。律もアダマンタイトも、実戦配備においては先駆けた存在である。 「天儀では心をこめて作られた物には魂が宿ると言います。試作機も、誇り高き騎士の魂があるのです」 揺るがぬ視線でアーシャが言い、カツ、と踵を鳴らした。 「試作機が果たした任務に敬意を捧げます。全員、敬礼!」 そして誰も言い出しにくかった、全員での儀式の合図。 憐憫ではなく、敬意のみ。 誇り高い律も、砕けたところのある晃もこの一瞬の儀式に納得。アーシャの騎士の礼やロックの空賊式の礼とかそれぞれの最高の礼を手向けた。 もっとも、晃はやっぱり破天荒で。 酒を飲みつつ、試作型駆鎧に酒を掛けて分けたり。これが、斉藤晃流。 「いずれ兄弟もそっちいくやろうから寂しくはあらへんって」 「ちょっと斉藤さん、それはないんじゃ?」 アーシャに突っ込まれたり、ちょっとアレな視線を受けたり。 それでも晃は晃。 「諸行無常。不滅になんぞになりはせんよ」 苦笑しながら、ぐびりと酒。まあ、違いはないけどと納得する一同。 「お前の事は、俺もここに刻みつけておく、だから安心して眠るがいい。‥‥その鋼の魂と共に」 ロックが自分の胸に親指を突き立てたあと、すでに油の撒かれている試作型駆鎧に、最後の油を掛けた。 「では、の。最高の駆鎧乗りと一緒に男と男の約束を果たせて、わしは幸せじゃ」 火が、着けられた。 燃える。 歴史の一歩たる、最初期の駆鎧が、その役目をいま終えたのだ。 ちょうど空から、迎えの小型飛空船が下りてきていた。 |