【泰猫】植物津波の村
マスター名:瀬川潮
シナリオ形態: イベント
EX :危険
難易度: 普通
参加人数: 25人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/10/25 20:03



■オープニング本文

「ど、鈍猫の旦那〜っ!」
 泰国は某町にたたずむ泰猫飯店に、緊急の報せが入った。
「何っ、片栗の群生地近くにアヤカシがいるかもしないアルか!」
 『太った体は料理人の誇り』こと、泰猫飯店店主の鈍猫(ドンビョウ)はくわっと目を剥いた。
「へえっ。群生地近くの森で、ふもとの村から一人で分け入った少年が行方不明、その後も村のきこりや猟師が次々と帰って来ない事件が発生してるってんで」
「すぐウチで開拓者を頼むアル」
 どうやらふもとの村では、「村までは離れているし」という理由で開拓者に調査してもらうことを考えているらしい。鈍猫が声を荒げて「開拓者にアヤカシを退治してもらうアル」と一足飛びに決断するのは、村より片栗群生地が近いため。
「片栗の群生地が荒らされたら、来年初夏に片栗の球根を十分採れないかもしれないアル。そうすると、甘酢あんかけの料理が満足に出せなくなるネ。絶対、あそこは死守するアル」
 どうやら泰国料理において重要な素材の一つらしい。呑気に構えるわけにはいかない。
「開拓者を呼んだら、泰猫飯店も現地に乗り込むアルよ。‥‥これは店の存続的戦いアル。戦う開拓者に甘酢あんかけ料理各種を振舞って応援するアル」
 こうして、開拓者ギルドに正体不明ながら森に存在すると目されるアヤカシ退治の依頼募集が張り出されるのであった。山狩りの色合いが濃いので、人海戦術で対応するようだ。

 ところが、開拓者がもうすぐ現地の村に到着しようかという時。
「うわっ。何だ、ありゃ」
「森が、森が大量の蔓で飲み込まれておるではないかっ!」
 村人は口々に叫び、片栗群生地あたりの森を指差した。
 なんと、うねうねうごめく広範囲の葛が分厚い津波のように押し寄せてきている。
「葛はよう成長するが‥‥」
「ここまで成長が早いのは見た事がねえッ!」
 さてはこれが森にいると囁かれていたアヤカシか、と目を見合わせる。
 が、ことここに至っては誰にもどうすることもできない。
 村を、ひと飲みできるだけの範囲と圧倒的な量を誇っているのだから!
「き、来たっ! 開拓者の皆様が来てくださったぞっ」
 わき上がる歓喜の声。
 が、少し遅かった。
――ドッシャーッ!
 村に到着した開拓者が見たものは、山津波ならぬ葛津波に飲まれた、まさに阿鼻叫喚巻き起こる光景だった。
 さて、どうする?


■参加者一覧
/ 風雅 哲心(ia0135) / 羅喉丸(ia0347) / 天河 ふしぎ(ia1037) / 礼野 真夢紀(ia1144) / 皇 りょう(ia1673) / 水津(ia2177) / 真珠朗(ia3553) / 伎助(ia3980) / 平野 譲治(ia5226) / 菊池 志郎(ia5584) / からす(ia6525) / 朱麓(ia8390) / 和奏(ia8807) / ヴァルター・レンツ(ib0073) / 琥龍 蒼羅(ib0214) / 琉宇(ib1119) / モハメド・アルハムディ(ib1210) / 朽葉・生(ib2229) / 白藤(ib2527) / 蓮 神音(ib2662) / 西光寺 百合(ib2997) / 十野間 修(ib3415) / 高瀬 凛(ib4282) / 緋姫(ib4327) / 蒼井 御子(ib4444


■リプレイ本文


「こ、こんな光景見たことないアル!」
 開拓者とともに片栗産地の村を目指していた鈍猫の目が見開かれた。
 右手の山側から、土石流のように大量の植物の波が圧倒的質量でもって雪崩れ込んでいるのだッ!
「‥‥一瞬の出来事でした」
 後に、このアヤカシ災害に遭って生き延びた女性はそう証言する。
「私は外に出た夫と土間から話していたのですが、もう何が何やら。‥‥送り出した言葉に夫が気付いて、振り向いた笑顔を見たと思ったら、その姿がぱっと消えたんです。あっという間でした。緑の波に飲まれて‥‥。私は、その時引き戸が閉まって絡まれることなく、こうして助けられたのですが」
 あるいは、外にいて森から近付いてくる緑の津波をあらかじめ視認していた者が生きていたとしたなら、似たようなことを言うかも知れない。
 至近迫って初めて分かる、その速度と範囲。
 不可避。
 恐怖を感じるのは一瞬だけ。
 息を飲んだときには飲み込まれているのだから。
――ドッシャーッ!
 これが、山津波など自然災害と同等のアヤカシ災害。
 決して狭くはない農村が、一瞬にして葛の海に沈んだ瞬間であった。


「行くぞっ!」
 くわっと大きく口を開け叫ぶと、風雅 哲心(ia0135)が駆け出し森から抜けた丘を下り始めた。
 仮に、平時にこの様子を彼の知人が見たらひどく驚くだろう。普段は取り乱すことのないクールな男だが、いったん戦闘で高ぶると荒鷲のごとく猛る。言葉より体が動く。いまの無駄のない動きを見るに、相当この状況に怒りに近い感情を抱いているかが分かる。
「急げっ! 力を束ね今救える命を救いに参ろうぞ。いざ、我等に武神の加護やあらん!」
 場数を踏みいくさ慣れしている皇 りょう(ia1673)が全体鼓舞の雄たけびを上げる。一瞬にして一人の人間としての限界を感じ、統率を持ってして事に当たる必要性を認識。自身が突っ込むより先に、緑色の鎧に包んだ腕を大きく振り全体を動かすことを優先した。
 無論、ほかの開拓者たちの反応も早い。
「植物のアヤカシか‥‥。初めて見る」
 騎士のヴァルター・レンツ(ib0073)が走る。開拓者としては初陣だが、戦場には慣れている。いや、戦場に身を置き、戦場で生きているというべきか。それでもこのような特殊状況は初めて。もっとも、「やることは一緒だがな」と、帯びたロングソードの柄に手を掛けることに変わりはない。
「草は主食じゃないなあ…でもまぁいいや。一暴れしようか」
 ぽんと扇子を閉じ、伎助(ia3980)がヴァルターの横に並んだ。こちらは、飄々とした男らしく表情に変化はない。ただ、微笑んでいるような目の奥で、瞳は間違いなく本気の輝きを放っていた。
 一方、遅れる者も。
「もしかして‥‥。これは生存者がいないかもですよ」
 眼鏡を掛けたしっとり黒髪の長い水津(ia2177)が、一瞬駆け出しただけで止まった。本来アヤカシの調査と退治に呼ばれたはずの、多くの開拓者に追い抜かれながら立ちすくむ。
「どうしたなりか、水津。早く助けに行くなりよっ!」
 陰陽師 の平野 譲治(ia5226)が彼女の様子に気付き、振り返って声を絞る。
「一つでも多くの命を救うために‥‥」
 それだけつぶやいたかと思うと、水津は改めて目を見開いた。もう、迷いの色はない。
「私は、『生死流転』のみに専念します‥‥。既に失われた命であっても蘇生が間に合うかもしれない術です」
「分かったぜよっ! みんなにもそう伝えるなり」
 譲治。目を見開くことのあまりない、笑顔の絶えない少年である。この場面でも目を見開くことはなかったが、頷いた面は力強かった。男である。
「まさかの展開だけど‥‥。早く助けなくちゃ、村が全滅するわ」
 このやり取りを耳にしつつ、後ろで束ねた赤髪を長くなびかせ緋姫(ib4327)が走る。
 その横に、すっと寄り添うように走る姿が。
「村の人たちを全滅なんて絶対にさせないし、村を潰すことは許さない」
 白藤(ib2527)である。細面に激情が現れている。
「白藤‥‥」
 この様子に、緋姫は驚いた。
 白藤。滅多に怒りなどを表すことはない。目の前のアヤカシの猛威は、彼の開拓者になったきっかけを思い起こさせているのかもしれない。
 そして、突撃する開拓者の先頭集団。
「葛津波に飲まれた村から、出来る限り村人さんを救出する!」
 正義の空賊、天河 ふしぎ(ia1037)が大剣「オーガスレイヤー」を腰溜めに構え走りながら吼えている。
 そう。
 敵は、葛のアヤカシ。
 その驚異的な繁殖能力で村を襲ったのだ。
「こちとらほとんど知り合いなんだ。突発事態でも問題はないさね」
 雷神姫こと朱麓(ia8390)が哲心の横に並び駆ける。後ろは、振り返らない。ただ、ちらっと哲心の横顔を見る。哲心、横目で視線を合わせるとうむと無言で頷くだけ。
 彼女がいる本隊はこのまま突貫。後方には救助隊ができつつある。遊撃隊は右翼へ展開。
 朱麓の思っている通り、バラバラでははない。臆する者もいない。無駄のない動きでこれぞ開拓者を体現する。
 そしてついに、本隊が葛アヤカシの群れと激突するッ!


「これ以上好きにさせてたまるか!」
 立ち止まった哲心が、得意の雷鳴剣を放つ。迸る雷の刃が葛アヤカシを数本まとめてぶった切る。‥‥一本一本はずいぶん弱弱しいようだ。すぐに瘴気を撒き散らしつつ黒くボロボロになって崩れる。そこへふしぎが駆け込み大剣でなぎ払う。「叩っ斬る!」と振るう朱麓の蛇矛「張翼徳」の攻撃範囲も広い。バッサリと一気に空間を作る。
 が、敵の数は多い。
「なるべく、多くの村人を助けたいのですが‥‥」
 普段はのんびりぼんやりしている和奏(ia8807)。今日ものんびりぼんやりした風だが、心中の覚悟が違う。鍛えぬいた刀「鬼神丸」を両手構えに突っ込んでは、北面一刀流奥義がひとつ「秋水」で目にも止まらぬ一閃。あるいは、秋水が似合う男であるかもしれない。続けて、白梅香。練力を惜しまず敵の多い場所を求めて走る。
「んっ?」
 乱戦の中、シノビの菊池 志郎(ia5584)が何かに気付き首を巡らせた。
「和奏くん、こっちを頼みます」
 超越感覚で何かを聞いたようだ。和奏の攻撃から自らも忍刀「暁」で道を切り開く。「いた!」という声の先には、葛に絡まれ村人がぐったりしている。急いで葛を切り開放するが、その男に力はない。
「くっ。‥‥亡くなった方を麓に今は運べないのは辛いですが」
 志郎、顔を上げる。
「‥‥少なくとも、これ以上の犠牲は出さないようにしなくては!」
 まだいるかもしれない生存者を救う道を選んだ。引き続き超感覚にたよる志郎。
「そういえば、平野さんが」
「よし、俺に任せろ」
 仲間の言葉を思い出した和奏の横から、琥龍 蒼羅(ib0214)が両手の釵「猫胡」に紅蓮紅葉を纏わせ周囲の敵を掃討しながら寄って来た。蒼羅、この死んだばかりの男を後方まで送り届けるつもりだ。狙いは、水津の「生死流転」。クールな男が情に走る。‥‥本人がそれと気付いているかどうかはともかく。
 もちろん、激情の赴くまま戦う者もいる。
「全滅? そんなの認めないよッ!」
 編み込んだ両お下げが舞う。
 泰拳士・石動 神音(ib2662)が近寄るアヤカシに片っ端から暗勁掌を叩き込む。装備した鋼拳鎧「龍札」は重いが、破壊力は抜群。
「神音は家族を失う悲しみを誰にも味合わせたくない、あきらめたくないよ!」
 食らわす・食らわす・食らわす。
 一番敵の多いところに自ら飛び込み、当たるを幸いに暴れまくっている。乱戦であるだけに、他の開拓者と同じくムチのように飛んでくる敵の攻撃を全て防ぎ切ることはできない。が、今気遣うのは自らの痛みか?
「神音は、一刻も、一刻も早くアヤカシを殲滅するよ!」
「其れはそれとして、金に困って槍は質に入れちゃったんすよねぇ。ミスりましたかねぇ‥‥コレ?」
 ほぼ全周囲の敵と戦う神音の背後に、しれっと真珠朗(ia3553)が割り込んだ。攻め手のみで暴れる神音の背後を、それとなく守って戦う。‥‥ちなみに真珠朗。泰拳士なのに武器を好んで使う。というか、状況に応じた武器を用いる現実主義者である。確かに今使っている短い忍刀「風也」より槍などの方が効率は良いかもしれない。
「これが神音の拳だよ! 暗勁掌」
 蔓を掴んで鉄拳制裁し、粉砕していく神音。少々の怪我は生命波動で何となかる。イケイケ状態だ。
「‥‥なんかこう最近にょろにょろしたアヤカシとばっかヤりあってる気がするんすよねぇ」
 自分よりさらに近接戦闘を展開し前進する神音の姿を背拳で感じ、「まあ、ミスでもないか」と気を取りなおす真珠朗。すっと面を引き締めると、「ま、あんま余裕こいてる暇なさそうですし」とかつぶやき奮戦する。
 後、十分神音が離れたことを確認してから型をとり、大きく脚を踏み出した。
 ドスッ、と地に凄まじい衝撃波が走る。
 崩震脚である。
「あたしゃ神様でも英雄でもないんでね。セコくヤるだけすよ。相応にね」
 サクッと滅殺してから、今度はしつこく寄せて来る敵に斬りつけるのであった。


 さて、戦況。
 上空から見ると、開拓者主力部隊の突入により東側から凹状態となっている。
 開拓者の突破力目覚しきと言えるが、状況は楽観できない。
 何と、葛がうごめき主力を包囲しようとしていたのだ。
「とにかく、某は一直線に突破するのみ」
 凛々しく面を上げる志士、高瀬 凛(ib4282)が西側最奥までの突破を優先していた。村に葛が入ってきた上流である北側と、下流である南側を分断することを優先したのだ。
「‥‥一足遅かったようでありますな」
 村到着時には惨状を見て猛ることなくそう言っていたが、心までは冷めていない。みんなと一緒に最前線に取り付くと素早く脚を踏み出し巻き打ちを繰り出しつつ西を目指す。最初は肩を並べて戦っていた仲間は、村人の救護を意識するため一人散り二人散りと分散したが、凛は初心を貫く。その心は、一対多数で当たる開拓者に有利な状況を作るためだ。
 ただし、一対多数で有利なのは戦う者のみ。
 包囲されつつある後方では、新たな局面が生まれていた。
「数が多いと追ってくるのもいる、か。厄介なものだな」
 蒼羅がぐったりした男性を背負い東側に走っている。時折止まっては、持ち替えた太刀「獅子王」で近寄らせない戦いを繰り広げている。
 と、その時目の前の葛アヤカシがボロッと黒くなって崩れた。
 矢が飛んできたのだ。
「はやく下がるんだ」
 飛んできた方を見ると、黒と赤の衣装に身を包んだ小さな姿があった。
 からす(ia6525)である。
「‥‥すまんな」
「他にもいるぞ」
 からすのあごをしゃくる先を見ると、琉宇(ib1119)がバイオリンを構えていた。
「あはは。こっちに寄って来たアヤカシは、『今現在村人を襲っていない』ってことだよね」
 これなら巻き込む心配もないよねと論理的な洞察をする。首と肩で固定したバイオリンから重力の爆音で範囲攻撃。一気にその範囲のアヤカシが瘴気を散らしながらボロボロになって崩れた。
 同じく、重力の爆音で戦う者がいる。
「ビスミッラ!」
 ざっ、と長い脚を開きリュートをかき鳴らす。モハメド・アルハムディ(ib1210)だ。氏族の言葉で「食らえ!」と奏でた音は、琉宇と同じく寄って来ていたアヤカシを広範囲殲滅する。
 そして、迷わず前進。
「‥‥イラーハナー・アクバル! ワ・ヤー・アソハーブ、ナンカザクム・アルアーナ!」
 一体何を言っているのか。あるいは、モハメド自身も気付いていないかもしれない。
 とにかく村人や仲間のいる近くまで行き、狂戦士の宴で攻撃力を高めたり夜の子守唄でアヤカシだけ眠らせたい。射程が若干短いので、重力の爆音で出来るだけ近付く。
 モハメドの頭はこの流れの実現で一杯である。「皆さん、今、助けますからね」と言っているが村人には伝わらないだろう。必死である。
「‥‥私もちまちま相手してられないか。迫りくる矢の壁、その身に受けてみよ」
 そして、からす。
 戻ってくる者に当たらないよう横に動き射線をずらしてから乱射。本領発揮とばかりに厚い弾幕を張り東に接近しようとするアヤカシを殲滅する。
 ここで、蒼羅が大声を出した。
「いくら蔦を減らしても本体を倒さない限り一時凌ぎに過ぎんぞ」
 この声は、広くに響いた。
「そうそう。この手のは、大抵、本体が居るもんすが‥‥」
 真珠朗も同じ読みだが、こちらは相応に目の前の敵の各個撃破に専念している。
 他にも同じ読みをする者がいるが、ひとまず場面は蒼羅に戻る。
「蒼羅っ。早く、こっちなり!」
 譲治が火輪でアヤカシを制しながら蒼羅を手招きする。そこには水津がいた。
「では、早速」
「大丈夫なりよっ! おいら達がついてるなりっ!」
 ぐったりした男性を横にして、水津が生死流転に全てを懸ける。譲治も治癒符を用意し必死に声を掛ける。
「‥‥ダメ、ですか」
 死亡していた男性は息を吹き返すことはなかった。


 さて、最前線。
「みんな、頑張って。張り切って行くよ!」
 ハープを抱える蒼井 御子(ib4444)が、元気に声を張っている。今を楽しむのが大好きな獣人の吟遊詩人。この乱戦の中、生きがいを感じている。
「これから歌うは、騎士達の歌――令に従い、命を賭す。万夫不当にして一騎当千の者達の歌――!」
 歌がある。
 聴いてくれる、必要としてくれる人がたくさんいる。
 これが、吟遊詩人にとっての喜び。
 戦う仲間はこの歌で勇気を得るだろう。
 そしてそれが、御子自身の勇気となる。
「うっ」
 仲間の隙間から抜けたアヤカシに鞭打たれた。が、臆することはない。近接武器を持たないため殴りかかるしかないかと覚悟を決めたとき、背後から現れた和奏がこれを排除した。
「大丈夫ですか。‥‥戦線が拡大しています。協力しますので」
「ありがとう。‥‥『草波掻き分け弱気を助け』か」
「ん?」
「いや、なんでもない」
 ‥‥御子、こっそりこの戦いを歌にできないかとか思っていたとかいないとか。
 その、会話する二人の奥では。
「しかし、何とも数が多い。いっそのこと火で一掃してしまいたいですが、それだけの火力も無ければ、捕まった人の安否もありますし、地道に対処するしかないですか」
 ふう、とため息をつくのは志士の十野間 修(ib3415)。横踏で回避してから少剣「狼」で巻き打ち。きりがない、というのが本音だ。
「っと、これはまずいですね」
 修の視線が近接戦闘をする敵から外れた。視界の端に村人を捕らえたのだ。アヤカシに巻き付かれている。‥‥いや、それよりこの隙に自分自身がアヤカシの束に体当たりされ巻き付かれてしまった。
「修さんっ」
 後ろに控え、広範囲に目を光らせ見方の回復調整に専念していた礼野 真夢紀(ia1144)が血相を変えて寄って来た。
「俺は大丈夫。それよりこの人を」
 左手のガードを捨て忍ばせていた短刀で脱出した修は、倒れている村人に駆け寄り葛を切った。
「首を絞められてます。あたしでは‥‥」
「まゆちゃんでも駄目ですか。‥‥じゃあ、生死流転ですかね」
 修、この村人を担いだ。後方までつれて帰る気だ。もう一人いた村人を真夢紀も担ぐ。
 ここで、二人のそばにそそり立つ姿が一つ。
「人命が最優先だ。思い切りやれ」
 ロングソードで横薙ぎ一閃。騎士のヴァルターだ。
「う、くそっ」
 しかし、村人を担ぐ二人を庇ったため反撃を食らう。片膝を付くヴァルター。
 と、この時。
「ヴァルちゃん、これ以上被害は拡大させないよ」
 ヴァルターの背後から、彼の肩を足場に跳躍する姿が一つ。泰拳士の伎助である。着地すると、そのまま旋風脚で全周の葛を滅する。
「重いよ、伎助。‥‥白銀の輝きよ! 我を護れ!」
 伎助に文句を言いつつも、オーラを纏う隙をもらったヴァルター。戦闘力全開で敵に当たる。
 さて、後退する真夢紀と修。
 やはり、アヤカシに横から回り込まれる形となる。蒼羅は下流側だったが、今度は上流側だ。
「一刻を争います。気にせず走ってください」
 二人に気付き援護したのは、「双凍の蒼瞳」朽葉・生(ib2229)。ブリザーストームで幅広く敵を止める。‥‥村人がいるかもしれない場所で戦っていた先ほどまではフローズを使っていたが、効率が悪い。引き気味に位置取りしなおし仲間の補助に専念している。
「‥‥最悪の事態もありえますからね」
 災害級のアヤカシ被害に、集落の壊滅もあると見る。その場合は、当然生存者の避難経路確保が重要となってくる。ここに、自らの使命を見出した。
 そして、新たな村人が届けられた水津と譲治。
「‥‥そんな」
「やっぱり駄目なりか?」
 またも失敗する生死流転。
 時は若干、遡る。
「これ以上の犠牲は、出させはしないんだからなっ!」
 ふしぎが、奔刃術で戦いながら戦場を駆け抜けている。目指すは、超越聴覚で確認した苦しむ村人の元。
「大丈夫ッ?」
 葛に巻き付かれ倒れていた村人を無事、解放する。
 結局、自ら担ぎ奔刃術で取って返した。
「‥‥また。どうしてですか?」
 生死流転に全力を注ぐ水津は、上手くいかないこと、命を救えないことにがっくりとうなだれ、涙していた。
「おいらも蘇生したら治癒符で傷を癒すつもりなりが‥‥」
「そう、か」
 譲治の言葉に、水津が顔を上げた。可愛い顔が涙でくしゃくしゃだが、整えようともしない。
「みんな外傷は少ないです。首を絞められたら、すぐ死にますよね。‥‥問題は、時間でしょう」
 こうして、救護班は安全な後方地を捨て、ふしぎを護衛に最前線へと向かうのだった。


 ここで、戦況に変化があった。
「元を断たねば押し切られてしまうぞ!」
 りょうが声を張っている。蒼羅や真珠朗の指摘する本体狙いは、当然大半の開拓者が感じるところである。
 侵食する蔓を斬り捨てながらりょうが取った選択は、中心部、つまり村の中心であった。西に一直線の凜より、若干下流側である。一刻を争うため練力を出し惜しみするわけにはいかない。
 そして、りょうとは別の場所。
「本体らしきモノがどこにいるか、ですね」
 ぐったりしている村人数人をまとめて最前線の安全地帯に運んだ志郎も必死に首をめぐらせている。ちなみに、この安全地帯は御子や和奏などで守っている。
 さらに別の場所。
「太い蔓や活発なところを求めて来たんだがねぇ」
「狙いたいが本体の場所がこうも分からんとは」
 先頭を切って戦い、最激戦区を求めて彷徨っていた朱麓と哲心が浮かない顔をしていた。
「ったく、どちらにせよ死人続出とは随分と後味の悪い状況で‥‥。だがまだ救えるモンがあるんだってんなら立ち止まるわけにゃいかんわな」
 うむ、と頷き合ってさらに戦い続ける。他の開拓者と同じく、すでに大半の練力を使い切っている。
――そんな乱戦の中、明確な狙いを持って動いているものもいる。
「大元はどこなのかしら? ‥‥蔓が延びてきた方向に行ってみる価値がありそうね」
 魔術師の西光寺 百合(ib2997)である。
 村の北へと大回りしている。
 その途上、当然アヤカシにも襲われるわけで。
「触らないで頂戴。そんなに安売りしてないわよ? 私」
 黒髪を振り乱し、鞭打たれた葛アヤカシをサンダーで黒焦げに。髪を整え凛々しい面は、ツン。‥‥って、百合さん。葛アヤカシにそういった下心はないですよぅ。
 と、青い瞳が細められた。
 先に戦っている者がいるのだ。今ちょうど、倒したアヤカシの塊から村人を救い出している。
「しっかりしろ、大丈夫か?」
 泰拳士の羅喉丸(ia0347)である。
「どう?」
 明らかに村人はいないであろう、村外れ側のアヤカシにファイヤーボールを放ってから百合は羅喉丸に聴いてみた。
「駄目だ。それに、こっちに村人は少ないぞ。こっちからアヤカシが来たんだから、こっちが最前線かと思ったが」
「‥‥ここから森にアヤカシはつながってて、あっちに大元がいると思ったけど」
「ああ、つながってないな」
「どういうことかしら?」
「森から葛を伸ばしたのではなく、葛が移動してきたからだろう」
 さらりと言う羅喉丸。確かに答えはそれしかなさそうだ。
「つまり、大元はいないかもしれない?」
 崩震脚で周囲の敵は蹴散らしていたが、また寄って来ていた。羅喉丸は骨法起承拳で迎撃しながら、「さあ、な」と答えるにとどめた。
 ともかく、殲滅作業に戻る。


 その後も、地味な戦闘は続くだけ続いた。
「白藤っ!」
 緋姫の周りに火遁の炎が立ち上る。広範囲の葛アヤカシが消滅する。
「姉様っ!」
 呼ばれた白藤は、火遁の火に向かって構えた里穴弓から即射で矢を放つ。いや、狙いは火遁の先のアヤカシである。‥‥狙いとは違い火矢にはならなかったが、普通にアヤカシを消滅させているのだが。
「人様に迷惑かけるなんて、焼かれたら少しは反省するかしら?」
 続けて、火遁。白藤の方は、今度は火矢を狙わず鷲の目の強射「朔月」で攻撃。
「もう、白藤は可愛いんだから」
 とは、後の緋姫の言葉。新しい技になればと試した火矢が上手くいかなかったことに対する慰めの言葉だが、きっと成功しても同じことを言ったであろうことは内緒だ。
 一方、沈痛な表情を浮かべる者も。
「ごめん、ごめんね、守れなくて‥‥」
 亡くなった村人を目の当たりにし、神音が立ち尽くしていた。
「払った犠牲はとても大きいものです‥‥」
 村の最西部まで突っ切り当初目的をようやく果たした凜は、途中で見た死者を思い出しつつ空を仰いでいた。きっ、と振り返ると、引き返しての教護活動へと走り始めた。
「がんばって! 今、助けるからね! ‥‥譲治くん。この人、まだ助かるはずなんだ。‥‥え?」
 ぐったりした村人を譲治と水津のところまで運んだ琉宇だが、時間が経過しているため蘇生不可能と知り肩を落とした。無論、生死流転に全てを懸けていた水津の悲しみは計り知れない。
「この痛み、決して忘れてはならぬ!」
 りょうは、鬼気迫る様子で戦っていた。救えなかった村人。自らの非力。その全てを、振るう剣に乗せる。
 と、ある民家の前で立ち止まった。
「りょうさん、この中に女性がいます」
 寄って来た志郎は、超越聴覚で得た情報を伝える。途端に目を輝かすりょう。殺戮を振り撒くだけの行動から目覚め、がむしゃらに民家に取り付くアヤカシを斬って回った。
 中に入ると、ぶるぶると震えていた母親と子供たちがいた。
――屋内に生存者がいる。
 この情報は一気に開拓者を勇気付けた。
「ヤッラー、なんという‥‥、なんと素晴らしいことか」
 がむしゃらに走り回っていたモハメド。民家の中に子供を見つけてようやく彼らしい落ち着いた雰囲気を取り戻した。
「諦めるな、急げ、1人でも多くの人を助けるために。そんな背中に憧れ、この道を選んだのだからな」
 大きな声を出すのは、羅喉丸。救えなかった一人の命に意気消沈していたが、民家の中にいる者は生存していることを知り、元気を取り戻した。「あの日の泰拳士も、諦めなかった」と黒い瞳に力を込める。追っている存在は、記憶の中。それでも、自分の理想。邪魔なアヤカシはスキルを惜しまず使ってなぎ払う。今働けずしていつ働くの勢いだ。
 やがて、葛アヤカシは全て退治された。
 本体などなく、葛そのものにアヤカシが取り付いて旺盛な繁殖力を受け継いでいたようである。


「さあ、ここからは私たちの腕の見せ所アル」
 鈍猫が料理を始めている。知り合いの和奏は、ちゃっかり調理係として使われていたり。
「皆お疲れ。茶は如何かな?」
 からすは、いつものように茶を淹れては寄って来る人に振舞っている。
「フランベの時間はできなかったな」
「ま、ヴァルちゃんは村人救出を優先したからねぇ」
 ずずす、と茶をすすりながらヴァルターと伎助。どうやら火の罠を設置しようとしたらしいが、人命救助を優先したため設置できなかったらしい。
「べっ、べつに甘酢あんかけ料理につられたわけじゃ‥‥」
 ふしぎは、とろみのかかった野菜炒めを手に、真っ赤になってそんなことを。でも、口当たりが違ってこれはこれで美味しいでしょ?

 それはそれとして、片栗の群生地。
「薬草師として気になったけど、特に荒れてないから大丈夫、よね」
 野原に立つ百合が、首を傾げる。
「村の人達が話していたアヤカシは、あの葛アヤカシだったのかしら?」
 念のために調べてみる。
 すると、葛アヤカシに襲われたのと同じような死体を発見した。
 どうやらそういうことらしい。

「大丈夫アル。働き口を探してる青年をたくさん知ってるアルから、彼らをここで働かせるアル」
 村では、鈍猫がそんなことを。また元不良の更生を頼まれているらしい。倒れた稲刈りや、来年初夏の片栗の収穫を手伝わせるつもりだ。
 村人の生存者は、女性と子供中心に約40人だったという。
 建て直しの路は険しいが、開拓者の活躍があってこそである。