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■オープニング本文 「ほう。馬の訓練を兼ねて競馬を定期的に催している、と」 林青商会代表で珈琲通商組合の代表でもある林青(リンセイ)が、興味深そうに言った。 泰国は南西部、南那と呼ばれる地方の主要都市、椀那(ワンナ)でのことだ。 「はい。当然、決して多いとは言い切れない庶民の娯楽なので大変な人気を誇り、我が兵たちも腕を磨いて競っていたのですが‥‥」 南那の領主、椀栄董(ワン・エイトウ)氏の若き親衛隊隊長、瞬膳(シュンゼン)はそう言ってから溜息をついた。 「林青殿の承知の通り、南那は近年来の不漁で経済が停滞している。‥‥こういった賭け事も盛りあがらなくなってしまっているというわけだ」 「まあ、当然でしょうなぁ」 ぽりぽりと頭をかきながら林青。興味がなさそうに振舞う。 「しかし、南那の経済は林青殿のお影で間違いなく回復する。‥‥そこで、近々開催される『眞那杯記念競争』の前日に『香陽杯記念競争』をしたいと思うのだが、ぜひ出資者になってはもらえまいか」 どうやら領主たっての願いで、まずは親衛隊長たる瞬膳に手応えを探ってもらうことになっていたようだ。 「私は商人ですからねぇ。賭け事にはとんと‥‥」 「いやっ、お待ちを」 林青がひょろりとした体を丸めて顎に手をやったところで、瞬膳が止めた。 「これは、民の一体感を強めることを目的にもしています。南那産のコーヒー豆は、林青殿たちのお影で新たな交易品となる。地元の旅泰たちはここに目を付けられなかったが、通商組合に入ることでやっかみもなく一体感を持って取り組む事ができている。‥‥今度は、民たちだ。特定小数ではなく、多くの民が生産にかかわることができる手法を確立したのだ。民も一体感を持って取り組む事で、富を偏らせることがないようにしないといけない」 「まあ、そうではありますがね。‥‥ただ、これで利益を得るのは誰ですか」 競争の冠名を聞いて予想していた論には納得したものの、賭け事は親衛隊長の説明とは裏腹に富を偏らせるという側面を持っている。 「眞那杯の利益は、南那の内陸最大の都市、眞那(シンナ)周辺の公共工事に還元されている。香陽杯は当然、コーヒー収穫などで必要になる施設や事業に使われる。‥‥一攫千金を夢見る民にはその夢とコーヒー事業の周知を、行政側には急を要する事業へ投入するまとまった資金を、そして、我々兵士達には訓練の機会と晴れの舞台を――」 にやり、と親衛隊長・瞬膳。 「わかりました。‥‥さすがに今は苦しい時ですが、確かに必要でしょう。投資をお約束します」 林青は納得して首を縦に振るのだった。特に、親衛隊長の本音を聞いて納得した様子だ。 さて。 そんなこんなで、南那競馬の新たな公式競争、「香陽(コーヒー)杯記念競争」の初開催である。 レースの出場者は、開拓者有志に限定された。閉鎖的な土地柄である南那で、よそ者たる開拓者たちの手によって新たな交易品として開拓されたコーヒーの名を冠するからには、内外の交流レースでなければならないという考え方からだ。南那の志体持ちの職業軍人である親衛隊が一緒に出場しないのは、翌日に彼らだけが出走できる眞那杯があるから。 出走する開拓者は、集められた精鋭の馬から騎乗馬を選び(能力を割り振りし)、競争に臨むことになる。 さて、どういった馬を選びどういうレース運びの戦略を立てるか。 というわけで、出走騎手、求ム。 |
■参加者一覧
鬼島貫徹(ia0694)
45歳・男・サ
斑鳩(ia1002)
19歳・女・巫
巴 渓(ia1334)
25歳・女・泰
皇 りょう(ia1673)
24歳・女・志
真珠朗(ia3553)
27歳・男・泰
魔双破(ia5845)
25歳・男・陰
新咲 香澄(ia6036)
17歳・女・陰
からす(ia6525)
13歳・女・弓
アーシャ・エルダー(ib0054)
20歳・女・騎
羽流矢(ib0428)
19歳・男・シ
モハメド・アルハムディ(ib1210)
18歳・男・吟
禾室(ib3232)
13歳・女・シ |
■リプレイ本文 ● 普段は職業軍人たる親衛隊の練兵の場となる練馬場には、多くの観客が詰め掛けていた。 「さあっ、これが香陽杯に出走する馬と騎手、そして予想の戦法だよっ。今、馬たちはコースの内側を試走しているからそれを見て張った張った!」 勝ち馬投票券の売り子の声が響く。 「ふうむ、後から仕掛ける馬が多いな‥‥」 「だが、先行馬はほぼ外枠に固まっとるぞ」 「分からんな、こりゃ」 表を見上げる競馬予想の熟練者などがうなる。 気になる出走表は、外枠から順に次の通りだ。 (枠/馬名/騎手/予想戦法、下が内側となる。枠順は抽選結果) 12/ぢごくうさぎ/真珠朗(ia3553)/逃げ 11/ジルベリマックイーン/アーシャ・エルダー(ib0054)/追込 10/芝鳴風/羽流矢(ib0428)/差し 9/ナタクタイフーン/巴 渓(ia1334)/逃げ 8/サザンドール/新咲 香澄(ia6036)/先行 7/コスミブレード/鬼島貫徹(ia0694)/差し 6/グラジオラス/からす(ia6525)/追込 5/白雲/皇 りょう(ia1673)/先行 4/ヴォトカ/斑鳩(ia1002)/追込 3/福茶/禾室(ib3232)/差し 2/ツキノタイリク/モハメド・アルハムディ(ib1210)/差し 1/モストイーター/魔双破(ia5845)/追込 「騎手は、親衛隊の人たちじゃないのね?」 「ああ、余所からやってきた『開拓者』ってのばかりらしい」 「そう言ってやるな。珈琲を大きな商売にしたのはその開拓者たちだからな」 馬はともかく、実力の分からない乗り手に話題が集中する。 「‥‥おおっ。それより見てみろ。まるで各国代表のようだぜ!」 この言葉に、その場にいた者は一斉にコースの内側に視線を集めるのだった。 ● 「馬に乗るのも随分久しいな」 軽く走るグラジオラスを止めたのは、小柄なからす。手には自身の身長の倍はある呪弓「流逆」がある。揺るがない姿勢に、「明らかに乗りなれている」と見る観客が多い。白い馬体とからすの黒い姿により、小柄でも目を引いている。 「うむ、良い子だ」 「へえっ。いい馬を見つけたね」 そこへ、香澄が寄って来た。 「香澄殿も満足そうだな」 「あはは。この馬、目立たないけどすごくオーラみたいなのを感じるんだよ」 照れくさそうに香澄が言う。自分の乗る黒鹿毛の牡馬を見てから、「はっ!」と気合い。駆けるサザンドールを駆る姿はいかにも天儀風。着込んだ大鎧「双頭龍」が軍馬一閃の荘厳な雰囲気を醸す。 ――ドカカッ、ドカカッ。 その横を、迫力満点で駆け抜ける影があった。 「誰?」 「ふん、小僧や小娘ごときに負けぬ。往年の騎乗技術を見せてやるわッ!」 止めてコスミブレードの馬首を巡らせたのは、鎧姿にジルベリア風コートを気障に羽織る貫徹だった。鋭い眼光に尖り立つ襟。戦は機なりといわんばかりの覇気に満ちた、サムライらしいサムライだ。 すわ、一触即発。 そこへ、また一騎ど派手に駆けてくる者があった。 「香陽杯と聞いて、出ないわけには行きません」 アーシャとジルベリマックイーンだ。 「帝国騎士としても、負けるわけにはいきません」 今、プレートヘルムを脱ぐ。青い長髪が舞い、改めてヘルムを小脇に抱える。その立ち居振る舞い、正しく騎士であった。 「あ〜あ〜。派手な武具を着込みやがって」 三人に新たに寄って来たのは、渓だった。 「ここは今日は練兵場じゃねぇんだ。要らぬ威圧を一般人に与えてどうするよ」 そう言う彼女は、赤い襟巻きを流し軽やかな泰国の戦闘服に身を包んでいた。 む、と三人の視線が集まったところで、羽流矢が栗毛の芝鳴風(しばのなるかぜ)とともに軽やかにやって来た。 「おー。そうそうたるメンバーだな」 気負わず張り切っていくぞっ、などとさわやかに言う。忍び装束姿だが、とにかく明るい。 「俺、羽流矢って言います。宜しく!」 挨拶すると狐面を被り芝鳴風を走らせる。襟巻きのなびく姿に、観客は「ほぅ」と感心。注目が集まったところで素顔を見せ、大きな拍手を浴びていた。 「これはお速いことで」 この様子を見てぼそりとつぶやくのは、魔双破。嫌味のように聞こえるが、これは強敵が揃ったことを肌で感じたため。 (勝たねば) モストイーターの鞍上で改めて顔を上げるのは、「強くありたい」との誓いから。馳せる思いは、自身の過去か思い描く未来か――。 「おお、モハメド」 「ヤー、禾室さんも来ましたか」 離れた場所では、獣人・禾室と南国装束のモハメドが話していた。 曰く、「ケーバとは何じゃ」、「アーニー、私も詳しくはありませんが‥‥」とか。ただし、モハメドは氏族文化独特の馬とは違う競争は経験があり、優勝したこともある様子。 「ラーキン、ですが競争自体はどうでもよかったです。今回は、香陽杯ですから」 「おお、そうじゃ。香陽の名前がついとる大会でもあるし、全力で頑張るのじゃ!」 馬の運動会と理解した禾室は俄然息巻くのであった。 「‥‥誰が来るかな?」 「やっぱり泰国の騎手が勝つよ。なんたってここは泰国だし、泰国の馬なんだからな」 開拓者を見る観客たちの声。 どうやら一番人気は巴渓のようだった。二番人気は旗袍(ちーぱお)姿で軽やかにヴォトカの仕上がりの良さを見せた斑鳩。三番人気には、見た目から異国人と勘違いされたが泰拳士と分かって最後に支持の集中した真珠朗。‥‥どうも内向的な土地らしさが激しくにじんでいるが。 ともかく、香陽杯記念、まもなく出走。 ● 「りょう、さん?」 「あ‥‥」 スタート前、ラインに並ぼうとたむろする開拓者集団の中で斑鳩が目を丸めていた。 「いやその‥‥この『勝負服』というのは身体の線が出てどうにも」 りょう、ぴっちり体に密着する、速く走るための服に恥ずかしさを感じ赤面しているようだ。 「慣れれば気にならないものですよ」 涼しげに言って、背を向ける斑鳩。黄色い服に、たすきを掛けたような青い線が斜めに入った勝負服は、彼女の柳腰を強調していた。豊かな胸と合わせ、いかにも女性的。 「‥‥こほん。龍は勿論だが、馬も良いものだ。すらりとした体躯と、つぶらな瞳の対比が実に愛らし‥‥」 自らの料簡の狭さに恥じ入り話題を変えるが、これも似合わないかもしれないと語尾を濁すのだったり。 「それじゃ、せいぜい恰好悪く勝ってやりましょうや。相棒」 二人の様子を見ていた真珠朗は、冷静そのもの。気付いたりょうも、馬に動揺が伝わってはならぬと兵精神を取り戻すのだった。 やがて、楽隊の演奏。 うおおおお、と盛り上がる観客。 「皆さん、用意してください」 スタートの柵前に移動する各馬。整然として異常はない。 ――そして、柵が一斉に上げられたッ! 「きれいなスタートだっ」 おおっ、と観客。上がる柵に対し、低姿勢の発進。反応遅れはない。 「あ」 枠に恵まれすんなり前に出たのは、白毛の牝馬。りょうの駆る白雲だ。両隣の斑鳩、からすは戦法もあり前々を狙わず。 が、外枠の逃げ・先行組はこれを許さず。 「サザンドール、頑張ろうね」 香澄が内隣の貫徹の鼻先を押さえ寄せてくる。 「先頭へ出る。行くぞナタク! 」 渓も譲れんとばかりに前へ前へ。 一方、最も内側だった魔双破はずるずる下がって我慢の競馬。 「これでいい」 モストイーターを信じ、追込みに賭ける。 彼に続いて内側だったモハメドと禾室は意図せずするするっと前に位置してしまう。 逆に、魔双破の隣には外から寄せてきた斑鳩、からすの追い込み組が。外枠の羽流矢もこの位置となってしまう。さらに外だったアーシャが最後尾につけることに。 「この子はやってくれます。選んだ時の目は忘れません」 馬の目を見て体に触れて、ジルベリアマックイーンを選んだ。アーシャの瞳に迷いはない。 そして己を信じ勝負を賭ける男が一人。 「あたしにゃ『逃げ』一択しかないんでね」 最も外枠だった真珠朗だ。 いつもは気張らず気取ったところのある男だが、今は表情が硬い。逃げを選択するなら、曲がりに入る前に先頭に立たなくてはならないがそこまでの距離が一番ある位置となってしまった。 「頼みましたよ!」 迷うことなく出ムチを入れる。 香澄、りょう、渓を追い抜き、今、先頭で横隊から縦隊に変わる大きな曲がりに差し掛かった。 「無茶しやがるなぁ」 赤毛の3歳牡馬に乗る渓はこれを無理に負わない。併せての競りよりスタミナで勝負する方が光る馬だ。勝負どころはまだ先とこれを見送る。 なぜ、真珠朗はそこまでして逃げるのか。 「さて、そこのところはあたしにゃ説明はできないんですがねぇ」 仮に聞けばそう答えるかもしれない。開拓者になった過去の出来事含め、性分もあるのだろう。 と、ここでぢごくうさぎの速度が若干落ちた。 「むっ、そういうことか。受けて立つぜ」 二番手の渓はこの動きを瞬時に察知。真珠朗に大逃げをする気がない――おそらく、自らと同じ狙いと読むと不敵に微笑するのだった。 ● レース中盤。 並びは前から、真珠朗、渓、りょう、香澄、禾室、モハメド、貫徹、羽流矢、斑鳩、からす、アーシャ、魔双破となっていた。 そして、若干のスローペース。 「ぐぬぬぬぬ」 中団。青鹿毛の4歳牡馬に乗る貫徹が怒りに肩を震わせていた。今、前を走る禾室とモハメドが巻き上げる芝土が顔にかかる。それでも、我慢。 「‥‥今でこそ龍だグライダーだと言われているが、サムライ足る者、馬くらい自在に乗りこなせんようでは話にならん」 レース前、貫徹は鼻息荒くそう話していた。 と、後続の羽流矢が上がってきた。 「差しは男の浪漫〜♪」 栗毛の芝鳴風とともに、好位置を求めここまできた。スタート直後に揉まれてしまったが、末脚の射程圏内につけておきたいところ。粘り強さと勝負強さを利して、ここまで競り上がってきていた。 「走ること、風を切ることを楽しんでいこう。宜しくなっ」 芝鳴風を選んだ時に掛けた言葉。 自分も楽しんでいる。芝鳴風も、楽しんでいる手応えが感じられる。 「‥‥我慢じゃ」 若いシノビの背を見ることとなったが、我慢。貫徹が怒りを溜め込めば、コスミブレードはがっちり脚を溜め込む。果たして、どうなる。 「‥‥前に出たかったのですが」 鹿毛の4歳牝馬、ヴォトカに身を預ける斑鳩は前方を見ながら嘆いていた。 先行馬群が少ないのに、後続から誰も仕掛ける気配がないのだ。 結果、自由に前に走られている。 (それなら私が出る予定だったんですけど‥‥) 中枠で、内が前残りしつつ外から被せられた。どうにも運が悪かったとしか言いようがない。 しかし、あきらめない。 ヴォトカの抜群の末脚に賭けるだけだ。 と、ここで後続に変化があった。 「わたくしはここから仕掛けるっ」 魔双破が長駆、勝負の最初の一手とばかりに外から上がってきた。 「前の馬。そこのけ、そこのけ、アーシャが通る〜!」 ジルベリアマックイーンも迫力の追い上げッ! 「‥‥白ながらもダークホース」 静かにグラジオラス――花の名前で意味は、『戦いの準備が出来た』――も伸びてきた。 3頭いずれも外へ。 「内へ行くしか、なさそうですね」 戦闘であればスキル使用時を見極める、これが戦う巫女の瞳。 ヴォトカもついに追撃開始だっ! ● さあ、最後の直線。 先頭の三番人気を励ますように、観客からは「ぢ〜ご〜く! ぢ〜ご〜く!」の大合唱が巻き起こっている。 「正念場ですぜ、相棒。泣いて祈りゃ、降って湧くような奇跡なんざいらねぇって話で。あたしらで起こしてやりましょうや。ガチの奇跡を」 最後のムチを入れる真珠朗。 しかし、渓のナタクが並んでくる。後ろからは、りょう。 「鋭いというより鉈の切れ味ってやつだけど、まだまだ行けるよね」 さらに香澄も粘りで伸びて来ている。 ――いやッ! 後続の鬼気迫るこの追い上げは、何だッ! 「ハイヤー!」 ツキノタイリク、いや、モハメド曰く「アルカーッラ・アルカマル」が伸びて来ている。モハメドの顔に会心のレース運びの色がある。 「すまぬっ。すまぬが頑張るのじゃっ、えいっ!」 迫力は劣るが、その前で禾室の福茶も伸びて来ている。 そして特筆すべきは気迫の塊、鬼島貫徹ッ! くわっと目を見開きムチ一閃。わずかに内に切り込むと直線一気の伸びを見せる。 ――そして、伸びの一言でいえば大外も負けてはいない。 「帝国ばんざーい!」 これぞ人馬一体の騎士の突撃。ずどどど‥‥と最大戦速で前に襲い掛かるアーシャ。 「龍やグライダーとも違うが、『飛ぶ』だな」 からすも相棒に身をゆだね、加速の風に乗っている。今、ムチを落としてしまうがぺちぺち手の平で拍車を掛ける。懐く馬も思いは一緒。とにかく走る。 (ここまでか‥‥) 一方、覚悟を決める者も。 魔双破である。 勝利までの道筋となる目の前に障害はない。馬の脚も伸びている。 だが、アーシャの伸びについていけない。からすにも。 内側の枠から下がり、万全の位置で上げたが若干馬の脚質に合ってなかったのかもしれない。あるいはストレスとなったか。 「芝鳴風っ」 最後の直線に「よし行くぞ!」と手綱を引き締めた羽流矢も、相棒の限界を感じた。中盤にいい位置に付けたのだが、やはりそこまでに揉まれ過ぎたようだ。 「‥‥妬ましいな」 そして、静かに真珠朗が陽の当たる場所から遅れて行った。目に映るはいつの・どこの光景か。ただし、瞳に「それでも」の色が残るのが彼らしい。 「ここまで、かしら」 低く構えていた頭をわずかに上げたのは、斑鳩だった。 魔双破や羽流矢とは逆に、脚は余るだけ余っているのだが、勝利への花道に恵まれなかった。 後ろから先に大外に回される中、勝負を賭けて内へ切り込む路を選んだ。一発逆転の唯一の道はしかし、開かれることはなかった。なお馬群を割ろうと奮闘していたが、下がってくる真珠朗、香澄に阻まれて完全に手詰まりに。展開は若干のスローペース。各馬のスタミナ能力の差は機能せず、最後はその他の資質による差となったか。 さて、先頭。決着の時。 「福茶、頼む」 追う禾室は、優しそうな瞳に一発で気に入った相棒に願いを掛けていた。 が、わずかに届かず。 栄えある香陽杯の栄冠は、皇りょうの白雲に輝いた。 確定した順位は、りょう、禾室、貫徹、渓、モハメド、アーシャ、香澄、真珠朗、からす、斑鳩、魔双破、羽流矢だった。 ● 「出ムチを使わず済んだ展開が良かったのであろう。‥‥しかし、茶菓子はいずこに」 勝負の後、親衛隊の瞬膳隊長と珈琲を飲みながら歓談するりょう。甘党丸出しである。 「また何か困りごとがあれば依頼を頼むこともありましょう。そのときは、ぜひ」 開拓者たちから「困ったことがあれば」と声を掛けられた瞬膳はそう返した。 「住民感情は余所からの者に対して好感度が高くなったはず。こらから、南那は変わっていくでしょう」 自身も余所者だった瞬膳はそう微笑むのだった。 |