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■オープニング本文 「うわあっ。プールサイドのライブステージ、もう完成したも同然じゃない」 ここは西暦2010年8月、南国とある島のリゾート「ホテル・ティルナローグ」。きゃいきゃいきゅんきゅんした声で胸の前に両手をグーで合わせたのは、レストランパティシエの深夜真世(iz0135)だ。念願だったケーキバイキングも順調で、新たに「舵天照」なるWTRPGをプレイし始め、毎日が楽しくて楽しくてしかたなかったりする。 彼女の目の前では、プールサイドからプールの中まで円弧を描き延びるダブルサイズの舞台が完成しつつある。南国の夕日を背景に、照明がテストでくるくる動いては点滅を繰り返したり、音響を試す「テス、テス。チッ、チッ」などという声が響いている。 「南国の真夏の日差しは強すぎて日中は泳ぐ人も少なくなりがちアルからな。せめて、夕方の楽しみで顧客満足をしないと皆来てくれなくなるネ」 料理長の鈍猫(ドンビョウ)がやってきて言う。 「そうそう。‥‥そこで今から、テストのテストをするからヨロシク」 その隣には、主任の海老園次々郎。一体何がテストのテストで、ヨロシクなのだろう? しばらくのち。 ――ズッ、ギャーンッ! リードギターが一発かました。 「刻むぜ鼓動のビートッ!」 ヤー。 「燃え盛るほどヒートッ!」 イエーイ。 ボーカルの下駄路某吾(げたろぼうご)の掛け声で会場と息を合わせ、リードギターの瑞鵬(ズイホウ)が本格的にギュンギュンやり始める。ドダダダンとドラムの厚木遅潮(あつきちしお)が弾ければ、キーボードの錐間(きりま)が全身で曲を表現する。 演奏曲は、「舵天照ここにあり」。 振り下ろす斬馬刀に 天駆ける龍騎兵 まだ見ない・誰も見ない 新たな 大地を拓く 盛り上がる・盛り上がる・盛り上がるッ! 観客は主に水着に着替えた従業員。真世が拳を上げる、現地の娘のコクリ・コクルが声援を送る。 やがて、曲が終わった。するとッ! 「下駄路・ゴー!」 「オーッ!」 ざぶーん、と観客はおろかヘッドセットを外した下駄路までプールに飛び込んだ。水着だったのはこのためだったようだ。 熱いテストのテストライブの後。 「と、目処が立ったところで今度は本格的なテストをしたいんだ」 水着から普段のホテル服に着替えた次々郎がタオルで頭を拭きながら言った。 「テストに出演してもらうのはもちろん‥‥」 「『ちょっと無理』して、別世界のみんなに来てもらうんだね?」 わくわくと胸の前で両拳を合わせ身を乗り出す真世。次々郎の返事は当然、「その通り」。 さあ、楽しいライブの始まりだ! ※このシナリオはミッドナイトサマーシナリオです。実際のWTRPGの世界観に一切関係はありません |
■参加者一覧 / 北條 黯羽(ia0072) / 犬神・彼方(ia0218) / 雪ノ下 真沙羅(ia0224) / 天河 ふしぎ(ia1037) / 皇 りょう(ia1673) / 秋桜(ia2482) / 周太郎(ia2935) / からす(ia6525) / 痕離(ia6954) / 和奏(ia8807) / 霧咲 水奏(ia9145) / ジルベール・ダリエ(ia9952) / ヴァン・ホーテン(ia9999) / アグネス・ユーリ(ib0058) / アルーシュ・リトナ(ib0119) / 琥龍 蒼羅(ib0214) / リスティア・サヴィン(ib0242) / ジークリンデ(ib0258) / グリムバルド(ib0608) / 琉宇(ib1119) / モハメド・アルハムディ(ib1210) / 蓮 神音(ib2662) / サイモン・スナッフ(ib2745) / ノクターン(ib2770) / 千亞(ib3238) |
■リプレイ本文 ● ヤシの木が、揺れた。 空は斜陽で茜色に染まりつつあった。 暑く長かった南の島の一日もこれでおしまい。 「今日も一日、のんびりしたな」 南国リゾートホテル「ティルナローグ」のプールにいた和奏(ia8807)が空を見上げながらつぶやいた。スイーツ食べ放題を満喫し、オーシャンビューのプールでのびのび泳いで異世界のバカンスをのんびり楽しんだ。 「ん?」 そんな折、ステージの方が騒がしくなってきた。機材の搬入に音声テスト。時にカクテルライトがくるっと回ったりも。 「新しいイベントかな?」 「おっ、戻ったようやね」 ざばっと水から上がると、ジルベール(ia9952)が近寄ってにこやかに。 「頃合だ。確かに戻った方がいいな」 ちょうど歩いてきた琥龍蒼羅(ib0214)もクールに言い放つ。 そのまま、三人でプールサイドを歩く。すっ、すっ、すっとリズミカルに。 「よ、来たな」 長い背もたれのソファに身を委ねた周太郎(ia2935)がサングラスを上げて微笑。ドン、タタンと遠くで練習の音がする。 「楽しみだな」 擦れ違うグリムバルド(ib0608)が親指を立てて見送る。 「こういう依頼なら任せてよ」 続いて擦れ違う琉宇(ib1119)がショルダーキーボードを調整しながら青い瞳を輝かせた。 「ヤー、みなさん。リズムをひとつ」 今度はモハメド・アルハムディ(ib1210)に声を掛けられ、三人はぱちんと指をひとつ鳴らした。 「ショクラン、ありがとう」 ぱちんと指を鳴らし返し、モハメドは思いついたリズムを手にした楽器・ウードで追い始めた。三人の方もますます乗ってきたようで、肩で腕で全身で、リズムを取って歩く。ス・チャン、ス・チャンとステージの音合わせが流れる。 「別に水着を着たかったからじゃないんだぞっ‥‥これは、仕方なくなんだからなっ!」 そして進むと、天河ふしぎ(ia1037)が下駄路某吾にいつもの挨拶をかましていた。下駄路は「おおおっ、燃えているなぁ」と好意的に。 「コクリサン、コクリサーン? ベースをお願いできマセンカ?」 二カッと笑って親指を立てるのは、ヴァン・ホーテン(ia9999)と小麦色に日焼けしたサイモン・スナッフ(ib2745)の男性音楽家二人組。バンドに誘われたコクリ・コクルの方は「うん、ボクも演りたい」と乗り気乗り気。ドダダダン、とステージから本格的な音が。 「それじゃ、トップバッター行きますね! 歌は人並みですが、精一杯頑張りますっ!」 うさ耳の獣人、千亞(ib3238)がぴょんと飛び出し、さあ、南国ココナツライブ、なし崩し的に開幕だっ! ● ステージ前面から、花火が噴出した。 白いスモークが足元を這う中、千亞が手を上げて観客に手を振る。水着はピンクのビキニ。伸ばした腕、脇の下からフェミニンな曲線を描く魅力的なナイスバデー。今、ビキニの黒いリボンがふわりと揺れて一回転。お尻に白い尻尾、頭部にうさ耳。 「こんにちは、千亞ですっ。今日はきゅんきゅんしてくださいねっ! 曲は‥‥『Burning Bunny』」 ♪ウサギだからって 甘くみないで 時に獰猛に 貴方にしがみつくわ いい意味で期待を裏切るロック調で、小林少年の萌えの範疇だ。エレキがギュンギュン歌の合間を盛り上げる。 それにしても千亞、動く動く。 「♪バーニン!」 ――バーニン! 「♪バニー!」 ――バニー! 自分が歌った後に客席にマイクを向ける千亞。客も続きコール&レスポンスで盛り上がる・盛り上がる。 「♪貴方の愛で 私の胸燃えあがらせて」 盛り上がったまま終わる曲。「イェー」と拳をあげると、ざぶ〜んと男性客がダイブした。 続いて、プールサイドステージのライトが騒がしくなる。 「アイドルとして、一曲歌を歌いたいと思いますっ」 今度は秋桜(ia2482)が登場。 「キャッチフレーズは『甘い仔猫ちゃん』か。‥‥本当にこっちでもイケそうだな」 海老園次々郎が感心する。普段は泰拳士として飛龍昇でげしげしやってるのは内緒だ。 ともかく、ステージ。 白いビキニのトップが羽織った薄手のシャツから覗く。黒いパレオが翻り、下も白いのだと分かる。シャツはふわふわだが、背後からの投光で彼女のシルエットが透けて見える。ぴたりと止まって、甘い視線。 改めて息を吸い、歌い始める。 しっとりとしたメロディーライン。しっかり声を張り、ぐっと雰囲気を盛り上げる。 と、ステージの一番手前で歌っていた秋桜が、下に降りた。粋な計らいに目を輝かせ見送る観客。 ♪君と私照らす光は 心許ない線香花火 落ちた光の代わりは 暖かい手と手のぬくもり 余韻を残し音が止むと、秋桜を十重二十重と囲む観客から惜しみない拍手が沸き起こるのだった。 ● さて、時は少し戻る。 始まるずいぶん前、楽器を好む志士、蒼羅が持参したセレナードリュートを奏でていた。 「人工の池の周りに集まり、音楽に合わせて一体感を味わう‥‥。ふむ、宗教的な儀式か何かであろうか?」 「何をすっとぼけたこと言ってんですか。水着だって楽しそうに着替えてたじゃない」 プールサイドに立ってステージ設営を眺めていた皇りょう(ia1673)に、深夜真世が突っ込んだ。ちなみにりょうの水着はマリンブルーのビキニ。「はい、りょうさん。前と一緒でいいよね」と真世に押し付けられたのだったり。 「ま、真世殿。これは正装というから恥ずかしながら‥‥」 「んもう。恥ずかしがるほうがヘンだよ。りょうさんってかたぁい」 「うむ、硬く考えずに気軽にやるがいい」 そういったのは、ちょうど通り掛かったからす(ia6525)だ。そのまま通り過ぎる。 「やあ、からす君。尖月島では世話になったね」 歩き続けるからすに声を掛けたのは、青林。からすは軽く会釈してさらに歩く。 「む、ここにも」 からすが足を止めたのは、新たな恥じらいさんを見つけたから。 「うあ〜、きんちょーするなー」 可愛い系フリルのワンピース水着姿は石動神音(ib2662)染めた頬が姫りんごのよう。 「‥‥」 そして無言で両手を胸の前で組んでいるのはジークリンデ(ib0258)。 「大丈夫。きっとうまくいくネ」 「そうそう。この瑞鵬と泰猫隊が、姉さんたちを全力でサポートさせてもらうから」 神音とジークリンデは鈍猫と泰猫隊にバックバンドを頼んでいるところだが、どうやらまだ羞恥心が勝っているようで。 「‥‥」 からすは、無言でジークリンデを見た。 彼女の水着はなんと、面で体を覆うのではなく線で必要最低限を隠すスリングショットタイプの大胆な水着。詳しく書と、前も後ろも横もざっくりと開き、おおむねVの字に隠すだけ。へそも背筋も顕になっている。 「あ‥‥。水着を見せるのは恥ずかしい。でも、自分に自信をもちたいから・・・・頑張る」 からすの視線に、ジークリンデが言い訳した。 「姉さん、任せとけ。俺らが盛り立てるぜ」 泰猫隊がここぞ男の見せ所と盛り上がっていた。 一方、別の場所でも嬌声が。 「きゃ〜、この人が弓姉ェのいい人なんだぁ」 「これこれ、烈花殿。初対面の人に抱き付こうとしてはいけません」 香鈴雑疑団の面々の前で、薄緑のビキニとパレオ姿の霧咲水奏(ia9145)が恋人の周太郎を紹介していた。雑技の少女たちは顔を輝かせ、烈花に至っては水奏にするように抱き付こうとしたが記利里に止められたり。少年たちも周太郎に興味津々だ。 そばにはアルーシュ・リトナ(ib0119)とグリムバルドもいる。 そこへ、ヴァンがやってくる。 「ミカナサンとシュータローサン。以前お騒がせしました」 何かあったのだろう、挨拶する。 「オイ、おっさん。早くもう一人を探すぜ」 「あてがあるんでしたよね」 って、バンド「アドウェルサ」の仲間が呼んでますよ。口は悪いが雰囲気のある女性はノクターン(ib2770)で、もう一人はサイモンだ。 「私も探すか」 からすが我に返る。 「じゃあ、私が」 「陳新さんが行くなら、私も」 「じゃあ、俺も」 からすのメンバーには、陳新と皆美がつくようで。仲の良い雑技の子供たちが参加するとあって、ちょうどやって来た蒼羅もメンバーとなった。 ● 時は、戻る。 「じゃあ、僕からは『ココナツの依頼』だよ、聴いてね!」 元気良くステージに躍り出たのは、琉宇だ。シーケンサとリズムマシンの調子も快調。バックバンドの加来たちは動きで魅せることに専念する。そして、無数のライトが無尽に走ったッ! ♪打ち寄せる波が呼んでいる 僕を招くよさぁさぁと 今年の夏がアツいのも 合戦だけの熱気じゃないよね 王道の、明るいポップスだ。観客も手拍子に肩を揺すりと乗ってくる。さあ、そしてサビだ。 「♪歌おう」 ――おおーっ。 「♪踊ろう」 ――おおーっ。 ♪ココに君も来て そんな依頼が届いているよ 舵天照の開拓者ギルドを思わせる、明るい歌。 もひとつ、サビ。歌おう、おおーっと会場が一体となる。その中で際立つ、ちょっと甲高い琉宇の歌声。 「みんな、ありがとうねーっ!」 手を振る琉宇。 そして、すぐにもうひとつのステージにスポットが当たる。休む暇なくガンガン行くらしい。 「アーニー、私からは『ライラ・ソァイフィー・ジャミーリン』を‥‥」 楽器の女王、ウードを抱えたモハメドが、何処か知らぬ祖先の故郷を夢見るように夜空を見上げて爪弾いた。異国情緒あふれる旋律。モハメドのソロ、しっとりと――。 ♪ライラ・ソァイフィー・ジャミーリン ワルバドゥル・ジャミーリン ワルヒラール・アジュマル アーヒ・ヤルカマル、アルカマル 意味を知るものは、いない。それでも、清らかさは伝わる。観客は皆静かにしっとりと異国言語の調べに耳を傾け身をゆだねている。あるいは、これが音楽の素晴らしさの本質なのかもしれない。 ここで、にこっと微笑するモハメド。 ♪夏の夜は美しい 満月が美しい 新月の夜こそ極む おお天(そら)の月よ あるかまる 共通語で歌いなおしたところが彼らしい。夏は夜――。歌の心が分かり、ああそうかそんな気はしたんだと観客。柔らかな拍手が、夏の夜空の下で響くのだった。 ● 「みんな、今日はありがとー‥‥ボーカルのFU☆SHI☆GIだよっ」 続いて、セーラーのハーフトップに花柄ロングパレオのふしぎが登場。 組むは、1日限りのユニット「ワンダーランド」。歌うは「天空竜騎兵(スカイドラグーン)」。 ♪幼き日の約束は憧れ、そして僕は手にした あの空へ羽ばたく翼を ‥‥天空竜騎兵、想いは空へ いくつもの心繋ぐ ‥‥天空竜騎兵、未来への希望を乗せて 振り返るふしぎ。人妖ひみつが、真世が、次々郎がリズムを取る。前を向くふしぎ。信頼を背中に受け、最後のリフレインを――。 わあっ、と盛り上がるともうひとつのステージが明るくなる。 しゃんしゃんとアンクルベルを鳴らししなやかに舞うのは、アグネス・ユーリ(ib0058)。ジプシーライクなセパレート水着に、アクセたくさんでキラキラだ。 「皆ー! 夏・満喫してる〜?」 ――イエーイ。 「皆、ありがとー! さあ、アグネス。準備はいい?」 続いて出てきたのは、ラフォーレリュートを手にしたリスティア・バルテス(ib0242)。エキゾチックな水着で元気がいい。白の吟遊詩人リスティアと、舞姫アグネスのコンビが舞台狭しと空間を使う。 「あたしの歌を聞けーい♪」 ♪竜に載り 天馬を駆り 語り掛けるは神か 精霊か 剣に 槍に託すのは 己が命と信念と 声を合わせたり独唱したり。アグネスは鈴鳴らし、裸足でステージを蹴って。 「あたしが一番好きな季節だもの。もえつきるまでゴー!」 リスティアは間奏の隙に元気いっぱい。拳をあげる。 ♪月の道が繋ぐ大地で 求めたのは見果てぬ夢 曲は、「アシュラ」と紹介した。異国、いや、異世界情緒にあふれた曲。身近に感じた者もいる。拍手をしながら涙ぐむ姿も。夢の続きは、さて――。 ● 「そんじゃま、箸休め代わりに一曲お付き合いを」 ウクレレを爪弾きながら登場したのは、ジルベール。モンステラ柄のヴィンテージアロハにサーフパンツ、テンガロンハットで決めている。。レイを首から下げた真世とコクリを従え自身は椅子に座るとウクレレを構える、バンド「甘夏」、ゆる〜く、スタート。 ♪夕日が海に溶ける 甘い夜は始まったばかり ティルナローグのスイーツナイト 味のある曲調。が、ここからなにやらリズムを変える。 ♪カクテルグラスに君の吐息が溶ける サザンクロスが君の目に映る シーツの海に君が溶ける 天国はここにある ティルナローグのスイーツナイト 突然、ロックギター顔負けの超速弾きへシフト。激しく魅せ、さらにノッたか緩急自在。下に落ちる帽子。真世とコクリも声を合わせる。 そして、髪を跳ね上げるようにのけぞりフィニッシュ。 「そんじゃ皆さんエエ夜を」 あっさり引き上げるジルベールに、客席からヒュッ、と口笛の声援。帽子を回収した真世がぺこぺこお辞儀しながら続いて退散するのだった。 その頃、もうひとつのステージの裏。 「いやぁ‥‥。確かに楽しいが、圧倒されるな」 周太郎が口の端をゆがめていた。 「で、水奏‥‥えーとな、何だこの状況。どうしてこうなった」 「雑技団の小さなお仲間から期待されてしまいましたからな」 くすっ、と水奏。確かに、在恋に出演するのか聞かれ「歌に御座いまするか? 会場で盛り上げるようなものは歌えませぬが‥‥」と答え、ちらっと周太郎を見た。――見たのだ。この返事が、「‥‥え。歌‥‥やるのか? いや、準備もへったくれも無いのに‥‥ま、良いか」。きっちりOK返事してるじゃないですか、周太郎さんっ。 ともかく、しっとりした前奏が始まった。ステージに出る二人。 ♪月下で共に咲かせたい 蝶よ鳥よ、想い風乗せ届けておくれ 二人並んで出て、まずは水奏。周太郎を流し見る。 ♪月の隣に寄り添いたいと、花もまた風を受け 願いを受けて漸く咲いた、白い椿と紫羅欄花 きっちりついていく周太郎。視線を受け止める。 ♪風を孕んで寄り添い揺れる。今宵も想い紡いでいこう 最後は、二人一緒に。(ふふっ、告白の時を思い出しますな?)と、悪戯っぽい水奏の笑み。(何か照れ臭いな。俺がやっと素直になった時を思い出すよ )と彼女の視線を受け止めた周太郎の瞳。柔らかな雰囲気に、これを見ていた在恋がそわそわし始め前然を横目で見たり。恋に焦がれる人の心に、より響いたようだ。 さて、ここで前然たち香鈴雑技団の面々が沸いた。 タンクトップに短パン、靴片方は鈴付きのからすが出てきたのだ。続いて雑技団の陳新と皆美、そして「香鈴の蒼兄ィ」こと蒼羅が登場する。 まずは、キーボードの蒼羅から。 「音の大海に呑まれるがいい」 妖しい笑みとともに、からすがエレキヴァイオリンのしっとりとした、いや、重い旋律で続く。 曲名は、「弦奏水龍舞」。 やがて変調して皆美のギターと陳新のドラムが合流。海中深く引き込む音調から、暴れる水龍のイメージに。左肩口から優雅に弦を引いていたからすは、足の鈴を鳴らして清らかなアクセントをつける。速弾きの暴れバイオリンに移ったかと思うと、やがてまた深淵に。ギャーン、というヴァイオリン、ギターの高音は水龍の鳴き声か。静まる観客。広がる静寂。最後に、からすが天を仰いだまま足の鈴をひとつ鳴らし、締めた。 「終わった、のか」 誰かがつぶやいた。からすも今、現世に意識が戻ったようだ。 今度は4人が拍手の渦に呑まれる番だった。 ● 「あ、あのっ‥‥。そろそろ準備しませんか、父様」 客席で、雪ノ下真沙羅(ia0224)が振り返っておどおどと言った。藍色の三角ビキニに収まりきらない胸が揺れる。 のんびりソファにくつろいでいる犬神・彼方(ia0218)が一笑する。黒ビキニのトップにデニムパンツ姿の細身で、しなやか。って、彼方さん。全身に刺青が入ってますが‥‥。「構うこたぁねぇさね」って、はいそうですか。 「真沙羅のようにあせることはないが頃合かもだぜ、旦那」 黒いビキニを堂々と着こなす北條黯羽(ia0072)が、よっ、と身を起こす。なんというか、言動からしてエロカッコ良い。 「母上の言うとおり。さ、行こうか」 暗い赤のホルターネックに、下の黒いホットパンツはひとつ小さく白い蝶が舞う。痕離(ia6954)が真沙羅を連れてステージ裏に向かう。 「しょーがねぇぇな」 ようやく、彼方も動き始める。 バンド「狗璃華羅」の出番はあとちょっと。 ● 舞台のお次は、ジークリンデ。 鈍猫がドラムを乱打すれば、瑞鵬がエレキギターでゴキゲンに。林青は重くベースラインを刻んでいる。 (‥‥やっぱり、恥ずかしい) ちょっと内股、おどおどと歌いだすジークリンデ。今にも気絶しそうな様子に、バックダンスの泰猫隊がしきりに絡んで元気付ける。 「姉さん、忘れ物ですゼ」 泰猫隊の一人が、ジークリンデに手渡した。彼女が使い込んでいる魔術書だ。 (そう、魔法。小鹿のようにおびえる私じゃなく、アヤカシと戦うもう一人の私――) かっ、と青い瞳が見開かれたッ! ♪世界の秘密をこの手に 新たな大地にアークブラスト ひとつ飛び跳ねてから低音を利かしたシャウトで前に出る。内股だった足は羞恥心とサヨナラし、時に蹴り上げ時に踏みしめと自由自在。動くたびに横からこぼれそうな豊かな胸が揺れる・揺れる。当のジークリンデは気にすることもなし。泰猫隊を指揮するような堂々とした姿はエロカッコ良かった。 そして、プールステージで花火が火柱のように上がる。 両手を挙げそそり立つ人影は、黒い肌にドレッドヘア、厳つい顔は南国系ミュージシャンそのまんまのヴァン・ホーテンその人ッ! 今、奇声を上げるとドラムに収まりリズムを取る。 「ワンツースリー・フォー!」 ――ドッ・ギャーンッ! 手前横を固めるリードギターのサイモンが、アロハと水着をワイルドに着こなした体をくの字に折って一発かました。逆サイドでは、コクリが小さな体でけなげにベースメロディを繰り返している。 そしてその前、黒いゴスゴスロリロリしたワンピで身を包んだノクターンが、白く細い腕を上げた。 「アドウェルサの『光のために』、聴いてくれッ!」 バンド名と曲を紹介して、入った。ちなみに作詞はサイモンだ。 ♪黒い闇さすこの天儀(ほし)で光求めてる人々と 黒い闇さすこの天儀(ほし)に未来(あした)はあるの? 速いテンポで勢いがある。聴く人を勇気付けるような、そんな音楽世界。ギターが刻むッ、ドラムが弾けるッ。ヴォーカルのノクターンが前にすたすた出て両手を広げ観客に聞き、ノッてるかいと指差確認。指差されたあたりの観客は拳を突き上げざっくり開いた背中を見せる彼女に応える。ノクターンの方は、背中越しにウインク☆ ♪そのためにならば私は何にもくじけない どんなに苦しみが待ってても私は止まることはない止まれない! 力がこもるノクターン。作詞のサイモンも熱がこもる。つなぎ部分の歌詞だが、むしろここに特別な思いがあるようだ。 「コクリ、楽しまなくちゃ損だぜ☆」 ノクターンは間奏の隙に、余裕のないコクリを気遣ったり。 「そうそう。魂が大事なのデス」 ヴァンも視野が広く、コクリを勇気付ける。 ♪黒い闇さすこの惑星(ほし)に光を取り戻すこの私が 明るい未来(あした)取り戻す戦い(はしり)続ける! 大きな世界観を表すような奥行きの楽曲。最後の見栄切りで、曲に負けない分厚い拍手がわいた。 「ほら、コクリちゃんもありがとさん」 みんな仲間だとばかりにギターを捨てたサイモンがノクターンとコクリを両脇に促しながら、プールにざばん。負けてなるものかと観客側からも数多の水柱が立つのだった。 って、ちょっと待った。 「続いてミーのソロライブ! 轟け! 熱き魂!」 残ったヴァンがぼえ〜♪ っと歌い始めてますよ。 「おっさん、よしとけって」 あわてて上がった仲間に引きずられ強制撤収されたり。最後にコクリがぺこりと一礼。 ● 今度は、アルーシュとグリムバルドが登場。香鈴の歌姫・在恋も一緒だ。 「大丈夫。お揃いのパーカーを羽織ってオレンジのサングラスを掛けたら、ほら」 度胸のない在恋に、色眼鏡をずらしてにっこり微笑むアルーシュ。 「グリムも一緒に、ね」 「ルゥとお嬢ちゃんより下手に決まってるんだが。‥‥ま、楽しむとするか!」 奔放快児がごとく思い切りがいい。ルゥがショルダーキーボードで在恋と一緒にヴォーカルも。グリムはギターで恋人を支える。 ♪三割増しカッコ良く見えるのは 海の魔法? 波に背を押されて 私あなたに飛び込んでいいかな 曲はアップテンポな恋の歌。乙女心を歌声に乗せて。観客席から視線を外すと、グリムとルゥは悪戯っぽく微笑んだ。 「飛び込んで前に来い、雑技団」 そんなアピールをするグリム。 そして二回目の歌詞で、何と。 「えいっ」 ルゥが、本当に在恋の背中を押した。きゃっ、と悲鳴を上げて在恋が飛び込む先は、密かに恋焦がれる前然の元。 前然、見事キャッチしびったり在恋と抱きつく。囃し立てる観客。真っ赤になる二人。あまりの展開に動けない魔法にかかったように抱き合ったままだ。 「きゃっ」 悲鳴は、舞台の上でも。 「じゃ、ありがとう」 曲を終えたグリムが、ルゥをひょいっとお姫様抱っこして退散したのだ。またも囃し立てる声。って、観客もこの機会に恋人をひょいっと抱き上げたのがいたとかいなかったとか。 「じゃあ次、歌っていいかな」 舞台は再びアイドルライクに。 カクテルライトに浮かぶは赤毛を三つ編みの神音。ワンピース水着は可愛いフリルでズキ・ドキッ☆ ♪あなたの瞳は夜の海〜 月明かり受けながら静に輝く〜 でもときどき見せる激しさが〜 私の心を揺さぶるよ〜 ロック調で、甘みの残る歌声を精一杯響かせる。っていうか、えらく思い入れがあるようで。動きまくってるうちに三つ網が解け癖っ毛がぶわさっと広がる。だんだん、動きも大胆に。 ♪私はまだ子供だけど〜 いつか立ちたいあなたの横に〜 歌い上げると、思いっきりシャウト。 「センセー愛してるー!」 ざばーんと飛び込む神音。 「センセーって誰ー!」 観客も悶絶しながらどぶーん。 ● そして今度はステージにスモークが分厚く這う。 出てくる影は、女性ばかりの四人編成。ドラムの真沙羅にベースの彼方、ギタリストの黯羽に、ヴォーカル痕離。ラストは和風ロック『狗璃華羅』だ。 「今夜はいい夜だ‥‥。一つ、僕らにお付き合い願えるかな?」 痕離の一声で会場はヤーの合唱に拳突き上げ。真沙羅がドダダンと胸を揺らしてドラムを叩くと、彼方も黯羽も縦ノリ全開、激しく行くぜ状態。 ♪君を思う涙が無ければ もう熱は届いている筈なのに スタンドマイクに身を寄せるように、切ない恋心を歌う痕離。勢いだけで逃げない、しっかり雰囲気を作れる歌声が響く。時折、スタンドを傾け両手で抱くようにも。ベース兼サブボーカルの彼方が声を合わせてくる。ベースで低音を中心に、重く、速く、リズムを刻むのはいいが、圧巻はその歌声。女性としては驚きの低音で曲に厚みをもたせる。 そして、間奏になればギターの見せ場。黯羽はソロで速弾きを披露。速さを言い訳にしない、丁寧に音を追う姿勢はいかにも仕事師然としている。今、彼方が加わって背中合わせでギュンギュンやる。あるいは戦場でもこうなのか。背中押しで力が入るのは、音に微妙な力強さを伝えるため。手抜きのない音に観客も立ち上がって口笛で賞賛する。 やがて再び痕離が前に躍り出る。真沙羅も改めてドラム。ぶるぶる震える胸は、やっぱり包みきれないトップのせいか。軽快なスピードを見せていたが、曲の盛り上がりに合わせてバスドラを踏み抜く勢いで強く。 切ないはずの恋の歌は、いつの間にか新たな恋へと向かう希望の歌へ――。 ズダダン。 最後に、夜空を焦がすかのような花火が上がった。 ● 「‥‥さん。りょうさんってば」 「ん、あ?」 真世に揺すられ、テーブルに突っ伏して寝ていたりょうが目覚めた。どうやら途中でカクテルを飲んで寝てしまったらしい。 「もー。瑞鵬さんが言ってた通り、お酒に弱いんだから」 「『かくてる』なるものが酒だとは思わなかったな」 ライブが終わって皆飲んでいるが、寝てしまったのはりょうだけだったり。 「しかし、眺めているだけで心地好いものよ」 水奏たちが泳いでいる。秋桜がきゅ〜っとお酒を傾けている。和奏も満足そうだ。千亞はケーキバイキングにご執心。アグネスがやってきて、真世にAAFOの話をとっくり聞かせ始めてたりも。 「盛り場もたまには良いな」 そんな南国リゾート、ホテル・ティルナローグ。 |