ただひとひらの涙のため
マスター名:瀬川潮
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 6人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/08/06 20:19



■オープニング本文

「くしゅん!」
 神楽の都の往来で、妙齢の女性がくしゃみをした。
 背中の帯の結び目は、袋雀。結い上げた黒髪が振り返る。白く細いうなじと、髪の生え際でしとやかに跳ねる産毛。伏し目がちの長いまつげも印象的だったが、頬を伝う涙が光っていた。
「来たぁぁーーーーーッ!」
 突然立ち上がって吠えたのは、貸し本絵師の下駄路某吾(げたろ・ぼうご)。どうやら先程の女性の涙に燃える浪漫を見たようだ。
「描くぞ、描くぞ、描くぞぉーッ!」
 走り出す。
 ひたすら走り出す。
 目指す先は‥‥。
――がらぴしゃーん。
「そんなわけだ。ぜひ、ただひとひらの女性の涙のために命を懸ける漢の中の漢の話を書いてくれっ!」
「ち、ちょっと下駄路センセイ。一体どうしたんですか。厚木遅潮(あつき・ちしお)師匠には取り次ぎますから、落ち着いて一から説明してくださいよう」
 貸し本作家・厚木の自宅に飛び込んだ下駄路は、厚木の弟子の小林少年(こばやし・しょうねん)になだめられていた。
「何っ。女性のひとひらの涙と聞いて何も感じるものがないのか、貴様それでも潮の弟子かッ!」
「そんなもの聞いただけで一から十まで分かるわけないじゃないですか」
「わははは。少年よ、未熟じゃ未熟じゃ」
 顔をゆがめる小林の背後で、どぴしゃーんと襖が開いた。わははと厚木が仁王立ちしている。今日もゴゴゴと瞳が燃えている。熱血漢である。
「よし。さすが遅潮。では行くぞ、新たな物語執筆のために!」
「おおよ、下駄路。ただひとひらの美女の涙のために!」
 そんなこんなで、肩を組んでどこかへ出掛ける二人だった。
「また留守番ですね〜。お任せ下さい〜」
 これを慣れた風に見送る小林であった。

 そんなこんなで、貸し本新刊執筆のため特に必然性はないがアヤカシ退治に連れて行って欲しいという作家と絵師のわがままを聞いてもらえる開拓者、求ム。
 運良くというかなんというか、ちょうど過去に大鼠を退治した村で討ち漏らした一匹を発見し蔵に閉じ込めているので村に被害がないよう止めを刺して欲しいという、若干依頼者からの持参金の少ない依頼がある。下駄路と遅潮はこの依頼の追加出資者となることで開拓者の活躍を直に見て新作を書きたいのだという。つまり目的は、アヤカシの退治と下駄路らに開拓者の活躍を見せること。

 しかし、後にこの蔵には、大昔に一族の娘が禁断の恋に落ち悲恋の末軟禁され自ら命を絶ったという伝説があると判明。閉じ込めたはずの大鼠は一匹のはずだが、複数いるような妙な音がするなど予断を許さない情報が寄せられることとなる。
「むしろ好都合。燃えるッ! 燃えるぜッ」
「愛と勇気と悲劇とが静かに眠る蔵の中ッ! 合体だ、絵画はゴー合体だッ」
 ‥‥どうやら厚木と下駄路はますますやる気になっているようで。


■参加者一覧
千王寺 焔(ia1839
17歳・男・志
水津(ia2177
17歳・女・ジ
星風 珠光(ia2391
17歳・女・陰
エメラルド・シルフィユ(ia8476
21歳・女・志
ルエラ・ファールバルト(ia9645
20歳・女・志
千亞(ib3238
16歳・女・シ


■リプレイ本文


「娘の涙とアヤカシに一体どういう因果があるのか甚だ理解に苦しむ。ついでに、私は漢(おとこ)ではない。が、鼠退治の方は任された」
 依頼のあった村で、エメラルド・シルフィユ(ia8476)がぴしゃりと言った。
「いや、貴女はそういうが、貴女の瞳には強さがある。なるほど、漢に違いないが女性に漢も失礼だな」
「おおよ、下駄路。困った人を見ればいきさつや因果関係は置いておく、ただ困難を排除するのみ。これを漢といわずして何と言う」
 エメラルドの様子に感心した下駄路と遅潮だが、ちょっと待て。女性に失礼とか言っときながら漢のままかい。
「目的は蔵の中のアヤカシの殲滅だな」
「ボクは基本的に攻撃より光源が役割かなぁ」
 無駄なく手短に言うのは、千王寺焔(ia1839)。隣の星風珠光(ia2391)もとぼけた風に言うが無駄口はたたかない。
「おおおおおっ、漢ッ! ニヒルに クール に燃えておる。これでこそ戦う仲間ッ! 六人いるのだから皆が同じようであれば読者は誰が誰だか分からなくなる。がっ、ここに集った戦士たちはなんと個性豊かな漢ばかりのことよ」
「しかし下駄路よ、六人中五人が女性であるな」
「何、せっかくなので新境地を開拓すればよいこと。ほれ」
 下駄路は半紙を取り出し筆に墨をつけるとさらさらと振るった。
「ほう」
「へえっ」
 太い主線に切り絵もかくやの鋭さで筆致の末尾を仕上げたエメラルドの横顔は瞳に強さが宿り、それより頬などの丸みを押さえ細面にまとめやはり鋭い眼光を斬りつけるような筆捌きで描いてあるのが焔。珠光は主線を二人よりやや細めにし、瞳は丸く大きく知性と好奇心にあふれているような感じで表現していた。
「ともかく、蔵の中では事前の話し合いの通り連携して円陣を組み包囲して順次倒す、という流れでしたね。それに従い、私も動きますので」
 こほん、と咳払いしてからルエラ・ファールバルト(ia9645)が話を戻した。
「ふうむ。冷静じゃ。そして、大人の女性といった雰囲気‥‥」
 さらさらっとまた下駄路の手が動く。面長で顎を軽く引いた落ち着きある様子をゆるりと流れるせせらぎのような筆運びで表現していた。描いたルエラの瞳は、「思いやり」を連想させる柔らかさだった。
 一方、遅潮の方は「おおっ。圧倒的な戦力で包囲殲滅するのじゃな」と戦術燃えしていたり。
「下駄路さんと遅潮さんに熱いいんすぴれいしょんを感じていただけるよう頑張りますっ」
 その横でにっこりたたずんでいるのは、千亞(ib3238)。白いウサギの耳が可愛らしい。下駄路と遅潮が目を向けると、「初めてのお仕事なのでドッキドキですっ☆」とまた可愛らしく。
「こ、これは燃えるというか萌えるというか‥‥」
「弟子の小林少年がおったら歓喜しておったろう」
 ともかく、さらさらと下駄路。淡いを残す柔らかい線で表現していたり。
「確かに新境地ですね、ずいぶん絵柄が違います‥‥」
 大きな眼鏡越しに呟くのは、水津(ia2177)だ。熱心に下駄路の書いた開拓者たちの絵と、自分の持っている貸本「絶対練力! カシホンガー」に描かれた絵を見比べていた。「恋愛小説読者」で鳴らす彼女にしては珍しい本を持っている。というのも、その娯楽活劇「カシホンガー」は著者・厚木遅潮、下絵師・下駄路某吾となっているからだが。
「耳の前の髪が直角折れになってたり、やたら太眉だったり、暑苦しい男ばかりだな」
 どれどれ、とエメラルドが覗いてみる。
 内心、自分の絵が太眉で描かれなくてほっとしたのだった。
「ともかく、私は華やかに焔の花を咲かせ華々しく動いて物語と絵画を彩る一助にと思っていますよ‥‥」
 ぽむ、と本を閉じ水津はふふふ。下駄路はほわわんとした眼鏡の女の子をしっとりとした線でまとめていたのだが、肝心の水津がさっきまでのおどおどした感じはどこいった状態だったり。燃えるとずいぶん印象が変わるようだ。


 それはともかく、大鼠を閉じ込めているという大きな蔵の前。
「鼠って、どのくらいのおっきさなんですか?」
 ぴょんと跳ねて膝を折り、千亞が村人に聞いたみた。
「そりゃ娘さん、こんげえに大きゅうて」
 両手を肩幅程度に広げる村人。
「それじゃあ、おひげもきっと長くて、きっくとかされても痛そうですね」
 千亞の話を聞きつつ、近くにいたエメラルドがぶるっと身を震わせ両手で肩を抱いていた。
「ん? どうしたの」
 エメラルドの様子に気付いて、珠光が橙色の瞳を丸めた。
「い、いや。なんでもない。村人が困っているのだ、何とかせねばな」
「まあっ、そうなんですか」
 ごにゃごにゃ言うエメラルドの脇で、千亞が両拳を口の前に当てていた。
「ああ、そうじゃ。『裕福で何でも手に入る人に寄り添うより、私は何も持ってない私を必要としている人のもとに嫁いで幸せを築いていきたい』と政略結婚を拒んだんじゃ。そして家柄の劣る男と駆け落ちでもする勢いだったので、ついには蔵に‥‥」
 どうも、この蔵に閉じ込められ自害したという女性・梅華にまつわる情報収集をしていたようだ。
「そ、その梅華と幼馴染だったという男はどういう人物だったのでしょう‥‥」
 こういう話は大好き、水津も寄って来て眼鏡の位置をくいくいと整えながら、好奇心で大きな目を見開いて先を促した。
「その男はもともと美男子での。家の出は平凡じゃったが寄せられる縁談は多かった。‥‥しかし、当然この男、晴介も梅華を好いておるから首を縦には振らん。ついに、梅華の父が介入し晴介のお家にとっては破格の家柄の縁談を持ってきて彼の親を手篭めにしてまとめてしまった。それを知った梅華は‥‥」
 ここで村人は、くっと自らの首を吊るすような手振り身振りをする。つまり、そういう結末だ。
「それで、その男はどうした?」
 って、焔さん。あなたもこういうの好きなんですか?
「ひどく悲しんだらしい。後追い自殺をしようとしたこともあったそうじゃが、遺された親族のことを考え天寿を全うしたそうじゃ」
「そうか‥‥」
 焔、天を仰ぐのみ。大切な兄弟を理不尽に失ったことがある者として、感じるところがあるのかもしれない。
「可哀想ですねぇ」
 はらはら聞いていた千亞は、ついにほろりとひとひらの涙をこぼす。
「おおおおっ、絶対に何とかしなければ」
「おおよ。そんな悲しくも美しい話の眠る蔵を、アヤカシなどに汚されてたまるものかよぅ」
「そうですね。大鼠を倒す際、蔵の中にあるものが汚されてはなりません。また、蔵の中はせまく、太刀筋が制限されます。ゆえに強力な武器は不向き」
 女性の涙に燃えに燃える下駄路と遅潮を制するように、ルエラがでてきた。手には又十手。破壊力の少ない武器でわざわざ大立ち回りする理由を説明した。
「むむむっ、戦況に応じて戦術自在。これぞ燃える『絶対練力! カシホンガー』の主人公」
「遅潮、それは男性開拓者の貸本英雄だ。女性開拓者の貸本英雄を新たに考えないと」
 新作を生み出す作業というのは、かくも大変のようで。
「ともかく、心眼ではアヤカシは四体です。あなたたちはどうです?」
 ルエラが話を振った。
「貴公と同じく」
「あんたと一緒だな」
 心眼索敵したエメラルドと焔が頷く。
「ここではホントに火気厳禁だねぇ。‥‥よし。じゃあ、開けて」
 白塗りの壁に貼ってあった「火の用心」の張り紙を見てしみじみ言った珠光が、村人に指示を出した。
 さあ、突入だ。


 ぎぎぎ、と重い扉が開く。中は暗くじめじめしていた。
 ぼうっ、と明るくなったのは、珠光が夜光虫を放ったため。続けて出して光源とする。
「アヤカシは確かに四体‥‥。いや、五体です」
 瘴索結界を張り巡らせた水津が報告したとき、開拓者たちはとんでもないものを目の当たりにしたッ!
「上か」
 上下からの襲来もあると踏んでいたエメラルドが、見上げたまま表情を硬くしていた。
 その視線の先にはなんと、白い足の先をのばしたまま宙に浮く半透明の首吊り死体が出現していたのだッ!
「予想はしていましたが‥‥」
 ルエラが息を飲んだ。別の言い方をすれば、「聞くんじゃなかった」。悲恋に同情をした分、舌をだらりと垂らし白目のまま宙に浮いている姿に痛々しさを感じる。
「大鼠が来ますよ‥‥」
「いやああぁぁぁん!」
 水津の言葉と同時に、エメラルドのえらく色っぽい悲鳴が響いた。見ると、上ばかりを気にしていた隙に右手から大鼠に飛びつかれていた。手盾で防いで無傷のはずだが、一体どうしたのだろう。
「ね、鼠、鼠っ。‥‥ねずみって、きら〜い」
 あああああ、エメラルドさんいったいどこ狙ってぶんぶん剣を振ってんですか。足も内股で力が入ってないし。
 そして、ここからは展開が速いッ!
「ぐっ‥‥。あんたらは隠れていろ」
「な、それではよく見えないではないか!」
「こらえろ、下駄路。彼は何か目に見えない攻撃を受けた様子じゃ!」
 焔が危険を察知し遅潮と下駄路を首吊り死体――恨み姫から見えない行李の棚の影に押しやった。その間に呪声を食らったようで、遅潮と下駄路の文句も力が無く素直だった。
「我が式神よ‥‥天護を模り敵を討ちなさい!」
 夫と入れ替わりに前に出た珠光が呪殺符「深愛」を取り出し、招鬼符を放つ。鬼の姿をした――いや、彼女の朋友である人妖にも似ているか――式が出現し飛んでいくと、くるくる回って手にした死神の鎌状の武器で恨み姫に斬りつけた。
「咲き誇りなさい焔の花‥‥。暗闇を照らしアヤカシを養分にし華開くのですよ‥‥」
 突然の炎が眼鏡の表面に映り込む。水津が派手に浄炎を放ち大鼠を燃やす。物に延焼しない安心感、明かりにもなる利便性から一撃で屠ってもぎらりと光る眼鏡を巡らせ次の獲物を探す。この様子に燃えるものを見た下駄路と遅潮は大喜びだったとか。
「大鼠、そっちいきましたっ」
「苦心石灰」
 千亜の声に反応し、ルエラは又十手を掲げて呪声対策をしてから一気に前進。今度は又十手が透き通った瑠璃色の精霊力でほのかに光る。大鼠が攻撃するため寄ってくるのを幸いに、その攻撃を避けようともせず又十手を腰溜めに体当たり。どだんと蔵が揺れ棚からほこりが舞う。大鼠、一撃消滅。
 一方の千亞は、別の大鼠が蔵の外に出ようとしているのに気付いた。
「逃がしませんよっ」
 早駆で回り込んで通せんぼ。
 大鼠は驚き、きびすを返しわざと行李などの障害物を越えて逃げる。
「兎だからって甘く見ないでくださいっ!」
 近くにあった腰の高さの棚を足場に、一気に跳躍。柔らかい体で空中で体勢を立て直すと、そのまま大鼠の上にど〜ん。拳を固めた飛手を叩き込んで消滅させた。
「これ以上湧き出されても困るしねぇ」
 恨み姫への追撃を狙っていた珠光だが、にっと微笑してから攻撃を止めた。代わりに地面に手を付く。黒い浴衣と赤い髪が一瞬白く染まった。瘴気回収だ。
 そして、対恨み姫。
「俺をしつこく狙うか」
 焔が双剣を左右に展開し、紅蓮紅葉の紅い紅い燐光が散り乱れる。
 そして単身突貫。
「おおお、決着かッ!」
「下駄路さん厚木さん大丈夫ですか‥‥? 熱中するのはいいですがそこから出ないでくださいね‥‥」
 突っ込んだ焔のいた場所に、今度は水津が交代する形で入り二人を抑える。珠光、焔、水津の見事な連携だ。
 そして、紅蓮紅葉に沈む恨み姫。
「もう苦しいことに悩まなくてよいのですっ。来世で幸せになれます、絶対っ! だから‥‥成仏してください、ね」
 元梅華だったアヤカシの最期に、千亞が胸の前で両手を組んで一生懸命願いを届けていた。
「まったく、恥をかいた。これでは良い見世物ではないか」
 ふうっ、とエメラルドも冷や汗をぬぐっていた。何とか普段の自分を取り戻し、自分に色っぽい悲鳴を上げさせた大鼠を屠ったようで。
「ま、まあ期待に応えられたのなら光栄か」
 とは言うが、顔は先に使った炎魂縛武のように紅かったり。
「で、結局悲恋の娘はどう関係しているのだ?」
「アヤカシが入ってきたことがきっかけで、この蔵に充満していた悲しみが実体化したのであろう。‥‥あるいは、この蔵に充満した悲しみがアヤカシを呼んだのかもしれん。ま、そのことで討ち漏らしたアヤカシを無事に閉じ込めることができたとも言うのかもしれんがな」
 不満そうなエメラルドにそう説明する遅潮。って、なぜにここだけいっぱしの作家口調なのか。
「遅潮先生。あの、お願いがあるんです」
 そんな遅潮に、胸の前で両手を組んだ千亞が話しかけるのだった。下駄路の方には、水津がなにやら話しかけていた。どうやら一人の本好きとして、創作談義に花を咲かせているようである。


 後日。
「へえっ。これがあの二人の新作貸本かぁ」
 開拓者ギルドで、珠光が一冊の貸本を手にしていた。
「『純愛練力! カシほわリンズ〜悲恋の白い蔵』‥‥」
 タイトルを読んで、焔が笑顔を引きつらせる。
 内容としては蔵にまつわる悲恋と、今回のアヤカシ退治が描かれている。六人の開拓者は、先に下駄路が描いた画風で挿絵として登場し、なんとも見栄えがする。
「タイトル以外はまともなんですね」
 ルエラが意外そうに言う。
「私が好む作風とは少し違いますが‥‥。まあ、頑張ってくれましたかね、タイトル以外‥‥」
 水津は、冒険活劇だけではなく、自分の主張した悲恋伝説にもしっかり枚数を掛けていたことがうれしかったようだ。
「ああ、遅潮先生。ありがとうございます」
 るん、と嬉しそうなのは千亞。どうやら、禁断の恋が実っちゃうようなハッピーエンド希望し、それが叶っているらしい。
 物語は、蔵の中に出た恨み姫がこうしゃべっていた。
「姉はここで死んだと偽りの情報を流し、相思相愛の晴介と駆け落ち。残った私は一生この家系のために尽くし死してもここを守ると決めた。選ばれた戦士・カシほわリンズよ。ありがとう。大鼠をおびき寄せ、倒してくれる者が現れるのを待っていたのだ」
 つまり、物語中は敵である大鼠が増量し、恨み姫は開拓者たちを模した正義の使者・カシほわリンズとともに戦った、お家の守護者として描かれていたようで。相思相愛の二人が、手を取り合って駆け落ちする絵も載っていた。
「別の村に、日当たりの良い場所に美しい枝振りの梅の木がある。根元にある石碑の文字はかすれて読めないが、これが梅華と晴介の墓であろう――か」
 貸本を胸に抱き、つま先立ちでくるりん、と。
「お。新作貸本とやらか」
 そこへ、エメラルドがやってきた。
「自分達がモデルとなると些か照れるな‥‥。どれどれ‥‥?」
 と、いきなり真っ赤になるエメラルド。
「な、なぜに私だけ服がはだけているか。しかもこんな大きな絵でっ」
 どうやら大鼠に襲われたときにエメラルドの服がなぜか派手に破れたということになっているようで。
 そのおかげかどうかは不明だが、一部に大変評判らしい。