【香鈴】妖怪メツツキ
マスター名:瀬川潮
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 6人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/07/20 22:28



■オープニング本文

「しょもふーって、ほとんど喋らないのね」
 泰国はある小さな村の近く。香鈴雑技団の在恋は雑技団のもふらさま「しょもふー」を撫でてやっていた。しょもふーはといえば、気持ち良さそうにあくびをするだけだ。
「ね、しょもふー。私たちこれから、海に行くべきなのかな。それとも山に行くべきなのかな」
 在恋は再び聞いてみる。しょもふーは相変わらず気持ち良さそうにあくびをするだけ。
「撫でるの止めてみたらどう?」
 そこへ紫星がやって来て言う。「そういうものじゃないと思うけど」と振り返る在恋だが、おかげで撫でる動きが止まった。
 するとしょもふー。目を閉じて本格的に体の力を抜くのだった。すぐさま、寝息が漏れ聞こえ始める。
「なるほど。寝るか」
 これはこれで凄い技能かもしれないと目を丸め感心する紫星。
「うーん。しょもふーも仲間なんだから、一緒に考えて欲しかったのにな」
「のんびりできる場所ならどっちでもいい、ってことじゃない」
 肩を落とす在恋に、やれやれと肩をすくめる紫星だった。
――一体、何事か。
 実は香鈴雑技団。
 次にどの町に行くかで迷っていた。
 今回、海辺の町と山麓の町の紹介状を書いてもらったている。
「どっちに行く?」
 最近の雑技団の悩みであった。
 相談の結果、海辺の町に決まりそうになったのだがリーダーの前然がこれに反対した。
「理由は何だよ」
「いや、山もいいもんだよ」
 と、自信なさげな前然。意気込む兵馬と対照的だ。とりあえず保留のままこの村に着いたのだが、いいかげん決断しなくてはならない。
 それはともかく。
「おい、大変だ」
 前然が、しょもふーの寝姿を見ている在恋と紫星のところにやって来た。
「闘国がいなくなった」
「何だって!」
 顔色を変える烈花。
「あいつ、村の力仕事を手伝ってるんじゃなかったのか?」
 実は闘国。旅の行く先々で、公演や練習のない日の多くは、日雇いの力仕事で稼いでいた。
「ああ、そのはずだった。それが、消えた」
「あいつは無責任に役目を放棄する奴じゃない!」
 いきり立つ烈花。
「それは分かってる。何かあったに違いない。‥‥陳新と兵馬がすでに聞き込みをしてる。俺たちも探すぞ」

 結局、闘国は古い山道に入っていったことが分かった。
「近くに住む幼い女の子と話して一緒に山に入ったらしいゼ」
「闘国が、ひとりで山に向っていた女の子を不審に思って声を掛けて止めたらしいんだ。でも、走って行ったんで追い掛けたって話。僕たちも山へ探しに入ろうとしたんだけど、最近妖怪が出るようで止められたんだ」
 聞き込み結果を話す兵馬と陳新。
「ごめんなさい。阿明(アミン)はきっと、数日前から山に行って帰ってこない父を探しに行ったんです」
 娘の母親が取り乱しながら説明する。
 どうやら件の山では、古くから数年に一度、妖怪が出るのだという。「妖怪も縄張りを何年かに一度見に来るのだろう」とその年だけ、山に入らないのが習わしとなっている。
 妖怪の正体は、「メツツキ」と呼ばれるカラスのような黒い鳥である。習性は、人を見れば十羽程度が群れを成して襲い掛り、まずは目玉をくりぬいて食らおうとするという。
「ほかの者も目撃したという。間違いあるまい。阿明の父親は帰らないまま日にちがずいぶん経過しておる。可愛そうじゃが絶望じゃろう。何とか阿明は‥‥いや、君らの仲間も無事に保護したい。開拓者を雇うしかないが、果たして間に合うか‥‥」
 付き添っている村の長が力強く付け加えるが、いくら開拓者に頼んでも募集から到着までの時間はいかんともしがたい。妙に今回は数が多いという情報もある。山の道にうろついたり乱れた足跡が多くなっている、村にカラスが多い、野ウサギなどがいつになく村近くの里山に多くなっているなど、ほかの情報もこの機会に伝えた。
「ご安心下さい」
 ここで口を開いたのは、前然だった。
「実は、開拓者を私たちで雇っています。頼んで救助に向かってもらいます」
「おお」
「なんとまあ、ありがたい」
 村の長と阿明の母の表情が明るくなった。
「開拓者を呼んだの、本当はワタシたちが海に行くか山に行くか一緒に考えてもらうだけだったのにサ」
「しっ。駄目だよ、烈花。そんなこと言っちゃ」
 前然の後方では、こっそり烈花と皆美がそんなやり取りをしていたりするのは、もちろん秘密だ。
 ともかく、隠れていると思われる二人の無事の保護が望まれている。


■参加者一覧
紬 柳斎(ia1231
27歳・女・サ
煌夜(ia9065
24歳・女・志
霧咲 水奏(ia9145
28歳・女・弓
宿奈 芳純(ia9695
25歳・男・陰
琥龍 蒼羅(ib0214
18歳・男・シ
花三札・野鹿(ib2292
23歳・女・志


■リプレイ本文


 のんびりした依頼を受けて現地入りした開拓者。しかし、彼らを待っていたのは闘国が行方不明だという緊急事態だった。
「香鈴の皆とゆるりと過ごせると思えば‥‥」
「弓姉さん、ごめんね」
 深刻な顔で呟く霧咲水奏(ia9145)に在恋が言うが、水奏は一転にっこりと微笑。在恋を安心させてやる。
「二人の捜索が優先ではあるが、山へ向かう前にもう少し情報を集めておいた方が動きやすいな」
 その間にも琥龍蒼羅(ib0214)が屋外へと親指を立てた。「蒼兄ィ、俺も行く」と兵馬が立ち上がり、すっと紫星も続いた。蒼羅は迷ったが、村内ならばと好きにさせる。
「鴉に似たメツツキ、か。村にやけに多いっていう鴉も警戒しないとね」
「さすがステラ姉ェ」
 いつもの余裕のある表情から一転、キリリと首を巡らせる煌夜(ia9065)に感心する前然。親しみを込めて、前に聞いた秘密の名前の方で呼んだ。煌夜の方は、「当たり前でしょ」と一言。目尻を下げて、胸を張っている。その様子を見て、前然もうれしそうだった。
「よし。一刻を争うが一応村内に鴉のアヤカシがいないかどうかを確認しよう。‥‥すまぬが拙者は諸君らと初めてだ。闘国の姿や特徴を教えてくれ」
 サムライの紬柳斎(ia1231)も立ち上がる。世話好きの針子、皆美が「えっとですね」などと説明を始めた。
「私もおまえたちとは初めてだ。‥‥が、メツツキか。早く闘国達を保護せねばな。うむ!」
 志士の花三札・野鹿(ib2292)も寄ってくる。
「私は、山中の情報を詳しく聞いてきましょう」
 ぽん、と黄泉笏を一つ手で打ち鳴らし、宿奈芳純(ia9695)も動き始めた。
「‥‥『私たちの陰陽師』さん、仲間なんですから一人こっそりは駄目ですよ」
 目敏く陳新が芳純に付いて行く。芳純の動きに見習う点あり、と考えている。このあたり、兵馬などにはない視点である。
「その前に」
 水奏が皆の動きを制した。
 外に出ると、まずは肩幅より広い程度に足を開いて大地を踏みしめた。
 おもむろに理穴弓を構える水奏。緑色の長髪が風になびく。
 矢を番えないまま、今、引いた。
――びいぃぃ‥‥ん。
 身を引き締めるような、清らかな音。「鏡弦」。
 目を閉じて集中していた水奏が、ほうっと息を吐き出した。
「アヤカシはいないようですね」
「‥‥一応、手分けして情報収集しながらアヤカシも警戒しておこう」
「何で山に入ったか。それぐらいは調べないと」
 水奏の言葉に、蒼羅が振り返って散開を促す。煌夜の考えも同じだ。
 と、蒼羅には兵馬と紫星が、煌夜に前然が付いて行く。
「山中に連れて行くわけには行きませんからな」
 水奏はそう言って、付いて行きたそうな在恋にほほ笑んだ。柳斎には皆美が、野鹿には烈花が、芳純には陳新が付いて行った。香鈴の子どもたちは、開拓者と一緒にいる時間を大切にしたかったのだ。


 さて、山中。
 緑が覆うように繁り、視界は良くない。
「長くは出しておけませんが、見通せない一本道では確実でしょう」
 芳純がそう言って人差し指に止まらせていた小鳥を空に放った。人魂である。
「分かれ道がなく、足跡はそれとなく残っている、か。思ったより発見しやすそうだな」
「蒼羅さんの言うとおりだ。しかし、アヤカシを見ていれば自衛も考えるであろう。なれば、道から逸れる。小さな子が隠れられそうな場所も探してみる必要があるだろう」
 蒼羅の指摘に柳斎が補足する。
「とにかく、うろついたり乱れた足跡ってのが問題だわ。『うろつく』ってのは特におかしい。別のアヤカシがいるかも」
「そうだな。山にこれだけ異常な点があると言うのは、ただの偶然とは考えにくい」
 そう引き締めるのは煌夜に、顎を引いて頷く蒼羅。
「そういえば煌夜、阿明の父が何で山に入ったか、ってのは分かったの?」
 野鹿が聞いてみた。
「メツツキが出始めるとその直後だけ、『調査』の名目で何人かが山に入るんだって。‥‥目的は、一年山に入らないことになるからできるだけ山菜や薬草を摘むこと。微妙だけど、利益の独り占めの側面もあるみたいね」
「自業自得か。‥‥でも、それで子どもが危険にさらされるってのは納得できないっ」
 ため息交じりの煌夜の説明に、野鹿がイラつきを露にする。
 やがて、足跡の乱れた地点に到着した。
「柳斎、来てくれ」
 蒼羅が手短に柳斎を呼んだ。
 山道は右手が崖になっていたのだが、斜面に滑り降りた痕跡があった。
「ちょうど子どもの大きさじゃないかな?」
「ははあ。ここから滑落したか。それとも、逃げるためにわざとすべり落ちたか」
 指差し説明する蒼羅に、柳斎がにやりと頷いた。
「いや。おそらく、わざとだろうが」
 と、言い直す。
 理由が、ある。
「あいつはよっぽどのことがない限り大丈夫。絶対どこかに隠れているはずだから、『もうだめかも』とは思わず粘り強く探して」
 出発前、前然がそう言っていた。
 おそらく、雑技団の仲間にもそう言って勇気づけたに違いない。雑技の子どもたちの中で、一刻を争うわりに取り乱している者が一人もいなかった理由でもある。
 場面は戻る。
「調べてきましょう」
 芳純が再び小鳥を出す。ぴぴぴ、と飛び立ち茂みを分けて進む。
「! 油断されるな。周囲からアヤカシ」
 鏡弦で索敵していた水奏が声を張った。
「空と左手と右下。にぎやかなもんだわよ!」
 煌夜も心眼で確認し声を荒げた。
「まずは空からの群れ。拙者の段階で蹴散らしたいですな」
 木々の間から鴉にそっくりのアヤカシ、メツツキを発見すると水奏が矢を手厚く乱射した。矢の立ったメツツキは、あっさりと墜落しながら消滅。一撃の矢で落とせる程度の敵だと判明する。
 が、ここで戦闘は複雑な様相を見せ始める。


「左手の茂みからも来るわ!」
 首をめぐらす煌夜。その先からは棍棒を手にした怪骨がやって来ていた。
「下に気になる場所があります。ちょうど小鳥が消えましたゆえ、行ってまいります」
「おい、芳純」
 蒼羅の制止も届かず。芳純は「何かあれば小鳥をよこします」とだけ言い残して、崖下に滑り降りた。
「水奏さん、下には何ヵ所いた?」
「一ヵ所に固まっていたで御座る」
 メツツキを刀「蒼天花」で落としつつ聞く煌夜に、水奏が即射で飛び交う敵に対応しつつ応える。
「下に子どもがいるかも」
「私が行こう。うむ。私しかいまい」
 心眼と鏡弦の索敵結果の違いから想定される事態を、煌夜が手短に説明した。反応したのは野鹿だった。戦力配分とかそういうのは関係ない。子どもの危険と聞いて、体が動く。思い切り良く崖下を滑り降りた。
「いったたた‥‥」
 さて、茂みを分けて斜面を滑り降りた野鹿。お尻、背中と落ち最後に手をついて極力骨折などないよう降りたが些細な痛みは残る。
 が、それどころではない。
「うむ、メツツキ」
 場所は河原となっていたが、上流方面にメツツキの群れを目視確認した。
 と、野鹿の肩に小鳥が止まった。
 つんつんとくちばしでつつくと飛び立つ。
 目で追った場所には、芳純が茂みに隠れていた。
「柳斎さんの言う通り。闘国と阿明はここから上流側の岩のくぼみに隠れています」
 野鹿がそそっと茂みまで行くと、芳純が説明した。小鳥を飛ばしてすでに確認しているようだ。
「今、『助けに来ました。何があってもそこから動かないよう』と書いて小鳥に届けさせました」
 途中で小鳥が消えたと思ったら、野鹿が気付いたところですぐに新たな人魂を出して闘国の方に放ったらしい。
「あそこのメツツキは、二人を見失った地点を見張っているといったところでしょう。救出するにはあれを何とかしないと」
「そういうことなら‥‥」
 事態を把握し、野鹿が動く。ここなら落ちたときより不自由しないと長槍「羅漢」を振り回しながら大声を上げ、突っ込む。さすがにメツツキも気付き、飛んできた。その数、群れとは若干少ない5体。平正眼に構えるや巻き打ちで先手、先手。
「支援いたします」
 擦れ違った敵は、後方を走る芳純が式を放つ。魂喰である。
「よし。子どもたちはどこだ?」
 振り返る野鹿に、指を差す芳純。
「ありがとうございます。きっと助けが来ると思ってました」
 植物に覆われた岩のくぼみから、闘国が出てきて礼を言う。
「うむ、あとは‥‥。上がる場所を探すだけだな」
 周りを見る野鹿。が、道らしきものはない。とりあえず、上の仲間に無事救出の伝令を小鳥に託す芳純だった。


 さて、上の開拓者たち。
「新手が寄ってきてますな」
 少し血のにじむ顔を上げた水奏が仲間に伝えた。メツツキ一体一体は経験のある開拓者であればまったく敵ではないのだが、数が多く移動速度が速いので一撃離脱の戦法を喰らっていた。多くは回避したが、こう密度が多いとかすり傷はもらうようで。しかも、逃げたところを狙おうにもこう木々が繁っていると撃ち漏らすこともある。
「ええいっ、邪魔だ」
 そのとき、柳斎が腰を落として力を溜めた。
 なんと、近くにあった若い樹木に蹴りを入れた。驚きそちらに注目する水奏。柳斎はそのままさらにその幹の細い若木に刀「翠礁」で下から袈裟斬りを見舞う。
 奥義、「タイ捨剣」だ。
 若い樹木は細い幹で切断され、彼女と相対する怪骨数体にのしかかった。
「なるほど」
 倒れた樹木で開けた場所に、メツツキの群れ。水奏は好機とばかりに乱射を見舞った。
 そして、別の怪骨。
「乱れた足跡は部外者かと思ったが」
 蒼羅が敵の棍棒を交わしざま、刀「鋭嘴」を鞘走らせた。閃く刀身は敵を薙いでから、手品のように鞘に戻った。雪折からの銀杏である。怪骨、撃破。
「村の人たちよね、どう見ても」
 煌夜は、刀「蒼天花」を振るう。蒼い刀身が斬撃を見舞うたびに淡く光るのは、この刀ならでは。彼女の瞳も光っている。敵の怪骨の頭蓋骨、眼窩の部分がほかの部分に比べてえらく傷ついていることに気付いたのだ。無論、これは蒼羅も気付いている。
「この嘴でつつかれちゃ、ね」
 今度は攻撃してきたメツツキを屠る。この妖怪が、一般には「眼突鴉」と呼ばれるアヤカシであることはすでに見抜いている。人間の眼が大の好物というアヤカシだ。彼女の瞳は今度は、鉄のように鋭く硬いメツツキの嘴に注がれていた。これで突付かれれば、ああもなろう。
「せめて、安らかに」
 蒼羅の刀が、納まった。
 もう、刀身をさらすことはない。
 アヤカシを全滅させたのだから。


 二手に分かれてしまった開拓者たちだが、芳純の人魂により連絡を取り合いどうにか合流した。
「闘国殿、それは‥‥」
「うむ。阿明の、父だ」
 問う水奏。大人一人を抱えて歩く闘国の代わりに、野鹿が答えた。ちなみに芳純は眠る阿明を背負っている。
「すでにメツツキに目を食われ、体もあちこち突付かれて死んでいるが」
「何も闘国に背負わせなくても‥‥」
 追加の説明を聞いて、煌夜が呆れた声を出した。
「どう考えても自分の仕事。‥‥皆さんは戦う立場。死体を運ぶ仕事はいつもしてますので、自分は気にしないでください」
 確かに、開拓者が二人なら確かに闘国がこの任に就くしかない。しかも、慣れているという。
「いままで、仲間をこうやって支えてきました」
 闘国の小さな目に曇りはなかった。明らかな汚れ仕事だったが、瞳には誇りすらあった。聞けば、雑技団として出発する前も、こうやって稼いだ金で仲間やほかの孤児たちを守っていたのだという。町のチンピラに上納金を渡すことで、孤児たちに手を出させなかったのだという。
 それでも、いったん村に戻ることにした開拓者たちは阿明の父の運搬役を代わると言った。開拓者に任せろ、と。
「自分は、皆さんと同じです」
 闘国の言葉である。
「自分は、志体持ちです。‥‥だから、同じに扱ってください。ただ、雑技団の皆には言わないで。皆と一緒に、まだまだ旅をしたいから」
 このときばかりは、巌のような顔つきで小さな目の闘国が、今にも泣き出しそうな表情になったという。
 ともかく、一行は無事に帰還。阿明の母親は娘の無事はもちろん、メツツキ被害者が怪骨になって人を襲っていたと聞き夫の遺体の帰還に涙ながらも何度も頭を下げて礼を言った。
 開拓者たちは、メツツキへの信仰がないと聞くと六人だけで山にとって返しさらにアヤカシを退治した。
 村は、開拓者の力、いや、真心に感謝しその人徳を周囲に喧伝したという。


 ところで、本来の仕事の方は?
「香鈴の名を取ったお二人の事は拙者は存じませぬが、そのお二人は海に行ったことは?」
 ずずいと水奏が身を乗り出して確認した。って、水奏さん。言ってることはともかく、何だかいつもの貴女らしくないですよ。海に行きたいオォラが全身から出ているというか何というか。
「川や山はあるけど、海は遠かったからないかな」
「香者も鈴陶も体が弱かったからなぁ」
 兵馬が言い、烈花が懐かしむように視線を遠くにした。
「海なら、香者さまへの良い土産話ができますな。ほかの開拓者様はどう思われますか」
 初老の後見人、記利里がほかの開拓者に話題を振った。
「私的には海だな。うむ。この時期だ、泳ぐのも中々気持ちいいだろうしな」
「拙者としては海がよいなぁ。海の幸を前に一杯‥‥。あぁいやそれはどうでもよいのだが」
「特にこだわり等は無いが、海か山かと言うのなら季節的には海だろうな」
 野鹿がきっぱり言うと、柳斎がほわわんと浜辺の網焼きを想像しつつ、最後は蒼羅が理路整然と答えた。
 季節も開拓者も多くの雑技団員も、海と言っているのだ。
「ところで、陰陽師さんは?」
「さあて‥‥」
 陳新が芳純に振ると、さも楽しそうなふふふという笑い声が聞こえてきた。
「そんなんじゃ分かんないよう」
 兵馬が突っ込むと、さらに楽しそうなふふふという笑い声。どうもどこに行くかではなく、みんなで話し合っていることそのものが楽しいようだ。
「一体誰が海に反対してるの?」
 煌夜の問いに、全員の視線が前然に向いた。
「海で決まりじゃない? もしそこに呼んでくれるなら、水着も披露するし、サービスもするわよ?」
「よ、余計に海じゃない方がいいじゃないか」
 ウインクする煌夜。前然は珍しく真っ赤になってむきになる。
「泳げないなら泳げないと素直に言えばいいのに」
「し、知るかっ! 好きにすればいいだろう」
 不機嫌そうに言う紫星の言葉に、前然はその場を逃げ出すのだった。
「紫星〜。こうなるからみんな黙ってたのに」
「べ、別にいいじゃない。誰かが言わなくちゃならないでしょう。違って、陳新?」
 まあ違わないけど、でもどうする、泳がなくても海は楽しいし、などとその場はさらに盛り上がる。
「きっと近くで聞き耳立ててるはずだから。より楽しそうに話をすれば帰ってくるよ」
 と陳新がひそひそ声で言ったからだが。
 後、ばつが悪そうに帰ってきた前然が「分かった。海でいい」と言ったことで、やっと開拓者の仕事は終わるのだった。