南那〜ミッドナイト・ナイツ
マスター名:瀬川潮
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 7人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2015/03/27 19:09



■オープニング本文

 ここは泰国南西部、南那――。
「もうちょっと。もうちょっと寄せろ」
 大地を掘って造成した農業調整池兼交易湖でそんな声が響く。
 湖の岸には、新たな町「開窓」の造成に汗を流した人が集まり見守っている。
 そこへ着水したばかりの飛空船が漂い近寄ってくる。喫水線はかなり深そうだ。
「……ようし、係留ロープ、投げろっ!」
 中型飛空船「万年青丸(おもとまる)」から号令が響くと、甲板から一斉に岸に向けてロープが投じられた。岸側の人員はこれを受け取りしっかりと係留する。
 これで接岸作業の終了。
 同時に、わああっと大歓声がわいた。
「ようし」
「水深も大丈夫のようですね」
 作業を見守っていた、孝機関のキツネ目の男と親衛隊の瞬膳(シュンゼン)が満足そうに頷いた。
 そこへ、万年青丸を所有する中小旅泰商人で南那珈琲通商組合の一人、林青(リンセイ)が下りてきた。
「陸上着陸は何度も経験した船ですが、やはり水面着陸は負担が少なくていい。……完成、おめでとうございます」
「ああ。貴殿らもこれまでの必要物資輸送の往復、ごくろうだった。これからはこっちの接岸施設を使ってくれ」
 笑顔で祝う林青と力強い握手を交わすキツネ目。
「今は南周りをやめた珈琲しか帰りの荷物はないですが、そのうち北窓から産出される宝珠や鉱物資源の輸出と忙しくなりますよ」
 続いて瞬膳が握手する。
「しかし……」
 ここで林青、周りを見渡した。
 開窓の町はまだ、ここで作業する人たちの急ごしらえした町でしかない。
「そうなると上陸する人が楽しむことのできる町が欲しいところですね。……無い物ねだりなのは重々承知してますが、我々も訪れて楽しい場所で商売したいものですし、船員の楽しみですからね」
「分かっている。作業員の宿舎などで建物はある。入居する者に分譲していけばいい。何もないところから都市整備しただけあって建物は整然としている」
 キツネ目の男は面を引き締め頷いた。
「食堂や市場なんか最低限のものは優先的に。ただ、そこからの味付けですね。……へたに歓楽街にしすぎて治安を悪くしても問題ですし、何も魅力がないとだれも寄りつかずただの立ち寄り港になって活気がなくなる。商人としては面白くないですからね」
 つまり、最低限の取り引きしかしない可能性があるよ、と流し目で言う林青。
「移住してくれる人も必要だしな。……特にここに親衛隊を長くは置いておけない。しばらくは治安維持では残すが、志体持ちを外部から呼んで鍛えねば」
「まあ、西の防壁の森での損失が少なかったですからしばらくは余裕がありますけどね」
 キツネ目の男が振り向くと、瞬膳はそうこたえた。
「ああ、『九頭龍』の撃破か。……一斉の猛攻撃でさしもの英雄部隊……いや、深夜部隊も相当疲弊したらしいな」
「ま、正面からの削り合いをして一度に仕留めてくれたはさすがですけどね」
 討伐に向かった雪切・真世(iz0135)ら開拓者からの報告とその傷付き具合を見れば激戦であったことが分かる。敵の正確な能力を知って、戦術検討が何度もなされたが、能力に偏りのある親衛隊で討伐に向かった場合は激しい損失と一度での討伐が不可能だという結論がなされていた。
「それなら真世君たちを呼んでねぎらいがてら、意見を聞いてみたらいいんじゃないですか?」
 真世が開拓者になったときからの知り合いである林青はそっと水と差し向けてみた。
「それだな。……悪いが、最後にもう一度深夜部隊の名前を利用させてもらおう」
「最初は英雄部隊と名を付けて宣伝に使ってましたが、今では名実共に英雄として知られてますからね。……おっと、もう英雄なんてだれでもいい名前じゃなく、深夜部隊ですけどね」
 ここでは真世の旧姓が通っているらしく、「ミッドナイト・ナイツ」とも呼ばれているようだ。
「じゃ、真世君たちを呼んできましょう。きっと喜んでくれるはずです」
 林青は真世立ちの笑顔を思い出ながら請け合った。

 というわけで、開窓の高官用宿舎(後に高級旅館となる予定)に宿泊し、自由行動をしながら町の今後を話し合ってくれる人、求ム。


■参加者一覧
天河 ふしぎ(ia1037
17歳・男・シ
アーシャ・エルダー(ib0054
20歳・女・騎
雪切・透夜(ib0135
16歳・男・騎
猫宮 京香(ib0927
25歳・女・弓
龍水仙 凪沙(ib5119
19歳・女・陰
リィムナ・ピサレット(ib5201
10歳・女・魔
泡雪(ib6239
15歳・女・シ


■リプレイ本文


 ぐうん、と鷲獅鳥「千寿」が大きく左旋回した。
「……空から見ると、まだまだですね〜」
 千寿の背に跨る猫宮 京香(ib0927)は、眼下の街を見て呟いた。
 地上ではマス目状の街路に沿って建物などが並んでいる。
 しかし、それは大通りを中心としたところだけ。
 まだまだ広がりや生活感には乏しかった。作業員たちのための急ごしらえの街でしかない。
「まあ、あれができたばかりですし」
 視線を横にやる。そちらには飛空船離発着湖兼農業調整池がある。
 そこから、賑わいが始まるのだ。
「この街が、これからどう変わっていくのか……楽しみですね〜♪」
 すうい、と今度は郊外へと飛んでいく。

 京香と千寿の飛び去った下では。
「ここが、将来的に開拓者や商人の行きかう街になるのですね」
 開窓の大通りで、一人の騎士が胸元に手を当て誇らしく瞼を閉じていた。
「それにはやっぱり、美味しい料理」
 開いて言い切る姿は、アーシャ・エルダー(ib0054)。
 彼女の乗る戦馬「テパ」が、まだ建築途中の商店街を歩く。そこから流れる光景を背景に歌うようにアーシャは続ける。
「みんなに喜ばれる世界の美味しいもの通りを作りましょう。お酒はもちろん」
 ばっ、と道行く途中にある酒場に良さそうな建物に手を差し伸べる。まるで花びらを巻くような動き。びく、とその辺にいた猫が驚いて隠れる。
「甘いものも外せません!」
 今度は反対側のかわいらしい建物に、ばっと手を。そこで資材に鉋をかけていた大工が「お?」とびっくり。
「南那の特産珈琲を扱う店も作りましょう」
 再び手は胸元に。
 るるると歌いながら行く姿は、とても機嫌が良さそうだった。



 その後、高官用宿舎で。
 小さな音とともに、コーヒーカップがテーブルに置かれた。
「ここにも給仕はいる。それらにやってもらって構わないのに」
 親衛隊長の瞬膳が、いま目の前に置かれた珈琲を手にしながら言った。
 見上げた先には、泡雪(ib6239)。銀盆で口元を隠しうふふと微笑んでいる。
「そうは言っても、ついつい……」
 身をひるがえし、狐尻尾もふりん♪
 どうやら嬉しさもあり体が動いてしまうようだ。
「わあっ」
 下がった泡雪。その奥にいた天河 ふしぎ(ia1037)が爪先立ちをしているのが瞬膳の目に入った。
 ここは、開窓の高官用宿舎二階の一室。ふしぎのいる窓からは広く街を見晴らすことができる。
「ひみつ、ここから飛空船の停泊する眞那湖がよく見えるんだぞっ!」
『おっきいのじゃの〜』
 隣に浮かぶ天妖「天河 ひみつ」も爪先立ちするようにお尻を上げて外を見ている。
「よし、利用しやすい港になる様に僕も力と知恵を貸すんだからなっ!」
『妾も貸すのじゃ♪』
 ぐりん、と振り向いて拳を固める二人。
「ぶっ!」
 その視線を一身に受ける雪切・真世(iz0135)は突然話を振られて珈琲を吹き出しそうになったり。
「えー、まずはのんびりするんじゃなかったの〜?」
 真世、ぶーたれる。
「えーと、どうしますか?」
 仕方なく雪切・透夜(ib0135)が、代わりに皆の様子をうかがった。
『……のんびりしておるの』
「んー、そういうわけじゃないんだけどね〜」
 透夜の視線を受けた管狐のたまもが主人の龍水仙 凪沙(ib5119)を見た。凪沙、瞼を閉じてゆっくりと泡雪に淹れてもらった珈琲の香りを楽しんでいた。
「感慨深いわねえ……って思ってたのよ、たまちゃん」
『……戦闘がなければ、また略すのか!』
「まあまあ、コーヒーの蜂蜜、食べよ♪」
『は、蜂蜜ごときに釣られるわけが……』
 ぷんすかたまもに凪沙が珈琲のはちみつをそっと差し出す。ふん、と鼻先をツンした先に、こそこそ隠れるメイドを見る。
「ええと、のんびりした方がいい、と……」
 この様子を見た透夜、凪沙は真世と同じ、と判断。
「楽しい街にしたいね♪」
『どんな街にするですにゃ?』
 こちらは、リィムナ・ピサレット(ib5201)と上級からくり「ヴェローチェ」。
「開拓者ってあたし含めて芸達者が多いよね」
『ふんふんですにゃ』
 リィムナの説明に頷くヴェロ。
「頼まれなくても喜んで歌って踊って芸披露する人がいっぱい♪」
 ここでヴェロ、ふしぎを見た。何やらひみつと楽しそうに踊っているいるようだが……。
「べ、ぺに踊ってるんじゃないんだからなっ」
 どうやら街の未来のことを身振り手振りを交え話していたようで。
『にゃ』
 そうなのですかにゃ、と別の方を向くヴェロ。
「……言ってるそばから釣られてわね」
『はっ!』
 次に向いた方では、ツンしていたたまもがいつの間にかはちみつをぺろりと舐めている。これを見てしてやったりな凪沙。
『べ、別に漫才などではない!』
 たまも、くすくす笑う凪沙よりも今は誤解しそうなヴェロに釘をさす方が先だ。
「そんな人達の為に劇場を造ろう♪ お客さんを沢山収容できる劇場」
『なるほどですにゃ〜』
 持論をまとめるリィムナ。実例がそこかしこにいたのでヴェロも深く感心して納得している。
「……密かに進んでますね」
 透夜、知らないところでいろいろ言われてるなぁとか恐ろしく思いながらコーヒーカップを持つ。
 そこで、どーん!
「ぶっ!」
「ただいま帰りましたよ〜っ!」
 アーシャがド派手に部屋に入ってきた。京香も一緒だ。危うく珈琲を吹き出しそうになる透夜。
「お帰りなさいませ。どうでした?」
 泡雪が早速珈琲を出す。
「あとから皆さんにも見てもらいたいですね〜」
 京香が受け、取りにこり。
「それじゃ、早速」
「あ、ちょっと待って」
 透夜が立ち上がったところで、真世が止めた。
「そうですね。アーシャ様と京香様がいなかったですから」
 泡雪も同調して部屋の隅を見る。
 そこには一人のメイドがいた。画用紙に筆を走らせていたが、びく、と身を縮めている。
「私たちが会議しているところを描きたかったんだって」
「だから泡雪君が代わりに給仕していたのか……」
 真世がそのメイドのしていたことをバラす。これを聞いた瞬膳は納得。うふふ、と微笑する泡雪はもちろん、真世から聞いて知っていた。機嫌がよかったのは、彼女の手助けをしていたためらしい。
「その……駄目でしょうか?」
「う〜ん」
 おずおず聞くメイドに瞬膳は迷うような様子。
 これに凪沙が断然賛成の立場を取った。
「あら、いいじんじゃない? 開窓ができた経緯を資料として残しておく必要はあると思うの」
「ああ、歴史画だね。いい出来ならここに飾ってもいいんじゃないかな?」
 聞いた透夜もにこにこ。
 この流れに、アーシャがびくりと反応した。
「だったらぴしっとカッコよく会議をしているようにしないと」
 手にした地図をテーブルに広げ、いかにも議論しているように指差す。
「あらまぁ……」
 京香はコーヒーを手にそれを優しく見守る。
「僕も混ぜるんだぞっ」
 ふしぎとひみつがやって来て地図をのぞき込む。
「どこかに泰大学と交渉して学舎を誘致! 絵師のたまごもいるんだし」
 リィムナも地図を指差して、メイドに天使のような微笑みを送ったり。
「珈琲栽培のできる場所があれば……」
 泡雪もちゃんと開窓の未来を考えていた。小さな顎に手を当て地図を見て、日当たりなどを考える。
「ほら、透夜さんも凪沙さんもたまちゃんも一緒に地図を囲もっ」
 真世、地図の周りに旦那と凪沙を連れ込む。
「いいね。僕からは観光街として発展していけば、というところかな?」
「だったらイベントも必要だわね。港に通じる水源を利用して釣り堀とか作れないかしらね。そうすれば釣り大会もできるし」
 透夜が全体を見守り真世が隣に立つ。凪沙は湖の上流に目をつけた。
『……記録には略した名が残るのか?』
 たまもはそんなことを心配していたり。
 この様子を、メイドはせっせとデッサンするのだった。心の中で、「もし描けるのならお願いしたい」と背中を押してくれた凪沙に感謝しながら。

 後の話になるが、ここが迎賓館に当たる高級旅館になった時、この時の様子が「開窓会議」という名の歴史画として飾られたという。重厚な、立派な絵に仕上がったという。



 そして実際に、全員で街を歩いてみる。
「こっちこっち」
 まず駆け出したのは、リィムナ。
「ほら、ここからなら街方面に向かって何もないじゃない? 街を正面にした舞台を造れば音が遠くまで響いて人もつられてやって来るんじゃないかな」
『そういえばさっき開拓者には芸達者が多いとかいってましたにゃ♪』
 ヴェロがふんふんと頷く。
「泰大学の誘致も一緒にすれば音楽の都になるし、さっきのメイドさんのような絵画の好きな……」
「おっと」
 ここで瞬膳が口を挟んだ。
「泰大学誘致は実際厳しいです。それより先に賑わいですかね。泰大学で学んだ芸術家がここに住むようになればそれと同じ効果は得られるでしょう」
「あたし講師やるよ! ちなみに4つの学科に所属してるんだ♪」
「だったら最初の講師にうってつけだ。生徒が来るよう、賑わいある街を造らないとね」
 にこりと返す瞬膳。
「そうそう。開拓者や学生、大勢の外から来たお客さんが来て交流すればよそ者嫌いなんて簡単に吹っ飛んじゃうからね〜っ♪」
 リィムナ、ジャンプして腕を力強く掲げ決意した。隣でぼそっとヴェロが『悪戯学とかおねしょ隠蔽学ですかにゃ?』とか呟いたり。着地したリィムナは赤くなって「違うよ〜」とぽかぽか。

 この時、凪沙が賑わいの輪から外れた。
「人工の湖だけど、魚はいるのかな?」
 そう呟いて湖畔に近付く。波は穏やかで、魚影は特に見えない。
「とりあえず、コクレンとハクレンを放流したかな?」
 気にした瞬膳が隣に来て言う。
「コクレンとハクレン?」
「そう。大きな鯉一種で、ここらの料理には欠かせないんだ」
 聞いて凪沙、とびっきりの笑顔になった。
「釣り大会、できるじゃない」
「料理に欠かせない?」
 聞いたのは彼女だけではない。アーシャもこの言葉に釣られて来た。
「それなら中央通りを『万国美味通り』にしちゃいましょう! 釣り大会したあとに料理大会もすればにぎわいます。私もジルベリアの美味しいものを紹介できますよっ。私も別荘が欲しくらいですっ」
「あ、いいですねぇ」
 これに京香がにっこりと賛同。
「もし良い感じになるのであれば、私も夫とこの街に……とか思ったりして〜」
 うふふきゃっきゃと頬を染めたり。
「万国美味通り……」
 おっと。
 泡雪はそちらに興味を惹かれたぞ。
「その時にはちゃんと、開窓の特産も作らなくてはですね」
「特産?」
「そう。ここで珈琲を育てて、産地直送を前面に出し、『獲れたて、焙煎したて、淹れたて』のコーヒーと宣伝しましょう」
 聞いた真世に、珍しく泡雪がぐっと瞳に力を入れて主張した。
 ここで真世のお腹が、ぐきゅるるると鳴いた。隣にいた透夜が思わず笑みをつくった。
「ふふっ」
「あ、透夜さん笑わなくてもいいじゃない」
「ごめんごめん、それじゃお昼にしようか?」
 仲良く鬼ごっこする二人。
「それじゃ、作業員用の大食堂に行きましょう。きっと宿舎で食べるよりもいい」
 瞬膳が案内した。



 工事作業の続く開窓では現在、作業効率を考慮してここで働く人の食事は一律、一カ所の大食堂で賄っていた。
「お、来たか」
 がやがやと土木作業員や設計関係者、男性や女性が雑多に入り交る中、一人の男が開拓者たちを見つけて手を挙げていた。
「ちょ……孝機関の人じゃないですかっ。こんなところで食事していいんですか?」
 真世、ここで一番身分の高いキツネ目の男だと分かり目を丸めた。
「現場の作業員の士気が目に見えて分かるからな。……おお、こんにちは。元気そうで何よりだ」
 キツネ目の男、真世と話す最中にも一般の中年女性から声を掛けられ気さくに挨拶していた。
「食事は各自、あそこの窓口でもらってくるといい。メニューはみんな一緒だ。すまないね」
 席に着いた開拓者たちに瞬膳がここのルールを話す。
「活気があるねぇ」
「おかげでもみじが一緒でも問題なさそうです」
 ざわつく食堂を見回し凪沙が感心すると、泡雪はしゃがんで相棒の忍犬「もみじ」の頭を撫でてやる。もみじは、目を細めてわふわふと楽しそう。
「ちょうどいいかな?」
 ここで透夜、一枚の地図を出した。
『主よ……それは?』
 オートマトンのヴァイスが主人に聞いてみた。
「地図だよ。……すいません、確認したいんですが」
「何だ?」
 透夜、キツネ目の男に説明し始めた。
「いまここが大食堂、そしてここが作業員宿舎でした。……おそらくその一部が旅館になると聞きました。それなら、大浴場も整備したらどうでしょう?」
 ざわ……。
「わっ!」
 思わず透夜、驚いた。
 周りで食事をしていた作業員が一斉に振り向いたのだ。
「いいなぁ、それ」
「いまは宿舎の狭い場所で湯を浴びるしかねぇからなぁ」
「なあ、お偉いさん。大きな風呂は作ってくんねぇのかい?」
 どうやら皆の懸案事項でもあったらしい。
「ダメだ。……水を貯めねばならんところ、水を余計に使うことなどできん」
 キツネ目の男は厳しく言う。
「……が、もう少し貯まって安定すれば余裕もできるだろう。大浴場でいいのか?」
 一転、口調を改めて続けた。
 沈んでいた周りの作業員が、一斉に「やっほぅ」と喜ぶ。これを見て透夜もにこにこ。
「やはり泊まるのに清潔で綺麗な宿は必須ですね〜。厠やお風呂が清潔だと女性客も増えますよ〜」
 男だらけの中、京香が一言添えておく。周りからは「当然だ、当然だ」の大合唱。
 どだん!
「女性と言えば開窓限定スイーツ!」
 新たにアーシャが机をたたいて立った。しーんとする周りの男たち。
「例えばコーヒー豆はチョコでコーティングしても美味しいです。珈琲ゼリーもいいですね。クリームとフルーツ乗せて可愛くデコレーション。珈琲はアレンジが利くので楽しいですよ」
 一気にまくしたてるが、さすがにこれには男どもはついて行けない。しーんとする。
 どたん、と再び。
「男性向けの店としてはお酒! つまみ! 世界の銘酒を扱った店も作りましょう」
 今度は男どもの理解も早かった。再び「おお!」と周りが沸き立つ。
「コーヒーのお酒もいいかも」
 にこ、と透夜。
 度数の高い酒に氷砂糖とコーヒーを漬けるらしい。
「シンプルですが、長期保存可能も可能。そして如何にもでしょう? 蜂蜜酒も作れば……わっ、アーシャさん?」
 ここで透夜の手を取るアーシャ。
「ちょっと食堂の台所を借りてきます〜」
 いてもたってもいられなくなったようで。
「その間にちょっと」
 新たにふしぎが声を掛けた。
「折角飛空船の港もあるし、飛空船貿易で入ってくる品物を売るお店なんかを整備したらどうかな?」
『色んな品物のお店が増えたら、お買い物が楽しいのじゃ!』
 ふしぎとひみつがキツネ目の男に迫る。
「ああ、それなら荷捌きと兼ねて港がいいだろう」
 きゅっ、と透夜の置いて行った地図に書き込むキツネ目の男。
「相棒たちが楽しめる場所があればいいですね。忍犬はもちろん、ミズチやジライヤならば休憩用の水場……」
「そうそう。竜用の放牧地が欲しいし……竜に乗っての遊覧飛行コーナーとか、どう?」
 泡雪の切り出した言葉を凪沙が受けて膨らませる。
「やはり水場が中心になるが……」
「そうなるともう神楽の都の港ですね〜」
 うむむ、と書き込むキツネ目の男。その横で京香がうふふ。
「それでいいんじゃない?」
 リィムナが結論付けたところで、アーシャと透夜が戻ってきた。
「外国の珈琲、飲みます? テュルク・カフヴェスィです。どーぞ」
「こっちはコーヒー牛乳。大浴場の湯上り用にいいんじゃないかな?」
 アーシャと透夜がそれぞれ皆に配る。
「街の四方に必ず意味があると親しみやすい街になりますよ」
 泡雪は地図に書き込み。ちょうど東が港となっている。
「珈琲農場を北にして……ここは外国の人に育ててもらい、定期的に来てもらうように」
「リィムナ君は劇場を言ってたね。凪沙君は釣堀など……」
 それを見てううむ、と意見を反芻する瞬膳。
「ここの歴史を知ってもらう資料館もほしいわね」
 付け加える凪沙。
 その合間に、食事をしたり珈琲を飲んだり。
 作業員などが食事する、開窓の活気を肌で感じながら。



 その後。
「さあ、港の整備を手伝うよ!」
 腕まくりするふしぎとひみつ。湖に飛空船の接舷バースはまだ足りない。
 が、作業は駆鎧が中心。
「こんな事ならウィングハートを持ってくるんだったんだぞ」
『妾の方が役にたつのじゃ』
 ぷぅ、と膨れるひみつ。
「そこの兄ィちゃん、飛空船に詳しいならちょっと見てくんねぇか?」
「よし、任せられたんだぞっ」
 経験者は経験者としての仕事があるようで。呼ばれたふしぎとひみつは勇んで呼ばれた設計班のところまで駆けていった。

「さて、私も出来るだけお手伝いをしましょうか〜。空からいけますし荷運び等を手伝うのですよ〜」
 京香も港にいた。千寿に丸太を引かせることとなる。
「ここをせき止めて護岸を造るんですか? ええと、濡れるかもですね〜汗もかきますし〜」
 薄い上着を胸のすぐ下で結び、脇の下をさらしてポニーテールの位置を上にしてまとめ直す。
「それじゃ支柱より内側に丸太を投入しますね〜……きゃ〜」
 どぼんどぼ〜ん、と丸太を投入する千寿。水が跳ね返りあっという間に水浸し。
「ふぅ、薄手の服を着てきて正解だったでしょうかね〜……って、あらあら」
  水で服が張り付いてセクシーな感じになった京香。周りの男性から熱い視線を浴びていたり。

 そして、夜。
「アーシャ君はお酒を入れるのがうまいね」
 交換用宿舎の、昼に会議をしていた広間で瞬膳が酒をあおっていた。
「あとは、ぴったりなおつまみを見繕ってくれるソムリエのような人がいるといいですね〜。あ、私がやっちゃいますか!」
 酒を出したアーシャが言ったところに、ことりとぴったりなおつまみが出された。
「うふふ。アーシャ様は世界の銘酒を扱った店にこだわってますね」
 泡雪だった。
「そりゃもう。美味しいものは正義なのです!」
 えへん、と胸を張るアーシャ。
 部屋の別の場所では、凪沙が礼のメイドと話している。
「どう、いい感じかしら?」
「はい。おかげさまで下書きができました。じっくりと完成させていきます」
 作業が進んだと聞きにこにこな凪沙。
 ここで、どたどたと新たな人物が入ってきた。
「ぷはーっ。湯上り後はやっぱりコーヒー牛乳だねっ」
 リィムナがほこほこの浴衣姿で満足そう。
「べ、別に一緒に湯あみしてたわけじゃないんだからなっ」
 ふしぎもほこほこになって浴衣姿。もちろん腰に手を当てコーヒー牛乳。
「汗をかいた後だと気持ちいいですね〜。それにしてもこのデザインは〜」
 同じく浴衣姿の京香がコーヒー牛乳にふたをしていた紙をしげしげと見る。
『ああ、それは主が……』
 ヴァイスが手短に描かれたコーヒーカップの絵を説明。

 その描いた当人。
「透夜さん、迎えに来てくれてありがと」
 真世が荷物の袋を持ってにこにこ。
 港から宿舎の道を帰っている。
「ほ、ほら。その……デートもしたい、から」
 笑顔に照れた透夜、真世の荷物を半分持ったところで真っ赤に。
「でも良かった。ここができたら、もう南那に争い事はなくなって、よその人もここから馴染んでいくのね」
「そう。まさに“afor ye go”ここから始まるんだ。……この先どんな風になっていくのか、楽しみでしょうがないよ」
 二人、にっこり。
「……私たち、は?」
 おず、と真世が聞いた。
 見返す透夜の目尻がにっこり緩む。
「先が楽しみなのは僕達のこともだよ。真世……これから先もずっと一緒だ」
 言って、空いていた真世の手を取る。ぴとっ、と肩も密着させる。
「ずっと一緒だ。共に歩いていこう」
「うんっ」
 繰り返す透夜に、真世は瞳を見開いて大きく頷く。
 家路に顔を向ける。
 見上げた宿舎の空に、一番星キラリ。