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■オープニング本文 ※オープニングは読まなくても依頼の達成度に大きく影響しません。 「助かります。クジュトさんはこういうことに向きませんからね」 希儀風酒場「アウラ・パトリダ」でもふら面を被っていた男がそう言って肩を揺らした。笑っているのだ。クジュトとはもちろん、浪志組監察方のクジュト・ラブア(iz0230)のことだ。 「俺もできればしたかねぇよ」 向かいに座る少年――いや、青年であるし、面差しは立派な大人だ――は吐き捨てるように返す。 「人は、好むと好まざるとにかかわらず、向き不向きがありましてね」 もふら面の男、ぐいと身を乗り出した。 「町の裏事情を探るのに吟遊詩人という手もありますが、あんたみたいな悪賢い少年も重要でして」 「知らねぇよ。あんたが悪だろうがこっちはどうでもいい。ヤバけりゃ手を引くし、稼げるまでは裏切らねぇよ」 「頼もしくていいですね、前然さんは」 しきりと肩を揺らすもふら面の男。 話をしている、香鈴雑技団の前然(ゼンゼン)がいたく気に入ったらしい。 「この街が性に合ってるだけだ。……ガキの頃に捨ててきた町にどこか似てるし、それより数倍マシなところもある」 「それで、裏情報の出どころなんかの鼻が利くわけですね」 立ち去る前然を見送りつつ、こっそりとつぶやく。 この時、開店前のアウラ・パトリダに入ってくる者が。 「あ……前然、どうしてここに?」 「在恋や陳新の行きつけの店を見てみたくて、な。じゃ、俺は行くよ」 前然がばったりと対面したのは雑技団仲間の在恋(iz0292)や陳新だった。二人はここで歌を歌うなど働いている。 「前然……私、いつでも旅立てるから」 去り際、在恋がすがるように言ったのを背中で聞く。 ばたん、と扉を閉めた。 「ちょっと。いつまでこの街にいる気?」 閉めたところ、新たな声が。 「……あの二人はここ、皆美は針子で奉公先で絶賛されてる、兵馬は道場を渡り歩いてこれまためきめき腕を上げてる。そしてお前は開拓者仕事」 そう前然が言った相手は、紫星(iz0314)だった。 「そして、アンタと闘国はワルの手先……これが、私に会うまでのみんなの素顔ってわけね?」 「その素顔のままでいられなかったんだから、捨てた町はごみ溜めのように酷かったんだよ」 すい、と外して先を急ぐ前然。 「ちょっと。烈花が心配してるわよ。……いつ雑技旅に出発するのか。そして、アンタが昔に戻ってるって」 「言ったろう?」 回り込んでくる紫星に前然がため息をついた。 「この街にいると皆輝き始めた。俺は、それを守るだけだ。……だから、あの酒場を守るため俺はあの男に協力している」 「烈花はどうすんのよ?」 問い詰める紫星。 「あれは、何をしても輝くよ……俺や闘国と違って」 前然、寂しそうに言う。 「おっと。……最近、人斬りが密かに出ている。そのうち浪志組も動くし、開拓者にも動員が掛かるかもしれない。もしも依頼を受けるなら……」 「受けるなら?」 話を変えた前然。途絶えた語尾に紫星が問う。 「奴らは先の合戦で命を捨てる覚悟で出向いた奴らだ。……そして、戦場に恵まれず命の輝きを放つことなく帰ってきた者たち。血に飢えている」 それが? と紫星。 「奴らはすでに何人も神楽の都で人を斬っている。命のやり取りをしてるから、容赦なく斬れ!」 「ふん……そんな奴らにもこの街は居心地がいいってわけ?」 この時紫星、実際に巻き込まれるとは夢にも思っていなかった。 |
■参加者一覧
羅喉丸(ia0347)
22歳・男・泰
天河 ふしぎ(ia1037)
17歳・男・シ
野乃原・那美(ia5377)
15歳・女・シ
ルエラ・ファールバルト(ia9645)
20歳・女・志
琥龍 蒼羅(ib0214)
18歳・男・シ
リィムナ・ピサレット(ib5201)
10歳・女・魔 |
■リプレイ本文 ● 野乃原・那美(ia5377)が賭場から出た時、気になる話し声を聞いた。 「お前は大丈夫だとは思うが、気を付けろよ?」 「分かった」 見ると、香鈴雑技団の前然と闘国だった。一言二言交わすと、分かれて路地裏に消える。 「ふうん、人斬り……」 那美、しっかりと内容を聞いていた。そのまま何もなかったように歩き去る。 こうしてその場には、笠を目深に被り樽に腰掛け笛を吹いている男だけが残された。 ふと、音色が止む。 「……なるほどな」 くい、と上がる笠。 現れた顔は琥龍 蒼羅(ib0214)。 目を細めて人斬りの話をしっかりと心に留めている。 「たまには流しで笛を吹いてみるものだな」 聞いたからには放置しておけない、と街を歩く。 場所は変わって、うどん屋台「うろんや」。 「分かったよ、クジュトさん」 そう言ってがっちりした男が暖簾を分けて出てきた。 龍袍「江湖」に身を包んだ姿は、羅喉丸(ia0347)だ。 「人斬りか……」 呟き考えに沈みながら宵の口の街を歩く。 「あ」 「ん?」 声を聞いて顔を上げた。 目の前に天河 ふしぎ(ia1037)がいた。風呂桶を小脇に抱えている。 「強そうなのを狙う人斬りが出るらしい。気を付けてな」 「な……」 ころん、と風呂桶を取り落したふしぎ、義憤に燃える。 「そんな事、絶対に許せないんだぞ……よし、僕が誘き寄せてやる」 「おい、これ……」 ふしぎ、風呂桶を取り落して走り出す。止めようと声を掛けた羅喉丸の足元でころん、と桶の中から手ぬぐいなどがこぼれた。 「仕方ない。これはクジュトさんに預けておくか」 走り去ったふしぎを見送りつつ回収する羅喉丸だった。 さらに場所は変わって、希儀風酒場「アウラ・パトリダ」の前。 「同じ場所では二度と仕事をしないみたいね」 紫星(iz0314)が手短に言う。 「そう。ありがとう」 聞いたルエラ・ファールバルト(ia9645)も短く礼を言い、夜の街へと取って返した。 「ふうん」 遠くでこの様子を見ていたリィムナ・ピサレット(ib5201)も、路地裏へと入っていく。 「面白そうな話だよね〜」 いたずらそうな笑み。聞き耳を立てた情報に満足したようだ。 こうして、神楽の夜は更ける――。 ● 夜空に半月が高かった。 紫星が家路を急いでいる。 「もらった!」 突然、横合いの暗がりからぎらんと光る刃が伸びる。 「はっ!」 紫星、かろうじて山猟撃で……いや、受けたはずの短刀があまりの敵の威力に高く弾かれた。 「誰?」 短刀がくるくる、すとっと大地に立つと同時に振り向いた紫星が今突っ込んできた敵に聞く。 が、遅い。敵は問答無用で大きく振りかぶっている。 「いいのか?」 その敵、突然背後から掛けられた言葉に気付き横に身を投げた。 「誰だ?」 転がって膝立ちになったところで聞く敵。 見上げた視線。そこに立つは…… 「蒼兄ィ!」 紫星が歓喜の声を上げている。 「久しぶりだな、紫星。ここは下がっていろ」 蒼羅だ。 紫星、頷き背後に回った。 「噂を聞いて見回っていたが……どうやら正解だったようだな」 蒼羅、抜いていない斬竜刀「天墜」の柄に手を掛けたまま聞く。 敵は隙なく立ち上がる。 「抜刀か? ……面白い。貴様の剣、何のために抜く?」 じり、と右に動きつつ面白そうに蒼羅に聞く。 「いまさら考えるまでも無い」 蒼羅も右にじり、と。 不意に敵は正眼の構えから刃を横にして蒼羅の目の高さにした。剣が見にくくなる。本覚の構えだ。 対して蒼羅、特に構えを変えず。代わりに続けた。 「今も過去も、そして未来も……俺が往く道は一つ。弱き者を、大切なものを護る為の剣」 言った直後、敵が呼吸を整え肩を落とした。 来るッ! 「ただそれだけの事だ!」 蒼羅、抜く。巨大な斬竜刀が一気にほとばしる! ドカッ! 双方、刀を合わせその威力に弾き飛ばされた。 「抜いたな? もらった!」 敵、突いてきた。対抜刀術の定石。対する蒼羅はッ。 「……夜は納めるため。そして!」 蒼羅、一瞬で元の形に。そして軸足に力が入る。 さらに鋭い抜刀術を繰り出し、蒼い風となるッ。これが、誰が呼んだか『蒼龍閃』! 神速の極地に達した一撃は見事、咄嗟に受けた刃ごと敵を打ちのめした。 「ん?」 ふしぎは、足元に小石を投げられ走っていたのをやめた。 飛んで来た方を向くと、路地の闇に白い笑い顔が浮かんでいた。 「誰かお探しか?」 それがのっそりと出てくる。手にはすでに抜身の刀がある。 「お前が噂の人斬りか……人々に安らぎの夜を返して貰う、これ以上誰も斬らせな……」 ふしぎ、霊剣「御雷」を抜刀し切っ先を突きつける……いや、敵はすぐに突っ込んできた。 カキィ……ン。 「霊青打か……その剣は何のためにある?」 すれ違った敵が振り返り聞く。 「僕の剣は、僕と大切な仲間達、そしてこの世界の人々の未来を切り開く為にある! この剣は、夢を乗せて羽ばたく翼だっ」 振り向きざまの一撃は受けられた。 「飛べない翼に価値はあるのか?」 「逆に問う、お前の剣はなんの為にある?」 せせら笑う敵の挑発には乗らず、冷静に問うふしぎ。力と力の押し合いは拮抗し、剣を合わせたままざざざ、と右に流れる。 「恩師の剣の強さを証明するため」 嫌った敵がかきんと膠着していた剣を弾いた。再び十分な距離ができる。 いや。やや遠い。踏み込みだけでは足りない。 「それが俺の生きる道だ。尾野派一刀流、参る!」 敵が踏み込んできた。長い距離を飛ぶように鋭く一直線。 「空賊団『夢の翼』団長、天河ふしぎ。いま、天を斬り裂け! 天河両断!」 対するふしぎ、本当に水平に飛んだッ! これぞ「天歌流星斬」。 ざっ……。 双方、斬り抜けて振り抜いたまま膝立ちしている。ひょう、と一陣の風。 「……閉ざされた滅びに向かう為の剣に、僕は負けない」 静かに立ったのは、ふしぎ。背後で敵が静かに崩れた音を聞いた。 「殺しはしないよ。生きてもう一度お前の剣が何の為にあるのか、今その力で何が出来るのかをよく考えるんだ。それがお前の償いだ」 ふしぎ、そう呟くと踵を返す。 ● 「……その程度か?」 別の場所では、香鈴雑技団の闘国が人斬りに襲われ苦戦していた。 いや、守りに専念していたというべきか。装備した手甲が傷むだけ傷んでいる。 「もっと楽しませろ。我が尾野派一刀流はそんな……」 「へえ、楽しみたいんだ?」 さらに人斬りが闘国をいたぶっていたところに、カンテラの光がまぶしく光った。くすくすという声もする。 「誰だ?」 「あたしの名はリィムナ・ピサレット。……ああ、心配しないで。今日は運悪く攻撃術は活性化してないんだ」 振り向く人斬りが見たのは、リィムナ。小さな胸を大きく張って見返している。 「すいません……」 ぺこ、と巨体を折って一礼し引き下がる闘国。心底助かったという顔だ。 「別にいいよ。……それじゃ、刀で相手してあげるね♪ あたし、刀も結構いけるし♪」 「……何のために刀を使ってんだ?」 呆れたように敵が聞いてくる。 「術と同様、目的遂行の為の手段の一つ。簡単に言えば道具だね♪」 「無礼な!」 言い終わる前に突っ込んできた。リィムナ、かわす。振り向いて脚絆「瞬風」の足を軽やかにステップさせている。 「無駄無駄♪」 そこまで言ったところで目を見開いた。敵が本覚の構えをびしっと取っていたのだ。覚悟が伝わってくる。 「尾野派一刀流、参る」 敵、先とは全く違う凄みを纏い突っ込んできた。 瞬間、リィムナの体が二つにぶれたッ! 「チンケな覚悟とやらで……」 「この如何ともし難い実力差を……」 これは一体の分身を瞬時に生み出す「無限ノ鏡像」。にやりと笑んで左右に分かれた。前にいた一人が左に行き、後ろにいた一人が右に行ったように見える。 「「埋められると思うな!」」 そして二人のリィムナが同時に言った! 刹那、右に跳んだ敵の斬撃とリィムナの振るう殲刀「秋水清光」が三度左右にきらめいた。 ざっ……。 攻撃を受けたリィムナは跡形もなく消え、敵は膝をついて崩れた。その背後に、こちらも秋水清光を三度振るったリィムナが現れた。 「最期は人々の敵と……やりたかった」 「天荒黒蝕に無有羅、猪王、八極轟拳……活躍の機会はこれから幾らでもあるのに」 言葉を残し倒れた敵に、物足りなさそうに言う。 「バカな連中」 背を向け次なる戦いに視線を向けるリィムナだった。 さらに別の場所では、人斬りと香鈴雑技団の前然が対峙していた。 「覚悟!」 人斬り、鋭く踏み込む。前然、絶体絶命。 ――ガッ! 「誰だ?」 刃はしかし、突然横から割り込んできた盾に止められた。さらり、となびく赤い髪が月の光に照らされた。 「さ、逃げてください」 割り込んだ女性は振り向き、かばった前然に言う。 ルエラ・ファールバルトだ。 「すまね」 「ちょうどいい。貴様が相手だ!」 逃げる前然。人斬りはむしろ満足そうに……斬り込んできた。一撃、二撃、三撃ッ! がつ、がつ、がつとこれを盾で受ける。まったく動じない。 「……剣は使わねぇのか? そも、一体お前の剣は何のためだ?」 敵、問うてきた。 「滅びに抗う牙をもつ術もない方々の代わりに抗い、非太刀を受け、苦しみ、克服し、その方々の未来を繋ぐ為」 動じず返す。 「堅物めっ!」 敵、たぎる。力任せに来た。一撃、二撃、三げ……。 ――キィン。 「貴様、北面一刀流か?!」 敵のパターンを読んだルエラ、先に自らベイル「翼竜鱗」を投げて霊剣「御雷」の柄を握ると一気に神速の刃を鞘走らせていた。 奥義「秋水」は敵も反応。刃を合わせ鍔迫り合いに。 ざ、と嫌って引いたのは人斬り。 「尾野派一刀流、本覚!」 構えた刀身を一瞬消してから突っ込んできた。まずはルエラの刃を素早く打つ。 弾いておいて滑るように左脇下から斬撃が来るッ! 瞬間、ルエラの刀に桜色の燐光。 「未剣・秋焔」 もう一度神速の一撃。燐光が散り乱れ月夜を流れる! 「……いい、輝きだなぁ」 どう、と倒れつつ敵が心底うらやましそうな声を出した。 ルエラの方は胸鎧「マーセナリー」が敵の刃を止めていた。 「貴方がたは時期を粘り強く待つべきでした。無辜の人々を苦しめようと暗躍する何かや何者かが人々を襲う時、貴方がたはいくらでも輝ける筈でした」 いや、「筈です」といい直した。 ルエラ、敵の膝をついて敵の手当てをする。 ● この時、那美。 「人斬りさん、出てきて来れたら嬉しいのになー♪」 後頭部に両手を添え、脇の下をさらしながらのんきに歩いていた。 「お前ねぇ……」 おっと、目の前に黒装束の男が出てきたぞ。呆れている。 「あや、最近話題の人斬りさんみたいだね?」 小さな顎を突き出し嬉しそうに聞く那美。 「そうだけどよ……」 「もしかしてボクと斬り合いたいのかな? かな?」 「いや、こっちから……」 「喜んで相手してあげるよ♪ さあ、君の斬り心地……」 「人の話を聞けーっ!」 ――ドン! 「うるさいぞ、オイ!」 マイペースな那美にキレた人斬りが叫ぶと、ご近所から壁ドンと怒りの声が。 二人してぴゅ〜っ、と逃げる。 で、河原で。 「いやあ、参ったね〜」 「うるさい、行くぞっ!」 振り向いた那美、はっと目を見開く。 刹那! ざしっ、と大地を耕す敵の剣。ひょ〜い、と伸身し月夜高くかわす那美。 ――ガッ! そして橋脚を蹴り三角跳! 「おっと……おらっ!」 斬って弾いて着地してそこを斬られて。ともに浅い傷を負う。 「シノビか。お前の剣は……」 「えー? そんなの人を斬るため以外に何があるのさ♪」 問う敵に再び三角跳。再び同じ展開。 それでも那美は楽しそうにまた繰り返す。 「斬って斬られて、どちらかが倒れるまで殺り合うためじゃない?」 「名を残すなりせんかァ!」 敵、怒りの横薙ぎ。これで後退する那美だが雰囲気が変わった。 サイドアップの髪を跳ねのけつつ無防備に歩いてきたぞ。 「おい、一体……」 「そろそろ飽きちゃったかな? そういうわけで、さ・よ・な・ら♪」 斬り込んだ敵は、那美の狙いを悟った。 が、遅い。 「地獄であったらまた続きしようねー?」 瞬時に背後に回り込み、肩口に忍刀を差していた。ごふ、と崩れる敵。夜だ。 「僕の考えは僕が納得するかどうか♪ 貫きとうしてこそ、なのだ♪ 刀だけに?」 楽しかった、と言わんばかりに両手を後頭部に回す。 そして、羅喉丸。 突然闇討ちされたが、油断なくかわしていた。 ぶん、ぶんと追撃されるがいずれも軽やかな円運動でかわす。 「貴様の剣は何のためにある!」 敵が突きを放ちながら問うてきた。 「七難八苦に耐え、己の道を貫き徹すための力だ」 地を踏みしめて身構えていた羅喉丸、またも重い構えにもかかわらず軽やかな円軌道の動きで回避した。一連の動きこそ、八極天陣の極意。 「偽善者かよ!」 敵は叫んで追撃の二の太刀。鋭い薙ぎ払いが来た。 が、その刃の軌道は崩れ羅喉丸を浅く斬るのみ。 「お前達のような人の道を外れた者を叩きのめし、侠を示すための力とでもいえば分かるか?」 鋭い眼光。 羅喉丸、二の太刀が来た瞬間、魔剣「レーヴァテイン」で反撃していた。 「泰拳士の……峻裏武玄江か?」 瞬間、だっと羅喉丸が出る。 「何が死中に活を見出すだ、何が覚悟だ! 死地を求めるというのなら未だ健在な天荒黒蝕にでも挑んだらどうだ」 突く、突く、突く。 しかしっ! 「いいな、貴様」 敵、突きに合わせて踏み込んできた。迷いのない者二人は引くこともなく、おかげで刃ではなく額同士がぶつかってしまった。 すぐさま距離を取る二人。 「……男が戦うと一度決めたら刃は引きにくいよなぁ?」 改めて答える敵。改めて覚悟が決まったようだ。 「ただ己の都合のいいようにただあるとでも思ったか?」 「己の道を貫き徹す! 尾野派一刀流、本覚!」 眉をしかめた羅喉丸。敵は一喝、奥義の構え。 「ならば、勝負の二文字を以て決しよう」 羅喉丸、峻裏武玄江の動きか? 敵、びたと一直線に構えて消した刀身を閃かせた。フェイントを入れたのは十分な間合いがあるから。 だがっ! 「生きるという事はっ!」 羅喉丸、この間合いで動いたッ! 「不条理に耐え、歩み続ける事!」 一発、二発。敵の技を弾き、覚悟をもって閃かした二の太刀も崩したッ。 そして……。 「それが、生きるという事だ!」 三発目で叩き伏せる! ぐしゃ、と前のめりに倒れる敵。ぴくん、と一つ痙攣した。 「いまの……見たことないぞ……」 「真武両儀拳」 背中越しに答えた羅喉丸。足元では思い残しはこれでなくなったのだろう、全身の力が抜けたように敵が横たわった。 その夜を境に、神楽の都の夜に猛威を振るっていた辻斬りが収まった。 後に前然が調べたところによると、尾野派一刀流の一つの道場で、道場主が合戦に送り出した弟子の無事を祈る荒行の途中で急死した事件があったらしい。 |