【浪志】極楽一揆と観察方
マスター名:瀬川潮
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 4人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2015/02/04 02:10



■オープニング本文

●極楽転輪丸
「おい、おかしいで」
「ああ。世の中便利になってるはずが、俺ら農村の暮らしはよくなるどころか酷くなるばかりじゃないか」
 天儀のとある農村でそんな声がしきりにささやかれ続けていた。
 空には飛空船の定期便が行き交い、取引される装飾品やちょっとした日用品も豪華になったり便利になったりしている。その分、価格も上がっている。
 反面、年貢で納められる米などは役人から「出来が悪い」、「今年は豊作なので納める率がその分上がる」、「今年は都で大もふさまをまつる祭事があるため、広く全域から奉納金を求められている」など、常に搾り取られてきた。
「中央の方はどんどん華美になって豪華になって、贅沢のし放題らしい」
「そればかりか戦に次ぐ戦で……」
「待て。それはアヤカシ退治のためだろう? この村もアヤカシ退治では開拓者ギルドにお世話になったはずだ」
 沸騰する不満も、そういった過去がありぐっと抑えてきた。
 抑えてきたが……。
「じゃあ、俺らがこの状態で大庄屋が何もしてくれんのはどうなんだ!」
「そうだ! あの大庄屋は私腹を肥らしとるに違いねぇ」
 爆発する民衆の不満。
「それだ」
 ここで、ある若者が冷静に言った。
「あの大庄屋。皆が何度もしたためて差し出した都への訴状を……ここの高い年貢の軽減の嘆願書をちゃんとお上に渡しているのか?」
「渡しとるわけねぇ。渡しとったら返事くらいもらってくるはずじゃ!」
 聞いた若者に村人が即答する。
「あの庄屋の蔵には多くの米穀の蓄えがあると聞く。……何のためだ?」
「ありゃあ、ありもしねえ戦のためと言い張って溜めこんだ私腹じゃ!」
「そうだ。あれから村はアヤカシに襲われてねぇ。なのに溜めこんでわしらは食うにも困っとる!」
 再び聞く若者に、怒りの声が返ってくる。
「ならば、戦いは今だ!」
 若者、力強く立ち上がった。
「おお。戦いなら蔵の中の米穀を使うべきときじゃの!」
「わしらの戦いじゃ!」
 村人たちも立ち上がった。

 こうして、「極楽転輪丸」を名乗る若者を筆頭にした百姓一揆が勃発した。
 実はアヤカシ退治後に、自衛を目的にした警護団がこの村では組織されていた。武器もある。戦うための組織もある。そして何より、村のために戦う覚悟がある。
 この警護団――極楽転輪丸軍は大庄屋を襲撃し、占拠に成功した。
 振り上げたこぶしは、下ろされた。
 蔵は解放され、村はもちろん、大庄屋管理下にあるほかの苦しんでいる村にも分配された。
 大庄屋一族は、歯向かわない者はみな無事に脱出に成功していた。
 ちなみにこの大庄屋。本当に不正な年貢の取り立てをしていた悪人である。
 逃げ込んだ上の役所と担当の役人もこれを知っていて、これ以上贈賄などに関わると責任が飛び火することを理解していた。ゆえに、即刻極楽軍を征伐するなどという動きには出なかった。
 この時、大庄屋邸を占拠していた極楽軍側も困っていた。
 騒乱を起こしたものの、幕引きできないでいた。
 大庄屋の代わりに自治を認めるよう役所に書状を出しはしたが、音沙汰がない。内部からは極楽転輪丸の所領としてこのまま自治をすればいいとの声が上がっている。
 極楽転輪丸と名を変えた若者は、気が進まないながらに旧山城に軍を進め、極楽軍本丸とした。


●浪志組監察方
「というわけで我が主人がこの件を預かったわけで」
 ここは神楽の都の珈琲茶屋・南那亭。
「引き受けるにあたり、一つ確認したいことがあります」
 浪志組監察方のクジュト・ラブア(iz0230)は、若手貴族たる勅使河原義之(てしがわら・よしゆき)の使いに向き直った。
「勅使河原さまに直接会う必要はない、ということでいいですね」
 クジュトの言葉に使いの者は力強く頷いた。
「はい。主人の偏執な趣味に付き合う必要はありません。……今回は首謀者の極楽転輪丸がたぐいまれな美男と聞いて、そちらに興味があるようですね」
 言い切った後、ため息をつく。勅使河原義之、男色家でクジュトも苦労していた時期があった。
「では、極楽一揆の武装解除と解散の極秘任務、お引き受けいたします」
 これでクジュト側には、浪志組への有形無形の援助が見込まれる。それはミラーシ座としても活用できるだろう。一方、勅使河原側は極楽一揆のあった地方への有力な政治的つながりができることになる。地方としては、目に余る贈賄で私腹を肥やしていた大庄屋の首切りを果たし住民蜂起を直接武力制裁なしに収めるというメリットがある。


■参加者一覧
羅喉丸(ia0347
22歳・男・泰
リィムナ・ピサレット(ib5201
10歳・女・魔
クロウ・カルガギラ(ib6817
19歳・男・砂
雁久良 霧依(ib9706
23歳・女・魔


■リプレイ本文


 ここは神楽の都。大型相棒のいる港。
「よし、と。もういいぞ、頑鉄」
 羅喉丸(ia0347)が相棒の皇龍「頑鉄」に装備した手綱「グレイプニル」の緩みを直していた。
『グルル……』
 ちょっと頭を下げぶるるんと首を振る頑鉄。一応、再び緩まないか確認しているようだ。具合は良いようだ。
「よし、今回はすまないが留守を頼む」
 ぽん、と軽くたたいて完了の合図。頑鉄は改めて顎を引くと、身を横たえた。先ほどまで羅喉丸と空を飛んでいた。連れていけない分、空を散歩してきたのだ。頑鉄は特に甘えん坊というわけではないが、大変満足している様子。目を伏せ昼寝をするようだ。
「さてと、俺は……」
 振り返る羅喉丸。一緒に依頼を受けた皆が待っている。
 軽く手を挙げたのち、天を仰いだ。
「苛政は虎よりも猛しというが……」
 やむなく決起した農村一揆。激しく税を取り立てた大庄屋は排除したと聞くが、問題はこれからだ。
「穏便に収められればいいのだが」
 片田舎の大変さは彼自身身に染みている。
 力になれればいい、と大地を踏みしめ仲間のもとに歩んだ。
 出発だ。

 場所は極楽転輪丸を名乗る若者を筆頭にした百姓一揆の軍勢が立て篭もる山城の、街道を挟んだ反対の山中。
「あーあ……」
 ぷらんぷらん、と足を遊ばせながら木の枝に腰掛ける少女がため息をついた。
 気分が乗らないな〜、な感じに両手を頭の後ろに回して組んでいる。
 健康的にさらすわきの下のさらに下には、水着の日焼跡がくっきりと残る。
 リィムナ・ピサレット(ib5201)である。
『背中から落ちても知りませんよ?』
 リィムナの横に浮く上級人妖「エイルアード」は、そんな主人がちょっと心配。
「いいよ。エイルが支えてくれるか、落ちても回復してくれるから」
『そ……そんな。僕がリィムナを支えられるわけないですよ』
「じゃ、練習しようか?」
『わ! そんな……落ちるならみんなのいる方に……』
 いたずらっぽくバランスを崩すリィムナ。エイルは慌てて、支えてくれそうな仲間のいる方を向く。
 そこには。
「やっちまったもんは仕方ねえよなぁ……」
 クロウ・カルガギラ(ib6817)が背中を預けていた木の幹から「よっ」と体を起こしながらつぶやいていた。
「やるしかなかったようですし、仕方ないですよね」
 隣で山城の様子を観察していたクジュト・ラブア(iz0230)が同調する。
 が、クロウが丁寧に抱いている黒毛の長毛種猫又はつんと鼻先を反らした。
『何やってるのかしら。貧乏な土地から脱出したいならさっさと脱出すればいいじゃない』
 金の瞳が気高く光る。クロウの相棒、「ケートゥ」が優雅に言ってのけた。
「いや、彼らは守る者があって蜂起したんですから……」
『はー、やだやだ。どうしてこう貧乏人は面倒くさいのかしら』
 クジュトの言葉にツンツン続けるケートゥ。お嬢気質全開である。
「お前が言うか? とにかく、上手く落とし所見つけられるようにしなくちゃな」
 クロウ、仕方ねぇなぁと相棒の毛並みを丁寧に撫でてやる。ケートゥは主人の言葉に激しく不満げだったが、撫でられておしゃまな感じに姿勢を整えた。気持ちも気分もいいらしい。この様子にクロウ、苦笑するしかない。いつもそんな感じなのかもしれない。
『わーっ!』
 ここでエイルの悲鳴が響く。
 リィムナがバランスを崩して落ちたのだ。
――ざっ。
「そうだね。上手く話し合えるといいよね」
 いや。リィムナは落ちたように装っただけで体勢を立て直し、見事に着地していた。
『か……回復は手伝いますよ』
 エイル、主人を少しでも支えようと服を掴んでいた。こちらは主人の想定外の動きですっかりバランスを崩したまま。よいしょとリィムナの肩によじ登ってから胸に手を添えて今回の依頼での使命を感じていた。
「それにしても……」
 わ、とエイルは振り返った。
 背後の木陰には、纏った純白の羽織とそれに被さるように黒く長い髪の女性がいた。提灯南瓜も横に控えている。
 雁久良 霧依(ib9706)と、相棒のロンパーブルームである。
「テッシーもケチくさいわよねぇ。一揆側は蔵を襲ったとはいえ、食糧や医薬品が不足してるはずだわ」
 それを大八車で運べば不要な戦いは避けられ一石二鳥なのにとかぶつくさ。
『霧依嬢は農村の生まれ。飢饉の苦しみは人一倍ご存じなのでしょうな』
 ロンは隣で誰にも聞かれないように呟き、うんうんと頷いている。
「……テッシーって」
「もちろん勅使河原ちゃんのことよ」
 まさかと思って聞いたクジュトに、うふんとウインクする霧依。「一応あれでも貴族なんですけど……」、「あら、貴族にしては話の分かるいい人じゃない」とかごちゃごちゃ。
「楽しそうだな。……どちらにしても一揆側は書状で自治を求めている。それの返事も兼ねて正面から交渉に赴く、でいいからな」
 一緒に木陰にいた羅喉丸はアメトリンの望遠鏡で山城を確認していた。とりあえずクジュトと霧依の二人は放っておいて、あらかじめ役人からもらっておいた返答の書簡を懐から出して確認するのだった。



「じゃ、そろそろ山城に行くか」
 クロウが皆を振り返ったとき、ふと視界に入ったクジュトを見て不思議そうにした。
「どうしました?」
「浪志組の羽織はいいのか?」
 聞いたクジュトにそう返す。
「今回、浪志組が評判を上げるべき相手は勅使河原氏のみですからね」
「そう聞いて安心した」
「いや……待ってください」
 納得したクロウだが、今度はクジュトが皆を振り返る。
 特に、リィムナを見詰めている。
「何? クジュトさん」
「リィムナさん、武器は?」
 きょとんと聞いてみるリィムナに、クジュトが聞いてみる。
「交渉が目的だし、あたしもエイルも武器を持たずにいくよ」
 リィムナは天使のような穏やかな表情で口にした。横にいるエイルは一瞬、おどおどしたが主人の決めたことだ。健気に従っている。
「私も同じ考えよ。誰も傷付けずに終わらせましょう」
 霧依も全く武器を持ってきていない。
「ただ……これだけはやらして頂戴ね」
 いたずらっぽく笑ってのぼり旗を掲げる。書いてある文字は……。
「『極楽味方』ですか……」
「ええ、そう。いくら使者とはいえ、役人側とは思われたくないしねぇ」
 見上げて読むクジュトに霧依はにこにこ。あくまで農村の味方というこだわりが見える。
「羅喉丸さんも武器はないんだね」
 一方、歩きはじめたリィムナは羅喉丸を見てにやり。
「ああ。寒さを凌ぐのと、遠くを確認できればそれでいいからな」
 泰拳士なのは仕方ないが、と羅喉丸は望遠鏡を大切にしまう。
「俺はもちろん、武器に手を掛けるなんてことはしないぜ?」
 慌ててクロウが口をはさむ。愛用の宝珠銃「ネルガル」と名刀「ズルフィカール」を携帯していたりする。
 が、使用できない状態にある。
『この状態で武器を使うなんて思うのはいないわよ』
 両手でクロウに抱かれているケートゥが自慢そうに言う。「いや、降りるならその方がいいんだぜ?」とかクロウ。ケートゥはまったく聞こえてないように無視するが。
「エイルも抱いてあげようか?」
『そそそ、そんな……僕は猫又じゃないし、リィムナを助けなきゃ』
 リィムナにからかわれ一瞬動揺するが、主人を守る決意は言い切ったエイル。
 そんなこんなするうちに、街道を横切り山城のふもとまで来た。
 小高い、すぐに頂上まで登ることができる山だ。山頂にあるのが本丸で、郭が中腹にある。
「しかし……荒れ放題ねぇ。道づくりはしてあるみたいだけど」
 霧依の言う通り。
 道は、除草など手入れしたばかりとみられる。
『山城も長く使ってなかったのでしょうな。こういう時はまず燃やすに限りますが……』
「いくら『田焼きロンちゃん』でも、今はダメよ?」
 相棒をそういってなだめる。
「攻撃、来ますかね?」
 山道を踏みしめ上りながらクジュトがぽそり。
「この人数で、霧依さんののぼりがあればまず大丈夫だろう」
「たとえ攻撃が来ても、あたしみたいな子供を殺してどうにかなると思ってるのって話だね」
 羅喉丸は霧依の旗を振り返り、リィムナは少し寂しそうに口にする。
「自治を求めてるんだっけな」
 慌てるような動きの見て取れる郭を眺めながらクロウが呟く。
「自治か……彼らにそれが実際に可能なのか? ひっこみがつかなくなって暴走してなければいいが」
 羅喉丸も見た。その動きは迎撃のためか、交渉準備のためか――。
――ひゅん……すとん。
 やがて一本の矢がクジュトたちの目の前の大地に刺さった。
 郭から放たれた矢だ。
「止まれ! 一体どこの者だ!」
 そして響く誰何の声。
「ただのお人好しよ。この状況を見兼ねたね。……その人数だと籠城も辛いはずよ。交渉に来たわ」
 霧依が凛と声を張った。先のテッシーやクジュトをからかっていたような口調ではない。いくら蔵を奪ったとしても、日常生活ではなく籠城目的で村人が分散していては食料も持つまい、という判断だ。
「俺たちは役人じゃないが、役人から一揆側の書状の返答をもらってきた」
 羅喉丸が続き、書状の封書を高く掲げた。
 これで極楽一揆側の態度が変わった。
 すぐに使いの者が来て案内される。彼らは返答を首を長くして待っていたのだ。
「極楽転輪丸に会いたい。彼が代表者だろ?」
「ああ。すぐに上まで案内する。一応俺たちはそれがすんだらまた守りに付かなくてはな」
 聞いたクロウを案内する村人。周りの村人もこちらだけを注視している。明らかに立哨や組織的な動きに慣れしていない。
「早く終わらせたいよね」
 ぽそ、とこっそり呟くリィムナだった。
 とにかく、不戦の構えは相手にはっきり伝わりあっさりと交渉の場に着くことができた。



「極楽転輪丸です」
 やがて一揆の首領に面会できた。
「あら?」
 ここで霧依、意外そうな顔をする。背後ではリィムナとクジュトが、「極楽転輪丸さんって、たぐいまれな美男じゃなかったの?」、「そうは聞きましたが」とかごしょごしょ。どうやら「たぐいまれな美男」と言うに程遠かったらしい。
「これが書状だ」
「拝見します」
 差し出す羅喉丸から受け取り、さっそく開封してしっかりと目を通す極楽転輪丸。背後では待ちきれずに村人たちが集まって背中越しに文字を読もうとする。
 この状況に、仕方ねえなとクロウが息を吸い込んだ。
「一つ、大庄屋の罷免と不正に対する処罰執行すること。一つ、政庁から新任の代官を遣わす。一つ、大庄屋の蔵からの財物持ち出しの件は不問。一つ、襲撃に対する責任者以外の領民への罪を問わず……」
 声を張って、事前に役人と申し合わせた書面の内容を空で読み上げる。村人たちは「おお、おお……」と声を上げて聞き入っていた。いずれも、和解するなら絶対に必要な条件だった。
「一つ、極楽軍の解散」
 そして決定的な一言がクロウの口から出た。ほっ、と顔を見合わせ安堵のため息をついている村人たちもいた。
 反対に、クロウの表情は一気に厳しくなった。
 改めて大きく息を吸い込み、声を絞る。
「……一つ、首謀者、極楽転輪丸は厳罰をもって処する」
 ざわ、と村人たちの様子が一変した。明らかに打ち首を意味していた。
「や、それはダメじゃ」
「そうじゃ。そもそも我々極楽軍は独立自治を求めて立ち上がっとる。この期に及んで支配者面をされてもな」
「現にお上は攻めてこねぇ。わしらにびびっとるんじゃ」
 次々に息の荒い声が上がった。先の安堵の表情など吹き飛んでいる。
 この時だった!
「もしも、徹底的に戦うなら加担するよ?」
 立ち上がり気勢を上げる極楽軍を無垢な上目遣いで見上げて、リィムナが丁寧に言った。ぎくり、と浮かれていた一同は動きを止める。
「あたしを止められる人なんかこの世界にいないからね♪ ばんばん暗殺してあげる♪」
『リィムナはたっぷり経験を積んだ開拓者です』
 リィムナ、無邪気ではあるが、どこか寂しさを纏う眼差しのまま微笑する。横でエイルが礼儀正しく補足説明。
「でも犠牲がいっぱい出るだろうな……」
 今度は伏し目がちに視線を横に流す。ぎくぎくっ、と村人。
「庄屋の不正を暴くため、開拓者ギルドに駆け込む程度で済めばよかったのにな」
 さらに羅喉丸がこきこきと肩を上げ首を傾げて関節をほぐしつつ、ぼやく。村人は改めて、取り返しがつかないことをした、という思いで唾を飲む込む。
「このままだと鎮圧の為に軍が出動して大きな被害が出るわね」
 とどめとばかりに霧依が子供でも分かるように直接言ってやった。
「自治を望むって事は外敵に対して自分達の力のみで対処するって事だぞ。もし志体持ちの開拓者崩れの賊なんてのが来たらどうする?」
 さらに重ねて言ったクロウの言葉に、村人たちははっとした。
――敵は、役人側だけではない。
 そんな思いをひしひしと感じたようだ。
「国の後ろ盾のない村なぞ、賊にとっては格好の獲物となるだろうな。……何せ力でもぎ取った自治だ。力で奪って悪いわけがない」
 とぼけるように――それでいてあまり刺激しないように気を配りながら羅喉丸。
「そこまではいかないにしてもこれから先、極楽一揆を模倣したたちの悪い者が幅を利かすかもしれない」
 末代まで悪名をはせる可能性があることもにおわせる。
「戦争になったら後戻りできないよ?」
 心配そうに身を乗り出すリィムナ。いま、これからの難しさも強調する。
「もしもさっき……」
 ここで霧依、リィムナとは逆に少し距離を取った。
「ここに来るまでに私たちを攻撃してきたなら、殺されるつもりだったわ」
 え、と村人が霧依を見た。
「我が君と共に生きる事を選んだ時、私は泰の……いえ、世界の万民の為に命を捧げると誓ったのよ。たとえ死んでも悔いはないわ」
『泰国の天帝・未来皇妃とうたわれる霧依嬢ともあろう方が……霧依嬢だけを死なせはしませんよ』
 覚悟と共に主人の横に並ぶロン。村人はこの新たな情報に目を向いて提灯南瓜を見た。
「如何なる理由が有れど、皆は手続きを無視しての武装蜂起をしてしまった。一揆軍の境遇には同情するが、これを認めれば要求を通すのに力を振るえば良いことになる。表向き、書面の上ではそういう事にしないとな」
 最後に、書状の内容を理路整然と口にしたクロウが初めて同情の感じられる温かい口調で言った。 「そういう事」とは、一斉に拒否反応を示した「首謀者打ち首」の事だ。
「しかし……」
 それでもまだ、極楽転輪丸を振り返る者がいる。
「『極楽転輪丸』って流石には本名じゃないだろ? 転輪丸はここで死んで、後は本当の名を名乗って生きてけば良いさ」
 クロウの、最後の説得の言葉。
 それでも――。



「偽名は、お家に汚名も名声も残さないためのもの。この名前を無責任に背負ったわけではありません」
 ここで初めて極楽転輪丸を名乗る若者が意見した。瞳は真っ直ぐだ。
「だ、だからこそ何とか『極楽転輪丸』を殺さねぇでやってくれねぇか?」
 振り返っていた村人が再度開拓者たちに向き直って懇願――そう。もうそこに強気の発言は無かった。
「だが、先も言ったが村に汚名や名声が残るぞ?」
 羅喉丸の言葉に、再びぐっと詰まる村人。
「今なら、穏健な者が担当している。穏便に……」
 口調をやわらかくした。それに応じるように転輪丸が顔を上げた。
「おっしゃることはよく分かりました。そして、決心が付きました。私は……極楽転輪丸は首謀者として処刑されてきま……」
「それでいいの?!」
 言葉を止めたのは、リィムナだった。見上げる瞳。うろたえる転輪丸。
「転輪丸さんはこの地を離れた方がいいかも……ねえ、クジュトさん。どっかにあては無い?」
「あそこしかないですが……さて」
 リィムナに振られたクジュト、微妙な表情。羅喉丸もクロウも言わんとすることが分かり溜息を吐いた。
「あら。先も言ったけどテッシーって、話の分かるいい人よ?」
 霧依の言葉に「え?」と振り返るクジュト。
「事前の準備で話して、男気のある人は認めるみたいだから大丈夫じゃない?」
 どうやら勅使河原、見た目が良ければ誰でもいいという男色家ではなかったようで。
「じゃ、転輪丸さんの死を偽装、首謀者の引責死で解散という事でいいよね?」
「情状酌量による罪の軽減はお願いしている。……今の役人なら、恩赦としてしばらく税の軽減や不当に収めさせた税の一部返還もしてくれるそうだ」
 喜ぶリィムナに、羅喉丸の言葉。ここでようやく村人たちも「おお……」と言葉を漏らして喜んだ。
「し、しかし、死を偽装すると言っても……」
 偽装しきれるのだろうか、と転輪丸。
「和平の使者に弓を引いた、でいいじゃねぇか」
 クロウがこともなげに言う。
「誰が見ても分かるようにすればいいじゃない……とにかく『戦った痕跡』が必要だから弓を用意して。さあ、行くわよ!」
 霧依が生き生きと言う。
「それじゃ俺は一の郭の指揮をしようか。行くぞ! 開拓者崩れの賊はすぐそこまで来てる。撃って撃って撃ちまくれ!」
「おお!」
 クロウの掛け声に村人たちは乗せられた。
「じゃ、あたしは二の郭に行くよ。みんな、じゃんじゃん撃ってね」
「よっしゃ!」
 リィムナも一団を率いて山を下りる。
「そして私は……」
 霧依がネイルリング「深紅」を付けた人差し指を高々と上げたッ!
「まずい、逃げろ」
 術に気付いた羅喉丸が退避の声を張り上げる。
「派手に燃え上がって山の向こうにも見えなさい! エルファイヤー!」
 霧依の声と連発する音。やがて山城には火が付いた。
『僕も霧依嬢のお手伝いをしますよ』
 ロンも加勢。「田焼きのロン」の本領発揮だ。
 彼女の望み通り、遠く役人の屋敷からも立ち上る黒々とした煙が確認されたという。
 乾燥する季節は危険である。邪魔な木々を配している山城であり、延焼も免れた。

 こうして、極楽一揆は解散した。
 後の話になるが、開拓者たちが事前に役人と交わした約束通り「首謀者、極楽転輪丸の焼死」のみが反乱罪の処罰となった。
「庄屋の不正を暴くため、開拓者ギルドに駆けこむ程度で済めばよかったな」
 現地から引き上げる間際、羅喉丸が何度もおじぎする村人に優しく告げた。
「そういうこと。もし今後同じような事になったら開拓者ギルドを頼ってくれ。お上が約定を違えるなら、その時は俺も皆の側に付く」
 クロウも、早まった真似はもうすんじゃねぇぞと一言。
 その瞳が、自分をじっと見るクジュトに気付く。
「如才ないですね。ギルドの宣伝もして」
 これに対し、「ちょっと違うな」とクロウ。
「俺の忠誠は今も神の巫女セベクネフェル様と祖国アル・カマルにある。開拓者はしてるがな」
 故郷を懐かしむように言う。
 そして気付いたようにクジュトの方に向き直る。
「故に浪士組の理念とは相容れないんだ」
 どうやら山城に向かう前にこだわったのはそういう事だったらしい。
『ちょっと、いつまで放ってるつもり?』
 ここでケートゥがツンツン不満をぶちまけている。仕方ない、と抱き上げてやるクロウ。
「一斉に矢を撃って楽しかった〜」
『まあ、今回は悪戯じゃないですし……』
 気分良さげなリィムナに、付き合って一緒に盛り上げたエイルは気疲れした様子だったり。
「火のにおい、ついてないかしら?」
『大丈夫ですよ、霧依嬢』
 霧依はレディのたしなみとばかりに焦げたにおいがしないか自分の体を確認中。ロンも手伝っている。
 そして、クジュト。
「この機会に貴族の下で学ぶのもいいと思います」
 そう言って、元の名前に戻った若者を励ますのだった。
 空には、羅喉丸の帰りを感じた頑鉄が舞い迎えに来ている。