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■オープニング本文 ●買い食いバカ一代 「ああん? 『風物絵』だ?」 貸本絵師の下駄路 某吾(iz0163)が硯の手入れをしていた手を休めて振り返った。 「その……駄目でしょうか、師匠?」 弟子の娘、灯(あかり)がびく、と身を縮めながら某吾の顔色を伺った。 どうやら灯、風物絵を描いてみたい、と某吾に言ったようで。 「それだ! しかも今は朱藩の都で『海産祭』ってのをやってるはずだ。ちょうどフグも身が締まって……っていうかこれ、去年と同じパターンじゃねーかよ!」 ノリツッコミする某吾。 「フグ……」 思わす某吾の口にした高級食材の名を復唱して蒼ざめる灯。 「まあいい。去年はうまくいった! 今年もうまくいく! ……ほんじゃ美味いてっちりを鱈腹食いに行くぜ。そうとも、食って食って食いまくりだ。買い食いバカ一代、男・下駄路某吾の生き様を見せたらぁぁぁぁぁっ!」 「ひぃぃぃ……」 ごごごと燃える某吾。灯はやっぱり「私がしっかり絵を描いて稼がないと大変なことに」とガクブルするのだったり。 ●珈琲茶屋・南那亭で 「ほへぇ……『海産祭』」 珈琲茶屋・南那亭で働く雪切・真世(iz0135)が好奇心に瞳を輝かせていた。 「ええ、そうよ。真世さんもぜひ、私たちの国の美味しいものを堪能して欲しいわ」 真世の給仕したコーヒーカップに手を掛ける泰国的な衣装を纏った気だるい雰囲気の女性がにこりと返した。名は、シエラ・ラパァナ。朱藩の公認賭博城塞都市、遊界でルーレットの賭場「女王座」の支配人をしている。南那亭の珈琲を売り込みをした際に訪れた縁で、たまに神楽の都に来たときにこの店に立ち寄っているのだ。 「もしも休みが取れるなら行ってみるといいわ。……今の季節はフグがいいわよ。てっちりにふぐ刺し、から揚げもいいわね」 「てっちり?」 真世、ここで首を捻った。 「フグって毒があるでしょ? 『当ると死ぬ』という意味で『テッポウ』って呼ぶこともあるの。ほら、朱藩って砲術師の国でしょ? フグはもちろん他の地域でも取れるんだけど、『砲術師の国のフグ』という意味も込めてるんだって」 いわばプライドね、とシエラ。 「でも、フグって高級食材でしょ? しかも今から旬だし……」 「それじゃ、『鉄砲舞台』に立って鉄砲芸をすることね」 「へ?」 「鉄砲に関する芸を披露して観客からたくさん拍手をもらえたら、無料でてっちりが試食できるの。量は少ないけどね」 「えー……私、弓使いだから鉄砲の芸は……」 「いいのよ。男ならお酒の一気飲み芸で『無鉄砲』を主張すればいいし、女の子なら、ごにょごにょ……」 真世を手招きして耳元で色っぽく囁くシエラ。途端に真世は「えー」とかいいつつぽんと真っ赤に。 「とにかく、楽しいし美味しいから行ってみてね」 ●朱藩の都、安州にて 「わあっ。ここが安州の『海産祭』……」 「おーよ。活気があるだろ」 ごった返す人と海産物を焼いたり煮たりするいい匂いのする大通りを灯と某吾が歩く。 「その……師匠? やっぱりフグ、食べるの?」 おずおずと聞いてみる灯。 「ああ、心配すんな。あそこの人だかりを見てみな」 某吾の指差す先に、舞台と多くの観客が集まっていた。 いま、舞台の奥の広い空き地に丸い陶器が投げられた。軽やかに放物線を描き、その頂点に達した時だった。 ――タァン! 舞台にいた青年が短銃を抜き打ちして陶器の円盤を砕いた。観客から大きな拍手がわいた。 「あそこは鉄砲の芸を披露するところだ。今のは円盤射撃だな」 「へぇぇ」 「観客から大きな拍手をもらえると、ふぐ料理の試食ができるんだ。俺もフグはあそこで食う予定だ……ん?」 某吾、灯を諭したところで舞台の変化に気付いた。 「さあ、次は神楽の都からやって来た珈琲茶屋の娘さん、雪切・真世さんですっ。張り切ってどうぞ!」 司会の紹介で現れたのは、メイド服姿の真世だった。 真世、ゆっくりと舞台の前に。 「その……私の鉄砲を披露します」 それだけいうと、メイド服の裾を両手でつかみ、左足を前に出す。 靴を脱いで白い足先を観客の目にさらし、徐々に、徐々にスカートの裾を捲り上げる。 「ちょっと……だけだからね」 んんん、と照れた顔を逸らしながら太股の奥へ、奥へとスカートが捲くれていく。 そして、真っ白な太股外側に縛ったホルスターに収まる黒々した短銃が姿を現した。かなりきわどいところまでスカートは上がっている。 「もうだめ!」 むっちりした太股をくねらせスカートを下ろす。大きな拍手がわいた。 「師匠もあれするんです?」 「俺は酒の一気飲みだ!」 首を捻る灯に突っ込む某吾だった。 とにかく、アナタもレッツ・鉄砲芸! |
■参加者一覧 / からす(ia6525) / 雪切・透夜(ib0135) / リィムナ・ピサレット(ib5201) / 高崎・朱音(ib5430) / フランヴェル・ギーベリ(ib5897) / ルゥミ・ケイユカイネン(ib5905) / クロウ・カルガギラ(ib6817) |
■リプレイ本文 ● 「さあ、キュートな真世さんのほかにも神楽の都からはたくさんの挑戦者がやってきてくれました。ではお願いしましょう」 舞台では司会がノリノリで仕切っている。晴れてたくさん拍手をもらった雪切・真夜(iz0135)はほっとしつつ下がる。これでてっちり試食の権利を得た。 「射撃のパフォーマンス大会か……」 カツン、と疾風の靴を響かせて邪視除けのお守りを首から下げた若者か前に出た。 「おっと、砂漠の民風衣装の若い男性です。名前は確か……」 「面白え」 司会の思い出す声とともに顔を上げた。青い瞳の生き生き輝くその姿は、砂迅騎のクロウ・カルガギラ(ib6817)。 「クロウさん、頑張って〜」 手を振り応援する真世。もちろん背中越しに手を振る余裕がクロウにはある。 なぜなら……。 「砂迅騎の射撃術、見せてやるぜ」 鍛えた技術が、何度も激戦をくぐり抜けた自信が彼を支えているから。 「さあ、クロウさんは円盤射撃を披露してくれます……え、連射してくれ?」 司会は言葉を失ったが、舞台裏の射出係は容赦しない。 ひゅん、とまず一枚。 「遅い」 なんとクロウ、宝珠銃「ネルガル」を構えると放物線の頂点付近で円盤の動きが緩やかになるのを待たずに出だしを狙った。しっかりと当たっている。 これを見た裏方、次の円盤を用意する手を止めた。呆然と円盤の割られた辺りの低空を見る。そしてこの射撃に熱くなった。 ひゅん……ひゅん……。 「おっと、立て続けに円盤が射出されたぞッ」 司会の声に緊張が走る。難易度の高さが見る人にも伝わった。 「それでいい」 クロウはむしろ喜んでいる。手の方は素早い動きで次弾を込め終わっている。 タァン、タァン。 「すごい。間に合ってる。しかも姿勢が崩れてないっ」 「へえっ。さすが射撃処だな」 司会がちゃんと射撃の瞬間だけは基本姿勢を保っていることを見抜いていたことに感心するクロウ。実に嬉しそうだ。 この隙に、ついに裏方が「失敗させる」射出をした。あまりにも早いタイミングで二枚が宙に舞ったのだ。 「弱ったな……」 さすがのクロウもこれはダメか? いや! 「まさか切り札が必要とはね」 リロードの間に合わないネルガルを腰に差し、装飾短銃「サーフィ」を引き抜いていた。 スターン……。 無理、と見られていた最後の一枚が割られた。これ以上やっても同じと判断したのだろう。裏方が全員出てきて「お手上げ」のポーズをした。客席から、振り向きポーズを決めたクロウに割れんばかりの拍手が送られた。 この時、ぴょんと舞台に躍り出る白い姿が。 「クロウちゃん、すごーい」 ルゥミ・ケイユカイネン(ib5905)がつぶらな瞳を大きく見開き見上げている。 「ありがとな。……じゃ、バトンタッチでいいか?」 「うんっ」 おっと。 クロウに言われて大きく頷いたまでは良かったが、そのまま客席に降りて後ろに駆けだしたぞ。 「あたいのさいきょー鉄砲術を見せてあげるよ」 振り返りながら舞台に向かって小さな手を振る。これを見た司会役は大きく頷いた。 「さあ、続いてはルゥミさん。いったいどんな技を……ああっ!」 ルゥミ、かなり離れた場所で振り向くと突然背中から余剰練力を放出し始めた。まるで白い翼のように。ルゥミちゃん最強モードだ。 「じゃあいっくよー」 これを合図に円盤が連続で舞った! 対するルゥミ、マスケット「魔弾」で狙いをつける。 タァン。 銃声とともに打ち砕かれる円盤。 「あの超長距離から撃ち抜くか!」 観客から驚きの声が上がる。が、まだ円盤は二枚ある。いま、放物線の頂点で滞空している。 タァン。 ルゥミの天使のような羽はまだ消えてない。リロードも手早く次弾を発射。 「すげえ。でもさすがに最後の一枚は……」 残った一枚は降下を始めている。こうなると早いぞ。 「しかもあれって、今までの陶器製じゃなくて鋼鉄製じゃないか?」 客席からの声。もちろんルゥミも分かっている。 「それなら参式だよ」 人はそれを又鬼と呼ぶッ。 練力を込めた銃弾がそれまでより力強く発射された。 カキィーン……。 鋼鉄製の円盤は割れることすらなかったが、円盤と呼ぶにはいびつな姿となり不規則な回転で弾き飛ばされるのだった。 「おおっ」 「おいっ。次、来たぞ!」 「しかもなんだ、あの数は」 「百枚くらいがこっちに飛んできてる」 歓声とともに観客がルゥミを振り返っていた。思わず引き込まれて皆ルゥミの味方となっていた。 「大丈夫だよ、あたいに任せて」 ルゥミ、マスケットを捨てて魔槍砲「赤刃」に持ち換えている。 「いっけーっ」 ド派手な砲撃は、魔砲「ブレイカーレイ」。ルゥミ目掛けて飛んでいた円盤は一直線に一掃された。 大きな拍手が小さな砲手に送られた。 「なかなか面白いことをやっておるの?」 すっかり注目されなくなった舞台には、黒猫耳の小さな少女が腰に手をやり不敵に微笑していた。 「おっと、これは新たなる挑戦者か」 振り向く司会、一斉に注目する観客。 「そうじゃの……」 一身に視線を集めた少女、高崎・朱音(ib5430)は気持ちよさそうに瞼を閉じてふんすと胸を張った。 そして、ちら、と観客の反応を見る。何かを期待している視線が注がれている。 ばっ、と羽織っていたマスケッターコートを翻した。 「我も参加させてもらうのじゃ」 わああっ、と盛り上がる観客。 が、すぐにしーんとなった。 朱音がなにも持ってないからだ。 代わりに、振り袖の合わせを手で分けて白い足を露わにした。すらりとした臑が、小さな膝が露わになる。 まさか、の思いで会場が満ちたとき、ばっと一気に太股の付け根まで白い肌をさらした。 そしてやはり、そこにあった。 白くて硬くて大きなものが! 「おっと、円盤が射出された〜」 司会の叫び声。 振り向く朱音。 ふっくりした太股についたホルスターからマスケット「レッドスター」を引き抜き振り向く。赤い振り袖が、マスケッターコートが振り向く動きで跳ねて踊る。太股の付け根、いや、腰骨あたりまでまくれ上がったその下でも下着の蝶結びした紐が踊る! タァン。 円盤、破壊。 「これは……目にも止まらぬ見事な早撃ち……そこのおじいさん、目にも止まらなかったですよね」 司会は呆然としつつ客席前列の老人に確認する。「んだ。目にも止まんねぇ」とうなずく老人。 「くくく、何か見えてしまったかのぉ? ま、我のを見てもなんとも思わなかろ」 歩幅を広く取ったままの朱音が振り向き、ニヤリ。 「ちょ、ちょっと朱音ちゃん子供だからってダメだよぅ」 真世が寄ってきてひざまずくとんしょんしょと腰から下の合わせを整えてやる。もちろん、朱音は客には背を向けてない。逆に、スカート姿の真世が客席方面を向いていることになる。 「ん? 我がこうやってずらすと」 「ちょ……じっとしててよぅ」 背を向けていた朱音、すっと横に。そして気付いて真っ赤っか。膝を立てていた真世、あわててぺたんと座り込んで恥ずかしがる。なにが見えそうだったかは伏せる。 「いやあ、さすがだね」 ここで新たに誰かがやってきた。 朱音と真世が見上げると、ふふっと微笑しスーツ「白騎士」に身を包む姿があった。 フランヴェル・ギーベリ(ib5897)だ。 「次はボクたちだ」 「出番だね、フランさん」 振り返る先に、両手を頭の後ろに組んで澄まし顔をする巫女装束姿。わきの下を健康的にさらしているのは、リィムナ・ピサレット(ib5201)。 「そろそろ子猫ちゃんにしたいね♪」 「何をいっておるのかのぉ、汝は」 「はっ! いや、何でもない……リィムナ」 思わず内心の独白を口にしてしまい朱音ににやにやとつっこまれ身を正すフラン。改めてリィムナに合図した。 「オッケー」 リィムナ、結界呪符「黒」で舞台後方に黒壁を作った。 「おおっと。これでは飛び出す的が壁のせいで一切見えないぞ」 「壁など!」 叫んで司会を黙らすフラン。 「ボクとリィムナの絆の前では何の意味もない!」 言い切ってリィムナを振り向き、歩き出す。手には銃も……何も持っていない。視線はリィムナを――リィムナだけをまっすぐ見つめたまま。 「フランさん……」 リィムナ、その視線をまっすぐ受け止めた。 見詰め合う中、息が詰まったのか小さな顎を上げた。 のけぞる背中。ぴんと張り出される小さな胸。リィムナの顔は恍惚を思わせるような、何かを期待するような――。 そののけぞった腰に、ふわりとフランの腕が回された。 支えると同時にぴくん、と震えるリィムナ。 そして、その胸元から銃床が現れたではないかッ! プレスティディ・ヒターノで体に隠していたのだ。 「絶対!」 フラン、この銃に手を掛けた。 「運命!」 いっそう身を反らすリィムナから銃を引き抜いた。 「黙示的理!」 「おっとあれは爆連銃! しかも壁で見えないが円盤が射出されたぞッ」 司会が壁の裏を見て注意を促した。 「うおおおおー!」 気合いとともにフランが鋭く一直線に飛んだ。天歌流星斬だ。回転蹴りを中空で放ち勢いを止めると壁の上に立った。 「円盤は四枚……いや、五枚目も放たれた! 爆連銃は確か……」 「まず四つ」 司会の声を遮るように四連発。円盤は四つ粉砕した。 が、爆連銃の装弾数は四つ。リロードする間もなく五枚目が舞っているぞ。しかも軌道がそれて直上だ。 「天歌流星斬!」 再び空中に一直線。円盤と同じ高さまでくると鋭い蹴りでこれを砕いた。 さらに落ちつつ……。 「天歌流星斬!」 銃を捨てて殲刀「秋水清光」を抜き放ち、直下の黒壁を上から下まで一刀両断した。 「フランさん」 駆け寄るリィムナ。着地姿勢から顔を上げたフランの精悍な顔つきにドキッとする。 立ち止まったところ、極上の笑顔で近寄ってきたフランに足下から救われた。 「あっ」 と言う間もなく、お姫様抱っこされた。 「フラ……んっ……ふ」 そして唇を奪われた。 ぐったりする前にかろうじて、司会が指示して黒子たちが衝立の裏に隠す。 「ええと、気を取り直しまして次なる挑戦者は……うおっと!」 とにかく進行しようとした司会は、突然響いた「ひひん」といういななきに仰け反った。 「馬を借りたよ」 何と、からす(ia6525)が馬に跨った姿で舞台に姿を現していた。そして手には、呪弓「流逆」。 「次は私だね……」 微笑しつつ赤い瞳を楽しそうに揺らめかせると馬の腹を軽く蹴り合図する。馬はぶるるんと反応すると跳躍。舞台から客席に降りて、人が道を空けるに任せてどんどん進む。背後で「おっと、ここで円盤射出」という司会の声。 「ここらでいいね」 からす、馬を止めた。両サイドでまとめる黒髪をなびかせ振り向くと同時に弓を引いた。赤い瞳から余剰練力があふれる。 「猟兵射」 つぶやきとともに瞬時に放たれる矢。周りの観客はまさかの表情のままだ。 「この距離で?」 「ちゃんと狙ったのか?」 「ていうか弓じゃねぇかよ」 驚きの声と認めないという響きが交じる。 カシャン……。 矢はきれいに円盤を射抜き砕いていた。 「……弓術師だが、銃でもやってみようか?」 「ん? ああ」 からす、観客の不満交じりの声を聞いていた。微笑交じりに周りに銃を求めると応じる者がいた。 「おう、弓使いがどれほどのもんじゃ。銃が使えんようじゃ話にならねぇな」 ここは朱藩なんだぜ、という文句をいう者がいた。言わないまでもそう思っている者は視線の感じからして多いようだ。もちろん、からすはそれを分かっていて先に銃を求めた。そして、先に弓を使ったことも――。 「ジルベリアの騎乗射撃もお見せしよう」 それだけ言うとからす、馬を急かした。今度は舞台の方へ最大戦速で突っ込んでいく。 「おっと、また円盤が上がったぞ」 「カザークショット」 馬が人を避けつつ走る。その流れの中で借りた銃で円盤を撃ち抜いた。もう一枚も砕いて、最後に舞台へひらりと飛び乗る。 「おおおおおっ!」 今度こそ、受け入れるような拍手が響いた。 「すごい、からすさん。私、からすさんが銃を使ったのってはじめて見たよ」 真世が駆け寄ってきゃいきゃい。 「色々覚えておくといろんなことに使える」 からすは事も無げに言うだけだ。 「さて、神楽の都から参加した皆さんで、最後のお一人です」 司会が進行を急ぎ、その言葉に会場の視線が改めて集まった。 紹介されて立っているのは、雪切・透夜(ib0135)。 「透夜さんは銃も……弓すら持っていませんが早とちりはいけません。フランヴェルさんとリィムナさんみたいに何かをしてくれるかも」 これまでがこれまでなだけに、司会は期待してあおる。観客も「きっと何かある」と構えている。 そして透夜、動いた。 「真世」 「はい、透夜さん」 恋人を呼ぶと、差し出された瓢箪を受け取る。それを司会にいったん渡した。 「おや、これは普通の天儀酒ですね。結構な量が入ってますよ」 「それじゃ、いきます」 それと分かった客席からしゃんしゃん手拍子が鳴る。そのリズムに乗って透夜が瓢箪に口をつけて傾ける。 やがて、ぷはあっ、と飲み干した。 「鉄砲はないので、無鉄砲な一気飲みでした」 馴染みのノリで、観客も安心して盛り上がり温かい拍手を送った。 ● 「真世さん、お先にやってるよ」 透夜と真世が舞台を下りるとクロウが出迎えた。 「はい。二人の分もあたい、もらってきたよ」 横からルゥミが試食用のお椀を持ってきた。だしと具が少しだけ入っている。 「くくく、なかなかせこいことをしよるわい」 試食用のてっちりが、まさに試食用といわんばかりに少ないのを挑戦と取ったか、朱音が好戦的にほほ笑んでいる。 「あっちの座敷にもお金出して行ってくださいってことかな〜」 「フフッ、そうだとしてもいっこうに構わないさ。リィムナと一緒なら」 リィムナが座敷席を指差し、フランがいろいろ妄想している。 「腰を落ち着けて食べるのがいいだろうね」 両手で試食用のお椀を傾けていたからすが、こくりと間食してほっと一息。改めて座敷への移動に頷く。 「じゃ、行こう。真世」 「あん、待って。ルゥミちゃんにもらったこれも食べていこう」 温かい試食用のてっちりをすすって、皆と一緒に座敷に移動。 座敷の長テーブルは掘りごたつだった。早速座る面々。 そしてなにより、すでにふぐ鍋はぐつぐつといい感じで煮えている。 「へええっ。身をこんなに薄く切って……。食べごたえがないんじゃないか?」 クロウはふぐの刺身を興味深そうに見ている。大皿には菊の花のようにふぐの白い身が並べられている。皿の模様が見えるくらいの薄さだ。 「食べてみるといいよ」 からすが手本を見せるように、箸で上品に一枚取り出し醤油を少しだけつけて、ぱくり。これを見てクロウも習った。 「へえ……。薄くても結構歯ごたえあるんだな」 「味の方は……若い男には、合うかの」 もきゅもきゅと噛みしめるクロウ。その様子をからかう風に楽しみながら朱音ももきゅもきゅ。 「あんまり味は……しないかな」 「身は締まって味は淡泊。味を探すように食べればこたえてくれる。これが白身魚のだいご味だね」 からす、淡泊な味をしっかり堪能している。 「うむ。薬味との妙もまた良いの」 朱音は刻んだネギなど乗せて、またパクリ。 「なるほどな」 クロウも納得していろいろ試して味わいはじめた。 「あははは! おいしいね! もっとおかわり!」 「はいはい。ちょっと待ってね」 ルゥミも元気に取り皿のてっちりを食べて真世に差し出す。真世、にこにこと鍋からおかわりをとりわけルゥミに渡す。 「刺身もうまいね」 フランは上品にてっさしを食べていたが、そろそろ大皿に乗る刺身は少なくなってきた。 「あたし、実はフグ免許皆伝なんだ♪ めっちゃ薄いフグ刺し作ってくるね」 リィムナが厨房へと立つ。 「ふうん、これがフグ……」 透夜はじっくりとフグ刺しを堪能中。 「どしたの、透夜さん」 首を伸ばして恋人の様子をうかがう真世。 「フグ料理って、何気に初めてだからね。真世はどうなの?」 「あん、私も初めてよぅ」 「良かった」 突然、透夜がにっこり微笑して顔を寄せてきた。 「へ? 何が?」 「真世と一緒に、初めての体験だ」 「ん、あむ……」 ずい、と迫ってきた透夜が箸で摘んだフグ刺しを差し出してきたものだから、真世は素直にあーんしてぱくり。 「おいしい?」 「うん。不思議な味がして……おいしい」 のぞき込んでくる透夜に、上目使いで赤くなってもぐもぐする。 「しかし、結構芸をしない者もいるのだね」 「あ。あれは下駄路さんじゃないか。……弟子の分まで一気飲みかぁ」 後続の芸を楽しみながら食べていたからすの声にクロウが振り向くと、下駄路某吾(iz0163)が男の生きざまを見せつけていた。無事に受けたようで、試食分をもらってこっちにやってくる。 「某吾ちゃん、こっちこっちー。あたいのさいきょー振り、見てくれた〜?」 ルゥミのぶんぶん振る手に気づいて某吾と灯がやってきた。 「おぅよ。派手で良かったぜ? クロウさんは砂迅騎っぽくはやらなかったんだな!」 「戦場によるよ。それより、下駄路さんも一杯どうだい?」 「ありがてえ」 下駄路、クロウの差し出した極辛純米酒を受けてきゅっとやる。 「某吾ちゃん、見てみて。あたいの作った試作片手銃「ケヴト」があれば魔槍砲と長銃両方のスキルを同時に活性化できるんだよ」 「ほぅ、どれどれ。……ほほぅ、軽いけどそういう効果があるのかぁ。そりゃ便利だなぁ」 構えてみたりして感心する某吾。 「でしょ? あたいったら天才だよね〜。ほら、フグいっぱい食べよ!」 けらけら笑って楽しそうなルゥミ。 「あれ? フグ、残ってない……」 灯は師匠に取り分けようと鍋を見たが、すでにフグはない。横では朱音がはぐはぐと山盛りの取り皿からフグを食べている。 「このフグもなかなかに美味しいのぅ。今のうちにしっかり食いだめさせて貰うのじゃ」 灯の視線に気付いて流し目で見つつ堂々と言い放つ。 「そ、それじゃ、透夜さん、はい……あーん」 その向こうでは真世がレンゲをふうふうして冷まして透夜の口元に。 「あー……ん」 透夜、ぱくり。 「フグ刺し、お待たせ〜。あたしが調理したんだよ」 ここでリィムナが帰ってきた。手にした大皿の上には見事にフグの薄い切り身が花を咲かせていた。 「どれ、リィムナの手料理かい?」 フランが一番に箸をのばし、ぱくっ。 「うん、おいしいね。さすがリィムナだね♪」 じっとリィムナを見詰めて微笑する。まるで先ほどの大技を決めたときのように。 「え? う、うん……」 リィムナは先に不意をつかれ唇を奪われた時のように頬が紅潮して胸がどきどき。 「おっとっと……飲んでばかりじゃなくちゃんとくわねーとな」 買い食いバカ一代の名が廃るってもんだとか言いつつ某吾はなんだかふらふらしている。 「あーもー、飲み過ぎじゃねぇの?」 しっかりしてくれよ、とクロウ。 「酔いにきく薬草茶を煎れておいたよ」 「お、からすさんすまないな。……ん?」 からすの差し出した湯呑みを受け取ったクロウ、一瞬固まった。ああ、とからすが気付く。 「ご明察。……すごく苦いよ」 にぃ、と赤い瞳を揺らめかし、からすは笑う。後の話だが、飲んだ後に「ぎにゃー!」とかいう某吾の悲鳴が響いたとか。 「真世、ふぐの唐揚げだよ?」 「ん、美味しいね。透夜さんも、はい」 「うん、さっくりほくほくしておいしい」 透夜と真世はいまだ二人だけの世界。 「飽きもせぬの、汝ら」 「あはは。フグの味は飽きませんね」 朱音が、いくら食いだめといってもお腹いっぱいとばかりに透夜に突っ込むと、透夜はフグの味になぞらえ返答。真世は赤くなっていたが。 「そういえばあちらも」 ちら、と朱音は別の方を見る。 「ど、どうしちゃったんだろ、あたし……」 「ふふっ。フグ料理、美味しいね」 そちらにには、フランと目が合い恥じ入るリィムナの姿があった。フランの方はそれと知って、料理と彼女の反応を大いに楽しんでいたようだが。 「フフッ♪ あと一押しだね……」 そんなフランのつぶやきも、赤くなってうつむくリィムナには聞こえない。 「しかし……」 こちらは、からす。 とても苦い薬草茶を念のためにまた煎れている。 「皆、随分飲んでいるね」 この茶はだれに必要かと周りを見回すと……。 「俺は大丈夫だから」 クロウが視線に気付いて遠慮した。 「あたい、子供だよ」 ルゥミに酒は縁がない。 「我か? 一応酒は飲める年だが……今はフグを楽しみたいしのぅ」 朱音、ふぐの唐揚げを頬張りつつ食べることに専念。 「透夜さん、私、しあわせ……」 真世は、酔ったのだろう。透夜に抱きついてずりずりと力なくしなだれている。 きらん、とからすの瞳が光る。 が。 「あはは。真世と一緒に遠くでのんびり……デートみたいなものかな。一緒にいるだけでうれしい限り」 にこり、と笑みを見せて真世の頭を撫でる透夜。あまい雰囲気だ。 「……この茶は必要ないね」 余計なことはすまい、と薬草茶を横に置いておくからすだった。 |