わるよいなう
マスター名:瀬川潮
シナリオ形態: イベント
相棒
難易度: 易しい
参加人数: 12人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2014/10/11 22:38



■オープニング本文

 神楽の都にある希儀風酒場「アウラ・パトリダ」でのことでした。
 客席前のステージに、ハープを爪弾いている少女がいます。
 軽やかな音が一定のリズムで繰り返されています。
 いま、少女がすうう、と息を吸い込みました。


恋、心焦がれる
夢、見るの貴方を
この、世界果てまで
共に歩いて行きたい

西の都市は 人騒ぎ
北の森は 慎ましく
海の南 にぎやかで
東へ遠く道続く……


 響く歌声。
 アウラ・パトリダにいる客達は少女の可憐な歌声に耳を傾け、ちびりちびりと希儀産白ワイン「レッツィーナ」や、レッツィーナを桃の果実酒で割った「ネクタル」などの酒を飲みます。
 やがて、ハープの伴奏が最後の音を響かせました。
 歌っていた少女、香鈴雑技団の在恋(iz0292) が立ち上がり一礼しました。大きな拍手が送られます。
「はい、それでは泰国での雑技旅、今夜は『水攻めの鬼城』の回だよ、お立会い」
 続いて香鈴雑技団の陳新が舞台に立ち講談を始めました。
 一方、交代で下がった歌姫の在恋はカウンター席に。
「お疲れさま、在恋ちゃん」
「ありがとうございます。セレーネさん」
 女性店員のセレーネがひと仕事終えた在恋にミルクを出してねぎらいます。
 その時でした。
「すいません。貴女、私の酒場でも歌ってくれませんかね?」
 突然男が割り込んできましたよ?
「おい、うちの専属吟遊詩人を引っこ抜いてくれんじゃねぇよ」
 聞きつけた店主のビオスが怖い声を出します。
「まあまあ。ここが休みの時だけでもどうだい? もちろん、手土産はちゃんと……」
 男はぱちんと指を鳴らすと、店の入り口が開くのです。そこには、酒樽がありました。その横に立つ男が一礼します。
「困ります。私、天儀は始めてだから知り合いのところでしかお世話になってないんです」
 慌てて在恋が事情を話します。本当のところは、まだ酒を飲める歳でもなし、酒場では馴染みのここ以外では定期的な仕事をしていないのです。
「それじゃ、今日は知り合えた、ということでいいかな?」
 おっと。
 この男、なかなか粘り腰のようです。
「いやあ、今日はいい出会いがあった。おやじさん、酒はこの店への贈り物だ。知り合えた記念に皆で飲んでくれ」
 上機嫌にそれだけ言うと引き上げていくのでした。在恋は困った顔です。
「この酒、どうする?」
「仕方ねぇ。閉店後に馴染みの客だけで飲むだけ飲んじまおう。……だが、在恋たちだけはダメだ。代わりに今度こっちの酒でも贈っておきゃいい」
 聞いたセレーネにビオスがこたえます。
「うちのお酒を?」
「贈りゃ、うちの酒の良さが分かるだろ。客がこっちに来るかもしれんしな」
 商売上手のビオスですが、まさかの展開が待っていました。
 実は贈られた酒は、口当たりはいいものの基本的に安酒で、悪酔いしてしまうのです。

 そうとは知らず、閉店後に残った常連客や声を掛けられて残った客はこの酒を振舞われてしまうのでした。
 はてさて、どうなることやら。


■参加者一覧
/ 雪ノ下 真沙羅(ia0224) / 相川・勝一(ia0675) / 海神 江流(ia0800) / ネオン・L・メサイア(ia8051) / レヴェリー・ルナクロス(ia9985) / 无(ib1198) / リィムナ・ピサレット(ib5201) / ヴィオラッテ・桜葉(ib6041) / 泡雪(ib6239) / エルレーン(ib7455) / ラグナ・グラウシード(ib8459) / 雁久良 霧依(ib9706


■リプレイ本文


「……なんだ、これは」
 鈍い頭痛がするのかもしれません。无(ib1198)は自らの頭をさすりつつ朝日差す周りを見渡しつぶやくのです。
 場所は、希儀風酒場「アウラ・パトリダ」。
 そこは、いつか図書館で読んだかもしれない怪奇モノの書物に出てくるラストシーンのように凄惨で壮絶でバンザイアタック作戦後もかくやの死屍累々な様相だったのです。
 果たして、昨晩一体何があったのでしょうか?
「……なにも覚えていない……」
 まるで図書館に並んでいる書物の主人公のように右手で顔を覆ってうなだれています。
 ふと、傍らで鼻先を上げて无を見上げる相棒の玉狐天「ナイ」に気付きます。主人を心配しているような目つきです。尻尾があれがぱたぱたと振っていたでしょうが、ナイは尾無し。体全体で表現することはしません。
「おい……」
 すっぽり抜け落ちた記憶。
 无は思わずナイに声を掛けます。
「なあ、昨晩一体……」
 頬を伝う脂汗が、まるで全身の体温を奪ってしまうような感覚にとらわれつつ、それでも何も言わないナイに痺れを切らしすがるように聞くのです。
『……』
 が、ナイは力なく首を振るばかり。
「くっ……」
 あるいは、自らがそこにいて何があったか分からないというのは无にとって最も恐ろしいことなのかもしれません。
 後悔。
 激しく――。



 時は遡って、昨晩。
「ん?」
 月の光に導かれぶらり深夜の散歩としゃれ込んで射たネオン・L・メサイア(ia8051)が、ある店の前で立ち止まりました。
「ネオン様、どう……しました?」
 ひょこ、とネオンの背後から顔を出した雪ノ下 真沙羅(ia0224)が不思議そうにします。
「ちょうどいい。真沙羅、歩き疲れてないか?」
「私は別に……でもネオン様が疲れてるなら……」
「我は疲れちゃいないが……よし、ここでちょっと休憩して行こう」
 言い切るネオンですが、真沙羅は微妙にいやいやしてます。
「ここ……お酒……。ここで休んだら私、ネオン様に襲われてしまいそう……」
「ほ〜う。だったらこうしよう。我も飲む。真沙羅一人に飲ませるわけじゃない。一緒だ」
「一緒?」
 実は少し期待に瞳が潤んでいる真沙羅の小さな顎を、ぐい、と引き寄せて言うネオン。真沙羅は頬を染めつつ、「一緒」の言葉にぽわわんとしてしまっています。まるで魔法にかかったようですね。
「そうだ。一緒だ」
「……」
 真沙羅、無言でネオンの腕に絡みつきます。
 決まりだな、とネオンは満足そうに閉店間際の「アウラ・パトリダ」へと入っていくのでした。

 しばらくして。
「やーれやれ、仕事とはいえ酷い目にあった」
 ぶつくさいいつつ着ている衣服の匂いを気にする男が一人、先ほどネオンと真沙羅がいた場所を歩いています。
 いま、店から漏れる明かりに照らされた顔は、海神 江流(ia0800)です。
「まさか依頼の仲間が砲術師ばっかりとはなぁ」
 どうやら激しい戦闘をしたらしく、火薬のにおいがすっかり染み付いてしまっているようです。
「風呂さえ近くにありゃ良かったんだが」
 そんな世の中都合がよくないです。
 おや?
 すっとぼけたことを言いつつ上げた顔に、まるで長くきつい峠で茶屋を見つけた行商人のような表情が浮かびました。
「『アウラ・パトリダ』か……」
 ここが酒場の前と知り、妙案が浮かんだようです。
「酒の匂いで火薬の匂いは落ちはしまいが、匂いの強いまま帰るよりはいいだろう。……波美のやつ、前の依頼で火薬の匂いまみれになったのを残念がっていたしな」
 波美とは、江流の相棒の上級からくりです。無粋な匂いにまみれたままで帰るわけにはいきません。
「仕事帰りにちょっと引っ掛けるくらい、波美もうるさくはいわんだろ」
 そんなこんなで、江流もご来店です。

 またしばらくして。
「まったくなんて日だ!」
 今度はのっしのっしとがに股で地面を踏みしめながら、抱っこひもをたすき掛けする男性がやってきました。
 非モテ騎士こと、ラグナ・グラウシード(ib8459)です。背中に負うは男の業などではなく、うさぎのぬいぐるみ「うさみたん」。非モテの業かもしれませんが……。
 おや。
 手にしていた何かを振り上げましたよ?
「こんな物をもらっても……」
――びたーん。
 振り下ろした地面に、手の平の形をした厚紙がメンコのようにたたきつけられます。どうやら紐でつながっているようですね。
「嬉しくもない!」
――びたーん。
 今度は店の壁に、手の平びたん。
「何が『紐と手で、非モテ♪』だ!」
――びたーん。
 怒りを込めて振るいまくりですが、それにしちゃ楽しそうに遊んでますって。
「きゃっ!」
 おっと。
 ちょうど店から出てきた女性客のおっきな胸に手の平が当りそうになったぞ。結局外れて扉の隣に命中しましたが。
「何……?」
 一般女性客はあからさまに嫌悪と不審と「やだなにこの人うさぎのぬいぐるみ背負っちゃって頭おかしいんじゃないの?」的な視線を送って遠巻きにすり抜けていきます。
「ぐぐ……すまない」
 ラグナ、向けられた視線に納得いかないものと素直な謝罪の気持ちをドロドロに混ぜたような様子で見送ります。というか、居心地が悪くなって店へと逃げるように入っていくのです。
 はてさて、どうなりますやら。



 さて、店内。
「ついつい入っちゃったけど……私、普段はお酒飲まないのよね」
 カウンター席で目の周りだけを覆う仮面に絡んだ髪の毛を後ろに払う女性がそんなことを言いつつ足を組み替えます。
 踊り子のように露出度の高い衣服。
 うにり、と太股がうねって組み替えた脚はもちもちの白色。
 レヴェリー・ルナクロス(ia9985)です。
 そんな彼女に背後から声が掛けられます。
「おおい、ねーちゃん。踊り子なら踊ってくれねーか?」
「私、踊り子じゃありませんし」
 人を衣装だけで判断してはいけないようですね。
「間違えられるからお酒は普段飲まないんですか?」
 レヴェリーの隣に座り、背中を丸めてテーブルに置いた目の周りを覆う仮面をいじっている少年が聞いてきます。一見少女のようで間違われたりもしますが、少女の……おっと、少年の相川・勝一(ia0675)です。
「そういうわけじゃないわ」
 くい、とグラスをあおるレヴェリー。
「とかいいつつ飲んでますね」
 微笑して突っ込みちびり、と飲む勝一。
「稽古仲間と稽古後に飲むくらいは」
「……あ、いけない」
 ここで勝一、大切なことに気付きました。
「そろそろ閉店じゃなかったかな?」
「あ、いいよ。今晩は特別だ」
 慌てたところで、店主のビオスが止めます。
「今晩は常連さんと今いる人の貸切で朝まで、だ。……新しい酒が入ったんで皆さんで試飲してみてもらいたくてね」
「ふうん」
 そりゃよかったわね、なレヴェリー。厨房の方を覗くようにしています。

 時は遡り、厨房の中で。
「これ、安酒ですよ……」
 ヴィオラッテ・桜葉(ib6041)がグラスの酒を飲んでみて困ったような顔をしています。
「ですね……。皆様に振舞うにしても、これでは店の評判も落ちてしまうかも」
 メイド服姿の泡雪(ib6239)も、はふりと残念そうな顔。
「とはいえ、飲まずに捨てるというのも職業柄ねぇ……。いくら頂き物とはいえ」
 店員のセレーネもうーむむむ、な感じです。
「しかたない。ウチの果実酒と合わせて少しはましにしましょう」
 セレーネ、桃の果実酒を出します。
「だとしたら……このくらいの比率にしてこう、よく混ぜ合わせて……」
 ヴィオラッテ、早速酒を合わせる容器に桃の果実酒を大量に入れ、少し安酒を加えてしゃかしゃかシェイクしはじめしまた。
「安酒だとわかっていれば、柿を用意しておいたのですがね……」
「柿?」
 泡雪の言葉にセレーネが聞き返します。
「ええ。柿は飲む前に食べておくといいんですよ」
「柿か……梨なら大量にあるんだけど」
「それ、使っちゃいましょう」
 セレーネの言葉ににっこり微笑む泡雪。梨を絞った果汁に桃の果実酒と安酒を加えます。
「お酒だけでは大変でしょうからオツマミを作ることにしますね」
 ヴィオラッテ、今度はチーズに小麦粉の薄焼きを重ね始めました。
「あとは、肴としてお酒に合う食べ物を用意すれば悪酔いはしないはずです」
 鳥肉をオリーブオイルで炒めつつ、泡雪はそんなことも言うのです。
「あらん、いいにおい」
 ここで雁久良 霧依(ib9706)がやってきました。まるで踊り子のように露出の高い服装です。
「というか、何でネギを持ってるのかしら?」
 長葱を肩に担いだ姿が妙にさまになっているので思わずセレーネが声を掛けます。
「郷里の葱よ♪」
 霧依、にんまりと笑みをつくるとつかつかと入ってきて包丁を手に。ついでにオリーブオイルも。
「焼き葱と葱を使ったオリーブオイルのマリネを作るわ」
 というわけで、食べ物は心配なさそうです。
 しばらく後。
「じゃ、振舞ってくるわね」
 セレーネが安酒ながらとっても飲みやすいカクテルを盆に載せて出発します。
 その時でした。
「おおい、ねーちゃん。踊り子なら踊ってくれねーか?」
「私、踊り子じゃありませんし」
 カウンター席からそんな会話が聞こえます。
 客とレヴェリーですね。
「……仕方ないわね」
 霧依、溜息をついて料理をヴィオラッテと泡雪に任せて出て行きます。

 またもやほんの少し、時間は遡ります。
 場所は店内。
「今日もいい月だった……」
 きぃこ、と入店した女性客は、エルレーン(ib7455)です。とっても月が綺麗だったんでしょう。何だか表情はロマンスにひたった直後のようにぽわわんとしています。
 こんな夜はお酒に限るとばかりに、カウンター席に座りました。
 ところが。
「店主、おかわりだ」
 聞いた声が隣で響きます。
 ふと横を見れば、ぶわっと巨大なうさぎの顔がアップで迫って来ました。
「うわっ!」
「ん……聞いた声が……」
 思わず声を上げるエルレーン。これに聞いたことのある声が反応して振り向きましたよ?
「げっ! どうしてお前がここにッ!」
「……気分台無し」
 振り向いたのは、ラグナ。うさぎの顔は、背負ったうさみたんだったようです。
――どがっ!
「お客さん、揉め事なら外で」
 何やら危険を察知したようで、店主のビオラがお酒のおかわりをテーブルに叩きつけて怖い顔をします。
 何とか二人とも大人しくなったところで、周りから歓声が。
「お酒ちょうだい♪」
 厨房から、すらっと伸びる脚を美しくちら見せしながら霧依がしゃなりと歩き出てきたのです。
 受け取ったお酒をくいと一気に飲み干すと、口の端からこぼれた酒をぬめるような下で舐め取り、流し目。ひゅう、とはやし立てる一般男性客たち。
「美味しいお酒♪ 最高♪」
 霧依、そのまま舞台に。
 ばさっ、と髪をかきあげると……。
「脱いじゃうわ♪」
 なんと、肌も露わな黒いマイクロビキニ姿に。一般男性客たちは興奮の声を一斉に上げます。
「きっりきりにしてあげる〜♪」
 ぱちん、と指を鳴らすと楽師の音楽スタート。どこからともなく取り出した葱を振り回したり跨いだりして踊りだします。胸やお尻が揺れまくりです。

『……』
 この時、尾無狐ことナイはカウンターテーブルの上で無言で鼻先を上げています。
「いやぁ楽しいですねぇ」
 主人の无がくいと酒をあおって話し掛けていたり。
「そうかい、そりゃ良かった。遠慮なく試飲してくんな」
 店主のビオスがにこにこ応じます。
「ま、そう言うなら」
 江流もここにいました。ちびちびと酒をマイペースで楽しんでいます。
 場所は、勝一とレヴェリーがいたところです。
「あ。お酒、貰えるなら貰っておきましょうー。ささ、レヴェリーさんもどうぞですよー」
 勝一、もう面倒なので大きな容器で酒をもらってレヴェリーと酌み交わして飲んでますね。
「偶にはだからいいわよね……偶には……」
 くい、と飲むレヴェリーは、すでに何やら怪しい感じに。
「二人とも強いですね」
「无さんほどじゃないですよ……じゃ、あっちで飲んできま〜す」
 話し掛けた无に勝一が返し、レヴェリーの肩……もちっとした素肌を手の平で包んで場所移動。
「こっちにも二人用を頼む」
 入れ替わりに、ネオンがやってきました。真沙羅が後ろでおどおどするように隠れてますね。
「おや、これはまた魅力的ですねぇ」
「ありがとな。酔ってんなら外で頭冷やすのも手だ」
 くい、と酒を呑んでからむ无。ネオンは慣れた風にいなします。
「酔っていればこういうこともできませんがね」
 ぽん、と子狐の言魂を出してみる无。
「まあ、可愛らしい」
 ここで店員のセレーネが大きな容器をネオンに渡しつつきゃいきゃい♪。ネオンは真沙羅とテーブル席に移動します。どうやらここが酒の受け渡し場所みたいになっているようで。
「このくらい貴女のためならお安いこと」
『……』
 素面でセレーネに言う主人を見上げる尾無狐。前足で顔を撫でて知らんふり。
「よろしければ肴も一緒にどうぞ」
 新たに泡雪が料理を持ってやってきました。
「これはこれは。ぜひ貴女も一緒に」
「ありがとうございます。では、少しだけ」
 泡雪、くすりと微笑し乾杯するとちょっとだけ呑んだり。
『……』
 見上げる尾無狐、主人の天然たらしっぷりにやれやれな感じで丸まるのです。
「……ぅむ!」
 っと。
 ここで无、肩を縮めて飛び上がると鼻を押さえて店の外に走り出しましたよ?
 目の前におっきなネギが差し出されたのです。切った先っぽなのでつーんとネギの香りがします。
「ああら、盛り上がってるからネギネギにしてあげようと思ったのに」
 踊った後の霧依が戻ってきたようですね。
「ふうん。いろいろ入れてるのね。案外美味しいじゃない? ついでにこれを入れたら……」
「一応、治療係として解毒はできますが……他の人には出さないほうがいいですね」
 霧依、カウンターに座ってあしをもっちりと組み替えた後、ネギを酒に刺そうとしたところを厨房から出てきたヴィオラッテにとめられるのです。
「あらん、仕方ないわね」
「こっちくるのか?!」
 ぐりん、と霧依に振り向かれて、今まで安全地帯にいた江流が慌てます。
 ですがご安心を。
 強力な助け舟が入ります。
 でも、その前に少し時を遡りましょう。


 時はやや遡り、店外。
「まったく、霧依さんたら一体どこに……」
 ぶつくさ言いながらやって来る小さな人影は、リィムナ・ピサレット(ib5201)ですね。
「ん?」
 おや。何か気付いた様子です。
「この声、まさか……」
 超越感覚で店の中の声を聞き分けました。
 窓から見ると、探していた霧依がわははー、と杯を掲げて楽しそうにやっているではありませんか。
「んもー。一緒に泰に戻らなくちゃいけないのにー」
 とかなんとかいいつつ、リィムナも店内へと紛れます。
 そして目標にまっしぐら。
「霧依さん!」
 探していた相手の前に仁王立ちしてびしりと指差すリィムナです。
 時は、江流がネギ入りの酒を飲まされる直前です。
「あら、リィムナちゃ〜ん♪ 会いたかったわ♪ 大好きよ♪」
「えっ? ひゃあっ……」
 江流、この後の流れを目の当たりにしてぞっとします。
 霧依が有無を言わさずリィムナに熱烈に抱き付きぶちゅ〜っと容赦ない口づけをしたと思うと耳をぺろぺろ頭をなでなで脇の下をわしわしと、そりゃもうもみくちゃにしているのですから。
「火薬の匂いは消えるかもだが……新たな火種になるな」
 江流はこの隙にこっそりと場所移動。
 リィムナの方は、ぱた、とようやく開放されてテーブルに突っ伏します。
 と、その目の前に酒のグラス。
「た、楽しそうだし……あたしも飲んでみよ♪」
 くい、と飲み干すリィムナですが……。
「……あはははは! にゃにこれ! うひひひ!」
 リィムナ、ぽんっ、と真っ赤になって出来上がっちゃいました。
 その時でした!
「おっと。これは煙幕にも使われる香草だったか!」
 ビオスがカウンターで火を使っていましたが、間違って軍事用の香草に火を入れたようです。
 途端に店内に妖しい香りと煙幕が立ち込めます。なんか色がピンクいです。前がほとんど見えません。近寄っている人同士は見えるようですが。
「あっつーい♪ 霧依さんも脱ぐのー♪」
 ピンクい煙幕で見えませんが、どうやらリィムナが服を脱いだようです。ついでに霧依のマイクロビキニも剥ぎ取っていたり。
「ちびっ子なのにお酒飲むなんて悪い子♪ 裸はいけないわよ♪」
 煙幕に胸がおっきくてスタイル抜群の影が映ってます。どうやら霧依で、リィムナを寝かせるとオムツを当て始めたようですね。
「わーい霧依さんのおむつ替えだー♪」
 どったんばったんしたのもこれで落ち着いたようです。
「うぷ……」
 この隙にひそやかに、江流が退場しました。危ないところでしたね。
 ところが。
「…うぇ…何だこれ…そんなに飲んでない…よな?」
 洗面所まで辿り着き、鏡に映る我が身に向かって問い質します。
 そういや最近寝不足かな。
 いや、食生活か。
 しかしあたるような物は食べてないはずだが。
 とかなんとかここ数日の生活を猛省するも答えは出ません。
 それはそれとして、我慢我慢。というか、苦悶の顔をしての限界の戦い。ゼッタイに醜態をさらすわけにはいきません。
 火薬の臭いよりも、白い吐瀉物の花を咲かせたあとに染み付いた匂いの方が嫌われますからね!

 他の場所でも。
「ネオン様……一緒に飲んでくれてます?」
 真沙羅がネオンに寄り添いながら気持ちよく呑んでいます。すでに顔はほんのり染まっています。というか、ネオンといるといつも染まっているともいいますが。
「ん? 飲んでるよ。……はぁ〜っ。何だろうな、何時もと違う感じがするなぁっ♪」
 ネオンは身を寄せてくる真沙羅を撫でつつ、やはり気持ちよくくいっとやっています。
「ネオン様〜」
 しばらくすると、真沙羅がもじもじと腰をうごめかせながらネオンに身を擦り付け始めました。
「お酒が美味しいですぅ〜」
 言ってることとはまったく関係なく、ネオンに抱き付いて甘えまくり。
「そうか。それじゃ賞味しないとな」
 言うネオン。何を賞味する気か、甘えてきた真沙羅を膝に座らせます。ちょうど真沙羅のおっきな胸が顔に当たりに来て、甘える真沙羅はうにうにと以下略。
「ふふふ。如何した真沙羅、ほら、此処は如何だ……♪」
 ネオン、一体何をしているのやら。
 やがてピンクい煙幕が漂ってきて、二人を隠します。
 机の上に押し倒す音。
「言いじゃないか、真沙羅っ♪ 見せつけてやろうなぁっ♪」
 とかいうネオンの声。
 しかし、音はそれきりでした。

 こっちのほうでは。
「……あぁ〜……何だかとっても、熱いわね……熱い、わ」
 ああっ!
 レヴェリーが真っ赤っかです!
 それでもまだ酒を飲んでます。
「はふ、何か暑くなって来ましたね。うー、こんな服着ていられるかー!」
 ああっ!
 勝一の方が酷かった!
 いきなり服を脱ぎ始めて乙女の柔肌をあらわにしますっ!
 ……っととと、少女によく間違えられる少年の柔肌、に訂正しますね。首元の鎖骨が無防備にさらけ出されます。
 レヴェリーさん、これって放っておいていいんですか?
「あぁ、そうね。熱いのなら、脱いでしまえば良いんだわ」
 ああっ!
 レヴェリーも脱ごうとしているではありませんかっ。
 もともと肌の露出度は高いですが、それ以上は非常に青少年健全育成上よくないのですっ!
――ぴらっ♪
 ああ、指先で打ち捨てられる露出度の高い服。豊満な体が白日の下に……。
 おっと。ここでピンクい煙が満ちて来ました。二人の姿を隠します。まったく外からは見えません。
「レヴェリーさんもいい脱ぎっぷりなのですよー。ささ、もっと行きましょうー」
 はやす勝一の声が響きましたが、それ以降は静かになりましたとさ。

 もちろん、他の場所でも。
「うふ、うふふふふ……」
 エルレーンが陽気に笑い杯をかぱっと空けています。
「な、何がおかしいんだッ。く、くくぅ、わ、笑われて泣いてるんじゃ、断じてないッ!」
 同じ席に着くラグナが涙を流しながら酒を飲んでいます。
「ふぅ、落ち着いた。……これは、おかわりいかがですか?」
 ここに、店外の空気を吸って復活した无が酒を持ってきます。
「聞いて聞いて。この兄弟子ったら、こんなの持ってるの!」
 普段は人見知りするエルレーンですが、今日はとってもフレンドリーです。无に「ひも付き手の平『非モテ』」を見せてテーブルに、ぴたーん。
「それはお前が俺に持たせたんだろう!」
「まあ、短気は損気だ」
 无、なだめるように酒を出すのです。
「待て、それは甘い酒か?」
「さっき飲んだら甘かった」
「よし、もらおう」
 確認してから、ぐびりと飲むラグナ。エルレーンは指を差して「甘い酒しか飲めないってー」とかばかうけ状態。
「しかし、これは?」
 うさみたんに気付き、ひょいと取る无。
「うさみたんを取らないで〜っ!」
 びーん、と激しく泣きながら返却を求めるラグナ。泣き上戸のうえうさみたんを取り上げられて、泣きっぷりも大変です。普段はあんなにえらそうなのに、というのは言わない約束です。
「それじゃ、歌いまーす」
 突然、はーい、と手を上げて立ち上がるエルレーン。いつもはあんなにおどおどしているのに、というのは言わない約束です。
 というか、二人とも美味しいお酒で安全ラインをあっさりK点越えしたようで。


一つ、非モテの道を行く
二つ、不審に扱われ
三つ、皆に背を向けて
四つ、夜道も一人きり〜


 何ともありがたみのない歌を味のある外しっぷりで歌います。
 そんな三人にも、ピンクい煙幕が覆い被さります。
 そして、無音。
 一体どうしたことでしょう。

――ばたん。
 布切れを口元に当てたヴィオラッテが厨房に慌てて入ってきました。後ろ手ですぐに扉を閉めています。
「ヴィオラッテ様も気付きましたか?」
 そこにはすでに泡雪がいます。
「あのピンクの煙幕って、もしかして睡眠の効果もあります?」
「ええ、そうみたいですね。……カウンターが火元でしたから誰も助けることができませんでした」
 背後に視線を流すヴィオラッテに、しゅんと肩を落とす泡雪。
「どのくらいで効果がなくなるでしょう?」
 聞かれてうーん、と頬に人差指を当てる泡雪。
「……もしも寝ているのでしたら、もう朝までそのままの方が良さそうですよね」
「まあ、そうかもしれませんね」
 納得するヴィオラッテ。
 今晩は二人とも厨房でお休みです。



――きぃこ。
「はっ!」
 店の扉の開いた音で、泡雪とヴィオラッテは目覚めました。
 急いで厨房から出ます。
「こ、これは……」
 店の入り口には、在恋(iz0292)が立ち尽くしています。
 店は死屍累々の様相です。
「はっ! い、急いで皆さんに毛布を」
「扱ったのかしらね」
 気付いた泡雪がぱたぱたと。ヴィオラッテも目の前の惨状に溜息をついて動き出します。
 真沙羅とネオン、勝一とレヴェリー、リィムナと霧依があられもない格好だったりするのです。
 泡雪とヴィオラッテに、在恋が手伝って作業が終わったころ。
――きぃこ。
『……大丈夫ですか、主?』
 江流の相棒の上級からくり「波美」が主人を迎えに来たようです。
「ん……どうも安酒にやられたらしい」
 真っ青になって、男の戦いに勝利した江流が波美にいいます。すっかり火薬の匂いは落ちて、それ以下の匂いがつくなどということもなかったようです。しかも一晩ぐるぐる考えてこたえに辿り着きました。そう。彼は勝利者なのです。
『……酔うって、いい事ばかりでもないのね』
 ところが波美さん、溜息混じり。
 男の戦いはかくも理解されがたいものなのです。

「……なんだ、これは」
 无も気が付きました。

「リィムナちゃん、おむつしててよかったわね♪」
「ううっ……」
 霧依は優しくおねしょしたリィムナをなだめています。
「でも飲酒の上おねしょするなんて……帰ったらお仕置きよ♪」
「ええーっ!」
 続きは泰に帰ってからのようで。

「美味しく頂かれてしまいました……」
 真沙羅は抱き付いたまま眠るネオンを撫でながら満足そう。

「うー…流石にもう飲めないですよー…」
「……わ、私はいったい何をしていたの!?」
 ぐったりとしてうわごとを言う勝一。隣で毛布に包まったレヴェリーは真っ赤っかです。……ちなみに、服は脱いでいても目元を覆う仮面は以下略のようで。

「♪五つ、いつかはモテ道を……六つ、無理無理無駄なこと……」
「な、何を歌っているんだお前はっ!」
 うにゃうにゃ、と夢の中でオンステージ中のエルレーンの寝言に気付いてラグナも目を覚まします。

「ううん、失敗したなぁ」
「新しいお酒の件は無しですね」
 ビオスとセレーネも起きたようです。

「解毒よりも朝ご飯の方がいいですかね?」
「そうですね。早速作りましょう」
 ヴィオラッテと泡雪は再び厨房に行くのでした。