【空庭】飛空船団、降下!
マスター名:瀬川潮
シナリオ形態: イベント
相棒
難易度: 普通
参加人数: 16人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2014/09/23 17:18



■オープニング本文

●その後の八咫烏
「急げ。次の行き先は儀の下だ!」
「旧世界というらしい。瘴気にまみれてるぞ!」
 八咫烏の周辺でそんな言葉が叫ばれている。
 狗久津山の遺跡内部の精霊門を再起動して開拓者たちが赴いた先は、瘴気に沈み、日も差さぬ見渡す限りの死の大地だった。
 これが、儀のさらに下に広く横たわる「雲海」のさらに下にある世界だということが判明。
 そこにある墓所や封印について調査がされる中、ついにギルドは旧世界への人員・物資の大量移送手段を講じることとなった。
「ギルドは八咫烏と飛空船団を降下させることを決定しました。急いで準備してください」
 次なる作戦を知らせる伝令が、忙しそうに甲板を走っていた。
「『雲海』は『嵐の壁』にだいたい似ているそうです。アヤカシがいる可能性があります――」


●チョコレート・ハウスにて
「ダメだ」
 中型飛空船「チョコレート・ハウス」の副艦長、八幡島が怖い顔をしていた。
「でも、志体持ちじゃない八幡島さんたちを危険に巻き込むわけには……・」
 八幡島に凄い顔で迫られたコクリ・コクル(iz0150) は、びくっと身を縮めた。
「コクリはチョコレート・ハウスの艦長だ。他の船に乗って行くなんてのは考えられねぇ。……今回の作戦に行くことはオーナーの涼子お嬢さんも望んでない」
 きぱ、と言い放つ八幡島。
 どうやらチョコレート・ハウスの動きについてもめているらしい。
 双方もどかしい。
 艦長たるコクリはギルドの決定に従い「チョコレート・ハウス」で降下作戦についていきたいのが本音だ。
 ただし、チョコレート・ハウスはもともと交易船「新対馬丸」である。乗組員は志体持ちではないし、戦闘要員でもない。持ち主である対馬商会の対馬涼子の意向もあり開拓者ギルドの仕事に携わり、コクリたちのおかげで中小商会の身で大手には及ばないながらも大きな富と名声を得てきた。
 副艦長ではあるが、操船部門の責任者で実質の現場責任者である船長の八幡島はコクリを引き止めていた。普段なら「コクリの嬢ちゃん」と呼ぶところ「コクリ」と強く言い切った。コクリもこれを聞いて弱気になっている。
「でも……みんなが危険な場所に行くっていうのにボクだけ……」
「大丈夫。コクリのお嬢ちゃんはこっちに残って、安全と分かればあっしらと一緒に補給物資を届ける。これでみんなに感謝されますよ」
 下を向いて悔しそうにするコクリに、乗組員たちが慰めの声を掛ける。
「だから、ボクだけ先に……」
「その、1人だけ先にってのが不安なんだ。何かあっても助けに行けねぇだろ」
 食い下がるコクリ。八幡島はコクリの気持ちは分かる。ただ、1人だけで先に行かせるのが不安らしい。
「しょうがねぇな」
 ここで誰かが近寄ってきた。
「誰だ、お前ェ……」
 やって来た精悍な男が真っ当な仕事をしているような奴ではないと看破した八幡島が睨みを利かせ怖い声で聞いた。
「あーっ! エトーリアの財宝の時の……『三つ目鴉』のボス!」
「おお、覚えててくれたかい、嬢ちゃん。……あの時の借りを返しにやって来た。下に行くんだろう? こっちの『シャルンホルスト』に嬢ちゃんを臨時艦長として迎えてやる。こっちの船で降りるぞ!」
 思わず声を上げたコクリに、手早く用件を話す三つ目烏のボス。
「しかしお前ェ……」
 八幡島、コクリから「今度ボクたちで困ったことがあったら手を貸してやるんだって」という話を聞いていた。そして彼らが「堅守知略」の凶悪空賊で相当手強かったことも。
「嬢ちゃんの見つけたエトーリアの財宝は希儀の調査復興予算として武天なんかに譲ったらしいが……それまでの損耗分として『グナイゼナウ』や『プリンツ・オイゲン』の代替船も都合をつけてくれたんだよな。あいつらだけに金を使って、俺たちの『シャルンホルスト』だけボロのまま放っとこうと思っても、ダメだ。この航海でボロボロになる予定なんで代替船をちゃんと寄越せ。いいな?!」
 ぐ、と身を乗り出す三つ目烏のボス。
「……下に下りるのはいいが、撃沈して俺らの艦長を死なせたらぶっ殺すぞ」
「ただ働きだけしといて新しい船も拝まねぇままくたばるなんて空賊の片隅にも置けねぇことするわけねーだろ。もらうモンはもらう。それをしに来ただけだ」
 三つ目烏のボスはそう言ってニヤリとする。

 こうしてコクリも、シャルンホルストで降下するギルドの飛空船団に加わるのだった。


■参加者一覧
/ 柊沢 霞澄(ia0067) / 羅喉丸(ia0347) / 柚乃(ia0638) / 天河 ふしぎ(ia1037) / アーニャ・ベルマン(ia5465) / 新咲 香澄(ia6036) / 猫宮・千佳(ib0045) / 朽葉・生(ib2229) / ミリート・ティナーファ(ib3308) / リュミエール・S(ib4159) / リィムナ・ピサレット(ib5201) / 泡雪(ib6239) / 澤口 凪(ib8083) / 星芒(ib9755) / リズレット(ic0804) / 小苺(ic1287


■リプレイ本文


「おおい。八咫烏、離陸するぞっ!」
「乗り組む者は遅れるな。遅れたら他の飛空船でついて来い!」
 飛空船団の離陸準備でごった返す中、八咫烏離陸の報に立ち止まる者がいた。
 名を、羅喉丸(ia0347)という。
「旧世界か……」
 振り仰いだ空。秋の雲が低く急いでいる。
「遺跡は誰が作ったのか、魔戦獣は誰が配置したのか、雲海の下には何があるか……」
 雲を数えるかのごとく、心に去来する疑問を口にした。
「全て繋がっていたとはな。……この目で確かめるために行くとするか」
 肩に手を置き、ぐるんと回して瞳を伏せる。
「八咫烏にとっては久しぶりのお里帰りだね♪」
 その時、元気に響いた言葉に気付いた。
 見ると、星芒(ib9755)が横にいて八咫烏を見上げていた。
「さあ、早く行かないと置いていかれちゃう」
 青い瞳が羅喉丸に向けられたかと思うと、金髪をなびかせ駆け出す。
「行くとしよう」
 もちろん羅喉丸も追う。
 そして八咫烏の搭乗口の前に、少女一人。
「あれから、神霊はどうしてるのかな……」
 青い長髪に深い紫色の瞳は、柚乃(ia0638)。
 無表情で大きな船体を見上げている。いや、心の内ははたしてそうだろうか。
「柚乃さん!」
 ここで名を呼ばれた。
 振り向くと、名を呼んだ羅喉丸と星芒が掛けてきている。
「早く乗り込もう。物思いに耽るのは後からだね」
 ぱし、と柚乃の手を取る星芒。
 力強く搭乗用の渡し橋を駆け上がった。

 他の船も準備が整いつつある。
「……見事に嬢ちゃんばっかりだな」
 空賊船「シャルンホルスト」の前で「三つ目烏」のボスが呆れていた。
「みんないろんな冒険を共にしてきたんだよ」
 コクリ・コクル(iz0150)が振り向いて真面目に言う。
「新・コクリちゃんゲットにゃー♪ その格好も可愛いにゃー♪」
 猫宮・千佳(ib0045)が抱き付いて、コクリの新しい空戦衣装のさわり心地を確かめているが。
「やっほー! コクリちゃん新コスチュームだね♪」
「ああん、ちょっとー!」
 今度はリィムナ・ピサレット(ib5201)が背後から抱き付いて丸出しのおへそ辺りをさわさわとくすぐり。甘い声を出すコクリに、三つ目烏のボスは思わずしかめっ面をした。
「おいおい、大丈夫か? 遊びにいくんじゃねーぜ?」
「大丈夫ですよ」
 新たにすっと出てきた人物が落ち着いた声で請け合った。
「コクリ様の言ったとおり、皆さんはいろんな冒険をしてきています」
 声の主は、泡雪(ib6239)。にこ、と微笑する姿は、準備で喧騒の渦と化している周囲からは考えられないほどの安心感を与える。
「すいません」
 ここで、朽葉・生(ib2229)が前に出てきた。
「機関手や船員、観測員等、手の足りない部署はありませんか?」
「ん? 一応揃っちゃいるが、最低の人員だ」
 三つ目烏のボス、感心したように応じる。
「もしよろしければ手伝いましょう」
「もちろんそのつもりだ。空賊船にお荷物はいらねぇ」
 生の申し出に好印象のボスだった。
「にゃ!」
 この様子に、ぴぴんとネコ耳を立てる者がいた。
 猫族の小苺(ic1287)だ。
「シャオもコクリにゃんもお荷物じゃないにゃー!」
 しゃー、とボスを威嚇する小苺。
 この様子を見た千佳は……。
「うに、以前あんなにやりあった人達の船で行くというのも不思議な感じにゃねー。でも、戦った人とも仲良くなれるのがコクリちゃんの魅力にゃね♪ 魅力にメロメロにゃー♪」
「待って待って、千佳さん。そんなされたらボクの方がメロメロに〜」
 ボスを威嚇するのではなく、コクリに愛しくすりすりしてたり。コクリの方は顔を真っ赤にしてたり。
「あれ〜。そんなこと言ってていいのかな〜。これから行くところは普通の空じゃないよ」
 リィムナは小苺の横からボスをにやにやと見上げてそんな話を。
「そうですよ〜。この船の目指す場所がどんな所か、私は知ってるんですからね〜」
 新たにアーニャ・ベルマン(ia5465)が身を乗り出して青い瞳を輝かせる。
「……そりゃいいが、背中から首締められて苦しくねぇか?」
 ボス、得意そうなアーニャに真顔で指差した。
「はっ。……く、苦しくはないんですが……すみません、背中に張り付いて離れないのです」
 いきなり後ろめたいところを指摘されてすっかり眉がハの字になってしまうアーニャ。
 その背中から、ひょいとオシャレな色眼鏡を掛けた神仙猫が顔を出した。
『俺達は相棒だろ。置いていくなんて切ないぜ』
 アーニャの相棒の「ミハイル」だった。
「マタタビ酒はありませんよ」
『なんだと!?』
 ミハイル、主人の冷たい言葉にずり、と色眼鏡をずり下げた。
 が、世話になるのはこの船。
 船長たるボスの方にゆっくりと顔を向ける。そんなことはないだろ、と。
「ねーよ。マタタビ酒は」
『な、なんだと!?』
 ボスの口から直々に否定されて、しおしおと元気をなくすミハイルだった。
 この時、船団に動きがあった。早い船はもう離陸している。
「いけね。野郎ども、乗り込め!」
「待って! 香澄さ〜ん!」
 ボスの声にコクリが慌てて振り向いて遠くでこちらを見守っていた新咲 香澄(ia6036)声を掛けた。
 しかし香澄、手を振るだけ。
「ボクはこっちに」
 という風に背後に佇む飛空船「ナヴィガトリア」に親指を向けていた。香澄の飛空船だ。
 コクリ、香澄に頷いて船内に向かった。
「待って……ください」
 これでよしと思ったとき、新たに別の影が飛び込んできた。
「あの…私も乗せて下さい…」
 影は、柊沢 霞澄(ia0067)だった。
「霞澄さん! きてくれたんだねっ」
「船が判らなくてギリギリになってしまいました、乗れてよかったです……」
 喜ぶコクリの姿に、ほっと微笑しつつ息を整える霞澄だった。
 こうしてシャルンホルストも浮上する。
 もちろん、他の船も。
 その中に。
「行くよみんな、まだ見ぬ大地をこの目で見る為、僕達の船出だ!」
 ばさあ、と空賊団旗を掲げる船があった。
 天河 ふしぎ(ia1037)の飛空船「夢の翼」だ。
 もちろん団員も揃って乗り、いま、浮上した。



 八咫烏を中心とした飛空船団は、無事に儀の端に到着していた。
 海はもうすぐ先で終わっている。
 ぐん、と船団の高度が下がった。
「うおー…すごい光景ねえ…」
 夢の翼に乗っているリュミエール・S(ib4159)が目を丸めて感嘆の声を漏らしていた。
 甲板に立つ彼女の目の前で、儀の海面から海水がこぼれている。
 そこを、まるで海に沈むかのように降りていく。もう、儀の上にはいない。
「はや〜。まるで滝のようだね」
 隣で見る犬獣人のミリート・ティナーファ(ib3308)も目を見開き、犬耳をぴこぴこさせて見入っている。
「でも、滝のように……いいえ、川のように全ての海水が落ちていくという感じでは……」
 ミリートの横には猫獣人のリズレット(ic0804)。胸に軽く結んだ拳を当てつつ、壮大な光景の様子を観察していた。確かに、滝のようにある水全てが落ちている様子ではなさそうだ。
「でも、滝のように少し涼しいんだぞ」
 ふしぎも夢中で上に流れていく光景に夢中になっていた。
「……ふうん。まあまあ面白いのね」
 さらに隣で、澤口 凪(ib8083)が無表情のままぽそり。両サイドでまとめている髪をくるりん、といじりながら。
「凪がこんなに喜んでくれるのも頷けるよね」
 にこ、とふしぎ。
 これにカチン、とくる凪。
「別に喜んでないでしょう? 喜んでるのは団長じゃない」
「えっ? 十分喜んでいるように……」
「あなたがそうだからって私がそうとは限らないわよね?」
「う……」
 凪につっこまれたじたじのふしぎ。凪はそのあいだも髪の毛をくるくるしつつ目の前の光景を気にしていたが。
「もうちょっと言い方があったかな……?」
「まあ、それがふしぎ様ですし」
 ミリートとリズレットは苦笑している。
「うん、やっぱふしぎ面白いわー。このまま見てたくなるわね」
 リュミエールの方はあからさまに楽しんでいるが。
「まったく……」
 凪、髪の毛をくるくるしつつ、ツン。顔がやや赤いようだが……。
「あ、あの…?」
「あー、やっぱりネコ耳はふわもこ心が落ち着くわね〜」
 いや、リズレットの方に向き直ってネコ耳をぽふぽふしだした。いや、尻尾も。
「はや〜。凪ちゃん、顔が赤い……」
「き、気持ち良いからね」
 ミリートの指摘に、これ幸いと強調する凪。「団長殿には心が弾んだのを気付かれたかも……」という思いは内緒だ。
「それならいいんですけど」
 リズレット、夫と自分の仲間のためなら、とふわもこぽふぽふされても満足そうではある。
「ふしぎはいいの?」
 リュミエール、リズの旦那に聞いてみた。
「い、いいのって、何が?」
「ふわもこぽふぽふ」
「ぼ、僕は別に頼めばいつだってふわもこぽふぽふは……って、な、何でもないんだぞっ!」
 ふしぎ、赤くなる。
「うん、やっぱふしぎ面白いわー。このまま見てたくなるわね」
「……夫婦そろって癒してるんだね」
 満足するリュミエールを見つつ、ミリートが興味深そうにする。

 こちら、八咫烏。
「すごいな……」
 羅喉丸が、上に上に遠ざかる儀の端を見上げていた。滴る水は滝のような大容量の瀑布とはならず、海の水量を考えると明らかに落ちてくる水は少なかった。
 その時、背後に気配が。
「すっごいよね、羅喉丸さん。ボクもこっちに来て良かったよ☆」
「ん? ……この声は」
 コクリのような声に振り向くと、実際には柚乃がいた。くすくす笑っている。
「おかしいと思った」
「本当はラ・オブリ・アビスでコクリちゃんに化けてみたかったんだけど……」
 そのスキルで人には変化できない。
「いたずら好きだな」
「そうでもない……」
 今度は柚乃、真面目な声に。
「何か人以外のものがいれば、見て記憶する、そうすれば帰って再現できる」
「なるほど」
「あれから、神霊はどうしてるのかな……」
 柚乃、遠い目をした。見上げたところ、儀の端が目に映る。
「そういえば、星芒殿は?」
「制御室みたい……」
 もう、雲海に突入した。
「呼んできたくはある。ちょうど警戒が必要だ」
「雲海に入ったところはちゃんと見たんだよ☆」
 羅喉丸が言ったところで星芒がやって来た。ようやく探し当てたという感じなのは、八咫烏の甲板がとにかく広いから。
「そういえば八咫烏。不動寺旧院だったんだよね〜」
 その頃はアヤカシである天狗も訪れることがあったみたい、と星芒。八咫烏のことに思いを巡らせていたらしい。
「うまく旧世界に降りられるといいよね」
「そうだな。雲海の中にもアヤカシはいるかもしれんし」
 柚乃は目的地に興味が注がれている。羅喉丸、今が心配だと口を挟んだ。
「その頃はアヤカシである天狗も訪れることがあったみたい。精霊と寄り添って生きるのが天輪宗なのに、何しに来てたのかな? ……こないだ天荒黒蝕やっつけた時も、なんかあいつ、あたしたちが強くなったのが嬉しいみたいなこと言ってたし」
 星芒、アヤカシの言葉に反応してまくし立てた。
「流石にここには来ないだろうな。……いるアヤカシは魚みたいだ」
 羅喉丸、遠くを指差した。
 とはいっても、視界が遠くまで届かないので結構近くだ。明らかにアヤカシの魚が悠然と浮いている。魚といってもやや深海魚風でグロテスクだった。こちらには寄っても来ない。
「……ふしぎ」
 柚乃も水中のような光景――居心地は明らかに雲の中だが――に見惚れていた。

 この頃、コクリたち。
「さっきも凄かったけど……」
「この光景も凄いにゃ♪」
 甲板に集まり儀の端っこを見上げていたコクリたちだったが、目の前の雲海の中も目を輝かしていた。千佳も深海魚アヤカシを指差してはしゃいでいる。
「瘴気だらけというわけではないですが……」
『なんなら俺の相棒に言って撃っておくぜ?』
 周囲の手応えを話す霞澄。ミハイルは短い猫の指で器用に人差指を伸ばすようにして格好をつけている。
 そのミハイルの主人というか相棒たるアーニャは望遠鏡で遠くを見るのをやめてロングボウ「フェイルノート」を構えていた。矢は番えていない。鏡弦だ。
「遠くを見通せず危ないですが……あんなアヤカシはあまりいないようです」
「そうですね。攻撃敵でもないですし無理に手を出してこちらに来られるほうが問題です」
 錫杖「ゴールデングローリー」を手にした生も言う。呪本「外道祈祷書」を抱くリィムナも一緒だ。
「ムスタシュイルを船内や甲板各所に設置しました。アヤカシや何かがとりついたら即時わかるようにしましたので、感知次第お知らせします」
「そうだね、生さん。すぐに操舵手に伝えられる体制にしておこう!」
「さすが生さんとリィムナさん」
 手際の良さに感心するコクリ。
「これで安心して下にいけるにゃね♪」
「ふぅん……」
 千佳がご機嫌な声を出している様子など見て、三つ目烏のボスも感心していた。
「ご覧の通りです」
 ここで泡雪が満足そうにボスに言う。
「分かった。俺たちを順次撃破したのはまぐれじゃなさそうだ。……しかし、アンタは浮かれねぇな」
「新世界と聞いてワクワクはしますが、まずはここを無事に乗り越えませんとね」
 にこ、と泡雪は微笑してメイド服の裾を翻した。
「コーヒーや紅茶を淹れておきますね」
「コクリにゃん向かう先、シャオが向かう先にゃ! 旧世界に行くのにゃ〜っ」
 入れ替わりに、小苺がだだだと走ってきた。
 いや、一匹の猫を追っていた!
「おいおい。落ち着きがねぇ……なっ!」
 ボス、全てを言う前に猫が顔に飛んできてへばりついた。
『留守番ばっかりで退屈だったにゃ』
「だからって……密航にゃー!」
 どうやら小苺が追っていたのは相棒の猫又「焔雲(フェイユン)」だったようで。
「……やれやれだ」
 顔にしがみついていた焔雲を剥ぎ取り首根っこをつかんでぷらんとさせつつ溜息をつくボスだった。



 時は若干遡る。
「うわあ……」
 自分の飛空船「ナヴィガトリア」の舵手を務めていた香澄は儀の端の光景に思わず声を出していた。
「船長、代わろう」
 開拓者ギルドからの補助乗組員が気を利かせた。
「ありがとう。ちょっと見てくるよ」
「いや、もしかしたら甲板にいてくれたほうがいいかもだぜ?」
「そうする」
 香澄、言葉に甘えて駆け出した。
 階段を下りて甲板に出て、そして立ち尽くす。
「……世界の端っこ。そして、これが雲海の中……」
 少量の水が流れ落ちる光景と、完全に雲の中になり稀にグロテスクなアヤカシの魚の泳ぐ光景に目を輝かせた。コクリやふしぎたちの船も近くで潜行している。
『何か船員が呼んでおるぞ』
 ふい、と相棒の管狐「観羅」が香澄の肩に現れて周りに注意を促した。
「船長、これからどうします?」
「もちろん、急ぐよっ!」
 香澄、いつもの言葉を口にした。
「えっと……この船は……」
「『ナヴィガトリア』、道標って意味で北極星の呼び方の一つだね」
 口ごもった船員に説明してやる。
 そして続けた。
「ということで、皆の船の道標になろう。幸い快速船だしね、先行して危険がないかを確認しつつ行動するよ。観羅も危険がないかしっかり確認していてね!」
 元気よくウインクをする。
「了解。ナヴィガトリア、道標となるべく先行します」
 快速船の乗組員だけあって香澄の言葉が気に入ったらしい。すぐさま加速潜行の体勢に入る。
 その後、まさかあのようなことになろうとも知らずに。

 場面は変わって、グナイゼナウ船内。
「改まっての話って、何にゃー。みんな甲板で見張り頑張ってるにゃのに」
 食堂の席に座った小苺が落ち着きなくそわそわしていた。
――コトリ。
「コーヒーでも飲んで落ち着いてはいかがですか?  ワクワクドキドキして、いざという時にテンパってしまってはいけませんからね」
 泡雪が入れたての珈琲を給仕しながら小苺をなだめる。ついでに、焔雲も主人をぽふぽふと前足で叩いてなだめていたり。
「それでは、下の世界に行った時のお話をしますね」
 改めて、同じ席に着いている霞澄が口を開いた。うん、とコクリや千佳が頷く。
「下まで行くと瘴気が濃いのであまり良い環境ではありません…」
 霞澄、驚かさないよう丁寧に話す。
「空一面を黒い雲が多い、日の光は差し込みません……瘴気に関しては私の術を皆さんに。……少しは瘴気の影響を減らせると思います」
「霞澄お姉ちゃん、すごいにゃ!」
「皆さんのため、と思って先に行って来ましたから……」
 身を乗り出し感心する千佳に、にこりと返す霞澄。
「私も精霊門で行って来ました」
 先ほどからスケッチブックに何かを書いていたアーニャが顔を上げた。
 ばっ、と掲げたスケッチブックには、荒涼とした都市らしき光景と墓所が描かれていた。
「……希儀も酷かったですが、これは……」
 これを見た泡雪、あまりの寂しい光景に瞳を翳らせる。
「あんなところに住んでるなんて生物とは言えませんよ〜。何食べて生きてるのでしょうね」
 でしょ? と泡雪を見返すアーニャ。
「補給、たくさんいるね」
「そのためにあたしたちが行くにゃね♪」
 コクリと千佳もアーニャの絵に見惚れていた時だった。
「コクリちゃん!」
 ばん、と食堂の扉が開いてリィムナが姿を見せた。
「急いで甲板に来て。すごいよっ!」
 皆がリィムナについて甲板に戻ると、生がデリタ・バウ=ラングルを放った後だった。
「蛇のような深海魚が珍しく寄ってきましたので。……それより」
 生、皆に気付いて灰になりつつあるアヤカシのさらに向こうを指差した。
「……巨大な、サカサクラゲ……」
 アーニャが呟き、スケッチブックに筆を走らせる。
「大きい……」
 霞澄も目を見張った。
 傘を下に向けて触脚を上にゆらゆらさせている半透明なサカサクラゲは、なんと中型飛空船以上の大きさがあったのだ。

 時は少し遡り、夢の翼の甲板。
「何か……知らない間にここはどこ、って感じね」
 リュミエールが半ば呆れたように感心しつつ、カップを持ち上げてすうっとする香りを楽しんだ。
 何と、いつの間にか甲板にテーブルと椅子が設置させているのだ。
「まあ、見てても周りのアヤカシは寄ってこないから別にいいけど」
 凪もテーブルに着き、ハーブティーの入ったカップにほっそりとした指を掛ける。
「よかった、喜んでもらえて。……それにしても、さすがリズとミリートなんだぞ」
 テーブルと椅子を運び出して設置したふしぎがひと仕事終えて額の汗を拭いつつ感心する。
「そうですね。皆が楽しく空の旅を過ごせるのが一番です」
「思いっきり楽しんでるよ。そして思いっきり楽しんじゃうんだ。何があるのか、誰も知らない先の先をね」
 隣に座ったふしぎをねぎらいつつリズレットが言うと、ハーブティーを淹れていたミリートがぴこと犬耳を動かし、振り向きながら請け合う。
「……ん?」
 この時、リュミエールが何かに気付いた。
「リュミエール…さん?」
 びく、とリズレットがネコ耳を動かしたのはもちろん、ふしぎが座っている自分の腰に手を回したことを見られたと思ったから。当のふしぎは、「みんなが…リズが居てくれるから、船を持ち僕はここまで来れた…もちろん、これからも」と心の中で呟いてすっかり恋人見詰め合いモードに入っていた。
 しかし。
「ふしぎ、後ろ後ろ〜っ!」
 指差し叫んだリュミエール。
 振り返ったふしぎとリズレットは、見た!
「はや……」
「これは……」
 ミリートと凪の言葉にならない言葉も漏れた。
「こんな……」
「……凄いんだぞっ」
 リズレットとふしぎも。
 そこには、中型飛空船より大きなサカサクラゲがふよふよしていたのだ。

 もちろん八咫烏でも。
「やっぱり神代な穂邑さんや八咫烏と共に天儀に来た古代人の末裔さんじゃないと、精霊・八咫烏から何か聞くのは難しいかな」
 とぼ、と星芒が甲板を歩いていると騒ぎが巻き起こった。
「え?」
 見ると、巨大なサカサクラゲが浮いているではないか。
 一方、甲板で見張りをしていた羅喉丸。
「やはり雲海の中に脅威は存在していたか」
 サカサクラゲを見上げながら自分の考えが正しかったことを痛感していた。が、これだけ遠いと見ていることしかできない。
「あれ、きっとアヤカシです。僅かに反応がありますから」
 隣では柚乃が懐中時計「ド・マリニー」を見ながら言い切った。
「襲ってくるわけじゃないな」
「罠みたいなものでしょうか?」
 見上げる羅喉丸と柚乃。そこに星芒が戻ってきた。
「やっつけないの?」
「攻撃してこっちに来られてもな」
 聞いてくる星芒にこたえる羅喉丸。
「でも……突っ込んだらお終い」
 呟く柚乃。
 そのまさかが、ある飛空船を襲った!


――がすん……。
「わあっ!」
 順調に、船団の先頭を切って降下していたナヴィガトリアが、突然何かにぶつかったような衝撃に見舞われた。
 ちょうど甲板に出ていた香澄、船底から突き上げるような衝撃に転んでしまい、したたかに額を打った。
「一体何?」
 打ち付けてにじんだ額の血を拭いながら聞いたが、原因はすぐに分かった。
 ぐわっ、と甲板下部から半透明な触手が姿を現したのだ!
「まさか、さっき見たようなサカサクラゲに引っかかった?」
「おそらく。わああっ、触手が船に絡んでくるぞっ」
 聞いた香澄に甲板員がこたえ応戦に移る。ぴたっ、ぴたっとしたからわいた触手が甲板に絡んでいる。
 いや、傘の部分も甲板から顔を出したぞ!
 ぐらり、と左に傾くナヴィガトリア。降下する船と止めようとするクラゲアヤカシの力が拮抗し、主に右舷寄りに捕まり右から顔を出したクラゲ側が沈まないのだ。
「こんなところで……」
 香澄、走った。
 いつも、いつだって走っていた。
 ふるさとであった出来事からこっち、開拓者になってからも、戦場でも。
 もちろん、今も!
「これだっ!」
 触手をかわし取り付いたのは、艦首の宝珠砲。すぐにぐるんと砲口を回した。
「北極星の輝きはこの程度で消えないよっ!」
――どうっ!
 撃った!
 至近距離でクラゲの傘の内側を狙った。
 ぐらり、と力なく揺れたがまだ剥がれていない。
「くっ……もう一撃は……」
 もちろん、傾いて次弾は遠くに転がった後だ。
 万事休す。
「……いや!」
 香澄、顔を上げた。
――どうっ、どうっ!
 宝珠砲の咆哮が響く。
 背中に二発を浴びたクラゲアヤカシはついに触手を剥がし、別の場所へと逃げるように漂って行った。
「コクリちゃんとふしぎちゃんだ」
 見上げる香澄。
 艦首を下にして強引に突っ込んできたグナイゼナウと夢の翼に感謝する。
――ごぅぅ……。
 そして、速度に差がついていたのでナヴィガトリア追い越す二隻。
 グナイゼナウと夢の翼の甲板には、無事を確認するように手を振る開拓者達が勢ぞろいしていてた。
 香澄、乗り込むときと同じように親指を立てた。
 感謝の意を込めて。

 その後、八咫烏もサカサクラゲアヤカシに捕まっていた。
「このっ!」
 星芒が錫杖「ゴールデングローリー」で甲板に絡まった触手を払う。
「動力炉や舵を壊されるわけにはいかん!」
 重く迫力のある踏み込みから金剛覇王拳に包まれた拳を触手に叩き込む羅喉丸。
「あ……振り切った。八咫烏は大きいから何とかなったのかな?」
 トネリコの杖を持った柚乃は、八咫烏と比べれば格段に小さいサカサクラゲが張り付ききれずに上に取り残されていくのを見上げて言った。
「精霊力を使う開拓者と瘴気が凝ったアヤカシ、かぁ。両者が拮抗すると……空に還る? でも混ざる訳じゃないからなあ?」
 尻餅をついていた星芒は、この冒険中ずっと思いを巡らせていたことを口にしながら上に離れていく巨大アヤカシを見送って呟いた。

「これだ!」
 グナイゼナウでは、リィムナがひらめいていた。
「何かあったかにゃ?」
 コクリの背中に飛び乗っていた小苺が聞く。
「コクリちゃん、雲海の中の雲は流れないんだ」
「そ、そうなんだ?」
 索敵中、一生懸命観察していた結果を話すリィムナだが、コクリは何が何だか分からない。
「雲海の中は流動的じゃない……さっきのサカサクラゲも素早い動きはしないし、深海魚アヤカシもそう。つまり、観測によって安全な航路を見つけられるかも知れないんだよ」
 つまりどうするかというと……。
「全員、何かにしがみついて!」
「それじゃ、行くよーっ!」
 リィムナの合図に、コクリの掛け声。
――がくん。
 船体が前に大きく傾いた。
 先ほど、香澄の船を助けに突っ込んだ時と同じだ。
「やれやれ、まったく……」
 三つ目烏のボスはこのアイデアに感心する。
「水平に保っていたら行く先を観測しにくいけど、こうして斜め下に前進すれば常に前を観測しながら進めるよねっ」
「その分、お茶も入れることができませんから休憩しつつ、ですね」
 説明するリィムナに、欠点とその対処法を話す泡雪。
「なるほど。帰りは上に行きますから、普通に上昇してても危険は目視察知できますね。この方法は下に行く時だけでしょう」
 生は上を見上げながら感心した。
 もちろん、この手法はすぐに皆も気付いた。
「箱庭に種を残さなくてはならなかった、瘴気にまみれた旧世界…一体何が? その謎、この手で解き明かすんだからなっ!」
 猛るふしぎ。
 夢の翼も前傾姿勢で大きく螺旋を描きつつ降下していた。
「これなら今まで船底にぶつかってた深海魚アヤカシも排除できるや」
 甲板ではずり落ちないように腰を落としたミリートがマスケット「魔弾」で進行上すれ違うタツノオトシゴ型のアヤカシを打ち倒す。
「過ぎ去った世界でも、人間が生きていたらきっと、泣いたり笑ったり普通にしてたんだろうなぁ」
 誰にも聞こえないような声で呟きながら、凪も腰を落として魔槍砲「虹」をどーん。
 そして――。

「わあっ!」
 再び先行していたナヴィガトリアで、香澄が歓声を上げた。
 ぼふっ、と雲海を抜けたのだ。
 暗いながらも、視界の開けた空が広がる。見上げると空は黒い雲が天井のように広がっていたが。
『ひと仕事すんだね』
 観羅もひらりと現れ、まだ見たことのない光景を堪能。満足したようで、ふさふさの尻尾で香澄の頬を撫でてやった。

「雲が……周りが少し明るくなりましたか?」
 夢の翼では、リズレットが周りの異変に気付いた。
 すうううっ、と周りの雲海が晴れる。
「きゃっ!」
 瞬間、リズレットは何者かに抱きかかえられた。
「すごい…世界の下にもう一つの大地は、本当にあったんだ!」
 振り返ると、目をキラキラさせたふしぎが抱き上げていた。もちろん、リュミエール、凪、ミリートも晴れやかな顔で続いていた。

 もちろん、グナイゼナウも。
「コクリちゃん、やったにゃ☆」
「うんっ。……これで香澄さんやアーニャさんが見た世界をボクたちも見ることができるねっ」
 千佳とコクリが旧世界の空をぐるっと見回している。
「世界の成り立ちを知ることができるなんて浪漫。好奇心を満たしつつ危機が救えるなら一石二鳥!」
『相変わらずだなぁ』
 いつだって前向きなアーニャも喜ぶ。相棒のミハイルも満足しつつ主人の相変わらずっぷりにやれやれ。
「はい……これから、ですね」
 霞澄は下の様子を思い出しつつ、慎重に。
「大丈夫にゃ。小苺が付いてるし、コクリちゃんもいるにゃー!」
「そうですね……」
 元気付けようとする小苺に、元気がなくなったわけじゃないと伝えようとにこやかに返す霞澄。
「そう、それ」
 今度はリィムナが口を開いた。
「リィムナさん?」
 神妙な口調に、思わず顔を覗く生。
「旧世界のアヤカシは人を襲わないみたい。元々アヤカシってそういうもので儀にいるアヤカシは、何らかの目的で人を襲う様に作り変えられてるのかな?」
「リィムナさんも降りられたのですか……」
 霞澄も気付き振り向く。
「……古代人の手で」
 自らの思いを言い切るリィムナだった。

 八咫烏も雲海を突破した。
「あ……」
 星芒がいま突破した雲海の底を見上げていた。
「八咫烏が出てきたところ、白く渦巻いてる」
「これはいい」
 すぐさま羅喉丸が言う。
「帰るときに目印になる……ん?」
 羅喉丸。言い切らずに口調を変えた。
 隣で何かしている柚乃に気付いたのだ。
「おめかししてるわけじゃないです」
 柚乃、髪に飾ったローレライの髪飾りを整えていたらしい。
「旧世界に辿り着いたら、心の旋律を紡いでみたいなっ、て……」
 にこやかに言う。

 こうして、八咫烏を中心とした飛空船団は雲海突破を果たし、旧世界へと降り立った。
 ごく少数、サカサクラゲアヤカシに誤って突っ込み脱出に遅れ著しく損傷した船もあったようだ。