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■オープニング本文 ●神楽の都の南那亭 「ほへ?」 気だるい午後の珈琲茶屋・南那亭で、南那亭めいど☆の雪切・真世(iz0135)がぼんやりした声を出していた。 「いや……新婚ほやほやで幸せなのは分かりますけどね」 あちゃ〜、という感じに自らの額を手で押さえる旅泰商人の林青(リンセイ)。 この様子を見て、一斉に常連客の助平親父達が知らん振りをした。 ちょっと前までの、彼らと真世の会話を振り返ってみよう。 「ええか、真世ちゃん。男は外に出れば戦場にいるのと同じ。旦那は真世ちゃんと一緒に暮らす家に帰るのが唯一心休まる時なんじゃ」 「そうじゃそうじゃ。じゃから、旦那にはたくさん優しくするんじゃぞ」 「そうすれば旦那も真世ちゃんにたくさん優しくしてくれる」 「そればかりか……むふふ以下略」 「そうそう。それと、男は内気なモンじゃ。それとなくむふふ以下略」 「あとはそうそう、むふふ以下略」 「ちょ、ちょっと。こんなところでそんなそんなそんな恥ずかしいこと言おうとしないでくださいっ!」 ぺちぺちぺち……。 「そんなことゆうても真世ちゃん、真っ赤になって途中まで真剣に聞いておったではないか」 「そうそう。メモまでとって」 「それで、話を聞いただけで腰砕けになっていつもは『ぺしぺし』いう真世ちゃんの銀盆がすっかりへろへろになって『ぺちぺち』としか……」 「くっ……。と、とにかく他のお客様も……」 「今はわしらしかおらんのじゃ。ええではないかええではないか」 「ほうれほれ、もっと聞きたいか? むふふ以下略」 「ほうれほうれ、むふふ以下略」 とまあ、そんな艶話――世界が世界ならアメリカンジョークというようだ。ちなみに倫理的にはギリギリセーフ――ばかりを聞かされていたのだったり。 閑話休題。 「もう一度いいます。泰国の南那で、新しい領主が中央より派遣されました。英雄と名高い真世さんたちに会いたいから、あっちの南那亭に来るそうです。護衛と、今までかかわった立場から、南那はこうすればいいといった意見交換したいそうです。きてくださいね」 林青、真世の顔に迫って語尾もきっちりと言い切った。 「う、うん。一緒に戦ったみんな、よそ者を嫌って欲しくないって言ってたからその辺の具体的な改善策なんか話し合えるといいよね」 ここで奇跡的に、真世がしっかりしたことを言った。 この問題が英雄部隊で何度と泣く持ち上がっていたからでもある。 「一応、この紙に新たに使わされる吏官の名前と資料を書いてあるから目を通しておいて下さい」 <孝機関(コウキカン)> 泰国中央政界で長く実務をこなしてきた「孝陽順」(コウ・ヨウジュン)を長官に、商工業などそれぞれの専門分野に精通し期待の掛かる若き役人七人が指揮をする組織。総勢三十人程度。 齢八十の陽順は引退した身ではあるが、南那が変化を嫌う上、若き統治者となって混迷したことを受け直轄への足掛かりとして担ぎ出された。現役時代は輝かしい実績に恵まれなかったが、科挙では優秀な成績を残している。息子の「孝亮順」が春華王の世話係である侍従長を務めるなど、晩年からの評価が高い。長く安定する地方政治を求めての、老若取り混ぜた抜擢である。 陽順自身は長く立っていることもできないほどで、細く力ない様子。常に杖を使用。頭頂部は薄いが、左右に広がる白髪が印象的。 「これが、新たな統治団兼地下資源採掘指揮団です」 ちなみに南那。 椀・栄董亡き後に、陸側の住民不満を受ける形で次男の椀・訓董が反旗を翻し内乱に突入した。 開拓者の活躍などもあり、長男で正式に領主となっていた椀・栄進が訓董軍の撃破に成功。訓董は自害し、栄進は身内の反乱を憂慮し勇退。領地統治権の返上により、形だけ使わされていた吏官の更迭と同行し中央に入った。地下資源採掘の手土産により、閑職をあてがわれたと言う。 「……大丈夫かなぁ?」 「住民には受け入れられています。春華王の関係者が来たことで期待されている、と感じたようです。また、若者の統治で乱れたところに若手ではなく、実績ある年配者を当てたところも安心しているようですね」 すっかり元にもどった真世に、ほっとして説明する。 「とはいえ、陽順は護衛の泰拳士を率いて来ます。こちらも、接客と会談、護衛をしなくてはなりませんね」 「うん、分かった。いろいろ声を掛けてみるね」 というわけで、真世と一緒に南那へ行く人材、求ム。 |
■参加者一覧
アーシャ・エルダー(ib0054)
20歳・女・騎
雪切・透夜(ib0135)
16歳・男・騎
アイシャ・プレーヴェ(ib0251)
20歳・女・弓
泡雪(ib6239)
15歳・女・シ
アルバルク(ib6635)
38歳・男・砂 |
■リプレイ本文 ● 「騎士っていうのはですね……」 ばさーっ、と白い布が舞った。 「時に、武力よりも見た目の方が大事な事がある…それと同じ事ですね」 南那亭のメイド服に身を包んだアイシャ・プレーヴェ(ib0251)がテーブルクロスを回収しながら言った。 「折角、整えたのに…」 背後ではこの店を預かる加来(カク)が、前日にいつもここで働く店員たちが特別に飾ったものが取り払われていくのを寂しそうに見ている。 「……見た目が大切なら飾ってた方がいいんじゃないの? それにアーシャさん騎士じゃないし」 ほへえ、とアイシャの思い切りの良さを眺めつつ雪切・真世(iz0135)が素朴な疑問を投げてみる。 「普段どおりが一番です」 アーシャ・エルダー(ib0054)が、妹のアイシャの代わりに真世にウインク。 「そうですね」 背後の厨房では、くすりと微笑しつつ泡雪(ib6239)が丹念に珈琲の準備をしている。 一方、作業を終えてテーブルクロスをたたんだアイシャも微笑んでいる。 「真世さん。私たちはアヤカシや馬賊と戦っている間、住民に安心してもらえるよう『英雄部隊』に祭り上げられました。今度もまた、新しい統治者から住民に安心してもらえるよう『英雄部隊』として利用されてるんですよ」 「その……気に食わない?」 おずおずと聞いてみる真世。 アイシャはちょっと動きを止めて、にこり。 「外敵を撃つよりも、身内にこそ自分達は安全だと安心させてあげるのが守る者の役目です。そこはわかってるみたいですね。見た目よりも中身、なんていうのはただの甘えですから」 しっかり活用されてあげないと、という態度と、施政者としてしっかり見極めないと、という覚悟に溢れていた。 「そうそう。好感度アップ上等じゃないですか。政治にはパフォーマンスも大事」 アーシャも真世を撫で撫でしつつ妹と同じ考え。 「騎士については、お姉を見てますから分かるんですよね♪」 アイシャは最後にそう言い、にっこり。 ここで外から重厚な馬車の音が響いた。 「来たようですね」 雪切・透夜(ib0135)が窓から外を見遣った。 立派な馬車が数騎の騎馬を従え、いま南那亭の前に止まった。 真世やアイシャ、泡雪たちメイド服を着た女性が店の入り口に出迎えに行き、「いらっしゃいませ、南那亭にようこそ」。 「ああ、ありがとう」 かつりと杖を突き入ってきた、身を屈めた老人がゆっくりとそう言った。 新しい統治者、孝陽順(コウ・ヨウジュン)である。 ● 陽順は細く力ない体つきで、頭頂部は薄いが左右に広がる白髪が印象的だった。 「英雄部隊と聞いてさぞや……いや、紹介してくれた者が含み笑いをするはずじゃの」 開拓者たちを見て目を丸めたのち、陽順は温厚そうな笑みをたたえた。騎士衣装の透夜とアーシャが代表格と見て視線を送ったところ、二人は真世を前に出した。 「へ?」 「とにかく、お会いできて光栄。南那に新たに遣わされた孝陽順と申します」 うろたえる真世に自己紹介しつつ握手を求める陽順。続いてほかの四人にも。 真世は緊張してはふぅと息を吐いている。 「真世さん? 落ち着いてね。給仕は私達に任せておいてください」 そんな背後からこっそりとアイシャが耳打ち。にこにこ見守っている泡雪と一緒に厨房へといったん下がった。 「えーっと、ええと……」 「とにかくお座りください」 完全に舞い上がった真世に代わり、透夜が席を勧める。陽順のほか数人が中央のテーブルに座り、護衛の泰拳士たちはそれぞれ持ち場に散った。今日の南那亭は貸し切りである。 「早速ですが、陽順様はここに馴染みがあり、なおかつ外部から見ることのできるあなたたちに南那のことを伺いたいと考えています」 陽順の隣に座った、キツネ目の男性が切り出した。 「我々は外部の者じゃが、皆さんほど馴染みはないでの」 そう付け加えた陽順。老齢なのでゆっくりとしかしゃべらない。主な会話は付き人に任せるようだ。 「率直に、今の南那に何が足りないか、何が必要か思うところがあれば参考に……」 ――ことん。 「南那に足りないもの、ですか。勿論私達にも意見はありますが、孝様におかれましては何が足りないと思われておりますか?」 アイシャが水を配りながら逆に聞いた。さすがにむっとする付き人たちだが、アイシャの方はあくまでにこやか。 「勇気、じゃの」 付き人の代わりに陽順が言った。特に機嫌を損ねた風はない。 「勇気?」 「蛹から姿を変え羽ばたく勇気。……あるいは壊れてしまった日常から、戻らない日常を捨て去る勇気。もう、南那は先の内乱で壊れたといっていい。もちろん住民は壊れたとは思ってないがの」 深いため息。 ――ことり。 ここで泡雪が珈琲を出した。ふわっと深みのある香りが皆の鼻をくすぐる。 「どうぞ。今や南那の経済の一翼を担うものです。ぜひ飲んでみてください」 泡雪の言葉にうむと頷く陽順。香りを楽しんで少し口に含む。 「泰国南部の茶として知ってはいるし、飲んだこともあるが……ふむ。商売になるだけはある。味以外にも、の」 「天儀の神楽では最初、この味に戸惑う人がいたようで」 にこやかに言う陽順の様子を見て、うやうやしくお辞儀して何気なく言う泡雪。 そして、顔を上げてから口調を明るくする。 「ですが、飲んでみると香りに惚れる人が多かったのですよ」 我がことのように誇る。伝えたいのは、「南那の特産が外でどう見られていたか」。 「人も同じではないでしょうか。よそ者だからと、話し合うこともなく拒否するのは、食わず嫌いと同じですよね」 「施政者として来たとは言え、立場は同じじゃの」 続ける泡雪の言葉を受け止め頷きながら、本格的に珈琲を飲む陽順だった。 半面、付き人は少し機嫌を損ねている。筆頭らしいキツネ目の男は指を動かして後ろに控えている大柄な泰拳士に指示を出した。これに頷く大男。 「お話が少し周りを気にしなくてはならない内容になりましたね。周辺警備を強化します。……おっと、せっかく英雄部隊の面々もいらっしゃるのだからぜひご一緒を」 「いいでしょう!」 アーシャが立った。挑まれたと思っている。なにより、妹が一石を投じてからの流れだ。当然受けて立つ。 「あ。でも先に言っておきたいことが……専守防衛で航空戦力を持たない方針は取っ払いましょう! 存在するだけで威圧感のあるアーマーもお勧めですっ。あと、北の砦の再建をお願いします! あれがあると無いとでは人々の安心感が違います。後は…えーと……」 「お姉。後でちゃんと話しておきますから」 淑やかな様子から一転まくし立てるアーシャ。熱心に伝えるか出掛けるかのとどっちつかずで慌てた風なのが見る者の笑顔を誘った。何より、本当に我がことのように考えている様子が見て取れる。陽順がうんうんと頷きながらも微笑しているのもそう感じたからだろう。 「絶対だからね、アイシャ〜」 こうしてアイシャと泰拳士が出て行く。 ● さて、店内。 「いま話に出た北の砦の再建じゃが……、はっきり言うと難しい」 陽順が話を戻した。「どうして?」と真世。 「中央の我々が入って攻めに来る者はおらん」 「しかし、公共事業で土地の基盤整備をするのは必要では? 労働と賃金を得て住民は潤い、活気が出ます」 今まで静かにしていた透夜が身を乗り出した。 「その通り。さすが武功のみではないと聞いたとおりじゃの」 「ではなぜ?」 「壊れた殻を整えるより、新たな道を作ることを考えておる」 陽順、透夜にこれから取り組む事業を説明した。 「内陸部に大きな貯水池を作り、これを農業調整池として機能させ農産物生産高を上げ、飛空船の陸地側の港にしたい」 「あ……」 陽順の言葉を聞いて透夜がピンと来た。 「いいですね。内乱は沿岸部と内陸部の不公平感が原因だったと聞きます。それなら公平になりそうだ」 「先の戦いで大きく頑丈な橋もできたと聞く。鉱山からの産出物は椀那回りではなく、眞那回りにしたい。距離も眞那近くに調整池を造ればいい」 「あとは内乱後の爪跡も大きいはず。そういった場所も公共で修復していけば。それと……」 透夜、ここで口調を変えた。 「役人と商人の癒着、及びピンハネの監視をしっかりしてください。金銭絡みではよくありますので」 「当然だ。そういった点は厳しくいく」 突然、横に控えていたキツネ目の男が割り込んでぴしゃりと言った。 「くす…。後は特産品を増やしてはどうです? 海なら長期で保つ魚醤や燻製。塩自体ももっと地名を前面に出したもので。陸なら養蜂かな。コーヒーの花から作る蜂蜜なんかいいんじゃないかと」 キツネ目の男の様子に、そういった面は頼りになると微笑する。ぎろりと睨まれたが、温めていたアイデアを出してごまかす。アイデアの有効性に気付いたキツネ目の男は追及するひまもなく急いでメモを取り出した。 「よい考えじゃ。わしらは住民に比較的好意的に受け入れらタレが、いざこれまでの利権構造をなくして一から作り直そうとすると途端に掌返しを食らっておる。英雄部隊からの案だと言えば少しはまた、関係も改善されるじゃろう」 溜息をついてついに本音をこぼした陽順。 長く変化のない土地だっただけに、利権関係は強固なものらしい。比較的新しい交易品である珈琲ぐらいしか活気のある取り引きはない状態だ。新しい物を求めている状態ともいえる。 「まあ採算が取れるかどうか、ですけどね。全ては調査結果次第かな」 難しい話はお終い、とばかりに微笑する透夜。 「参考になった。いろいろやってみよう。もちろん、先の女性の言っておったことも。……北の砦だけは難しいが、彼女の言うアーマーを重点配備すれば代用できよう」 陽順もそれに頷いた。 ● この頃、アーシャ。 「一度英雄部隊とやらと手合わせしてみたくてな」 彼女を連れ出した大男が振り返りつつ拳を構えたっ! 「場所が場所ですが、いいでしょう!」 アーシャ、受けて立つ。通行人がいるにもかかわらず騎士盾「ホネスティ」を前に掲げロングソード「クリスタルマスター」を抜き放った! ちなみに、きょう孝機関が南那亭に来ることはある程度知れ渡っている。 店は貸切だが、会談の行方が気になる向きも多いようで、かなりの人出があった。もちろん、その中には孝機関を快く思わない既得権益者の用心棒もいる。 「行くぜっ!」 男、正面から堂々と来た。武器は手甲。かなりの逸品。 「なんのっ!」 一打に見えて三打の攻撃を盾で受け流す。これはわざと盾を狙ったとアーシャも気付き、手加減のダウンスイング。が、完全に見切られている。 「大きな癖に早いですね」 「手加減はいらねぇぜ?」 「だったら……」 アーシャ、今度は本気だ。剣を引いて盾で押す。 これをいなす大男。但し、盾に込められた力が先とは違う。バランスを崩す男。 ただし、彼も泰拳士。 崩れた体勢で、下からむしろしてやったりの鋭い視線を投げてくる。まるで捕まえた獲物に止めを差すような目付きで! しかしっ! 横から見ると良く分かるが、アーシャの引いた剣にはオーラが恐ろしいまでに集中しているぞッ! 大男はこれに初めて気付いて、顔つきを変えた。 「これでどうですっ!」 アーシャ、渾身のダウンスイング。 果たして、得意の形にハメたのはどっちだ? ――ドシッ! 振り下ろされたロングソード。 大地を叩いたかと思うと、そこから土が飛び散った。まるで内部爆発をしたようだ。 ――すとっ。 「かわしますね?」 「相打ち狙いでも良かったが」 大男は、アーシャの横に着地していた。アーシャは嬉しそうで、大男は悔しそう。 「ま、いい。ここからは一人で警備する」 それだけ言って哨戒に行く。 ● こちら、店内。 「あの……」 話がひと段落ついたと見て、珈琲のお代わりを持って来た泡雪が口を開いた。 「ここはよそ者を嫌うようですが……天儀の神楽の都には、それぞれアル=カマル街やジルベリア街なんかがあります。そうした、外部の住民中心の町を作ってはどうでしょう?」 「その問題か……」 改めて溜息をつく陽順。 「よそ者嫌いを改善するのは一朝一夕にはいきません。ですが、まずは触れ合ってみないと」 「尖月島があるけど、あそこは観光地で日常生活の場じゃないもんね……」 熱心に説く泡雪。真世も心当たりを口にするが、それでは解決にならない。 「そういえば貴女は弓を使うそうで」 ここで、キツネ目の男が真世に食いついた。後ろで弓使いがうずうずしている。 「仕方ありません」 全体に目を光らせていたアイシャがここで出た。手にはもちろん弓を持っている。メイド弓使いという出で立ちは真世と同じ。弓の男も真世ではないが納得した。顔を貸せと外に顎をしゃくっている。 「では行ってきますね、真世さん」 にこやかにアイシャもついていく。 「外部の町は、『街道市』なんて名前はどうです?」 透夜、逸らされた話をしっかりと戻す。 「『開窓市』はどうでしょう? 他国との窓口ですね」 泡雪も続く。 「分かった、考えておこう」 陽順、この意見を採用した。 「あー、いい汗をかきました。珈琲くださいな 」 ここでアーシャが戻ってきた。 「お前、あいつを倒したのか?」 愕然として聞いて来るキツネ目の男。 「引き分けですよ。なかなかの相手でした」 泡雪に出してもらった珈琲を飲んで爽やかに言うアーシャ。 外では歓声が巻き起こっている。アイシャがロングボウ「フェイルノート」で自慢の遠当てを披露しているのだろう。すぐに同じような歓声が。いい勝負をしているらしい。 「……やるようだな」 キツネ目の男、悔しそうに爪を噛む。 「この男も満足したようじゃし、そろそろ失礼しようかの」 陽順、腰を上げた。もしかしたら決着がつくのを良しとしなかったのかもしれない。 「陽順さま。私は何度も訪れた南那が好きです。多くの人に南那を好きになって欲しいですし、南那の人にも他国の人を好きになってほしいです」 見上げた陽順の目に、両手を組んで息を飲むように訴える泡雪の姿が映った。 「私も、まだ短いが南那が好きじゃよ。……南那亭の皆さんも」 陽順、英雄部隊とは言わなかった。 ● 用件が済んで、南那亭の前。 長椅子に透夜と真世が仲良く腰掛けていた。 「……私、何もできなかった」 「大丈夫だよ、真世。きっとうまくいく」 見上げる真世に返す透夜だが、「およ」。 真世の訴えるような、うるうるする瞳に気付いたのだ。 「……いや、戻ってからね」 キスをねだられたが、周りを見るとさっと視線を逸らす人の多さに慌てた。いまはおあずけ、と髪を撫でる。 後日、南那亭で。 「あの長椅子、最近人気だな……」 加来が首を捻る。 「『縁結びの長椅子』って呼ばれてるのよ。私もいつか素敵な男性と……」 店員ちゃんはうっとりと説明したり。 もちろん、真世と透夜が座ってキス寸前までいった長椅子だ。 |