香鈴、再会の雑技団
マスター名:瀬川潮
シナリオ形態: イベント
相棒
難易度: 普通
参加人数: 10人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2014/07/21 18:25



■オープニング本文


「あっ、こら。このクソ坊主っ!」
 神楽の都の某所の茶屋でそんな叫びが響き渡った。
 茶屋の店主の前には驚いたように佇む旅人が。その横に、たれのみ残った団子の皿。そして走り去る薄汚れた少年。
 休んでいた旅人の団子を失敬したのだ。
「やれやれ……」
 この様子を見ていた香鈴雑技団の剣舞少年、兵馬(ヒョウマ)は、木刀片手に少年を追う。
 団子をくすねた少年が角を曲がったところで、予想外の事態になった。
「うわっ!」
「おおぅ? わりゃ、このくそ坊主。なにしよんならぁ!」
 曲がり角には、ちょうど反対側から粗暴者が近寄っていたらしい。どしんとぶつかってならず者が激昂している。あまりの剣幕に圧されて少年が後ずさって角から出てきた。
「おあっ! ワシの服に団子を……おんどりゃあ!」
 同じく角から出てきた粗暴者。なんと勢いで匕首を取り出しているではないか!
「おい、そりゃないだろう!」
 兵馬、反射的に踏み込んだ。
 伸ばした木刀の先が粗暴者の掲げていた匕首を打つ!
「くっ……覚えてろよ!」
 粗暴者、兵馬に食って掛かろうとしたが、逃げた。兵馬としては特に凄んだりはしていないつもりだった。
 ただ、いつか小型の祟り神と骸骨に襲われたときの感覚を思い出していた。いや、盗賊に襲われたときのことか。
「あ……」
 助けてもらった少年は、兵馬をぽかんと見上げていた。
 これに気付き、いつか死線を抜けたときの追憶を止める。
「お前、何度もあそこで団子をくすねて、満足してんのか?」
 聞いた。
「し、仕方ねーだろ。俺たちはこうでもしないと食えねーんだよ!」
「食って、どうすんだ? また盗むために食うのか?」
 兵馬が問い詰めると少年は怯んだ。
「おおい、良くやった。捕まえてくれたんだな」
 今頃店主が追ってきた。
「行け」
 兵馬、少年を逃がす。
「ちょっと! 何のためにアンタを雇ったと思ってんだ!」
「すまない。お詫びに今度、仲間と一緒にまつりをして客寄せするから……アイツに機会をくれないか?」
 店主に向き直り、兵馬は言う。
「あん?」
「俺、泰国で雑技団をやって食ってたんだ。……もうすこししたら仲間も来る。たくさん客を呼べば金になるだろう? そこでもしもあいつらがまた泥棒するなら、今度こそ捕まえるよ。頼むからアイツに機会をやってくれ」
 実は先の少年、孤児でこの一帯で小さな盗みをやっていた。
 最初は不憫に思って見逃していた住民だったが、やがて少年の仲間がやって来て目に余るようになっていた。さりとて大事にしたくない住民は、若い兵馬に懲らしめるよう頼んでいたのだった。
「そ、そりゃいいが……そうか。あんた、そんな特技があったんだな」
 もともと子ども好きの土地柄である。店主はこの提案に喜んだ。
「雑技旅をしてて、ちょっとは話題だったんだ。……天儀での最初の公演だから、賑やかにやるぜ!」
 アイツも見に来ればいいな、と思いつつ明るく言い放つ。
「よし。そういうのはみんな好きだからまちを上げて盛り上げよう」
 茶屋の店主、周りに声を掛けて屋台を出すことを約束した。

 雑技団の後見人、記利里(キリリ)からはもうすぐ前然(ゼンゼン)、烈花(レッカ)、闘国(トウゴク)、陳新(チンシン)が無事に天儀にやって来ると知らせを受けている。神楽の都で針子仕事をしている皆美(みなみ)、酒場などで歌っている在恋(ザイレン)、そして開拓者をしている紫星(シセイ)の仲間と共に、天儀初公演をするんだと意気込む兵馬だった。

 そして偶然、開拓者たちはこの場に居合わせたり、雑技団が再会するとの噂を聞いて再会公演に立ち会うことになる。


■参加者一覧
/ 梢・飛鈴(ia0034) / 柊沢 霞澄(ia0067) / 九法 慧介(ia2194) / 宿奈 芳純(ia9695) / アルーシュ・リトナ(ib0119) / 琥龍 蒼羅(ib0214) / 真名(ib1222) / リィムナ・ピサレット(ib5201) / 三郷 幸久(ic1442) / 葛 香里(ic1461


■リプレイ本文


「よし、みんな準備はいいか?」
 茶屋のある広場。端っこに張られた天幕の中からそんな声がする。
「ちょっと待って。まだ集まってないから」
 前然と陳新の、そんなやり取り。
「みんな、お待たせ。しょもふーと集星も連れて来たよ」
「まったく、こっちに来てからいろんなことがありすぎ」
 そこへ、在恋と紫星が楽屋代わりの天幕に入ってきた。
「こっちもいろんなことがあったよ」
 にこりと二人を迎える闘国。隣の烈花も頷く。もちろん、皆美も。
「よし、これで揃ったな。それじゃ香鈴雑技団の天儀本格初公演といこう!」
「おお」
 兵馬の言葉に、声が揃った。
 雑技公演の始まりだ。

「やってるな」
 多くの観客が詰め掛けた茶屋前の広場の隅で、すらりと立つ影がそう呟いた。
  琥龍 蒼羅(ib0214)である。
 涼やかな面が優しくほころんだのは、舞台で香鈴雑技団がそろって龍の飾りを掲げて場を盛り上げていたから。
「やはり……」
 思わず漏れた言葉は途中で途切れ、その表情が引き締まった。
 ざ、と蒼羅の隣に人が立つ。
「先に雑技団と会わなかったのですか?」
 宿奈 芳純(ia9695)だ。
 必要なことだけ手短に言う。呪術人形「必勝達磨」を右手で小さく抱えている。
「一斉に行って邪魔になってもな」
「みんなそう考えたのかもしれません」
 蒼羅だけでなく、芳純も公演前に雑技団とは会わなかった。
「今日は長丁場ですし、心配事もあります」
 芳純、言いながら人魂で小鳥を産みだした。左手で空に放つ。
「そうだな。せっかくの舞台に水を差すようなことはされたくないからな」
 頷き、蒼羅も動いた。腰の魔刀「ズル・ハヤト」の位置を直しながら芳純に背を向け、周辺警戒に行く。

 そして2人が消えた後の場所で。
「んぁ〜」
 腕を組んだまま両手を挙げた格好で背伸びをする女性が現れた。
「こっちに戻ってくるのも久々だナァ」
 ふう、と腕を下ろしてひと息ついた姿は、梢・飛鈴(ia0034)。このところ泰国で戦っていることが多い。
 にや、と口元が緩んだのは舞台で伸びやかに動く雑技団の面々を見たから。南那脱出を手伝った子供以外もいる。
「居残ってる連中とは随分会ってない気もするガ…」
 まずは演技をじっくり見ることにしようと背後の壁に背中を預けたとき。
「やあ」
 この時、声を掛けられた。
「郷かイ。行かんのカ?」
 現れた人物が三郷 幸久(ic1442)と知り、舞台の方に軽く顎をしゃくった。
「挨拶くらいは、と思ったけど何だか合わせる顔がなくってね。前回……」
「そうカ?」
 逡巡する幸久に、すぐさま返す飛鈴。
「そう言う飛鈴さんは?」
 今度は幸久が聞いた。
「ま、旧交はゆっくり温めればいいんでないカ」
 のんびりと返し、まずは並んで一礼する雑技団を見る。大きな拍手がわいたところだ。
 同じく子供たちに向けた幸久、ようやく吹っ切れたような顔をした。
「幸久様?」
 その顔を、葛 香里(ic1461)がそっと覗き込んだ。
 幸久、恋人の眼差しにも気付く。
 青い瞳はいつもの香里の様子ではない。
 何か言葉にしたい。
 でも、その言葉が見付からない。
 ただただ、幸久の様子が気になる――。
「あ、ごめん」
 はっとした幸久、我に返る。
 今日は何をしにここに来た?
 本当に挨拶だけか?
 だったら、なぜ二人できた?
 繰り返される自問は、一瞬。
 大きく息をついて優しく香里を見詰めた。
 幸久にいつもの微笑が戻る。
「いえ。こんな幸久様を見るのは初めてだったので……」
 返した香里の言葉は、ほとんどが口の中で消えた。
 どこか心の浮かない幸久を目の当たりにし、何とか力になれないかとずっと考えていたのだ。
 戻った微笑に安心し、きゅっと幸久の裾を掴んだ。
「今日は、縁のある子供たちの晴れ舞台。二人でゆっくり楽しもう」
「はい。……私をお連れ下さいませ」
 改めて言う幸久に、改めてお願いする香里。
 幸久、両手を取って包み微笑する香里に心の中で感謝した。



 一方、舞台では烈花がある場所に向いてことさら派手に手を振っていた。
「あ……」
 観客に交じっていた柊沢 霞澄(ia0067)は、自分に向けられたのだと気付いて小さく手を振り返した。烈花、気付いてもらえたのが分かりウインクしている。
 そして霞澄、再びびくっとする。
「色々あったけれど、弟妹達が無事揃って本当に良かった」
 背後からそう声を掛けられた。
 向くと、九法 慧介(ia2194)がいた。
「そうですね。私は雑技団の皆が全員揃った公演を見たことがないので……」
 霞澄、そこまで言って止めた。微笑している。
「ことがないので?」
「そうですね……。ほっとしました」
 慧介に聞かれて、今度は言い切った。
 どう言えばいいのか分からなかったが、ほっとした。雑技団が二つに分かれる前に知り合い、天儀に戻るのを手伝い、そして初めて舞台で全員が……。
「これが、普段の姿なのですね……」
 戦いに怯えることなく、人々に喜びを分ける姿。
 もしかしたら、自分の幼少期と比べたのかもしれしない。思わず身を乗り出して見入っていた。
「そうだね」
 長く子供たちを見てきた慧介が頷く。
 もっとも、思うところはある。
「いつもなら、これからそれぞれの出し物が始まるかな。楽屋に行って話もできるよ」
「では……」
 慧介に促され、霞澄も楽屋に向かう。

 楽屋には、すでに真名(ib1222)がいた。
「香辛姉ェ!」
「…おかえりなさい。香鈴の皆♪」
 抱きついて来た烈花や皆美をぎゅうと抱いてやる。
 真名と一緒にアルーシュ・リトナ(ib0119)もいる。
「在恋さん、皆さんお久しぶりです」
「歌姉さん…」
 アルーシュ、在恋をふわりと包むように抱き締めた。前然と闘国がそれを笑顔で見守っている。これにアルーシュが気付いた。
「やっと再会ですか…本当に良かった。お帰りなさい」
 にこり、と二人にも。
「兵馬さんと陳新さんは……」
「舞台だな。せっかくだから代わってこようか」
 きょろ、と探したアルーシュに慧介が微笑して舞台の方に。
 慧介、語りを終えた陳新にちょいちょいと指で合図し、場を持たせるとウインクした。ちょうど兵馬の演武もひと段落したところ。一礼してさっと引く。
「皆それぞれ良い経験をしてきたせいか、何だか大人っぽくなった気がするね。……しばらく俺が場をもたるから、みんなと話しておいで」
 拍手の中、慧介は思うところを真っ直ぐに言って陳新・兵馬と入れ替わった。
「さあさ、お立会い。取り出しましたるはごくごく普通の荒縄。実はこれが……」
 慧介、出した荒縄を真ん中で曲げて片手で持つと、握った先にできた輪をさくっと短剣で切る。
「実はこの雑技団。先日まで泰国と天儀で離れ離れになってまして。まるで切れたこの荒縄のごとく。それがいま、めでたく再会して千切れた絆が……ほら、この通り」
 ぱっとおまじないをかけて伸ばすと、切れていたはずの荒縄が一本のままだった。湧き上がる拍手と歓声。
 続いて鞠をいくつか取り出し高く放りつつ演技する。
「そればかりかこんなに観衆に集まってもらい、新たな絆もどんどんと……」
 わああっ、とまたまた拍手。
 いつの間にかどんどん鞠が増えているのだ。
 その妙技に詰め掛けたチビッ子はもちろん、大人も身を乗り出している。
「さすが手品兄ィ」
 楽屋に引きあげる前に振り向いた陳新、慧介の手馴れた手品にいつもの安心感を覚え微笑んでいた。

 この時、楽屋では。
「あれ?」
 真名に抱き締められていた烈花が顔を上げて物足りなさそうにしている。
「香辛姉ェ、今日は狐耳は?」
 物足りないのはもふもふ度らしい。
「あー、そういえば向こうじゃ狐獣人に変装してたわね」
「え、そうなの?」
 苦笑する真名。内乱の南那で活動していた時のことを知らない皆美がきょとんとしている。
「まあ。真名さん、そうなのですか?」
 アルーシュまでこの話題に釣られた。
「はいはい。舞台では変装してあげるから待ってね」
 真名、出し物に使う気だったようで。
「……あれ?」
 舞台から戻ってきた陳新は、隅で作業している霞澄に気付き声を掛けた。
「そろそろ暑い時期なので差入れは氷です……」
 呼ばれた霞澄、にこりと微笑し手元を見せた。
 氷霊結で氷を作っていたのだ。
「わ、さっすが雪姉ェ!」
「雪は用意できませんでしたけど、氷なら沢山……」
 喜ぶ兵馬。そんな姿が霞澄は嬉しい。
 これに烈花が反応する。
「氷? すごーい!」
「早速お茶を入れて冷やしていただきましょう」
 アルーシュが立ち上がる。
「いいね」
「待った、烈花。次は闘国と烈花が盛り上げるんだろ?」
 うきうきした烈花を前然が止める。
「ちぇーっ」
「戻ったときにはちゃんと冷たいお茶が飲めますよ」
 唇を尖らせる烈花をアルーシュが優しくなだめたり。



 その頃、広間の周りで。
「よ、そこの恋人さん。一ついかが?」
「え?」
 屋台から声を掛けられ、幸久が立ち止まった。
 戸惑ったのは、自分は既に五平餅を持っていたから。
「くす。……焼きイカ、良い匂いですね」
 香里、その様子が可愛くて思わず微笑する。
「毎度有りィ。お兄さん、いい彼女がいていいね」
 結局、買ってしまった。
「しかし、雑技の子達への差し入れには……」
「でしたらあれなど丁度いいのでは?」
 うーん、と困る幸久の腕を取り、今度は香里がある屋台を指差しながら先を行く。
「あ」
 その足が止まった。
 舞台で高々と烈花が跳躍し、宙返りをしていたのだ。
「すごい、です」
「頑張ってるな、烈花」
 目を輝かせる香里の肩を優しく抱く幸久だった。

 別の場所で。 
「烈花か……相変わらずだな」
 舞台を振り向いた蒼羅が、いつものように元気な演技をしている様子を見て僅かに表情を緩めていた。
 が、それは一瞬。
「な、何だよお前は。いきなり出てきて何しやがるんだ?」
 対峙していたチンピラが息巻いている。篭手を装備した拳を目の前で固め震わせていたりもする。回りには、先ほどチンピラが威嚇し蹴散らした観客が恐れ震えながら距離を取っていた。
「こんな舞台はぶっ壊す、と言っていたようだが…」
 蒼羅、向き直って確認する。もう、表情に温かみはない。
「たりめぇよ。あのガキどもの仲間にゃ先日、こっちの若いのが恥かかされてンだ。こんなまつりはぶっ壊して……ひっ!」
 チンピラ、突然短い悲鳴を上げた。
「見えたか?」
「ひ……」
 冷たく確認する蒼羅。
 チンピラは震わせていた拳に装備していた篭手の甲に手裏剣「鶴」が刺さっているのに今気付いた。「影縫」で投げられたのにまったく気付いていない。
「次は…」
「う、うわああっ」
 見えない投擲に恐れをなし、チンピラは慌てて逃げ出した。
「…ないぞ、と言おうとしたのだが」
 逃げる後ろ姿を見送ってから、微笑し振り返る。
 舞台で烈花と闘国が小気味良く軽業を繰り広げている。
 蒼羅、満足そうだ。

 一方、ぷらぷらと会場を歩く飛鈴。
「このガキ、前はよくも……」
 騒ぎに気付き見ると、チンピラ風の男が薄汚い子供に食って掛かっていた。
「ほい、ソコまで」
 がっ、と悲鳴を上げるならず者。飛鈴が背後から腕を取り、捩じり上げて関節を極めていたのだ。
「飛鈴さん、子供たちの方は私が」
 どこからかささっと芳純が寄ってきて、飛鈴に会釈。そのまま子供を保護し去る。
「お、お前は誰だ?」
「飛鈴、とだけ名乗っとこカ」
 顔をゆがめて誰何するならず者。しかたねーなーと名乗っておいてやる。
「知るかっ! そんなんより面見せろや!」
「さよカ」
 ごきっ、と肩の関節の外れる音。ならず者が悲鳴を上げたところで放してやる。
 が、敵もさるもの。すぐに自分で肩を入れるとひと睨みして逃げて行った。
「脱臼が癖になってる奴ダな。……ま、こっちの面も拝めたようだし、これからはこっちの名前も利くし大人しくするダロ」
 やれやれ、と見送りつつ屋台で焼きイカを購入。
 ところが。
「ン? 見ててすかっとした? お代はいい? すまねーな」
 飛鈴のカッコいいところをみて、ふんすふんすと鼻息荒く興奮した屋台の親父が代金受け取りを拒んでいる。熱心に差し出す一本を素直に受け取り、がぶりと食いつく飛鈴だった。いや、もう一本おまけで押し付けてくる。よほど胸がスカッとしたらしい。

 こちら、芳純。
「ち、畜生……」
 保護した子供が烈花の舞台を見て、愕然としていた。
 圧倒的な才能を目の当たりにし、自分の無力を悔しがるようだった。いつか、兵馬が打ちひしがれた感覚と同じだった。
「こちらへ。まずは落ち着きましょう」
 裏路地に入る頃には、いつ気付いたか子供の仲間が近寄ってきていた。
 それらに重箱弁当や芋幹縄、甘酒を惜しみなく振舞ってやる芳純。
「話は聞いています。孤児なのだそうですね」
 食べることに夢中ながらも、こくんと頷く子供たち。
「何でも構いません。生きる為できる事を教えて下さい」
 芳純が優しく聞いた瞬間、子供のうちの一人が涙を流した。
「……誰にも迷惑を掛けたくない」
 返ってきた言葉は、問いへの言葉になっていない。
 ただ、それだけに心からの思いかもしれない。
「……」
 芳純、無言で考えた。
 余計なことは聞かない。
 矛盾していることを分かった上での涙だと感じたからだ。
「ここじゃもう知られてるから、ほかの場所で……でも、ここの人が優しいから。だからここに似たような子が流れてきた」
 涙ながら、それだけ続けた。
「……あとで先輩に聞いてみましょうか。あの子たちも孤児でした」
 子供たちにできる事を聞いて、住民に仕事を斡旋してもらおうと思っていた芳純、方針を切り替えることにする。
 遠くの舞台で、演技を終えた烈花と闘国が礼をして喝采を浴びているのを眺める。



 観客は、珍しい舞台を見て、屋台で買い食いしてと楽しんでいた。
 もちろん、トラブルはある。
「お父さん、お母さん、さっき悪い人がいたんだよ」
 ある女の子がリンゴ飴を手にそう言って親の元に帰ってきた。
「まあ、無事だった?」
「うん。ちっちゃな女の子がくるくる回っておしりぺんへ゜んしたりあっという間に二人になって帯を緩めてお仕置きして追い払ったの……あっ! あの子だ!」
 女の子は突然、舞台を指差した。
 ちょうど、リィムナ・ピサレット(ib5201)が舞台裏から出てきて挨拶したところだった。後ろには陳新が太鼓を下げて続いている。
 これを、ならず者を追い払った後の蒼羅が見ていた。
「あ! お〜い♪」
 リィムナ、蒼羅に手を振る。反対の手は自分の背中を指差しつつ。
 蒼羅、これに気付く。
「どういうことだ……ん?」
 戸惑ったが、背中のリュートを指差しているのだと分かって理解した。
「仕方ない」
 陳新の太鼓がドロドロドロ…と低く不気味な音を響かせる中、舞台の演奏に加わる。
「それじゃ、不吉な空気が感じられるからそれをやっつけるため踊るよ♪」
 女児ぱんつがちらちら見えるほど短い上着だけの姿のリィムナが言うと、蒼羅の涼やかな演奏が小さく始まる。まだ陳新の低い音色が大きい。
「やっ。やあっ!」
 リィムナの裾がひらめき日に焼けた太股が高々と舞った。
 見えない敵にハイキックハイキック。相手を仰け反らせるような回し蹴りを繰り出した後、意表を突いて接近し伸身のアッパーカット。宙返りして距離を取ったとき……。
「あっ!」
 観客の誰もが驚いた。
 リィムナが二人になったのだ。
 いや、片方の一人は白い面を被っている。
「白面式神か……」
 リィムナの演武に従い音量を増している蒼羅が感心した。と、同時に目の前でリィムナが白面式神とジルベリア風社交ダンスを激しいリズムで踊り始めた。互いにくっついたかと思えば振り回し、またくっつく……。蒼羅の曲調も早いものになっていく。
 そして最後に。
「ちゅっ♪」
 合わせ鏡のように向き合ってキスをすると、白面式神が消えた。
 演武終了だ。
 観客はあっけにとられていたが、リィムナがお辞儀をしたことで大きな拍手で応えるのだった。

「子どもには刺激が強かったんじゃない?」
 楽屋に下がるリィムナとすれ違ったのは、真名。
「真名さんだってスキル使ってるじゃない♪」
「まあね♪」
 リィムナの言う通り、真名は玉狐天の紅印と『狐獣人変化』て同化して狐耳と尾を生やしていた。
「真名さん、気合いが入ってるようですね」
 竪琴「神音奏歌」を抱えるアルーシュが続いている。
 そして、拍手。
 アルーシュがドレス「銀の月」の裾を丁寧に整えながら座って抱えたハープに指先を伸ばす。
 澄んだ、軽やかな音が流れる。
 真名の方は、ふりんと狐尻尾を振った。
「これに注目してね」
 と言わんばかりの動きとウインク。
 ここでアルーシュの演奏は前奏のお終い。
 思いっきり、踵を返す真名。狐耳がピンと跳ね、黒夜布「レイラ」が舞い、狐尻尾も大きく跳ねる。
 右に回って、ぽんと手を叩いた。
 観客はぽかんとしている。
 今度は左に回ってウインクと一緒に、ぽん。狐尻尾は陽気に舞う。
 これで観客も気付いた。
 真名、舞台の右に踊って移動し、ぽん。
 観客もそれと分かって、ぽん。
 今度は真ん中に戻って、ぽん。待ってましたと客席から、ぽん。
 そして左の観客に、ぽん。陽気に笑って、ぽん。
 観る者と踊る側が一体となった瞬間だ。
「真名さんたら……楽しそう」
 アルーシュは軽やかに爪弾く合間に、視線で真名に笑いかける。声には出していない。
「姉さんの音で踊るのも、皆と気持ちを合わせるのも本当に楽しいから」
 視線に気付いた真名、そんな喜びを込めてにこりと微笑み返す。声には出していない。
 やがて終焉。
 最後は、「お帰りなさい」の気持ちを込めて、花道の方に両手を向けてピタリ。
 わっと拍手がわいたところで、在恋が出てきた。
 アルーシュが笑顔を迎える。
 真名も笑顔。
 もちろん、蒼羅も陳新も……。


 こんにちは・ごきげんいかが
 鳥も・猫も、ほら路地から出てくる
 楽しい昼下がり


 歌い始めた在恋の声にあわせ、さりげなく「小鳥の囀り」を爪弾くアルーシュ。
 たちまち小鳥たちが集まって、ステージに下りてちゅんちゅんとか。
「あっ。本当に小鳥が来た!」
 客からの声を聞きながら、アルーシュは「猫は無理だけど」と微笑する。
「小鳥に狐に……歌う人もハープの人も妖精みたい」
「光栄だわね」
 真名はそんな声を耳にしながら、小鳥を驚かさないように静かに肩を揺らめかせて大人しくしていた。そんな仕草が可愛いらしい。
 森の演奏会のようなひと時が、ゆっくりと過ぎていく――。

「そんな平和な森でしたが、ある日盗賊が迷い込みました。そこに運よく居合わせたのが、泰国三つ巴の戦乱のとある英雄武将――」
 やがて陳新がそんな口上を。同時に前然と兵馬、闘国が乱入してきた。
「おい、陳新。俺は悪者役で問題ない」
 蒼羅、流れに気付いて陳新にそっと言うが、陳新は首を振りながら鍋蓋を渡してきた。
「英雄武将は盗賊退治で戦いますが、盗賊達はなかなかの腕自慢で退治してしまうには惜しいと感じ、何とか味方に引き込めないかと激しい戦いを……」
 これでピンときた蒼羅。前然が鍋蓋を盾にしているのを見て手裏剣を投げる。前然も投げて、蒼羅の構える鍋蓋に命中させる。わあっと拍手が轟いた。
「やるね、さすが」
「……仕方ない。やるぞ!」
 前然の声に溜息交じりの蒼羅。
「こっちに付いた方がいいかな?」
「あたしもこっちだね」
 慧介とリィムナが蒼羅側についた。
「旋風姉ェ、行こうゼ」
「あ? 飛び入り? ……そりゃなんかやってもいいガ」
 烈花は楽屋に来ていた飛鈴を引っ張り出した。
 これを合図に激しく演武をはじめる。
「あらあら、打ち合わせもなく」
「そういう姉さんもちゃんと曲を合わせているし」
 激しい曲を奏でるアルーシュに、真名がそう突っ込んでいたり。
 というかアルーシュさん。曲を激しくして周りをさらに激しく円舞させてますよ?
 一方、舞台の前。
「ふふ……楽しそう」
 霞澄がちゃっかりと戻って観客に交じっている。あくまで今回は観て楽しむつもりだ。
「幸久様?」
「ああ」
 霞澄の少し後ろには、機嫌の良さそうな香里と誇らしげにしている幸久がいた。
「尼寺では……」
「ん?」
 ふとした香里の呟き。舞台を見たまま返事する幸久。
 続きの「立って見る事も叶いませんでしたし…」という言葉は聞かれていない。
 香里、舞台も見ているが幸久の逞しく楽しげな姿も見てにこにこしている。もちろん幸久は気付いていない。そっと見ているのだから。
「ここで観ましょう」
 さらに離れた場所に、芳純が孤児たちを連れて来ていた。
 舞台では入り乱れての演武が続いている。長い付き合いで呼吸は分かる。視線を見交わし、相手を思い遣りつつ殺陣を決めていく。
 楽しいひとときはまだまだ続く。



「やはり雑技団は全員揃ってこそ、だな」
 全員での演技が終わって引き上げたとき、蒼羅が皆を見回して最初に言いそびれた言葉を口にした。
「遅いわね。私や姉さんはもう言ったわよ」
 真名が悪戯っぽく言う。
「あの……」
 霞澄も楽屋に戻ってきていた。外を振り返っているぞ。
「さっきから此方をみている子供達がいますね」
 視線の先には、芳純に連れられた孤児たちがいた。
「そんな顔をしていないで此方に来ませんか…」
「見付かりましたから行きましょう。さあ」
 にこりと迎える霞澄に、助かりますと会釈して子供たちを入れようとする芳純。
 しかし、入らない。
 きっと顔を上げて挑むように聞いてきた。
「なあ、どうしてあんたらはあんなに飛べたり戦えたりするんだ?」
「……喜んでくれる人がいるからだ」
 ぶっきらぼうに兵馬が答えた。
「くそっ。俺たちゃ生きるために食えそうなものを拾ったりする毎日が精一杯……」
「だったら、これを探しませんか?」
 ここで背後から芳純が紙を出して見せた。
「薬草です。町から活動を広げてみてはどうです? ここの子供たちも街から出て冒険して強くなりました。冒険に出ましょう。見つけたらこの人が買い取ってくれます。わずかばかりの金額ですが」
「くそっ!」
 紙をむしりとって、子供は走り去った。仲間も追うが、立ち去る最後に立ち止まり弁当などをご馳走になった芳純に一礼をする。
「この町に流れてきたばかりの薬師に声を掛けてみてよかったです」
 仕事探しを振り返り、ほっとする芳純だった。
「これから香鈴雑技団の裏方も手伝えたかも……」
「折角天儀に来たんだし、各国を回ってみたら良いんじゃないかな」
 香澄の呟きに、慧介の提案。
「そうですね。天儀は…アヤカシとの戦いが苛烈な地方もありますが色々見て廻られると良いかと」
「いや、まずは霞澄の言う通りしばらくはこの都で色々と学ぶのも良いだろう」
 今度はアルーシュと蒼羅。
「そりゃいいガ、まずは飲み食いだな」
「そうそう。折角このあたりの商店さんが食べ物差し入れてくれたんだし!」
 飛鈴とリィムナはすでにおにぎりなどを食ってる。
 ちなみに、真名と烈花は二人で舞台に出てもう一度舞っている。真名の狐尻尾を烈花が全力で捕まえようとしているらしい。観客の笑い声が聞こえてくる。
「あら?」
 ここで紫星の声。
 誰かが新たにやって来たのだ。
「こんにちは」
 香里と幸久だ。
「やあ、お疲れ様。……あれ、紫星もここの子だったのか」
「ま、あまり演技はしないけどね」
 幸久の言葉に「もちろん」という風に答える紫星。
「お土産をお持ちしましたので皆さんで……」
 香里が屋台で手土産に選んだのは、西瓜だった。丸々したのを差し出す。
「あ、ちょうど雪姉さんが氷を」
「早速冷やしましょう」
 皆美が振り返ると、霞澄はこくりと。
「ただいま〜」
「あ〜、面白かった」
 ここで真名と烈花が戻ってくる。入れ替わりに陳新が出る。
「なあ……」
「あ、小鳥兄ィ」
 この隙に、烈花に隅に来るよう手招きする幸久。
「烈花。その…小鳥兄ィって、俺何か可笑しなこと、したか?」
「ううん。大きな体で小さな豆を食べてたから、大きくても小鳥みたいだなって」
 苦笑しつつ聞いた幸久に、手を後頭部で組んであっけらかんと話す烈花。
「それ…だれ?」
「ううん。他の兄ィに聞いたら、あの豆って何かの力を回復するんだろ? 戦闘中でもまめな理由が分かったし、まあ、まめな兄ィだなって思ったから、サ」
 なんとも複雑な顔をする幸久だった。
「幸久様?」
 香里が切った西瓜を持ってやって来ると、幸久にそっと寄り添った。
「烈花。……しばらくここに残って勉強して、雑技旅に出ることに決まった」
 続いて、闘国も西瓜を持ってやって来て、烈花の隣に。
「おっと。最後はここに戻るんだぞ!」
 遠くで聞きとがめた慧介が手を振って付け加えた。
「分かったよ、手品兄ィ」
 新たな故郷はここだぞ、という思い。それに気付いた烈花が大きく頷く。
「そうか……元気でな。頑張れよ」
 幸久の言葉にも屈託なく頷く烈花だった。