さくらさくらよちるさくら
マスター名:瀬川潮
シナリオ形態: イベント
相棒
難易度: 普通
参加人数: 18人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2014/04/28 19:41



■オープニング本文


 ここは神楽の都にある珈琲茶屋・南那亭。
「というわけで、孔雀流の出稽古に行ってきます」
 コーヒーカップをソーサーに戻してクジュト・ラブア(iz0230)が言った。
「まあ、剣術の出稽古にしばらく行ってないですし、先方の村から花見ついでと招かれたのはいいんですが……」
 対面に座るもふら面を被った男が、面をずらして口元をあらわにして返した。ずずず、とコーヒーを飲むとまた面を戻したが。
「えー。もの字さん、何が気に入らないんです?」
 南那亭めいど☆の深夜真世(iz0135)が通り掛かりに突っ込みを入れた。
「……えらく大所帯ですよね。南那亭とうろん屋、そして馴染みの寿司屋台も一緒で」
「ええ。その方がにぎやかでいいですよね?」
 クジュト、にこにこと真世に振る。
「うんっ。にぎやかな方が楽しいですよねー♪」
 ちょこんと膝を曲げて腰を落とし同意した真世はそのまま機嫌良く、背中のおっきなエプロンの蝶結びを揺らして奥に消えていった。
「……巌武(ガンブ)の一味が旦那たちを狙ってるかもしれないのに、剣術指導に行くのもどうなんですか?」
 真世を見送った後、もの字はクジュトに顔を寄せて声を落として聞いた。
「仕方ないでしょう? 長らく出稽古に行ってないですし。それに、村の桜が見事だからって誘われましたし」
 声を落としてクジュトも返す。
「じゃ、どうして出店をたくさん連れて行くんです?」
「できればミラーシ座でもにぎやかにやるつもりです。……巌武たち、私が浪志組を動員できないから間違いなく狙ってくると思うんですよね。村人はできるだけ、花見の棚田に集めて別の場所でけりを付ける荒事からはできるだけ遠ざけたいんです」
 ぼそり、と真の狙いを話すクジュト。さすがに納得するもの字。
「なるほど。今まで巌武たちが仕掛けて来なかった理由をそう読みますか」
「ええ。神楽の都を離れれば好き放題やりやすいはずですしね。……というわけで、私は一緒に賊退治と村の若者に剣術指南をしてもらえる隊士を募ります。もの字さんは花見を盛り上げる開拓者を募ってください。屋台ももうちょっと増えても良さそうです」
「いいですが、現場は広いんです?」
「田んぼにレンゲはまだですが、棚田の一番上に立派なシダレザクラがあります。棚田の周りにはヤマザクラ。そのほかは、棚田の上から眺める景色ですね。賑わいについては……珈琲とうどんと寿司の屋台はありますから、それ以外の屋台なら大歓迎ですよ。もちろん手伝ってもいいでしょうし」
「それじゃボクも行くよ」
 横からコクリ・コクル(iz0150)が顔を出し、わっとびっくりするクジュトたちだった。
「私もご一緒しようかしらね? 当日は宜しく」
 うふふ、と小麦色の肌のエルフ女性が脇を通り過ぎた。一瞬、クジュトに視線を合わせて。
「シャオナハット……」
「追わなくていいんすか?」
 思わず呟くクジュトにもふら面の男が聞いてみる。
「特に話もないですしね。流れ者なら神楽の都にいてもおかしくないですし」

 とにかく、当日の参加者を求ム。


■参加者一覧
/ 六条 雪巳(ia0179) / 紗耶香・ソーヴィニオン(ia0454) / ネオン・L・メサイア(ia8051) / 猫宮・千佳(ib0045) / アグネス・ユーリ(ib0058) / エルディン・バウアー(ib0066) / 雪切・透夜(ib0135) / ニーナ・サヴィン(ib0168) / 真名(ib1222) / ティアラ(ib3826) / リィムナ・ピサレット(ib5201) / フランヴェル・ギーベリ(ib5897) / セフィール・アズブラウ(ib6196) / サフィリーン(ib6756) / 巌 技藝(ib8056) / イライザ・ウルフスタン(ic0025) / ジャミール・ライル(ic0451) / セリ(ic0844


■リプレイ本文


 ごろごろと荷車が行き、人が続く。
「わあっ、すご〜い」
 村では棚田を目指す行列を見送り、子どもたちが目を輝かしていた。
「母ちゃん、花見に屋台や芸人が来るんだって。早く行こう!」
「孔雀流の人たちが準備をするまでは待ちなさいね」
 待ちきれない子どもが母親にねだるが、親達は誰の好意で賑わいがやってくるかを話しつつなだめる。
「わっ! すご〜い。芸人さんだ〜!」
 ひときわ大きな声が上がったのは、ジプシーや吟遊詩人の一団が通ったから。

「ふーん。久し振りに来たけど、人気あるじゃない?」
 泰拳士で「孔雀流古参師範」の巌 技藝(ib8056)が、以前を懐かしむように目を細めて周りを見てから、隣を歩くクジュト・ラブア(iz0230)に言った。
「技藝さんに見惚れてるんですよ」
「上手だね、クジュトさん。でもあたいはしっかり稽古をつけるほうだけど」
 一角獣人の技藝、女神の薄衣をひらめかせ艶やかな出で立ちだが、今回は剣術指導に専念するようで。
「クジュトお兄さん……」
 さらに近くを歩くジプシーのエルフ、サフィリーン(ib6756)が溜息をついてクジュトの肘をつんつん。クジュトが顔を向けると、後ろを歩く吟遊詩人、ニーナ・サヴィン(ib0168)の方に視線をやった。
「あ……」
 クジュト、慌ててそちらを向く。
「つん」
 ふいっと横を向くニーナ。
 そこに、六条 雪巳(ia0179)とセリ(ic0844)が並んで歩いていた。
「結構歩いたよね?」
「神楽の都もいいですけど、まだ見ぬ桜を求めて歩くのも情緒があるものですよ」
 「疲れてない?」と聞いたつもりのセリ。雪巳の言葉から「退屈してると思われたかも!」とおどおど。
 そこにニーナが首を突っ込む。
「あ。雪巳さん、それで舞うの? いい天気だし、桜も綺麗だから気持ち、分かるわ♪」
「今日はのんびりするつもりですよ。セリさんも誘って」
 扇「精霊」を手にしていた雪巳、言外に「セリさんも踊りませんけど」と匂わせておく。
「ニーナの演奏は楽しみね」
 セリの方は、雪巳の言葉から「誘って誘われて」的な話題になるのを避けるため積極的にニーナに話題を振る。
 一方、この様子を見ていたクジュト。
「クジュトお兄さん、お兄さんにお仕事あるからニーナお姉さんああだけど……」
 サフィリーンが悲しそうな目をしてクジュトを見ていた。
「うん、手早く終らせるよ」
 クジュトの言葉に、とりあえずほっとするサフィリーンだった。
「相変わらず何やってんだか」
「まあまあ、アグネス」
 アグネス・ユーリ(ib0058)がそばを通りつつクジュトに呆れていたり。それを真名(ib1222)がなだめる。
「ネオン……」
「やれやれ。そんなにくっついてるとあせもができるぞ?」
 続いて、ちっさなイライザ・ウルフスタン(ic0025)がネオン・L・メサイア(ia8051)にぴとっとくっついて登場。
「…別に…いいもん」
「まあ、今度温泉にでも行って綺麗さっぱりすりゃいいがな」
 二人とも胸がおっきかったりするからイライザのネオンの腕にしっかりしがみついてる様子は、むにゅりむにゅむにゅな感じだったりする。
「手早く終らせるのかい? ゆっくり花見を楽しみたいからちょうどいいね♪ ボクとこの……」
 そしてフランヴェル・ギーベリ(ib5897)が通りかかり短めの髪に指を通しつつ微笑。ならず者との決闘に手を貸すことと連れを紹介しようとしたところで、誰かが駆け抜けていった。
「やっほーコクリちゃん!」
 リィムナ・ピサレット(ib5201)だ。
 既に棚田に到着してチョコレート・ハウスの屋台を準備しているコクリ・コクル(iz0150)に抱き付いてさわさわさわ……。お尻とか太股とかウエストとか。
「わ、リィムナさん!」
 コクリはチョコレートを載せたトレイを両手で持っていたので無抵抗のまま悶えまくり。チョコを落とすわけにはいかない。
「よぉし、屋台完成だ。握るぜ握るぜ、寿司握るぜ〜」
「こっちもいいだろう。『うろんや』臨時開店だ」
 近くではウメさんの寿司屋台と「うろんや」のうどん屋台が立った。
 深夜真世(iz0135)の珈琲茶屋・南那亭の屋台も完成だ。
「……真世様? この人たちは何ですか?」
 手伝っていた「南那亭めいど☆」のセフィール・アズブラウ(ib6196)がジト目で周りを見る。
「な、なんじゃ? 真世ちゃんが店を出すんじゃ、当然わしらもついてくるに決まっておろう」
「何せワシらは南那亭の常連客じゃ」
 どうやらいつもの助平親父たちも客としてついて来たようで。
「ち、ちょっと、今日はこの村のお客さんのためなんだからね。大人しくしててくださいね」
「ふむ、真世ちゃんがそういうのならの」
「しかし、セフィールちゃんの衣装はイカン。正当なメイド服じゃがこう、南那亭らしくない。春の風が泣くぞ」
「春の風……」
 セフィール、助平親父達が何を言っているのか理解した。そのまま服装の件には一切触れないようにするのがいいと判断する。
『もふーっ、もふーっ』
「はいはい☆ もふ龍ちゃん、この辺りでいいですよ〜」
 そこに、紗耶香・ソーヴィニオン(ia0454)と相棒のものすごいもふらさま「もふ龍」が到着。もふ龍の体から、引いていた屋台を外してやる。
『ご主人様の屋台を手伝うもふ〜!』
「それじゃ、もふ龍ちゃんには客引きを頑張ってもらいましょうかね〜」
 沙耶香、温かい汁物や揚げ物を用意しつつもふ龍に声を掛けた。
『分かったもふ☆』
 次の瞬間、とんでもないことが。
『もふ〜っ!』
「はわわ、もふ龍ちゃん!」
 もふ龍、今上がってきた坂道を転がり進む……いや、転がり下りたではないか。
――ころころころころ……ぴたっ!
『ご主人様の屋台をよろしくもふ☆』
「おおっ! なんじゃ?」
「きゃ〜っ、可愛い」
「屋台やってるの? 私、きっと行くね」
 どうやら花見の催しに集まって来た村人達にアピールしに行ったらしい。目立ちまくりで効果抜群だ。
 そして、リィムナに戻る。
「あ、村人が集まり出した。そろそろかな。……ちょっと行ってくるね♪」
 たっぷりコクリにじゃれ付いてから坂を駆け下りる。
 コクリ、はふうと腰砕け。
「にゃ☆ セーフにゃ!」
 ちょうど用事から戻ってきた猫宮・千佳(ib0045)がトレイをキャッチし、落ちそうなチョコを救った。



 こうして、村の中心部には人が少なくなった。
「ようやくこっちにお出ましだな」
 往来に仁王立ちする巌武が下衆な笑いを浮かべて、遠くからやって来るクジュトたちを見た。
「それじゃ、後は適当にやんな」
 3人の部下に声を掛けて、散った。
 クジュトたちはの方は、彼のほかフランヴェル、リィムナの合計3人。
「手応えのある奴がいそうだね」
「楽しく遊べるといいな」
 フランが村に隠れた敵を見て言い、リィムナが不敵に笑う。
「それじゃ、私たちも分かれましょう」
 街頭決戦に応じるクジュト。四方に散った。

 その頃、花見会場。
 村人が多く集まり楽しく賑やかにやっている。
 うどんや寿司をほお張り、咲き誇る桜を愛で、そして子供たちは棚田を走り回っている。
「いらっしゃい、エルディンさん」
 そんな中、雪切・透夜(ib0135)は珈琲茶屋・南那亭を手伝っていた。村人相手の給仕仕事に勤しんでいる。
「これは透夜さん、今日はエプロン姿が似合ってますな」
 エルディン・バウアー(ib0066)が爽やかな笑顔で普段の教会で働いている様子そのままに透夜に挨拶する。
「真世がどうしてもって言うから……」
 透夜、大きなエプロンを着けた我が身を恥じて赤面。
「それならもういっそのこと、メイド服でもよかったのでは?」
 エルディンと一緒にいるティアラ(ib3826)が、これまた普段の教会での働きっぷりと同様、てきぱきと指摘した。
「メイド服を着せようとしたから、これだけで勘弁してもらったんですよ」
「ははは、真世さんらしい」
 透夜、背後に視線をやる。忙しそうに真世が珈琲を淹れ、慣れた手つきでセフィールがワッフルを焼いている。
「よ、楽しんでる?」
 ここでひらりと一陣の風。軽やかにジャミール・ライル(ic0451)がやって来た。
「そうですね。いい雰囲気です」
「これからもっと楽しくなるんで、よろしくな〜」
 こく、と生真面目にティアラが頷くと、ジャミールは親指で会場の一端を指差して先を急いだ。楽師や舞子が集まっている。舞台がもうすぐ始まるのだ。

 こちらはチョコレート・ハウス屋台。
「チョコに興味あるにゃ?それならこっちに来て少しだけ食べてみるにゃ♪美味しかったら買って行ってにゃー♪」
「うわあっ、甘〜い」
 コクリとお揃いのエプロンドレスを着た千佳が子供たちにチョコレートを試食してもらっている。
「あ。こっちはオリーブオイルっていうんだよ。お料理にとっても便利なんだ」
「まあ、お揃いの可愛い売り子さんね。ちょっと試してみようかしら?」
 コクリはオリーブオイルを売り込んでいたり。
「お買い上げありがとうにゃ♪これからもチョコレートハウスをよろしくなのにゃ♪」
 最後には小さな体で可愛らしくぺこりとお見送り。そろいの衣装のフリルがふりん☆。
「お客さん、満足そうだったね」
 ここでサフィリーンがふらっとやって来た。ちょっと元気がなさそう。
「うんっ。ボクたちが力を入れてきた商品だもの。大変だったこともあったけど、みんなが楽しい気分になってもらえるとやり甲斐があるよね☆」
 にこぱ、とコクリが言う。
 サフィリーン、ちょっとびっくり。
「うに、どうしたにゃ?」
「いまちょっと不調だったんだけど……ちょっと元気になったかな」
 千佳が心配そうに聞くと、にこり。
「私も、いまが大変だけど頑張っくるね」
 サフィリーン、駆け出した。
 準備が整いつつある舞台へ。

 希儀風酒場「アウラ・パトリダ」の屋台も準備万端。
――ぽろん……。
 最後の音を爪弾いたニーナが顔を上げる。
 瞬間、ニーナの演奏で集まった客達が大きな拍手をした。
「ニーナ、お疲れ様。いい宣伝になったわ」
「はいはい。花見の酒に希儀風のお酒はいかが?」
 セレーネがニーナを労い、ビオスがここぞとばかりに売り込む。やがてセレーネも忙殺されることに。
「これだけ客が引ければ十分よね」
 ニーナ、お役御免と気紛れに回遊する。
 歩いていると南那亭で働く真世の姿が目に入った。透夜が緩んでしまった真世の背中のリボンを結び直してやっている。
「あれ? ニーナさん、演奏してクジュトさんのお手伝いしなくていいの?」
「しーらなーい。それより、ねぇねぇ真世さん」
 気付いて声を掛けた真世を覗き込むニーナ。
「『透夜さんの事なら何でも知ってるのよ』って顔した昔の女が出てきたらどう?」
「え?」
 びくっ、と身構える真世。不安に睫毛が震えた。
「なーんかヤな感じよねぇ〜。……ねぇ、透夜さんにはそんな女いないでしょうね?」
 ぐりん、と今度は透夜に振り向き覗き込むニーナ。
「いませんってば」
「ほんと〜?」
 爽やかに言う透夜だが、ニーナは懐疑の視線。
「……もしかして、『いる』って決め付けてません?」
「そんなわけ……透夜さんには綺麗な身でいてほしいわ」
 あ、と真世。
 ニーナ、透夜に抱きついてはぐはぐしている。
「真世様、此方は任されますので花見にでも行かれるとよろしいのでは?」
 見かねたセフィールが助け舟。真世と透夜をセットで送り出す。ニーナは「あん、仕方ないわね」。
 それはそれとしてセフィール、この後とんでもないことになることを、いまは知らない。

 こっちは、沙耶香の泰国料理屋台。
「はぁい、沙耶香にもふ龍。商売繁盛してる?」
『アグネスもふ〜☆』
 アグネスが立ち寄っていた。もふ龍がぴょんぴょんとお出迎え。
「今朝方寒かったのと今もたまに強い風が吹くから汁物や点心が人気ですね〜」
 屋台を覗くと沙耶香が忙しそうに、でもてきぱき手際よく働いていた。
「相変わらずよく働くわね。……でも、これから演奏するからそれとなくお客さんを誘導してくれないかしら?」
「いいですけど〜」
 珍しい、と言わんばかりの沙耶香。
「最初が肝心なの。……友達のジプシーデビューを華やかで楽しいものにしたくてね」
 ウインクして背中を見せるアグネスに、「分かりました〜」と見送る沙耶香。
 そして舞台裏に戻る。
「お客さん、集まってきたわよ」
 振り返る真名。ジプシーに転職したばかりだ。絢爛の舞衣に黒夜布「レイラ」を合わせて準備万端。
「うん。……綻ぼうとしてる、あんたの蕾。どんな色の、どんな形の花が開くのか……」
 アグネス、軽く真名の額にキスをした。
「とっても楽しみよ。……さて、目一杯盛り上げるよ!」
 そのまま真名を置き去りにして舞台に踊り出た。
――うわあああっ!
 歓声がアグネスを包んだ。
 多くの村人。
 そして開拓者たち。
 アグネスがイーグルリュートを優しく爪弾くと、水を打ったように静まった。
 響き渡る澄んだ音色。
 この時、舞台裏にジャミールが到着した。真名の近くに陣取る。
「俺向きの音色じゃ、ねぇなぁ?」
 にやり、と真名の表情を覗く。
「うん、行って来る」
 真名、親指を立てて見送るジャミールに頷いて舞台に出た。



「さあさ、拍手!」
 拍手が真名を出迎えた。
 客に声を掛けて盛り上げたアグネスは振り向いてウインク。リュートの伴奏も強めになった。
「見ててね、アグネス♪」
 真名は口にはせず視線だけで頷いた。
 そして一段と強く響く音。
(あ……)
 飛べた。
 実際には強く踏み出しただけだが。
「おおおっ!」
 弾む気持ちを表すような最初のステップに観客の目が釘付けになった。黒夜布「レイラ」のひらめきもいい。何より、笑顔が出た。やや緊張していたことに今気付いた。
(曲が、導く――)
 アグネスの曲に、真名自身の体が反応している。
 伸ばす指先、旋回しつつ流す視線。
(嬉しい、嬉しい……)
 身を沈める動作も今までよりスムーズに、深く沈んだ。
(嬉しい!)
 そして、飛翔。
 これまでで一番の完成と拍手がわいた。真名は、自信に満ち溢れた笑顔を見せている。

「いい意味で力が入りすぎだねぇ」
 舞台裏ではまんざらでもなさそうにジャミールが顎を撫でていた。
「サフィリーンちゃん、観客を少し休ませてなれないか?」
「うん……」
 静かにしているサフィリーンに期待した。
 真名と入れ替えにステージに。
「へええっ」
 今度は観客から感心したような声が。
(お花見かぁ……)
 いつもより元気がないかもしれないサフィリーン。アグネスは緩やかな旋律で様子を見る。
(強い花散らしの一陣の風)
 春の風に舞う花吹雪を見て、舞う。
(しなやかにゆれる桜の枝……)
 柔らかく、そして夏に元気良く緑色の姿を見せるため、力を蓄える。
(今大切にしているのは、こんな感じ)
 ぼんやりしていたサフィリーンの瞳に、次第に決意が宿ってきた。
(今出来る舞)
 顎を上げた。絢爛の舞衣がひらめく。
 風を感じつつ、静と動を舞う。
 伴奏していたアグネスは彼女に見入るように爪弾いていた。
 客も前のめり。

 そのころ、一目のあまりない棚田の一番上。
 セリが石垣に腰掛け、ぷらんと足を揺らしていた。
 いつもなら皆と踊っているかもしれないが――
「退屈?」
 隣に並んで座る雪巳がのんびりとした表情で覗き込んできた。
 ううん、と首を振るセリ。
 空を仰げば覆い被さるシダレザクラが美しく、視線を下にすれば村人が楽しそう。
「桜……」
 ふと口走った言葉は、雪巳と被った。まったく同じ事を言おうとしたらしい。
 くすり、と笑い合う。
「桜、凄く綺麗ね…。咲く期間が短いから、いっぱい色んな人にみてもらえ…」
 セリを優先してくれた。
 それじゃあと言葉を紡いだが。
――ぐぅ。
 お腹が鳴った。
「……」
「食事にしましょうか、私もお腹が空きましたし」
 ぼふっ、と赤面して身を縮めるセリ。雪巳はそんな彼女を見てくすくす微笑するが、名残惜しそうに視線を外して身をひねる。再び前を向いたとき、風呂敷包みを手にしていた。
「お、お弁当。……食べても良い?」
 上目遣いでおずおず聞いてくるセリ。
「ええ。馴染みの料理屋の松花堂弁当です」
 二つ。
 それぞれ膝の上に載せて、箸を運んで。
 ちらりひらりと舞う桜を眺め、お弁当をつつき。
 雪巳、視線を感じてちらと横を見る。
 セリと目が合う。どちらからともなく、ふんわりほほえみ合う。
「……とても綺麗ですね」
 つぶやく雪巳。桜を見て言った。
「二人でお出掛けするのも楽しいね」
 返すセリ。桜を見ている。いや、雪巳の肩にぴとっと肩を寄せた。
「とても奇麗ですね」
 思わずセリの方を見た雪巳。同じ言葉を繰り返した。
「……二人だと、ちょっとどきどきもするけど」
「え?」
 ふんわり微笑したセリの言葉は聞こえるか聞こえないかくらい。
 聞き取ろうと、今度は雪巳が肩をぴとっ。
 タンポポの綿が風に舞い上がったが、二人は「何か言いましたか?」、「さあどうでしょう」とか二人だけの世界。

 こちらは、賑わいから外れようとする人物。
「…ボク、あんまり人が多いの、苦手だから…」
 ちっちゃなイライザが長身のネオンを見上げていた。
 瞳は前髪で隠れているが、染めた頬が何かを訴えている。
「ほら、イライザ。此処なら大丈夫だろう?」
 ネオン、眺めの良い桜の下に腰掛けた。
 どのくらい眺めがいいかというと、村人カップルたちが「しまった、先に取られた」と悔しがるほど。
「ネオン、ネオン……」
 イライザ、恥ずかしさもあり顔を隠した。
「わっ…と」
 イライザの、おっきな胸の谷間に!
 あまりにストレートな甘えっぷりに周りのカップルが固まった。
「…ね…もっともっと、ぎゅって…して…?」
「ふふふ、可愛いやつめ。ほら、もっと可愛い姿を我に見せると良い♪」
 ネオン、豊かな胸でぎゅっとしてやると今度はイライザの背筋をつつつーと指先で撫でてやった。
「!」
 びくっ、と胸に埋め感触を確かめていた顔を上げるイライザ。甘えん坊の表情を見ていぢわるそうな笑みをみせるネオン。
 にや、と微笑したのは二人に注目していたカップル達を見たから。
「周りは我に釘付けだな。……可愛いイライザに抱きつかれて嫉妬してる」
 今度は頬を撫でてやるネオン。イライザ、お尻を突き出し海老反りにネオンに抱きついたまま言う。
「見られてる? 構わない…。ネオンと好き合ってるトコ、隠す必要、無いし…」
 じれてお尻をくねらせていると、ひらり舞う桜の花びらがネオンの頭で止まったのに気付いた。
「ん…」
 身を伸ばして払おうとするイライザ。
「わ」
 くすぐられた後で力が入らず、のしかかってしまった。
 どしん、と二人抱き合ったまま後ろに倒れる。
「ネオンと一緒…いっぱい、いっぱい、ネオンと触れ合いたい…」
 そのままむぎゅむぎゅと甘えまくるイライザ。
「待ってろ」
 ネオンはぐるんと入れ替わる。
 じたばたする二人の足とお尻が、周りからもしばらく見えていた。



「さあ、派手に行くぜ?」
 舞台では、ジャミールが足を交差させるようにしてすらりと立っていた。
 助走をつけて跳躍し、滞空時間長くジプシークロースをひらめかせる姿は、男ならではの力強さとしなやかさがあった。
「いつもより優雅に」
 着地と同時にウインク。
「ホントはもっと高いんだよ? だから皆おひねり奮発してねー!」
 村人が叩く太鼓の音にあわせ、くるりくるりと回って陽気に言う。観客も分かってるようで、おひねりが舞った。

 こちら、街頭決戦。
 太鼓の音は誰もいない村の中心まで響いていた。
――どどん!
 クジュトが覆面を被った敵「秘匿」の脇をすり抜ける。敵、どうと倒れた。
 もう、動かない。
「危なっかしいのは変わらないのね」
 物影から出てきたシャオナハットが溜息混じりに言う。
「そうでもないですよ。敵は私の顔ばかり狙ってましたから」
 長巻「焔」を戻しつつクジュトが言う。敵は、強い拘りにより自滅した。
「私がここに来たのは伝言のため。故郷の皆が『悪かった。帰って来い』だって」
「……気持ちだけ受け取っておきます。もう、いいんですよ」
 クジュト、過去を振り切るように言った。
「私の役目はお終い。強くなったわね。……それじゃ、私は流れるわ」
 シャオナハット、クジュトに背を向けた。
 いや、止まった。
「そうそう。一人変なの倒しておいたから」
 敵の証明のことだった。

――どどん!
「すばしこいな?」
 遠くから響く太鼓と、ならず者の試円が振り向いたのは同時だった。
「遊んでくれないんだね?」
 にや、とリィムナがバックステップして距離を取った。
「これならどう?」
 小さなリィムナ、またも奔刃術で駆け回る。殲刀「秋水清光」がひらめくが、試円は長い刀を大きく振るい近寄らせない。
「飛び道具は使わないのか?」
「的当てで遊ぶ気分じゃないんだよね〜」
 試円の誘い。リィムナは乗らない。
「だが、後を取る遊びはもう飽きたぞ?」
 身を捻りながらふん、と大きく踏み込んだ。しかも力強い。
「あ!」
 敵が初めて見せた力技に刀を弾かれてしまうリィムナ。
「終わりだ」
「まだまだ遊び足りないよ♪」
 ここでリィムナも初めて見せる動き!
 急速に詰まった間合い。
 敵はリィムナの呼吸を見切って大上段で止めに入った。
 しかし、リィムナの動きは終ってなかった。
 するり、と本命の動きで回り込み背後から抱きついた。
「飛んでけイズナー!」
「おおっ!」
 そのまま飯綱落とし!
「こいつ!」
「まだまだ遊び足りないよ♪ イズナーダブルタイフーン!」
 抱きついたら離れない。
 リィムナ、もう一度飯綱落としを見舞いけりをつけた。

――どどん!
「フランヴェルレイディアントフィニッシュ!」
 高々と上がった脚。
 どう、と倒れる敵のザコ。
「まさか護衛をつけているとはね」
 下ろした脚でスラリと立つは、フランヴェル。白いスーツ姿が目に眩しい。
「じゃかぁしい。勝ちゃいいんだよ!」
 護衛のいなくなった敵ボスの厳武が突っ込んでくる。細いフランに力押しを仕掛けるつもりだ。
 対するフラン、拳布の拳を構え怯まない。
「フランヴェルアサルトスマッシュ!」
 猿叫がそのまま技名だ!
 怯まず踏み込み敵の想定する打点をずらしつつ、ストレート。
「むおっ」
 厳武、上段に構えていた腕を畳みガード。
 フラン、身を沈めてニヤリ。
「フランヴェルライジングクラッシュ!」
 再び猿叫。今度は練力の奔流を渦とし、ジャンプ。蛙飛びアッパーの天歌流星斬だ!
「ごぶ…」
 顎を天に向け血の混じる唾液を噴く厳武。
 その虚ろな目が、見た。
 天に加速し上空で両腕を広げているスーツ姿の白い影をッ!
「止めだ! フランヴェル…ファイナルキック!
 三度、猿叫!
 そのまま流星となりキックを見舞う。下に加速する天歌流星斬!
――どどん……。
 すたっ、と着地し肩で息をするフラン。
 背後の厳武は、地に仰向けになりもう動かない。

 所変わって、舞台。
「さぁって…あたしも踊るよ! ていうか、皆踊ろう♪」
 それまで大人しく演奏していたアグネスが髪を振り乱して手前に駆け出した。
 もう、リュートは手放している。代わりに手首の精霊鈴輪を鳴らしていた。
 激しく踊りながら。
 でたらめな曲を、でたたらめな――それでいて、観る者聴く者の魂を揺さぶるような動きで。
「楽しもう、アグネス♪」
 真名も合わせ横にぴたり。
 まるで目標に近付こうとするかのように。眼差しにそれ以上の尊敬の念を秘めて。
「しかたねぇ。行くぜ?」
「うん。……今までの私も整理してみよう」
 ジャミールも、サフィリーンも舞台に出た。
 一方、観客席。
「稽古の前の準備運動さ。みんな、あたいについてきな」
 一角獣人の技藝、村人の孔雀流の弟子を連れて踊った。
 見守っていた人たちも踊る。
 賑わいは絶頂に達した。



「みんな基礎の反復はしっかりこなして来たかい?」
「はい!」
 舞台が落ち着いた後、技藝は本格的に剣術指導に入った。竹刀を手にした弟子の青少年達は撃てば響くように返事する。
「だったら、久々に実践訓練でどれだけ上達したか見せて貰おうかな」
 にや、と艶やかに皆の顔を見回す。
 すると、ざざっと全員が動き技藝を取り囲んだ。
 これを見て嬉しそうにする。
「そう。まずは数的優位を作る。大切なものを守るためには一対一などにこだわるな」
「いやあっ!」
 技藝が言う間に、背後から一人打ちかかって来た。
 これを背拳でかわす技藝。さらにもう一人。これは手にした棍を使い、運足で軽やかに捌く。
「隙あり!」
「おっ!」
 舞うような動きを見せる技藝のリズムを狂わせるように突っ込んでくる者がいた。
 受けつつ上達したな、と笑む。
「これならどうだ?」
 前に出て、わざと一対一の局面に持ち込んだ。
「くっ。くそう、くそう」
 必死に受ける弟子。最後にわざと自分の足を狙うように隙を作る技藝。すると、ちゃんと足を狙った。しっかりと受け止めるが。
「よし、今のはいい。……ちょっと休憩」
 一息ついたのはクジュトたちが戻ってきたのに気付いたから。
「技藝さん、指導してもらって助かります」
「クジュト、無事だったかい?」
「ご覧の通りですよ」
 技藝に無事な姿を見せ、笑い合う。

 所変わって、南那亭屋台。
「少し恥ずかしいのですけど、これ」
 セフィールが自らの姿を振り返るように身を捻っていた。
 スカート丈の短いメイド服とホワイトニーソックス姿。ちらっと覗く肌が色っぽい。
 南那亭のメイド服に着替えたらしい。
「セフィールちゃん、最高じゃ!」
「さすが、真世ちゃんの後を任されただけはある!」
 周りの助平親父はやんやの喝采。真世がいなくなったので、頼み込んで真世と一緒の衣装を着てもらったのだ。
「風にも影響されますね」
 ん、とスカートを押さえる。ちっ惜しい、と親父達。
「それよりいかがです? これですと色合いからして春っぽいですよね」
 セフィール、ワッフルを焼いて苺ジャムなどで味付けと色付けした物を新商品として提供した。
「わあっ。すごーい」
 甘味に敏感な女性たちがすぐに寄って来て親父達を蹴散らす。
「下さいにゃ☆」
「これは、千佳様とコクリ様」
 客として千佳とコクリも来た。もう、チョコは完売したようで。
「コクリちゃん、あそこで食べるにゃー♪ お花も綺麗だし♪」
「うん、そうだね。行こう」
 ワッフル片手に手を取り合って駆け出す二人。セフィールはそんな二人を微笑ましく見送る。
 そして桜の下に陣取る二人。
「お花、きれいにゃね〜。はい、コクリちゃんあ〜ん」
「あ〜ん」
「にゃ☆」
 コクリに食べさせた千佳、ここで目を丸くした。
「どうしたの?」
「うに、口の端に付いてる苺ジャム、取って上げるにゃね」
 ぐぐっと身を乗り出し、ほっぺとほっぺをくっつけるようにして、口の端にちゅっ♪。
「あ、ありがと。千佳さん、桜に負けないくらい笑顔満開だね」
「花も華も堪能してるからにゃ〜♪」
「ああん、千佳さん。今度はボクがあ〜んだよぅ」
 むぎゅう、と抱き付き改めて頬すりすりする千佳だったり。

 別の桜の下でも、あ〜ん、ぱくりの光景が。
「おお、神よ。この世に肉詰めピーマンを遣わしたことを感謝します」
 もごもご食べて味わったエルディンが感動していた。
「よかった」
 横では、ティアラが満足そう。
「もちろんティアラの料理の腕前に感謝します」
「味付けは愛ですよ♪」
 エルディン、如才なくティアラに微笑むと彼女も満足そう。
 ティアラのほうは、今日のために腕に寄りを掛けた甲斐があった、とすっかり平らげたお弁当箱を片付ける。
 ここで気付いた。
 エルディンがこっそりあくびをしたのだ。
「……仕方ありません。大サービス、です」
 弁当を片付けあいた膝にぽんと手を置くティアラ。
「やっ……そ、それは、このような場所で!?」
「神父様、いつも布教に勤しんでお疲れですから」
 きぱ、と言い放つティアラ。が、その表情にいつもと違う様子を見るエルディン。
 瞳と面差しに、恋の淡い。
 勇気を出して告白した、女性の期待の眼差し。
「ああ、もう小さな妹ではなく大人の女性なのですね」
 心の中で呟くエルディン。女性と付き合ったのは10年前に1度だけ、しかも振られましたねぇなどといつかの甘酸っぱい記憶も蘇る。
 瞬間。
「っ! えーと、よろしくお願いします」
 ぺこりと素直に頷いたのは、ティアラが不安そうにしたから。
 彼女も、頑張っていたのだと感じたから。
 挙動不審になりながら膝枕にごろんする。柔らかい。
 しばらく二人でドキドキしていたが、疲れもあるのかすぐに寝息が静かに聞こえ始めた。
「…ずっと、こうしていたいです…神父様…エルディン…」
 少しの恥ずかしさと、大きな嬉しさ。
 ティアら、愛する人に安らぎを与える喜びをかみ締めつつ、エルディンの髪をなでる。

「透夜さんは、たくさん食べる?」
 真世が寿司屋台の前で振り返って聞く。
「う〜ん、お団子や金鍔も買って来てるから……」
「そだね。たくさん食べてお腹ぽっこりな姿、透夜さんには見られたくないし」
 透夜に言われて自分のお腹を気にする真世。
「よー。さっきは盛り上げてくれてありがとな」
 ここでジャミールがやって来た。
「ジャミールさん、その人は?」
 連れの女性に気付いた透夜が聞いてみる。
「んー? 俺の踊りを見て、気になったんだってよ。もちろん、こんなかわいこちゃんだ。俺も気になってこうして一緒に屋台巡り、ってね」
 村娘の腰に手を回し、ジャミールがウインク。
「んもー。まず名前聞いてあげなさいよ〜」
「あはは。もちろん聞いてるさ。あまりに可愛いんで、ね」
 すし詰めを持った真世に突っ込まれ、陽気に答えるジャミール。
「お寿司、私たちも買って行きましょ?」
「おお。そうだな。……やー、踊れて、美味しいもの食べれて、幸せだよねー」
 村娘にねだられ、ジャミールは上機嫌でその場を後にする。
「真世、僕たちも」
「うんっ」
 透夜の声に反応しかけていく真世。
 やがて桜の下に落ち着く。
「はい、あーんして……。ふふふ、桜の下で食事だなんて、今だけしかできない贅沢だね」
「あむ……。うん、そうだね。はい、透夜さんもあ〜ん」
 ひらり舞う桜の花びらの下で、肩を寄せ合う。
 ここで、真世がひらめいた。
「透夜さん、ちょっと。……うん、そう。で、私はこう」
「真世?」
 透夜に足を広げさせ、そこに入り込む真世。で、透夜の両手を自分のおなかの前に置き、自分の手を重ねた。
「透夜さんに包まれてる感じ」
「うん、そうだね。真世を包んでいる感じ」
 透夜、真世の柔らかと温もりを感じつつ桜を見上げる。贅沢なひと時だと感じて目元を緩める。
 そして気付く。
 居眠りしかけている真世と、その口の端にあんこがついていることを。



 真世たちから少し離れた場所で。
「クジュトお兄さん?」
「ああ、ありがとう。サフィリーン」
 サフィリーンが指差した先に、ぽつりと座る姿があった。一人ぼんやりハープ爪弾いている。
 いや、誰か女性が近付いたぞ?
「また会ったわね?」
 座るニーナに声を掛けたのは小麦色の肌のエルフ、シャオナハットだった。
「貴方、誰? 何しに来たの?」
「つれないのね。用事が済んだからさよならを言いに来たのよ」
「ふーん」
「じゃ、ね」
 シャオナハット、去っていく。
「ニーナ、ただいま」
 そこへクジュトが戻ってきた。
「つん」
「ちょ……ニーナ。その、シャオナハットのことなんだけど」
「聞きたくない」
「故郷から『謝るから帰って来い』って伝言を持ってきただけだったよ」
「え? クジュトさん、帰っちゃうの?」
 そっぽを向いていたが流石に振り向き目を丸くするニーナ。
「ううん。『ありがとう。でも、新たな故郷が見付かった』って伝言をお願いしたんだ」
「新たな……」
「うん。……その、沙耶香さんの屋台で買ったんだけど、もう一個しかないんだって、だから……」
 ほっとしたニーナに、肉まんを差し出すクジュト。半分こにしようと二つに割る。
 その後。
「その、ニーナ?」
「何?」
「……一緒に新しい故郷、作らない?」
「はぁ?」
 誰にも聞かれない、二人だけの秘密の会話。

 その姿から離れた場所で。
「ほっ」
 仲良く話し始めた二人に、サフィリーンが胸をなでおろしている。
 そして真世たち。
『まよまよもふ〜☆』
「わ。もふ龍ちゃん!」
 ぴょん、と乗ってきたもふ龍に真世がびっくりして目を覚ました。
「すいません、透夜さん」
「あはは。いいんですよ、沙耶香さん」
 二人の邪魔をしてしまったことを謝る沙耶香。透夜の方は「二人きりはすっかり堪能しましたから」という風な笑顔。何かを舐め取ったあとなのは、内緒。
「もしよかったら肉まんをどうぞ。お店のお客さんは落ち着きましたし、少し余りましたので」
 沙耶香、そう言って肉まんを出す。
「あれ? あっちでクジュトお兄さんが最後の一つだからって……」
 これを聞きつけてサフィリーンが寄って来た。
『ご主人様、いい仕事したもふ〜』
 もふ龍はにこにこ。
「よお、やってるね」
 ここでジャミールが登場。
「って、ジャミールさんさっきと違う娘……」
「こういう時は多くの人に楽しんでもらうもんなんだよ。…お酒ってどっかにないのかな?」
 透夜の突っ込みにきょろと周りを見るジャミール。
「こっちも屋台はお終い。楽しみに来たわよ」
 アウラ・パトリダのセレーネがやって来た。もちろん希義産ワインのおすそ分けつき。
「真世さん、珈琲は無事に売り切れましたよ」
 セフィールもやって来た。
 アグネスや真名、技藝たちも。
 他にもどんどんやって来る。
 これを遠巻きに見た人もいる。
「にゃ☆ コクリちゃん、次はあっちが楽しそうにゃ」
「よし、行ってみよう」
 千佳とコクリもそこへダッシュ。
「コクリちゃん、お花見しよう!」
 リィムナがやって来てコクリに抱き付き。続いてフランもやって来た。
 賑わいはもうしばらく続きそうだ。